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【事件名】テレホンカード用磁気テープ事件
【年月日】平成12年3月31日
 東京地裁 平成11年(ワ)第13048号 著作権侵害差止請求事件
 (口頭弁論終結日 平成12年3月1日)

判決
原告 ソーン・セキュア・サイエンスリミテッド
右代表者 【A】
右訴訟代理人弁護士 宇井正一
被告 株式会社巴川製紙所
右代表者代表取締役 【B】
右訴訟代理人弁護士 松尾和子
同 阿部隆彦
同 田中治
同 北沢豪
同 吉田和彦


主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
 被告は、別紙被告物件目録記載の記録用磁気テープ(以下「被告磁気テープ」という。)を製造、販売してはならない。
第二 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、カード式公衆電話機専用のプリペイドカード(以下「テレホンカード」という。)に用いる記録用磁気テープにおける磁性体によって形成される模様が、美術の著作物に当たると主張して、著作権に基づき、被告磁気テープの製造、販売の差止めを請求した事案である。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない。)
1 原告の製造、販売する磁気テープ等
 原告は、テレホンカードに用いる、「ウォーターマーク・テープ」(透かしの意)と称する特殊な磁性体配列を有する記録用磁気テープ(以下「本件磁気テープ」という。)を製造、販売している。本件磁気テープは韓国のテレホンカードの記録用磁気テープとして利用されている(なお、韓国のカード式公衆電話機内部に装備されたテレホンカード読取装置も原告製品である。)。
 他方、被告は、被告磁気テープのための原反を製造、販売している。
2 磁気記録について
 磁気記録とは、磁気テープなどの磁気記録媒体上の磁性体を、磁気ヘッド等を用いて、記録信号に対応して、磁化して記録すると共に、記録された媒体から信号を読み出して再生する技術である。
 記録用磁気テープに記録される情報は、「0」と「1」の二種類の符号を組み合わせたデジタル信号からなる。デジタル信号からなる情報を記録用磁気テープに記録する場合、磁性体に、記録ヘッドから磁気を印加することによって、磁気テープ上の磁性体にS極とN極を発生させる。記録された情報を読み取る場合には、読取装置(リーダ)がテープ上をなぞる。その際、磁気テープ上の磁性体に形成されたS極とN極の組み合わせによって変化する磁界から発生する電流を感知して、変化があった場合を「1」、ない場合を「0」として識別するのが一般的な方法である。
3 本件磁気テープの磁性体配列の特徴
 従来の記録用磁気テープ(我が国で一般に用いられている磁気テープ)では、別紙参考図1のとおり(ただし、模式的に図示している。)、細長い磁性体(針状の細長い酸化鉄の磁性粒子又は磁性粒子の集合体)はテープの長手方向(横方向)にのみ、整然と配列して、信号を磁気記録している。
 これに対し、本件磁気テープは、別紙参考図2及び図3のとおり(ただし、模式的に図示している。)、磁性体をテープの長手方向(横方向)のみではなく、長手方向と斜め方向に配列して、信号を記録している。そして、デジタル信号が記録される各区分(ビット)を設けて、1つのビットの中の磁性体が同一方向のみ(すなわち横方向のみ、又は斜め方向のみ)に配置された場合は「0」、一つのビットの中の磁性体が異なる方向(すなわち、横及び斜め方向)に配置された場合は「1」を意味するものとして識別される。
 また、「0」を表すビットが連続する場合、隣り合ったビット間では、同一方向の磁性体が配置、記録されることはなく、交互に「…横→斜→横→斜…」と配置、記録される。さらに、「1」を表すビットが連続する場合には、前述のとおり、一つのビットの中において磁性体が「横・斜」あるいは「斜・横」と配列される。いずれにせよ、ビットの終わりと次のビットの初めにおいて、同一方向の磁性体が連続することはない。例えば、「0」→「0」→「1」→「1」→「0」→「1」という情報に係る磁性体の配列を表すには、各ビットの磁性体の配列は、「横」→「斜」→「横・斜」→「横・斜」→「横」→「斜・横」となる。これを模式的に示したものが別紙参考図2及び3である。
4 本件磁気テープの有用性等
 本件磁気テープの、磁性体の配列のパターンは製造時にのみ形成され、以後物理的に変更を加えることは不可能であり、かつ、磁性体の配列の組合わせは理論上無数に存在するため、その配列の相違が同一性認識の機能、すなわちID機能を果たしている。日本のキャッシュカードやクレジットカード等、通常の磁気カードにも、ID信号は記録されているが、従来型の磁気テープが使用されているため、それらの信号は、磁気テープ部分を永久磁石でなぞる等すれば消去されてしまうが、本件磁気テープでは消去されることはない。本件磁気テープの磁性体配列は一旦形成されると、その後は変更することができないため、キャッシュカードやクレジットカード、身分証明書、各種プリペイドカードの偽造や変造を防止するセキュリティ保護の機能を有することになる(紙幣の「透かし模様」に相当する「磁気すかし」とも称される。)。
二 争点
1 本件磁気テープは美術の著作物に当たるか。
(原告の主張)
 本件磁気テープにおける磁性体は、前記一「前提となる事実」3のとおり、あるビットとその隣接したビット間、及び、同一ビット内において、「横」と「斜」が交互に配置されている。この磁性体の配置方向は、全体的な流れを呈するように、横方向から斜め方向に、あるいは斜め方向から横方向にそれぞれ徐々に変化するような配列方法が採用され、特定の模様を呈している(別紙参考図2のとおり、ただし、模式図である)。
 本件磁気テープにおける、このような磁性体の配列方法は、磁気記録に必然的なものではなく、全体として特殊な印象を与えるように、原告が美的処理を施して創作したものであるから、原告の美的な思想を創作的に表現したものである。したがって、本件磁気テープは、著作権法一〇条一項四号に規定する「美術の著作物」として著作権法の保護対象とされるべきである。
 確かに、本件磁気テープにおける磁性体の配列は、肉眼で直接的かつ明確に判別できないが、磁性体を読み取る流体を封じ込めたマグネチック・ビューワーを使用することによって識別し得る。例えば、米粒に何らかの方法で絵を書いた場合、肉眼では明確に識別できなくても、ルーペを使えば見ることができるように、肉眼で直接見ることができなくても、何らかの手段や媒体を通じて視覚的に把握することができれば、美術の著作物として保護され得るというべきである。肉眼では見えず、ルーペ等で見ざるを得ない米粒に書かれた絵については美的鑑賞の対象になるというのであれば、マグネチック・ビューワーや電子顕微鏡でしか見えないものであっても同様と解するのが首尾一貫している。
(被告の反論)
(一) 本件磁気テープの磁性体の形状、配列は、以下のとおり不明である。
 原告がその著作物の保護の対象としている本件磁気テープにおける磁性体の形状は明らかでない。原告は、本件磁気テープにおける磁性体の形状については、別紙参考図2のとおりであるとしているが、右図は磁性体の配列を模式的に表現したものにすぎず、各製品毎にバラツキがある本件磁気テープの磁性体の配列とは、異なる。同図面は、著作物と主張するものの内容を表現していない。本件磁気テープの磁性体は、整然と配列されていない。
(二) 本件磁気テープは、磁性体配列において、以下のとおり創作性がない。
 本件磁気テープにおける磁性体の配列状態は製造工程上連続的に変化せざるを得ないものであり、「斜め(あるいは横)方向から徐々に垂直方向に向きを変え、反転するように横(あるいは斜め)方向に移行する」配置方法や、「徐々に移行するような」配置方法は、磁場の変化を読取装置が正確に読み取るための技術的な理由に基づいて採られた方法である。したがって、右磁性体の配列は、必然的なものであるから、創作性がない。
(三) 本件磁気テープは、以下のとおり、美術の著作物に当たらない。
 本件磁気テープにおける磁性体の配列に美的要素はない。
 仮に、本件磁気テープは、美的な要素があったとしても、量産されて産業上利用されることを目的として製作されたものであり、美術的に鑑賞することに主目的がなく、純粋美術と同視することができるようなものでもないから、著作権法の保護は及ばない。
 肉眼で明確に識別できないものが、美術の著作物であるはずがない。米粒に書かれた絵が美術の著作物に該当する場合があり得るとしても、電子顕微鏡を使わなければ見えないようなものが、美的鑑賞の対象になるはずがない。マグネチック・ビューワーを使用して見える可能性があるのは、磁性体の配置ではなく、磁気記録状態だけであり、やはり、美的鑑賞の対象にはならない。
2 被告磁気テープは本件磁気テープの複製物といえるか。
(原告の主張)
 被告磁気テープは、原告の製造した読取装置を装備した韓国のテレホンカード式公衆電話機に使用するために製造された。原告製造に係る読取装置は、本件磁気テープと同一の磁性体配列を有する部分(各カード固有のID番号部分は除く。)を有するカードでない限り、受け付ける(識別する)ことはできない。したがって、被告磁気テープの磁性体配列は、本件磁気テープの磁性体配列と、共通する部分を有することになり、本件磁気テープを複製したものといえる。
(被告の反論)
 被告磁気テープにおける磁性体配列と、本件磁気テープにおける磁性体配列とは具体的な形状が異なり、複製には当たらない。
 被告は、自らの特許発明(特許第一七六七三八九号及び同二八三二五七八号)に基づいて、使用目的に合致した製品を工業的に独自に製造しているのであり、また、韓国で使われているカード読取装置で読み取ることができる媒体を製造しているのであり、本件磁気テープに依拠して、製造したものではない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(著作物性)について
1 本件磁気テープにおける磁性体の配列によって形成される模様が、「美術の著作物」に当たるか否かについて検討する(なお、本件において、原告は、美術の著作物に該当することのみを主張しているので、その点に限って判断する。)。
 著作権法二条一項一号は、「著作物」について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定する。
 右規定の「美術」について、厳密に定義付けることは困難であるが、「空間や物の形状、模様又は色彩のすべて又は一部を創出し又は利用することによって、人の視覚を通じて、美的価値を表現する技術又は活動」を指すということができる。また、「著作物」として保護されるためには、思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(ただし、この創作性に関しては、当該作品が独創性の発揮されたものである必要はなく、作成者の何らかの個性の表現されたものでありさえすれば足りる)。したがって、本件磁気テープが「美術の著作物」として保護されるためには、右のような各要素を備えたもの、すなわち、「思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、空間や物の形状、模様又は色彩のすべて又は一部を創出し又は利用することによる人の視覚を通じた美的価値を表現したもの」であることが必要である。
 証拠(甲一、二、乙一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。
@ 本件磁気テープは、おおむね、縦八・一センチメートル、横一・一センチメートルのフィルムであって、その表面は光沢があり、黒色を呈しているが、肉眼では何らの模様も見られない。
A 本件磁気テープにおける磁性体の配列については、一「前提となる事実」3(本件磁気テープの磁性体配列の特徴)に記載のとおりである。すなわち、本件磁気テープは、偽造や変造を防止するセキュリティ機能が優れていること、読取装置により正確に磁場の変化を読み取ることができること等の理由から、その磁性体が「長手方向」と「斜め方向」の交互に配列されるように設計され、製造されている。
B 本件磁気テープにおける磁気記録状態については、マグネチック・ビューワーを使用することによって確認することができるが、磁性体の配置状況までは見ることはできない。
C 電子顕微鏡を使用すると、本件磁気テープにおける磁性体の配置を見ることができる。しかし、本件磁気テープの磁性体の配置を撮影した電子顕微鏡写真が証拠として提出されていないので、磁性体の具体的な配置状況(各磁性体の形状、各磁性体の具体的配置、各磁性体相互の位置関係、間隔)は全く不明である。また、本件磁気テープは、工業製品であるが、それぞれの製品相互間に、具体的な配置状況の点でバラツキがあるか否かについても、全く不明である。
 右認定のとおり、本件磁気テープについて、磁性体の配置によって形成される具体的な模様は、一切明らかにされていない(原告は、その主張においても、本件磁気テープにおける具体的な形状がどのようなものであるかを明らかにしていない。)。具体的な模様が明らかでない以上、本件磁気テープにおける磁性体の配置が「物の形状、模様又は色彩を創作又は利用して行う、人の視覚を通じた美的価値の表現」に当たると認定することはできず、本件磁気テープが美術の著作物に当たるとすることはできない。したがって、原告の主張は理由がない。
2 右のとおり、本件磁気テープの磁性体の配置によって形成される具体的な模様は明らかでないので、本件磁気テープが美術の著作物であると認めることはできないが、原告は、磁性体が「長手方向」と「斜め方向」の交互に配列されていることを前提に、右抽象的なパターン(個々の製品における具体的な模様と離れて)が採られていることを理由に、本件磁気テープは「美術の著作物」に当たると主張しているようにも理解されるので、念のため、この点について検討する。
 前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。すなわち、
@ 本件磁気テープにおける磁性体は、「斜め(あるいは横)方向から徐々に垂直方向に向きを変え、反転するように横(あるいは斜め)方向に移行する」配列方法や「徐々に移行するような」配列方法が採用されている。結果として、本件磁気テープのどの製品にも、共通する特有のパターンが形成される(ただし、パターンは、模式図として示された別紙参考図面2又は3とは異なる。)。
A 右のような配列方法を採用したのは、製作工程を容易化できること、偽造や変造を防止するセキュリティ機能が優れていること、読取装置により正確に磁場の変化を読み取ることができること等、専ら技術的な理由に基づいたものであって、美的な観点から採用されたものではない。「横」「斜」「横・斜」「斜・横」の配列は、専ら、記録しようとした信号が何か(「0」か「1」か)によって必然的に決まり、他の要素(例えば美的効果)を考慮して、配列が決定されるということはない。本件磁気テープの需要者等が、磁性体の配列により形成される模様の美しさを考慮して取引をすることもないし、もとより、磁性体の配列模様を鑑賞することもない。
 右認定した事実によれば、磁性体の右配列パターンによって、製作者のいかなる思想、感情も表現されていると解することはできない(右配列パターンは、産業上利用されるための磁性体配列に関する技術思想やアイデアにすぎない。)ので、本件磁気テープには「創作性」はなく、また、磁性体の配列パターンを、「物の形状、模様又は色彩を創出し又は利用して行う、人の視覚を通じた美的価値の表現」と解することもできないので、本件磁気テープは「美術」に当たらない。結局、本件磁気テープにおける磁性体が「長手方向」と「斜め方向」の交互に配列されているという抽象的なパターンを形成している点に着目したとしてもなお、本件磁気テープが「美術の著作物」に該当するとはいえない。
二 結論
 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二九部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 沖中康人
 裁判官 石村智
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