判例全文 | ||
【事件名】相場チャート「増田足」の著作物性事件 【年月日】平成12年3月23日 東京地裁 平成10年(ワ)第15833号 損害賠償等請求事件 (口頭弁論の終結の日 平成12年1月18日) 判決 原告 A 右訴訟代理人弁護士 大野幹憲 同 塩谷崇之 被告 セブンデータ・システムズ株式会社 右代表者代表取締役 B 右訴訟代理人弁護士 飯田秀郷 同 栗宇一樹 同 和田聖仁 同 早稲本和徳 同 久保田伸 同 秋野卓生 主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第一 原告の請求 一 被告は、原告に対し、二〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。 二 被告は、別紙(一)「図表目録」記載の図表(以下「被告図表」という。)をパソコン通信やインターネットを通じて送信可能化してはならない。 第二 事案の概要 本件は、原告が創作したと主張する株式の価格の変化を表す図表である「増田足」につき、原告が被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償、並びに、著作権及び著作者人格権に基づく差止めを求めている事案である。 一 債務不履行に基づく損害賠償請求について 1 原告の主張 (一) 平成九年一一月二〇日、原告と被告は、原告が被告に対し、原告が創作した別紙(二)図表目録記載の図表(以下「原告図表」という。)の複製を許諾し、被告は原告に対して、右使用許諾の対価として六〇〇万円の使用料を支払うこと、原告図表をコンピュータ・ソフトウェアに組み込んでモニター上に原告図表を表現し、日々形成される株式の価格の変化に関する分析結果を画面上に直ちに表現できるシステム(以下「本件システム」という。)の改訂版につき、被告がその取引先である会員のうち少なくとも一〇〇〇名に対してこれを一部三万円で販売し、その代金を原告に支払うことを合意した。 (二) 被告は原告に対し、使用料六〇〇万円及び本件システムの改訂版の売却代金三〇〇〇万円を支払わない。 (三) よって、原告は被告に対し、使用料六〇〇万円及び売却代金の内金一四〇〇万円の合計二〇〇〇万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日(平成一〇年七月三〇日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。 2 被告の主張 原告から使用料等の取決めの申入れを受けたことは認めるが、被告はこれを拒否しており、原告主張のような合意は成立していない。 二 著作権及び著作者人格権に基づく差止請求について 1 原告の主張 (一) 原告図表は、原告が「増田足」と呼ぶものであり、原告の長年の経験と努力に基づいて、別紙(二)図表目録の図表イないしホにそれぞれ記載された期間の株式の値動きを週足で描いたものである。 「増田足」は、株式、為替、商品先物等の相場につき、売買時期を判断する日足チャート、中勢を判断する週足チャート、大勢を判断する月足チャートに分かれて構成されるものであり、それぞれ短期足、中期足及び長期足の組合せにより、極めて簡単明瞭にして的確に相場の推移を判定する目的の下に、縦軸に価格、横軸に時間をとって表現した図表である。その描き方は別紙(三)「本件図表の描き方」記載のとおりであり、その作成のために細かな条件設定が行われているが、このような条件の吟味には原告の株価分析に対する思想や見方、考え方が細かく反映されており、極めて創作性の高いものである。 右のとおり、原告図表は、原告の思想の創作的な表現であり、学術に属するものであるから、著作権法で保護される「著作物」である。 (二) 原告図表は、原告が創作したものであるので、原告はこれにつき著作権及び著作者人格権を有する。 (三) 被告は、パソコン通信やインターネットを通じて被告図表(別紙(一)図表目録記載の各図表)を使用し、複製しているが、被告図表のうち原告図表と期間が重なる部分は、原告図表をまさに複製したものである。 被告図表の作成は、図表作成の前提となる設定条件としての材料の処理を行うことによって、結果的に原告図表と同一又は極めて類似した図表を作成する行為であるから、著作権法の複製に該当する。また、仮に複製に該当しないとしても、日々の株式相場の終値を根拠として別紙(三)記載の図表の描き方に従って図表化する行為は、原告の作成した著作物である原告図表を根拠として、これに新たな足を加える行為にすぎないから、原告図表を原著作物として翻案する行為である。 (四) 被告は、原告の許諾のもとに、原告図表を業として複製若しくは翻案し、又は複製若しくは翻案した図表を複製、翻案若しくは頒布していたが、原告は、被告の債務不履行を理由に、本件の訴状をもって右の許諾契約を解除した。被告が、右の解除後、被告図表をパソコン通信やインターネットを通じて送信可能化する行為は、原告の原告図表に係る著作権を侵害するので、原告は被告に対し、その差止めを求める。 (五) また、原告図表は、著作者名を冠した「増田足」と称するところ、被告は、右の解除の前から、「陰陽足」との名称を用いて、原告図表を複製、翻案し、頒布している。被告の右行為は、原告の著作者人格権を侵害するので、原告は被告に対し、その差止めを求める。 2 被告の主張 原告の主張によれば、原告は、別紙(三)記載の「本件図表の描き方」に基づき描かれた図表すべてが原告の著作物であると主張しているものと解される。そうであるとすれば、著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」であり、思想ではなく表現物でなければならないのであるから、原告の主張が失当であることは明らかである。 第三 争点に対する判断 一 債務不履行に基づく損害賠償請求について 1 証拠(甲一の1、2、二、三の1ないし8、四ないし八、二一、乙四ないし八、一〇、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (一) 被告は、株式に関する情報の提供を業とする株式会社であり、「株の達人」との名称の株価分析ソフトウェアを会員に提供している。平成八年五月ころ、被告は、原告の申出を受けて、一日の株価の終値の推移を表示する機能を右ソフトウェアに追加した。これにより、その利用者は、任意の日数、週数、月数の終値の平均値の時間的推移を示す図表をコンピュータの画面に表示できるようになった。この図表は、右のソフトウェアにおいて「大引陰陽足」と呼ばれていたが、同年一二月ころ、「増田足」との名称に改められた。 (二) 増田足と呼ばれる株式の値動きを示す図表に関しては、勉強会(平成九年五月から一〇月まで毎月一回、原告を講師として開かれた。受講料は一人五〇〇〇円、参加者は各回約五〇名で、右の受講料は原告がすべて取得した。)、新聞記事(同年五月及び七月に、増田足を紹介する連載記事が日本証券新聞に掲載された。)、ビデオテープ(同年七月及び一一月に、増田足を解説するビデオテープが発売された。)等を通じて、投資家への普及が図られた。被告は、勉強会を共催する、代表者がビデオに出演する、インターネットのホームページで紹介するなどして、これに協力した。このほか、被告代表者は増田足に関する書籍の原稿を執筆したが、出版には至らなかった。 (三) 平成九年一一月ころ、原告は、被告に対し増田足の使用料の支払を求めるようになり、契約書の案を被告に交付した。これによれば、被告が原告に対し増田足の使用料として平成九年一二月から毎月五〇万円を支払うということになっていたので、被告はこれを拒否し、一時金として一〇万円を支払う代案を示し、さらに、同年一一月一九日に、一時金として五〇万円を支払う旨の新たな案を原告に示した。原告と被告代表者は、同月二〇日、原告の自宅において、使用料の支払に関する話合いをした。 (四) 平成九年一一月二五日、被告は原告にファクシミリを送付して、「今まで色々と検討して参りましたが当社として最終的に増田足は使用しないことに結論が出ました。」との通知をした。そして、そのころ、前記(一)のソフトウェア中で「増田足」として表示していた図表の名称を大引陰陽足と改めた。 2 原告は、平成九年一一月二〇日、原告と被告の間に、原告図表の使用料六〇〇万円等を被告が原告に支払う旨の合意が成立したと主張し、本人尋問においてこれに沿う供述をしている。 しかし、右1で認定した事実を総合しても、原告と被告の間に原告が主張するような合意が成立していたと認めることはできず、かえって、使用料の支払に関しては、一一月二〇日の話合いの直前に示された被告の提案(一時金として五〇万円の支払)は原告の主張(毎月五〇万円の支払)と大きな隔たりがあったのであり、右話合いにより一時金として六〇〇万円を支払うとの合意が成立したというのであれば、被告代表者が大幅な譲歩をしたことになるが、被告側がそのような譲歩をする理由が何ら見出せないこと、原告と被告の間では、話合いの過程において契約書案が書面により取り交わされていたにもかかわらず、契約書、覚書その他、原告が主張するような合意の成立を直接裏付ける証拠がないことに照らすと、原告の主張する合意の成立については、これを認めることができない。 3 したがって、原告と被告の間に合意が成立していたことを前提とする債務不履行に基づく損害賠償請求は、すべて理由がない。 二 著作権及び著作者人格権に基づく差止請求について 1 著作権法によって保護される「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」ものである(著作権法二条一項一号)。すなわち、著作権法は、「創作的に表現したもの」を保護の対象とするのであって、表現ではあるが「創作的」といえないものは「著作物」に該当しないし、また、「思想又は感情」を創作しても、それ自体は著作権法により保護される「著作物」に当たらないということができる。 2 これを本件についてみるに、原告は、別紙(三)記載の図表の描き方によって作成されたものがすべて差止請求の対象となると主張しているが(平成一〇年一〇月一九日付け原告準備書面(一)参照)、右の主張は、右の描き方によって描かれた図表(原告が「増田足」と呼ぶ株式の値動きを記載した図表)がすべて原告の著作物であるというものであり、結局のところ、図表の描き方という思想自体につき著作権法による保護を求めようとするものであって、同法にいう「著作物」の定義に照らし、これを採用することができないことは明らかである。 また、原告は、原告図表(別紙(二)図表目録記載の各図表)が原告の著作物であるとも主張しているが(平成一〇年一二月一〇日付け原告準備書面(二)参照)、証拠(甲一一、乙一、一一、一二)によれば、株式の値動きを図表として表現するに当たり、縦軸に価格(上方ほど金額が高くなる。)、横軸に時間(左から右向きに時間が経過する。)をとること、単位期間(日、週、月)ごとの価格の変動の幅を長方形により表すこと、価格が上昇したか下落したかによって右の長方形を色分けすること、右のようして単位期間ごとに描いた長方形を時間の経過に沿って横軸方向に並べていくことは、従前から一般に行われているありふれた表現方法であると認められるから、原告図表につき、これを原告が「創作的に表現したもの」であると認めることはできない。なお、右のような表現方法をとるに当たり、一定の日、週又は月数の終値の平均値をもとにし、さらに短期、中期及び長期の三つの指標を組み合わせて図表を作成することが原告の独自の発案によるものであるとしても、原告が創作したと主張するものは思想自体であり、これを表現ということはできないから、著作権法による保護の対象となるものでない。 3 右によれば、原告図表が著作権法上の「著作物」に該当するということはできないから、その余の点につき判断するまでもなく、著作権及び著作者人格権を根拠とする原告の主張は理由がない。 三 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 大西勝滋 |
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