判例全文 line
line
【事件名】ギブソン・ギターの模倣品事件(2)
【年月日】平成12年2月24日
 東京高裁 平成10年(ネ)第2942号 不正競争行為差止請求控訴事件
 (原審・東京地裁平成5年(ワ)第19613号)
 (平成11年9月30日 口頭弁論終結)

判決
控訴人 ギブソン・ギター・コーポレーション
右代表者 【A】
右訴訟代理人弁護士 関根秀太
同 藤木美加子
同 後藤康淑
同 武藤佳昭
同 石村善哉
同 惣津晶子
同 小野顕
被控訴人 株式会社フェルナンデス
右代表者代表取締役 【B】
右訴訟代理人弁護士 小島秀樹
同 出井直樹
同 菊池毅
同 桐原和典
同 本間正浩
同 小川浩賢
同 斜木裕二
同 蛇持裕美
同 岡田泉
同 臼井隆行


主文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を三〇日と定める。

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
 原判決を取り消す。
 被控訴人は、別紙被控訴人製品目録一ないし三記載のエレクトリックギター及びそれらと同一正面形状のエレクトリックギターを製造し、販売し、輸出し又は輸入してはならない。
 被控訴人は、その本店、営業所、工場及び倉庫に保有する別紙被控訴人製品目録一ないし三記載のエレクトリックギターを廃棄せよ。
 被控訴人は、控訴人に対し、金一〇万円及びこれに対する平成八年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 訴訟費用は、第一審、二審とも被控訴人の負担とする。
 仮執行の宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
 主文同旨
第二 当事者の主張
 当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実」の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 当審における控訴人の主張の要点
1 控訴人製品の形態の周知商品表示性について
(一) 控訴人が製造販売する別紙控訴人製品目録一記載の正面輪郭形状を有するエレクトリックギターのシリーズ(「【C】」モデル。以下「控訴人製品一」という。なお、控訴人製品一の具体的な機能として、別紙控訴人製品目録四(1)ないし(3)記載の製品がある。)の形態は、控訴人製品一がアメリカ合衆国及びイギリスで人気を博し、ロックン・ロール・ミュージック(以下「ロック音楽」という。)の著名な演奏家に愛用されている事実が、来日公演、レコードジャケット、雑誌等の各種音楽情報を通じて我が国に流入したことにより、遅くとも昭和四八年(一九七三年)ころまでに、我が国においても、控訴人の周知商品表示としての機能を獲得した。より具体的には次のとおりである。
 控訴人製品一を愛用し、これを使用して公演やレコーディングを行っていた【D】、【E】、【F】、【G】といったロック音楽の演奏家は、一九六〇年後半に英米で爆発的に人気を獲得した後、我が国においても、一九七〇年ころには、若いロック音楽ファンの間で極めて高い人気を誇るに至っていた。これらの人気演奏家は、一九七〇年(昭和四五年)当時から、我が国でも数多くのレコードを発売するとともに、たびたび来日して公演を行い、さらに日本の人気音楽雑誌で頻繁にその演奏活動を紹介されていた。こうした公演では、人気演奏家が控訴人製品一を使用して生演奏し、彼らのレコードのジャケット等に印刷されている写真や、彼らの活動状況を報道する音楽雑誌の記事、写真には、控訴人製品一を演奏している様子が頻繁に掲載されていた。このように海外で人気爆発した控訴人製品一の商品形態とその海外での人気度は、遅くとも一九七〇年までに、有名演奏家の来日公演における生演奏、レコード・ジャケットの写真、音楽雑誌の記事やグラビア写真等を通じて、我が国の需要者にも広く伝えられていた。
 このようにして、控訴人製品一の形態は、遅くとも昭和四八年(一九七三年)までに、我が国において、控訴人の商品であることを示す標識であるという認識が我が国の需要者に定着し、同形態の自他商品識別力が発生した。
(二) エレクトリックギターには、ピアノ、アコースティックギター等のクラシック楽器とは異なり、一般情操教育として子供のころからレッスンを受けたり、学校教育で演奏を学んだりという機会がほとんどなく、ロック、ブルース、ジャズ音楽等の著名演奏家の演奏を聴いてそのファンにならない限り、商品を購入する、つまり需要者となることがあり得ない、という特殊性がある。こうした特殊性から、エレクトリックギターの場合、ある特定の商品が著名演奏家によって愛用されていることがエレクトリックギターの需要者に与えるインパクト(衝撃)が、他の楽器類や一般の商品とは比べものにならないほど強い。
 本件において、エレクトリックギター需要者に強い影響力を持つ著名なロック音楽の演奏家が、こぞって控訴人製品一を愛用するなど、欧米諸国で控訴人製品一の人気が爆発して、これら諸国において控訴人製品一の商品形態が著名性を獲得し、その事実が音楽雑誌、レコード・ジャケット、演奏家の演奏活動など各種の音楽メディアを通じて、我が国のエレクトリックギターの需要者に伝えられ、強いインパクトを与えており、このようなインパクトを与えるという点では、通常の商業的な宣伝に勝るとも劣らない極めて効果的、かつ、注目度の高い強力な宣伝であるから、エレクトリツクギターの形態の周知商品表示性の判断においては、原判決の掲げる「長期的かつ独占的使用」や「短期間でも強力な宣伝」のみならず、右事実をも加味して判断されなければならないものである。
(三) 原判決の掲げる「長期的かつ独占的使用」又は「短期間でも強力な宣伝」という基準は、そのいずれかの要件が満たされることが商品表示性の絶対的要件であるわけではない。むしろ、これらの基準は、ある商品形態について自他商品識別力があるかどうかを判断するために考慮すべき要素の一つにすぎない。そもそも、商品の形態は、商標など他の種類の商品等表示と比べて、自他商品識別力が本来的に弱いというわけのものではなく、また、商品の形態について自他商品識別力をできるかぎり認めないようにすべきであると解すべき理由もない。当該商品形態が技術的必然性の結果ではなく、かつ、特別顕著性があるものであれば、出所表示機能を獲得するかどうかの判断において、商号、商標、標章といった他の商品表示との間で特に差異をもうけるべき理由はない。
(四) 被控訴人をはじめとする我が国の楽器製造業者が控訴人製品一の商品形態を模倣した商品の販売を開始したのは、昭和四四年(一九六九年)から昭和四五年(一九七〇年)にかけてのこととみられるが、これも、当時既に、我が国において、控訴人製品一の形態が、出所が控訴人であることを示す商品表示として需要者に広く知られていたことの証左であるということができる。なぜなら、模倣品は、控訴人製品一の形態を模倣したものであること、すなわち、控訴人製品一の「コピー」又は「レプリカ」であることを顧客に示し、その模倣性、類似性をいわゆるセールスポイントとして販売される商品であったからである。
(五) 控訴人が、昭和四五年(一九七〇年)ころに控訴人製品一のコピー(模倣品)が初めて出現してから、平成五年(一九九三年)までの間、コピー製造会社に対して警告等の対抗措置を取らなかったことは事実である。しかし、この事実は、控訴人製品一の形態の周知商品表示性を喪失させる事情となるものではなく、権利失効など本訴請求を妨げる事由となるものでもない。
 模倣品が控訴人製品一の形態を模倣していることを需要者に示して販売されるものである以上、その形態が控訴人製品一の形態であるという認識が需要者において失われることはあり得ず、その形態がエレクトリックギターの標準的形態であるという認識が需要者に生まれることもあり得ない。
 控訴人が、平成五年までの間、模倣品への対抗措置を取らなかったのは、控訴人が事態をよく把握していなかったこともあるが、基本的には、その当時はいかに模倣品が出回っても控訴人製品一の評判、名声が揺らぐことはなく、また、控訴人が営業上の不利益を受けることもなかったので、権利を保全し営業上の損害を防ぐための対抗措置の必要性が認められなかったからにすぎない。決して権利の上に眠っていたり、これを放棄したりしたわけではないので、権利失効の原則は適用できない。
(六) 被控訴人は、商品形態が商品表示性を獲得するためには、ある程度の形態上の特徴が必要であるのに、控訴人製品一正面輪郭形状自体、そのような特徴を具えていたとはいい難い旨主張し、その裏付け証拠として、他の業者により「APP」というブランドのエレクトリックギターが一九四二年に製作、発表され、博物館に保存されていること、一九四八年には、ビグズビー社が控訴人製品一正面輪郭形状と同じシングルカッタウェイのギターを製造販売していることを挙げている。
 しかしながら、「APP」というブランドのエレクトリックギターの正面輪郭形状は、控訴人製品一のそれとは異なり、ビグズビー社のギターについても同様である。これらは、シングルカッタウェイを有するものの、彎曲の度合い、その他の形態上の諸要素において何ら控訴人製品一の正面輪郭形状と共通点がなく、同一性はもとより類似性もない。被控訴人の右主張は、当を得ない。
2 ダイリューション(希釈化)について
 原判決は、「原告商品一の形態はダイリューションを起こし、需要者の間において、特定の商品の出所を表示するものとしてではなく、エレクトリックギターの形態におけるいわば一つの標準型として定着するに至っていた」ことを理由として、その周知商品表示性を認めることはできないと判示している。しかし、本件において、このような意味での「標準型としての認識」が需要者に定着している事実はない。そもそも、模倣品の氾濫によって控訴人製品一の形態の標準化が起こるということはあり得ない。
(一) 被控訴人が製造販売している別紙被控訴人製品目録一(1)ないし(6)記載のエレクトリックギター(以下「被控訴人製品一」という。)は、控訴人製品一の正面形状及び各種部品等を含めた商品全体の形態を精密に模倣した、いわゆるデッド・コピーであるのみならず、控訴人製品一の形態模倣であることを広告等を通じて需要者に示し、一見しただけでは、真正の控訴人製品一と区別がつかないほどの精密な形態模倣であることをいわゆるセールス・ポイントとして販売されている商品であり、その他の業者の模倣品もほぼ同様で、控訴人製品一の形態模倣であることを売り物として存在している商品群である。このような模倣品に接した需要者は、必然的に、その商品が控訴人製品一の特定モデルの形態を複製したものであり、その形態が控訴人の控訴人製品一の形態(「ギブソン」の「【C】」の形態)に他ならないことを認識することになるのである。したがって、模倣品が模倣品として販売されている限り、それらがいかに長期間にわたって数多く販売されたとしても、控訴人製品一の形態の標準化が起こることはあり得ない。
(二) 控訴人製品一は、遅くとも一九七〇年ころに我が国に紹介され、エレクトリックギターのファンの間でブームを巻き起こして以来、現在に至るまで、各時代ごとの人気演奏家に愛用され、その演奏活動及びこれを伝える各種音楽メディアを通じて、我が国の需要者に絶えず視覚情報として提供され続けている。したがって、模倣品の横行により需要者の間で控訴人製品一の形態に対する認識が希釈化し、これがエレクトリックギターの標準的形態として認識されているという事実はない。
3 混同のおそれについて
(一) 狭義の混同のおそれ
 被控訴人製品一と控訴人製品一とを比べると、正面輪郭形及び商品全体の形態が極めて類似しており、控訴人製品一の形態の顕著性が強く、その自他商品識別力も強いことに照らすと、狭義の混同のおそれがあるということができる。ヘッド部分の標章、商品に付されている下げ札等には被控訴人の会社名、商品名等が表示されているものの、ギターの正面輪郭形状及び商品全体の形態に比べて極めて小さいものであるから、これによって出所誤認のおそれが減殺されることはない。特に、被控訴人製品一がショーウィンドーに陳列されている場合には、控訴人製品一に特有の商品形態に目を奪われた需要者が、被控訴人製品一を控訴人製品と誤信し、出所を誤認することが十分あり得るし、また、中古品として再販売される場合には、当初販売時の下げ札は失われているのが通常であるから、商品形態による出所の誤認のおそれがさらに高まることになる。
(二) 広義の混同のおそれ
 被控訴人製品一は、控訴人製品一の形態を精巧に模倣しており、外観上の類似性が極めて強い。しかも、被控訴人製品一は、控訴人製品一のコピー、レプリカとの宣伝文句を付されて販売されてきたものである。したがって、需要者は、被控訴人が控訴人から技術ノウハウの供与、日本における商品化の許諾等を受けており、両社間には「何らかの関連」があると誤解するおそれが十分にある。
4 不法行為(予備的請求原因)について
(一) 前述のとおり、模倣品が、周知の控訴人製品一の形態を忠実に模倣したものであることを需要者に示し、その精巧な模倣具合を売り物として販売されている商品である場合には、この模倣品がいかに長期間にわたり、多数出回ったとしても、需要者は、その形態が控訴人製品一の形態であるという認識を失うことはありえず、その形態を見ただけではどの楽器製造業者の商品であるのか判別できなくなるということもあり得ないので、この形態がエレクトリックギターの標準型であるという認識が定着することはない。
 したがって、多数の模倣品が各製造会社の商品表示を付されて製造販売される状態が長期間継続した結果として、控訴人製品一の形態がエレクトリックギターの標準型として需要者に認識されるに至ったために、このような形態は控訴人の創作的形態であるとはいえないとの認定を前提とする原判決の不法行為に関する判断は、もはや維持できないというべきである。
(二) 控訴人が平成五年まで模倣品への対抗措置を執らなかったのは事実であるが、これは、既に述べたとおり、それまでは、いかに模倣品が出回っても控訴人製品一の評判、名声が揺らぐことはなく、また、控訴人が営業上の不利益を受けることもなかったため、対抗措置を執る必要が認識されていなかったからにすぎない。また、控訴人が、アメリカ中部のテネシー州ナッシュビル郊外の片田舎にある職人肌の企業であることから、遠い外国である日本でのコピー製品の状況について正確な認識を欠いており、さらに、外国での法的措置の実行にも不慣れであったため、結果的に長い期間放置されたことになってしまったという実情もある。さらに、その間、控訴人は、現在に至るまで、地道な品質維持改善と誠実な製作活動を続け、良質の製品を供給しつつ、人気演奏家らの支持を受け、その演奏活動に自社製品を使ってもらうことによって、商業的広告に勝るとも劣らない強力な「宣伝」を続けてきた。
 これらの事情の下では、控訴人が対抗措置を執るのが遅れたことを根拠に、被控訴人の行為が控訴人の控訴人製品一に関する法的保護に値する利益を侵害するものとは評価できないとする原判決は、もはや維持できないものというべきである。
(三) 被控訴人の「バーニー」シリーズは、被控訴人代表者が公に認めているように、控訴人製品一の形態を極めて精巧に模倣し、控訴人製品一の形態模倣であることを需要者に示し、外形を見ただけでは真正な控訴人製品一と区別がつかないほどの模倣であることをセールスポイントとして販売された、いわゆるデッドコピーである。このようなデッドコピーの製造、販売は、控訴人が築き上げ、その後守り続けている控訴人製品一の評判、名声、顧客吸収力にただ乗りし、その無形資産としての価値を減殺し、控訴人の費用と犠牲において、自らの利益を図るものであり、これが公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱していることは、明らかというべきである。
(四) 以上のとおり、被控訴人による被控訴人製品一の製造、販売は不法行為を構成する。そして、これによって控訴人の受けた損害金が一〇万円を下らないことは明らかである(原審における四五〇〇万円の請求を一〇万円に減縮する。)。
二 当審における被控訴人の主張の要点
1 周知商品表示性について
(一) 控訴人は、控訴人製品一の形態は、控訴人製品一がアメリカ合衆国及びイギリスで人気を博し、著名ロック演奏家に愛用されている事実が、来日公演、レコードジャケット、雑誌等の各種音楽メディアを通じて我が国に流入したことにより、遅くとも昭和四八年(一九七三年)ころまでに、我が国においても、控訴人の周知商品表示としての機能を獲得した旨主張する。
 しかしながら、これら音楽メディアを通じての情報流通は、あくまで音楽ないし演奏家に関する情報が主であって、演奏家の使用する楽器は脇役に過ぎず、また、公演は、音楽そのものが目的である。控訴人が提出した証拠を見ても、演奏家がどんな形態のギターを演奏しているかを見て取れる雑誌記事の写真はあるものの、それらの写真だけからはどこの製造会社の、何という商品であるか明確に認識できるものはほとんどない。このように、楽器やその出所に焦点が当てられていない以上、これらの点に関する情報量やその明確さ、正確さが非常に低くなることは避けられないことであり、性質上、それ自体として「長期的かつ独占的使用」、「短期間であっても強力な宣伝」に比肩する影響力を有することは非常に困難である。
 他方、製造会社が行う広告宣伝は、当該製造会社の商品を消費者に購入させようという意図の下に、製造会社名や商品名を明らかにして行うことはもちろん、消費者の好みや心理を研究した上で行うものであるから、右のような情報の流通とは、商品形態の出所について消費者の認識に与える影響には天と地ほどの差がある。したがって、多少の情報が音楽メディアを通じて流れていても、国内製造会社から集中的な広告宣伝がなされ、かつ、実際に市場に出回っている商品のほとんどが国産品のみであれば、その中で控訴人製品一の形態が控訴人の商品であることを示す商品表示性を確立し得ようはずがない。
 また、音楽情報メディア等を通じた情報は、狭い範囲にしか行き渡っていなかったから、その影響力はいっそう弱いものである。この点に関し、控訴人は、雑誌「ミュージックライフ」の人気投票の投票数が多数であったことをもって、そこに掲載された記事から控訴人製品が出所表示機能を獲得したと主張する。しかし、これは音楽ファンと楽器ファンとを混同した議論である。ロック音楽のファンの大多数は、曲自体あるいは演奏家に興味を有しているのであって、その使用する楽器に興味を有するのは、その中の一握りであり、その演奏家の演奏する楽器を購入して自ら演奏しようとするのは、その一握りの中のマニアックな少数派にすぎない。
(二) 需要者が必ず店頭や雑誌等で製造会社名を確認してエレクトリックギターを購入するという実態に鑑みれば、エレクトリックギターの場合も他の商品と同様、又はそれ以上に楽器製造業者の行う雑誌や店頭における広告宣伝が大きな意味を持っているのであって、著名な演奏家がそのエレクトリックギターを使用しているという情報が、需要者の購入動機に決定的な意味を持つのは、エレクトリックギターの需要者のうちほんの一握りにすぎない。
(三) 控訴人は、商品の形態は、商標など他の種類の商品等表示と比べて、自他商品識別力が本来的に弱いものではなく、また、商品の形態について自他商品識別力をできるかぎり認めないようにすべきであると解すべき理由はないなどと主張する。
 しかしながら、商品の形態は、本来、出所表示機能を有するものではない。また、安易に出所表示機能を認定して、本来事業者の自由な選択に任されるべき商品形態を一社に半永久的に独占させる結果となることは避けるべきである。商品の形態は、競業者を含め何人も自由に使用できるのが原則で、需要者の信用の化体した商品表示となったときに限り不正競争防止法上の保護の対象となると解すべきである。そして、不正競争防止法二条一項一号に基づく形態の半永久的独占的な保護と、機能(形態も商品の機能である)については原則として自由競争に任せ、これを保護するとしても例外的にのみ独占を認める工業所有権法の趣旨とを調和させるために、形態については、必然的に、商標、商号等の標識に比べて、出所識別機能の認定をより慎重、謙抑的に行うべきことになるのである。
(四) 被控訴人その他の楽器製造業者は、特に控訴人製品一を選んで参考にしたわけではなく、我が国での知名度いかんに関わらず、アメリカ合衆国及びイギリスにおけるありとあらゆる有名楽器製造業者の製品を参考にしたのである。控訴人製品一が多く参考にされたのは、第一に、楽器そのもののつくりや音質が優れていたこと、第二に、神田商会や荒井貿易の模倣品が大当たりし、そのために同タイプの部品の価格が安価となり、これに目をつけた国内製造会社が低コストでの生産を目指して同じ形態の製造に参入したことによる。その結果、【C】・タイプが標準化して生き残ったにすぎない。
(五) 商品形態が商品表示性を獲得するためには、ある程度の形態上の特徴が必要である。
 ところが、控訴人製品一が製造販売された当時、既に、控訴人製品一の正面輪郭形状と同種のギターが存在していた。具体的にいうと、控訴人製品一の原型ともいえる「APP」という商品表示のエレクトリックギターが他の業者により一九四二年に製作、発表され、博物館に保存されていた。また、一九四八年には、ビグズビー社が控訴人製品一の正面輪郭形状と同じシングルカッタウェイのギターを製造販売していた。
 したがって、控訴人製品一は、その正面輪郭形状自体において、右にいうような特徴を具えていたとはいい難い。
2 ダイリューション(希釈化)について
 被控訴人は、控訴人製品一の形態が一九七〇年代から現在に至るまでのいずれの時点においてにせよ出所表示機能を獲得したことを認めるものではないが、仮にいったんは出所表示機能を獲得したことがあったと仮定したとしても、数にして多いときには一〇社を超える国内の楽器製造業者から数十ものブランド名の下、期間にして二〇年以上にわたって、控訴人製品一の形態の商品が市場に出回っていた以上、商品形態を見ただけで出所を識別することは不可能な状況であることは明らかである。
 また、需要者が、控訴人製品一の商品を見て、控訴人製品一を模倣したものであることを認識しているということは、需要者が、控訴人製品一の形態の商品を見て複数の出所を想定することを意味するものであって、これは、とりもなおさず、控訴人製品一の形態が特定の出所を表示するものとして機能していないことを物語るものである。
3 混同のおそれについて
(一) 狭義の混同のおそれ
 中・高校生といったエレクトリックギターを初めて手にする初心者の需要者は、レコード、CDのジャケット、公演で見た有名演奏家が手にしていた控訴人製品一と同じ形のギターであることだけを頼りにエレクトリックギターを購入することはなく、カタログや音楽雑誌等で下調べをしたり、店頭で店員に確かめたりして購入するのが常である。仮に、右需要者がこのような下調べを行わなかったとしても、楽器店には、控訴人製品一や被控訴人製品一以外にも、同種、類似形態のギターが多数陳列されているのであるから、たとい初心者であったとしても、同じ形態のギターの中にも様々な楽器製造業者、様々な商品表示があることに気付くはずであり、被控訴人製品一を控訴人製品一と誤認して購入することは実際上あり得ない。
 また、ある程度の、あるいは詳細な知識を有する需要者は、当然のことながら、被控訴人製品一を控訴人製品一と誤認して購入することなどない。
(二) 広義の混同のおそれ
 広義の混同は、競業関係にない商品、営業であっても誤認混同のおそれを肯定し、差止めを認めようという場合の議論であるから、控訴人と被控訴人がいずれもエレクトリックギター製造会社であり競業関係に立つことが明らかな本件で、広義の混同を問題にすることはできない。
 また、右の点を離れても、控訴人製品一と被控訴人製品一との間の形態の同一性という事実から、両者に広義の混同が存在するという理論は、十社を超える楽器製造業者から販売されている数十の商品表示の控訴人製品に類似した商品のすべてにつき、その楽器製造業者が控訴人と何らかの関係を持っていると需要者に認識されるおそれがあるということを意味するのであって、これはおよそ成り立ち得ない議論というべきである。
 さらに、控訴人と何らかの関係を有する業者、すなわち、控訴人から出資、ライセンス、ノウハウを受けている楽器製造業者は、「コピー」、「レプリカ」などという言葉を使うはずがないから、需要者において、被控訴人製品一が控訴人又は控訴人製品一との何らかの関係に基づいて製造販売されているのではないかという誤解を招くおそれもない。
4 不法行為(予備的請求原因)について
 模倣品を、控訴人製品一を参考もしくは模倣したものとして販売していれば、消費者に同種形態について複数の出所を認識させることになるから、それが、大量かつ長期間にわたって行われた状況下では、当該形態が特定の出所を表示する機能を有し得ないことが明らかである。控訴人が主張しているのは、形態の「オリジナル」はどの楽器製造業者が製造したかという市場の認識にすぎない。このような市場の認識が控訴人の「営業上の法的利益」を構成するとの主張立証はない。また、このような市場の認識が控訴人の主張するとおり、多数の模倣品の出回りによっても消滅しないものであれば、それは、被控訴人による控訴人製品一の形態の商品を製造、販売する行為によっても害され得ないということが論理的帰結となる。控訴人の不法行為の主張は、失当である。

理由
第一 原判決の引用
 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。
 原判決の理由の、第一(不正競争防止法に基づく請求についての部分)中、一及び二の部分(当事者及び控訴人製品の認定の部分)、並びに、三(控訴人製品の形態の周知商品表示性についての部分)の別紙控訴人製品目録二及び三記載の正面輪郭形状を有するエレクトリックギターのシリーズ(以下「控訴人製品二」、「控訴人製品三」という。)についての認定判断の部分は、当裁判所も同じ認定判断であるから、これを引用する。
第二 控訴人製品一について
一 控訴人製品の形態の周知商品表示性について
1 証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 控訴人は、一九〇二年に、その前身であるギブソン・マンドリン・ギター・マニュファクチュアリング・カンパニー有限会社が設立されて以来、「ギブソン」の商品表示でギター、マンドリン等の楽器を製造販売してきている会社である。控訴人は、一九三七年ころから、エレクトリックギターの製造販売を始め、一九四五年ころから始まったアメリカ合衆国におけるエレクトリックギターの需要の増大とともに、この種商品の開発及び製造販売に努力していった。控訴人は、一九五〇年ころ、ギター奏者であった【C】をエレクトリックギターの開発に参画させ、一九五二年、【C】の名をとった新型のエレクトリックギター(最初の「【C】」モデル)の製造販売を開始した。その後、控訴人は、右ギターの形態を基本としつつ、少しずつ細部の仕様を変更し、「【C】」モデルと呼ばれ別紙控訴人製品目録一記載の正面輪郭形状を有するエレクトリックギターを製造販売した。(甲第二号証、第一一号証)
(二) アメリカ合衆国では、一九五〇年代の初頭に新しい音楽としてロック音楽が誕生し、その熱心な愛好家を生み出していった。ロック音楽は、エレクトリックギターによって、迫力ある音響、ダイナミックな(動的で活力に満ちた)リズムで、躍動感のあふれた音楽表現をすることができるものであったことから、エレクトリックギターは、ロック音楽に理想的な楽器となり、ロック音楽はエレクトリックギターで演奏するというスタイル(型、形式)が出来上がった。ロック音楽は、若者の間に広く浸透し、熱狂的なファンも現われるに至った。このようにして、アメリカ合衆国及びイギリスでは、一九六〇年代に入って、ギターブームを迎え、エレクトリックギターの需要が増えていった。(甲第二号証、第四〇号証、第四六号証)
(三) 控訴人は、前記のとおり、一九六〇年まで、控訴人製品一を製造販売していたけれども、一九六一年になって、控訴人と【C】との間に意見の食い違いが生じたことを契機として、控訴人製品一の製造を中止した。(甲第二号証)
(四) 控訴人が一九六〇年までに販売していた控訴人製品一、特に一九五八年型は、当時最も人気の高いロックバンドの一つであるレッド・ツェッペリンのギター奏者であった【D】に愛用され、また、一九五九年型は、当時、アメリカ合衆国における著名なギター奏者であったマイク・ブルームフィールドに愛用された。その他にも、【E】、【F】、【G】、【H】、【I】といった当時人気の高いロック音楽の演奏家が、その演奏に次々と控訴人製品一を使用するようになったことで、アメリカ合衆国やイギリスにおける多数のロック音楽の演奏家やファンの間で控訴人製品一が注目を集めるに至った。(甲第二号証、第四五号証、第四六号証)
(五) 控訴人製品一に慣れ親しんだ多数のロック音楽の演奏家やファンは、控訴人が、控訴人製品一の製造販売を再開することを希望し、これに応じて、控訴人は、一九六八年から、控訴人製品一の製造販売を再開するに至った。ここにおいて、控訴人製品一は、アメリカ合衆国やイギリスにおいて、ロック音楽の演奏家やファンの間で、エレクトリックギターにおける著名な名器としての地位を確立し、それとともに、控訴人製品一の形態も周知著名となった。(甲第二号証、第六号証、第一一号証、第四五号証)
(六) アメリカ合衆国及びイギリスにおけるロック音楽の人気は、音楽雑誌、レコードその他の情報手段を通じて、我が国にも流れ込んできた。前記【D】、【E】、【F】、【G】、【H】、【I】といったロック音楽の演奏家は、我が国においても高い人気を呼び、特に、【D】、【E】、【F】の人気は極めて高いものであり、昭和四五年(一九七〇年)度の海外のギター奏者の部門の人気投票では、【D】が七〇四七票で一位、【E】が七〇一一票で二位、【F】が五八三二票で三位であり、昭和四六年(一九七一年)度のそれでは、【D】が一万六八二九票で一位、【E】が一万四九〇八票で二位、【F】が一万一七五六票で五位であり、昭和四七年(一九七二年)度のそれでは、【D】が二万八八四九票で一位、【E】が二万三八九一票で二位、【F】が五六二八票で一一位であった。ちなみに、昭和四七年(一九七二年)度の国内のギター奏者の部門の人気投票では、【J】が一万八九五六票で一位、【K】が一万四九三八票で二位、【L】が一万二一五四票で三位であり、当時の我が国のロック音楽のファンが我が国のギター奏者よりむしろ海外のギター奏者により大きな関心を抱いていたことが窺われる。(甲第五四号証、第五五号証、第五七号証)
(七) 音楽雑誌「ミュージック・ライフ」には、しばしば、著名なロック音楽の演奏家に関する報道やインタビュー記事とともに、控訴人製品を使用して演奏する演奏家の写真も掲載されていた。また、一九七一年から一九七二年にかけて来日して公演した著名なロックバンドであるグランド・ファンク・レイルロード、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのギター奏者は、控訴人製品一を使用していた。前記のとおり、エレクトリックギターは、ロック音楽に理想的な楽器で、ロック音楽はエレクトリックギターで演奏するというスタイルが出来上がっており、しかも、エレクトリックギターの形態も、これを演奏する際に、一つの審美的効果を醸していたので、著名なロック音楽の演奏家がどのエレクトリックギターを使用しているかは、そのファンにとって無視できない事柄であり、とりわけ、控訴人製品一は、その独特の形態と色彩の美しさによって、多くの我が国のロック音楽のファンを引きつけていた。(甲第四二号証、第五四号証〜第五七号証、第七二号証)
(八) 控訴人製品一は、前記のとおり再生産を開始して間もなくの昭和四四年(一九六九年)ころには、我が国に輸入されていたものの、輸入される数量が少なく、しかも著しく高額であったため、通常のロック音楽のファンが容易に購入できるものではなかったけれども、著名な楽器店においてガラスの陳列ケースに展示されるなどしていて、ロック音楽のファンの羨望の的となっていた。(甲第六号証、第四九号証、第七四号証)
(九) 被控訴人その他の楽器製造業者による模倣品の販売状況等は、次のとおりである。
(1) 株式会社原楽器店は、控訴人製品一の製造が再開された直後の昭和四三年(一九六八年)ないし昭和四四年(一九六九年)ころ、「バーンズ」との標章を付し、「ルーカス」の名称で控訴人製品一の模倣品を販売し始めた。(乙第三号証)
(2) 株式会社神田商会は、昭和四五年(一九七〇年)、自社の商品表示として「グレコ」との標章を付し、「EGー360」の名称で控訴人製品一の模倣品(価格三万六〇〇〇円)を販売し始め、昭和四九年(一九七四年)ころには、EGシリーズと称して、少なくとも一二機種の控訴人製品一の模倣品(価格は機種により三万八〇〇〇円から八万円)を販売しており、昭和五二年(一九七七年)ころには、一九機種の控訴人製品一の模倣品(価格は機種により三万八〇〇〇円から一〇万円)を販売していた。(乙第三号証、第五号証、第七号証、第八号証、第一七号証)。
(3) テスコ株式会社は、昭和四九年(一九七四年)ころ、自社の商品表示として「テスコ」との標章を付し、三機種の控訴人製品一の模倣品(価格三万六〇〇〇円)を販売していた。(乙第九号証)。
(4) 日本楽器製造株式会社は、昭和五一年(一九七六年)ころ、自社の商品表示として「ヤマハ」との標章を付し、一二機種の控訴人製品一の模倣品(価格は機種により三万八〇〇〇円から一二万円)を販売していた。
 (乙第一八号証)
(5) 被控訴人は、昭和四七年(一九七二年)ころから、本格的にエレクトリックギターの製造販売を開始し、昭和五一年ころには、自社の商品表示として「バーニー」との標章を付し、控訴人製品一を模倣した被控訴人製品一(価格は九万円程度)を販売していた。(甲第四七号証、第四九号証)
(6) その他にも我が国の多数の楽器製造業者が、自社の商品表示として独自の標章を付し、控訴人製品一の模倣品を販売していた。(乙第三号証、第四号証)
(7) 被控訴人は、被控訴人製品一の広告宣伝において、昭和四九年(一九七四年)一月掲載の「バーニー」シリーズの雑誌広告では、「一九四〇年代〜一九五〇年代のギブソンを見なおす!」という宣伝文句を掲げ、昭和五六年(一九八一年)発行の「ギター・マガジン」三月号では、「THE REVIVAL かつて、これほどまで忠実に再現されたオールドがあっただろうか。」などといった宣伝文句を掲げ、一九八二年に発行した楽器カタログ誌では、「バーニーPLG240、’59年オールド・スタンダード・リバイバル・モデルの極め付け」、「バーニーRLG一五〇 ’59年スタンダードのリバイバル・モデル」などといった宣伝文句を掲げ、一九九七年発行の「ギター・マガジン」五月号では、「日本にはフェルナンデスがある! フェンダーやギブソンには手が届かなかった70年代のエレキ少年はこだわりのコピー・モデルで、華やかなロック・ミュージシャンに憧れている現代のエレキ・キッズはアーティスト・シリーズで、フェルナンデスのお世話になっているはずだ。」などといった宣伝文句を掲げ、自社の商品が控訴人製品一の模倣品であることを明示するなどして、被控訴人製品一に似せた精巧な模倣品であることを売り物にしてきた。
 他の楽器製造業者についても、多いときには一〇数社から三〇以上のブランドで控訴人製品一の模倣品を製造、販売し、その際、右同様に、自社の商品が控訴人製品一の模倣品であることを明示し、被控訴人製品一に似せた精巧な模倣品であることを売り物にしてきた。(甲第四七号証、第四八号証、第五〇号証、第五八号証、乙第一一号証、第二一号証)
 (一〇) 我が国でプロのロック音楽の演奏家やこれを目指している者は、一九七〇年前後ころの時点において、自分の演奏用にエレクトリックギターを購入するに当たり、出回っている模倣品でなく本物の控訴人製品一を入手したいと願い、ときにはアメリカ合衆国まで控訴人製品一を買いに行く者もあった。(甲第七四号証)
2 右認定の事実によれば、控訴人製品一は、アメリカ合衆国やイギリスにおいて、ロック音楽の演奏家やファンの間で、著名なロック音楽の演奏家も愛用するエレクトリックギターの著名な名器として周知となっていたこと、このことは各種音楽情報等を通じて、我が国にも伝わり、我が国においても、ロック音楽のファンの間で、控訴人製品一は、著名なロック音楽の演奏家が愛用するエレクトリックギターの著名な名器であると認識されていたものの、高額で、輸入される数量も少なかったため、容易に入手することができないいわば高嶺の花であったこと、ところが、昭和四三年(一九六八年)ないし昭和四四年(一九六九年)ころから、控訴人製品一の名器としての著名性に便乗して利益を挙げようとして、控訴人製品一を模倣した国産のエレクトリックギターが多数市場に出回るようになったことで、いわば控訴人製品一の代用品として、需要者に一応の満足を与えることになったこと、しかし、プロのロック音楽の演奏家やこれを目指している者など一部の者は、これに飽きたらず、控訴人製品一の入手に尽力していたことが認められ、そうすると、控訴人製品一は、遅くとも昭和四八年(一九七三年)ころには、我が国のロック音楽のファンの間で、エレクトリックギターにおける著名な名器としての地位を確立し、それとともに、控訴人製品一の形態も、控訴人の商品であることを示す表示として周知となったものと認めることができる。
3 被控訴人は、被控訴人その他の楽器製造業者は、特に控訴人製品一を選んで参考にしたわけではなく、我が国での知名度いかんに関わらず、アメリカ合衆国及びイギリスにおけるありとあらゆる有名楽器製造業者の製品を参考にしたとか、控訴人製品一が多く参考にされたのは、第一に、楽器そのものの造りや音質が優れていたこと、第二に、神田商会や荒井貿易の模倣品が大当たりし、そのために同タイプの部品の価格が安価となり、これに目をつけた国内製造会社が低コストでの生産を目指して同じ形態の製造に参入したことなどのためであるとの理由で、被控訴人らの模倣の事実を控訴人製品一の我が国における周知著名と結び付けることはできない旨主張する。
 しかしながら、被控訴人の右主張は、これを裏付けるに足りる証拠がない。かえって、前記1(九)に認定した事実によれば、被控訴人を含めた我が国の楽器製造業者において、控訴人製品一がアメリカ合衆国及びイギリスのみならず我が国でも周知となっていたために、これに便乗しようとしたことは明らかである(神田商会や荒井貿易の模倣品が大当たりしたとの、被控訴人がその主張の根拠とする事実自体、このことを示す一つの有力な資料である。)。被控訴人の右主張は、採用することができない。
 被控訴人は、商品形態が商品表示性を獲得するためには、ある程度の形態上の特徴が必要であるのに、控訴人製品一の正面輪郭形状自体、そのような特徴を具えていたとはいい難い旨主張し、これを裏付けるものとして、控訴人製品一が製造販売された当時、既に、控訴人製品一の正面輪郭形状と同種のギターとして、「APP」というブランドのエレクトリックギターが一九四二年に他の業者により製作、発表されていたこと、一九四八年には、ビグズビー社が控訴人製品一の正面輪郭形状と同じシングルカッタウェイのギターを製造販売していたことを挙げている。
 「APP」というブランドのエレクトリックギターが一九四二年に他の業者により製作、発表されていたこと、一九四八年には、ビグズビー社が控訴人製品一の正面輪郭形状と同じシングルカッタウェイのギターを製造販売していたことは、乙第二号証から明らかである。しかし、同号証によれば、これらは、控訴人商品と比べた場合、外形にある程度共通するところはあるが、相違しているところも多く、類似しているとはいい難い。被控訴人の右主張は、採用することができない。
 被控訴人のその余の主張も、前記認定判断に照らし、採用することができない。
二 ダイリューション(希釈化)について
 控訴人製品一は、遅くとも昭和四八年(一九七三年)ころには、我が国のロック音楽のファンの間で、エレクトリックギターにおける著名な名器としての地位を確立し、それとともに、控訴人製品一の形態も、控訴人の商品であることを示す表示として周知となったものと認められることは前述したとおりである。
 しかしながら、前記一の1(九)で認定した事実の下では、このようにしていったん獲得された控訴人製品一の形態の出所表示性は、遅くとも平成五年より前までには、事実経過により既に消滅したものというほかない。すなわち、控訴人製品一の形態が出所表示性を獲得した前後のころから、現在に至るまで二〇年以上にわたって、数にして多い時には一〇数社の国内楽器製造業者から三〇以上ものブランドで、類似形態の商品が市場に出回り続けてきたという事実がある以上(しかも、この事実に対し、平成五年(一九九三年)までの間は、控訴人によって何らの対抗措置を執られていないことは、控訴人自身認めるところである。)、需要者にとって、商品形態を見ただけで当該商品の出所を識別することは不可能な状況にあり、したがって、需要者が商品形態により特定の出所を想起することもあり得ないものといわざるを得ないからである。
 この点につき、控訴人は、我が国で製造販売されていた控訴人製品一の模倣品は、模倣品であることが明示されて流通に置かれていたのであり、模倣品を製造販売する業者は、自らが、その形態は控訴人の商品のものであって、自社の商品表示ではないことを明らかにしているのであるから、これら模倣品が出回っていたことによって控訴人製品一の形態の有する出所表示機能が希釈され、控訴人製品一の形態が出所表示機能を失うことはあり得ない旨主張する。
 しかしながら、需要者が、控訴人製品一の形態の商品の中には、控訴人製品一を模倣したものも多数あることを認識しているということは、需要者が、控訴人製品一の形態の商品の形態を見て控訴人を含む複数の出所を想定することを意味するものであって、これは、とりもなおさず、控訴人製品一の形態自体は特定の出所を表示するものとして機能していないことを物語るものである。
 控訴人の右主張は、控訴人製品一の形態に接した需要者の中に生ずる、商品の出所についての認識と、形態の出所についての認識とを混同するものであって、誤りという以外にない。右形態に接した需要者は、それが控訴人に由来する形態であると考え、控訴人を同形態の商品のいわば本家であるとは考えても、直ちに同形態の商品を控訴人の商品と考えることはないからである。
三 不法行為(予備的請求原因)について
1 商品形態の模倣行為は、不正競争防止法による不正競争に該当しない場合でも、取引界における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱し、それによって被控訴人の法的利益を侵害する場合には、不法行為を構成するものというべきである。
2 前記認定のとおり、被控訴人は、エレクトリックギターの著名な名器である控訴人製品一の顧客吸引力に便乗して利益を挙げようとして、これに似せた精巧な模倣品であることを売り物として被控訴人製品一の製造、販売をしたものであり、このような種類の模倣行為が、被模倣者の意思に反しないものと考えさせる状況があるときなど例外的な場合を除き、取引界における公正かつ自由な競争として許される範囲を著しく逸脱するものであることは明らかというべきである。そして、このような種類の模倣行為は、原則としては、被模倣者の意思に反するものとみるべきであることも明らかであるから、被控訴人が行ってきた模倣行為は、その当初の段階においては、不法行為の要件としての違法性を有するものとして開始され、継続されていたものというべきである。
3 しかしながら、同様の模倣行為が続いた場合、それが公正かつ自由な競争として許される範囲から逸脱する度合いは、時の経過とともに生ずる状況の変化に応じて変化することがあり得るのも当然というべきである。右度合いは、行為に関連するあらゆる事柄を総合して判定すべきものであるからである。
4 この点につき本件において極めて重要な意味を有するのは、被控訴人を含む多数の楽器製造業者による右認定の態様の模倣行為が長年にわたって継続されてきており、その結果、控訴人製品一の形態は、控訴人創作の名器に由来することが知られつつ、控訴人を含むどの楽器製造業者のものとしても出所表示性を有さないものとなって、その意味で、原判決にいうエレクトリックギターの形態における一つの標準型を示すものとして需要者の間に認識されるに至っているとの事実、及び、控訴人が、平成五年(一九九三年)までの二〇年以上にわたってこれを放置し続けてきたという事実である。
 前者の事実が、前記態様の模倣行為に対する公正かつ自由な競争からの逸脱の度合いを軽くするものであることは、例えば、このような状況の下で右行為によらないでエレクトリックギターの製造、販売を行おうとすれば、従前からの業者にせよ、新たに参入しようとする業者にせよ大きな制約を受けざるを得ないことを考えただけでも明らかというべきである。
 後者の事実は、模倣行為についての控訴人の知不知や主観的意図のいかんにかかわらず、客観的には、控訴人が右状態を黙認、さらには容認しているとの評価を許す要素を有するものであり、このことは、前記態様の模倣行為には、控訴人にとっての利害という観点からみるとき、一方では、控訴人製品一の形態の希釈化(ダイリューション)を引き起こすなどの好ましくない面があるとともに、他方では、これにより、控訴人製品一の名器としての名声をいやがうえにも高めることにより、同形態のものの本家としてのその価値をますます高めるという営業上の好ましい面もあることを考えると、より強くいい得るところである。この点に関しては、前記認定のとおり、神田商会や日本楽器製造株式会社が、控訴人製品一の模倣品を販売していたのみならず、これらの業者が、控訴人の我が国における代理店として控訴人製品一の販売をも営んでいたという事実も見逃すことはできない(乙第一三号証〜第一五号証)。
5 このようにみてくると、本件で控訴人が不法行為としてとらえ損害算定の根拠としている期間(平成五年九月三日から平成八年九月二日まで)の被控訴人による模倣行為については、たといそれが控訴人から対抗措置を執られた後のものであったとしても、もはや不法行為の要件としての違法性を帯びないものというべきである。
6 なお、右には、控訴人製品一について述べてきたが、同様のことは、控訴人製品二、三についても当てはまるところである。
第三 以上によれば、その余につき検討するまでもなく、控訴人の請求は理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、これと結論において同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について、民事訴訟法六一条、九六条二項を適用して、主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第六民事部
 裁判長裁判官 山下和明
 裁判官 山田知司
 裁判官 宍戸充
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/