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【事件名】公共工事設計積算システム事件(刑)(2)
【年月日】平成11年10月14日
 広島高裁 平成11年(う)第66号 著作権法違反被告事件
 (原審・広島地裁平成9年(わ)第705号)

判決


主文
 本件各控訴を棄却する。

理由
 本件各控訴の趣意は、弁護人原伸太郎作成の控訴趣意書(ただし、弁護人は、法令適用の誤りというのは、原判決が刑事訴訟法三三八条四号の適用を誤ったという趣旨で、同法三七八条二号の不法に公訴を受理した違法を主張するものであると釈明した。)に記載されているとおりであるから、これを引用する。
 所論は、本件の告訴は、甲野株式会社(以下「甲野」という。)が平成八年八月三〇日にしたものであるが、(一)(1)被告人らが複製したという公共工事設計積算システム(以下「本件プログラム」という。)は甲野の委託により株式会社乙山(以下「乙山」という。)が創作したもので、甲野は著作権者ではなく、(2)甲野は、本件プログラムの開発に際し、株式会社丙川が著作権を有するdbマジック開発プログラムを違法に複製して使用しているので、右の開発過程に重大な違法があり、民法九〇条が準用され、甲野に本件プログラムの著作権は発生しないので、結局、甲野は本件著作権侵害事件について告訴権はないから、本件告訴は無効であり、(二)甲野は、遅くとも平成七年一二月末ころには、本件の犯人を知ったものであるから、本件告訴は、告訴期間の経過後になされたもので無効であり、(三)本件告訴は、告訴の受理権限のある司法警察員に対してなされていないので無効であるから、本件告訴の無効を看過して、有罪判決をした原判決の手続には、不法に公訴を受理した違法がある、というのである。
 そこで、原審記録によって検討すると、所論はいずれも採用することができず、甲野の本件告訴は有効であり、原判決の手続には、所論のいう不法に公訴を受理した違法はない。以下、その理由を付言する。
一 甲野は告訴権者であるか
1 本件プログラム著作権の発生について
(一)原審記録によると、本件プログラム作成の経過は次のとおりである。
 被告人らが原判示のプログラムの著作物である本件プログラムを複製したことは明らかであるところ、甲野は、電子計算機その他情報機器におけるソフトウエア業務の請負及び情報処理システム開発等の業務を行っていたもので、地方公共団体向けの事業設計積算システムの開発を行い、昭和六三年三月一〇日に、土木事業、上水道事業、下水道事業及び土地改良事業等九個(Aは従前の供述を平成一〇年一月二三日付け検察官調書で訂正している。)のプログラムを包括した公共工事設計積算システム(以下「原プログラム」という。)を開発していたが、右原プログラムは、コンピュータ言語であるコボル言語を使用したもので、専ら大型コンピュータに対応したものであったため、これを小型コンピュータに対応するものとするため、他のコンピュータ言語であるdbマジック言語によるものに変換することとし、右の業務(以下「本件業務」という。)を甲野が株式会社丁原・インフォーメイション・デザイン(以下「丁原」という。)に委託し、丁原が乙山に再委託してdbマジック言語及び一部C言語によるプログラム(以下「新プログラム」という。)を作成したもので、右の委託及び再委託については、いずれも平成五年一月五日付けで、各会社の代表取締役によって、ソフトウエア作成請負契約書が作成されているが、右の各契約書の条項は市販の同種の契約書の様式を利用したものである。
 本件業務は、見積書には、システム作成料、プログラム詳細設計・プログラム作成、結合テスト(LANテスト)と、納入明細書には、土木積算システム一式、新規プログラム一二四本と記載されているが、コボル言語を使用した原プログラムをdbマジックバージョン四・三による言語(一部C言語)に置き換えることを目的として、甲野内(一部乙山内)において、甲野が用意したデスクトップパソコン二、三台及び乙山が持ち込んだノートパソコン一台、dbマジック開発システム(所論のいう開発プログラム)は、甲野の用意したものと乙山が持ち込んだもの(Bの原審証言は、同人の検察官調書の記載と異なるが、乙山には、当時dbマジック開発システムが三本あったというのであって、本来dbマジック言語に変換することを委託された会社の技術者としてノートパソコンとともにdbマジック開発システムを携行することは一般には当然のことであるから、同証言は信用することができる。)各一本及びその他に複製した二、三本を利用し、通常乙山のシステムエンジニア二名が、甲野の技術者の指導又は援助を受けながら、コンピュータの画面上に表示した原プログラムを見て、コボル言語による開発の際の仕様書、ソースプログラム、帳票等を見ながら、言語を変換(コンバート)する作業を行った。前記ソフトウエア作成請負契約書には、作業範囲として、プログラム詳細設計も記載されているが、プログラムの開発過程で通常行われる作業である要求定義、システム設計、プログラム基本設計、プログラム詳細設計、コーディング、総合テストのうち、実際には、プログラム詳細設計までの作業は必要ではなかった。
(二)すなわち、右の新プログラムの作成作業においては、ネットワーク対応に設定するなどしたが、プログラムの機能の追加、改良はほとんどなく、新プログラムは原プログラムと実質的に同一性のある複製物であるか、仮にそうでなくて、多少の創作性が加わったとしても、原プログラムに依拠して、原プログラムの表現形式上の本質的特徴は変更なく行われたもので、新プログラムは原プログラムの翻案であり、著作権法二条一一号の二次的著作物であると認められる。
(三)その後、甲野では、平成六年六月ころから平成七年二月ころまでの間に、同社の従業員によりdbマジックバージョン四・三から同バージョン五・六にバージョンアップする作業をし、その際、相当の機能の改良作業を行って本件プログラムを作成したが、本件プログラムは新プログラムの二次的著作物であると認められる。
(四)ところで、著作権は、著作物を創作した者、すなわち著作者に発生することは著作権法が規定しているところであって、この点では強行規定であるといってよい。
 したがって、原プログラムの著作権者は甲野であるので、新プログラム及び本件プログラムが二次的著作物であるとしても、著作権法二八条により、原著作物の著作者である甲野は、右の二次的著作物の利用に関し、複製権等同法二一条から二七集までの権利を専有することになるのである。
2 本件プログラム著作権の帰属について
 前記甲野の丁原に対する委託及び丁原の乙山に対する再委託に関する各ソフトウエア作成請負契約書によると、いずれも、一〇条(本ソフトウエアに関する権利の帰属)一項に「甲が乙に委託した本件業務に基づいて得られた本ソフトウエアに関する一切の権利は、甲に帰属する。」となっている。これについて、丁原の常務取締役であるFは、検察官調書において、右契約書の用紙は、丁原で用意したものであるが、本件業務は、新たなプログラムを開発するものではなく、甲野が開発した積算システムをコボル言語からdbマジック言語に書き換えるだけであると理解し、右の条項については厳密に考えていたわけではなく、ソフトウエアに関する権利は、複製権等を含め、すべて甲野にあることを当然のこととして契約したと供述しており、また、乙山の代表取締役であるGは、検察官調書において、乙山はコンピュータソフトウエアの開発販売のほか、システムエンジニア等の派遣を業務としており、右契約は、受託開発ではなく、甲野の積算システムのコボル言語からdbマジック言語に書き換える作業について甲野に人材派遣をしたもので、派遣先の会社の指揮命令のもとに作業に従事したものとして、著作権は当然に派遣先にあると考えていると供述しており、乙山に勤務するシステムエンジニアであるBは、検察官調書において、派遣されて甲野に行き、甲野側からプログラム仕様書、ソースプログラム及び帳票等を見せてもらい、積算システムの概要の説明を受け、全般的な指示を受けて、機能をいじることなく、コボル言語からdbマジック言語に書き換える作業を行ったもので、著作権は派遣先にあると考えていると供述している。
 前記の各請負契約書(乙は甲の委託を受けてソフトウエアの作成業務を請け負うとする。)にある「本ソフトウエアに関する一切の権利は、甲に帰属する」という表現は、必ずしも一義的ではなく、通常は、乙に発生した著作権が甲に移転することを表していると解されるが、右の各契約当事者の理解からすれば、本件作業によって著作権が発生する場合には、甲である甲野が原始的にこれを取得するものと定めたものと解される。この点について、所論は、プログラムの開発の受託者が開発したものの著作権が原始的に委託者に帰属するという契約条項は著作権法の解釈上無効であるというが、著作権法上、著作者に著作権が発生するということは、同法一七条に定めるところであって、これは強行規定といえるが、著作物を創作する者、すなわち著作者が誰かということが、著作物の形成に創作的に寄与する方法、度合いによって明確でない場合には、著作者が同法一四条ないし一六条によって定まる場合の外は、著作物の形成、開発の契約において、著作者を誰にするかを定めることは、著作権法の強行規定に違反することではなく、右の趣旨で、本件のように、著作権が委託者甲に原始的に帰属するとする契約条項が無効であるとはいえない。この点からも、本件プログラムの著作権は甲野に属するものである。
3 dbマジック開発プログラムの違法複製と著作権の発生について
(一)原審記録によると、dbマジック言語によるアプリケーションの開発のために、株式会社丙川が著作権を有しているdbマジック開発システムというソフトウエアが販売されており、これには開発システム保護装置であるハスプが付属している。なお、開発されたアプリケーションのエンドユーザーは、dbマジック実行システムというソフトウエアによってアプリケーションの実行ができる。
 そして、原審記録によると、前記認定の新プログラムの言語変換による書換えの作業は、平成五年一月中旬ころから、甲野が用意したデクストップパソコン二、三台及び乙山が持ち込んだノートパソコン一台を利用し、dbマジック開発システムについては、甲野で当初一本を正規に購入し、その他に二本又は三本複製して、乙山が持ち込んだもの一本とともに、切換機に開発保護装置であるハスプ一個を接続して作業を行い、製品は同年四月三〇日ころ、甲野に納入されたが、その後一部修正が二回行われ、最終的には平成五年一二月ころ作業が終了した。
 また、原審記録中のdbマジック開発システムの著作権者である株式会社丙川の回答書によると、一製品一ユーザーの利用が前提であり、それを越える利用携帯での利用を許諾したことはないということであるので、甲野の代表取締役であるAは、原審証言において、株式会社丙川広島営業所の営業員Cが、甲野の事務所に来て、甲野が開発システムを複製して数台のコンピューターで使用しているのを現認したことがあり、一個のハスプ付きのdbマジック開発システムを数台のコンピュータで利用することを認めたと供述しているものの、これが正式な使用許諾であるとはいえない。しかし、被告人Dは、原審公判廷において、右Cは、甲野に営業日的で一〇回以上来たことがあるが、同人は前記dbマジック変換装置を見たことはないと思うと供述しているものの、右のようにCが一〇回も訪問したのであれば、Aの原審証言のように、これを現認する機会はあったといえるので、Cは事実上前記dbマジック開発システムの複製使用を黙認したものと認められる。
(二)ところで、著作権法は、著作権は著作物を創作した事実によって著作者に発生することを限定しているので、著作権は、法定された権利であり、著作物が創作された事実が認められる限り、著作者に発生するものである。そこで、著作物の創作の過程で、違法に複製された開発ツールが道具として利用されたとしても、著作権が発生することに何ら影響を及ぼすものではない。所論は、創作の過程に重大な違法があるときは、著作権は発生しないというのであるが、もとより、著作物の創作の過程に違法があって、著作者が創作したといえないときには、その著作者には著作権が発生しないといえるが、本件においては、前記新プログラムに言語変換する過程で、dbマジック開発システムについて、正規に購入したものの外に、違法に複製したものを使用したというものの、右の言語変換の業務の主体は乙山であり、甲野ではないこと、前記認定のように、株式会社丙川の広島営業所の営業員が右の複製使用を黙認していたこと、Aの原審証言によると、その後前記株式会社丙川から右のdbマジック開発システムの複製使用について責任を追及された事実はないことからすると、右の違法は必ずしも、所論のいうように重大なものとはいえない。なるほど、プログラムを違法に複製して他人の著作権を侵害した場合には、侵害行為によって作成された物等の廃棄請求、その他の侵害の差止請求及び損害賠償の請求をされ、また、著作権者の告訴に基づき著作権法一一九条違反として起訴される場合があることは所論のとおりであるが、本件においては、正規に購入したdbマジック開発システムも使用しているので、本件プログラムの複製がすべて差し止められるものとはいえず、甲野と株式会社丙川との間において、違法に複製使用した点に関して、あらためて使用許諾の合意等によって合法化することのできるものである。その点では、甲野の本件プログラムの著作権のうち、複製権等の支分権の行使について制限されているといえるが、それは甲野と株式会社丙川との間の債権的関係であって、本件プログラムの著作権の制限は相対的なものである。したがって、少なくとも甲野は、本件プログラムについて第三者からこれを複製されることを禁止する趣旨の権利は保持しているものといわなければならない。所論は、民法九〇条の公序良俗違反の規定の準用を主張するが、右の規定は私人の法律行為についての無効に関する条項であって、著作権の行使の面で準用があることは考えられるが、著作権法に法定する権利である著作権の発生の有無についてこれが準用され、著作権の発生を阻害する事由となるものとは解されない。
 なお、原判決の説示のうち、告訴権の行使と公序良俗違反に関する部分等には、所論が指摘するように、弁護人の主張を誤解していて、不適切な点があるが、本件の結論に影響はなく、審理不尽の違法等があるとはいえない。
4 以上のとおりであるので、甲野は本件プログラムについての著作権者であるから、本件著作権法違反事件について告訴権を有する。
二 本件告訴は告訴期間内に行われたか
 告訴は、犯罪の被害者が犯罪事実を申告し、犯人の処罰を求めるものであり、親告罪においては、犯人を知った日から六か月以内にすべきものであるが、右の犯人を知るとは、犯罪事実の行為者を知ることであるから、犯罪事実を知ることが前提になることはいうまでもない。これを本件についてみるに、本件告許に至る経過は、原審記録によると、次のとおりであることが認められる。
 甲野の代表取締役Aは、平成七年一一月ころ、広島県佐伯郡能美町役場の職員から被告人Eが甲野と同様の積算システムのデモを行いたいと連絡していることを知り、被告人らが甲野の本件プログラムを複製して販売しているのではないかという疑いを抱いたが、それを確認する資料はなかった。そこで、甲野は、弁護士を代理人として、平成八年二月六日、被告人らの所属する戊田コンピューターシステム株式会社に対し、同社が市町村に向け販売等を行っている土木積算プログラムについて、甲野の本件プログラムを複製、翻案などしたものではないかなどと記録した質問状を差し出したところ、これに対し、戊田コンピューターシステム株式会社は、同月一六日、右プログラムは同社が苦心努力の上作成したものであるとし、右質問状は、同社の名誉毀損、営業妨害に当たるとして法的に検討中である旨甲野の代理人宛に回答してきた。甲野は、右のような対応から、複製の事実の資料を得るため、裁判所に証拠保全の申立てをし、その決定に基づき、同年六月一四日、成田コンピューターシステム株式会社において、コンピュータに内蔵されていた公共土木事業設計積算システム等六点のシステムをフロッピーディスク二八枚にコピーし、検証及び鑑定が実施されたが、右システムの内容の解析による鑑定でも複製の事実の有無は分からなかった。そこで、甲野は、同年七月二九日、裁判官の許可を得て、前記の二八枚のフロッピーをコピーし、他に鑑定を依頼し、分析の結果、本件プログラムの複製の犯罪事実が判明して、確定的に犯人を知り、同年八月三〇日に被告人らを犯人として告訴したものである。
 なるほど、Aの平成一〇年一月二八日付け検察官調書では、平成七年一一月ころ、戊田コンピューターシステム株式会社で当社の積算システムを複製したものを販売しているのではないかと疑問を持ったと供述し、同人の原審第四回証言では、同月ころ、当社のソフトを持ち出して複製したということを推測し、前記質問状も当社のソフトを違法に複製しているので止めてほしいという趣旨であったと供述し、同人の原審第五回証言では、間違いなく複製して持ち出していると感じたのは「平成七年の年末、一一月、一二月」であると供述しているが、これらは、いずれもAが、主観的に被告人らの複製を推測した趣旨であり、その時点では、被告人らが本件プログラムを複製したのは真実であると信ずるにつき相当の理由があるといえるほどの資料は得ていなかったものであるから、その段階で告訴をすれば、名誉毀損の責任を問われる可能性がないとはいえないので、いまだ犯罪事実を認識したともいえず、もとより告訴権を行使できる程度に犯人を知ったものといえないのである。したがって、Aが、本件プログラム複製についての犯罪事実について、犯人を知ったのは、いずれにしても前記証拠保全後であるから、平成八年八月三〇日に行われた本件告辞が告訴期間中に行われたものであることは明らかである。
三 本件告訴の受理手続の適否について
 原審記録中の甲野の代理人弁護士作成の告訴状は、同日付けで、宛名を広島東警察署として作成され、同日付けで、同署生活安全第二課の受付印が押されているものであるところ、右の宛名は官署を示しているものであるが、これは同署長である司法警察員警視正宛のものであることは明らかであり、この点は、原審記録中に、広島東警察署司法警察員警視正井口正喜作成の捜査関係事項照会書謄本があることからも疑問の余地のないところである。なお、右の受付印については、右記録中にある捜査状況報告書一二通のうち、一〇通の作成者は司法警察員で、うち八通は生活安全第二課所属の者であることが明らかであるので、本件は同課が担当部署として受け付けたことを示しているものである。したがって、本件告訴は広島東警察署の司法警察員が正当に受理したもので、その手続に誤りはない。所論は採用できない。
 論旨は理由がない。
 よって、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

広島高等裁判所第1刑事部
 裁判長裁判官 福嶋登
 裁判官 佐藤拓
 裁判官 大善文男
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