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【事件名】女優イラスト模倣事件 【年月日】平成11年7月23日 東京地裁 平成10年(ワ)第29546号 著作権侵害差止請求事件 (口頭弁論終結日 平成11年6月14日) 判決 原告 【A】こと 【B】 右訴訟代理人弁護士 大川宏 同 野島正 被告 株式会社東京優勝 右代表者代表取締役 【C】 補助参加人 株式会社樋口事務所 右代表者代表取締役 【D】 被告及び補助参加人訴訟代理人弁護士 高橋利昌 同 寺崎大介 主文 一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第一 請求 被告は、別紙目録(二)のイラストレーションを使用してはならない。 第二 事案の概要 一 争いのない事実等 1 原告は、イラストレーターであり(甲一)、被告は、映画、放送番組、広告の企画・制作、広告代理業及びイベントのプロデュース等を業とする会社である。 2 原告は、女優【E】の人物画である別紙目録(一)のイラストレーション(以下、「本件著作物」という。)を含む映画宣伝用のチラシを著作した(甲一、二)。 3 被告は、TVLIFE誌平成一〇年九月二五日号の一二四頁に、別紙目録(二)のイラストレーション(以下「被告イラストレーション」という。)を使用したタレント等の新人オーディションの広告を掲載した。 二 本件は、原告が、「被告イラストレーションは本件著作物の複製権を侵害している」と主張して、右複製権に基づく被告イラストレーションの使用差止めを求める事案であり、争点は、被告イラストレーションが本件著作物の複製かどうかである。 第三 争点に関する当事者の主張 一 原告の主張 1 被告イラストレーションは、補助参加人のデザイナーが、社外のイラストレーターである【F】(以下「【F】」という。)に、本件著作物を模倣するように指示し、【F】が、右指示に従って制作したものである。 被告イラストレーションが本件著作物に依拠したことは、被告イラストレーションが【F】の従来の作風、タッチと似ても似つかぬものであること、被告イラストレーションが、六月中旬に具体的な制作作業に入り、六月二二日に完成という短期間のうちに作成されたこと、被告イラストレーションがその元となったラフスケッチと全く異なっていることから明らかである。 2(一) 本件著作物と被告イラストレーションは、次のような類似点がある。 (1) 全体 顔の輪郭がほぼまん丸であること、体の向き、手足の振り方、バッグの掛け方 (2) 目・眉 顔全体の中で目を大きく描き、強調していること、両目の間隔を広くとっていること、目の形を銀杏の実のような形状にして、瞳を大きくし、その両端に赤を入れていること、睫の付け方、二重まぶたの描き方、眉が三日月形であること (3) 鼻 顔の下方に小さく配置していること、アウトラインの形、頭にブラシで描いた赤があること (4) 口・唇 ぽってりとした形、色、中心に黒いラインが有り、下唇にハイライト(白く光るように見える線または点)があること (5) 頬 ブラシで描いた赤色で横長の丸形であること (6) 手・腕 手の形、握り方、体に対するバランス、腕の振り方、角度 (7) バッグ バッグの色、形、紐の長さ (二) 右(一)のとおり、被告イラストレーションは、本件著作物と、人物の顔を区別する主要な要素である造作のうち、目、眉、鼻、口及び頬の特徴がほぼ一致し、かつ、それらの配置もほぼ一致しており、顔全体の輪郭も似ているから、本件著作物の顔と被告イラストの顔は、酷似し、実質的に同一である。また、顔以外にも、右(一)で述べた類似点がある。したがって、被告イラストレーションは、本件著作物を複製したものである。 二 被告らの主張 1 被告イラストレーションは、補助参加人のデザイナー及びコピーライターの発案のもと、社外のイラストレーターである【F】の手で一から描かれ、コンピューターでの画像加工、着色等を経て制作されたものであって、本件著作物に依拠して制作されたものではない。 2(一) 全体的な印象の違い 被告イラストレーションと本件著作物とでは、次のとおり全体的な印象が異なる。 本件著作物では、描かれている人物に対しほぼ正面かつ水平な位置、すなわち、鑑賞者の視点付近に強烈な光源があるものと仮定され、人物ないしその額、頬、鼻など各部位のほぼ正面に光源の照り返しが現れているところ、日常的には、人物よりも上に太陽等の光源があるのが通常であるから、本件著作物を鑑賞する者は、本件著作物に日常とは切り離された雰囲気を感じるとともに、本件著作物中の人物から見据えられたような視線を感じる。これにより、本件著作物には、人物の個性が強調され、鑑賞者の視線を捕らえて離さない効果が生じている。そして、こうした表現により、本件著作物は、映画の出演者である女性タレントを個性的かつ魅力的に描いており、映画の広告として大きな効果をあげている。 これに対し、被告イラストレーションは、右のような視点や表現の特殊性から生じる効果を全く有していない。被告イラストレーションには本件著作物のような強い光線は仮定されておらず、眼と唇に弱く見られる光の照り返しも正面ではなく右側上方からのものであるから特別な意味を持つものではなく、描かれている人物も個性的というより凡庸でどこにでもいる人物である。被告イラストレーションは、タレント等の新人のオーディションのための広告であり、本件著作物のように人物の個性を強調し、眼を引きつけて特別に魅力ある人物と見せることは必要でなく適当でもない。 また、本件著作物は、全体として、立体感、キャラクター性のある繊細なタッチで描かれているが、被告イラストレーションは、平面的かつイラスト的で、無機質な感じがあり、作者の表現上の個性においても全く共通点がない。 (二) 人物各部の比較 (1) 「全体」について ア 「顔」については、前記(一)のとおり、全体の印象に類似性がないのみならず、本件著作物の顔の輪郭は卵形で顎付近において急な曲線を描いているのに対し、被告イラストレーションの輪郭は真円に近く顎付近における変化はない。 イ 「体の向き」については、本件著作物では、体躯の微妙なひねりによって、その場で小躍りでもしたような、しなやかな躍動感を生んでいる。 これに対し、被告イラストレーションでは、肩から足までの体全体はかなり急角度に右に傾けられており、その方向に向けて疾走する姿勢をとっている。 ウ 片手を前、もう一方の手を後ろ、足はこれと左右逆という「手足の振り方」は、人間にとって自然なもので、原告による創作的表現ではない。 また、腕の延ばし方、腕の先の拳の角度、太もものあたりの足の開き加減、前になった足の膝の角度、後ろの足の膝下の跳ね上げ方などについても、被告イラストレーションと本件著作物の類似性は認められない。 エ 「バッグの掛け方」は、肩掛けのバッグである以上の類似点はない。 本件著作物のバッグの肩ひもは揺れた柔らかいひもとしてフリーハンドにより描かれ、バッグが体と共に軽く揺れることで、人物の弾んだ様子が表現されている。 被告イラストレーションでは、バッグの肩ひもは、巾広のベルトのような形状で本件著作物のものより長く描かれ、人物の進行方向と反対方向に定規で描いたようにピンとはりつめており、人物の進行速度の速さを表現している。 オ 本件著作物の人物は、幼児体型的胴体で、膝や太ももやふくらはぎの肉付きが良く、被告イラストレーションの人物とは明らかに異なっている。 (2) 「目・眉」について 本件著作物の目は、眉や睫の毛の質感的表現、瞳の複雑な光の写り込み、眼球の縁部分の陰、目の開口部の複雑な形などによってリアルな表現となっているが、被告イラストレーションの目は、べたっとして質感が乏しく、構成部分の形も単純で、開口部も単純な木葉型であり、漫画的に描かれている。 本件著作物では、目は大きく見開かれているが、相対的に大きいという訳ではなく、両目の間隔もその間にもう一つ目が入るほど開いて位置しているが、被告イラストレーションの目は、漫画的で極めて大きく、両目の間隔も本件著作物のようには離れてはいない。 本件著作物の瞳は、中心にはっきりとした小さな白丸とその下側にぼやっと半円形に写り込んだ物体が見え、コマーシャル撮影などで使われる強いライトとこれの補助光として下方から当てられた反射板からの光を思わせる表現となっているところ、このような表現は、人物が女優であることを間接的に示している。これに対して、被告イラストレーションの目は、右のような瞳中心の白丸もその下側の写り込みもない。弱いハイライト部はあるが、やや右上からの光で特徴に乏しく、本件著作物のものとは全く違う。 二重まぶたは、本件著作物と被告イラストレーションとでは明らかに描き方が異なるし、その長さも異なる。 眉は、本件著作物と被告イラストレーションとでは、質感が全く異なるほか、形状や位置も異なる。 (3) 「鼻」について 本件著作物の鼻は、立体的で、鼻の穴がやや見えるような形で描かれ、全体が赤く、鼻自身の外側に沿って陰が描かれ、頭頂部には照明の照り返しを思わせるハイライトがある。 被告イラストレーションの鼻は、単純に線書きされたもので、平面的で、鼻の穴を思わせる表現はなく、中心部分のみが曖昧に赤く着色され、頭頂部にハイライトは見られない。 (4) 「口・唇」について 本件著作物の口及び唇は、全体がほぼ直線的な形状で、上下唇の合った線がほのかに薄く描かれているが、この線は両端付近ではっきり下を向けられており、人物の強い個性を表現している。また、細く柔らかそうな質感を持っており、下唇のハイライトは正面にある。 被告イラストレーションの口は、全体が反り返った形で、上下唇の合った線は、漫画的な実線でくっきりと描かれており、単純な下向きの円弧を描いている。質感は乏しく、下唇のハイライトはぼやけていて位置も本件著作物よりずっと右側に位置している。 (5) 「頬」について 本件著作物の場合、頬骨の上あたりに赤みがあり、頬骨の頂上部にハイライトがあるが、被告イラストレーションでは、頬の中心部付近に赤みがある。 本件著作物の頬は、ピンク色に濃淡がつけられ、繊細に描かれているが、このピンクは化粧(頬紅)の表現であり、ハイライトの存在とあいまって、洗練された女性らしい、明るく魅力的な緊張感ある表情をもたらしている。 被告イラストレーションの頬は、色濃く赤く染められて、微妙な濃淡もなく、どちらかといえば、頬の赤い普通の女の子のイメージである。 (6) 「手」について 本件著作物の手は、ほっそりとした形で、同色の濃淡により描かれているが、被告イラストレーションの手は、幅広く丸く漫画的に描かれ、実線の縁があって濃淡なく着色されている。 (三) 以上のとおり、被告イラストレーションは、全体的印象においても、それを構成する個別部位の表現においても、本件著作物との類似性が全くないことは明らかである。 第四 当裁判所の判断 一 被告イラストレーションが本件著作物を複製したものかどうかについて判断する。 1 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるもの、すなわち、実質的に同一のものを再製することをいう。 2 そこで、本件著作物と被告イラストレーションを対比すると、次のようにいうことができる。 (一) 顔の輪郭 本件著作物の顔の輪郭は、上半部は、ほぼ半円であるが、下半部は、やや小さく、縦長なだ円の円弧状であるため、頬から顎にかけた付近がやや尖った印象を与え、全体としても縦に長い顔に見えるのに対し、被告イラストレーションの輪郭は真円に近く、全体として横に広い顔に見える。 (二) 目・眉 本件著作物の目と被告イラストレーションの目とを対比すると、目の形状が銀杏の実のような形状で、瞳が大きく描かれていることは共通するが、目の上半部の輪郭は、本件著作物と被告イラストレーションとでは異なっており、瞳の色も本件著作物が茶色であるのに対し、被告イラストレーションでは紫に近い色になっている。また、被告イラストレーションの目は、本件著作物よりも顔に占める面積が大きく、本件著作物ほど両目が離れていない。さらに、睫の形状・本数、眉の長さ・太さ、眉と目との位置関係のいずれにおいても、本件著作物と被告イラストレーションとでは違いがある。 (三) 鼻 本件著作物の鼻と被告イラストレーションの鼻とを対比すると、口に近い位置に配置されている点は共通するが、本件著作物の鼻は、立体的で、鼻の穴がやや見えるような形状であるのに対し、被告イラストレーションの鼻は、鼻の穴が見えるようには表現されておらず、全体の形状も異なる。 (四) 口・唇 本件著作物と被告イラストレーションでは、口の形状が明らかに異なり、上下唇の合った線も、本件著作物ではほぼ直線であるのに対し、被告イラストレーションでは円弧状になっている。 (五) 頬 本件著作物の頬は、ピンク色で、ハイライトが存在するが、被告イラストレーションの頬は、濃い赤色で、ハイライトはない。 (六) 耳 本件著作物は、耳が描かれていないが、被告イラストレーションは、比較的大きな耳が描かれている。 (七) 髪型 本件著作物の髪型がショートへアであるのに対し、被告イラストレーションの髪型はロングヘアで、形状も全く異なる。 (八) 手・腕・足 本件著作物と被告イラストレーションでは、片手を前、もう一方の手を後ろにし、足はこれと左右逆であることは共通するが、腕の振り方・角度、足の開き加減、前になった足の膝の角度、後ろの足の膝下の跳ね上げ方が異なる。 (九) バッグ 本件著作物のバッグと被告イラストレーションのバッグとを対比すると、バッグを肩から後ろへ向かって掛けていることは、共通するが、バッグの色、形、肩ひもの形状は異なる。 3 右2認定の事実によると、被告イラストレーションは、本件著作物とは、顔の輪郭の上半部が円形であること、目の形状が銀杏の実のような形状で、瞳が大きく描かれていること、鼻が口に近い位置に配置されていること、片手を前、もう一方の手を後ろにし、足はこれと左右逆であること、バッグを肩から後ろへ向かって掛けていることが共通する。しかし、本件著作物と被告イラストレーションとでは、顔のうち、その同一性を左右する主要な部分について右2(一)ないし(七)認定のとおり違いがあるから、右のような共通する点があるとしても、顔について同一性を認めることはできず、また、顔以外の部分にも、右2(八)、(九)認定のとおり違いがある。したがって、本件著作物と被告イラストレーションの同一性を認めることはできない。 よって、その余の点について判断するまでもなく、被告イラストレーションが本件著作物の複製であるとは認められない。 二 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四七部 裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 岡口基一 |
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