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【事件名】絵画取引事件
【年月日】平成11年6月25日
 東京地裁 平成10年(ワ)第14599号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成11年3月19日)

判決
<住所略>
原告 A
右訴訟代理人弁護士 伊藤真
<住所略>
被告 総合企画アートノアこと B

主文
一 被告は、原告に対し、別紙絵画目録一記載の各絵画のうち、別紙絵画目録二記載の各絵画を引き渡せ。
二 被告は、原告に対し、金一〇七万七〇五八円及び内金九五万円に対する平成七年九月二三日から支払済みまで年六分の割合による金員、内金一二万七〇五八円に対する平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、別紙ポストカード目録記載の各ポストカードを製作、販売又は頒布してはならない。
四 被告は、その住所地、営業所に存する被告所有の前項の各ポストカード及びその半製品並びに前項の各ポストカードを製作するために用いられる印刷用原版を廃棄せよ。
五 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
七 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一 請求
一 被告は、原告に対し、金三三九万二八〇〇円及び内金一七一万九二〇〇円に対する平成五年五月一日から支払済みまで年六分の割合による、その余の金員に対する平成六年八月六日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。
二 主文第一項、第三項及ぴ第四項と同旨
第二 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、@<ア>主位的に、原告が著作した絵画の販売委託契約の解除若しくは右絵画の所有権に基づいて、右絵画のうち、被告が現在保管中の絵画の返還を、右契約に基づいて、売却済みの絵画につき原告の取り分の支払を、<イ>予備的に、右絵画の売買契約に基づいて、代金の支払を、A右絵画に係る著作権に基づいて、これを複製したポストカードの製作等の差止め及び右ポストカード等の廃棄、並びに損害賠償の支払を、それぞれ請求した事案である。
一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告の著作に係る絵画の引渡し
 原告は、被告に対し、平成四年一〇月二〇日から平成五年四月二〇日にかけて、原告の著作に係る絵画合計一〇四点(以下「本件絵画」という。)を引き渡した(乙三六、四三)。
 なお、原告は被告に対し、平成四年八月二六日、原告の著作に係る絵画二点(本件絵画以外のもの)を贈与した。
2 本件絵画の売却
 被告は、平成四年一一月一〇日以降、顧客に対して、本件絵画の一部を売却し、現在、本件絵画のうち、別紙絵画目録二記載の絵画五二点を所持している。
3 金銭の支払い
 被告は、原告に対し、同年一〇月二八日に一〇万円を、同年一二月九日に三〇万円を、それぞれ支払った。
4 ポストカードの製作
 被告は、本件絵画のうち二五点について、これを複製して、別紙ポストカード目録記載のポストカード(以下「本件ポストカード」という。)を製作して、販売した(甲三〇、三一、四一ないし八四)。
二 争点
1 原告、被告間で、本件絵画について販売委託契約が成立したか否か[主位的請求]
(原告の主張)
 原告は、平成四年八月ころ、被告に対し、本件絵画について、販売を委託して、引き渡した。右販売委託契約において、本件絵画が販売された場合、被告は、原告に対し、別紙絵画目録一の販売価格欄記載の販売価格の一二〇パーセントを支払う(販売費用は被告の負担とする。)旨の合意が成立した。
 被告は、引渡しを受けた本件絵画の一部を売却したが、右合意に沿った金額の支払をせず、また、販売に関する報告をしない。原告は、被告に対し、平成六年九月二六日の本件口頭弁論期日において、右販売委託契約を解除する旨の意思表示をした。
(被告の反論)
 被告は、原告から、本件絵画について、引渡しを受けたが、販売委託契約に基づくものではなく、売買に基づくものである。
 原告と被告とは、平成四年八月二六日、本件絵画のうち八〇点について、一点五〇〇〇円で売買する旨合意した。そして、被告は、原告に対し、同年一〇月二八日に、本件絵画のうち二〇点分の売買代金として一〇万円を、同年一二月九日に、本件絵画のうち六〇点分の売買代金として三〇万円を、それぞれ支払った。
 また、被告は、本件絵画のうち二点については、贈与を受け、また、本件絵画のうちその余については、原告の絵画を美術雑誌に掲載するための広告代金に代えて、譲り受け、その引き渡しを受けた。
2 販売委託契約に基づく請求額等はいくらか[主位的請求]。
(原告の主張)
 被告は、本件絵画のうち五三点を顧客に売却した。
(一)このうち、委託契約解除前に売却した四八点については、次のとおり、本来の販売価格の三割に当たる金額を、委託契約に基づいて請求する。
 本来の販売価格の合計金額 四四七万六〇〇〇円
 四四七万六〇〇〇円×〇・三=一三四万二八〇〇円
(二)このうち、平成七年九月二二日に売却した五点については、委託契約解除後に、返還義務に違反して売却したものであるから、次のとおり右絵画の本来の販売価格合計五五万円を損害賠償として請求する。
@ ベッドの上は猫のもの(別紙絵画目録一の番号4) 一四万円
A 遊び疲れて(同目録の番号14) 九万円
B ごろごろ(マリア)(同目録の番号25) 九万円
C 光の中で(同目録の番号29) 九万円
D 自由猫の親子(同目録の番号48) 一四万円
3 原、被告間で、本件絵画について売買契約が成立しているか、また、売買代金はいくらか[予備的請求]。
(原告の主張)
 原告は被告に対し、本件絵画を、別紙絵画目録一の「被告への引渡し日」欄記載の日に(平成五年四月が引渡日とされているものについては、遅くとも平成五年四月三〇日までに)、それぞれ売り渡した。原告と被告とは、遅くとも平成四年一〇月二〇日までに、本件絵画の売買価格を、別紙絵画目録一の販売価格欄記載の販売価格の二〇パーセントとする旨合意した。本件絵画の右売買価格の合計は二一一万九二〇〇円であり、被告はその内金四〇万円を支払ったのみで、その余の支払をしない。よって、被告は原告に対し、右売買代金の残額一七一万九二〇〇円の支払義務がある。
 なお、原告と被告とは、原告の絵画を雑誌に有料で掲載する旨の合意をしたことはない。
(被告の反論)
 前記1(被告の反論)のとおりである。
4 本件ポストカードの製作につき、本件絵画に係る著作権の譲渡ないしは承諾があったか。
(被告の主張)
 原告と被告とは、平成四年八月、被告が原告を売り出すこと及びその費用を被告が一切負担することを対価として、原告が本件絵画の著作権を被告に譲渡する旨の合意をした。
 被告は原告に、平成四年八月二六日、本件絵画を複製して、ポストカードを製作することを伝えたところ、平成五年二月一〇日に、原告から、本件ポストカードができたら送ってほしいと依頼があり、翌日ポストカード一三種、各一〇枚(合計一三〇枚)を原告に渡した。原告は、その後も再三にわたり本件ポストカードを購入している。
 よって、原告は被告に対し、本件絵画に係る著作権を譲渡し、あるいは、本件絵画を複製してポストカードを製作することを許諾していた。
(原告の反論)
 被告の主張は争う。
5 本件ポストカードの製作によって生じた原告の損害額はいくらか。
(原告の主張)
 被告は、本件絵画の一部を無断複製した本件ポストカードを、少なくとも一〇万枚以上製作して、頒布、販売した。ポストカード一枚の通常販売価格は一五〇円である。ポストカードの製作につき本件絵画の複製を許諾した場合の使用料は、その定価の一〇パーセントである。
 よって、右無断複製により原告が被った使用料相当の損害額は、一五〇万円である。
 15〇×1〇〇,〇〇〇×〇.1=1,5〇〇,〇〇〇
(被告の反論)
 原告の主張は争う。本件ポストカードの販売額は、一二七万〇五八〇円である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(販売委託契約)について
1 前記第二、一の事実、証拠(甲一、一二、二一ないし二四、二七ないし二九、三一、三四、乙一、二、八、三六、四三、四四、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
(一)原告は、猫を題材としたパステル画を中心に創作活動をしている画家である。昭和五三年に新人公募展に入選し、昭和五四年から画家としての活動を開始し、以来、個展を開いたり、展覧会に出品したりして、創作を続けている。
 他方、被告は、「総合企画アートノア」の名称で、絵画の売買等を営むほか、美術関係図書の発行等を業とする株式会社芸術新聞社の代表者である。
(二)被告は、展示中の原告の作品を見たことから、原告の作品を画商として取引したいと考え、平成四年八月、原告に電話で原告が制作した絵画を購入したいとの希望を伝えた。同月二六日、原告と被告は、被告事務所において、原告の絵画を販売することに関して協議した。その際、原告は被告に対し、原告の取り分について、売買の場合には販売価格の二〇パーセント、販売委託の場合には販売価格の三〇パーセントとしたい旨伝えた。しかし、このとき、取引形式及び条件についての詳細な協議はされなかった。
 また、原告、被告間において、契約書も作成されなかった。
(三)同年九月、原告は被告から絵画二〇点の注文を受け、同年一〇月二〇日、本件絵画のうち二〇点を交付した。同月二八日、原告は被告の担当者から「寸志」と記載された封筒に入れられた現金一〇万円を受領し、右担当者の指示により、領収書に金員の名目として「画料」と記入した。
 また、同日、原告は被告から、絵画二〇点の注文を受け、同年一一月三〇日、本件絵画のうち二一点を交付した(なお、同日、他にもう一点交付されたが、これは、後日返却された。)。
 同年一二月九日、原告は被告の担当者から現金三〇万円を受領し、右担当者の指示により、領収書に金員の名目として「画料」と記入した。
 さらに、同日、原告は被告から、絵画六〇点の注文を受け、平成五年一月二六日から同年四月二〇目の間に七回に分けて、本件絵画のうち合計六三点を交付した。しかし、右同日以降、原告は、被告から金員の支払を受けたことはない。
 被告は、平成四年一一月一〇日ころから、本件絵画を顧客に販売するなどし、合計五三点を売却した。
(四)ところで、原告は、被告と絵画取引を開始する以前から、他の画商との間では、自己の作品に関し取引をしたことがあった。「美術世界株式会社」との取引では、いわゆる買取契約を基礎として、取引条件につき、原告分を上代の二五パーセントとするものであった。「ボザール・ミュー」との取引では、いわゆる買取契約を基礎として、取引条件につき、原告分を上代の三〇パーセントとするものであった。「有限会社ダンシングギースギャラリーとの取引では、販売委託契約を基礎として、取引条件につき、原告分を上代の二〇パーセントとするものであった。また、平成五年ころの「アートヨシムラ」との取引では、販売委託契約を基礎として、取引条件につき、原告分を上代の二〇ないし二五パーセントとするものであった。
(五)平成四年ころの原告の作品について、美術雑誌に掲載された価格は、概ね以下のとおりである。
@ 平成三年一一月「一枚の檜」二〇号 二〇万円
A 平成四年一一月「動物フアミリー」一〇号 一三万円
B 平成四年一一月「一枚の檜」一〇号 一三万円
 一五号 一八万円
 二〇号 二〇万円
C 平成六年一〇月「一枚の檜」一〇号 一三万円
2 右認定した事実を基礎として、原告、被告間の本件絵画の取引に関する契約が、販売委託契約か売買契約であったかという観点から検討する。
 前記のとおり、原告、被告の間で、本件絵画について、被告が顧客に販売することを前提として取引がされたが、契約書が作成されなかったのみならず、取引形式及び条件につき、必ずしも具体的、詳細な協議がされていなかったこと、原告は被告に対し、原告の取り分について、売買の場合には販売価格の二〇パーセント、販売委託の場合には販売価格の三〇パーセントとしたい旨述べて、いずれの契約も可能である旨意向を伝えていたことからすると、原、被告が明示的な合意をしたということはできない。しかし、原告の作品については、当時、既に、一点当たり一三万円から二〇万円の販売価格が付された実績があること、これに対し、被告は、本件絵画一〇四点の取引の対価として、僅かに合計四〇万円を支払ったのみであること等の事情に照らすならば、原告は、被告に対し、本件絵画の所有権を移転するまでの意思の下に本件絵画を引き渡したものと解することはできず、せいぜい、被告に対し、販売を委託する趣旨で、被告が顧客に販売した後に精算の上、分配を受ける意思の下に、本件絵画を引き渡したものと解するのが合理的であり、被告も、その支払金額等の事情に照らして、そのような趣旨で、本件絵画の引き渡しを受けたものと、その意思を推認するのが合理的である。さらに、原告は、原告の取り分について、販売委託の場合には販売価格の三〇パーセントとしたい旨明確に述べていた点に照らし、右販売委託における原告の取り分は、販売価格の三〇パーセントであると認められる。
 そして、前掲各証拠によれば、被告は、原告から交付を受けた本件絵画の一部を顧客に売却したが、右合意に沿った金額の支払いをしないのみならず、販売に関する報告をしなかったこと、原告は、被告に対し、平成六年九月二六日の本件口頭弁論期日において、右販売委託契約を解除する旨の意思表示をしたことは明らかである。(なお、弁論の全趣旨に照らし、被告が右各義務を履行する意思のないことは明らかであり、催告は要しないと解される。)
二 争点2(販売委託契約に基づく請求額)について
 前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成四年一一月ころから、本件絵画のうち合計五二点を顧客に売却したこと、原告は、販売に当たり、五号大の絵画に概ね九万円、八号大の絵画に概ね一二万円の定価を付していたこと、他方、現実の販売価格は、右金額と比較して若干低額で売却したこと等の諸事情を総合すると、原告の請求金額の算定の基礎とすべき販売価格の合計は四五〇万円であると認めるのが相当である(なお、被告は、販売委託契約が解除された後である平成七年九月二二日に、本件絵画のうち五点を、一点当たり一二〇〇円という極めて低額で売却している。原告に生じた損害を算定するに当たっては、右売却価格を基礎とすべきではなく、前記認定した販売価格と同額を基礎とするのが相当である。さらに、右販売と相当因果関係のある損害額については、委託契約において原告の取り分が合意されていた経緯に照らして、右契約と同率を乗じた金額と解するのが相当である。)。
 そうすると、被告は、原告に対し、右価格の三〇パーセントに当たる一三五万円を支払うべき義務を負う。そして、既に四〇万円は支払済みであることから、右同額を控除すると残額は九五万円となる(なお、遅延損害金の起算日については、前記のとおり、被告は、平成七年九月二二日までに売却していることから、同年九月二三日から生じるものと解する。)。
 また、前記のとおり、原告が被告に対し、平成四年八月二六日、原告の著作に係る絵画二点を贈与しているが(争いがない。)、右の他に、同年一〇月二〇日以降原告が被告に対し、本件絵画のうち二点を贈与したと認めるに足る証拠はない。被告が、本件絵画の一部を、原告の絵画を美術雑誌に掲載するための広告代金に代えて譲り受けたと認めるに足る証拠もない。
三争点4(本件ポストカード製作の許諾等)について
1 前記第二、一の事実及び証拠(甲三ないし八、三〇、三一、乙八、三一、原告本人、被告本人)によると、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一)被告は、平成五年二月五日から開催された本件絵画の個展で、本件絵画が複製された本件ポストカードを販売し、その後も、被告は本件ポストカードを製作して、販売している。なお、被告は、同年二月一〇日ころ、原告に対して、右ポストカード一三〇枚を渡している。
(二)同年三月、原告は被告に対し、本件絵画を複製してポストカードを製作したり、本件絵画を雑誌に掲載したりすることにつき、著作権使用許諾契約を締結するよう求め、著作権使用料として、販売価格の一〇パーセントを要求した。これに対し、被告は、著作権使用料について、一パーセントとするよう提案した。しかし、原告と被告との間で、著作権使用料等の条件について合意を得られなかった。なお、原告は、同年五月及び同年八月、被告に対し、本件絵画を複製したポストカードの販売等が原告の著作権侵害に該当する旨の警告書を送付した。
2 右認定したとおり、原告は、本件ポストカードが販売されたことを知った直後から、被告に対して、著作権使用許諾契約を締結するように申し入れたり、警告書を送付したりしている事情に照らすならば、原告が本件ポストカードの製作を事前に許諾していたとは認め難い。なお、原告は被告から、本件ポストカードの交付を受けているが、右事実をもって、原告がその製作を事前に許諾していたということはできない。また、被告は、本件絵画に係る著作権について譲渡を受けた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。
 よって、原告の本件ポストカードの製作、販売、頒布の差止めを求める請求及びその予防に必要な措置を求める請求は理由がある。
四 争点5(本件ポストカード製作による損害額)について
 被告は、本件絵画のうち二五点を複製したポストカードを製作、販売して、右絵画について原告が有する著作権を侵害した。被告は、絵画等の取引等を業とする者であり、右著作権の侵害については、少なくとも過失があったと認められる。
 前記認定した諸事実を総合すると、ポストカード製作に関する著作権使用料は、ポストカードの販売価格の一Oパーセントと認めるのが相当である。被告の本件ポストカードの販売額は、被告が自認する一二七万〇五八〇円と認められ(右金額を超える立証はない。)、原告の損害額は、右金額に一〇パーセントを乗じた一二万七〇五八円と認められる。
五 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二九部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 八木貴美子
 裁判官 沖中康人
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