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【事件名】著作権啓発本が著作権侵害事件
【年月日】平成11年6月25日
 東京地裁 平成10年(ワ)第20088号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成11年4月20日)

判決
原告 財団法人消費者教育支援センター
右代表理事 宇野政雄
右訴訟代理人弁護士 志々目昌史
同 井上展成
被告 A
被告 株式会社 騎虎書房
右代表者清算人 田中米藏
右訴訟代理人弁護士 本橋光一郎
同 小川昌宏
同 下田俊夫


主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金五〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求
一 被告らは、原告に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月一目から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告らは、原告に対し、株式会社朝日新聞社東京本社発行の朝日新聞の全国版朝刊社会面に、別紙謝罪広告目録の「一 体裁」の項記載のとおりの体裁で、同目録の「二 広告文」の項記載のとおりの広告を一回掲載せよ。
第二 事案の概要
 本件は、被告A(以下「被告A」という。)が執筆し、被告株式会社騎虎書房(以下「被告会社」という。)が発行した書籍が、原告の著作権及び同一性保持権を侵害すると主張して、原告が被告らに対し、損害賠償の支払び謝罪広告を求めた事案である。
一 前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)
l 原告の著作物
 原告は、「学校教育と知的財産権〜教材作成委員会」を設置し、平成九年、@「大事にしようあなたの創意」と題する冊子(以下「原告冊子一」という。)、A「きみが創りきみが守る」と題する冊子(以下「原告冊子二」といい、原告冊子一とあわせて「原告冊子」という。)を製作し、発行した。原告は、原告冊子の著作者(法人著作者)であり、これらにつき著作権及び同一性保持権を有する。(甲一、二)
 原告冊子には、別紙対照目録(一)ないし(八)の各A部分のとおりの記載(以下、各記載部分を順に「原告冊子一(一)」ないし「原告冊子一(八)という。)が、原告冊子二には、同目録(一)ないし(八)の各B部分のとおりの記載(以下、各記載部分を順に「原告冊子二(一)ないし「原告冊子二(八)」という。)がある(甲一、二)。
2 被告らの行為
 被告Aは、「中学生にもわかる著作権」と題する書籍(以下「被告書籍」という。)を執筆し、被告会社は、平成一〇年一月二九日付けで被告書籍を発行した(被告Aとの関係で、甲三)。
 被告書籍には、別紙対照目録(一)ないし(八)の各C部分のとおりの記載(以下、各記載部分を順に「被告書籍(一)」ないし「被告書籍(八)」という。)がある(甲三)。
二 争点
1 被告らは原告冊子に係る原告の著作権(複製権、翻案権)及び同一性保持権を侵害したか。
(原告の主張)
 被告Aは、原告に無断で、原告冊子の中の図表を転載し、漫画の部分については、そのストーリーを用いて小説風の文章にして、これを翻案したものである。被告書籍と原告冊子との具体的な対比は、別紙対照目録記載のとおりである。
 よって、被告らの行為は、原告冊子に係る原告の著作権(複製権、翻案権)及び同一性保持権を侵害する。
(被告Aの反論)
(一)被告Aは、原告冊子一に関する質問等が来たため、これに対する回答のマニュアルの作成を第三者に依頼し、出来上がった原稿を修正して被告書籍を執筆した。被告Aは原告冊子に依拠して執筆したのではない。
(二)原告冊子は、これまでに多くの人が使ったスト−リーを漫画化したものであり、原告冊子の創作性の範囲は非常に狭い。したがって、その表現が少しでも異なれば、著作権侵害には当たらない。被告書籍における表現は原告冊子の表現とは異なり、被告書籍の発行は原告の著作権を侵害するものではない。
2 被告会社に、著作権及び同一性保持権の侵害につき故意、過失があったか。
(原告の主張)
 被告会社には、原告の著作権及び同一性保持権の侵害につき、故意、過失があった。
(被告会社の反論)
 平成九年一〇月ころ、被告Aから被告会社に対し、被告書籍の出版企画が持ち込まれた。被告会社が、被告Aから原稿を受け取り、目を通したところ、原告冊子一について言及されていたため、被告Aに確認したが、同被告より著作権上の問題はない旨の回答があった。被告会社は、著作権等について多数の著書を執筆している専門家である被告Aの回答を尊重して、被告書籍を出版したので、被告会社には、原告の著作権等の侵害につき、故意、過失はない。
3 損害額はいくらか。
(原告の主張)
 原告冊子一の定価は一〇〇円、原告冊子二の定価は一八〇円である。被告書籍は一万冊程度出荷されたと考えられる。被告書籍は、原告冊子の主要部分のほとんどについて翻案、転載したものであるから、原告冊子一及び二の平均価格一四〇円に被告書籍出庫数一万冊を乗じた額一四〇万円が、被告らの著作権侵害行為により原告が受けた損害であると考えられるところ、本件ではそのうちの一〇〇万円について請求する。
 また、被告らは、原告の同一性保持権を侵害し、原告の社会的名誉、声望を著しく毀損したものであり、これに対する慰藉料ないし無形の損害に対する賠償金としては、一〇〇万円が相当である。
 よって、原告は、被告らに対し、連帯して損害賠償金合計二〇〇万円及びこれに対する侵害行為の後の日である平成一〇年五月一日から支払済みまで年五分の遅延損害金の支払を求める。
4 謝罪広告の必要性が認められるか。
(原告の主張)
 原告は、消費者教育の総合的かつ効果的な推進を支援することを目的とする公益的な財団法人である。被告Aは、社団法人発明学会を主宰し、その関連団体である株式会社知的所有権協会とともに、著作権を株式会社知的所有権協会に登録することによりアイデアが保護されるという、誤解を与える営業を営んでいる。同被告は、右発明学会が発行する機関誌等に原告冊子一を紹介して、文化庁が被告Aらと歩調を合わせているかのような行動をしている。
 被告会社は、被告Aの活動内容等を承知しており、被告書籍の他にも被告A執筆の書籍を発行して、結果的に被告Aの活動を助長している。
 このような経緯に照らすと、本件侵害行為により、原告の社会的名誉、声望は著しく毀損されたものと解すべきであり、これを回復するためには謝罪広告を掲載する必要がある。
(被告会社の反論)
 平成一〇年三月末ころ、原告より被告会社に対し、同被告の行為が原告の著作権等を侵害するとして、被告書籍の頒布中止等を求める旨の通知が届いた。被告会社は、同年四月初旬ころ、社内的に検討の上、被告書籍の販売を中止することを決定し、新たな配本を停止する措置を採った。その後も、被告会社は原告と折衝を続け、誠意をもって解決すべく努力してきた。よって、被告会社については、謝罪広告は不相当である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(著作権侵害、同一性保持権侵害)について
1(一)原告冊子一と原告冊子二とは、著作物の内容が相互に類似ないし重複している。そこで、以下において、原告冊子一を中心に検討し、必要に応じて原告冊子二を検討する。
 原告冊子一は、中学校を舞台としたストーリー性のある漫画であり、解説文及び図形等を用いて、中学生向けに、著作権思想に関する啓発を目的とした小冊子であり、三六頁(表紙を含む)からなる。原告冊子一には、末尾に、知的所有権クイズや問い合わせ先一覧等が掲載されている。(甲一)
 原告が著作権侵害を主張する部分は、以下のとおりである。
 原告冊子一(一)後記@及びEの最終頁
 同(二)後記Dの冒頭二頁
 同(三)後記Aの最終二頁
 同(四)後記Bの冒頭三頁
 同(五)後記Bの最終頁
 同(六)後記E
 同(七)後記C
 同(八)末尾の問い合わせ先一覧表
 原告冊子のストーリーの概要は、以下のとおりである。
@「無断コピーはおことわり」
 右は、学校祭のポスターに、生徒の一人が、自分が描いたウサギの絵とそっくりなウサギの絵が描かれているのを発見し、別の生徒が著作権侵害ではないかと言い出すが、生徒たちには、生徒が描いた絵に著作権があるかどうかが分からない場面、教室で、生徒たちが、無断コピーの是非、それがなぜいけないのかについて話し合っている場面、ポスターの前で、絵を真似された生徒が、勝手に人の作品を使うこと自体が問題なのだと訴えている場面等から構成されている。なお、知的所有権に関する短文の解説が付記されている。
A「著作権は死後50年まである」
 右は、生徒が、真似されたポスターの絵に関して、顧問の先生に相談し、その結果、学校祭の実行委員会が検討することになる場面、他方、生徒たちの間では、クラスの学校祭の出し物として、のど自慢やレコード屋という提案が出されるが、レコード等を無断コピーしようという話が出たため、生徒の一人が、作者が亡くなって五〇年たたないと、その作品を勝手に使えないと聞いたことがあると説明する場面等から構成されている。なお、著作権の保護期間に関する短文の解説が付記されている。
B「みんながやっていればいいのか」
 右は、生徒二人が、無断でコンサートをビデオに録画して売るのはいけないという話をしている場面、生徒たちが、パンコンのゲームのソフトを勝手にインストールすることも、著作権侵害になるという話をしている場面、生徒たちの間で、コピー屋や貸しビデオ店などが著作権法上問題がないのか疑問が生じ、クラスで知的所有権を調べて、学校祭で発表することになる場面等から構成されている。なお、著作権や著作隣接権に関する短文の解説及び知的所有権に含まれる権利について、樹木の枝状に現した説明図が付記されている。
C「にせブランド品の持ち込み」
 右は、生徒の一人の叔母が、海外旅行で買った偽ブランド品を、入国の際に没収されたという話から、生徒たちが、なぜ没収されたのか図書室で調べることになる場面、そして、偽ブランドは商標権の侵害になるので、関税定率法により輸入差止めを受けるということが分かる場面等から構成されている。なお、偽ブランド品に関する短文の解説及び偽ブランド品の輸入差止めに関するグラフ等が付記されている。
D「学校でのコピーは?」
 右は、図書室でコピーをしている生徒たちが、私的使用や授業で使うためのコピーはよいが、会社や業者がコピーする場合には著作権者の使用許諾が必要であると話している場面、生徒たちが、帰り道に、ソフトの無断インストールはできないと話している場面等から構成されている。なお、本、雑誌及びコンピユータ・プログラムのコピーに関する短文の解説が付記されている。
E「他人の権利を尊重しよう」
 右は、生徒たちが図書室で調べものをしながら、デジタル方式のテープやディスクの値段には著作権料が含まれているという話をしている場面、そこへ先生が来て、音楽の場合の著作権と著作隣接権、同一性保持権について説明する場面、生徒たちは、他人の権利を大切にしなければならないという話をする場面、その後、職員室で、先生が前記ポスターに絵を使われた生徒に対し、実行委員会が謝罪して、右生徒の絵を利用したことを明記することになったと伝え、生徒は了解する場面等から構成されている。なお、著作隣接権と著作者人格権に関する短文の解説が付記されている。
(二)(1)被告書籍は、一四章からなる二〇五頁の書籍である。
 このうち、被告書籍(一)ないし(四)、(六)及び(七)は、中学校を舞台に、登場人物の会話を多用した、著作権思想の啓発を目的とする小説風の読み物であり、また、被告書籍(五)は、知的財産権に含まれる権利について、樹木の枝状に現した説明図である。
 原告が著作権侵害を主張する部分は、以下のとおりである。
 被告書籍(一)第1章「(1)キャラクターの無断コピーは違法?」の一部
 被告書籍(二)第1章「(2)コピーしていいものは何か?」の一部
 被告書籍(三)第2章「著作権はいつまで有効なのか? 権利期間はいつまでなのか?」の一部
 被告書籍(五)第3章「(1)著作権に準じた権利とは」中の説明図
 被告書籍(六)第3章「(2)勝手に変えてはいけない権利とは」の一部
 被告書籍(七)第4章「ブランド品にかかわる著作権みやげの品が没収された!?」の一部
(2)被告書籍(一)は、生徒が、学校祭の立て看板に、自分が描いたパンダの絵とそっくりな絵が描かれているのを発見し、別の生徒が著作権侵害ではないかと言い出す場面、生徒たちが、コンピユータソフトを無断でコピーして販売した人が逮捕された事件を題材に、無断コピーの是非について話し合う場面、先生が、無断コピーがなぜ違法なのかを説明する場面、先生が前記立て看板に絵を使われた生徒に対し、委員会が改めて生徒の了解を得て、絵を利用したことを明記することにすると伝え、生徒は了解する場面から構成されている。
 被告書籍(一)を原告冊子一(一)とを対比すると、場面設定、話の展開、会話の内容は、ほぼ同一であり、前者は後者を翻案したものと解される。
(3)被告書籍(二)は、生徒たちが、自分たちが普通にコピーをするのは、私的使用だからよく、授業で先生が新聞記事をコピーして配るのは、授業で使うからよいという会話をしている場面から構成されている。
 被告書籍(二)と原告冊子一(二)とを対比すると、会話の流れ及びその内容は、ほぼ同一であり、前者は後者を翻案したものと解される。
(4)被告書籍(三)は、生徒たちが、学校祭での出し物について話し合い、カラオケテープを利用したのど自慢大会の案が出て、カラオケボックスで録音したテープを使用したり、チェッカーズのレコードをコピーして使用するのはどうかという話をする場面から構成されている。
 被告書籍(三)と原告冊子一(三)とを対比すると、話の展開及び会話の内容は、ほぼ同一であり、前者は後者を翻案したものと解される。
(5)被告書籍(五)は、知的財産権に含まれる権利の関係を、樹木の枝状に現した説明図である。
 被告書籍(五)国と原告冊子一(五)中の図とを対比すると、「その他」と分類された枝が中央又は端に配されている点、「音楽界」「美術界」等の記載が付加されている点において異なるが、それ以外の点は、すべて同一であり、前者は後者を複製したものと解される。
(6)被告書籍(六)は、生徒たちがデジタル式のテープやディスクには、値段に著作権料が含まれているという話をしている場面、そこへ先生が来て、音楽の著作権や著作隣接権、著作者人格権について説明をする場面、ものマネでなく、新しいものを生み出せばよいとの話をする場面から構成されている。被告書籍(六)と原告冊子一(六)とを対比すると、話の展開及び会話の内容は、ほぼ同じであり、前者は後者を翻案したものと解される。
(7)被告書籍(七)は、生徒の一人の叔母が、海外旅行で買った偽ブランド品を没収されたという話をする場面、生徒たちがブランド品にどのような権利があるのかを調べ、意匠権と商標権の違いについて話をする場面から構成されている。被告書籍(七)と原告冊子一(七)とを対比すると、話の展開及び会話の内容は、ほぼ同一であり、前者は後者を翻案したものと解される。
2 以上のとおり、被告書籍(一)ないし(三)及び(五)ないし(七)は、原告冊子一の該当部分を複製ないし翻案したものであり、被告らが被告書籍を発行することは、原告の原告冊子一に係る複製権、翻案権を侵害する(なお、被告Aは、披告書籍の執筆に当たり、原告冊子一又は二に依拠しなかった旨主張するが、右主張は採用できない。)。
 これに対し、被告書籍(四)は、原告冊子一(四)や原告冊子二(四)と話の展開が異なることから、その翻案とは認められず、また、原告冊子一(八)及び原告冊子二(八)は、問合せ先一覧として知的財産権関係の官庁や団体を並べたものにすぎず、原告の独自の個性を発揮したものということはできず、著作物性を肯定することはできない。
3 被告書籍(一)ないし(三)及び(五)ないし(七)は、原告冊子一を複製、翻案するに当たり、会話の内容等を改変している部分があり、特に、被告書籍(七)においては、「そういうこと。つまり著作権は没収する法律でもあるわけだね」と、読者に、偽ブランド品が著作権法により没収されるかのような誤解を与える会話に改変されている。したがって、被告らの行為は、原告冊子一について原告が有する同一性保持権を侵害する。
二 争点2(被告会社の故意、過失)について
 被告会社は、出版社として、書籍を出版する際には、第三者の著作権等を侵害していないか調査検討すべき義務があるところ、原告冊子一の存在が推測されるにもかかわらず(甲三)、何ら調査検討をせずに、被告書籍を発行したのであるから、被告会社には、原告の著作権及び同一性保持権を侵害したことについて過失があったと認められる。なお、被告会社が、著作権侵害はない旨の被告Aの回答を信用したとしても、右認定を覆すには足らない。
三 争点3(損害額)について
 被告らは、原告の著作権及び同一性保持権を侵害し、これについては、少なくとも過失があったと認められることから、被告らには原告が被った損害を賠償する義務がある。
 被告書籍の販売価格は一三〇〇円であり、被告会社は、被告書籍を合計二〇三一冊販売したと認められる(丙一、二)。著作権使用料は販売価格の一〇パーセントが相当であると考えられるところ、被告書籍全体中、侵害部分の占める割合等を考慮すると、原告の著作権が侵害されたことにより、原告が被った損害としては、一〇万円が相当である。右判断と異なる原告の主張は採用できない。
 また、被告らが原告の有する同一性保持権を侵害したことにより、原告の社会的信用が毀損されたと認めることができる。そして、原告は、消費者教育の総合的かつ効果的な推進を支援することを目的とする公益的な財団法人であること、被告Aは、被告書籍は原告冊子一の内容を解説する意図の下で発行したものと自ら説明していること(甲三、九)、及び被告書籍が原告冊子一を改変した内容、程度は前記の一とおりであること等を総合考慮すると、右侵害により原告が被った損害を金銭に評価すると四〇万円が相当である。 
四 争点4(謝罪広告)について
 被告書籍の販売数、被告書籍中の侵害部分の占める割合等すべての事情を考慮すると、原告の信用を回復するため、損害賠償に加えて、さらに、被告らに謝罪広告をさせる必要性があるとは認められない。
五 よって、その余の点について判断するまでもなく、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二九部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 八木青美子
 裁判官 石村智
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日本ユニ著作権センター
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