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【事件名】イラストの著作物性事件
【年月日】平成11年6月14日
 東京地裁 平成10年(ワ)第29543号 著作権侵害差止等請求事件
 (口頭弁論終結の日 平成11年4月23日)

判決
原告 有限会社A事務所
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 大川宏
同 野島正
被告 アイク株式会社
右訴訟代理人弁護士 石室竹男
同 三木茂
同 井口加奈子


主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
一 被告は、別紙目録記載一、二のイラストレーションを使用してはならない。
二 被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、デザイン、イラストレーションの企画制作、広告文案の作成及び広告用ビデオ、フィルム、ポスター、カタログ等の企画、制作等を業とする有限会社である。(甲一)
2 被告は、割賦販売法に規定するロ−ン提携販売に係る購入者に対する融資、割賦購入あっせん等を業とする株式会社である。
3 被告は、別紙目録記載一及び二の人物を描いたイラストレーション(以下「被告イラスト」という。)を新聞広告及び広告宣伝用ポケットティッシュのパッケージに使用している。
二 本件は、原告が被告に対し、被告イラストの使用が原告の有するキャラクターの著作権を侵害すると主張して、被告イラストの使用の差止めとともに著作権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
第三 争点及びこれに関する当事者の主張
一 被告イラストの使用が原告の有するキャラクターの著作権の侵害となるかどうか
1 原告の主張
(一)原告は、昭和六三年一月五日、A(以下「A」という。)から、同人が制作した多数の人物を描いたイラストレーション(以下「人物イラスト」という。)に共通して表現されているところの独創性・同一性・統一性のある次の@ないしEの諸特徴を有する表現(以下「本件キャラクターという。)についての著作権を譲り受けた。
@円もしくは楕円形で描かれている「顔の輸郭」の表現
A正円もしくは正円に近い楕円形で輪郭が描かれ、黒目(瞳)部分が目全体のうち過半を占め、黒目部分の位置を右にするか左にするかで視線の向きを一つの方向に定め、かつ、顔全体のなかで大きなスペースを占める「目」の表現
B円弧の下部の一部分と直線で形作られ、半円よりやや小さい「口」の表現
C円弧の上部の一部分と直線で形作られている「眉」の表現
D「鼻」を描かない表現
E前記の「顔の輪郭」「目」「口」「眉」が全体的にほぼ一定の面積的バランスを保って配置されている表現
(二)本件キャラクターは著作物性を有する。すなわち、イラストレーションにおけるキャラクターは、漫画等のキャラクターとは異なり、(1)絵画的表現のみである、(2)ストーリー性がない、といった特徴があるが、本件キャラクターは、これに加えて(3)一の登場人物に限定されない、(4)無名性、という特徴があり、このような特徴を有するイラストレーションにおけるキャラクターは、「複数の著作物に共通して存在する同一もしくは極めて類似した表現であり、かつ、その共通して存在する表現が個々の作品とは切り離して別個に独創性・統一性があると認められる創作的表現」といえるものであり、著作権法上の著作物として保護される。
(三)(1)被告イラストのうち、別紙目録記載のイラストレーションは、目のスリットの修正があるだけで本件キャラクターの基本的特徴とほとんど一致し、本件キャラクターと酷似している。また、別紙目録記載二のイラストレーションは、目のスリット部分、口及び眉の形を一部修正しただけで、本件キャラクターの基本的特徴とほとんど一致し、本件キャラクターと極めて類似している。
(2)被告は、広告制作会社及びデザイナーらと共同して本件キヤラクターに依拠して被告イラストを制作し、使用している。
2 被告の主張
 原告の主張を争う。
 本件キャラクターは、Aが制作した多数の人物イラストに共通して存在する顔の輪郭、口、目、眉及び鼻並びにそれらのバランスの表現を個々のイラストレーションから切り離した抽象的概念であり、具体的表現ではないから著作物には当たらない。
二 原告の損害
1 原告の主張
 原告の著作権使用許諾料は、現在、年間契約の場合、一年間につき五〇〇万円を下らない。被告は、遅くとも平成一〇年三月三日以降現在に至るまで被告イラストを使用しており、その使用期間は一〇か月を下らない。
 したがって、原告が本件キャラクターの無断使用によって被った損害は、五〇〇万円の一二分の一〇に相当する四〇〇万円を下らない。
 よって、原告は被告に対し、損害賠償金四〇〇万円及びこれに対する平成一一年一月八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
 原告の主張を争う。
第四 当裁判所の判断
一 本件キャラクターが著作権法上の著作物に当たるかどうかについて判断する。
 著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法二条一項一号)とされているところ、原告の主張する本件キャラクターは、Aが制作した多数の人物イラストに共通して表現されているところの前記第三の一1(一)@ないしEの諸特徴を有する表現というものであり、仮にそのような表現が存在するとしても、それは当該人物イラストから離れた抽象的概念ないし画風というべきものてあって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないから、本件キャラクターをもって著作物ということはできない。
 原告は、本件キャラクターは漫画等のキャラクターと異なる特徴を有するから著作物として保護されると主張する(前記第三の一1(二))が、本件キャラクターに原告の主張するような特徴があるとしても、本件キャラクターが抽象的概念ないし画風というべきものであって、具体的表現そのものでないことに変わりはないから、本件キャラクターをもって著作物ということができないとの右判断を左右することはない。
二 以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。
 なお、原告は、本件口頭弁論終結後の平成一一年四月二六日、別紙著作物目録記載のイラストレーション(以下「原告イラスト」という。)を予備的に被侵害著作物として主張することを理由に口頭弁論再開の申立てをした。本件訴訟の経過を見るに、原告は、第一回口頭弁論期日(平成一一年二月一二日)において、被告から原告の主張する被侵害著作物は原告イラストであるのか原告イラストから離れた人物絵のキャラクターであるのか明確にされたいと求められたこと、これに対し、原告代理人は、原告の主張する被侵害著作物は原告イラストではなく、本件キャラクターである旨の平成一一年三月二三日付準備書面を提出し、これを第二回口頭弁論期日(平成一一年四月二三日)において陳述し、更に口頭でも同旨の陳述をして原告イラストについての著作権侵害を主張するものではない旨明言し、弁論が終結されたこと、以上の経過が当裁判所に顕著な事実として認められ、このような本件訴訟の経過に照らすと、本件口頭弁論終結後に原告イラストを被侵害著作物として追加して主張させるために本件口頭弁論を再開する必要はないものというべきである。

東京地方裁判所民事第四七部
裁判長裁判官 森義之
裁判官 榎戸道也
裁判官 岡口基一
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