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【事件名】「大真実!?」事件
【年月日】平成11年5月17日
 水戸地裁龍ヶ崎支部 平成10年(ワ)第155号 発売禁止等請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 坂本博之
被告 Y1
同 株式会社A出版
右代表者代表取締役 Y2
右両者訴訟代理人弁護士 行方國雄
同 水戸重之
同 升本喜郎
同 五十嵐敦
同 加畑直之


主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第一 原告の請求
― 被告らは、被告Y1著・被告株式会社A出版発行、新書判、二二五頁の「xの大真実!?」と題する書籍の印刷、製本、発売又は頒布をしてはならない。
二 被告らは、既に印刷、製本、発売又は頒布がなされた、被告Y1著・被告A出版発行、新書判、二二五頁の「xの大真実!?」と題する書籍の廃棄をせよ。
三 被告らは、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞及びサンケイ新聞の各全国版に、別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で各一回、並びに被告株式会社A出版の出版物に折り込まれる出版案内に、別紙記載の条件で三回各掲載せよ。
四 被告らは原告に対し、五九九万円及びこれに対する平成一〇年八月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の骨子
 本件は、被告Y1(以下「被告Y1」という。)が執筆し、被告株式会社A出版(以下「被告会社」という。)が発行及び販売した「xの大真実!?」と題する書籍が原告の著作権、著作者人格権、人格権等を侵害するものであるなどとして、原告が被告らに対し、右書籍の発売等の禁止、廃棄、謝罪広告及び損害賠償(著作権侵害による損害三九九万円、慰謝料一○○万円、弁護士費用一○○万円)を求める事案である。
二 前提事実
1 当事者(争いがない。)
(一)原告は、「x」というペンネーム用い、サイエンスエンターテナーと称して著述などを行っている者である。
(二)被告Y1は、「x解明研究家」を標榜して著述等を行っている者であり、被告会社は、書籍の企画、出版、並びに販売等を目的とする株式会社である。
2 原告の著作等
 原告は、原告のペンネーム「x」ないし「x´」の名で著作し、各出版社から出版された別紙原告の著作物記載の著作物(以下「原告の著作物」という。)の著作権者である。
3 被告Y1の著作と被告会社の出版等
 被告Y1は、「xの大真実!?」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)を執筆し、被告会社はこれを新書判、二二五頁、定価金九五〇円として、平成一〇年(一九九八年)五月ころから発行及び販売を始めた。しかして、本件書籍には原告の著作物の記載と一致する部分として別紙一覧表1記載の箇所があり、本件書籍と原告の著作物の各記載を対比すると別紙一覧表2記載の箇所がある(以下、別紙一覧表1、2記載のうち原告の記載部分を「原告の著作部分」と、被告Y1の著作部分を「被告Y1の引用部分」という。)ほか、別紙一覧表[漫画作品(絵)表]記載の箇所(以下、右表うち原告の作成図絵を「原告の図絵」といい、被告Y1の作成した図絵を「被告Y1の図絵」という。)がある。
三 争点
1 本件書籍は原告の著作権を侵害しているか。
2 本件書籍は原告の著作者人格権を侵害しているか。
3 本件書籍は原告の名誉を毀損し、名誉感情を侵害しているか。
4 本件書籍は原告の信教の自由を侵害しているか。
5 本件書籍は原告のエンターテナーとしての人格権を侵害しているか。
四 当事者の主張
1 争点1(著作権侵害の有無)について
(一)原告の主張
 本件書籍における被告Y1の引用部分は、次のとおり著作権法第三二条に定める、いわゆる適法引用に当たらない。
(1)本件書籍における被告Y1の引用部分の大半は、明確に原告の著作部分と被告Y1の創作部分とに区分されていない。
(2)本件書籍は原告の著作部分を主とするもので、被告Y1の創作部分は原告の著作部分を骨格として肉付けした従たる関係にあるにすぎない。
(3)被告Y1の引用部分は原告の著作物からの出所が明らかにされていない。なお、被告らは、本件書籍の巻末に「参考文献」として原告の著作物を列挙しているが、本文中にある被告Y1の引用部分が、どの原告の著作物のどの箇所に該当するのか、それだけでは明らかではない。
(4)本件書籍には原告の著作部分を引用する必然性、引用目的の社会的正当性がない。すなわち、本件書籍の目的は原告の仮説を「科学的に検証」することにあるとされているが、「科学的検証」の対象が後記5(一)のエンターテインメントであるから被告Y1は全く的外れなことを行っているものである。また、被告Y1は「検証」を行うと述べているが、その実、本件書籍の内容は、推測の形で結論を述べている箇所も多々あり、(xの大予言年表〔二一二、二一三頁〕など)、「検証」の名に値しないものである。そもそも、本件書籍の意図は、原告の著件物の売れ行きと名声の上に立っての安易な利潤の追求と、原告を誹謗中傷する個人攻撃とにあるというべきである。
(5)被告Y1の図絵は原告が『地球大壊滅の恐怖!!』というマンガ作品に描いた地球の構造図である原告の図絵を引用するものであるが、出典である原告の著件物名は書いてあっても、その具体的な箇所の指摘がないし、本件書籍の内容との対比上引用の必然性がない図版の引用をするものであり、また、マンガ作品は全体が一つの著作物を構成するとともに、一こま一こまがそれ自体完結した図画という著作物であるから、被告Y1の図絵は原告のマンガ作品の一頁まるごとをそのまま複写して一つの著作物の丸ごと全部を引用したもので主従関係がないなど、到底適法引用に当たらない。
(二)被告らの主張
(1)本件書籍においては引用に係る原告の著作部分と被告Y1の創作部分は一読して明確に区分されている。
(2)本件書籍は原告がその著作物で主張してきた原告の仮説(x説)を科学的論理的に検証しようとしたものであるから、本件書籍の主たる部分は被告Y1の創作に係る原告の仮説の検証及び批評部分であり、右部分が原告主張のように従たる関係にあるものではない。
(3)本件書籍は原告の著作部分について原告の著作物を本件書籍巻末に記載する方法により出所を明示している。なお、日本文芸家協会作成の「引用の仕方について」(1978年)によれば、出所明示は単行本の場合、やむを得ない場合には巻末でも可とされている。
(4)本件書籍は原告がその著作物で主張してきた原告の仮説(x説)を科学的論理的に検証しようとしたものであるから、原告の著作物中、本件書籍における検証の対象となる部分については引用する必然性があり、本件書籍における原告の著作部分の引用は引用の公正な慣行に合致しているといえる。そして、右のとおり本件書籍の主たる部分は被告Y1の創作に係る原告の仮説の検証及び批評部分であり、引用される原告の著作部分は従たる存在である以上、本件書籍における原告の著作部分の引用は、引用の目的上正当な範囲内で行われているものである。
(5)本件書籍の被告Y1の図絵に近接した部分には「『地球大壊滅の恐怖』(講談社刊)より」と出典が明示されているし、本件書籍における原告の図絵の引用は公表された原告の著作物を原告の仮説を検証する必要上引用したものであり、また、読者の閲覧に供することを主たる目的としたものではない。
2 争点2(著作者人格権侵害の有無)について
(一)原告の主張
(1)本件書籍において被告Y1の図絵は原告の図絵を、@熱転写コピー機にかけて微妙に縦方向に引き延ばした、A「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」と書いた文言を入れた四角形から出ている三角形を構成する直線を消して、代わりに消した部分の一部に、消した部分の両側の図と繋げるように点線を書き加えている、B「大陸」と示された部分のアウトラインを、原告作成図の上に描画した、などの改変を加えているにもかかわらず、原告の図絵からそのまま引用しているかのように表示しており、原告の同一性保持権としての著作者人格権(著作権法二〇条)を侵害している。
(2)本件書籍は原告の仮説の科学的攻撃に止まらず人格に対する嘲笑を含む上、原告はその著作物において特定の事象の発生するであろう日時を特定したことがないのに、本件書籍中には「木星から第一三番惑星が生まれる」日を二〇二六年五月一○日であると「ノストラダムスのx流解釈」として特定している(二〇四頁)のを始め、二一二、二一三頁には出所不明の年代を「xの大予言年表」として掲載して原告の思想、著述内容を歪曲して公表しているが、これは著作者である原告の名誉及び声望を侵害するような方法で原告の著件物の利用を行っているという点において、原告の著作者人格権(著作権法一一三条三項)を侵害するものである。
(二)被告らの主張
(1)原告の図絵における原告の創作部分はその作製図の部分であるが、被告Y1の図絵は原告の創作に係る作製図部分には何らの加工も加えずそのまま引用しているので、原告の同―性保持権としての著作者人格権を侵害していない。
(2)原告が、被告Y1により特定の事象の発生するであろう日時を特定して原告の名誉及び声望を侵害する方法により利用されたと指摘する部分は、原告の著作物を引用したものではなく、単に、原告の著作物において発表された原告の仮説に基づいて被告Y1が推論した内容を記述したにすぎない。
3 争点3(名誉毀損、名誉感情侵害の有無)について
(一)原告の主張
 本件書籍には「x氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹謗中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」など、原告に対して侮辱的な発言が各所に見られる。このような表現は、原告の名誉及び名誉感情を著しく侵害するものであって、原告は、多大の精神的苦痛を受けている。
(二)被告らの主張
 本件書籍に原告主張の表現が各指摘の頁等に存することは認めるが、それが原告に対する侮辱的な発言であり、原告の名誉及び名誉感情を著しく侵害するとの主張は争う。すなわち、「x氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」との記述は、原告の一九九八年八月に第三次世界大戦が起こるとの説を発表したことを受けての記述であるが、一九九八年一二月現在においても幸いにして第三次世界大戦は起きていない以上、右記述は事実に合致し、何ら原告の名誉を毀損するものとはいえない。また、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」との記述及び「恩知らず」との表現は、単に被告Y1の評価、意見を示したものにすぎず、かかる事実摘示ではない単なる意見表明が原告の「名誉」すなわち社会的評価を低下させるものとは考えられない。また、仮に、右の各記述が原告の主観的な名誉感情を侵害したとしても、名誉感情の毀損が慰籍料請求の事由となるためには、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」であることが必要であるところ、右の各記述が「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」に該当するとは到底考えられない。
4 争点4(信教の自由の侵害の有無)について
(一)原告の主張
(1)本件書籍二一二頁及び二一三頁記載の≪xの大予言年表≫にはキリスト再臨の日付が記載されている。しかし、原告は、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者であり、その信仰する宗教の教義上、イエスの再降臨の日は隠されているということになっているため、絶対にその日時を知ることができないということを固く信じているものであって、右再臨の日を特定したことはない。したがって、本件書籍は、原告の信仰を冒涜して信教の自由を侵害するものである。
(2)本件書籍には別紙「原告主張の信教の自由を冒涜する記述」があり、この記載は原告の信教の自由を侵害するものである。
(二)被告らの主張
 一般読者が通常の注意を払って本件書籍を読んだ場合には、本件書籍二一二頁及び二一三頁記載の≪xの大予言年表≫にキリスト再降臨の日として特定された日付は、被告Y1の推論に基づくものであると感得できることが明らかである。
5 争点5(エンターテナーとしての人格権侵害有無)について
(一)原告の主張
 原告は、サイエンスエンターテナーを職業とする者であるが、サイエンスエンターテナーとは科学者ではなく一種のエンターテナーであり、科学的なアプローチにより科学的に未解明の様々な分野について仮説を提唱し、人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的として、原告の著作物などの著作を行ってきた。しかるに、本件書籍は、原告のそのような意図を無視し、全く原告の意図とはかけ離れた観点から、原告の著作物に対して誹謗中傷を加えたものである。そのような誹謗中傷は、原告をして、これまでのように、エンターテインメントとしてそのような著作を行うことを困難にならしめるものであり、原告のエンターテナーとしての人格権ともいうべき、エンターテインメントに対する権利を侵害するものである。
 なお、エンターテナーとしての人格権ともいうべきエンターテインメントに対する権利とは、言い換えれば、エンターテナーが持つ、自己固有のエンターテインメントの流儀・味わいを不当に侵害されない権利である。この権利はエンターテナーを職業とするものが社会のなかでその職業を生活の糧として生きていく上での中核を形成するものであり、憲法一一条、一三条、二二条一項にその根拠を有するものといえる。
(二)被告らの主張
 原告の主張するエンターテインメントに対する権利は憲法上に明文で規定された権利でないばかりか、人権として認め得る程度の普遍性もなく到底憲法上人権として認められ得るものでもない。
 仮に、エンターテインメントに対する権利が憲法上の法的利益として認められることがあっても、かかる権利が被告らの表現の自由(憲法二一条)に優越するものではなく、原告の著作物に対する論評、批判も表現の自由の保護を受けるのである。
第三 当裁判所の判断
一 前提事実に証拠(甲第三号証、乙第一号証)及び弁論の全趣旨を併せると次の事実が認められる。
1 原告は、「x」ないし「x´」というペンネームを用い、自らサイエンスエンターテナーと称して、科学的なアプローチにより科学的に未解明の様々な分野について仮説を提唱し、人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的とするとして著作などを行っている者であり、右目的に係る著作物であるとする原告の著作物について著作権を有する者である。なお、原告は、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者であり、その信仰する宗教の教義においてはイエスの再降臨の日は隠されているということになっている。
2 被告Y1は、「x解明研究家」を標榜して、原告がその著作物において提唱する仮説を科学的論理的に検証し批評するものとして本件書籍を執筆した者であり、被告会社は、本件書籍を平成一○年(一九九八年)五月ころから発行及び販売を始めた。
 本件書籍は、新書判で本文二一六頁(目次を含む。)、あとがき三頁、参考文献六頁の合計二二五頁から成っている。本文の構成及び内容は五章に分けられ、更に各章が六ないし一二の項目に分けられて、各章項において原告の著作物に述べられた原告の仮説を―つ一つ取り上げて被告Y1が次の参考文献欄前半の参考文献等を検討した結果現在の科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評している。参考文献欄六頁のうち前半三頁(本件書籍二二〇頁から二二二頁まで)には〔参考文献〕の表題のもとに原告以外の著者による四七の書籍が表題、著者名、出版社名、発行年等の全部ないし一部を記載して列挙され、後半三頁(本件書籍二二三頁から二二五頁まで)には≪参考文献・x作品リスト≫の表題のもとに四七の書籍が表題、出版社名、発行年を記載して列挙されている。
3 本件書籍には原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的から原告の著作部分と一致する部分(別紙一覧表1記載の箇所)や原告の著作部分の内容を引用して紹介する部分(別紙一覧表2記載の箇所)である被告Y1の引用部分があるが、被告Y1の引用部分は別紙一覧表1記載の箇所については当該引用部分の末尾に原告の著作物名を特定して掲記するか、かぎ括弧で囲んで引用されており、また、別紙一覧表2記載の箇所については被告Y1の検証ないし批評の前提して(ママ)読者が通常原告の仮説の内容であることが理解できるような表現で引用紹介しており、右一部を除き当該引用部分の末尾等に原告の著件物名及び該当箇所を引用の都度逐一指摘して掲記していないが、2のとおり巻末の参考文献欄後半三頁には≪参考文献・x作品リスト≫が記載されている。なお、日本文芸家協会作成の「引用の仕方について」(1978年)によれば、出所明示は単行本の場合、やむを得ない場合には、巻末でも可としている。
(二)(ママ)本件書籍二一二、二一三頁には≪xの大予言年表≫の表題のもとに、年月日(又は年、年月)を上欄に、事項を下欄に記載して、xが二〇二六年五月一○日に木星から第一三番惑星が生まれるとか、二〇二六年五月一○日にイエス・キリストが再臨するとか、特定の年月日に特定の事項が生じるとの予言をしているとの内容の年表を掲載しているところ、木星から第一三番惑星が生まれる日については本件書籍二〇四頁に「その日時は隠されているというが、ノストラダムスのx流解釈から推論する事ができる。それは二〇二六年五月十日である。」と、イエス・キリストが再臨する日については本件書籍二〇七頁に「x氏は止められているようなので、筆者が代わりに答えよう。」と記載されているほか、他の年表記載事項も一般読者が通常の注意を払って本件書籍の他の部分と併せ読めば、右年表は、原告の著作物には右予言事項が起こる年月日が特定して記載されているわけではないが、被告Y1が原告の著作物を読んでその内答から推論した結果を記載したものであることが理解でき記載がされている。
(三)本件書籍には原告の仮説を検証ないし批評する内容の本文に挿入して原告の図絵を紹介するものとして被告Y1の図絵を一頁全面(本件書籍四三頁)に掲載しているところ、その上欄には〔x氏による地球の構造〕と、下欄には「『地球大壊滅の恐怖!?』(講談社刊)より」と記載され、被告Y1の図絵が原告の著作物である右著作からの出典であることを明記している。
4 本件書籍には「x氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹謗中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」の記載がある。
二 争点1(著作権侵害の有無)について
1 著作権法三二条一項は「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と定めているところ、ここでいう引用とは、報道、批評、研究その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して識別することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第九二三号同昭和五五年三月二八日第三小法廷判決・民業三四巻三号二四四頁参照)。また、同法四八条の規定によれば、著作物を引用して利用する場合には、その著作物の出所を、その複製又は利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により明示しなければならない。
2 これを本件についてみると、次のとおりである。
(一)一3認定の事実によれば、本件書籍は原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的のものであるから、原告の著作部分を引用する必要がある上、現に引用しているが、被告Y1の引用部分は当該引用部分の末尾に原告の著作物名を特定して掲記するか、かぎ括弧で囲んで引用するか、あるいは読者が通常原告の仮説の内容であることが理解できるような表現で引用紹介しているから、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物である被告Y1の創作部分と、引用されて利用される側の著作物である原告の著作部分とを明瞭に区別して識別することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる。また、本件書籍においては右一部を除き当該引用部分の末尾等に原告の著作物名及び該当箇所を引用の都度逐一指摘して掲記していないけれども、本文の構成及び内容を五章に分け、更に各章を六ないし一二の項目に分けて、各章項において原告の著作物に述べられた原告の仮説を一つ一つ取り上げていること、巻末の参考文献欄六頁のうち末尾三頁には≪参考文献・x作品リスト≫の表題のもとに四七の書籍が表題、出版社名、発行年を記載して列挙していることを併せると、被告Y1の引用部分がどの原告の著作物のどの箇所に該当するのかは容易に特定することが可能といえる(実際に原告は本訴において逐一特定して主張している。)し、このことに日本文芸家協会においては出所明示は単行本の場合やむを得ない場合には巻末でも可としていて現にそのような単行本が多数出版されているという公知の事実をも考慮すると、著作物を引用して利用する場合におけるその著作物の出所を、その利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により明示しているといえる
 なお、原告は、本件書籍が検証の対象とした原告の著作物の仮説は、原告が人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的として科学的なアプローチにより科学的に未解明の様々な分野について提唱した仮説であって、このような仮説を科学的に検証することや検証の名のもとに推測を述べることは無意味であるとか、許されないとか主張するもののようであるが、憲法が二一条において言論、出版その他一切の表現の自由を、二二条一項において職業選択の自由を保障していることなどに照らすと、他者の言論、営業その他の社会的活動も尊重されるべきであって、これをみだりに制限すべきではないから、原告の目的いかんにかかわらずその公表した右のような仮説が他人によってその科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評されたり推測を述べられることは甘受しなければならないというべきであり、原告の主張は採用できない。さらに、原告は、本件書籍の意図は、原告の著作物の売れ行きと名声の上に立っての安易な利潤の追求と、原告を誹謗中傷する個人攻撃とにある旨主張するが、本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。
(二)被告Y1の図絵と原告の図絵とを対比すると、地球の内部構造を示した図の部分はほぼ同一のものであるから、被告Y1の図絵は原告の図絵を引用するものといえるが、前記認定説示のとおり、本件書籍は原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的のものであるから、原告の著作部分を引用する必要がある上、被告Y1の図絵には出典である原告の著作物名が明記しているのであるから、著作物を引用して利用する場合におけるその著作物の出所を、その利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により明示しているといえ、また、被告Y1の図絵は原告のマンガ作品の一頁まるごとをそのまま複写したことは原告の主張するとおりであるが、本件書籍の主たる部分は原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的のもとに創作して著述した被告Y1の検証ないし批評部分にあるのであるから、原告の図絵は右目的のために引用した従たる部分にすぎないことが明らかであるといえる
3 そうすると、原告の著作権侵害の主張は理由がない。
三 争点2(著作権人格権侵害の有無)について
1 原告は、被告Y1の図絵は原告の図絵を複写して改変を加えている旨主張するところ、両者を対比すると、確かに被告Y1の図絵は原告の図絵にある「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」と書いた文言を入れた四角形から出ている三角形を構成する直線を消して、代わりに消した部分の一部に、消した部分の両側の図と繋げるように点線を書き加えていること、「大陸」と示された部分のアウトラインを原告の図絵の上に描画したことにおいて異なるものである。しかし、そもそも著作権は創作的表現についてのみ発生するものであるところ、原告の図絵は、地球の内部構造を示した図の部分にのみ創作性が認められるが、吹き出しにより「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」としてその各部の名称を示した部分は原告の創作的表現は認められないから、原告には地球の内部構造を示した図の部分に著作権か認められるにすぎない。そして、被告Y1の図絵は、原告の図絵の地球の内部構造を示した部分については何らの加工をしていないといえるから、原告の同―性保持権としての著作者人格権(著作権法二〇条)を侵害しているとはいえない
2 原告は、本件書籍は原告の人格に対する嘲笑を含む旨主張する。確かに、本件書籍には「x氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書を返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹謗中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」があり、原告からみると人格を嘲笑されたと受け止めたとしてもやむを得ないところではある。しかし、著作権法一一三条三項の規定は、著作者の名誉又は声望を害する方法により引用される側の著作物の著作者人格権を侵害する態様でする引用が許されないことを定めるものであり(前掲最高裁昭和五五年三月二八日第三小法廷判決参照)、これに対し右の箇所は被告Y1が原告の仮説を検証した結果に基づいて原告ないし原告の仮説に対し批評的意見を述べたものであって原告の著作物を引用しているものとはいえないから、原告の著作者人格権(著作権法一一三条三項)を侵害するものとは認められない
3 原告は、原告がその著作物において特定したことのない特定の事象の発生するであろう日時を特定した旨主張する。しかし、一3(二)に認定したとおり、被告Y1は原告主張の特定をしているところ、これは原告の著作物において発表された原告の仮説に基づいて被告Y1が推論した結果を記載したものであり、二2(一)説示のとおり、他者の言論、営業その他の社会的活動も尊重されるべきであって、これをみだりに制限すべきではないから、原告の目的いかんにかかわらずその公表した右のような仮説が他人によってその科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評されるたり推測を述べられることも甘受しなければならないというべきであり、原告の主張は採用できない
4 そうすると、原告の著作者人格権侵害の主張は理由がない。
四 争点3(名誉毀損、名誉感情侵害の有無)について
 本件書籍には「x氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹謗中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」があるところ、これにより原告がいささか内心の静穏を害されその名誉及び名誉感情を侵害されたと感じることも有り得るところである。しかし、右の箇所は被告Y1が原告の仮説を検証した結果に基づいて、被告Y1の原告ないし原告の仮説に対する評価、意見を示したもので、事実を摘示するものではないから、原告の社会的評価としての名誉を低下させて侵害するものでないことは明らかである。また、右の箇所が原告の主観的な名誉感情を侵害したとしても、前記のとおり、本件書籍は被告Y1が原告の仮説を参考文献(前半のもの)を検討するなどして科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証した上、原告ないし原告の仮説を批評した内容を新書判の書籍として出版されたものであること、右箇所の表現内容のほか、原告の著作物の内容、性格及(ママ)などに照らすと、原告が右の箇所により内心の静穏を害された程度は、社会通念上受忍すべき限度を超えたとまで評価することはできない。
 そうすると、原告の名誉毀損、名誉感情侵害の主張は理由がない。
五 争点4(信教の自由の侵害の有無)について
 本件書籍中には、原告の指摘するキリスト再臨の日付の記載や別紙「原告主張の信教の自由を冒涜する記述」があるところ、この記載自体が原告の信仰するところと相容れない面があるとしても、右指摘部分も前記のとおり被告Y1の自由な言論活動に属するものであり、被告Y1が原告の信教の自由を侵害する意図・目的で記載したとの事情は本件全証拠によっても認められないことからすると、原告の信教の自由を侵害するものとはいえない。
 そうすると、原告の信教の自由を侵害されたとの主張は理由がない。
六 争点5(エンターテナーとしての人格権侵害有無)について
 原告は、憲法一一条、一三条、二二条一項にその根拠を有するエンターテナーが持つ自己固有のエンターテインメントの流儀・味わいを不当に侵害されない権利を有することを前提に、本件書籍は右権利を侵害する旨主張する。しかし、右権利は憲法上に明文で規定された権利でないばかりか、本件全証拠によっても、憲法上人権として認め得る程度の普遍性があり保護されるものといえる事情はうかがわれない。そうすると、原告の主張は前提において失当である。
 なお、仮に、エンターテインメントに対する権利が憲法上の法的利益として認められることがあっても、かかる権利が被告らの表現の自由(憲法二一条)に優越するものではなく、原告の著作物に対する論評、批判も表現の自由の保護を受けるのである。
七 結語
 よって、原告の請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条に従い、主文のとおり判決する。

水戸地裁龍ヶ崎支部
 裁判官 納谷肇


別砥 謝罪広告 省略
別紙 原告の著作物 省略
別紙 一覧表1
1 お見事です!
 (x著『恐竜の完全解明』「恐竜絶滅の真相」p1OO/本件書籍p14)
2 しかしx´先生はこれから多くの学者や常識人から笑いの種にされるかもしれませんね!(x著『恐竜の完全解明』「恐竜絶滅の真相」p100/本件書籍p14)
3 その時はガリレオのまねをするだけです!(x著『恐竜の完全解明』「恐竜絶滅の真相」p100/本件書籍p14)
4 それでも恐竜絶滅は最近のことだとね。(x著『恐竜の完全解明』「恐竜絶滅の真相Jp100/本件書籍p14)
5 はじめを誤れば全てを誤る。(x著『恐竜には毛があった』p6/本件書籍p18)
6 あなたがたは今、自分で自分達の首をしめているのですヨ。(x著『まんが古代文明消滅の謎』「超古代文明消滅の真相」p60/本件書籍p40)
7 なんとな<今の世界地図とよく似てきた。(x著『まんが謎の日本超古代』「超古代文明消滅の真相」p19/本件書籍p48)
8 先生、NASAってたくさんの情報をかくしているんだネ。(x著『まんが古代文明消滅の謎』「超古代文明消滅の真相」p176/本件書籍p60)
9 ああ、それは有名な話だからネ。(x著『まんが古代文明消滅の謎』「超古代文明消滅の真相」p176/本件書籍p60)
10 間違っている説は必ず崩れさります。(x著『まんが謎の日本超古代』「極東古代インディオの謎」p135/本件書籍p69)<以下78まで省略>

別紙 一覧表2
@ アカンバロの古代住民は実際に生きている恐竜を見て、それをもとにして、土偶を作ったということだ。
(x著『恐竜には毛があった』p58)
 飛鳥氏にすれば、古代アカンバロ人は実際に恐竜を見て、土偶を作ったのだという。その証拠は、恐竜土偶の中に毛のような彫り込みの入った物がある事らしい。
(本件書籍p18)
A やはり恐竜は哺乳類だったと結論づける。
(x著『恐竜には毛があった』p213)
 恐竜は哺乳類だったと主張している。哺乳類恐竜科。
(本件書籍p18)
B 炭素14に至っては、大気中における含有量が1億分の幾らかと微少だけに、基礎計算のわずかな狂いが数万年もの誤差を生み出してしまう結果となる。
(x著『恐竜は毛があった』p86)
 例えば炭素14年代測定法(C14法)について、『その量(炭素14)の差がたとえわずかでも年代測定に何千万年もの誤差を出してしまう』とか言っているのだ。
 C14法が誤差を出す原因は、過去の地球にC14がほとんど無かったためだという。
(本件書籍p21)
C それよりさらに古い樹木が、カリフォルニア州の山麓に今も生きて、小さいながらも大地にしっかりと立っている。
 その樹木の名はアリスタータ松。年齢はなんと4500歳。この松こそ地球上で最も最長寿の生物なのである。
(x著『恐竜には毛があった』p92)
 次に挙げられるのが、アリスタータ松(プルスルコーン・パイン)である。カリフォルニア州で見つかっているものは、四千五百歳で、地球で最も長寿な生物だという。
(本件書籍p22)
D 次の日、ぼくたちが船形地形の所へ行くには、それほどの苦労はしなかった。
 ただ驚いたのは同行したトルコ陸軍の軍人の多さであった!
 これはいったいどういうことだ。
 アメリカ兵がトルコ陸軍にまじって参加していたとは……
(x著『まんが/古代文明消滅の謎」p33〜34)
 では、今度はノアの箱舟について検証しよう。ショック・サイエンスには、ノアの箱舟を発掘する話がある。トルコ軍と米軍が極秘に作業を進めて箱舟を掘り出したが、再び埋め直してしまったそうだ。
(本件p24)
E 私は動物たちの習性を考えて、ほとんどの動物たちは冬眠状態ではなかったかと推測している。
 特に動物は自然界の激変には過敏であり、外の異様な様子を感じ取っていっしゅの仮死状態にあったと見ている。
(x著『A−Files U』p155)
 そこで、x氏は動物達が冬眠していたとする。
(本件書籍p27)
F 箱舟は特殊な三段構造になっていたと記されているが、正確には三階構造である。
 これはバチスカーフ号のような深海潜水艇の構造と酷似している。
 たとえば最下部に、多<の岩石やセメントの塊などのバラストを入れておくと、船が浮かび上がることがないよう……
 次に、船底を開いてそれらを捨てると、浮力さえあれば箱舟は海面に浮かび上がることもできるのだ。
(x著『A−Files U』p156)
 それから、ノアの箱舟は潜水艦で、三段構造の一番下に岩を詰め、浮かび上がる時に岩を捨てたのだとx氏はいう。
(本件書籍p27)
G ということは、光を放つラジウムの様な鉱物が存在したとしか考えられないことになる。
 あるいは、今の人類がまだ発見できないでいる特殊な鉱物の結晶体かもしれない。
(x著『A−Files U』p160)
 また、箱舟に上から四十五センチの所に「明かり取り」を造ったとあるが、それは光を放つ鉱物なのだそうだ。x氏はラジウムのような物と推測するが……
(本件書籍p27)
H では、マンモスやサーベルタイガーなどの古生物はどうなったのかといえば、全て方舟に乗ったということで解決できる。
(x著『恐竜には毛があった』p182)
 x氏は、マンモスやサーベルタイガーも箱舟に乗ったと書いている。
(本件書籍p28)
I 地層の違いが時代の違いだということを念頭に置いて発掘したら、それこそいっせいに生物が発生したように見える。
 さらに、下のほうから藻類、原生動物、魚類と続くため、生物が進化してきたように見えるだけの話なのである。
(x共著『恐竜大絶滅の謎と木星ネメシス』p248)
 x氏は『木星ネメシス』でこう述べている。“生物が進化しているように見えるのは、
下から藻類、原生動物、魚類と続いて堆積したからにすぎない“、と。
(本件書籍p29)
<以下(27)まで省略>

別紙 原告主張の誹謗中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所
@ 「x氏は、発想を逆転しすぎて自分でもわけがわからなくなっているのではないだろうか。」(一八頁六・七行目)
A 「はじめを誤っているのはx氏ではないだろうか?」(同右一五行目)
B 「こんなものを元に、“進化なんてデタラメだ”なんて言う人がいるからイヤになる(誰とは言わないが)。」(二三頁三・四行目)
C 「x氏がショック・サイエンスの頃から全然進化していないのも、このためかもしれない。」(二九頁一五行目〜三〇頁一行目)
D 「何ともアホらしい限りだ。」(三四頁一五行目)
E「おそらく、x氏は、富士山が爆発してマグニチュード8の大地震が襲ってきても、“うるさいな”としか感じない、図太い神経の持ち主に違いない。」(三六頁一五行目〜三七頁一行目)
F 「x氏はマジメに研究している学者たちに“アカデミズム”などとイヤミを言えるだけの資格があるのだろうか。」(三八頁八・九行目)
G 「ショック・サイエンスでは、並居る学者たちに「あなたがたは今、自分で自分達の首をしめているのですヨ」と言っていたが、自分の首を締めていたのはx氏のようだ。」(四〇頁一一・一二行目)
H 「おわかりいただけただろうか? x説というのは、検証に耐えない子供だましの妄説にすぎない」(四四頁一二・一三行目)
I 「もっとも、x氏は平気で外殻を空にできる人なので、」(四五頁一三行目〜四六頁一行目)
(以下(37)まで省略)

別紙 一覧表「漫画作品(絵)表<省略>
別紙 原告主張の信教の自由を冒涜する記述<省略>
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