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【事件名】浪曲演目の著作権侵害事件
【年月日】平成11年4月28日
 東京地裁 平成10年(ワ)第3862号 損害賠償等請求事件
 (口頭弁論終結日 平成11年3月8日)

判決
原告 AことB
右訴訟代理人弁護士 石黒武雄
被告 CことD
右訴訟代理人弁護士 奥川貴弥
同 川口里香


主文
一 被告は、原告に対し、金二〇万円を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、金一〇〇万円を支払え。
二 被告は、原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の内容の謝罪広告を、朝日新聞、読売新聞、毎目新聞の各全国版に各一回掲載せよ。
第二 事案の概要
 本件は、被告がラジオ放送で浪曲を口演したことが、原告の著作した浪曲の台詞の著作権を侵害したと原告が主張して、被告に対し、損害賠償及び謝罪広告を請求した事案である。
一 前提となる事実 (証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、昭和八年に浪曲師初代Xに入門し、昭和一四年に真打ちに昇進し、昭和二七年にAと改名し、A流を創立して以来、浪曲家として幅広く活動してきた(甲一、一四)。
 被告は、昭和三〇年ころ、原告の浪曲教室で生徒として浪曲を学んだことがある。
2 被告は、NHKの全国ラジオ放送で、平成九年一一月一六日及び二一日の二回にわたり、浪曲作品「猫虎往生」(以下「本件著作物」という。)について、題名を「猫虎」と変更し、口演時間が約三〇分であった(弁論の全趣旨)のを二三分三〇秒に短縮し、台詞の内容を別紙対照表の下欄記載のとおり変更して、これをEの作品と紹介させて、口演した。
 なお、本件著作物の内容は、別紙対照表の上欄記載のとおりである(甲九)。
二 争点
1 本件著作物の著作者
(原告の主張)
 原告は、Eのペンネームで、昭和三四年までに、尾崎士郎の作品を基にして、本件著作物を創作し、これについて著作権及び著作者人格権を取得した。
(被告の反論)
 原告が本件著作物を創作したことは、知らない。
2 著作権侵害の有無
(原告の主張)
 被告は、NHKの全国ラジオ放送で二回にわたり、原告に無断で、本件著作物を口演し、もって放送事業者と共同して本件著作物について原告の有する上演権及び放送権を侵害した。
 被告は、その際、本件箸作物の題名を無断で「猫虎」と変え、台詞の内容についても改悪して口演し(但し、節調変更については主張しない。)、もって本件著作物について原告の有する同一性保持権を侵害した。
(被告の反論)
 被告は、昭和五〇年ころ、原告の口演を聴き、録音して本件著作物を暗記した。NHKから浪曲の口演依頼があったので、原告の右口演が約三〇分であったのを、放送時間の関係で二三分三〇秒に短縮し、浪曲中に「人呼んで猫虎」という部分があったので、「猫虎」と題して口演し、NHKで放送された。右短縮は、本件著作物の一部を省略したもので、浪曲そのものはほとんど変更されていない。
 浪曲は、同一人の口演であっても、その時々によりアドリブが入るなど内容が異なり、口演時間も変わるから、台本との多少の違いは同一性を害することにはならない。被告の口演は、原告の口演の内容にほぼ近いし、口演時間も、NHKの都合で多少短縮したにすぎない。題名の変更も、被告の記憶により変更したにすぎず、意図的ではないし、両題名に実質的な差異はない。したがって、被告の行為は、同一性保持権の侵害に当たらないし、やむを得ない改変として違法性がない。
3 損害等
(原告の主張)
 浪曲は、演者の音声を聞きながら曲の話筋の展開をも聞き覚えてその内容に感動したりして楽しむので、一度全国放送がされるとほぼ三年間くらいは同じ演目を口演することを避けなければならないのが、浪曲界における通例である。したがって、右上演権及び放送権の侵害により、原告は、五〇万円の財産的損害を被った。
 また、本件著作物は、原告の代表作であるところ、これを無断で前記のとおり改悪した浪曲が二度も全国放送され、しかもその際、ことさらこれをEの作品と紹介させたことにより、原告は多大の精神的苦痛を被った。被告は、以前にも原告の浪曲作品を無断で放送により口演したことがあり、その行為は悪質である。これらの事情によれば、原告の精神的損害に対する慰謝料としては、少なくとも五〇万円が相当であり、また、謝罪広告も必要である。
(被告の反論)
 被告の行為は、ほとんど忘れ去られた本件著作物を広く世に紹介し、商品価値を高めたものであるから、原告には財産的損害はない。
第三 争点に対する判断
一 争占1について
 証拠(甲一ないし三、九、一七)によれば、原告は、昭和三四年までにEのペンネームで、尾崎士郎の作品を基礎として、別紙対照表の上欄記載のとおりの内容の本件著作物を創作したことが認められ、これに反する証拠はない。
二 争点2について
 被告が、NHKの全国ラジオ放送で二回にわたり、原告に無断で、本件著作物を口演したことは、当事者間に争いがないから、被告の右行為は、放送事業者と共同して本件著作物について原告の有する上演権及び放送権を侵害したものといえる(本件著作物の台詞と被告が口演した台詞は、変更した部分があるが、実質的に同一であると解すべきであるから、著作権侵害が成立する。)。
 次に、被告は、本件著作物の題名が「猫虎往生」であるのを「猫虎」と変更し、口演時間が約三〇分であったのを二三分三〇秒に短縮した上、台詞の内容が別紙対照表の上欄記載のとおりのものであるのを下欄記載のとおりに変更して、ラジオ放送で口演した。このように、口演時間を四分の三程度に短縮するため台詞を削除するなどの改変を加えた行為は、本件著作物について原告の有する同一性保持権を侵害したものといえる。また、右改変をやむを得ないとする事情はない。
三 争点3について
 証拠(甲一六)によれば、被告の著作権侵害行為によって、原告は、右放送後しばらくは、本件著作物の聴衆の前での口演を避けなければならない状況に置かれたことが窺われ、そのような事情を考慮すると、右著作権侵害行為によって受けた原告の損害は一〇万円と認めることができる。
 次に、本件著作物は、原告の代表作の一つであること(甲一、一六)、被告が本件著作物を改変した態様は前記のとおりであること、放送の際にEの作品と紹介されたこと等諸般の事情を総合すると、右同一性保持権侵害行為によって受けた原告の精神的損害に対する慰謝料としては一〇万円が相当である。
 さらに、前記認定した事情を総合考慮すると、原告の損害を回復するために謝罪拡告が必要であるとまでは認められない。
四 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二九部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 八木貴美子
 裁判官 沖中康人


謝罪広告
 私は原著作者である貴殿の了解を受けることなく、
1.題名を勝手に「猫虎」と改名し
2.内容を勝手に省略、変更、附加、変調して平成九年十一月十六日と十一月二一日の両日午後三時三〇分より日本放送協会(NHK)より浪曲「猫虎往生」のラジオ放送を行いましたことは原著作者である貴殿に対し誠に申し訳なく、ここに深く陳謝申し上げます。
 平成 年 月 日
 Cこと D
 Aこと B殿

大きさ二段ぬき横三センチメートル
掲載場所 社会面広告欄
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日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/