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【事件名】コーヒー・チェーンの写真無断複製事件
【年月日】平成10年11月26日
 東京地裁 平成10年(ワ)第7420号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論の終結の日 平成10年10月8日)

判決
東京都(以下住所略)
 原告 三上次男
右訴訟代理人弁護士 北村行夫
同 市毛由美子
同 内田法子
同 渡邊良平
同 杉浦尚子
同 鈴木隆文
同 大江修子
右訴訟復代理人弁護士 前田裕司
東京都(以下住所略)
 被告 株式会社ドトールコーヒー
右代表者代表取締役 鳥羽博道
右訴訟代理人弁護士 木村喜助


主文
一 被告は、原告に対し、金604万円及びこれに対する平成10年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを10分し、その3を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 原告の請求
 被告は、原告に対し、1859万円及びこれに対する平成10年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が被告に対し、原告が著作権を有する写真を被告が大量に無断複製したと主張して、著作権(複製権)に基づき、損害賠償金(使用料相当額、慰謝料及び弁護士費用並びに遅延損害金)の支払を求めている事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、職業写真家であって、その撮影に係る、コーヒーの木に咲く白い花を被写体としたカラー写真(甲1。以下「本件写真」という。)の著作者であり、著作権者である。
 被告は、コーヒーの販売、フランチャイズシステムによるコーヒー店の経営等を業とする株式会社である。
2 平成6年10月25日、原告と被告は、被告のコーヒー店における店内装飾用のコルトン(裏面から光を当てて飾る、透光性の合成樹脂板に焼き付けられた写真)として使用するために、原告が被告に対し本件写真の複製を許諾すること、被告はその対価として原告に10万円を支払うことを約した。そして、原告は被告に本件写真のポジフィルムを貸与し、被告は、右ポジフィルムからインターネガを作って、コルトンを作成した。
3 被告は、平成7年3月ごろから同9年11月ごろまでの間に、右インターネガを利用して、本件写真を少なくとも104点複製した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
 1 被告が本件写真を複数枚複製することについての原告の許諾の有無
(一) 原告の主張
 原告は、被告の店舗1店で使用するので本件写真を使わせて欲しいとの被告の申出を受けて、本件写真を1回に限り複製することを許諾したものである。また、被告の主張によると、何点でも好きなだけ複製可能ということになるが、およそ対象のない契約は有り得ず、被告の主張は論外である。したがって、被告が他の店舗でも本件写真を複製して使用したことは、故意又は過失により原告の著作権を侵害する行為である。
(二) 被告の主張
 被告は、本件写真を1点のみでなく複数枚の複製をすることを許諾されていたのであり、このことは、商業用の写真は複製により多数の者に配布される性質を本来的に持っていること、本件の契約に当たっては複数の被告の店舗で使用する必要性と予定がある旨を被告の担当者が話し、原告もこれを承知していたこと、被告が作成したインターネガの返却を原告が求めなかったこと、10万円という使用料は同業地杜の使用料金に比べて高額であることから明らかである。したがって、被告は、原告の著作権を侵害していない。
2 過失相殺の可否
(一) 被告の主張
 仮に、被告の本件写真の複製が著作権侵害に当たるとしても、原告においては、被告に対して速やかにインターネガの返却を請求しなかった過失のほか、被告が本件写真を複製したコルトンを二子玉川店以外の店舗にも備え付けていることは容易に発見できるにもかかわらず、これを3年もの間放置した過失があり、その結果、被告において複製を製作した個数が増えたのであるから、過失相殺をすべきである。
(二) 原告の反論
 原告は、被告が無断複製することなど思いもよらなかったのであり、原告に過失はない。
3 原告が請求し得る損害賠償の額
(一) 原告の主張
(1)原告は、写真をコルトンとして複製使用することを許諾する場合、通常、複製1点当たり15万円の使用料を受け取っているものであるから、本件写真の使用料相当額も、同額というべきである。なお、本件において使用料を10万円としたのは、予算がないので減額して欲しい旨の被告の申し出を受けて例外的に認めたものなので、右金額を通常受けるべき金銭の額ということはできない。また、複製枚数が大量になれば当然に単価が安くなるものでもない。なお、被告の主張する同業他社は素人や写真専門学校生の写真を安く貸し出している会社であり、プロの写真家である原告を、これと同列に論ずることはできない。
 したがって、原告は、被告が本件写真を106点複製したことにより、使用料相当額として、1590万円(150,000×160=15,900,000)の損害を被った。
(2)被告の不法行為により原告が被った精神的損害は、金銭に評価すれば少なくとも100万円を下らない。
(3)原告が本件提起のために支払う弁護士費用のうち、右(1)及び(2)の合計額の1割に当たる169万円は、不法行為に基づく損害に属するものとして被告が負担すべきである。
(4)よって、原告は被告に対し、右(1)ないし(3)の合計1859万円及びこれに対する平成10年4月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の主張
 被告の申出により使用料が10万円に減額されたということはなく、原告主張の使用料は、同業他社の例と比較して極めて高額であり、業界の相場からかけ離れていて合理性、客観性を欠いている。業界の慣習として、長期問にわたる多数複製の契約においては、基本料約10万円、その後はコルトン製作料の1割程度とするのが例であり、これによれば、被告のコルトンの製作料は1万5000円であるから、使用料相当額は総計25万円程度となる。また、原告は、写真を紛失した場合の補償額を貸出料の10倍の額と定めているが、これはその写真が紛失しないで継続して使われた場合にどれだけの価値があるかという額であるから、この額(本件では100万円)が損害の限度である。
第3 争点に対する判断
一 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は、コーヒーの栽培と生産をテーマとした写真を専門とする職業写真家であり、中南米やアフリカ、東南アジアのコーヒー生産地に撮影旅行に出かけてこれらのテーマに即した写真を撮影し、これをポジフィルムと呼ぶスライドフィルムの形で保管している。原告は、右のような写真につき、企業等から商品や宣伝広告物等への使用を求められた場合には、その用途に応じて原告が相当と考える金額の使用料を受領して、写真の複製を許諾し、そのフィルムを貸し出すなどしているが、写真の使用を許諾するに関し、料金表ないし価格表や、標準的な契約書等は作成していない。(甲4、5)
2 平成6年10月25日ころ、原告は、被告の担当従業員である野宮から、被告の二子玉川店の店内装飾用コルトンにコーヒーに関連する写真を使用したい旨の申出を受けた。原告はこれを承諾し、本件写真を含む12点のポジフィルムを、この中から1点を選んで使用するよう述べて貸し渡した。原告と野宮は使用料を10万円とすることに合意したが、その際作成された貸出書(甲2)には、料金として「@100,000」と手書きで記載されているところ、その下欄には印刷された文字で、「上記の料金は1回の使用料で、再度又は他の用途に使用して頂く場合は別途料金をお支払い頂きます。」、「万一紛失されたり破損された場合には料金の10倍を補償して頂きます。」と記載されていた。コルトンは、通常の場合、ポジフィルムから作られたインターネガを用いて作成されるものであり、本件においても、被告は、原告から受領したポジフィルムの中から本件写真のものを選択し、このポジフィルムからインターネガを作成した。同月27日ころ、被告の担当従業員が原告方を訪ねて、右12点のポジフィルムを原告に返却した。(甲2、5、乙1の1、8)
3 その後、平成7年3月ごろから同9年11月ころまでの問、被告は、右インターネガを利用して、二子玉川店以外の100余りの店舗の店内装飾用にコルトンを作成した。同年10月ごろ、原告は、本件写真のコルトンが被告の二子玉川店以外の店舗に飾られているのを発見し、被告の担当従業員に連絡を取って、右インターネガを引き渡すよう求めた。同年11月28日ころ、原告は、被告の担当従業員の野宮及び山本と面会して、その引渡しを受けた。(甲3、5、乙3の6、8)
4 写真の貸出し等を業とする株式会社世界文化フォトの使用料金表には、カラー写真をコルトンに使用する場合の標準料金は、長辺1メートル未満のものにつき5万円、1メートル以上のものにつき7万円である旨が定められている。また、同様に写真の貸出を業とする株式会社アイピーエスにおいては、コルトンを含む広告ディスプレイヘの写真の使用料は、1個又は1基につき、1平方メートル以内のものが6万円以上、3平方メートル以内のものが7万円以上と定められている。右両社とも、同一写真を1年以内に複数回使用する場合の料金につき、2回目が70パーセント、3回目が60パーセント、4回目以降が50パーセントになる旨を規定しており、さらに、紛失補償金については、世界文化フォトが15万円、アイピーエスが15万円以上と定めている。(乙6、7、13)
二 争点1(被告による複製についての原告の許諾の有無〕
1 右認定の事実より検討すると、原告が本件写真のポジフィルムを被告に貸し渡す際に作成した貸出書に、10万円という使用料は1回の使用料であり、再度又は他の用途に使用する場合は別途料金の支払を要する旨記載されていることに照らしても、原告は被告に、本件写真を1点のコルトンに限って複製することを許諾したと認めるのが相当である。
2 これに対し、被告は、前記第2、二1(二)のとおり、10万円の使用料は本件写真を多数回複製する対価として支払ったものであり、複数回の複製につき許諾を受けていたと主張し、被告の従業員らが作成した陳述書(乙8ないし10)中にはこれに沿う記述がある。
 しかしながら、10万円という使用料の額は、同業他社におけるコルトンとして使用する場合の写真の1回当たりの複製の対価とされる額より幾分高いとはいえるが、前記一1で認定したとおり、原告が専門とするのはコーヒーに関連する写真という特殊な分野であること、その撮影のために海外渡航の経費その他多額の費用を要すること等を考慮すると、分野を限定せずに一般的に定められた他社の使用料と比較してある程度高額となるのもやむを得ないものと解されるから、使用料が10万円と定められたことをもって、原告が複数枚の複製を許諾していたと推認することはできない(かえって、同業地杜の例においては、同一の写真を多数回複製する場合には、複製1回当たりの料金は逓減するが、それでも1回の複製についての基準料金の少なくとも50パーセントの額を複製1回当たりの額として算定していることが認められ、この例に照らすと、100回を超える複製の対価を10万円と合意した旨の被告の主張は、不合理であって到底採用できない。)。また、本件において写真の使途は店舗内の装飾に使用するコルトンとされており、パンフレットなどのように一時に大量に印刷されて多数人に配布されるものとは異なり、その性質上当然に多数枚の複製が予定されているものではないから、商業用の写真であることを理由に、複数枚の複製が許諾されていたということもできない。さらに、約3年間にわたり原告が被告に本件写真のインターネガの引渡しを求めていなかった点についても、被告の担当従業員に返却を求めようとしたが、不在であるなどの理由で返却請求ができぬまま時間が過ぎ、やがて原告自身インターネガが未返却であることを失念してしまった旨の原告の供述(甲5)が不合理であるとはいえないし、以上述べた事情を総合すれば、原告がインターネガの引渡しを求めていなかったことを理由として、約3年間にわたる100枚以上もの複製を原告が許諾していたと認めることはできないというべきである。
 したがって、被告の右主張は採用できない。
3 以上によれば、被告が許諾された二子玉川店以外で使用するために本件写真を複製した行為は、本件写真について原告の有する複製権を侵害するものと認められる。
三 争点2(過失相殺)について
1 前記認定のような、被告による本件写真の複製に至る経緯、複製態様等の事情に照らせば、本件写真を複製して原告の著作権を侵害したことにっき、被告には少なくとも過失があったものと認められる。
2 被告は、前記第2、二2(一)のとおり、原告にも過失があったので過失相殺をすべきであると主張するが、前記認定の事実を総合しても、原告との約定に違反して被告が本件写真を複数枚複製することを予見したり、被告による本件写真の複製物の利用状況を監視したりすべき義務が原告にあったということはできないものであって、被告による無断複製につき原告の側に落ち度があったと認めることはできない。
3 したがって、被告の過失相殺の主張は採用できない。
四 争点3(損害の額〕について
1 右のとおり、被告は少なくとも過失により原告が本件写真について有する著作権(複製権)を侵害したと認められるから、原告は被告に対し、使用料相当額(著作権法114条2項)その他被告による著作権侵害行為により被った損害につき賠償を請求することができる。
2 使用料相当額
(一)(1)前記認定の事実によれば、本件写真の使用料相当額としては、最初の1点分については約定の金額である10万円であると認められる。しかしながら、2点目以降については、原告においては、著作権を有する写真をコルトンとして使用することを許諾する場合の使用料を明確に定めているとはいえないこと、同業他社の使用料の基準(前記]4参照)においては、同一写真を複数回使用する場合には1回当たりの使用料が逓減するものとされていることに照らすと、1点当たりの使用料相当額は右の10万円より低くなると解すべきである。そして、前記」4のとおり、他社の使用料基準においては、1年以内の使用料は2回目が70パーセント、3回目が60パーセント、4回目以降が50パーセントとされているところ、右基準が写真を商業用に複製する場合の使用料として不合理的であること示す証拠はないから、本件においても右の逓減率を採用するのが相当である。そうすると、本件写真の使用料相当額は、1年ごとに、1点目の複製が10万円、2点目がその70パーセントの7万円、3点目が60パーセントの6万円、4点目以降が50パーセントの5万円であると認められる。そして、被告による無断複製行為は3か年にわたって行われているから、1点当たりの使用料相当額を10万円とすべきものが3点、7万円とすべきものが3点、6万円とすべきものが3点であり、その余は1点当たりの使用料相当額を5万円と認めるのが相当である。
(2)この点につき、原告は、本件写真の使用料相当額は1枚当たり15万円であると主張している(前記第2、二3(一)(1))。しかしながら、原告が写真の使用を許諾するにつき料金表等を作成していないことは原告の自認するところであるし、原告が写真の使用料について被告以外の第三者と合意した金額を示す契約書等の提出もなく、原告の供述以外に原告の右主張の裏付けとなり得る資料はない。また、原告は、本件写真以外の写真についても被告に使用を許諾したことがあるが(乙2の1、乙3の1ないし5、7、8、4の1ないし22、5)、その際の使用料の額が、他社が基準としている例と大きく違わないこと(乙1の2、3、6、7参照)に照らすと、コルトンに関してのみ、その使用料を他社の標準的な使用料額の2倍ないし3倍に当たる15万円が相当と認めることはできない。
(3)他方、被告は、総額25万円ないし100万円が使用料として相当であると主張するが(前記第2、二2(二))、被告主張のような方法で使用料を計算することが相当であるとする根拠は何ら示されていないものであって、右主張を採用することもできない。
(二) 次に、被告が無許諾で本件写真を複製した枚数につき、原告は106点と主張するが、これを裏付ける客観的証拠は提出されていないので、当事者間に争いのない104点の限度で認めるのが相当である。
(三) 以上によれば、本件において原告が著作権法114条2項により請求し得る著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、合計で544万円(100,000×3+70,000×3+60,O00×3+50,000×95=5,440,000)であると認められる。
3 慰謝料
 本件において侵害された原告の権利は、財産権である著作権(複製権)であり、原告の人格的利益が著しく侵害されたとまでは認められず、被告の不法行為により原告に生じた損害については、右2記載の財産的損害の賠償により回復されていることに照らせば、これに加えて慰謝料請求を認める必要があるものとはいえない。
4 弁護士費用
 右に説示した事情を総合すれば、被告会社の不法行為と相当因果関係のある損害の一部として被告らに負担させるべき弁護士費用は、60万円と認めるのが相当である。
5 したがって、原告の請求は、右2及び4の合計額である604万円及びこれに対する不法行為の後である平成10年4月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
五 よって、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官 三村量一
 裁判官 長谷川浩二
 裁判官 中吉徹郎
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