判例全文 | ||
【事件名】漫画原稿返却拒否事件 【年月日】平成10年10月22日 東京地裁 平成10年(ワ)第2837号 著作物引渡等請求事件 (口頭弁論の終結の日 平成10年8月25日) 判決 原告 大曲真澄 右訴訟代理人弁護士 萬幸男 被告 株式会社ふゆうじょんぷろだくと 右代表者代表取締役 川辺龍雄<ほか1名> 右両名訴訟代理人弁護士 森仁至 主文 一 被告らは、原告に対し、連帯して金399万2000円及び内金60万円に対する被告株式会社ふゆうじょんぷろだくとにつき平成10年3月6日から、被告川辺龍雄につき同月19日から、内金339万2000円に対する平成10年4月30日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 二 原告のその余の請求を棄却する。 三 訴訟費用は、これを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。 四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 原告の請求 被告らは、原告に対し、連帯して金539万2000円及び内金200万円に対する被告株式会社ふゆうじょんぷろだくと(以下「被告会社」という。)につき平成10年3月6日から、被告川辺龍雄(以下「被告川辺」という。)につき同月19日から、内金339万2000円に対する平成10年4月30日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第二 事案の概要 本件は、原告が被告らに対し、原告が著作し被告会社が出版した別紙「書籍目録」記載の漫画書籍の出版に際して原告が被告会社に引き渡した同書籍の原稿を、被告会社が原告に返却しなかったことが、被告会社の不法行為又は債務不履行となり、また、被告川辺は被告会社の代表取締役として原告に対し商法266条ノ3に基づく責任を負うと主張して、損害賠償金(逸失利益、慰謝料及び弁護士費用並びに遅延損害金)の連帯支払を求めている事案である。 なお、原告は、本訴において右原稿の引渡しも請求していたが、訴訟外でその返却を受けたため、これを取り下げた。 一 争いのない事実 1 原告は、ペンネームを須藤真澄とする漫画家であり、別紙「書籍目録」一及び二記載の各漫画書籍(以下、それぞれを「本件書籍一」、「本件書籍二」といい、両者を一括して「本件書籍」という。)の作品(以下一括して「本件作品」という。)の著作者であって、その原稿(以下「本件原稿」という。)の所有者である。 2 被告会社は、平成元年に本件書籍一を、同2年に本件書籍二を、それぞれ単行本として出版した。 3 原告は、平成元年ないし2年ころ、本件書籍の出版のために被告会社に本件原稿を交付し、被告会社は、その後これを預かり保管していた。原告は、平成9年5月ころ、株式会社アスキー(以下「アスキー」という。)から本件作品の復刻版を出版するため、被告会社に対し、本件原稿を返却するよう求めた。被告会社がこれを拒絶したため、原告は、被告会社を相手方として、本件原稿の執行官保管等を求める仮処分の発令を東京地方裁判所に申し立てた(当庁平成9年(ヨ)22110号)。同年11月、原告の申立てを認容する仮処分決定が発令されたが、原告は右仮処分決定の執行手続をとらなかった。 二 争点及びこれに関する当事者の主張 1 被告会社が原告に本件原稿を返却しなかったことは、原告に対する不法行為又は債務不履行となるか。 (一)原告の主張 (1)原告は、被告会社から本件原稿の返却を受けられなかったため、アスキーから本件作品の復刻版を出版することができなかった。被告会社が本件原稿の返却を拒絶したのは、原告と被告会社の間の出版権設定契約ないし出版許諾契約に違反する行為であり、同時に、原告の本件原稿の所有権を侵害し、原告が本件作品の著作権に基づいてアスキーに対しその復刻版の出版権を設定することを妨げるものであって、不法行為となる。 (2)被告川辺は、被告会社の代表取締役として、原告に対し原稿返却拒絶及び無断重版行為をした。右行為は商法266条ノ3第1項に該当するので、被告川辺は、被告会社と連帯して原告に生じた損害を賠償する責任を負っている。 (二)被告らの主張 原告と被告会社は、本件書籍の出版に当たり、出版権設定契約ではなく、出版許諾契約を締結したのであり、被告会社は、その後現在に至るまで本件書籍の出版を継続している。このように現実に出版を継続している間は出版権が存続し、その間出版社において漫画原稿を保管するというのは確立された出版業界の商慣習であるとともに、本件当事者間の契約の内容となっている。 したがって、被告会社が本件原稿の引渡しに応じなかったのは、商慣習及び原告との合意に基づくものであり、仮にそうでないとしても、前記商慣習に照らし原告の請求は権利濫用に当たるから、本件請求は棄却されるべきである。 2 原告の被った損害の額 (一)原告の主張 (1)原告は、アスキーからの本件作品の復刻版の出版の申入れを承諾し、印税として339万2000円の支払を受ける旨を約していた。ところが、被告会社が本件原稿の返却を拒絶したためにアスキーに原稿を渡すことができなかったので、原告は、逸失利益として、本件原稿の返却があれば得られたはずの右金額相当の損害を被った。 (2)被告らは原告の再三にわたる返却請求にもかかわらずこれを無視し、原告に無断で本件書籍の重版の発行をしようとしてその広告を行った。このような被告らによる嫌がらせのために、原告にとって強い思い入れのある本件原稿が返却されない状況が継続したことにより、原告は、仮処分の発令の申立てをすることを余儀なくされ、多大な精神的打撃を受けた。これによる慰謝料は100万円を下らない。 (3)被告らによる原稿返却拒絶及び無断重版の試みに対し、原告は仮処分の発令を申し立て、さらに本件訴訟を提起することが必要であった。そのための弁護士費用100万円は、原告の被った損害となる。 (4)よって、原告は被告らに対し、合計539万2000円及び内金200万円(慰謝料及び弁護士費用)に対する訴状送達の日の翌日から、内金339万2000円(逸失利益)に対する平成10年4月30日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。 (二)被告らの主張 (1)原告は、仮処分認容決定を得たのに、1回もその執行を試みることのないまま本訴を提起したものであり、本件原稿の取戻しが遅れた原因は原告にある。また、アスキーは、債務超過で倒産状態になって、原告との本件作品出版の合意を白紙に戻したものであり、仮に原告において本件原稿を所持していたとしても、原告主張のような手順でアスキーにより本件作品の出版がされて、原告に印税が支払われたということはできない。したがって、逸失利益の請求は失当である。 (2)原告が仮処分決定を得ていながら原稿を取り戻さずに放置していたこと、並びに、被告会社が本件原稿の引渡しを拒んだ点については確立した商慣習による出版権の保有、原告と被告会社との間の合意に基づく出版権の保有及び原告の権利濫用という三つの事由が存在し被告側に不法行為はないことからすれば、慰謝料請求は認められない。 (3)被告会社は仮処分決定に潔く応じる方針で、その執行がされるのを待っていた。ところが、原告がその執行をせずに本件訴訟を提起して弁護士費用を請求するのは不当である。 第三 争点に対する判断 一 ≪証拠略≫によれば以下の事実が認められる。 1 被告会社は、昭和57年に設立された漫画情報誌等の発行等を業とする株式会社である。従業員は約15名で、被告川辺(通称・才谷遼)はその代表取締役である。 2 本件書籍の出版に当たっては、契約書等が作成されることはなく、原告と被告会社代表者の被告川辺との間で、被告会社が原告から本件原稿を受け取って、本件書籍一を1万2000部、本件書籍二を1万1700部印刷し、製本して、いずれも定価850円(本体価格)で販売すること、被告会社は原告に右部数につき定価の10パーセントに当たる金額を印税として支払うことが口頭で約された。被告会社は、本件書籍を右部数印刷して被告に約定の印税を支払い、その後、現在に至るまで印刷済みの本件書籍の販売を続けている。 3 平成9年6月1日ころ、アスキーは原告に対し、本件作品のそれぞれを単行本として小売価格848円で2万部ずつ(合計4万部)、発行日を同月22日として発行すること、原告に対する印税として、小売価格の10パーセントに当たる339万2000円を、書籍の実際の販売部数にかかわらず印刷時に支払うことを申し入れ、原告はこれを承諾した。 4 原告は、本件作品をアスキーから出版することとなったので本件原稿を返却するように被告会社に求めた。被告川辺は、本件原稿の返却に応じてはならない旨を被告会社の従業員に指示するとともに、自らも原告に対し返却の意思がないことを伝えた。被告会社は、再三にわたる原告の返却要求に応じなかっただけでなく、同年7月ころに、本件書籍の増刷について原告の了解を取っていなかったにもかかわらず、被告会社が発行する雑誌に本件書籍の重版を出す旨の広告を掲載した。そこで、原告は、裁判手続による本件原稿の取戻しを弁護士に委任することとし、被告会社に対する仮処分事件及び被告らに対する本件訴訟事件の着手金として、合計40万円を支払った。 5 平成10年4月末ころ、アスキーは原告に書簡を送付し、アスキーとしては右3記載の申入れどおりの条件で本件作品の復刻版の出版を行うつもりであったが、同社が債務超過に陥ったために、右申入れを撤回せざるを得なくなった旨を通知した。 6 同年6月ころ、原告が日本漫画家協会に本件に関する相談をしたところ、同協会の著作権部長(漫画家の松本零士)が被告会社との交渉に当たることとなり、その結果、本件原稿は、右部長を通じて被告会社から原告に返却された。 二 争点1(被告らの責任)について 1(一)右に認定した事実及び前記争いのない事実により検討すると、本件原稿は原告の所有であって、被告会社においてその返却請求を拒む正当な根拠がないことは明らかである。 (二)この点について、被告らは、前記(第二、二1(二))のとおり、本件原稿を返却しなかったのは商慣習又は原告との合意に基づくものであるなどと主張している。 しかしながら、原告と被告会社の間の約定が出版権設定契約であったとすれば、その期間につき特段の定めのない本件においては、被告会社の出版権は、最初の出版があった日から3年を経過した時点(本件書籍一につき平成4年、本件書籍二につき平成5年)で消滅したことになるから(著作権法83条2項)、右契約に基づいて本件原稿の返却を拒むことができるとはいえない。また、原告と被告会社の間の約定が単なみ出版許諾契約であったとすれば、被告会社は、原告と約定した部数の本件書籍を印刷し販売することができるにとどまるのであって、前記認定(一2)のとおり、被告会社は原告と約定した部数の本件書籍を既に印刷し、現在は在庫の部数の販売を継続しているにすぎないものであるから、本件書籍の印刷を完了した時点で被告は本件原稿を原告に返却すべき義務を負っていたものである。したがって、両者間の合意が出版権設定契約であったか出版許諾契約であったかを問わず、被告会杜が原告との合意に基づいて本件原稿の返却を拒み得るということはできない。 また、出版社がその出版に係る書籍について在庫品の販売を継続している間は出版権が存続しており漫画原稿を返却しなくてよいという商慣習が出版業界にあることをうかがわせる証拠はないから、被告会社が商慣習を根拠に本件原稿の返却を拒むことができるとはいえないし、原告の引渡請求が権利濫用になるということもできない。 (三)以上によれば、被告会社が本件原稿の返却を拒絶したことは、原告に対する不法行為になると認められる。 2 右に認定した事実によると、被告川辺は、被告会社の代表取締役として、本件原稿の返却拒絶に積極的に関与したと認められるから、原告に対し、商法266条ノ3に基づく責任を負うというべきである。 3 したがって、被告らは原告に対し、被告会社の右不法行為により原告が被った損害につき、連帯して賠償する責任を負うものというべきである。 三 争点2(損害の額)について 1 逸失利益 339万2000円 前記認定の事実及び争いのない事実によれば、原告が本件原稿の返却を求めた平成9年6月ころに被告会社がこれに応じていれば、原告はアスキーから印税として339万2000円を得られたのに、被告会社からの返却が遅延したために原告は右金額の収入を失ったということができるから、原告は、被告会社の不法行為により、右金額の損害を被ったものと認められる。 2 慰謝料 0円 仮処分手続及び本件訴訟における原告の主たる目的は本件原稿の引渡しを求める点にあったと解されるところ、既に本件原稿が原告のもとに返却されたことに照らせば、被告会社の不法行為により原告が被った損害については、右1記載の財産的損害の賠償により回復されるものであり、これに加えて慰謝料請求を認める余地はないというべきである。 3 弁護士費用 60万0000円 右に説示した事情を総合すれば、被告会社の不法行為と相当因果関係があるものとして被告らに負担させるべき弁護士費用は、右金額が相当である。 4 したがって、原告は被告らに対し、399万2000円及び内金60万円に対する訴状送達の日(被告会社につき平成10年3月5日、被告川辺につき同月18日)の翌日から、内金339万2000円に対する平成10年4月30日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めることができる。 四 よって、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 三村量一 裁判官 長谷川浩二 裁判官 中吉徹郎 (別紙)書籍目録 一 題号 観光王国 著者 原告(ペンネーム・須藤真澄) 発行者 被告(通称・株式会社ふゅーじょんぷろだくと) 発行年 平成元年 二 題号 子午線を歩く人 著者 原告(ペンネーム・須藤真澄) 発行者 被告(通称・株式会社ふゅーじょんぷろだくと) 発行年 平成2年 |
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