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【事件名】俳句の添削事件(2)
【年月日】平成10年8月4日
 東京高裁 平成9年(ネ)第4146号 著作権侵害差止等請求控訴事件
 (一審・東京地裁平成8年(ワ)第18404号 平成9年8月29日判決)
 (口頭弁論の終結の日 平成10年6月11日)

判決
控訴人 甲野花子
被控訴人 株式会社日本放送出版協会
右代表者代表取締役 安藤龍男
右訴訟代理人弁護士 杉本幸孝
同 米倉偉之
同 中村優子
被控訴人 乙川一郎こと丙川春夫
右訴訟代理人弁護士 中村稔
同 熊倉禎男
同 富岡英次


主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは控訴人に対し金618万円を支払え。
3 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人らの申立て
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 控訴人は、平成5年7月ころから平成6年1月ころまでの間に、別紙一1A、B、C記載の俳句(以下「本件各俳句」といい、各俳句は「本件俳句A」のように表示する。)を創作し、そのころ、被控訴人株式会社日本放送出版協会(以下「被控訴人会社」という。)が編集・出版していた雑誌「NHK出版 俳句」(以下「本件雑誌」という。)の「入選句」欄に、選者を被控訴人乙山一郎こと丙川春夫(以下「被控訴人丙川」という。)と指定して、本件各俳句を投句した。
2 被控訴人丙川は、本件俳句Aを別紙一2a記載のとおりに、本件俳句Bを別紙一2b記載のとおりに、本件俳句Cを別紙一2c記載のとおりに、それぞれ添削し改変した上で入選句として選定した(以下「本件各入選句」といい、各入選句は「本件入選a」のように表示する。)。そして、本件雑誌平成5年10月・11月号に本件入選句aが、同雑誌平成5年12月・平成6年1月号に本件入選句bが、同雑誌平成6年2月・3月号に本件入選句cが、それぞれ控訴人の俳句として「入選句」欄に掲載され、右各雑誌は、被控訴人会社によって全国で販売された。
 なお、被控訴人会社は、平成6年4月から、本件雑誌に引き続き、雑誌「NHK俳壇」を発行している。
3 被控訴人らが選と称して控訴人に無断で本件各俳句を添削し改変したことは、違法な行為である。
(一)すなわち、本件雑誌は、一般向け商業誌であり、投句者である控訴人は俳壇に属さないアマチュア俳人であって、選者と投句者との間に師弟関係は存在しないのであるから、選と称して添削を行うことは許されない。
(二)仮に選者において添削を行うのであれば、投稿規定にその旨の断り書きをすることが不可欠であるところ、当時、本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、その旨の断り書きがなく、控訴人は、本件雑誌に投句すると添削された上で入選句として掲載されることがあることを知らなかったし、添削を承諾したこともなかった。
4(一)著作者人格権の侵害、名誉棄損、プライバシー侵害
(1)被控訴人らが本件各俳句を意図的に改ざんし、本件各入選句を本件雑誌に掲載して販売した行為は、控訴人の著作者人格権を侵害するものである。特に、本件俳句Cを本件入選句cのように「蓑は・・・編む」と改ざんした点は、日本語表現の常軌を逸している。
 控訴人は、無断で改変された本件各入選句が控訴人の作品として本件雑誌に掲載され、全国に流布されたため、大変困惑し、かつ、アマチュア俳人としての名誉を棄損された。
 さらに、被控訴人らは、許可なく、控訴人が本件各俳句を投句した際に記入した氏名、住所、年齢等の控訴人のプライバシー情報を利潤追求目的に使用した。このことは、被控訴人会社が本件雑誌に引き続き発行する雑誌「NHK俳壇」の平成6年6月・7月号末尾の「編集部から」の欄の記載からも明らかである。これは、プライバシーの侵害であり、名誉棄損である。
(2)右により控訴人の被った損害を金銭をもって慰謝するには、著作者人格権の損害賠償として200万円、名誉棄損、プライバシー侵害の損害賠償として200万円が相当である。
(二)著作権侵害
(1)被控訴人らは、控訴人の創作にかかる本件各俳句に基づく本件各入選句を商業誌である本件雑誌に掲載して経済活動に利用した。
 また、控訴人は、平成8年7月ころ以降、被控訴人会杜に対し、本件各俳句を投稿したはがきの複製、閲覧を申し出たが、被控訴人らによって拒まれた。
(2)控訴人の被った著作権侵害の損害を金銭をもって慰謝するには、200万円が相当である。
(三)著作権使用料の不払
(1)被控訴人らは、控訴人の創作にかかる本件各俳句に基づく本件各入選句を商業誌である本件雑誌に掲載して経済活動に利用したにもかかわらず、著作権使用料を控訴人に支払わなかった。
(2)著作権使用料としては、18万円が相当である。
5 よって、控訴人は、被控訴人らに対し、著作者人格権の損害賠償として200万円、名誉棄損、プライバシー侵害の損害賠償として200万円、著作権侵害の損害賠賞として200万円、及び著作権使用料として18万円、以上合計618万円の支払を求める。
二 請求原因に対する被控訴人らの認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は否認する。ただし、3(二)の事実中、「当時、本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、選者において添削することもある旨の記載がされていなかったこと」は認める。
4 同4の事実は否認する。ただし、本件各入選句を本件雑誌に掲載したことは認める。本件雑誌においては、その性質上一般投句者に対し著作権使用料を支払うことは予定しておらず、控訴人との間でその旨の合意もなかった。
5 同5の主張は争う。
三 被控訴人らの抗弁
1 事実たる慣習
(一)俳句の世界においては、選者が選に際して添削を行うことは、松尾芭蕉以来、あるいは、我が国近代俳句の創始者である正岡子規以来、現在に至るまで、連綿と続いている確固たる慣行であり、民法92条にいう慣習に当たる。これは、以下の(二)、(三)の事実からも明らかである。
(二)(1)現在、俳句を作る者の発表の媒体は無数にあり、主なものだけでも次のような媒体が存在する。
 第一に、結社の発行する結社誌の投句欄又は雑詠欄といわれる欄に投句することができる。
 第二に、新聞、雑誌の投句欄へ投稿することができる。
 現在、朝日、毎日、読売等の全国紙では必ず投句欄を設けている。この場合も、選者の選に合格すれば全国紙の誌面に掲載されることになる。その他にも、地方紙である北海道新聞、東京新聞、中日新聞、中国新聞等々にも俳句の投句欄があり、全国紙の地方版にも通常全国版の投句欄とは別に投句欄が設けられている。
 「小説新潮」その他の一般月刊誌、週刊誌にも、投句欄を設けている例が極めて多い。
 さらに、俳句総合誌といわれる「俳句」、「俳句研究」等の9誌にも投句欄が設けられている。
(2)結社は、特定の主催者を中心とし、主催者を師と仰ぐ者たちの集団であり、結社誌はその機関誌であるから、その雑詠欄には結社の主催者の選を仰ぎたいと希望する者が投句する。投句者が右雑詠欄に投句する行為は、採用することも、没にすることも、また添削することも、一切を選者にゆだねるという意思表示である。
 新聞、雑誌の投句欄に対して投句した者と選者の関係も、右の結社誌の雑詠欄へ投句した場合における師弟関係と基本的に同様であり、投句した者は、無数にある媒体の投句欄の中から特定の媒体を選択し、特定の選者を指定して投句するのであるから、そこには、添削した上での採用も含む指導を受けたいという意思表示が含まれているのである。
(三)(1)一般の新聞、雑誌等の投句欄への投句に関しても、選者による添削が極めて通常の慣行であることは、例えば別紙二記載の各証拠等からも明らかである(もっとも、朝日新聞の俳句の投稿欄では、複数の選者の共通選という形式を多年にわたり採用しているため、添削をしていない。)。
(2)鈴木豊一の意見書によれば、近年の著名な俳人30数名は、ほとんどすべての選に際して添削を施しており、こうした添削について投句者から感謝されこそすれ苦情を受けた例はないことが明らかである。
 本件雑誌の前身である「婦人百科」の「俳句入門」コーナー、雑誌「趣味講座俳句入門」、雑誌「趣味百科俳句」、本件雑誌、そして現在発行されている「NHK俳壇」や、さらに、同時期のNHKテレビやラジオ番組等を通じて、昭和59年10月ころから平城10年3月ころまでの間、投句に対して「選」をして掲載した句は、累計で5万弱に及ぶが、掲載された投句者の反応は、添削してもらったことに対する感謝のはがきが送られてきたことは多数回あるが、添削して掲載されたことに対する不満やクレームは、本件を除いてはない。
(3)そして、これら新聞、雑誌の投稿規定には、選者による添削がされることがある旨は、全く記載されていない。例えば、俳句の総合誌、全国紙の俳句投句欄の投稿規定をみると、「俳句研究」、「俳句」、「俳壇」、「俳句αあるふぁ」、「毎日新聞」、「読売新聞」等のいずれにも選者による添削に関する規定は格別記載されていない。
 なお、現在では、本件雑誌に引き続き発行されている雑誌「NHK俳壇」を含めた数誌で添削に関する断り書きがされているが、これは、本件訴訟の提起を契機に、添削に関する無用のトラブルを避けるために注意的に記載されるようになったものと考えられる。
(四)著作権法上の同一性保持権は、著作者の放棄の対象になり得るという意味で、任意規定(公ノ秩序ニ関セサル規定)である。
そして、控訴人が投稿に際し俳句界におけるかかる添削の慣行に従わないことをあらかじめ表示した事実は認められないから、控訴人は、民法92条によりかかる慣行に従ったものと認められるべきである。
2 黙示の承諾
(一)控訴人は、俳句を学ぶ者として、当然は俳句界の右1に述べた慣行を知っていたものと認められるべきであり、被控訴人丙川を選者と指定して本件各俳句を投稿したことにより、その指導を仰ぎたいとの意思表示をしたものであるから、指導の一環としての添削についても、当然、黙示の承諾をしていたものである。
(二)控訴人から被控訴人らあてのはがきには、控訴人の句として「大犬の躍動枯野をつきぬける」との句が記載されている。他方、本件雑誌平成5年4月・5月号の金子兜太選の投句欄には、「秋田犬躍動満ちて枯野駆く」という控訴人の句が誌上佳作として掲載されている。これらの事実からすると、控訴人が本件雑誌平成5年4月・5月号の前記投句欄に「大犬の・・・」の句を投句したところ、選者である金子兜太による「秋田犬・・・」と添削された上佳作として入選したものと認められる。そうであるとすると、控訴人は、最初の句である本件俳句Aを投句する時には、既に俳句界においては投句に対して添削することがあることを具体的に承知していたものと認めることができる。
(三)本件入選句aは、本件雑誌平成5年10月・11月号(同年9月20日発売)の「入選句」欄に入選句として掲載されたが、同号には、本件入選句cが掲載された平成6年2月・3月号における「入選句」欄の投稿句応募要領が記載されている。控訴人もこれを見て締切日の平成5年11月9日までに本件俳句Cを投稿したものである。そうすると、控訴人は、最初の本件俳句Aが添削されたことを認識した後に、本件俳句Cを投稿したものである。
(四)控訴人の被控訴人らあてのはがきによれば、控訴人は、控訴人らに対しそれらのはがきで抗議ないし事情説明を求めているとみられないでもないが、同時に本件雑誌の「入選句」欄に投稿もしており、添削の上掲載されるのであれば拒否する旨の意思は全く表明されていない。これらの事実からすると、控訴人は、投稿欄における選者の添削に不満を持ちながらも、本件俳句A投稿以前から、選者による添削の慣行は承知していたものとみるべきである。
3 適法な改変
 以上のような俳句界の添削の慣行、俳句学習誌である本件雑誌に俳句を掲載することの目的ないし意義、そのための投句募集であるという事情等からすると、本件各俳句の添削は、やむをえないと認められる適法な改変(著作権法20条2項1号、4号)に当たるものである。
4 正当行為
 被控訴人両川は、このような俳句界の慣行に従い、選者として選句に当たり当然に添削し得るものと考えていたのであって、控訴人の投稿した本件各俳句を指導上の観点から誠実に添削した上で入選作品としたことには、何ら非難されるべき違法性はなく、法律上の正当行為である。
四 抗弁に対する認否
1 事実たる慣習について
 抗弁1の事実は否認する。
 被控訴人らの主張する添削の例は、すべて俳壇に属する者らの明確な師弟関係がある場合のものである。また、添削した場合でも、併せて原句や添削理由が掲載されている例が多い。控訴人は、俳壇に属さないアマチュア俳人であり、俳句界の添削という改さんの慣行があることは知らなかった。
 なお、控訴人が選者を被控訴人丙川と記した理由は、専ら本件雑誌の「入選句」応募要領に選者名(お一人)を明記するよう指示があったため単に年齢の若い方の選者を記したものにすぎず、添削等の指導を受けたいとの意思はなかった。
2 黙示の承諾について
(一)同2(一)の事実は否認する。
 控訴人は、前記のとおり、俳壇に属さないアマチュア俳人であり、俳句界の添削という改ざんの慣行があることを知らなかったし、被控訴人丙川に添削を受けたいとの意思はなく、黙示にせよその旨の意思表示をしたことはない。
(二)同2(二)の事実のうち、本件雑誌平成5年4月・5月号の金子兜太選の投句欄に、「秋田犬躍動満ちて枯野駆く」という控訴人の句が誌上佳作として掲載されたことは認め、その余は否認する。「秋田犬躍動満ちて枯野駆く」は、原句そのものであり、添削は行われていない。
(三)同2(三)の事実は否認する。
(四)同2(四)の事実のうち、控訴人が甲第5号証の一、二のはがきを被控訴人会社に送った事実は認め、その余の事実は否認する。控訴人は、甲第5号証の一、二のはがきで改変につき抗議をし、事情説明を求めたものである。
3 適法な改変について
 同3の事実は否認する。
4 正当行為について
 同4の事実は否認する。
第三 証拠〈略〉
理由
一 本件の基本的事実等
1 請求原因1、2の事実、すなわち、控訴人が平成5年7月ころから平成6年1月ころまでの間に、本件各俳句を創作し、被控訴人会社の編集・出版する本件雑誌の「入選句」欄に、選者を被控訴人丙川と指定して順次投句したこと、被控訴人丙川は本件各俳句を添削し改変した上入選句として選定し、本件各入選句は本件雑誌の平成5年10月・11月号、平成5年12月・平成6年1月号、平成6年2月・3月号の「入選句」欄に順次控訴人の俳句として掲載されたことは、当事者間に争いがない。
2 そして、〈証拠略〉によれば、本件雑誌は、俳句の初心者ないし中級者を対象とした学習用の性格をも有する雑誌であり、「入選句」欄においては、指導者である選者の判断により投句者の原句を添削した上で入選句として掲載することがあり得ることを前提として投稿句を募集していたこと、控訴人が投句した当時の本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、選者が鈴木真砂女と乙山一郎(被控訴人丙川)の両名であるとの記載があり、応募要領として、「はがき一枚に二句までお書きください。応募作品は返却いたしません。」、「はがきには、選者名(お一人)、俳句、住所、氏名、年齢、電話番号を明記してください。すべて裏面にお書きください。」、「兼題は両先生とも自由題(当季雑詠)です。」、「作品は、未発表のものに限ります。二重投稿等はおことわりします。」との記載の外、文字に関する注意事項、締切日、送り先が記載されているが、選者において添削することがある旨の記載や入選句として掲載された場合投句者に著作権使用料を支払う旨の記載はされていなかったこと、並びに控訴人が本件各俳句を投稿した際のはがきには、添削を承諾する旨の記載やこれを拒否する旨の記載はしていなかったことが認められる(なお、当時、「入選句」欄の投稿句応募要領には、選者において添削することがある旨の記載がされていなかったことは、当事者間に争いがない。)。
3 控訴人は、投稿した本件各俳句が添削されることを知らなかったし、黙示にせよ承諾したことはない旨主張しているものである。
二 無断改変による著作者人格権の侵害、名誉棄損に基づく損害賠償請求について
1 事実たる慣習(被控訴人らの抗弁1)について
(一)〈証拠路〉によれば、次の事実が認められる。
(1)俳句の世界において、選に際して選者が芸術的な観点や指導上の見地から必要と感じたときに添削を行うということは、古く松尾芭蕉以来行われておつ、その点は、我が国近代俳句の創始者とされる正岡子規以後も同様である。
(乙第1号証(かつらぎ平成8年11月号)、乙第2号証(俳文学大辞典)、乙第3号証(去来抄)、乙第21号証の一ないし三(子規全集4巻)、乙第23号証の一ないし四(山口誓子「俳句鑑賞の為に」))
(2)俳句を作る者の発表することができる一般的な媒体としては、結社の発行する結社誌の投句欄又は雑詠欄と、新聞、雑誌の投句欄とがある。
 前者の結社誌においては、選に際し添削の行われることが多いが、結社においては、その主催者と投句者との関係が緊密であるから、選に際し添削が行われることは、投句者が当然認識しているところである。(乙第6号証(俳壇1991年9月号)、乙第13号証(自解100句選 庄中健吉集)、乙第17号証(俳句研究平成4年4月号)、乙第18号証(俳句研究平成4年8月号)、乙第22号証の一ないし三(ホトトギス巻頭句集)、乙第26号証の一ないし三(ホトトギス昭和14年7月号))
(3)新聞、雑誌の投句欄は、数が多いが、ア 新聞の全国紙、地方紙、イ 一般月刊誌、週刊誌、ウ 「俳句」、「俳句研究」、「俳壇」、「俳句朝日」等の俳句総合誌に分類することができる。
 選者と投句者との関係が結社誌におけるほど緊密ではない新聞、雑誌の投句欄においても、古くから、選者による選に際し添削が当然のこととして行われてきた。
 本件各俳句の投稿当時においても、選者の一部に、選に際し添削を行わないことを信条とする者もいたが、選に際し添削をする選者のほうが圧倒的に多く、新聞、雑誌の投句欄の大多数においては、選に際し添削が行われていた。なお、朝日新聞の俳句欄では、複数の選者の共通選という形式を採用している関係上、選に際し添削は行われていない。(乙第1号証(かつらぎ平成8年11月号)、乙第5号証(俳壇1990年5月号65頁)、乙第7号証(雪華平成8年11月号)、乙第18号証(俳句研究平成4年8月号69頁)、乙第21号証の一ないし三(子規全集4巻)、乙第28号証の一ないし四(森澄雄「俳句のいのち」))
(4)そして、本件各俳句の投稿当時において、右のように選に際し添削を行う新聞、雑誌の投稿規定には、選者の添削がされることがある旨を記載するものはなかった。(「俳句研究」について、乙第38の一ないし六の各一、二、乙第38号証の七ないし一四、丙第2号証の一ないし三、「俳句」について、乙第39号証の一ないし七、丙第1号証の一ないし三、「俳壇」について、乙第40号証の一ないし四、乙第40号証の五の一、二、「俳句αアルファ」について、丙第3号証の一ないし三、「毎日新聞」について、乙第41号証の一ないし六、読売新聞について、乙第42号証の一、二)
 ただし、一部の新聞や雑誌では、投稿規定で選者の添削がされることがある旨を記載していなくても、掲載された句についての評の中で原句を挙げることがあるため(「東京新聞」について、乙第27号証の一ないし三(中村草田男全集18)、「主婦の友」等について、乙第31号証の一ないし七(石田波郷全集4巻))、投稿者や読者は、右評によって投稿した句が添削されることがあることを知ることができた。
 なお、現在では、本件雑誌に引き続き発行されている雑誌「NHK俳壇」(甲第9品証の一)等で添削に関する断り書きがされているものもあるが、これは、本件訴訟を契機として特に記載されるようになったものである。(乙第27号証の一ないし三(中村草田男全集18)、乙第31号証の一ないし七(石田波郷全集4巻)、甲第9号証の一(NHK俳壇平成10年2月号))
(5)右のとおり、新聞、雑誌の投句欄において、多くの選者が選に際し熱心に添削を行っており、これに対し、投句者からの苦情はなく、あったとしても、極めて例外的なものであった。
 本件雑誌の前身である雑誌「婦人百科」の「俳句入門」コーナー、雑誌「趣味講座俳句入門」、雑誌「趣味百科俳句」、本件雑誌、そして現在発行されている「NHK俳壇」においても、添削して掲載されたことに対する不満や苦情は、本件を除いてはなかった。
なお、甲第18号証(雑誌「ステラ」)中の添削をしてひんしゅくを買った旨の記載は、飽くまで仲間内の句会での出来事であり、新聞や雑誌の投句欄における添削に対するものではないから、右認定を左右するに足りない。
(二)右(一)に認定の事実によれば、本件各俳句の投稿当時、新聞、雑誌の投句欄に投稿された俳句の選及びその掲載に当たり、選者が必要と判断したときは添削をした上掲載することができるとのいわゆる事実たる慣習があったものと認めることができる。
 〈証拠略〉によれば、本件雑誌には、投稿された句を掲載する「入選句」欄のほかに、「添削教室」欄があったことが認められるが、右「添削教室」が存在するため、本件雑誌の「入選句」欄では添削を行わないとの黙示の了解があったと認めることはできない。
 控訴人は、新聞、雑誌の投句欄において、右認定の事実たる慣習が存在したことを争うとともに、その存在を知らなかった旨主張するが、添削をした上掲載することができるとの事実たる慣習が存在したことは、前記の各証拠により十分認定することができ、この認定を左右するに足りる証拠はない上、添削及び掲載についての事実たる慣習が存在したか否かは、控訴人がそのような事実たる慣習を現実に知っていたか否かとはかかわりのない客観的事実の問題である。そして、事実たる慣習が認められる場合には、当事者間において特にこれを排斥しあるいはこれに従わない旨の意思が表明されていない限り、慣習によるとの意思があったものとして法的に取り扱われることがあり得るのである(民法92条)。
(三)著作権の同一性保持権を規定する著作権法20条は、民法92条にいう「公ノ秩序ニ関セサル規定」、すなわち任意規定であると解される。さらに、本件において控訴人が本件各俳句を投稿するに当たり、添削をした上で採用されることを拒む旨の意思を表明したとの事情はうかがわれないから、民法92条にいう「当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキ」に当たると認められる。
2 そうすると、本件各俳句を添削し改変した行為は、右のような俳句界における事実たる慣習に従ってたものであり、許容されるところであって、違法な無断改変と評価することはできないから、本訴請求のうち、本件各俳句の無断改変による著作者人格権侵害及び名誉棄損をいう損害賠償請求は、理由がない。
三 著作権侵害による損害賠償請求、著作権使用料の請求について
1 本件各俳句につき添削したことをもって違法な無断改変であったと評価することができないことは、前記二に説示のとおりであるところ、添削された本件各俳句(本件各入選句)の本件雑誌への掲載は、前記認定の俳句界における事実たる慣習及び本件雑誌の性格に照らし、控訴人の投稿行為により当然同意されていたものと認めるべきであるから、その掲載が広い意味で被控訴人会社の経済活動の目的に使用されたとしても、そのことに何ら違法性はなく、控訴人の本件各入選句の本件雑誌への掲載が著作権侵害であるとの主張は失当であり、これに基づく損害賠償請求は理由がない。
2 また、前記のとおり、〈証拠略〉によれば、本件雑誌の「入選句」欄の投稿句応募要領には、投句された句を入選句として掲載するについて、投句者に著作権使用料を支払う旨の記載はないことが認められる。
さらに、右各書証によれば、本件雑誌は、俳句の初心者や中級者に対して句作の指導を行うことを目的とした雑誌であり、その中の「入選句」欄も、同様の目的を有することが認められるから、黙示にも投句者に著作権使用料を支払う旨の合意がされたと認めることはできない。
 したがって、控訴人の著作権使用料の支払を求める請求は、理由がない。
 (なお、〈証拠略〉によれば、本件雑誌に引き続き被控訴人会社が発行している「NHK俳壇」平成7年8月・9月号の「編集部から」には、「NHK俳壇テキストでは、読者の皆様のおたよりを募集します。心に残る一句、私の名句鑑賞などの内容で、250字以内にまとめてお送りください。掲載分につきましては、NHK俳壇のテレフォンガードをお送りいたします。」と記載されていることが認められるが、その記載は、そこで募集する「おたより」につき、テレフォンカードを贈ることを意味するにとどまり、本件雑誌の「入選句」欄の入選句の掲載につき著作権使用料を支払うことを何らうかがわせるものではない。)
四 複製等拒絶による著作権侵害に基づく請求について
 被控訴人が本件各俳句を投稿した際のはがきについては、前記認定のとおり、投稿句応募要領には「応募作品は返却いたしません。」とされており、これらを被控訴人らが控訴人に複製又は閲覧させる義務を有することを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の複製等拒絶による著作権侵害の主張は理由がなく、これに基づく損害賠償請求も理由がない。
五 控訴人のプライバシー情報の利用に基づく請求について
 控訴人は、被控訴人らは許可なく控訴人のプライバシー情報を利潤追求目的に使用したこと(甲第19号証の「編集部から」の欄)は、プライバシーの侵害であり、名誉棄損である旨主張する。
 〈証拠略〉によれば、「NHK俳壇」平成6年6月・7月号の「編集部から」欄には、「俳句は老人・年配者の文芸であるとよく言われます。・・・実際には、若手俳人の数はもっと多いと思います。ただ、「NHK俳壇」に投句される方の年齢層を見ても、60〜70代が大多数ですから、主力が年配者であることは確かです。」と記載されていることが認められ、この事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人会社が、投句のためのはがき(当然、その中には控訴人の投句のためのはがきも含まれることになる。)に記載された投句者の年齢、性別等について統計をとるなどして、その出版する俳句関係の雑誌の編集方針、販売方法などを決める際の参考にしていることが推認される。しかしながら、右に認定した程度の投句のためのはがきに記載された情報の利用行為が違法なのであると解することは到底できない。
 また、被控訴人会社が右「NHK俳壇」平成6年6月・7月号の「編集部から」欄に右に認定した程度の記載をしたこと自体についても、各投句者の年齢等が特定されているものではなく、控訴人についての具体的なプライバシー情報も開示しているわけではないから、同様に、違法なものとして不法行為に当たると解することもできない。
 したがって、控訴人主張の控訴人のプライバシー情報の利用に基づく損害賠償請求は、理由がない。
六 結論
 以上によれば、控訴人の請求は、いずれも理由がないから棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当というべきである。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 濱崎浩一
裁判官 市川正巳


(別紙一)
1A 波の爪砂をつまんで桜貝
B 井戸水からメロンの網目がたぐらるる
C みのうえに蓑虫銀糸の雨も編め
2a 砂浜に波が爪たて桜貝
b 井戸水からメロンの網がたぐらるる
c 蓑虫の蓑は銀糸の雨も編む

(別紙二)
ア 乙第5号証(雑誌「俳壇」)には、マス・メディアの投稿欄の選者もしている著名な俳人の選に際しての姿勢が述べられているが、その中で、岡本眸は、「マス・メディアの選」について、添削して採用することを述べている。
イ 乙第7号証(雑誌「雪華」)において、俳人小池つと夢は、新聞の俳句欄に投句し、選者の添削を受けて採用されたことを記載している。
ウ 乙第18号証(俳句総合誌「俳句研究」)において、俳人小内春邑子は、「日本新聞報」という新聞の俳句欄に投稿し、選者の富安風生に添削された体験を記している。
工 乙第21号証(「子規全集」4巻472頁」)には、正岡子規が明治29年、大阪毎日新聞における投句欄の選者として選をした際に添削をした上で採用したことが記載されている。
オ 乙第23号証(山口誓子著「俳句鑑賞の為に」130頁、131頁、144頁ないし157頁)には、山口誓子がラジオの学生俳句投稿欄の選者として、どういう包を選び、どう添削したかを記してある。なお、実際のラジオ放送では添削した作品だけを放送したものである。
カ 乙第27号証(「中村草田男全集18」325頁ないし405頁の一部)は、中村草田男の東京新聞の投句欄における添削の例を示すものである。
キ 乙第28号証(森澄雄「俳句のいのち」)には、森澄雄の新潟日報の投句欄における添削の例、別な新聞における添削の例を示すものである。
ク 乙第31号証(「石田波郷全集第4巻」279頁、280頁等)は、石田波郷の「主婦の友」等の投句欄における選者としての添削の例を示すものである。
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