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【事件名】都写真展出版物の複製権侵害事件
【年月日】平成10年7月24日
 東京地裁 平成6年(ワ)第23092号 損害賠償請求事件
 (口頭弁論終結日 平成10年5月11日)

判決
アメリカ合衆国(以下住所略)
 原告 ロバート・ルイス・フランク
右訴訟代理人弁護士 藤原隆宏
東京都(以下住所略)
 被告 東京都
右代表者知事 青島幸男
右訴訟代理人弁護士 半田良樹
右指定代理人 江原勲
同 松下博之
東京都(以下住所略)
 被告 財団法人東京都歴史文化財団
右代表者理事 金平輝子
右訴訟代理人弁護士 中條嘉則
右訴訟後代理人弁護士 松原暁


主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金66万4000円及びこれに対する平成3年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して金256万4000円及びこれに対する平成3年11月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
一 原告は、被告東京都(以下「被告都」という。)の収蔵品である写真の著作者であるところ、被告らが右写真を掲載した書籍を発行したことは、複製権侵害であると主張して、被告らに対し、損害賠償の支払いを求めた。
二 争いのない事実
1 平成3年11月21日から平成4年1月21日までの間、被告都の施設である東京都写真美術館において、「アメリカン・ドキュメンツ−社会の周縁から」と題する写真展(以下「本件写真展」という。)が開催され、被告都の収蔵品である原告撮影による写真7点(以下「本件写真」という)も展示された。右写真展において、被告財団法人東京都歴史文化財団(当時の名称は「財団法人東京都文化振興会」であり、平成7年10月1日、現在の名称に変更。以下「被告財団」という。)が発行した、本件写真展と同名の書籍(以下「本件書籍」という)が販売され、その92頁から98頁にかけて本件写真7点が掲載された。
2 原告は本件写真の著作権を有する。
三 争点
(複製権侵害の有無について)
1 本件書籍は、著作権法47条の「小冊子」に該当するか否か。
(一)被告らの主張
 本件書籍は、公立美術館において、美術館収蔵品の展覧会展示作品について、鑑賞者のよりよい鑑賞のため、作品解説用に小冊子を作成することが慣行となっているため、専ら東京都写真美術館で開催された本件写真展への来館者が、展示された写真を鑑賞する便宜のために作成された資料であり、本件書籍の構成、発行部数、頒布価額と利益、頒布対象、装丁・体裁等、印刷の色彩等からして、本件書籍は「小冊子」に該当する。
(二)原告の反論
 本件書籍においては、作品の解説が主体となっているとは到底評価し得ず、書籍の規格、紙質、作品掲載の態様等からすると、鑑賞用写真集としての実態を有するものである。したがって、本件書籍は解説又は紹介を目的としたものとは認められない。また、本件書籍の規格、頁数に徴するならば、一般通常の感覚あるいは意識からすれば、およそ小冊子とは評価し得ない。
 更に、被告らは、本件写真展の終了後においても本件書籍を美術館において有料で頒布しており、また、観覧者の頒布用の他に、資料用として関係者に配布するために1000部作成したのであるから、「観覧者のために」という要件を充足しない。
2 原告の黙示の追認の有無等
(一)被告らの主張
 本件書籍の作成については、被告財団と原告側との問で、何度かファックスのやりとりが行われたが、原告側の返答は原告自身の署名によるものではなく、ディレクター補佐の署名によるものであり、掲載を承諾しない理由も書かれていなかったことから、原告自身の強い拒否の表明とは思えず、原告に対し、ねばり強く交渉をすれば納得してくれるものと考えた。平成3年11月末、被告財団から原告側に対し、是非掲載許可を得たい旨ファックスで連絡したところ、原告側からは何の返答もなかった。以上の事情からして、原告が本件写真展の趣旨を理解し、カタログ掲載等につき黙示の追認をしたものと考えるべきであるし、また、仮に黙示の追認がなかったとしても、被告財団が黙示の追認があったものと考えたのもやむを得ない事情があったものといえる。
(二)原告の反論
 東京都写真美術館側からのファックスに対する無回答は、原告の強い拒絶の意思表示である。原告(ママ)の主張は、何ら理由がないものである。
(被告都の責任について)
3 被告都は、被告財団と共同して本件書籍を発行したか否か。
(一)原告の主張
 被告らは、原告の著作権の侵害になることを知りながら、共同して本件書籍を企画編集して発行し、もって、原告の著作権を侵害した。
 なお、被告都は、右事実を否認するが、被告都は当初、被告都が被告財団と共に本件書籍を発行したことを自白していることから、自白の撤回に当たり、原告はこれに対し異議を述べる。
(二)被告都の反論
 被告都は、東京都写真美術館を設置し、平成3年4月1日、被告財団に美術館の運営に関する業務等を委託する旨の管理運営業務委託契約を締結した。右委託契約によると、写真等に関する出版等に関する事業の企画及び実施は右委託業務の一つであり、本件書籍は、被告財団が、写真等に関する出版に関する事業として、企画編集、発行したものであり、被告都は、本件書籍の企画編集、発行は行っていない。
4 被告都は、被告財団とともに共同不法行為責任を負うか否か。
(一)原告の主張
 仮に、被告都が、本件書籍の発行主体ではないとしても、被告都は、東京都写真美術館の運営業務を被告財団に委託しており、本件写真展の開催、本件写真の複製及び本件書籍の出版も、右委託業務の一環として実施されたものである。そして、本件書籍出版の企画等に当たって、被告財団は、事業執行計画書を被告都に提出して承認を得なければならず、実際に本件書籍の編集、制作を行うに当たっては、被告都も出席する運営連絡会での議事を経ており、本件書籍を販売するに当たっては、事前に被告都と協議のうえ「有料出版物販売計画書」を被告都に提出して承諾を得ている。したがって、被告都は、本件書籍の企画、編集、頒布に関与していたというべきであり、原告の著作権の侵害について、共同不法行為責任を負うべきである。
(二)被告都の反論
 被告都が、東京都写真美術館の運営業務を被告財団に委託しており、本件写真展の開催、本件写真の複製及び本件書籍の出版も、右委託業務の一環として実施されたものであること、本件書籍の企画等に当たって、被告財団が、事業執行計画書を被告都に提出したこと、本件書籍を頒布するに当たって、「有料出版物販売計画書」を被告都に提出して承諾を得たことは認めるが、その余の事実は否認する。
5 被告都は、被告財団の使用者として、民法715条の損害賠償責任を負うか否か。
(一)原告の主張
 仮に、被告都が、本件書籍の発行主体ではないとしても、被告都は、東京都写真美術館の運営業務を被告財団に委託しており、右委託業務の執行については、詳細な業務要領が委託者である被告都により作成され。受託者である被告財団はこれらの要領を遵守する義務を負っている。また、被告財団は、被告都から受領する業務委託料や、出版事業の執行等については、事業執行計画書等を提出して報告をする義務がある。更に、被告都の職員が被告財団の理事及ぴ監事に就任し、また、被告都の職員が被告財団へ派遣されて、東京都写真美術館の副館長、被告財団の課長、係長等の管理職に就いて、被告都が被告財団の業務執行を直接に指揮監督できる態勢を採っている。このような、被告都から被告財団への委託業務についての指揮監督の態勢及び態様等、また、物的及び人的関係等を通じての両被告の関係に徴するならば、被告都と被告財団との間には、本件委託業務に関して指揮監督関係を認めることができ、被告都は、民法715条の使用者責任に基いて、被告財団が本件書籍を作成、頒布して原告の著作権を侵害したことにつき、原告に対する損害賠償責任を負うべきである。
(二)被告都の反論
 被告都が、東京都写真美術館の運営業務を被告財団に委託していること、右委託業務の執行については、詳細な業務要領が委託者である被告都により作成されていること、被告財団は、被告都から受領する業務委託料や、出版事業の執行等については、事業執行計画書等を提出して報告をする旨定められていること、被告都の職員が被告財団の理事及び監事に就任し、また、被告都の職員が被告財団へ派遣されて、東京都写真美術館の副館長、被告財団の課長、係長等の管理職に就いていることは認めるが、被告都が被告財団の業務執行を直接に指揮監督できる態勢を採っていることは否認する。
(損害額について)
6 損害額
(一)原告の主張
(1)逸失利益
 原告は、被告らの本件写真の複製により、その通常の使用料に相当する金額の損害を被った。原告の写真の通常使用料は、1点当たり400USドルを下らない。本件写真展の初日である平成3年11月21日の為替レートによれば、1USドルは約130円であり、したがって、1点当たりの通常使用料は5万2000円を下らないものであり、損害額は合計36万4000円になる。
(2)慰籍料
 被告らは、原告の複製拒絶の意向を知りながら、これに反して、あえて本件写真を複製して写真集を販売し、また、右行為は、原告が居住せず、無断複製を差し止めることが困難な本邦において行われており、原告は、これによって精神的苦痛を被った。被告らは、公共団体及び公益法人という公の機関であること、原告は、本件訴訟の提起及び維持等の負担を余儀なくされていること等の事情も併せ考慮すると、原告の被った精神的損害に対する慰籍料としては200万円を下らない。
(3)弁護士費用
 被告らが任意に損害賠償金の支払いに応じないため、原告は、原告訴訟代理人に委任して本訴提起、追行のやむなきに至り、その報酬として20万円の支払いを約した。
(二)被告らの認否
 争う。
第3 争点に対する判断
一 争点1(著作権法47条の「小冊子」に該当するか否か)について
1 著作権法47条は、美術作品又は写真作品を公に展示するに際して、観覧者のための解説・紹介用の小冊子にこれらの作品を掲載するのが通常であることから、その実態とその複製の態様に鑑み、小冊子に著作物の掲載をすることができるとしたものである。したがって、同条に該当する小冊子とは、観覧者のために展示作品の解説・紹介を目的とするものに限られ、観覧者向けであっても、紙質、作品の複製規模・複製態様、作品の複製部分と解説・資料部分との割合等から総合考慮して、鑑賞用の画集・写真集と同視し得るものは、同条所定の小冊子には当たらたいと解するのが相当である。
2 本件書籍は、A4変形型(297ミリメートル(以下「ミリ」と省略する。)×215ミリ)の規格で、上質のアート紙を使用したものであり、装丁はペ一パーバックの簡易装丁である。そして、表紙を含めて全体で168頁であるところ、その内122頁には本件写真展で展示された作品(写真)134点が掲載されており、しかもそのほとんどが1頁につき1点掲載され、各作品の左下には、作品の題名、撮影年、写真の大きさなどが小さな文字で記載されている。また、その余の頁には、専門家及び被告財団の職員による著述、被告財団の職員による作家解説及び出展作品リスト等が掲載されている。なお、本件写真展で展示された作品は、本件写真を含めいずれもモノクロ写真であり、本件書籍も2色刷りである。(乙1、丙5、弁論の全趣旨)
 本件写真は、本件書籍の92頁から98頁にかけて、1頁に1点ずつ掲載され、大きいもので約190ミリ×約135ミリ(番号75の写真)、小さいもので約117ミリ×約179ミリ(番号79の写真)であり、実際の写真の約5分の3の大きさ(番号76の写真については、約3分の2の大きさ)である。そして、右複製写真の左下には、作品の題名、撮影年、写真の大きさなどが小さな文字で記載されている。(乙1)
3 右のとおり、本件書籍は作品の掲載が中心となっており、その解説・資料は付随的に掲載されているに過ぎず、作品の複製規模・複製態様も充分鑑賞に堪えるものであり、以上のような、本件書籍の紙質、作品の複製規模・複製態様、作品の複製部分と解説・資料部分との割合等を総合考慮すると、本件書籍は鑑賞用の写真集と同視し得ると認められるものであり、著作権法47条所定の小冊子に該当すると解することはできない。
 よって、被告らの主張は採用しない。
二 争点2(黙示の追認等)について
1 本件写真の掲載に関する原告側と被告財団との交渉経緯は、次のとおりである。(甲1ないし5、乙6)
(一)平成3年(1991年)11月1日付で、被告財団は原告宛(ペ一ス/マクギル ギャラリー気付)に、本件写真展において本件写真を展示する予定であり、本件写真展のカタログも製作する予定である旨ファックスで知らせた。
(二)これに対し、同月12日付で、右ギャラリーのディレクター補佐から被告財団宛に、原告はカタログに本件写真を掲載することを承諾しない旨、ファックスで回答があった。
(三)そこで、同月18口付で、被告財団は右ディレクター補佐宛に、本件写真をカタログに掲載することは、著作権法47条により許容されると判断している旨、ファックスで連絡した。
(四)これに対し、同月22日付で、右ディレクター補佐から被告財団宛に、頒布目的のカタログは著作権法47条には該当せず、原告は、本件写真が複製されないことを非常に強固に希望している旨、ファックスで回答があった。
(五)更に、同月末ころ、被告財団から右ディレクター宛に、カタログを展覧会場で頒布することは著作権法47条により許容されるものであり、@日本でアメリカのドキュメンタリー写真が広く公開される機会は極めて稀であること、Aアメリカのドキュメンタリー写真の歴史は、原告の作品なしには論じ尽くせないこと、Bカタログは本件写真展で展示されるすべての作品のリストなので、本件写真を外すと不完全なものになってしまうことを理由に、カタログに本件写真を掲載する理由を理解して欲しい旨、ファックスで連絡した。
(六)右ファックスに対しては、原告側からは特に何の連絡もなかった。
2 以上の事実によると、原告側からのファックスは原告自身が出したものではないが、原告から依頼を受けている者が原告の代わりに原告の意思を伝えているものと窺われ、しかも、明確に本件書籍への本件写真の掲載を拒否し、本件書籍は著作権法47条にも該当しないという原告の見解を明らかにしているのであるから、たとえ、右(五)のファックスに対し、原告側から何の応答もなかったとしても、右事実をもって、原告が本件書籍に本件写真を掲載することにつき黙示の追認をしたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。
 よって、被告らの主張は採用しない。
三 争点3(本件書籍の発行者)及び4(被告都の共同不法行為責任)について
1 東京都写真美術館の運営等については、次の各事実が認められる。
(一)東京都写真美術館条例(平成2年東京都条例第20号)では、第1条で、東京都は東京都写真美術館を設置すること、第2条で、東京都写真美術館は「写真等の作品その他の写真等に関する資料の収集、保管、展示及び利用に関すること」、「写真等に関する調査及び利用に関すること」、「写真等に関する図書の収集、保管及び利用に関すること」などの事業を行うと定められており、第9条で、知事は被告財団に対して、東京都写真美術館の運営に関する事務のうち、第2条に掲げる事務に関して知事が指定する事務並に東京都写真美術館の施設設備及び物品の維持管理に関することを委託することができると定められている。(丙1)
(二)右条例に基づいて、平成3年4月1日、被告都と被告財団との間で、東京都写真美術館の管理運営業務委託契約(以下「本件委託契約」という。)が締結された。右委託契約の主な内容は、左記のとおりである。(丙2)
(1)契約期間平成3年4月1日から平成4年3月31日まで
(2)被告都は被告財団に、「写真作品・資料の収集及び保管に関する業務」、「美術館の運営に関する業務」、「美術館の観覧料等の徴収事務に関する業務」、「美術館の施設設備及び物品の維持管理に関する業務」、「その他、美術館の管理運営に関する業務」を委託する。「美術館の運営に関する業務」は、「東京都写真美術館運営要領」に基づき取り扱う。(第2条1項、3項〉
(3)被告都は被告財団に対して四半期に分割して委託料を支払うが、被告財団は右委託料を委託業務以外の目的で支出してはならず、契約期間満了後は速やかに収支決算報告書を提出するとともに委託料につて(ママ)残金が生じたときは、清算残金を返納しなければならない。(第5条1項、第10条1項、第14条)
(4)被告財団は、委託料を被告都に請求するに当たり、被告都に対し、当該四半期の始期の前日までに当該四半期の「事業執行計画書」を提出するとともに、第1四半期分の委託料の請求については「年聞事業執行計画書」も提出する。そして、右「年間事業執行計画書」及び「事業執行計画書」について疑義があるときは、被告都と被告財団は協議のうえ、計画内容を調整することができる。更に、被告財団は、被告都に対し、各四半期ごとに当該四半期終了後速やかに「事業実績報告書」を、また、契約期間満了後速やかに「年間事業実績報告書」を提出しなけれぱならたい。(第6条1項、2項、第7条、第15条)
(5)被告財団は、委託業務の履行において、事故、災害、紛争等が発生し、それが第三者と関係するものであったときは、直ちに被告都に対し書面をもってその状況を報告し、被告都に協議を求めなければならない。そのほか、被告都は、被告財団に対し、必要に応じて委託業務の状況について説明もしくは報告を求めることができ、被告都が委託業務の執行について改善の方法を指示した場合には、被告財団はこれに従わなければならない。(第16条1項、2項、第17条1項、2項)
(三)更に、東京都写真美術館運営要領には、左記のような定めがある。(丙3)
(1)本件委託契約に定める「美術館の運営に関する業務」とは、「写真作品・資料の展示及び利用」、「写真等に関する調査及び研究」、「写真等に関する講演会、講習会等の主催及び援助」、「写真等に関する出版等」、「その他、美術館運営に必要な事項」に関する事業の企画及び実施の業務とする。「写真等に関する出版等」の業務は、「東京都写真美術館出版物製作等取扱要領」に基づき取り扱う。(第4条1項、4項)
(2)被告財団は、(1)に定める事業の企画に当たっては、本件委託契約に定める「事業執行計画書」及び「年間事業執行計画書」に記載して、被告都に提出する。被告財団は、右企画立案に際しては、必要に応じて、あらかじめ被告都と協議し調整を行う。更に、被告財団は、右事業の実績について、本件委託契約に定める「事業実績報告書」及び「年間事業実績報告書」に記載して、被告都に提出しなければならない。(第7条1項、2項、第11条)
(四)また、東京都写真美術館観覧料等徴収事務取扱要領には、左記のような定めがある。(丙10)
(1)被告財団は、展覧会の図録等出版物を販売しようとするときは、「有料出版物販売計画書」を被告都に提出し、承諾を得る。被告財団は、計画書を提出するに当たっては、あらかじめ被告都と協議する。(第5条1項、2項)
(2)被告財団は、有料出版物を販売したときは、収納した日の翌日までに、その販売料を指定金融機関等に払い込まなければならない。(第6条〉
(五)本件委託契約に基づき、被告財団は被告都(生活文化局長)に対し、平成3年4月1日付で平成3年度年間事業執行計画書を提出したが、右計画書には、第3四半期(平成3年10月から同年12月まで)から第4四半期(平成4年1月から同年3月まで)にかけて、平成3年11月21日から平成4年1月21日までの間、常設展として本件写真展を開催し、それに合わせて図録(本件書籍)を3000部製作・販売する予定であることが記載されていた。(丙11の1)
 また、本件委託契約に基づき、被告財団は被告都(生活文化局長)に対し、平成3年6月28日付で平成3年度第2四半期事業執行計画書を提出したが、右四半期の事業内容として、本件写真展の準備、本件写真展用図録(本件書籍)の準備を行う旨が記載されていた。更に、被告財団は被告都(生活文化局長)に対し、平成3年9月27日付で平成3年度第3四半期事業執行計画書を提出したが、右四半期の事業内容としても本件写真展の準備と実施、本件写真展用図録(本件書籍)の準備と出版を行う旨が記載されていた。(丙11の2及び3)
 更に、本件書籍の販売に当たっては、被告財団は「有料出版物販売計画書」を被告都に提出し、被告都の承諾を得ている。(争いがない。)
(六)なお、被告財団は、原告との間の本件紛争について、被告都の生活文化局とも相談して原告への対応を決め、また、原告の代理人が法的手段を採る意思のあることを伝えると、同人に対し、訴訟を起こす場合には被告都を相手方とするように告げた(甲26)。また、本件訴訟において、原告が被告財団とともに東京都を被告としたところ、当初被告都は、本件書籍発行についての被告都の責任については特に争わず、本件訴訟の終結間近になって、ようやく、本件書籍を発行したのは受託者である被告財団であって、被告都にはその発行につき責任はないとの主張を行った。(弁論の全趣旨)
2 以上のとおり、被告都は、東京都写真美術館の管理、運営に関する業務につき包括的に被告財団に委託しており、本件写真展の開催、本件書籍の発行も右委託業務の中の一つであった。また、本件書籍にも発行者としては被告財団及び「東京都写真美術館」が記載されており、被告都の記載はなく、本件書籍の印刷を発注したのも被告財団である(乙1、丙5)。したがって、本件書籍の企画編集、印刷等は、被告財団が単独で行ったものと認められ、被告都が被告財団と共同して本件書籍を発行したものと認めることはできない。
3 ところで、前記のとおり、@本件委託契約等によると、被告財団は、右委託業務の遂行に当たっては、「年間事業執行計画書」や四半期ごとの「事業執行計画書」を被告都に提出して、事前に委託業務の執行計画を被告都に対し明らかにしなけれぱならないとともに、右計画の立案に際しては、必要に応じて被告都と協議して調整を行うと定められていること、A被告都は、被告財団に対し、必要に応じて委託業務の状況について説明もしくは報告を求めることができ、被告都は委託業務の執行について改善方法を指示することができるとされていること、B本件書籍のような展覧会の図録等出版物を販売しようとするときは、あらかじめ被告都と協議をして計画を立て、「有料出版物販売計画書」を被告都に提出して承諾を得たければならないと定められていること等の事実に照らすならば、被告都は、被告財団に委託している業務の範囲に含まれる本件書籍の販売に関して、被告財団を指導監督する権限があったものというべきである。
 そうすると、被告都は、本件書籍の発行に当たり、事前にそれが著作権法等の法律に違反しないものであるか否かを検討し、違法であるおそれがある場合には、その変更を指示するとか、その販売(実質的には、その発行)の承諾を与えない措置を採るべきであったというべきであり、したがって、本件書籍の発行、販売を漫然承諾した点において、被告都には過失があったものということができる。よって、被告都は、本件書籍の発行によって原告の有する著作権を侵害したことにつき、被告財団と共同して不法行為責任を負う。
四 争点6(損害額)について
1 逸失利益
(一)原告が、これまでに日本国内において自己の作品の複製を許諾した際の使用料は、次のとおりである。
(1)原告は、平成2年6月に株式会社平凡社が発行した雑誌「太陽」に、白已の作品1点を掲載することを許諾したが、これに対する使用料は400USドルであった。なお、平成3年11月21日時点の為替レートによれば、1USドルが約130円であった。(甲9、10、弁論の全趣旨)
(2)原告は、株式会社新潮社発行の雑誌「週刊新潮」の平成5年12月号に自己の作品1点を掲載することを許諾したが、これに対する使用料は7万7777円であった。(甲16、17)
(3)原告は、平成7年には被告財団に対し、同年11月18日から東京都写真美術館で開催された「'光の言葉'『ジョージ・イーストマン・ハウス・コレクション』展」において販売された図録に自己の作品1点を掲載することを許諾したが、これに対する使用料は7万円であった。(甲23の1及び2)
(二)被告財団は、本件書籍を4000部印刷し(販売用3000部、その他1000部)、1冊1800円で販売した。(丙5、11の2及び3、弁論の全趣旨)
(三)前記のような事例を前提とすると、原告の作品についての通常使用料は1点当たり5万2000円を下らないと認められ、したがって、本件書籍に原告作品7点が掲載されたことによる逸失利益としては、合計36万4000円は下らないと認められる。
2 慰籍料
 被告らの著作権侵害によって、原告が被った精神的損害について検討すると、@原告はその主義、思想により、原則的に自己の作品の複製を承諾しな方針を立てており、過去においても、展覧会が開催された際に発行された図録につき、原告は作品の複製の承諾を与えなかった例があること(甲11、12、26)、A前記のとおり、原告は、被告財団から本作書籍を発行する予定である旨の連絡があったのに対し、2回に渉り、本件書籍に本件写真を掲載することは承諾しない意思を明確に表明したにもかかわらず、被告財団は、原告との交渉中に原告の一貫した姿勢を無視して、本作書籍の発行、頒布を強行したこと等の本件の特異な経緯に照らすならば、複製権自体は人格権ではないが、本件においては、被告らによる複製権侵害により、原告は精神的損害を被ったものと認めることができる。そして、右精神的苦痛に対する慰籍料としては10万円が相当である。
3 弁護士費用
 原告は、日本国内に居住を有せず、本件訴訟の遂行を弁護士に委任しており、本件における諸事情を考慮すると、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては20万円が相当である。
4 よって、被告らは原告に対し、合計66万4000円の損害賠償金を支払う義務がある。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 飯村敏明
 裁判官 八木貴美子
 裁判官 沖中康人
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