判例全文 | ||
【事件名】EN musubi事件 【年月日】平成10年7月16日 東京地裁 平成9年(ワ)第8617号 損害賠償等請求事件 判決 原告 有限会社X 右代表者代表取締役 A 右訴訟代理人弁護士 大川宏 同 野島正 被告 有限会社Y 右代表者代表取締役 B 右訴訟代理人弁護士 中島俊則 主文 ― 被告は、原告に対し、金一七三〇万二九三五円及びこれに対する平成九年五月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 二 訴訟費用は被告の負担とする。 三 この判決は仮に執行することができる。 事実及び理由 第一 当事者の求める裁判 一 請求の趣旨 主文同旨 二 請求の趣旨に対する答弁 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 仮執行免脱宣言 第二 事案の概要 本件は、人物絵の絵柄の著作権を有する原告が、被告に対し、右著作権の侵害を理由に、右著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を損害として、その賠償(不法行為の後の日である平成九年五月一六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を請求している事案である。 ― 争いのない事実 1 原告は、デザイン、イラストレーションの企画制作、広告文案の作成及び広告用ビデオ、フィルム、ポスター、カタログ等の企画、制作等を業とする有限会社であり、別紙記載の人物絵柄(以下「本件絵柄」という。)の著作権(以下「本件著作権」という。)を有している。 2 原告と被告の代理人である株式会社T(以下「T」という。)は、平成四年九月二一日、本件絵柄を被告の製造に係るおむすび(商品名「EN musubi」。以下「本件商品」という。)を包装するパッケージフィルムに使用するために、次のような内容の契約(以下「本件契約」という。)を締結した。 (一) 原告は、被告に対し、本件絵柄を被告の本件商品に使用することを許諾する。 (二) 原告は、被告に対し、平成四年一〇月一五日から同五年一〇月三一日までの間、本件絵柄の使用を認める。以後、契約更新の場合は協議の上決定する。更新なき場合、被告は使用許諾期間終了後三か月以内に本件絵柄を本件商品から撤去する。 (三) 使用料一〇〇万円 3 被告は、本件契約後、原告に対し、本件絵柄の使用料一○○万円を支払った。 4 原告は、平成五年一〇月ころ、Tの担当従業員であったF(以下「F」という。)から「本件絵柄の使用を継続したいが、販売が思わしくないので、無料で使用できないか」との旨の申入れを受けた。 5 平成五年一〇月三一日に本件絵柄の使用許諾期間が満了した後も、被告は、本件絵柄をパッケージフィルムに使用した本件商品を同八年一二月一〇日ころまで継続して製造販売したほか、同七年七月から同八年一一月末ころまでの間、本件絵柄を被告の製造にかかるシャケ弁当及び俵弁当の包装用パッケージシールに使用して右各弁当を販売し、原告の本件著作権を侵害した。 6 本件商品の小売価格は一個一二〇円であり、シャケ弁当及び俵弁当の小売価格は四五〇円及び三八〇円である。 二 争点 1 損害額 (原告の主張) (一) 原告は、本件著作権を侵害した被告に対し、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害として、その賠償を請求することができる(著作権法一一四条二項) 原告は、本件契約を締結した平成四年当時、本件絵柄の年間使用料を裁定三六〇万円と定め、商品のパッケージにしようする場合には、小売価格の三パーセントに製造個数を乗じたものとしており、本件契約締結の際にもT従業員Fを介して、被告に対し、右の使用料算定方式を示すとともに、当初の平成五年一〇月末日までの契約期間が満了した後の契約においては右使用料算定方式による旨を伝えていた。原告は、Tを介して、商品導入期の試験販売中は本件絵柄の使用料を低廉にしてほしい旨の被告の要望を伝えられたことから、これを受けて一年間に限って使用料を一〇〇万円の定額としたものである。 したがって、被告の商品の小売価格の三パーセントに製造個数を乗じた額が原告の通常受けるべき使用料相当額であり、原告は、これを自己の損害額として、被告に対し、その賠償を請求する。 (二) 被告は、本件絵柄を用いた本件商品の包装用パッケージフィルムを平成五年一一月一日から同八年一二月一〇日までに三一二万五六二一枚、また、本件絵柄を用いたシャケ弁当・俵弁当の包装用パッケージシールを同七年七月から同八年一一月までに四八万六〇〇〇枚それぞれ使用した。被告の販売した本件商品及び弁当は、右パッケージフィルムないしパッケージシールと同数というべきである。 (三) そうすると、本件商品の販売に係る使用料相当額は、一一二五万二二三五円である(3125621×120×0.03=11252235)。弁当の販売に係る使用料相当額は、シャケ弁当及び俵弁当の平均小売価格が四一五円((450+380)÷2=415)であるから、六〇五万〇七〇〇円である(486000×415×0.03=6050700)。したがって、原告の損害額は、右合計額一七三〇万二九三五円である。 (被告の主張) 原告及び被告は、本件契約において本件絵柄の使用料を年間一〇〇万円と定めたのであるから、その客観的な経済的価値を年間一〇〇万円と評価したものというべきであり、特別の事情がない限り、右金額を基準に使用料相当額を算定すべきである。そして、使用料相当額の算定に当たっては、本件絵柄が商品パッケージの一部分に付されたマークにすぎないことや、本件商品や弁当が京都府、大阪府の一部、滋賀県の一部というごく限られた地域においてしか販売されておらず、全国規模で販売する場合とその使用料率は全く異なるはずであること、本件商品一個当たりの被告の粗利がわずか一二円にすぎないこと、その後に本件絵柄の使用を中止しても売上が滅少していないことに照らせば、本件絵柄は本件商品及び弁当の売上にほとんど寄与していなかったこと、被告が小売業者でないことなどの事情をも考慮すべきであり、小売価格の三パーセントという額は過大であって、到底認めることができない。 2 過失相殺 (被告の主張) 被告は、本件絵柄の使用許諾期間満了に際し、本件商品の販売量が伸びていなかったことから、Tの従業員Fに対し、本件絵柄の使用料をもっと安くしてもらうよう原告と交渉することを依頼した。Fは、原告に対し、「本件絵柄の使用を継続したいが、販売が思わしくないので、無料で使用できないか」との旨を申し入れたところ、原告は、右申入れを拒絶する旨の回答を、Fに対しても被告に対しても一切しなかった。そこで、被告は、Fが原告とうまく交渉してくれたものと思い、そのまま本件絵柄を使用し続けた。その後、平成八年一〇月になって突然原告から本件絵柄の使用中止を求める通知があったことから、被告は、同年一二月一〇日をもって、本件絵柄の使用を中止し、本件絵柄を使用したフィルムの原版も廃棄した。 被告としては、平成五年一〇月の時点において、本件絵柄の使用を許諾しない旨の連絡があれば、本件絵柄の使用を間違いなく中止していたものであり、被告が本件絵柄の使用許諾期間満了後もその使用を継続したことについては、原告の落ち度も大きいというべきであるから、五〇パーセント以上の過失相殺が行われるべきである。 第三 当裁判所の判断 一1 甲第三号証及び第一二号証、乙第一号証及び第二号証、証人Fの証言、原告及び被告各代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (一) 被告代表者は、平成三年一○月ころ、M工芸株式会社に勤めていたFに対し、新しいおにぎりの製造・販売の企画についての相談を持ちかけた。Fは、広告代理店に勤めるO(以下「Oという。」と共に商品の名前やパッケージデザインなどの企画を立案し、Oの提案により本件絵柄を本件商品のパッケージに使用することとした。 (二) Oは、平成四年春、本件商品のパッケージにおける本件絵柄の使用許諾について、原告代表者と面談の上交渉した。原告代表者は、その席上、Oに対し、本件絵柄の使用料については、原告と他社との間の著作物使用許諾契約に準じて、年間定額使用料であれば最低三六〇万円とし、商品のパッケージに使用する場合には小売価格の三パーセントに製造個数ないし販売個数を乗じたものとしたい旨を伝えた。その後、Oは、本件商品については、新商品であって販売の見通しが不明なので、本件絵柄の使用料を一○○万円の定額として一年間試験的に販売したい旨の意向を示した。原告代表者は、これまで一業種一社に限って使用を許諾していることから使用料を低廉なものにすることは本意ではなかったものの、一年間販売した結果を見て改めて使用の許否や使用料を定め直すことを企図して、向後一年間に限り使用料を一○○万円の定額とすることを承諾した。 (三) その後、被告代理人Tの従業員Fが、Oに代って原告との交渉に当たることとなり、原告代表者と電話をしたり、契約書のひな形を授受し合うなどし、平成四年九月二一日、本件契約を締結した。本件契約においては、前判示の内容のほか、原告がその使用許諾期間中、被告の事前承諾を得ることなく被告と競業する第三者に対して本件絵柄の使用を許諾しない旨が定められた。 (四) 平成五年一○月、被告代表者は、本件キャラクターの使用許諾期間満了を前に、Fに対し、これまで一年間における本件商品の販売が思わしくなく、本件絵柄の使用について従前と同様の一〇〇万円の使用料を支払うこともできないとして、本件絵柄を無料で使用させてもらうように原告と交渉することを依頼した。Fは、原告代表者に対し、「絵柄の使用を継続したいが、販売が思わしくないので、無料で使用できないか」との旨の申入れをしたが、原告代表者は、本件絵柄については一業種一社に限ってその使用を許諾していることもあり、年間一○○万円以下の使用料で本件契約を更新することはおよそ無理である旨を回答した。その後、Fから使用料に関してもう少し待って欲しい旨の手紙が来るなどしたが、原告代表者は、Fに対し、一〇〇万円以下の使用料では契約更新は無理である旨の意向を重ねて伝えた。 (五) 被告代表者は、本件絵柄の使用許諾期間満了後、Fから原告と未だ協議中である旨の報告を受けていたが、その後も、契約更新の成否について原告やFに問い合わせをすることもしないまま、本件絵柄の使用を継続した。 (六) 被告は、Tに対し、平成四年六月から同五年四月まで毎月五〇万円を、同年五月から平成六年一月まで毎月一〇万三〇〇〇円を、また、Tから独立したF個人に対し、同六年二月から同七年四月まで毎月一○万三〇〇〇円をそれぞれ企画料として支払った。 (七) 原告は、平成八年一○月、被告に対し、本件著作権侵害を理由として、本件絵柄の使用中止を求める旨の通知をした。なお、被告代表者は、それまで本件絵柄の使用許諾や使用中止等について、原告から交渉の申入れや抗議を受けたことはなかった。 2 証人Fは、本件絵柄の使用許諾期間満了に際し、原告に対し、「本件絵柄の使用を継続したいが、被告がその使用料を捻出できる状況ではな<、使用料に関してはもう少し待ってくれ」との旨の依頼の趣旨を内容とする手紙を書いたが、これに対して、原告から何ら具体的な返事がなかった旨を供述する。 しかしながら、前記認定のとおり、Fは、被告代表者から本件絵柄を無料で使用させてもらうように原告と交渉することを依頼され、平成五年一○月以降も継続して企画料の支払を受けていたものであること、同証人自身、本件絵柄の使用許諾期間満了後、早く原告と本件絵柄の使用継続の話をしなければならないと常に考えており、被告代表者に対し、本件契約の更新について早<原告と協議しないといけないという話をしたりOに対しても口添えをしてくれるよう依頼をした旨を証言していることに照らせば、本件絵柄の使用料について自分から直接原告にその意思を確認したり、改めて交渉の機会を持つようなことをしなかった旨の同証人の供述は不自然であり、本件絵柄の使用料について原告から何ら具体的な返事がなかった旨の同証人の供述を信用することはできない。 ニ 争点1について 1(一) 甲第九号証の二、同号証の三、同号証の四の一及び二、同号証の五、第一〇号証、原告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告がその著作権を有する絵柄の使用をN製粉株式会社に対して許諾する契約においては、許諾製品の標準小売価格の三パーセントがその著作物使用料であり、その使用料支払義務は、N製粉株式会社がその特約店に販売したときに生じる旨が定められていること、原告がその著作権を有する絵柄の使用を株式会社S・Tに対して許諾する契約においては、小売価格一○○円の許諾製品一個を製造するにつき三円をその著作物使用料とする旨が定められていること、株式会社SHの製造販売に係る商品については、販売された商品の標準小売価格の三・三パーセントが原告の著作物使用許諾についての取り分である旨の契約が交わされていること、原告がその著作権を有する絵柄の使用を株式会社D松山支社に対して許諾する契約においては、製造された許諾商品の小売価格の三パーセントがその著作物使用料である旨が定められていること、平成六年二月発行の「日本ライセンシング年鑑」には、原告の著作物の基準使用料率は小売価格の三パーセントである旨が記載されていることが認められ、右認定の事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本件において、原告の通常受けるべき使用料相当額は、被告が小売業者ではないことを考慮しても、本件絵柄を使用したパッケージの商品の末端小売価格の三パーセントにその販売個数を乗じた額であると認められる。 (二) 甲第四号証の一ないし三及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成五年一一月一日から同八年九月末日までの間に株式会社Nから本件絵柄を用いた本件商品の包装用パッケージフィルム合計三五〇万四九〇〇枚の納入を受けたもので、平成五年一一月以降少なくとも原告の主張する三一二万五六二一個を上回る個数の右パッケージフィルムを用いた本件商品を販売したものと認められる。また、甲第五号証、第六号証及び第八号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、平成七年七月四日から同八年一一月一九日までの間に株式会社関西Kから本件絵柄を用いた弁当の包装用パッケージシール合計四九万四〇〇〇枚の納入を受け八○○○枚を返品しているもので、返品枚数を控除した数である四八万六〇〇〇と同数の弁当(シャケ弁当及び俵弁当)を販売したものと認められる。 被告代表者は、その本人尋問及び陳述書(乙第二号証)において、本件商品及び弁当につき右を下回る販売数を供述するが、返品等の客観的裏付けとなる事実を伴うものではなく、たやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。 (三) そうすると、本件商品の小売価格は一個一二〇円であるから、本件商品の販売に係る使用料相当額は一一二五万二二三五円であり(3125621×120×0.03=11252235)弁当(シャケ弁当及び俵弁当)の平均小売価格は四一五円((450+380)÷2=415)であるから、弁当の販売に係る使用料相当額は六〇五万〇七〇〇円である(486000×415×0.35=6050700)。したがって、原告の損害額は、合計額一七三〇万二九三五円である。 2 被告は、本件契約において本件絵柄の使用料を年間一〇〇万円と定めたのであるから、右金額を基準に使用料相当額を算定すべきである旨を主張するが、前記一認定の事実によれば、原告及び被告は、最初の一年間に限って使用料を一○○万円の定額とする旨を合意したものであって、この点に照らせば本件絵柄の使用許諾期間満了後においても、原告の通常受けるべき金銭の額が年額一○○万円であると解することは到底できず、被告の右主張は採用することができない。 また、被告は、使用料相当額の算定に当たっては、本件絵柄が商品パッケージの一部分に付されたマークであることや、本件商品や弁当の販売地域が限られており全国規模で販売する場合と使用料率が異なるはずであること、本件商品一個当たりの被告の粗利がわずか一二円にすぎないことなどを考慮すべきである旨を主張するが、これらの事情が原告が通常受けるべき使用料相当額の算定に直ちに影響を及ばすものとはいい難く、これを裏付けるに足りる証拠もない。 さらに、被告は、本件絵柄の使用を中止しても売上が減少しておらず、本件商品の売上にほとんど寄与していなかったことを考慮すべきである旨を主張し、被告代表者の供述及びその陳述書(乙第二号証)にもこれに沿う部分があるが、いずれも客観的な裏付けを欠くものであって信用し得るものではなく、被告の右主張は採用することができない。 三 争点2ついて 前記―認定のとおり、原告代表者は、本件契約の期間満了に当たり、被告代理人株式会社Tの担当従業員であったFに対し、年間一○○万円以下の使用料で本件契約を更新することはおよそ無理である旨を重ねて回答したものであり、被告が本件著作権の侵害に及んだことについては、むしろ、被告代表者が自ら契約の更新の成否について確認をしなかったことや、Fが被告代表者に対し、原告と協議中であるということ以上に必要な情報を提供しなかったことに基因するものであって、かかる状況の下においては、原告が直接被告に対して本件絵柄の使用について協議を申し入れたり使用中止を求めなかったとしても、それを原告の過失として賠償額の算定に斟酌することはできないというべきである。 四 以上によれば、著作権の侵害を理由として、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する損害額及びこれに対する侵害行為の後(訴状送達の日の翌日)からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の賠償を求める原告の請求は、理由があり、仮執行宣言の申立てについても、相当と認められる。被告の仮執行免脱宣言の申立ては、相当でないのでこれを却下する。 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一 裁判官長 谷川浩二 裁判官 中吉徹郎 |
日本ユニ著作権センター http://jucc.sakura.ne.jp/ |