判例全文 | ||
【事件名】ミシュラン社名差し止め請求事件 【年月日】平成10年3月30日 東京地裁 平成9年(ワ)第7710号 不正競争行為差止等請求事件 判決 原告 コンパニー ゼネラール デ ゼタブリスマン ミシュラン ミシュラン エ コンパニー 右代表者 ミシェル ヴィルマント 右訴訟代理人弁護士 吉武賢次 同 神谷巖 右補佐人弁理士 菊地栄 同 塩谷信 被告 株式会社ミシュラン 右代表者代表取締役 A<ほか一名> 被告ら訴訟代理人弁護士 小田原昌行 主文 一 被告株式会社ミシュランは、「株式会社ミシュラン」の商号を使用してはならない。 二 被告株式会社ミシュランは、東京法務局豊島出張所平成三年四月三日受付をもってした設立登記中、「株式会社ミシュラン」の商号の抹消登記手続をせよ。 三 被告らは、原告に対し、各自金六二六九万五〇七九円及び内金四七三三万七一三一円に対する平成九年五月八日から、内金一五三五万七九四八円に対する平成九年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 四 原告のその余の請求を棄却する。 五 訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。 六 この判決は、第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。 事実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 主文第一項、第二項同旨 2 被告らは、原告に対し、各自八七〇〇万円及びこれに対する平成九年五月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告らの負担とする。 4 仮執行宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 l 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第二 当事者の主張 一 請求原因 l 原告の営業表示及びその周知性、著名性 (一)(1)原告は、自動車用タイヤの製造販売を主たる業とするフランスの会社である。原告は、明治二八年(一八九五年)ころからタイヤの製造販売を開始し、昭和四〇年(一九六五年)ころには、フランスの市場をおおかた押さえ、ヨーロッパ各国、アメリカ合衆国等に進出を始めた。原告は、現在、タイヤメーカーであるグッドイヤー、ブリヂストンと世界のタイヤの市場占有率を競っており、最近の数年間は世界第一位であった。また、原告は、F1(フォーミュラ ワン)という名称の国際自動車レースをはじめ、全世界の主要な自動車レースに参加して、大いに自動車ファンの注目を集めた。 原告は、我が国には、昭和三九年ころから進出した。原告の製造販売するタイヤの輸入量は、昭和四八年には、トラック等で必要とされる高性能タイヤを含めて一三万本以上に及び、昭和五三年には、乗用車用のタイヤだけで、同年一月から五月までの五か月間で約三万八〇〇〇本であった。 (2)原告は、その創業後まもなくから、地図やレストランガイドを提供し続け、いずれも消費者の強い関心を集めたが、特にレストランガイドは、公正無私な評価と、星の数でレストランを評価する方法が評判となり、ミシュラン方式といえば、我が国でも知らない者がないほどになった。 株式会社文藝春秋社が昭和四二年に発行した東京の飲食店のガイドブックである「東京いい店うまい店」においても、原告の発行するフランスのレストランガイド「ミシュラン」に言及されており、また、原告のレストランガイドは、我が国に多数輸入され、洋書店の丸善は、昭和五二年以前から、原告のレストランガイドのパンフレットを発行していた。 (3)雑誌「日経ビジネス」の平成八年七月二二日号には、多くのブランドの価値がランキング形式で紹介してあるが、これによると、「ミシュラン」は、第二三位に評価され、最も知られたブランドであることが明らかである。 (二)このように、「ミシュラン」の表示は、我が国において、原告の商品及び営業を示す表示として、遅くとも昭和四二年には、著名となり、少なくとも広く認識されていたものであり、それ以後、現在に至るまで著名又は周知である。 2 被告らの行為 被告A(以下「被告A」という。)は、平成三年四月三日、被告株式会社ミシュラン(以下「被告会社」という。)を設立し、被告会社の代表取締役である。被告らは、「株式会社ミシュラン」の商号を、被告会社の営業を示す表示として使用し、サンドイッチ、弁当等の製造販売等を営んできた。 3 営業表示の類似性 被告会社の営業表示である商号の要部は「ミシュラン」であり、これは、原告の営業表示と同一であるから、被告会社の営業表示は、原告の営業表示と同一又は類似である。 4 混同のおそれ 「ミシュラン」の表示は、我が国では非常にユニークであって、これに比類すべき表示はなく、被告会社の営業表示の要部である「ミシュラン」は、原告の著名な営業表示である「ミシュラン」と同一である。また、近時、企業の経営は多角化しているから、類似の営業表示を使用する会社間には、資本上又は取引上の特殊な関係があると誤信されるおそれがある。しかも、本件では、原告の営業がレストランガイドという食品に関する営業であり、被告会社の営業もサンドイッチ、弁当等の製造販売等という食品関係の営業であって、原告と被告会社の営業は、第三者からみれば混同を起こしやすい関連した事業である。 5 営業上の利益の侵害 被告らは、前記2の行為により、原告の営業上の利益を侵害しており、侵害するおそれもある。 6 故意、過失 被告らは、被告会社の商号を営業表示として使用し、サンドイッチ、弁当等の製造販売等を営むにあたり、「ミシュラン」の表示が原告の営業表示として著名又は周知であることを知り、又は過失により知らなかった。 7 損害 被告会社は、前記2の被告らの行為により、平成四年一一月一日から平成九年一〇月三一日までの間、八七〇〇万円以上の利益を得た。したがって、右利益の額が、被告らの行為による原告の損害と推定されるから、原告は、被告らに対し、この内金として、八七〇〇万円を請求する。 8 結論 よって、原告は、被告会社に対し、不正競争防止法二条一項一号又は二号(選択的)、三条一項に基づき、「株式会社ミシュラン」の商号の使用の差止めを求め、同法三条二項に基づき、東京法務局豊島出張所平成三年四月三日受付をもってした設立登記中、「株式会社ミシュラン」の商号の抹消登記手続を求めるとともに、民放七〇九条、不正競争防止法二条一項一号又は二号(選択的)、四条に基づき、被告らに対し、各自八七〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であり不法行為の後である平成九年五月八日から支払済みまで民放所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 二 請求原因に対する容認 l(一)(1)請求原因1(一)(1)の事実のうち、原告がF1(フォーミュラ ワン)という名称の国際自動車レースに参加したことは否認し、その余は知らない。 (2)請求原因1(一)(2)及び(3)の事実は知らない。 (二)請求原因1(二)の事実は否認する。 2 請求原因2の事実は認める。 3 請求原因3の事実は否認する。 4 請求原因4の事実は否認する 被告会社は、サンドイッチ、弁当等の製造販売等をしているが、販売形態は卸売りであり、販売先はごく限られた範囲の取引先であり、一般消費者に対する小売りはしていない。したがって、被告会社の取引先が、被告会社の営業を原告の営業と誤認混同し、又は原告と被告会社が資本上、取引上の特殊な関係にあると誤解する可能性は皆無である。過去においても、誤認混同及びそのおそれを生じたことはなかった。 5 請求原因5の事実は否認する。 6 請求原因6の事実は否認する。 7 請求原因7の事実は否認する。 原告と被告会社は異業種であり、市場において競合することはあり得ないから、被告会社の受けた利益がそのまま原告の損害であるとはいえない。 三 抗弁(不正競争防止法一一条一項三号) 1 被告Aは、昭和四八年ないし同四九年ころ、東京都豊島区<住所略>において、軽食喫茶店「ミシュラン」を開店し、数年後、サンドイッチの製造販売を始め、昭和五六年ないし同五七年ころ、仕出弁当の製造販売を始め、平成二年ころ、法人を設立して事業を行うこととし、平成三年に被告会社を設立したが、被告会社設立の前後で経営の実態は全く変化せず、昭和四八年ないし同四九年ころから現在まで、「ミシュラン」の表示を使用している。 したがって、被告らは、「ミシュラン」の表示が原告の営業表示として周知又は著名となる前から、「ミシュラン」の表示を使用していた。 2 星の数による店の格付けは、原告が創始、考案したものではなく、スイス、オーストリア、フランス等の国々において、ホテルの格付け、ランク付けのために古くから用いられたシステムである。レストランガイドを発行していることと星の数による格付けが直ちに原告を想起させるものでないことから、被告会社に不正の目的はない。 四 抗弁に対する認否及び反論 1 抗弁1の事実のうち、被告会社が、現在、「ミシュラン」という表示を使用していることは認め、被告Aが、昭和四八年ないし同四九年ころ、東京都豊島区<住所略>において、軽食喫茶店「ミシュラン」を開店したこと、被告らが、原告の営業表示として周知又は著名となる前から「ミシュラン」の表示を使用していたことは否認し、その余は知らない。 2 抗弁2の事実は否認する。 被告らが原告の世界的に著名な営業表示を採用する合理的根拠は全く認められず、フリーライドによる図利の目的、ダイリユーションによる加害目的が認められ、不正の目的がある。被告らは、被告会社が、「ミシュラン」の表示に係る業務を被告Aから承継した旨を主張するものと解されるところ、承継者についても、不正の目的でなく使用するという要件が必要であるが、被告会社が設立された平成三年当時、既に、「ミシュラン」の表示は、原告の営業表示として極めて著名であったから、被告会社は、「ミシュラン」の表示を不正の目的でなく使用していたということはできない。 第三 証拠<略> 理由 一 請求原因1(原告の営業表示及びその周知性、著名性)について 1 <証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。 (一)(1)原告は、一八六三年に設立されたフランスの会社である。原告は、明治二八年(一八九五年)ころから自動車用タイヤの製造販売を主たる業としており、昭和二四年(一九四九年)ころ、鉄のコードを入れて補強した高性能のラジアルタイヤを開発、販売し、このタイヤは、耐久性、耐熱性に優れ、高速の運転に適していたことなどから、多くの消費者の関心を呼び、原告の売上げは大幅に増えた。原告は、昭和四〇年(一九六五年)ころには、フランスのタイヤ市場の七〇パーセントを占め、フランス第一のタイヤメーカーとなり、その後、ヨーロッパ各国、アメリカ合衆国等に本格的に進出した。 原告は、昭和四〇年代以降、アメリカ合衆国の市場への本格的進出、高性能タイヤの開発などにより、タイヤの販売量を伸ばし、昭和五三年ころには、ラジアルタイヤでは世界最大規模となり、現在、タイヤメーカーであるグッドイヤー、プリヂストンと、世界のタイヤの市場占有率を競っており、最近の数年間は、世界第一位であった。 原告は、年間約数十億円の費用をかけて、Fl(フォーミュラ ワン)という国際自動車レースをはじめとする世界の主要な自動車レースに参加するレーシングチームのためのタイヤの開発、供給を行い、原告の商品表示、営業表示のアルファベットの表記である「MICHELIN」(フランス語による発音は「ミシュラン」)という表示を付した車両がレースを行う様子や、レース場に「MICHELIN」という表示の広告等が掲げられている様子が、テレビや雑誌により報道されている。 (2)原告のタイヤは、我が国においては、昭和三九年、浜松町、羽田間に開通したモノレールに採用されることによって知られるようになり、翌年からは、三井物産株式会社を総代理店として輸入販売されるようになった。 原告が製造販売するタイヤの我が国への輸入量は、昭和四〇年代以降増加し、昭和四八年には、トラック等で必要とされる高性能タイヤを含めて一三万本以上に及び、昭和五三年には、乗用車用のタイヤだけで、同年一月から五月までの五か月間で約三万八〇〇〇本であった。同年四月からは、我が国への輸入は、原告の全額出資の子会社が主に行うこととなり、雑誌「財界」の同年八月一日号には、「日本に進出する世界第三位 F・ミシュラン」と題して原告の紹介記事が掲載された。原告は、現在、我が国において、全額出資の子会社を二社(日本ミシュランタイヤ株式会社及びミシュラントラックアンドバスタイヤ株式会社)、オカモト株式会社との合弁会社を一社(ミシュランオカモトタイヤ株式会社及び調査機関としてミシュラン リサーチアジアを有している。 (二)(1)原告は、明治三三年(一九〇〇年)から、地図及びレストランガイドの提供を始めた。 原告のレストランガイドは、「ミシュラン」という名称で知られており、表紙が赤色であることから、「ミシュラン」の「レッドガイド」と呼ばれ、毎年三月に一八〇万部出版されるが、六月ころにはほとんど売り切れてしまう状態である。レッドガイドは、レストラン、ホテルの評価を、食事の味、サービス、雰囲気などに基づいて星の数により示す方法をとっており、この方法は、その後、他の多くのレストランガイドにおいても採用された。フランスの約六万店の飲食店のうち、原告のレストランガイドに掲載されるのは約三〇〇〇店であり、最高の評価を受けるレストランは、第二次世界大戦前は二四店、昭和五三年当時には一二店ほどしかなく、評価は入念な審査に基づき、厳しいものとされている。フランスは、「将軍より料理人が大事にされる」といわれるほど、レストランの食事の味などについて社会的な関心の強い国であるが、原告のレストランガイドは、フランスの新聞「ル・モンド」によって「美食の海をみちびく灯台」と称され、評価が下がったことを苦にして料理人が自殺するという事件が昭和四一年(一九六六年)に実際に起こったことに象徴されるように、高い権威と信用を認められ、現在に至っている。原告のレストランガイドは、フランスの他、スペイン、イタリア、ドイツ、べネルクス三国、イギリスのホテルとレストランのガイドも掲載しており、その名声は、フランスのみならず、世界に及んでいる。 原告は、フランスの各地方と西ヨーロッパの観光名所、交通機関などを掲載したガイドブックも発行しており、これは、表紙が緑色であることから、「ミシュラン」の「グリーンガイド」と呼ばれている。 また、原告の地図は、正確さと有用性などにより長年の定評がある。 (2)我が国においては、昭和五二年、洋書店の丸善から、原告のレッドガイド及びグリーンガイドの英語版、フランス語版、ドイツ語版等並びにフランス、ヨーロッパなどの地図について、宣伝パンフレットが発行された。 (3)株式会社文藝春秋社が昭和四二年に発行した東京の飲食店のガイドブックである「東京いい店うまい店」のまえがきには、「フランスの食べものガイド『ミシュラン』は、この道では古典的存在であり、イギリスにも『グッド・フード・ガイド』という名著があります。この本はそれらに匹敵するもの、という壮んなる意気込みのものです。」と掲載されており、また、味、サービス、値段を星印の数によって評価するが、それはほんの参考のためのものであり、絶対的なものではない旨の記載の後に、「『ミシュラン』で星が一つ減って、コックが自殺した、という伝説とは違います。」と記載されており、原告のレストランガイドが、レストランガイドとして古く、代表的なものであり、その評価が厳格で、高い信用と権威が認められていることを前提とした記載がなされている。 「東京いい店うまい店」は、昭和四二年以後、二年ごとに改訂され、発行されている。昭和五四年版のはしがきには、「フランスのレストランガイドブック『ミシュラン』を見習って昭和四十二年刊行以来、「日本のミシュラン」とまではいえなくとも、いよいよ好評を得てきたこの本ですが」、「『ミシュラン』で星が一つ減ってコックが自殺したという伝説がありますが」と記載されており、平成五年版のはしがきには、「以来「日本のミシュラン』とまではいかぬまでも」と記載されている。 (三)経済誌である「日経ビジネス」の平成八年七月二二日号には、アメリカ合衆国の経済誌「フィナンシャル・ワールド」が同月に発表したデータをもとにした代表的なブランドの資産価値が掲載されており、原告のブランドである「ミシュラン」の資産価値は、五三億四五〇〇万ドルで世界第二三位であり、ハイテク分野の「マイクロソフト」、食品分野の「ナビスコ」などのブランドと同程度の価値があることが記載されている。 2 右認定の事実によれば、「ミシュラン」の表示は、我が国において、遅くとも昭和五二年ころには、原告の商品及び営業を示す表示として広く認識されており、それ以後、現在に至るまで、広く認識されているものと認められる。 二 請求原因2(被告らの行為)について 請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。 なお、<証拠略>によれば、被告会社の営業内容は、その約七割がサンドイッチの製造販売、約二割が米飯の弁当の製造販売、約一割が居酒屋「美酒蘭」(みしゅらん)の経営であり、被告らは、「株式会社ミシュラン」の商号を、被告会社の営業を示す表示として使用して、これらの営業を行っていることが認められる。 三 請求原因3(営業表示の類似性)について 被告会社が使用する営業表示である「株式会社ミシュラン」の商号のうち、「株式会社」という部分は、会社の種別を示す部分であるから、識別力がなく、右商号の要部は、その余の「ミシュラン」という部分であり、これは、原告の営業表示である「ミシュラン」と同一であるから、被告会社の営業表示は、原告の営業表示である「ミシュラン」と同一である。 四 請求原因4(混同のおそれ)について 1 企業の経営が多角化した今日においては、当該企業自体はもとより、当該企業と親会社、子会社の関係にある企業や系列企業が、当該企業が本業としていた分野以外の事業に携わることが少なくないため、周知表示の主体と類似表示の使用者との間に直接の競業関係が存在せず、周知表示の主体の本業と異なる分野の事業に類似表示が用いられた場合にも、類似表示の使用者と周知表示の主体との間に営業上の密接な関係があると誤信される可能性が高く、このような誤解が生じることにより、周知表示の主体について、売上げの減少や周知表示の顧客吸引力の減殺など有形無形の損害が生じ又は生じるおそれがある。不正競争防止法は、周知表示を保護する観点から、周知表示に対するこのような侵害行為を防止しようとしているものであるから、同法二条一項一号の「混同を生じさせる行為」とは、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係ないしは同一の商品化事業を営むグループに属する関係などの密接な営業上の関係が存するものと誤信させる行為をも包含するものと解するのが相当である。 2 これを本件についてみると、前記一1認定の原告の事業内容、前記一2認定の原告の営業表示の周知性、前記二認定の被告らの事業内容、前記三認定の原告の営業表示と被告会社の営業表示の類似性に照らせば、被告らが、「株式会社ミシュラン」の商号を、被告会社の営業表示として使用し、サンドイッチ、弁当等の製造販売、居酒屋の経営を行っていることは、被告らが、原告の営業表示と類似の営業表示を使用し、被告会社と原告とを同一営業主体と誤信させるか、若しくは、原告と被告会社の間に、いわゆる親会社、子会社の関係ないしは同一の商品化事業を営むグループに属する関係などの密接な営業上の関係が存するものと誤信させる行為であり、不正競争防止法二条一項一号の「混同を生じさせる行為」に該当するものと認められる。 3 被告Aは、<証拠略>において、被告会社によるサンドイッチ、弁当等の製造販売について、広告、宣伝をしたことはなく、看板を掲げたことはない旨、製造した弁当類の九割は販売会社名の製造シールを貼るため、被告会社の商号が出ることがない旨、弁当類は短時間で消費されるため、専ら被告Aの信用で取引をしており、「ミシュラン」の表示の知名度を利用してはいない旨、販売は極めて限られた範囲である旨、ミシュランの名称の使用による売上げの増加はない旨陳述する。 しかし、被告会社代表者本人尋問によっても、販売するサンドイッチに被告会社の商号を記載する場合は、被告会社の商号をもって営業活動を行っていることが認められ、また、サンドイッチ自体には販売会社の名称を記載する場合も、納入先の業者等に対して営業活動を行う際には、被告会社の商号により営業活動を行っていることが認められる。また、前記二の認定によれば、被告会社は、居酒屋「美酒蘭」を経営しているところ、仮に、そこに飲食に来る顧客が必ずしも被告会社の商号を具体的に意識していないとしても、商品の仕入先等の取引先に対しては、被告会社の商号により営業活動を行うものと推認される。 したがって、本件において、被告会社がサンドイッチ、弁当等の製造販売、居酒屋の経営を行うにあたっては、その営業表示として商号を使用しているものと認められ、前記2のとおり、原告の営業と被告会社の営業との混同が認められるのであって、被告Aの前記陳述部分によって、右混同が否定されることはなく、他に、前記2の認定を左右するに足りる証拠はない。 五 抗弁(不正競争防止法一一条一項三号)について 被告Aは、陳述書において、三〇年以上前から「ミシュラン」の名称で喫茶店を経営している旨陳述し、被告会社代表者本人尋問において、昭和四八年ころから約四年間、東京都豊島区<住所略>で、軽食喫茶店「ミシュラン」を経営し、その後、同区<住所略>で、サンドイッチの製造販売を始め、これらの喫茶店の経営やサンドイッチの製造販売については、保健所の許可を得た旨陳述する。 しかしながら、<証拠略>によれば、東京都豊島区<住所略>及び同区<住所略>を管轄する池袋保健所には、昭和四三年から昭和四八年にかけて、「ミシュラン」なる名称の軽食喫茶店又はスナックの食品衛生法に基づく営業許可申請はなかったこと、昭和五四年五月二一日には、同保健所により、営業所所在地 東京都豊島区<住所略>、業種 飲食店営業、屋号 ミシュラン、営業者氏名 Xとして営業許可が付与され、右許可は、昭和六二年六月一日、四年間更新され、平成三年六月一九日、廃業が届け出されたこと、同月二〇日には、営業所所在地 束京都豊島区<住所略>、業種 飲食店営業、屋号 ミシュラン、営業者氏名 株式会社ミシュランとして営業許可が付与され、右許可は、平成七年七月一日、四年間更新されたこと、Xは、被告会社の監査役であることが認められる。 そうであるとすれば、被告Aの前記陳述部分は、<証拠略>に照らし採用することができず、被告Aが「ミシュラン」の名称により飲食店の営業を開始したのは、昭和五四年であったものと認められる。 ところで、前記一2認定のとおり、「ミシュラン」の表示は、原告の営業表示として、昭和五二年には広く認識されていたものと認められるところ、右のとおり、被告Aが、営業者氏名をXとする営業許可に基づき、「ミシュラン」の表示の使用を開始したのは、昭和五四年であり、平成三年以降、被告らが「ミシュラン」の表示を使用しているのであるから、被告らの先使用の抗弁は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。 六 請求原因5(営業上の利益の侵害)について 以上によれば、被告らが、「株式会社ミシュラン」の商号を、被告会社の営業表示として使用し、サンドイッチ、弁当等の製造販売、居酒屋の経営を行うことは、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当し、これにより、原告は、営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあるものと認められる。 七 請求原因6(故意、過失)について 原告の「ミシュラン」の表示は、遅くとも昭和五二年ころには、原告の商品及び営業を示す表示として広く認識されており、それ以後、現在に至るまで、広く認識されており、原告の製造販売するタイヤは、遅くとも昭和五三年ころから、毎年相当数、我が国に輸入されていることは、前記認定のとおりである。また、<証拠略>によれば、被告Aは、自動車整備士の資格を有しており、昭和四一年から平成二年まで、自動車修理工場であるYモータースに勤務しており、複雑な修理をなし得る技術を有していたことが認められる。これらの事実に、タイヤが自動車の修理に密接に関係することを合わせ考えれば、被告会社代表者である被告Aは、遅くとも平成四年一一月一日には、「ミシュラン」の表示が、原告の商品及び営業を示す表示として周知であることを知っており、又は極めて容易に知り得ることができたものと認められる。 したがって、被告らが、平成四年一一月一日以降、「株式会社ミシュラン」の商号を被告会社の営業表示として使用し、サンドイッチ、弁当等の製造販売、居酒屋の経営を行うにあたり、「ミシュラン」の表示が原告の営業表示として周知であることを知り、又は過失により知らなかったものと認められる。 八 請求原因7(損害)について 1 <証拠略>によれば、被告会社が「株式会社ミシュラン」の営業表示を使用して得た利益の額は、平成四年一一月一日から平成五年一〇月三一日までが四七四万四八〇三円、平成五年一一月一日から平成六年一〇月三一日までが一二一一万四四〇二円、平成六年一一月一日から平成七年一〇月三一日までが一五四三万九三〇一円、平成七年一一月一日から平成八年一〇月三一日までが一五〇三万八六二五円、平成八年一一月一日から平成九年一〇月三一日までが一五三五万七九四八円であり、これらの合計は六二六九万五〇七九円であることが認められる。 2 被告らは、原告と被告会社は異業種であり、市場において競合することはあり得ないから、被告会社の受けた利益がそのまま原告の損害であるとはいえないと主張する。 しかしながら、原告と被告会社が異業種であったとしても、営業の混同が認められ、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争の成立が認められる以上、同法五条一項により、被告会社の利益の額は原告の損害の額と推定されるのであり、本件においては、右の推定を覆すに足りる立証がなされていないから、被告会社の利益の額が、原告の損害と認められる。 3 なお、付帯請求については、平成四年一一月一日から平成八年一〇月三一日までの損害の合計四七三三万七一三一円については、本件訴状送達の日の翌日であり不法行為の後である平成九年五月八日から、平成八年一一月一日から平成九年一〇月三一日までの損害一五三五万七九四八円については、不法行為の後である平成九年一一月一日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 九 結論 以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対し、不正競争防止法二条一項一号、三条一項に基づき、「株式会社ミシュラン」の商号の使用の差止めを求め、同法三条二項に基づき、東京法務局豊島出張所平成三年四月三日受付をもってした設立登記中、「株式会社ミシュラン」の商号の抹消登記手続を求め、被告らに対し、民法七〇九条、不正競争防止法二条一項一号、四条に基づき、各自金六二六九万五〇七九円及び内金四七三三万七一三一円に対する本件訴状送達の日の翌日であり不法行為の後である平成九年五月八日から、内金一五三五万七九四八円に対する不法行為の後である平成九年一一月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項本文を適用し、仮執行宣言については、主文第一項及び第三項について相当と認めてこれを付することとし、同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 高部眞規子 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健 |
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