判例全文 | ||
【事件名】アルミフライパン事件 【年月日】平成10年1月20日 大阪地裁 平成8年(ワ)第11015号 著作権侵害行為差止等請求事件 (平成9年7月17日口頭弁論終結) 判決 原告 X 右代表者代表取締役 X1 右訴訟代理人弁護士 木内道祥 同 谷地洋 被告 Y 右代表者代表取締役 Y1 右訴訟代理人弁護士 米川耕一 同 中村千之 右訴訟復代理人弁護士 永島賢也 主文 一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第一 請求の趣旨 一 被告は、別紙1の商品取扱説明書を製作、頒布してはならない。 二 被告は原告に対し、金10万円を支払え。 三 仮執行の宣言 第二 事案の概要 一 基礎となる事実 1 原告は、平成5年8月以降、多孔質のアルミ製フライパンを、「ディナーパン」、「Sディナーパン」、「ニューディナーパン」の商品名で製造、販売しているところ(以下、これらの商品を合わせて「原告商品」という)、原告商品「ニューディナーパン」の販売に際し、商品説明のために別紙二の商品取扱説明書(以下「原告説明書」という)を添付して購入者に頒布している(甲2、弁論の全趣旨)。 2 被告は、アルミ製フライパンを「ヘルシーパン」の商品名で販売しているところ(以下「被告商品」という)、その販売に際し、商品説明のために別紙一の商品取扱説明書(以下「被告説明書」という)を購入者に頒布している(争いがない)。 二 本件は、原告が、原告説明書はAが創作した著作物であり、原告が同人からその著作権の譲渡を受けてこれを有しているところ、被告説明書(具体的には別紙三「比較一覧表」左欄摘示の部分)は原告説明書(具体的には同表右欄摘示の部分)と同一といえるほど酷似しており、原告説明書を複製したものであるから、被告説明書の製作、頒布は原告説明書について原告の有する著作権を侵害するものであると主張して、著作権法112条1項に基づき被告説明書の製作、頒布の差止めを、著作権侵害の不法行為に基づき損害賠償として10万円の支払を求める事案である。 三 争点 1(一)原告説明書は、著作物ということができるか。 (二)原告は、原告説明書について著作権を有するか。 2 被告説明書(別紙3「比較一覧表」左欄摘示の部分)は、原告説明書(同表右欄摘示の部分)を複製したものということができるか。 3 被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対して賠償すべき損害の額。 第三 争点に関する当事者の主張 一 争点1(一)(原告説明書は、著作物ということができるか)、同(二)(原告は原告説明書について著作権を有するか)について (原告の主張) 1 原告説明書は、Aが平成5年5月頃創作した著作物である。 (一)原告が独自技術により開発した多孔質のアルミ製フライパンである原告商品には以下のような特性があり、Aは、このような従来のフライパンにはない特性を生かした調理方法や商品の取扱方法を説明するために、原告説明書を創作したものであって、その全体において作者独自の思想表現がなされているのである。 (1)フライパン一つでゆでる調理、焼く調理ができる(ニュー吉岡鍋〔乙1〕、ビタクラフト〔乙2〕、グランプリ〔乙3〕は、鍋やフライパンの複数セットであり、その商品取扱説明書である乙第1ないし第3号証は、フライパン一つの商品取扱説明書ではない)。 (2)ゆでる際には少量の水しか必要としないため、素材の栄養分を逃がさない。 (3)焼く際には油を敷く必要がないため、調理した物を食べても余分な脂肪を吸収しない。 (4)葉菜類をゆでる際、予め熱を与えない(吉岡鍋やビタクラフトでは、鍋やフライパンを空炊きして熱した後、葉菜類を入れる)。 (5)少量の水で多くのゆで卵を作ることができる。 すなわち、原告説明書は、表紙部分、「焼く料理」方法についての概括的説明、「ゆでる・煮る料理」方法についての概括的説明、「ゆでる・煮る料理」の具体的説明としてのゆで卵・野菜(ふき・葉菜類・枝豆)・ふきの卵とじ、アスパラガスのゴマ和え・五目煮・めん類、「焼く料理」の具体的説明としてのホットケーキ・鶏肉のソテー(野菜添え)・ハンバーグステーキ・ビーフステーキ・焼き餃子・お好み焼き・あじの塩焼き、「炒める料理」の具体的説明としての炒飯・焼きそば・もやしとニラの炒め物・なすの炒め煮、「揚げ料理」の具体的説明としての南蛮漬け、原告商品の手入れ方法の各項目で構成されており、その項目、配列及び内容表現は、原告商品の特性を消費者にアピールし、原告商品を消費者に愛好してもらうことを目的として、著作者が思考し、その独自の精神活動の結果成立したものである。 (二)著作権法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に表現したもの」とは、厳格な意味での独創性があるとか他に類例がないことが要求されているわけではなく、人間の精神活動の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現れていれば足りるのであり、要するに模倣でないことを意味するものと解すべきであるから、他の著作物に類似の表現があるというだけで「創作性」が否定されるものではない。 被告は、原告説明書は、文芸、学術、美術又は音楽のいずれの範囲にも属しない実用的な作品にすぎないから、著作権法により保護される著作物に当たらない旨主張するが、判例上著作物性が認められた職業別電話帳、広告電話帳、訟延日誌等はいずれも実用に供するためのものであるが、そのことの故に著作物性は否定されていない。被告主張の佐原秋生著「ジョエル・ロビュションの世界」(乙4)も、料理方法の解説書以外の何ものでもない。それにもかかわらず、被告がこれを著作物とするのは、料理方法を言語により表現する段階において、著者独自の思想表現がされていると解している証左である。すなわち、著者が一定の事象を認識し、それを自己の感性、経験、知識等に依拠し、自己の固有の精神作業に基づいて言語を使用して外部に表現したものであれば、それは著者独自の思想表現であり、著作物といえるのである。 また、被告は、被告商品と類似する機能を有する他社のいわゆる無水フライパンに添付されている説明書(乙1ないし3)にも別紙四のとおり原告説明書と同様の表現が使用されている旨主張するが、これらの説明書はAが原告説明書を創作した平成5年5月頃以前に作成されたものであるか否か明らかでなく、そもそも同人はその存在すら知らなかったのであるから、これを模倣ないし盗用して原告説明書を創作したというものではない。内容についてみても、原告説明書は、これらの説明書記載の商品とは異なる特性を有する原告商品についての調理方法及び取扱方法を記載したものであるから、模倣ないし盗用する意味がない。また、被告が別紙4において原告説明書と同様の表現が使用されているとして挙げるところは、ごく一部分にすぎないから、それぞれが別個の著作物であることは内容自体からも明らかである。 (三)原告が具体的に著作権侵害を主張する別紙三「比較一覧表」右欄摘示の部分について被告の主張するところは、いずれも著作物性を否定する理由とはならない。 被告主張の(1)の部分は、原告説明書を手にした消費者に対し、原告商品の特性を端的にアピールし、印象づけるためにはいかなる表現が適切であるかを思考した結果創作されたものであって、そこに使用されている言葉一つ一つには独創性がなくても、右の目的を達成するためにそれらの言葉をどのように組み合わせて表現するか、という点において著作者独自の精神活動が存在しているのである。題名やキャッチフレーズという表現形式の故に著作物性が否定されるべきものではなく、あくまでその表現自体に著作物性があるか否かによって判断されるべきものである。 被告主張の(2)ないし(11)の部分は、原告商品を使用して料理を作るについて、原告商品の特性を生かした調理方法をどのように表現すれば消費者によりよく理解してもらえるかということを思考した結果創作されたものであって、そこには著作者独自の精神活動が存在しているのであり、「同様の表現にならざるをえない」ということはない。被告主張の(12)及び(13)の部分も同様である。前記のとおり、被告が別紙4において他社の説明書(乙1ないし3)にも原告説明書と同様の表現が使用されているとして挙げるところは、ご<一部分にすぎず、全体として同様の表現が使用されているわけではな<、事の性質上同様の表現にならざるをえない、というわけではない。複数の作品においてその一部分に同様の表現がなされているからといってそのことの故にそれらの作品の著作物性が否定されるべき理由はなく、後行の作品が先行の作品を模倣、盗用した結果として類似又は同一の内容になった場合に、後行の作品の著作物性が否定されるにすぎない。 2(一)原告は、平成5年5月頃、原告説明書を創作したAからその著作権の譲渡を受けたから、現に著作権を有しているものである。 (二)原告説明書は、被告主張のように共同作業で作成された共同著作物ではない。Aにおいて、調理師らの協力を得て実際に調理を繰り返して調理方法を検討し、技術者の協力を得て実際の取扱方法を検討し、その結果を言語等によって外部的に表現したものである(甲2)。被告の論法に従えば、前記の佐原秋生著「ジョエル・ロビュションの世界」(乙4)は、佐原秋生、ジョエル・ロビュション及びその下で働く料理人たちの共同著作物ということになってしまう。 (被告の主張) 1 原告説明書は、著作物に該当しない。 (一)著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(著作権法2条1項1号)である。原告説明書は、基本的料理の調理方法ないし原告商品の取扱方法を説明したものであるが、そこには思想、感情が何ら表現されておらず、また、文芸、学術、美術又は音楽のいずれの範囲にも属しない実用的な作品にすぎないから、著作権法により保護される著作物に当たらない。佐原秋生著「ジョエル・ロビュションの世界」(乙4)であれば著作物性ありといえようが、原告説明書中の表現はこのようなものとは根本的に異なる。 原告の主張する職業別電話帳についての判例は先例としての価値が疑問視されているし、また、広告電話帳及び訟延日誌とも編集著作物として著作物性が認められたものであるから、原告説明書は編集著作物であるとの主張がない本件においては前例として不適切である。 また、基本的料理の調理方法ないし取扱方法の説明は、誰が書いても、その記載、表現内容が類似するものである。現に、被告商品と類似する機能を有する他のいわゆる無水フライパンに添付されている説明書(乙1ないし3)にも、別紙四のとおり原告説明書と同様の表現が使用されている(特に、ニュー吉岡鍋の製造元は、約30年前からフライパンを製造しており、無水フライパンに添付する説明書〔乙1〕は、もはや製造元でも発行年月日が分からないほど古いものである)。すなわち、無水フライパンがどれほどすばらしい機能を有するとしても、フライパンは、複雑な機械とは異なり、本体と把手の部分からできているにすぎない調理器具であるから、その取扱方法が個々の無水フライパンで著しく異なることはありえず、また、基本的料理の料理方法を文字で記載すれば誰が記載しても類似、同一の表現になるのである。したがって、無水フライパンの取扱方法及びこれを使用した基本的料理の調理方法を、商品の付属品としての解説書の体裁でコンパクトにまとめて記載すると、どうしても同様の内容の記載、表現をせざるをえないのであって、このことは、原告説明書は作成者の個性が表われえない文書であり、創作性がないことを示している。 (二)(1)原告が具体的に著作権侵害を主張する被告説明書中の別紙三「比較一覧表」左欄摘示の部分に対応する原告説明書中の右欄摘示の部分は、概ね次のとおりである。 (1) 表紙の「フシギな、不思議な料理ブック 水なし 油なし」という商品取扱説明書の題名 (2) 「『焼く料理』の基本」における「適温と調理手順」の部分 (3) 「『ゆでる・煮る料理』の基本」における「ゆでる時のコツ」と「水かげんと調理手順」の部分 (4) 「油なしで焼く」「ホットケーキ」における「作り方」の部分 (5) 「鶏肉のソテー・野菜添え」における「作り方」の部分 (6) 「焼き餃子」における「作り方」の部分 (7) 「少しの水でゆでる」「ゆで卵」における「作り方」の部分 (8) 「野菜をゆでる」における「枝豆のゆで方」の部分 (9) 「野菜をゆでる」における「葉菜類のゆで方」の部分 (10) 「水なしで煮る」「五目煮」における「作り方」の部分 (11) 「野菜をゆでる」における「葉菜類のゆで方」の(1)の部分 「『ゆでる・煮る料理』の基本」における「ゆでる時のコツ」の前段部分 「野菜をゆでる」における「葉菜類のゆで方」の(1)及び(2)の部分 同(3)の部分 「野菜をゆでる」における注の部分 (12) 「ご使用上の注意とお手入れ」の部分 (13) 裏表紙のご注意の部分、「『焼く料理』の基本」における「ご使用上のルール」の部分及び「ご使用上の注意とお手入れ」の一部分 (2)まず、(1)の部分は、言葉を単純に羅列し寄せ集めて組み合わせた単なる題名・題号にすぎない。かような素材を単に配列したにすぎないようなありふれた表現は、著作者の個性が表れているとはいえないのであって、何らかの知的活動の成果とはいえず、創作性は認められない。 (3)次に、(2)及び(3)の部分は、それぞれ多孔質アルミ鋳造技術によるという原告商品「ニューディナーパン」を使用して、一般的、典型的な「焼く料理」「ゆでる・煮る料理」を調理する場合の基本的手順を単純、簡潔に記載しただけのものであり、同様の多孔質アルミ製フライパンを用いて「焼く・ゆでる・煮る」という作業をする場合の通常の一般的調理手順の域を出るものではない。 同様に、(4)ないし(10)の部分は、いずれも同じく原告商品「ニューディナーパン」を使用して作るありふれた一般的料理のうち、代表的、典型的な料理(例えばホットケーキなど)を作る場合の具体的な手順を、単純、簡潔に記載しただけのものであり、同様の多孔質アルミ製フライパンを用いて右代表的、典型的な料理を作る場合の通常の一般的調理手順の域を出るものではない。 更に、同様に(11)の部分は、同じく原告商品「ニューディナーパン」を使用して葉菜類を「ゆでる」という一般的な調理方法の「コツ」を単純、簡潔に記載しただけのものであり、同様の多孔質アルミ製フライパンを用いて葉菜類をゆでる作業をする場合の一般的な要領ないし手順の域を出るものではない。 したがって、他社が原告製品と同様の多孔質アルミ製フライパンを用いて調理する場合の手順又は要領等を言語をもって説明しようとすると、どうしても原告説明書中の右(2)ないし(11)の部分と同様の表現にならざるをえないから、原告説明書中の右各部分について著作物性を認めることはできない。 (4)最後に、(12)及び(13)の部分は、原告商品「ニューディナーパン」の使用上の注意及び手入れの仕方を説明したものであり、多孔質アルミ製フライパンについて使用上の注意及び手入れの仕方が共通するのは当然であり、これを言語で表現しようとすれば、まさに同様の表現にならざるをえない性質のものである。したがって、右部分も前記同様に著作物性を認めることはできない。 (5)原告説明書を作成したというA自身、前記他社の説明書(乙1ないし3)の存在を知らなかったとのことであり、にもかかわらずこれらとほぼ同様の表現の原告説明書を作成しているのであって、このことからも、原告説明書が、模倣しようと思わなくても同様の表現にならざるをえないありふれた創作性の認められない言語表現であることが明らかである。 著作権は、もっぱら「表現されたもの」を保護の対象とするものであって、そのもととなった「表現されるもの」すなわち「アイデア」そのものを保護の対象とするものではない。アイデアの独占を認めると、著作権法の究極の目的である「文化の発展に寄与すること」(同法1条)を阻害することになるからである。更に、他に適切な表現方法がない表現も、これを著作権法で保護しようとすると、結果的にアイデアの独占を許すことになってしまうから、著作物性を認めるべきではない。あるアイデアを表現するのに、ある一定の表現方法しか選択しようがない場合には、まねるつもりがなくても模倣したかのような表現になってしまうのであって、このようにアイデアと表現が融合しているような場合には、それがたとえ「表現」であったとしても著作物性を認めるべきではない。 2 仮に原告説明書が著作物に該当するとしても、原告はその著作権を有していない。 (一)原告説明書は、Aが調理師と実際に調理を繰り返して調理方法を検討し、技術者の協力を得て実際に取扱方法を検討し、その結果を総合して創作した(甲2)、というのであるが、右調理師及び技術者の関与ないし協力の仕方いかんによっては、Aと調理師及び技術者との共同作業により作成されたものということになり、そして、単一の形態をなし、各人の寄与を分離して個別的に利用することが不可能なものであるから、共同著作物に該当することになる。 そうすると、Aは他の共有者全員の同意なしに原告説明書にかかる共有著作権の持分を譲渡することはできない(著作権法65条1項)から、原告は原告説明書の著作権を取得していないことになる。 (二)仮に原告説明書はA単独の著作物であるとしても、原告は、同人から原告説明書の著作権の譲渡を受けた旨主張するが、右譲渡の事実を証明する書面はなく、右譲渡が売買であるのか贈与であるのかという譲渡の種別、その対価の額、税金の支払等の事実を一切明らかにしないから、右譲渡の事実は認められない(原告説明書には、裏表紙に「製造元X」との記載があるだけで、著作名義としての法人名は何ら記載されていないから、法人たる原告が著作権法15条1項によりその著作者になるということもない)。 (三)なお、原告説明書は、文字の記載だけでなく写真やイラストも挿入されているところ、当該写真、イラストの完成度からして専門家が撮影ないし描いたものであると考えられる。仮に原告が当該写真、イラストを無断で使用しているとすれば、原告が被告に対し著作権侵害を主張することは、民法708条の趣旨であるクリーンハンドの原則に反し、信義則上認められない。 二 争点2(被告説明書〔別紙三「比較一覧表」左欄摘示の部分〕は、原告説明書〔同表右欄摘示の部分〕を複製したものということができるか)について 【原告の主張】 1 被告説明書は、原告説明書に依拠し、その具体的表現の一部を変えたにすぎないから、原告説明書を複製したものである。 2 被告は、被告の委託業者が被告説明書を作成するに当たり原告説明書を参考にしたかも知れないと主張するが、被告説明書を原告説明書と対比すれば明らかなように、対象項目がほとんど同じであり、かつ、その項目の説明において原告説明書と同一ないし類似の表現がそのほとんどを占めているから、参考にしたというにとどまらず、原告説明書を模倣、盗用したものであることは明らかである。 被告説明書に記載されている調理方法及び手入れ方法について、委託業者自らが対象項目を取捨選択し、実践し、その結果として原告説明書と同様の表現になったのではないのである。 【被告の主張】 仮に、原告説明書が著作物であり、原告がその著作権を有するとしても、被告説明書の製作、頒布は、原告説明言についての著作権を侵害するものではない。 1 被告の委託業者が被告説明書を作成するに当たり原告説明書を参考にしたかも知れないが、被告説明書が原告説明書に依拠し、その具体的表現の一部を変えたにすぎないとの点は否認する。 2 民法709条にいう権利侵害は、法律上保護されるべき利益を侵害されることで足りるのであるが、その権利侵害性は、被侵害利益の種類と侵害の態様との相関関係によって判断すべきである。本件において、被侵害利益とされる原告説明書についての原告主張の著作権は、仮にこれが認められるとしても、その表現はありふれた表現であって創作性に乏しいものであるから、相関関係上、その侵害態様が悪質でなければ権利侵害を肯定することはできない。したがって、デッドコピー形態の侵害行為であって初めて権利侵害性を肯定することができるというべきであり、この理は、著作権法112条1項の著作権の侵害の判断においても同様である。 確かに、総論的には、複製権の保護範囲はデッドコピーに限定されるものではなく、実質的類似性を有するものにまで及ぶものといえるが、何ら模倣、盗用しなくても、内容の性質上誰が作成しても類似したような表現になってしまうものまで、実質的に類似しているとして複製権の侵害を主張することを許すとすれば、著作権法の目的である「文化の発展」に何ら寄与せず、不当であることは明らかである。 被告説明書は、一見して明らかなように原告説明書のデッドコピー形態のものではないから、被告説明書の製作、頒布をもって著作権侵害とすることはできない。 三 争点3(被告が損害賠償義務を負う場合に、原告に対して賠償すべき損害の額)について 【原告の主張】 原告は、被告による原告説明書の著作権侵害行為により、原告説明書の著作権使用料相当額である10万円を下らない損害を被った。 【被告の主張】 原告の主張は争う。 第四 争点1(一)(原告説明書は、著作物ということができるか)に対する判断 一 原告説明書は、「ニューディナーパン フシギな、不思議な料理ブック 水なし 油なし」と題する原告商品「ニューディナーパン」の商品取扱説明書であるところ、原告は、原告説明書は、Aが原告製品の従来にはない特性を生かした調理方法や商品の取扱方法を説明するために創作した独自の思想表現のなされている著作物であって、すなわち、表紙部分、「焼く料理」方法についての概括的説明、「ゆでる・煮る料理」方法についての概括的説明、「ゆでる・煮る料理」の具体的説明としてのゆで卵・野菜(ふき・葉菜類・枝豆)・ふきの卵とじ、アスパラガスのゴマ和え・五目煮・めん類、「焼く料理」の具体的説明としてのホットケーキ・鶏肉のソテー(野菜添え)・ハンバーグステーキ・ビーフステーキ・焼き餃子・お好み焼き・あじの塩焼き、「炒める料理」の具体的説明としての炒飯・焼きそば・もやしとニラの炒め物・なすの炒め煮、「揚げ料理」の具体的説明としての南蛮漬け、原告商品の手入れ方法の各項目で構成されており、その項目、配列及び内容表現は、原告商品の特性を消費者にアピールし、原告商品を消費者に愛好してもらうことを目的として、著作者が思考し、その独自の精神活動の結果成立したものであり、被告説明書(甲1)は原告説明書を複製したものであって、その製作、頒布は原告説明書について原告の有する著作権(複製権)を侵害するものであると主張するものである。 しかし、原告が具体的に被告説明書による著作権侵害を主張する箇所は、原告説明書中の別紙三「比較一覧表」右側摘示の部分とこれを複製したとする被告説明書中の同表左欄摘示の部分であるので(原告説明書をもって編集著作物とし、その編集著作物についての著作権の侵害を主張しているわけではない)、以下、原告説明書中の同表右欄摘示の部分が著作物ということができるか否かについて検討する。 1 別紙三「比較一覧表」の右欄摘示の部分(( )内の数字は同表右欄における番号)は、 (1) 表紙の「フシギな、不思議な料理ブック 水なし 油なし」という商品取扱説明書の表題の部分、 (2) 「『焼く料理』の基本」の項において「適温と調理手順」として、(1)原告商品をガス台にのせ、(2)強火で1分30秒〜2分加熱し、(3)少量の水をふり入れて適温であることを確認し、(4)火かげんをすぐに弱火にし、(5)調理材料を入れるべき旨を5枚のイラストに付記する形で記載した部分、 (3) 「『ゆでる・煮る料理』の基本」の項において「ゆでる時のコツ」として、水気の多い葉菜類は洗ったまま水を切らずに入れ、水気の少ない根菜類は1/2カップ程度の水を加えるべき旨及び蒸気が出るまでは強火で、蒸気が出たら弱火にすべき旨を記載した部分、及び「水かげんと調理手順」として、(1)原告商品に材料を入れ、(2)カップ1/2程度の水を加えて蓋をし、(3)蒸気が出るまで強火で加熟し、(4)十分に蒸気が出たら弱火にし、(5)材料に応じた時間弱火のまま加熱すべき旨を5枚のイラストに付記する形で記載した部分、 (4) 「油なしで焼く」「ホットケーキ」の項において「作り方」を記載した部分、 (5) 「鶏肉のソテー・野菜添え」の項において「作り方」を記載した部分、 (6) 「焼き餃子」の項において「作り方」を記載した部分、 (7) 「少しの水でゆでる」「ゆで卵」の項において「作り方」を記載した部分、 (8) 「野菜をゆでる」の項において「枝豆のゆで方」を記載した部分、 (9) 「野菜をゆでる」の項において「葉菜類のゆで方」を記載した部分、 (10) 「水なしで煮る」「五目煮」の項において「作り方」を記載した部分、 (11) 「野菜をゆでる」の項において「葉菜類のゆで方」について根と葉の部分に切り分けて水洗いすべき旨を記載した部分、 「『ゆでる・煮る料理』の基本」の項において「ゆでる時のコツ」として水気の多い葉菜類は洗ったまま水を切らずに入れるべき旨を記載した部分、 「野菜をゆでる」の項において、「葉菜類のゆで方」について、切り分けた根の部分をカップ1/2の水を加えてひとゆでし、その上に洗ったままの葉の部分をのせて強火にかけ、十分蒸気が出たら上下に返して軽くゆでるべき旨を記載した部分、及び注として、緑黄色野菜は余熱で色が変わるので火を消したらすぐ取り出すべき旨を記載した部分、 (12) 「ご使用上の注意とお手入れ」を記載した部分、 (13) 裏表紙において「ご注意」として、与熱後の空炊きは絶対に避け、適温後は必ず弱火にしてすぐ材料を入れ、調理を始めるべき旨、木製ヘラかナイロンこてを使用すべき旨、原告商品が熱いうちに冷水につけるなどの急冷は避けるべき旨を記載した部分、 「『焼く料理』の基本」の項において「ご使用上のルール」として、大豆等の乾燥した材料を調理する場合は空炊きにならないよう火かげんに注意すべき旨を記載した部分、 「ご使用上の注意とお手入れ」として、原告商品を保存容器として使用しないようにすべき旨を記載した部分 である。 2(一)まず、(1)の「フシギな、不思議な料理ブック 水なし 油なし」との表題の部分は、単に言葉を羅列して組み合わせたものにすぎず、それ自体思想又は感情を創作的に表現したものとはいい難いから、著作物ということはできない。 原告は、右(1)の部分は、原告説明書を手にした消費者に対し、原告商品の特性を端的にアピールし、印象づけるためにはいかなる表現が適切であるかを思考した結果創作されたものであって、そこに使用されている言葉一つ一つには独創性がなくても、右の目的を達成するためにそれらの言葉をどのように組み合わせて表現するか、という点において著作者独自の精神活動が存在しているのであるとか、題名やキャッチフレーズという表現形式の故に著作物性が否定されるべきものではなく、あくまでその表現自体に著作物性があるか否かによって判断されるべきものである旨主張するところ、表題やキャッチフレーズ、標語のようなものでも、例えば俳句に準ずるような程度のものに達していれば思想又は感情を創作的に表現したものと認められるが、右(1)の部分は、言葉をどのように組み合わせるかという点に工夫が窺われるとしても、単なるキャッチフレーズを表題としたものの域を出ず、未だ思想又は感情を創作的に表現したものとまでは認められない。 (二)次に、(2)又は(3)の部分は、総論的に、多孔質のアルミ製フライパンである原告商品「ニューディナーパン」を使用して「焼く料理」又は「ゆでる・煮る料理」を作る場合の基本的手順を、(4)ないし(6)及び(10)の部分は、同じく原告商品を使用して代表的、典型的な家庭料理であるホットケーキ、鶏肉のソテー野菜添え、焼き餃子、五目煮を作る場合の材料の調製の仕方、原告商品を用いての調理の仕方という具体的手順を、(7)ないし(9)及び(11)の部分は、ゆでる料理の例としてゆで卵、枝豆、葉菜類をゆでる場合の具体的手順を、いずれもそのまま箇条書的に簡潔に記載したものであって、その手順も原告商品と同様の多孔質のアルミ製フライパンを用いて同じ料理を作る場合の通常の手順の域を出ず(もちろん、その手順について原告が何らかの独占権を有するものではないし、原告は、多孔質のアルミ製フライパン自体につき、何らかの独占権を有する旨主張しているものでもない)、また、(12)及び(13)の部分は、原告商品の使用上の注意及び手入れ方法を箇条書的に簡潔に説明したものであって、原告商品と同様のフライパンについては、使用上注意すべき点や手入れ方法は当然共通するものである(もちろん、その手入れ方法等について原告が何らかの独占権を有するものではない)から、原告説明書全体としては説明文やイラストの組合せ、配置等に工夫が窺われるものの、右(2)ないし(13)の部分それ自体はいずれも、言語による表現として思想又は感情を創作的に表現したものとは認められず、著作物ということはできない。 原告は、右(2)ないし(11)の部分は、原告商品を使用して料理を作るについて、原告商品の特性を生かした調理方法をどのように表現すれば消費者によりよく理解してもらえるかということを思考した結果創作されたものであって、そこには著作者独自の精神活動が存在している((12)及び(13)の部分も同様である)旨主張するが、以上の説示に照らし、採用することができない。 (二)したがって、原告説明書中の別紙三「比較一覧表」右欄橋示の部分が著作物に該当することを前提として、その著作権侵害を理由に、被告説明書の製作、頒布の差止め及び損害賠償を求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないといわざるをえない。 第五 結論 よって、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 小出啓子 比較一覧表
別紙4
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