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【事件名】誤報記事による名誉毀損事件
【年月日】平成9年3月26日
 千葉地裁 平成7年(ワ)第908号 損害賠償請求事件

判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 田中由美子
同 高綱剛
同 門山宏哲
被告 株式会社朝日新聞社
右代表取締役 中江利忠
右訴訟代理人弁護士 秋山幹男


主文
一 被告は原告に対し、金五〇万円とこれに対する平成六年一月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の、各負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由
一 請求
1 被告は原告に対し、金五〇〇万円とこれに対する平成六年一月二三日から支払済まで年五分の五分の割合による金員を支払え。
2 被告は原告に対し、被告発行の朝日新聞千葉房総版朝刊に、別紙一「記事の内容」記載の内容で別紙二「記載条件」の記載条件による謝罪広告を、一回掲載せよ。
二 事案の概要
1 本件は、甲漁業共同組合(以下「甲漁協」という)の平成六年一月二二日の臨時総会において原告が代表者である乙有限会社の除名動議が可決されたことについて、被告が発行する朝日新聞の同月二三日付朝刊千葉版に「甲漁協臨時総会が前組合長である原告の除名を決議した」との記載を含む記事(以下「本件記事」という)が掲載されたことから、原告において、本件記事は、組合員の意見集約に過ぎない決議を正式な除名決議と誤ったうえ、対象者が乙有限会社(法人)であるのを原告(個人)と誤ったもので、これにより原告の名誉が毀損された、と主張して、被告に対し、慰謝料五〇〇万円の支払と朝日新聞への謝罪広告の掲載を求める事案である。
2 これに対し、被告は、本件記事に不正確な点(当該除名決議の対象者は法人であって原告の除名決議はなかったこと)があったことを認めたうえ、本件記事につき、
@ 当時原告と原告個人会社である法人は同視されており、甲漁協B組合長の記者会見でも原告の除名決議との説明があり、被告記者の電話に対し原告も除名決議を受けたことを否定せずに不当性を述べた等の点から、被告において当該除名決議の対象者を原告個人と信じたしそう信ずる相当な理由があったとして、公共事項・公益目的の記事中のことでもあるから、被告に名誉毀損の不法行為責任がない、
A 仮に除名対象者を法人と正確に報道しても、同法人は原告の個人会社で原告個人の除名決議と同視され、原告の社会的評価を低下させる点では変わりがないから、対象者を正確に報道しなかったことにより原告の名誉が毀損されたとはいえない、
B 仮に本件記事により原告の名誉が毀損されたとしても、当該記事が不正確だった点については、平成六年五月甲漁協の総会での正式な除名につき本件記事の続報として除名対象者を法人と報道して本件記事を事実上訂正し、更に平成八年九月二八日付朝日新聞千葉版に「おわび」記事を掲載して本件記事の誤りにつき訂正とおわびをし、これらにより原告の名誉は既に回復され精神的苦痛も慰謝されている、
 等と主張して争っている。
3 本件では、当事者、本件記事に関する次の(一)(三)の各事実は当事者間に争いがなく、当該除名決議、続報記事・訂正記事に関する次の(二)(四)の事実はその未尾記載の証拠等から容易に認められる。
(一)原告は、甲漁協の組合員であって昭和五二年から同漁協組合長を務めたが、平成四年に発覚した同漁協職員の経費使い込み等の横領事件の道義的責任をとるとして平成五年一月組合長を辞任したものであり、またC市では乙有限会社を代表者として経営し巻網漁及び鮮魚販売業を営んでおり、昭和六三年から平成七年までC市議会議員を務めたものでもある。
 被告は、全国紙「朝日新聞」を発行する新聞社であり、その発行する新聞を広く購読者に配付・販売している。
(二)甲漁協では、平成六年一月二二日開催の臨時総会において、女性職員が多額な漁協資金を着服したとされる事件(原告が組合長当時に発生)についての善後策の討議とともに、組合員の乙有限会社(代表者原告)が水揚げ手数料(先取四%の歩金)の一部(前年の総会で引上決議された二%分)を支払わないという問題が討議され、乙有限会社の除名動議が投票に付されて投票総数一二八票、賛成一〇四票、反対二四票で可決された(以下「本件決議」という)。
(三)被告は、平成六年一月二三日付の朝日新聞朝刊千葉版に、「乙漁協臨時総会、前組合長の除名決議、着服事件絡みで告訴も」という見出しで、「一昨年一一月、C市の甲漁協(B組合長)で発覚した女性職員による二億一〇〇〇万円にのぼる着服事件に関連して二二日、組合臨時総会が開かれ、投票の結果、前組合長、A氏の除名を決議した。『水揚げ手数料の一部を支払わないため』が理由」との記載のある記事(本件記事)を掲載した。
 右記事(本件記事)は、当該決議の除名対象者が乙有限会社であって原告個人を対象者とする除名決議はなかったのに、これを誤って当該決議の除名対象者が原告個人であると記載したものであり、これにより、被告は、甲漁協臨時総会が原告を除名する決議をした、とする誤った報道をした。
(四)被告は、平成六年五月一九日付朝日新聞朝刊千葉版に、「甲漁協、手数料一部不払い問題で総会、前組合長の会社を除名」という見出しの記事で、乙有限会社を正式に除名した前日の甲漁協総会につき報道し、その記事中に「この日の総会は、一月に行われた臨時総会の除名決議を受けたもので、議題の除名処分内容を事前に乙有限会社に示し、改善と弁明の機会を持つ形で開かれた」旨の記載をした(以下適宜「続報記事」という)(平成六年五月一九日付朝日新聞の紙面の一部)。
 また、被告は、平成八年九月二八日付の朝日新聞朝刊千葉版に、「おわび」と題して「一九九四年一月二三日付『甲漁協臨時総会』の記事で、同組合が除名を決議したのが『前組合長、A氏』とあるのは、『前組合長、A氏が代表取締役である乙有限会社』の誤りでした。見出しとともにおわびして訂正します。」との囲み記事(同紙三五頁の記事未尾に一段一三行分、「おわび」の題部分は幾分大きい文字を使用)を掲載した(以下適宜「訂正記事」という)(平成八年九月二八日付朝日新間の紙面の一部)。
4 これらを前提とした本件での主な争点・検討事項は、次の(一)乃至(四)の点である。
(一)本件記事の誤りによる原告の名誉毀損の有無。
(二)本件記事による原告の名誉毀損があった場合、被告の責任阻却事由(信ずべき相当の理由)の有無。
(三)被告の訂正記事等による原告の損害(毀損された名誉・精神的苦痛)の回復の有無。
(四)被告に本件記事による名誉毀損の責任が残る場合、原告の損害額の算定、及び、原告の求める謝罪広告の要否。
三 検討・判断
1 (本件記事の名誉毀について
(一)甲漁協が平成六年一月二二日の臨時総会で、原告が代表者である乙有限会社を除名する決議(本件決議)をし、これにつき被告が、翌二三日の朝日新聞朝刊千葉版に、「甲漁協臨時総会が前組合長である原告の除名を決議した」との記載を含む記事(本件記事)を掲載して報道したのは、前記二3のとおりであって、被告が、本件記事により、本件決議の除名対象者は乙有限会社(法人)であって原告(個人)対する除名決議はなかったのに、原告(個人)を除名する決議が為されたとの旨の誤った報道をしたことは明らかである(この点の誤りについては被告も自認するところである)。
(二)これについて、被告は、除名対象者を乙有限会社と正確に報道しても、同法人は原告の個人会社で原告個人の除名決議と同視され、原告の社会的評価を低下させる点では変わりがないから、対象者を正確に報道しなかったことにより原告の名誉が毀損されたとはいえない、と主張する。
 ところで、当時、当該甲漁協の臨時総会では原告が組合長当時に発生した職員による同漁協資金の多額な着服事件の善後策が討議されていて(前記二3(二))、原告は同漁協関係者の一部からは右着服事件への関与の疑念も持たれており、右着服事件は地域でかなりの関心を持たれていた(10各号右着服事件関係の当時の朝日新聞記事抜粋)という状況にあった。
 右のような状況の中で、「右着服事件を討議した甲漁協総会で原告個人が甲漁協から除名決議を受けた」というように右着服事件と絡めて本件記事の体裁(前記二3(三)での報道があると、この報道に接する総会の討議内容を知らない通常の読者は、除名決議の理由が「手数料一部不払」とされていても、原告に右着服事件への関与を含む大きな責任があったことが除名決議の根底にある、との印象を強く受けるものと推認される。
 他方、続報記事(前記三3(四)前段)のように「甲漁協が手数料一部不払問題で前組合長(原告)の会社(乙有限会社)を除名」というような除名対象者を法人とする報道であれば、本件記事の当時右着服事件を知る通常の読者がこれに接したとしても、手数料問題で甲漁協と原告の右会社との間に経済的な紛議があって除名決議に至った、という印象を受けるに過ぎず、通常の読者に当該除名決議と右着服事件の責任問題との関連性を印象付けるものではないと推認される。
 また、本件では、原告個人と乙有限会社が地域社会で区別されずに同一視されていたと認めるに足りる証拠はなく、却って、乙有限会社は近所や漁業関係者の間で知られるに過ぎないのに対し、原告個人は甲漁協組合長やC市議会議員を務めた者として地域社会でかなりの知名度があったことからみれば、一般には原告個人と乙有限会社(法人)は区別されていたと推認される。
 従って、本件記事において、除名対象者が原告個人と記載されるか、原告が代表者である法人(乙有限会社)と記載されるかは、右法人が原告の同族会社であったとしても、右着服事件の責任問題との関係で、本件記事による新聞報道に接する読者に、大きく異なる印象を与えるものとなるのであって、被告の主張するように、右法人の除名決議であっても原告個人の除名決議と同視され、原告の社会的評価を低下させる点では変わりがない、等ということはできない。
(三)なお、原告は、本件記事には、組合員の意見集約に過ぎないものを正式な除名決議と記載した誤りもある、と主張する。
 本件決議は、前記二3(二)のとおり、甲漁協の臨時総会で除名対象者を乙有限会社とする動議が投票に付されて可決されたもので、その性質・効力は別として「総会の決議」であったことは明らかである。そして、本件決議の性質・効力については、甲漁協は本件決議を組合員の意見を集約した決議として扱い、除名の効力を生ずる決議(水産業共同組合法二七条二項・甲漁協定款所定の除名決議)とは扱わなかった(甲漁協代理人の回答書)もので、このことは、甲漁協が弁明手続等を経て平成六年五月一八日の総会で正式に乙有限会社を除名したこと(前記二3(四)の続報記事の記載及び弁論の全趣旨)からも明らかである。
 ところで、本件記事には、前記二3(三)の記載に続いて、「今後、弁明の機会があり、来月の定時総会までに支払があれば、除名は解除される。」との記載があり、本件決議で除名が確定したものではなく流動的であることを記載しており、また、本件記事の記載は「除名決議があった」との記載であり、「除名された」との記載ではないのであって、本件決議で除名対象者に除名の効力が生じたと読み取れる報道とはなっていないことが認められる。
 そうすると、本件記事には、原告が右主張する本件決議の性質・効力等に関する誤りがあったとまではいえないから、この点に関する原告の主張は採用できない。
(四)右(一)乃至(三)によれば、原告は、前記甲漁協臨時総会で除名決議を受けた事実がない(除名決議を受けたのは原告が代表者である乙有限会社であった)のに本件記事中に「甲漁協総会が前組合長である原告の除名を決議した」との誤った事実を記載した被告の新聞報道により、前組合長なのに甲漁協から除名決議を受けたという不名誉な誤った事実の摘示を受け、しかも除名決議を受けたことが組合長当時に発生した職員の着服事件と関係あるかのように報じられて、名誉(社会的評価)を傷つけられ、また、その社会的評価の低下は、原告が代表者である乙有限会社が除名決議を受けた事実を報道された場合とは異なる内容・程度のものであるから、本件では、本件記事中に右誤った記載のある被告の新聞報道により、原告の名誉が毀損されたというべきである。
2(被告が真実と信じた相当な理由について)
(一)被告は、本件記事による不正確な報道に関し、公共事項・公益目的の記事中のことであり、当該除名対象者を原告個人と信じた相当な理由があるから、名誉毀損の不法行為責任を負わないと主張して、相当な理由として、当時原告と原告個人会社である法人は同視されており、甲漁協B組合長の記者会見でも原告の除名決議との説明があり、被告記者の電話に対し原告も除名決議を受けたことを否定せずに不当性を述べた等の点を挙げるので、この点について検討する。
(二)右相当の理由に関し、前記二3の争いがない事実等、及び、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1)甲漁協で、平成六年一月二二日、前記着服事件の報告の件、漁協の基本歩金(手数料)に関する件、その他の件を議題とする臨時総会が開催されたこと。右総会には、原告は欠席し、原告の弟(A1)・原告の子(A2)が出席していたが本件決議の直前に退席したこと。
(2)被告の担当記者D(以下「D記者」という)は、甲漁協の前記着服事件等を以前から取材して当時何回も記事にしていたが、右臨時総会で右着服事件の究明委員会の報告があることを知って取材を申入れ、総会終了後の当日午後五時頃から約一時間、同漁協会議室において、当時の組合長B、総会議長E、右着服事件の究明委員長Fを含む総会出席者ら約一〇名から、右総会の内容につき取材したこと。その際に、甲漁協側から、着服事件で女性職員と原告を告訴することを決議したこと、水揚げ手数料(歩金)問題で原告側と漁協側とは最後まで平行線に終わったこと、その後除名決議があったこと、との説明が為されたこと。
 右取材の中で、D記者は、右除名決議の対象者に関し、「A組合長の除名決議があったわけですね」と尋ねたところ、その場にいた者複数(本件では誰が答えたのかはっきりしない)から肯定的な答えがあったこと。
(3)その後、D記者は、当日の夜に、原告と電話で約一〇分間話をして、右除名決議に関する取材をしたこと。
 右電話で、D記者は、甲漁協で取材した当日の臨時総会の概要を説明して原告の除名決議に対する見解等を尋ねたところ、原告は、当該除名決議は手続的にも内容的にも不当な決議であること、水揚げ手数料(歩金)が不公平であること等を述べたこと。右電話取材において、双方とも除名対象者が個人か法人かの点は余り明確にしないで話をしていたとみられること。
(4)D記者は、記事の原稿の締切時間も迫っていたことから、右各取材に基づき本件記事の原稿を送稿し、被告は、これを本件記事として、翌二三日付朝日新聞千葉版に掲載して報道したこと。
 D記者は、当時、甲漁協に原告が代表者である乙有限会社(法人)が組合員として加入していたことは知らなかったが、漁業活動は乙有限会社がしており、水揚げ手数料(歩金)支払は漁業活動をしている右法人の問題であるとの認識はあって、右法人の甲漁協に対する支払は代表者である原告個人が組合員として支払うものと漠然と考えていたこと。
 右取材において、D記者は、甲漁協関係者から、水揚げ手数料一部不払問題を理由とする除名決議があった旨の説明を聞いたのに対し、個人も法人も同じという考えでおり、右除名理由からみて対象者は法人或いは個人・法人の両方ではないかとか手数料支払問題で法人と個人の関係はどうなっているのかという疑問を抱かず、この点の確認作業はしていないこと。
(5)原告は、D記者の電話の後、子(A2)から、当日の総会で乙有限会社が除名決議を受け原告個人の除名決議はなかったことを知らされたこと。
 原告は、本件記事の掲載された朝日新聞朝刊千葉版(平成六年一月二三日付)を読んで、その当日から翌々日に二回、D記者に対し誤った記事を掲載したことに抗議する電話をしたこと。
 その後、原告は、除名決議についての正式な通知がないことから、平成六年二月三日付内容証明郵便で、甲漁協に対し、新聞報道されている除名決議の存否・対象(個人か法人か)等の点を明らかにするよう求めたこと。
 これに対し、甲漁協から原告に、同月一五日付内容証明郵便で、本件決議は組合員の意見集約としての決議であり正式な除名決議ではないこと、除名対象者は原告個人ではなく乙有限会社であること等の回答があったこと。
(6)当時、前記甲漁協臨時総会における乙有限会社の除名決議について他社の新聞(読売新聞千葉版・毎日新聞千葉版・南房タイムス、但し、いずれも被告の報道より後の日付の新聞)でも「前組合長原告の除名決議−という記載のある記事を掲載していること。しかし、当該記事の為にどの程度の取材をしたかは本件では不明であること。
(三)右事実関係によれば、甲漁協が被告のD記者の前記取材の際に、本件決議の除名対象者をどのように説明したか明確ではないが、甲漁協はその直後から一貫して除名対象者は乙有限会社であると説明していることや水揚げ手数料一部不払を理由とする以上は漁業活動をする乙有限会社が対象とみられることを考えれば、甲漁協側は「前組合長の会社の除名決議があった」と説明したのを、被告のD記者が「前組合長の除名決議」と思い込んだ可能性が高いものとみられる。仮に、甲漁協側の説明が除名対象者を原告個人にしたものか乙有限会社(法人)にしたものか不明確なものであったとしても、水揚げ手数料の支払は漁業活動をする法人の問題であることはD記者も認識していたのであるから、右手数料一部不払を理由に原告個人の除名決議をするとなれば、甲漁協は右手数料の支払義務に関して右法人と原告個人の関係をどう考えているのか説明を求めて然るべきであるといえる。
 いずれにせよ、本件では、D記者が、甲漁協に対し本来右法人が支払うべき右手数料の問題で何故原告の除名決議となるのかの説明を求めずに、安易に右法人と原告個人は同じと考えて、除名対象者が本当に原告個人なのかを明確に確認をしなかったのは、十分な取材をしたとはいえない。
 そして、D記者が、甲漁協での取材の際に、原告の除名決議があったわけですねとの質問に誰が答えたのか、肯定的な返事があったというのも何を肯定したのか、いずれもはっきりせず、これでは除名対象者につき明確な確認をしたものとはいえず、また、原告への電話取材で原告が除名決議を受けたことを明確に否定しなかったとしても、D記者が原告に対し除名対象者が原告か法人かどちらなのかという形の明確な質問をしている訳ではなく、双方思い込みの中で話をしているに過ぎず、これらの事情が加わっても、本件決議の除名対象者につき、D記者が十分な取材をしたとはいえない。
 なお、当時他社の新聞でも、本件決議につき「原告の除名決議」との旨の記載を含む記事を掲載した報道をしているとみられるが、どの程度の取材をした記事か不明であるうえ、被告の報道より後日の報道であって本件記事の影響を受けた報道である可能性もないわけではなく、右他社の新聞報道があるからといって、D記者の取材が十分であったとか甲漁協が当初除名対象者を原告個人と発表していたとか推認できる訳ではない。
(四)そうすると、本件では、被告のD記者が本件決議の対象者を確認する取材が十分であったとはいえず、被告において、本件決議の対象者が原告個人と信じたとしてもそれにつき相当な理由があったとはいえない。
 従って、右相当な理由があることを根拠の一つとした被告に本件記事による名誉毀損の不法行為責任がないとする被告の前記主張は、本件では右相当の理由があったとはいえないから、その余の判断をするまでもなく、既に失当である。
3(訂正記事等による損害の回復について)
(一)被告は、前記続報記事(前記二3(四)前段)によって本件記事の前記誤りを事実上訂正した、として、これによる原告の損害の回復を主張する。
 しかし、右続報記事には、「甲漁協が平成六年一月の臨時総会の除名決議を受けて、同年五月一八日の総会で乙有限会社を除名した」との旨の記載があるのは前記のとおりであるが、そこには、右臨時総会での除名決議に関する本件記事に誤りがあったことやこれを訂正することの記載は全くなく、本件記事と対照して良く読めば前の記事(本件記事)が除名対象者を誤って報道したことが分かる、というものに過ぎず、本件記事の訂正記事には値しないものである。
 従って、右続報記事で本件記事を事実上訂正したことにより原告の損害が回復されたとする被告の主張は採用できない。
(二)次に、被告は、前記訂正記事(前記二3(四)後段)によって本件記事の前記誤りを訂正し謝罪した。として、これによる原告の損害の回復を主張する。
 そして、右訂正記事は、被告において、本件記事で除名対象者を「原告」と記載したのを「原告が代表者である乙有限会社」と訂正し、その誤りについて謝罪をした記事であるといえるから、この記事によって、原告が除名決議を受けていないのに除名決議を受けたと誤って報道されたことによる名誉毀損は将来的には相当程度解消され、かつ、これまでの名誉毀損による原告の精神的苦痛もある程度の慰謝が為されたものといえる。
 しかし、本件記事の大きさ(縦三段分の見出し付の四段六九行の記事)と比べて訂正記事はずっと小さいものであり、訂正記事は本件記事から一年八か月経過後のことでこの間原告の名誉毀損による精神的苦痛が続いたことを考えれば、右訂正記事によって原告の名誉毀損による損害が、右訂正記事で全部回復したとは到底いえない。
 (なお、被告は「記事のことは記事で対応が原則」といい、原告も本件記事の直後に被告が訂正の記事を出して謝罪すればこれを受入れたとみられるが、本件のように、時間が経過して訴訟になった後の訂正記事ではその持つ意味が限られたものになるのは当然である。)
 従って、右訂正記事により原告の損害の一部が解消乃至慰謝されたとはいえるけれども、原告の損害の全部が回復されたとはいえないから、この点に関する被告の右主張は採用できない
4(原告の請求について)
(一)慰謝料請求について
 以上の検討結果によれば、原告は、本件記事を登載した被告の発行する新聞(千葉版)により、「甲漁協臨時総会で原告個人が除名決議を受けた」という誤った事実を、原告の組合長当時の職員の着服事件の責任と関係もあるかのような形で広く報道され、その名誉を侵害され社会的評価を低下させられたものというべきであり、これにつき被告は名誉毀損の不法行為責任に基づき損害賠償として慰謝料の支払義務があるといえる。
 右慰謝料を算定するにつき、本件では、本件記事の右内容・体裁に加え、原告が甲漁協の前組合長で当時C市議会議員でもあった者として地域社会で知名度があり、それだけ本件記事の右誤った報道による影響を受けたとみられること、本件記事による報道の後、被告による訂正記事まで一年八か月余の期間があり、原告は毀損された名誉を回復する為に弁護士に委任して本件の訴訟を提起せざるを得なかったとみられること、等原告の為に考慮すべき事情がある。
 他方、本件では、当時原告は、甲漁協臨時総会で前記着服事件に関して刑事告訴の決議をされ、甲漁協から損害賠償の民事訴訟も提起されそうであり、乙有限会社が右甲漁協臨時総会で除名決議を受ける等の困難な状況にあったのであって、当時原告の心労の多くは本件記事による前記誤った報道よりは右困難な状況に起因する部分がはるかに大きいとみられること、時間が経過したとはいえ被告が前記訂正記事で小さいながら謝罪・訂正をしていてこれが本件記事の誤りに対するある程度の慰謝となるものであること、等被告の為に考慮すべき事情もある。
 これらの点を含め、本件で顕れた一切の事情を考慮すると、本件慰謝料としては金五〇万円と算定するのが相当である。
 (なお、原告は、本件記事につき被告のD記者が故意に原告を陥れた記事であるとの疑念を持っているようであるが、本件記事の誤りは、被告D記者の思い込みによる間違いから生じた可能性が高いのは前記のとおりであり、対応が遅れたのは大組織に往々ありがちなことと理解され、本件ではそれ以上にD記者が故意に原告を陥れる記事を送稿したとまで認めるに足りる証拠はない。)
(二)謝罪広告について
 原告は被告に対し、前記名誉毀損の不法行為による損害賠償と併せて名誉回復の方法として謝罪広告を請求する。
 しかし、本件では、前記訂正記事による本件記事の前記誤りの訂正と謝罪によって、相当程度の原告の名誉回復が為されたものであり、これに本件記事の前記誤りの内容・体裁その他右(一)で慰謝料算定につき考慮した事情を考え併せると、原告の名誉回復の為に更に謝罪広告が必要であるとまでは認められない。
四 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、損害賠償として金五〇万円とその遅延損害金(本件記事による新聞報道で原告の名誉毀損した日である平成六年一月二三日起算、民法所定年五分の割合によるもの)の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の損害賠償金(遅延損害金を含む)の支払及び謝罪広告の掲載を求める請求は理由がないからこれらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担は勝訴割合に本件事案の内容、訴訟経過を考慮して定め、相当な範囲で仮執行宣言を付し、よって、主文のとおり判決する。

千葉地方裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 千徳輝夫
 裁判官 大久保正道
 裁判官 三島琢


別紙一記事内容<略>
別紙二掲載条件<略>
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