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【事件名】原稿無断改変・自己名義公表事件(2)
【年月日】平成8年10月2日
 東京高裁 平成8年(ネ)第1129号 損害賠償等請求・同反訴請求・慰謝料請求各控訴事件、
 同年(ネ)第2413号 同附帯控訴事件
 (原審・東京地裁平成2年(ワ)第16311号(甲事件)・平成3年(ワ)第4959号(反訴事件)・平成6年(ワ)第5759号(乙事件))

判決
控訴人(附帯被控訴人)(甲・乙事件原告・反訴事件被告) 甲野春子
被控訴人(附帯控訴人)(甲事件被告・反訴事件原告) 乙山太郎
右訴訟代理人弁護士 丙川次郎
被控訴人(乙事件被告) 丙川次郎


主文
一 甲事件につき、原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金一九〇万〇五〇〇円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎は、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞朝刊A版に別紙謝罪広告目録記載(一)の謝罪広告文を同(二)の掲載条件により一回掲載せよ。
3 控訴人(附帯被控訴人)の被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎に対するその余の請求を棄却する。
二 乙事件につき、控訴人の本件控訴を棄却する。
三 附帯控訴人(被控訴人乙山太郎)の本件附帯控訴を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人乙山太郎との間においては、これを六分し、その五を被控訴人(附帯控訴人)乙山太郎のその余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とし、控訴人と被控訴人丙川次郎との間においては、全部控訴人の負担とする。
五 この判決は、第一項1に限り仮に執行することができる。

事実
第一 当事者の求めた判決
(控訴について)
一 控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)
1 原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消し、原判決を次のとおり変更する。
2(甲事件につき)
(1)被控訴人乙山太郎(附帯控訴人、以下「被控訴人乙山」という。)は、控訴人に対し、金三四三万円及びこれに対する平成三年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人乙山は、株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞全国版朝刊に、原判決別紙謝罪広告案記載の謝罪広告を一回掲載せよ。
3(乙事件につき)
 被控訴人丙川次郎(以下「被控訴人丙川」という。)は、控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成三年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え4 訴訟費用は、第一、二審を通じて、すべて被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
1 控訴人の本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
(附帯控訴について)
一 被控訴人乙山
1 原判決中、被控訴人乙山の敗訴部分を取り消す。
2(甲事件金銭請求につき)
 控訴人の被控訴人乙山に対する請求を棄却する。
3(反訴事件につき)
 控訴人は、被控訴人乙山に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成三年四月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審を通じて、すべて控訴人の負担とする。
二 控訴人
1 主文三項と同旨
2 附帯控訴費用は、被控訴人乙山の負担とする。
第二 当事者の主張
 当事者の主張の要点は、次のとおり、原判決に付加、訂正し、当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、控訴人は、研修集録別刷の回収等の措置の請求(原判決「第一 請求」の「一 甲事件」3、4項の請求)につき控訴を申し立てていないので、この請求に関する主張を除く。
一 原判決への付加、訂正
1 原判決四四頁三行目の「(1)著作権侵害に基づく損害額として合計二三三万円」を「(1)著作権侵害に基づく財産的損害額として合計九〇万円」と改める。
2 同四八頁一一行目冒頭から、四九頁一行目末尾までを、「(2)著作権侵害又は著作者人格権侵害に基づく慰藉料として合計二〇三万円」と改め、行を改めて、「本件において、著作権侵害に基づく慰藉料と著作者人格権の侵害に基づく慰藉料の基礎をなす事実は本来、不可分一体のものと解するので、次の(a)ないし(c)の事情を考慮した慰藉料の合計二〇三万円を、著作権侵害又は著作者人格権侵害に基づく慰藉料として、選択的に請求する。」を加え、四九頁二行目冒頭の「ア」を「(a)」と、五〇頁六行目冒頭の「イ」を「(b)」と、各改める。
3 同五四頁八行目の「(2)著作者人格権侵害に基づく慰藉料六〇万円」を削り、同九行目冒頭の「被告乙山は、」の前に「(c)」を加え、五五頁二行目末尾に、「その精神的苦痛を慰藉するには少なくとも六〇万円を相当とする。」を加える。
4 同五七頁六行目の「著作権侵害合計二三三万円」を、「著作権侵害に基づく財産的損害額」と改める。
5 同五九頁三行目の次に行を改めて、「(2)著作権侵害又は著作者人格権侵害に基づく慰藉料について」を加え、同四行目冒頭の「(c)」を「(a)」と改める。
6 同六〇頁四行目の「(2)著作者人格権侵害による慰藉料六〇万円について」を削り同五行目冒頭の「被告乙山」の前に「(b)」を加える。
二 控訴人
1 著作者人格権侵害について
 原稿料や印税を目的としない研究者の著作物において、著作者人格権侵害は非常に重要なものである。これを本件のように悪質かつ徹底的に侵害したにもかかわらず、その慰藉料を五〇万円と評価するのは低額すぎるし、著作権に対する認識が浅いといわざるをえない。
 原判決が、著作者人格権の侵害を認定しながら、謝罪広告の請求を棄却したことは不当である。すなわち、学術論文では著作者人格権の侵害は特に重大であるところ、著作者人格権のうち同一性保持権の侵害及び氏名表示権の侵害は、侵害著作物を知った範囲の者に対し訂正をすればほぼ旧状態に復するが、公表権の侵害は未発表の状態には戻らない。したがって、公表物の受け手の範囲に対し、著作者人格権を回復する事情説明文(謝罪文)を交付することが、未発表状態に近づける次善の方法であり、このことによってのみ公表権侵害は回復されるものである。また、その範囲も、被控訴人乙山名義論文の公表当時であれば、A地理学会の聴衆や複製物受領者に限られたが、その後の年月の経過により控訴人論文の著作者人格権への疑義も広がったのであるから、当然、全国紙に謝罪広告を掲載すべきである。
 原判決が、被控訴人乙山がB市史編集委員を辞任したことをもって、「乙山は社会的制裁を受けた」として、本件被害者である控訴人の慰藉料請求を減額するのは不当である。被控訴人乙山の辞任は、著作権侵害及び著作者人格権侵害を公に証明するものでないから控訴人の権利回復や精神的慰藉にはならない。
2 著作権侵害について
 不法行為を原因とする損害賠償において、正当な価値を手に入れるために正当な出費をしたにもかかわらず、他人の著作権侵害によって本来の目的を達成できなかった場合、得るべき価値を賠償させることも、取得費を弁償させることも許される方法である。本件の場合、控訴人は著作者人格権の侵害によって名誉を失い、名誉を失った著作物の複製物は価値を生まないから著作権も侵害する。侵害された著作権において失った名誉の損害額の算定は困難であるから、これに代えて取得費用の弁償を求めることは正当であり、本件では控訴人の支出した調査費及び執筆費の合計九〇万円を請求したものである。
 また、事件が発覚してから甲事件の提訴に至るまでの被控訴人乙山及びその代理人である被控訴人丙川の行為は、控訴人の権利回復を遅れさせるとともに精神的苦痛を与え、一般不法行為を構成するものであるから、その損害四五万円は、著作権侵害としての慰藉料及び著作者人格権侵害の慰藉料に該当するものである。
3 詐欺的不法行為について
 控訴人が被控訴人乙山と知り合ってから同人が控訴人論文をその占有下においた昭和六二年九月までの間、被控訴人乙山は、告げていれば決して控訴人が応じないような条件を隠しており、その結果、控訴人をして右論文を送付するに至らせたことは、明らかに被控訴人乙山の詐欺的不法行為に該当する。同人は、控訴人と接触した当時から、同一性保持権及び氏名表示権の侵害を意図しており、「執筆者に加える予定であった」旨の主張は、侵害行為の後七年を経てから述べられたものであり、到底信用できない。
 また、著作権法八一条二号は、出版者が原稿を六か月を越えて保持する権利がないことを定めており、被控訴人乙山と控訴人との間に出版契約が成立していないから被控訴人乙山が控訴人論文を保持していても違法性がないとする被控訴人らの主張は、誤りである。なお、不法行為の損害としては、著作権侵害による財産的損害として調査費及び執筆費を請求済みであるので、慰藉料のみ五〇万円を請求するものである。
4 乙事件について
 原審における反訴事件は、名誉棄損を構成すべき法的根拠も事実的根拠もない濫訴であり、被控訴人乙山が編集者として著作権法の基本を知っていたならば主張できないような主張で構成されており、その提起には少なくとも過失がある。また、それを受任して反訴状及び準備書面を書いた被控訴人丙川は、弁護士として、訴訟の法的事実的根拠を法に照らして構成すべき高い善意管理義務があるにもかかわらず、控訴人の人格を威嚇・侮辱し法律に精通せず、根拠が薄弱な事実を主張した。このことは、一般不法行為を構成するとともに、弁護士法違反であり、民事訴訟の闘争性を考慮しても、社会的相当性を大きく逸脱している。
5 反訴事件について
 反訴事件は前記のとおり濫訴であり、例えば、被控訴人乙山が高校教諭を退職した五か月後、控訴人が文部省の求めに応じて文部大臣宛の書面を提出したことは、控訴人の不法行為を構成しないのみならず、憲法一六条に保障された基本的人権である請願権に基づく行為であるといえる。
三 被控訴人ら
1 著作者人格権侵害について
 原判決において、昭和五九年七月二六日のA市での控訴人と被控訴人乙山との会話の内容を十分に確定すれば、控訴人が被控訴人乙山の研究補助者であり、控訴人論文が被控訴人乙山の著作物に組み入れられるべきものであって、著作者人格権及び著作権は被控訴人乙山に専属していることが明らかとなったはずである。
 また、仮に、著作者人格権が侵害された場合であっても、謝罪広告までは認めないのが一般的であるし、原判決が認定した慰藉料の金額も、多額すぎることはあっても低額すぎることはない。
 被控訴人らは、控訴人が控訴人論文を利用して二次的著作を行うことを阻止していたわけではなく、現に控訴人は、昭和六三年一〇月三〇日刊行の法政大学地理学集報に前記論文を発表している。
2 著作権侵害について
 控訴人は、著作権侵害における財産的損害と精神的損害を混同するものである。また、本件では、著作者人格権のみを問題にすれば足り、著作権を持ち出す必要はないし、その財産的損害の計算方法も、客観的裏付けを欠くものである。
3 詐欺的不法行為について
 控訴人が詐欺と主張する以上、どのような欺罔行為によってどれくらいの財産的損害を被ったかを明らかにしなければならないはずであるが、この点が全く不明確であり、不適法な主張である。
4 乙事件について
 被控訴人丙川は、控訴人を威嚇したことはないし、控訴人が被控訴人らの行為のために学術論文を発表できないわけではなかったことは、前述したとおりである。
5 反訴事件について
 控訴人が文部大臣宛に書面を提出した行為は、形式的には権利の行使であっても、その内容が被控訴人乙山の名誉、人格権を侵害するものであるから、不法行為を構成することは当然である。
第三 証拠《略》
理由
一 当裁判所は、控訴人の本訴請求(甲事件及び乙事件)につき、控訴人が被控訴人乙山に対して、著作者人格権侵害による慰藉料一五〇万円及び著作権侵害による財産的損害四〇万〇五〇〇円の各支払を求め、著作者人格権侵害の回復のため後記の謝罪広告の掲載を求める限度において理由があり、その余は理由がなく、附帯控訴人(被控訴人乙山)の反訴請求は理由がないものと判断する。
 その理由は、次に述べるとおりに付加、訂正をするほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」と同じである(ただし、原判決一一七頁一行目の「七月月」を「七月」と改め、一四四頁二行目の「昭和六〇年」の前に、「昭和五九年一一月の資料等の調査並びに」を加える。)から、その記載を引用する。
1 著作者人格権侵害に基づく慰藉料について
 原判決二四四頁三行目の「六〇万円」を「一九〇万〇五〇〇円」と、同六行目の「五〇万円」を「一五〇万円」と、各改める。
 同二四八頁七行目冒頭から二四九頁四行目末尾までを、次のとおりに改める。
 「したがって、控訴人の抗議等により、比較的早期に研修集録全部と研修集録別冊のほとんどが回収されたことや、被控訴人乙山が、本件紛争が盗作事件としてA県内の新聞やA県議会及びB市議会において取り上げられるといういわゆる社会的制裁を受けて、B市史の編纂委員を辞任するに至ったこと、後記3の謝罪広告を認容することなどの諸事情を考慮しても、被控訴人乙山が故意に控訴人の著作者人格権(氏名表示権・公表権・同一性保持権)のいずれをも侵害したことにより、控訴人が被った前記甚大な苦痛を慰藉するには、慰藉料一五〇万円をもって相当というべきである。」
2 著作権(複製権)侵害による財産的損害について
 原判決二四九頁五行目の「一〇万円」を「四〇万〇五〇〇円」と改め、同六行目から二五一頁二行目末尾までを、次のとおりに改める。
 「著作権の侵害とは、権原なき著作物の利用であり、著作者がした精神的創作行為の成果にいわば只乗りする行為の謂いにほかならない。すなわち、著作権侵害者は、著作者がその精神的創作に要した知的労力や費用等の負担なしに、その成果である著作物を利用するのであるから、その利用行為につき著作者が創作に要した右知的労力や費用等に見合う利益を不法に得たものといわなくてはならない。もっとも、無体物である著作物を対象とする著作権の侵害においては、有体動産の侵奪・毀損のような場合と異なり、著作者がした精神的創作行為の成果自体の喪失・減耗による著作物の交換価値の滅失・減少という積極的損害を考えることはできず、侵害行為により著作物の利用が妨げられたことによる消極的損害のみが損害として考えられるが、侵害者による違法な著作物の利用行為によって著作者が本来目的とした当該著作物の利用が社会観念上実現できなくなり、これをそのまま他に利用することもできなくなったと認められるときには、当該著作物の創作に直接要した知的労力や費用等は著作権侵害行為と相当因果関係のある損害として、侵害者は、これを金銭に評価した額を著作権者に賠償する義務があるというべきである。そして、侵害者に故意又は重大な過失がある場合には、その賠償すべき金額が著作権の行使につき著作者が通常受けるべき金銭の額に相当する額にとどまるものでないことは、著作権法一一四条二項、三項の規定に照らして明らかである。
 これを本件についてみると、前示認定の事実によれば、被控訴人乙山は、控訴人がもっぱらB市史に掲載の目的で単独で創作した学術論文であることが明らかな控訴人論文を故意に改変して被控訴人乙山名義論文中に利用し、著作者である控訴人の氏名を明示せずに複製し公表したものであり、このような態様のもとでの複製行為により、控訴人論文のB市史への掲載が社会観念上実現できなくなり、学術論文としてそのままの内容では他に利用できないことになったものと認められるから、被控訴人乙山は控訴人が控訴人論文の執筆に直接要した知的労力及び費用を金銭に評価した額を複製権侵害による損害として、これを控訴人に賠償すべき義務があるものといわなくてはならない。
 前示認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人第一論文を基礎にして控訴人論文を執筆したものであるところ、この執筆のために一日一〇時間拘束されたとして少なくとも一〇日間を要したことが認められる。これによれば、控訴人論文の創作のために控訴人が直接費やした知的労力を金銭に評価すれば、少なくとも控訴人主張のとおり、控訴人の当時の家庭教師としての時給と認められる三〇〇〇円を基礎にその三分の二として算出した二〇万円と認められ、文房具代二六〇円は執筆に必要な経費として妥当な額と認められる。原稿を被控訴人乙山に送付するために要した送料二回分二四〇円も控訴人論文を本来の目的であるB市史に掲載するために必要な費用であり執筆に付随した経費として計上して差し支えないものというべきである。
 また、前示認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、控訴人の他の学術論文や控訴人論文執筆のための資料を収集するために、昭和五九年一一月二六日から二八日まで昭和六〇年八月六日から一二日まで、同年九月二三、二四日、同年一〇月一八日から二〇日までの合計一五日間、それぞれA県B市等に滞在して調査を行い、この間の知的労力を右と同様に金銭に評価すれば三〇万円と認められ、その間の宿泊費(昭和五九年一一月分を除く。)、交通費(控訴人住所地からの分も含む。)、手土産及び資料購入費等の諸経費として少なくとも合計約二〇万円を支出していることが認められる。そして、これによる調査結果は、控訴人論文執筆のために不可欠なものである反面、控訴人が自認するとおり控訴人の他の学術論文の執筆のためにも役立つことを考慮すると、本件著作権侵害行為と相当因果関係のある損害としては、前記三〇万円と二〇万円の合計額の五分の二に当たる二〇万円と認めるのが相当である。
 したがって、著作権(複製権)侵害による財産的損害は、合計四〇万〇五〇〇円と認められる。」
3 謝罪広告の請求について
 同二五一頁三行目冒頭から同九行目末尾までを、次のとおりに改める。
「(二)謝罪広告の請求について
 著作者人格権を侵害された著作者は、「著作者であることを確保するため」、又は「著作者の名誉若しくは声望を回復するため」に、適当な措置を求めることが可能であり(著作権法一一五条)、その必要な範囲内において謝罪広告を求めることも許される(著作者の声望名誉を回復するための適当な措置につき、最高裁昭和五八年(オ)第五一六号昭和六一年五月三〇日第二小法廷判決・民集四〇巻四号七二五頁参照)。本件の場合、控訴人論文は、学術論文としてその先行性が重要視されるものであるところ、被控訴人乙山は、前示のとおり、故意に控訴人の著作者人格権(氏名表示権・公表権・同一性保持権)のいずれをも侵害したにもかかわらず、終始一貫して、控訴人は独自の著作者人格権及び著作権を有していないと主張し続けたものであり、また、本件紛争は盗作事件としてA県内の新聞やA県議会及びB市議会において取り上げられたが、これにより控訴人論文の著作者が控訴人であることが社会的に明らかになったものといえないことなど、本件における侵害の態様及びその後の経過に照らせば、控訴人論文の著作者が控訴人であることは一般社会通念上不明のままに推移したものであるというべきである。したがって、被控訴人乙山名義論文が掲載された研修集録の一二〇部がA県内の高校等に配付され、研修集録別刷の五〇部がA県外在住の日本地理学会会員等を含む被控訴人乙山の知人等に配付されただけであり、これらの印刷物は、比較的早期に被控訴人丙川所持の分を除いて研修集録が全部研修集録別刷のほとんど(送付先で紛失した一部、控訴人所持の一部を除く。)が回収されたことを考慮しても、控訴人が控訴人論文の著作者であることを確保するための適当な措置として、被控訴人乙山が一般新聞に別紙謝罪広告目録記載(一)の謝罪広告文を同(二)の掲載条件により一回掲載することを認めるのが相当である。」
4 控訴人のその余の請求について
 当審における、控訴人の詐欺的不法行為及び原審乙事件に関する主張は、原審における主張の範囲を実質的に出るものではなく、それらがいずれも採用できないことは、原判決の説示するところに照らして明らかといわなければならない。
二 以上のとおりであるから、控訴人の請求は、甲事件につき、控訴人が被控訴人乙山に対して、著作権侵害による財産的損害四〇万〇五〇〇円及び著作者人格権侵害による慰藉料一五〇万円並びにこれらに対する不法行為の後であることが明らかな平成三年一月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに著作者人格権侵害による別紙謝罪広告目録記載の謝罪広告を求める限度において理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、これと異なる原判決を主文第一項のとおり変更し、乙事件につき、請求は理由がないから控訴人の控訴を棄却し、被控訴人乙山の附帯控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担及び仮執行の宣言につき、民事訴訟法九六条、九二条八九条、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 牧野利秋
裁判官 芝田俊文
裁判官 清水節


(別紙)謝罪広告目録
(一)謝罪広告文
 「お詫び
 私がA県C高校研修集録第八号(旧)に投稿し、昭和六二年一二月に掲載配付された私名義の論文「全国総合開発と農村地域構造の変貌(第一報)ーB市の就業状況の変化」及び同抜刷(各全一七頁)の六?一四頁に掲載された文と図は、当時法政大学院生であった甲野春子氏がA県B市史の為に作成した物に、私が一部改変と挿入を加え、右雑誌に無断で転用した物です。大半は回収しましたが、右事実を認めお詫びします。
         乙山太郎
平成 年 月 日
甲野春子殿」
(二)掲載条件
 株式会社朝日新聞社発行の朝日新聞朝刊A版に、表題二〇級、宛先名及び乙山太郎名一五級、本文一二級の写真植字を使用して、右(一)の謝罪広告文を掲載する。なお、日付は、掲載日を記載する。
は、掲載日を記載する。    
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