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【事件名】出版許諾契約における出版者の権利事件
【年月日】平成8年8月20日
 長野地裁 平成8年(ヨ)第2号 仮処分申請

決定文
長野県(以下住所略)
 債権者 株式会社 郷土出版社
右代表者代表取締役 M・T
右訴訟代理人分譲士 上條剛
長野県(以下住所略)
 債務者 Y・T
右訴訟代理人分譲士 両角吉次


主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。

理由の要旨
第1 申立ての趣旨
一 債務者は、諏訪史談会の著作にかかる「諏訪史蹟要項全24巻」の印刷、製本、発売及び頒布をしてはならない。
二 債務者は、自ら占有し、または、別紙目録(1)記載の者をして占有せしめている別紙目録(2)記載の奥付の付された「諏訪史蹟要項全24巻」を廃棄しなければならない。
第2 当裁判所の判断
一本件は、債権者が、諏訪史蹟要項全24巻(以下、「本件図書」という。)の著作権者であるという諏訪史談会(以下、「史談会」という。)との間で出版許諾契約を締結していたにもかかわらず、債務者が無権限で、本件図書の出版を準備し、印刷し、頒布したとして、史談会の有する出版差止請求権(著作権法112条1項)及び著作物廃棄請求権(同条2項)を、前記出版許諾契約上の権利を保全するために代位行使している事案である。
二 これに対し債務者は、史談会は権利能力なき社団ではなく(史談会は諏訪教育会という組織の下部組織にすぎない。)、著作権者たりえないと主張し、また、本件図書が諏訪史蹟踏査要項(戦前版)の剽窃本であり、著作物(二次著作物をも含めて)に該当しないとも主張している。
三 史談会の法人性について
1  著作権法上「法人」には権利能力なき社団も含まれる(著作権法2条6項)が、史談会が権利能力なき社団と言えるかについて検討する。
2  債権者は、史談会が、大正7年に設立されて以来地方史研究の分野で講演会等の社会的活動を独自に盛んに行ってきた団体であることを強調している。
 たしかに、史談会は、史談会としての会則を有し、地方史研究という分野においてかなり活発な活動を続けてきた伝統のある組織であることは肯定されてよいし、史談会の名において書籍の刊行も行ってきた事実も認められる(甲第26号証、甲第11ないし第19号証、甲第45ないし第53号証)。
 特に、書籍の刊行を行ってきた点は本件においては重要な意味を有し、債権者が、著作権法14条により、史談会が史談会の名において敢〈「敢」は「刊」の誤?〉行した図書(本件図書も甲第11号証、甲第27号証の2、甲第28号証の2等により含まれる。)の著作権者との推定を受けると主張しているのはもっともである。
 なお、本件図書が、その体裁、内容からみて、諏訪史蹟踏査要項(戦前版)の存在を考慮しても著作物に該当することはもちろんである。
3  しかし、史談会が権利能力なき社団と言えるためには、現在において、団体としての組織を備え、構成員の個人的活動を離れて団体独自の活動を営み、団体構成員の脱退加入によっても同一性を失わず、その組織において代表の選出方法・総会の運営・財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要し、その上、本件にあっては、諏訪教育会(以下、「教育会」という。)との関係も問題となる。
 史談会会則(甲第26号証中にある)によっても、総会等の組織の機関の定めがなく、代表者や幹事等の役員の定めはあっても、これらの選出方法は定められておらず、しかも、債権者の主張(主張書面1)によれば、会長は諏訪教育会の会長が就任するのが創立以来の伝統であるとされ、会長は独自の権限で意思決定したり、執行したりしないというのである。
 選出方法が明文化されていない伝統によるとされていたり、通常団体の代表権を有すると思われる会長がまったく代表権を有しないかのごとき実体であったというのであるから、債権者の主張を前提とする限り、史談会は社団組織としての完成度に相当問題があると言わざるを得ないであろう。
 また、教育会との関連では、教育会において、史談会が同好会として独自性を有する組織であることを認めた上で教育会組織の一つであると結論付けた文書(乙第32号証)を作成しており(特に、右文書中の「諏訪教育会と諏訪史談会との関係」の部分。)、史談会の構成員をも兼ねる教育会の会員も存在する中で、教育会が、このような文書をあえて作成したことの意味は、組織内部の問題とはいえ軽視できないものがある。
 また、債権者と本件図書の出版についての交渉に当たった史談会の現職の幹事であるY・Fは、史談会と教育会の関係に配慮せずに債権者と話を進めた点に問題があったとしており、史談会と教育会の関係についても乙第32号証を追認する趣旨ととれる供述をしている(甲第35号証、乙第38号証)のであり、甲第42号証の上申書の存在を考慮しても、右供述をある程度重視せざるをえない。
4  以上によれば、史談会独自の法人性は、歴史的にみてこれを肯定すべき事情も存在する一方、現状においてはこれを否定すべき事情が存在し、その質、量ともに相半ばするものと考えざるをえず、本件が仮処分事件であり、その審理方法には制約があることを前提にし、本件仮処分の性質、効果をも考慮すると、この点についての疎明はないものと判断される。
四 本件出版許諾契約について史談会の法人性についても関連することであるが、史談会が債権者と本件図書についての出版許諾契約を締結するに当たり、史談会の代表者たる会長がどの程度関与していたのかという疑問があり、本件契約の締結自体についても有効であるのか疑問の余地なしとしない(乙第32号証、乙第38号証)。
五 著作権に基く差止請求権、廃棄請求権の代位行使について1債権者は、史談会との一般の債権契約を基礎に、史談会が有すると主張する著作権に基づく権利を代位行使しようとしていることは前述のとおりである。
2  債権者代位制度は債務者(本件では史談会)の一般財産保全のためのものであり、古制度の転用として特定債権の保全のためにこれを許すのは、限定された必要性の高い場合(不動産の登記請求権や占有を伴う不動産利用権のように、本来重畳的な権利行使が許されない性質のものと考えられる。)である。
 本件の場合、債権者の主張する出版許諾契約上の権利は、一般の債権と同様排他性を有するものではなく、かりに、第三者が史談会の有する著作権を侵害するようだ行為に及んだとしても、債務者たる史談会が債権者に対して債務不履行責任を負うものではない(第三者が著作権侵害行為に及んだ際に、史談会が、当該第三者に対し差止請求等を行う作為義務を債権者に対して負っているとの主張、疎明はない。)。
3 そうすると、債権者の主張するとおり、本件図書につき史談会が著作権を有するとしても、著作権者たる史談会が自らその権利を行使する必要があり、債権者による代位行使は許されない。
 なお、差止請求の代行行使を認めた例として債権者の主張する裁判例(東京地判昭和40・8・31)は、特許発明に関し、債権者が、債務者(本件では史談会に該当すべき者)に対して、右特許発明を独占的排他的、かつ全面的実施に積極的に協力すべきことを請求する債権を有している場合の判断と考えられ、本件とは事案を異にするものと思われる。
六 結論以上により、債権者の本件申立ては理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

平成8年8月20日
長野地方裁判所諏訪支部
 裁判官 村山浩昭
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