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【事件名】私信無断掲載事件(2)
【年月日】平成8年4月26日
 高松高裁 平成5年(ネ)第402号 損害賠償請求控訴、同付帯控訴事件
 (原審・高松地裁平成5年(ワ)第311号)

判決
控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人という) 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 武末昌秀
同 前畑健一
同 柳瀬治夫
被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という) 乙川次郎
右訴訟代理人弁護士 生田暉雄


主文
一 本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する平成五年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求(当審における新たな請求を含む)をいずれも棄却する。
四 本件附帯控訴を棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
六 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴について
1 控訴人
(一)原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
(二)被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(一)本件控訴を棄却する。
(二)控訴費用は控訴人の負担とする。
二 附帯控訴について
1 被控訴人
(一)原判決中被控訴人の敗訴部分を取り消す。
(二)控訴人は、被控訴人に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成五年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え(各誉毀損に基づく部分は当審における新たな請求)。
(三)訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
(四)(二)、(三)項につき仮執行宣言
2 控訴人
(一)被控訴人の附帯控訴を棄却する。
(二)附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一)被控訴人は、かつて少林寺拳法連盟相談役、本部考試員、本部審判委員、香川県少林寺拳法連盟理事長であったものである。
(二)控訴人は、かつて社団法人少林寺拳法連盟熊本支部理事長であったものである。
2 控訴人による被控訴人から控訴人宛の私信の公表
 控訴人は、著者として、平成五年三月「腐敗への挑戦財団法人・宗教法人少林寺拳法を告発する」(二三二頁定価一、五〇〇円)なる書籍(以下「書籍」という)を応文社から発行した。
 控訴人は、被控訴人に無断で、被控訴人が控訴人に対して宛てた平成元年二月六日付の私信(以下「本件手紙」という)をそのまま写真版で書籍八九頁、九〇頁に登載した。
3 控訴人の責任
(一)プライバシーないし人格権の侵害
(1)手紙を差出人本人に無断で公開することは、私事の公開ということでプライバシーないし人格権の侵害となる。
 その理由は、(a)差出人が名宛人に手紙を出す関係にあることが公開されること、(b)公開を予想していない手紙は、名宛人以外の第三者には読まれたくない内容のものであること、(c)公開することによって第三者を誹謗、侮辱し、第三者の名誉を棄損する等第三者に対する民事上の不法行為や刑事上の犯罪を構成する場合があること、(d)差出人の信条、信念考え方等内心を明らかにするものであること、(e)差出人と名宛人との人間関係、それまでの意見の交換、周囲の状況等を抜きにして、特定の手紙だけを公開すると、差出人の信条、信念、考え方等について第三者に誤解を与えるおそれがあること(f)手紙を出した時点における差出人の考え方等の表明にすぎないものが、日時を経て公開されることで公開時点での差出人の考え方等と異なるおそれがあること、などである。
(2)本件手紙は、少林寺拳法連盟の理事者の間で、本部納入金の増額問題について論議がなされていた平成元年ころのものであって、その当時被控訴人も含めて理事者は本部納入金の性質について誤った前提の下に議論がなされており、被控訴人も誤った前提の下に一時的に不満を有し、かつ、控訴人を少林寺拳法連盟の発展を虚心に願っている真面目な理事者であるとの誤解に基づいて、控訴人を信頼し、公開されないことを前提として右の一時的な不満を記載して差し出したものである。
 その後、被控訴人は自己の誤りに気づき、言動を反省していたが、私信が公開されるとは思っていなかったところ、差し出してから四年余も経た後に、被告によって写真版で書籍に登載された。
(3)被控訴人は、本件手紙の公開に同意しておらず、本件手紙の公開は前記(1)の(a)ないし(f)のすべてに該当していてプライバシーの侵害ないし人格権の侵害となるものである。
 本件手紙は、書籍中のわずか二頁を占めるにすぎないが、当時の被控訴人の少林寺拳法連盟における地位からいって、書籍の価値は本件手紙一通が担っているといっても過言でないほどの重要性を有している。
 被控訴人は、書籍の表題に書かれているような意思はなく、内容にも全く反対である。
控訴人は、被控訴人の信念、信条に全く正反対の内容の書籍に、書籍の趣旨と全く同じ見解のごとく登載したうえ、本件手紙によって書籍の権威付けに利用したものである。
(二)著作権の侵害
(1)本件手紙は著作権法における著作物に当たる。
 また、書籍は本件手紙を登載することによって創作された二次的著作物に該当する。
(2)控訴人による本件手紙の書籍への登載は、(a)無断利用ないしは(b)許諾の範囲外の利用として、被控訴人に対する著作権侵害である(著作権法六三条二項、以下同法を単に「法」という)。
(3)控訴人による本件手紙の書籍への無断登載は、被控訴人の公表権の侵害(法一八条一項)であり、書籍は被控訴人の信念、信条に全く反するものであるから同一性保持権の侵害(法二〇条一項)である。
(4)少林寺拳法連盟を誹謗、侮辱し、名誉を棄損するような表題の書籍への登載は、被控訴人の名誉または声望を害する方法によって被控訴人の著作物を利用する行為であって著作者人格権の侵害(法一一三条三項)である。
(5)控訴人が無断で本件手紙を登載した書籍を、被控訴人に無断で出版したことは、出版権の侵害(法一一三条一項二号)である。
(三)名誉棄損
(1)控訴人は、少林寺拳法連盟を批判する行為に出て、事実を捏造した本件書籍を発刊したが、本件書籍の内容には全く反対の被控訴人の本件手紙を、本件書籍の権威づけのため写真掲載した。
(2)被控訴人は、本件手紙を公開されたことによって、甚だしく名誉を侵害され、少林寺拳法連盟内の地位を事実上全て失い、社会的に抹消されたに等しい状態となった。
4 損害
(一)財産的損害(著作権侵害関係)
(1)書籍は、少林寺拳法連盟関係者、官公庁、新聞社、雑誌社などに配布され、その数は少なく見積もっても五〇〇〇冊を下らない。
(2)書籍の定価は一五〇〇円と表示されているところ、書籍の中で著者独自の著述部分は極めて少なく、知られていない中心的なものは本件手紙であってその価値は高く、書籍中の本件手紙の価値は一〇〇〇円を下らない。
(3)従って、控訴人は被控訴人の著作権を侵害して五〇〇万円(一〇〇〇円×五〇〇〇冊)の利益を得たものであって、これが被控訴人の損害額となるから、その支払を求める(法一一四条一項、二項)
(二)慰謝料
(1)控訴人は、故意(少なくとも重過失)により無断で本件手紙を公表し、被控訴人のプライバシーないし人格権、名誉を侵害し、また著作者人格権を侵害して、被控訴人に精神的な苦痛を与えた。
(2)本件手紙の公表は極度に悪意に満ちた卑劣な行為であって、違法性が大きい。
(3)被控訴人は、本件手紙の公表によって甚大な損害を被った。
 即ち、被控訴人はあらぬ誤解を受け、少林寺拳法連盟や同会長にも多大の迷惑をかけることになった。そのため、被控訴人は長年勤めた少林寺拳法連盟相談役等の役職を辞任するに至り、大きな精神的打撃を受けた。
 この精神的苦痛を慰謝するためには、どんなに少なく見積もっても、プライバシーの侵害、名誉毀損につき金一〇〇〇万円を、著作者人格権の侵害につき金五〇〇万円をそれぞれ下ることはない。
(三)以上のとおり、被控訴人は控訴人に対し、選択的に各請求に基づき金一〇〇〇万円(著作権侵害については財産的損害及び慰謝料の合計)の支払を求める。
5 差止請求
 控訴人の書籍発刊は、被控訴人のプライバシーを侵害し、名誉を棄損するもので、被控訴人の有する本件手紙の著作者人格権を侵害するものである。
 被控訴人としては、書籍の八九頁及び九〇頁の本件手紙を削除すれば、最小限度の目的を達するので、人格権及び著作権法一一二条に基づき、書籍の八九頁及び九〇頁の削除を求め、著作権の侵害組成物である本件手紙の原本及びその写真製版用ネガフィルムの廃棄を求める。
6 名誉回復措置
 被控訴人のプライバシーの権利及び名誉を回復し、本件手紙の著作者としての被控訴人の名誉もしくは声望を回復するため、民法七二三条あるいは著作権法一一五条に基づき、原判決添付の別紙二記載の謝罪広告を朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の各四国版、西部本社版及び四國新聞並びに「少林寺拳法機関紙小林寺拳法」に掲載することを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち「被控訴人に無断で」との点は否認するが、その余の事実は認める
3 同3の事実は争う。
(一)本件手紙の内容は、(a)被控訴人の私生活上の問題ではないこと、(b)控訴人は当時管長批判派グループの代表的存在であり、本件手紙は当然右グループに周知されるであろうことが予測され、また被控訴人も周知されることを期待していたと考えられる内容であること、(c)本件手紙は新聞記事における管長の発言に対する批判を内容としているが、当時すでに少林寺の内部紛争として関係者には周知の事実であったこと、から、先例において法的に確立された保護されるべきプライバシーは存在していない。
(二)本件手紙は、著作権法二条にいう「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものには該当しないことは明白であり、同法一〇条の例示物と比較しても、何ら法の保護対象とする著作物には含まれない。
 従って、右著作物を前提とする著作者人格権も存在しない。
(三)本件手紙は、その内容を読めば明らかなとおり、被控訴人の名誉に関するものではなく、本件につき名誉毀損が成立していないことは明らかである。
4 同4の事実は争う。
 仮に控訴人に何らかの損害賠償責任を生ずることがあったとしても、原判決が認容した慰謝料額の金二〇〇万円は著しく高額であって不当である。
5 同5の事実は争う。
 本件手紙が著作物に当たらない以上差止請求は理由がない。
6 同6の事実は争う。
(一)仮に本件手紙の登載がプライバシーの侵害に当たるとしても、民法七二三条にいう名誉には名誉感情は含まれないとされていることからみて、同条にいう名誉にはプライバシーは含まれないと解されるから、その侵害を理由として同条を根拠に名誉回復措置を求めることはできないというべきである。
(二)また、仮に本件手紙が著作物に当たるとしても、著作権法にいう声望名誉には名誉感情は含まれないと解されるから、著作者人格権に基づく名誉回復措置を求めることも許されないというべきである。
三 抗弁(被控訴人の承諾)
 被控訴人は、財団法人少林寺拳法連盟における最古参クラスの幹部であったが、管長及び本部批判を公然と行っていた。
 そして、控訴人らに対し、被控訴人の発言には責任を持つ、被控訴人の発言内容や手紙については、正論を述べているのでどのような形で使用してもかまわない、控訴人らのような若い世代が動かなければ組織は良くならない等と述べて、控訴人が被控訴人の発言や手紙を使用・引用することを包括的に承諾していたものである。
 従って、被控訴人は、本件手紙を書籍に登載することについても、予め承諾していたものというべきである。
四 抗弁に対する認否
 否認する。
第三 証拠
 証拠関係は、当審における書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由
一 請求原因一の各事実及び同二の事実のうち、控訴人が著者として平成五年三月、本件書籍を応文社から発行し、その八九頁、九〇頁に、被控訴人が控訴人に対して宛てた本件手紙をそのまま写真版で登載したことについては争いがない。
二 そこで、まず、本件書籍に本件手紙を登載することについて、被控訴人の承諾があったかどうかの抗弁について先に判断する。
 証拠(控訴人本人)によれば、本件手紙を被控訴人が控訴人に宛てて書いた平成元年二月当時、被控訴人が自分の書いたものについては組織のために役に立つなら使ってほしいと述べていたことが認められる。しかし、このことによって被控訴人がその私信を公開することまで包括的に承諾していたと直ちに推認することはできないし、本件書籍を発行する際に、本件手紙を登載することについて控訴人が被控訴人に許可や同意を得たことはない(控訴人本人)というのであるから、本件手紙を登載することについて被控訴人の承諾があったと認めることはできず、他に被控訴人の承諾を認めるに足りる証拠はない。
三 控訴人の責任について
1 プライバシーないし人格権侵害について
 本件手紙は被控訴人から控訴人に宛てた私信であって、私信は特定の相手だけに思想や感情を伝えることを目的としており、もともと公開を予定していないものであるから、その性質上当然に私生活に属する事柄であって、その内容がどのようなものであれ、一般人の感受性を基準にすれば公開を欲しないものと解すべきものである。
 証拠(甲一、二四、二五、乙一、二、被控訴人本人)によれば、本件手紙の内容は、主として平成元年二月五日付の四國新聞に掲載された管長の発言を批判するものであって、被控訴人は少林寺拳法連盟本部の組織運営に対する批判的な記事を、同年五月発行の「ぐどう」という少林寺拳法連盟内の有志で作る機関紙に発表していたこと、また、当時会費の値上げの問題について連盟の内部で不満があり、理事長会でも紛糾し、被控訴人自身も理事長会で会費値上げの進め方について批判する発言をしていたこと、が認められるが、このように被控訴人が連盟本部に対して批判的な発言をしていたとしても、本件手紙の内容が連盟本部に対する批判ではなく、管長の発言に対する批判であることからみて、関係者にとって周知の事実であったとまではいえず、一般には知られていない事柄であったということができる。
 したがって、発信者である被控訴人は、当時の右連盟における地位も考慮すると、右のような内容の本件手紙をみだりに公開されないことについて法的保護に値する利益を有しており、その承諾なしに公開することは、人格権であるプライバシーの権利を侵害するものといわなくてはならない。
2 著作権侵害について
 本件手紙は、前記のように管長の発言に対する被控訴人自身の考えを述べたものであって、その思想または感情を表明したものといえるが、著作権法が保護の対象とする著作物の意義を「思想又は感情を創作的に表現したものであって」と規定しているところからみて、著作物というためにはその表現自体に何らかの著作者の独自の個性が現われていなくてはならないと解すべきであるところ、本件手紙の表現形態からみて、このような意味の独自性があるものとして法的保護に値する「創作的に表現したもの」と解することはできない。したがって、本件手紙は著作権法による保護を受けるべき著作物(同法二条一項一号、一〇条一項一号)ということはできないと解するのが相当である。
 したがって、その余の事実について判断するまでもなく、本件手紙が著作物であることを前提とする著作権あるいは著作者人格権に基づく請求は理由がない。
3 名誉棄損について
 本件書籍はその題名からも明らかなとおり、財団法人・宗教法人としての少林寺拳法を批判する内容のもの(甲一)であるが、その中で、本件書籍の発行時である平成五年当時少林寺拳法連盟の重職である相談役や香川県連盟の理事長をしている被控訴人までもが管長批判をしていたことを明らかにして、連盟の内部に問題があることを強調するために、控訴人は本件手紙を登載したものと推認できる。
 他方、争いのない事実及び証拠(証人鈴木義孝、被控訴人本人)によれば、被控訴人は昭和二五年に少林寺拳法に入会し、昭和二七年からは開祖の内弟子として本部の道場長、技術の責任者、教学の責任者を経て、少林寺拳法連盟において役職を歴任したほか、昭和四五年以来一時期を除いて平成四年まで香川県少林寺拳法連盟の理事長の役職にあったが本件書籍の中に本件手紙が登載されたことによって、右連盟の内部で問題視する発言もあったことから、連盟本部の被控訴人に対する処分等はなかったけれども、本件手紙の登載による影響について責任を感じて自発的に本部のすべての役職を辞任し、理事長職も辞任したことが認められる。
 この経過からみると、本件手紙の登載が右のような地位にあった被控訴人に影響を及ぼしたことは否定できないが、本件手紙の内容は、被控訴人が管長の言動について批判したもので、それ自体は一つの考え方の表明として自由に表現することが許されるものであって、もとより被控訴人の社会的評価の低下につながるものとはいえず、したがって、またこのような意見を有していたことを前記の登載の方法で公表することが、特に被控訴人に対する社会的評価を低下させるものと解するのは困難である。したがって、本件手紙の登載が名誉棄損に当たることを前提とする請求は理由がない。
四 被控訴人の損害について
1 証拠(甲一三ないし一五、一六の一、二、一七の一、二、一八、一九、証人鈴木義孝控訴人及び被控訴人各本人)によれば、次の各事実が認められる。
(一)被控訴人が本件手紙を出した平成元年当時、被控訴人は、会費の値上げ問題について控訴人も連盟本部に批判的な立場であると理解し、控訴人を信頼して連盟本部に対する不満を述べていたが、前記三に認定のとおりの被控訴人の経歴からいって、連盟本部の健全な発展を願っており、連盟本部と別の組織を作るようなことは考えていなかった。そして、被控訴人の批判によって連盟本部の状況は徐々に改善されていると感じており、現在では本件手紙を書いたことを悔やんでいる。
(二)控訴人は、拳士の入門手続を怠ったこと等を理由として、平成四年に宗教法人金剛禅総本山少林寺及び財団法人少林寺拳法連盟から謹慎処分を受け、その後、別派行動をとっているとして同年一〇月に破門及び除名処分を受けた。本件書籍は控訴人が破門された後に発行されたが、被控訴人は破門という処分を受けた控訴人が、少林寺拳法連盟本部を批判する本件書籍に、三年以上も前に出した本件手紙を無断で登載されて大きな衝撃を受けた。
(三)被控訴人は、連盟本部の役員でありながら、破門された控訴人との三年以上も前の私信を意思に反する形で公開され、連盟内部に混乱を招いた原因を作ったという責任を痛感して、すべての役職を辞任した。
2 右の事実を総合すれば、被控訴人は、控訴人を信頼して率直な気持を打ち明けた本件手紙を、控訴人が無断で本件書籍に登載したというプライバシーの権利の侵害によって、大きな精神的苦痛を被ったことが認められ、その精神的苦痛に対する慰謝料としては金五〇万円が相当である。
五 差止について
 プライバシーの権利はいったん侵害されたときには事後的には容易に回復しえない性質の権利であるから、その侵害に対しては妨害の予防ないし排除を求めうる請求権が認められる場合があると解すべきである。しかし、プライバシーの権利が出版物によって侵害された場合に、その出版物の排除を求める差止請求権を認めるには、現代の社会において出版の自由が表現の自由の基幹をなすものであって安易に制限することが許されない重要な権利であることから、極めて慎重な検討を要し、高度の違法性が認められなくてはならないというべきである。
 控訴人は、被控訴人の承諾を得ることなく本件手紙を本件書籍に登載したのであるが、被控訴人がこのような管長を批判する手紙を書いたこと自体は事実であり、控訴人は本件書籍に本件手紙をそのように紹介して登載したものであって、控訴人が虚偽の事実をないまぜにして興味本位に記述したというものではなく、公開時とは異なる以前の被控訴人の考えが現在でも被控訴人の考えであるかのように読者に伝わるという点で被控訴人としては困惑せざるをえないことが推認できるものの、本件手紙の登載が極めて悪質であり卑劣な行為であるとまでは断定できない。また、証拠(控訴人本人)によれば、本件書籍は五〇〇部ぐらい印刷されたが、購入者はほとんどなく、大部分が無料で配付されたことが認められ、その配付数及び配付方法からみて、本件手紙が公開された範囲が限定されており今後も広く販売されることはないと推認できる。これらを総合すれば、被控訴人が求める本件書籍における本件手紙の登載頁の削除並びに本件手紙の原本及びフィルムの廃棄を認容しうる高度の違法性があるとまでは認められず、他に高度の違法性を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被控訴人の差止請求は理由がない。
六 名誉回復について
 被控訴人のプライバシーの権利が侵害されたことに対し、民法七二三条の準用又は類推適用による回復処分が認められるかどうかについて検討すると、同条が名誉毀損の救済方法として名誉回復に必要な措置を認めた趣旨は、金銭による損害賠償のみでは填補されない被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体を回復することを可能にするためであると解することができるところ、プライバシーの権利が侵害された場合に、謝罪広告等によって侵害される前の状態に復することは不可能であるだけでなくむしろ再びプライバシーの権利を侵害する結果になりかねないことからすれば、同条は名誉が侵害された場合に限って例外的に原状回復措置を認めたものであって、プライバシーの権利が侵害された場合に同条に基づいて原状回復措置を求めることはできないと解するのが相当である。したがって、原状回復措置としての謝罪広告の掲載を求める被控訴人の請求は理由がない
七 結論
 以上によれば、被控訴人の本訴請求は、プライバシーの権利の侵害に基づく慰謝料として金五〇万円及びこれに対する不法行為後である本件書籍の発行後の平成五年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は失当であって棄却を免れない。
 よって、これと異なる原判決は主文記載のとおり変更し、附帯控訴については理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

裁判長裁判官 大石貢二
裁判官 馬渕勉
裁判官 重吉理美
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