判例全文 | ||
【事件名】ポパイベルト事件 【年月日】平成6年10月17日 東京地裁 平成2年(ワ)第13098号 著作権侵害差止等請求事件 判決 原告 キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッド 右代表者 X1 原告 ザ ハースト コーポレーション 右代表者 X1 原告 有限会社アメリカン,フィーチャーズ 右代表者取締役 X2 右3名訴訟代理人 弁護士 吉武賢次 同 神谷巌 同輔佐人弁理士 菊地栄 被告 株式会社松寺 右代表者代表取締役 Y 右訴訟代理人弁護士 末政憲一 同 叶幸夫 同 佐藤恭一 同 水澤恒男 同 林正紀 主文 1 被告は、原告キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッドとの関係において、別紙標章目録3記載の標章を付したベルトを販売してはならない。 2 被告は、原告ザ ハースト コーポレーション及び原告有限会社アメリカン,フィーチャーズとの関係において、別紙標章目録1記載の標章を付したベルト及び別紙標章目録2及び3各記載の標章を付したジョギングパンツを販売してはならない。 3 被告は、原告ザ ハースト コーポレーションに対し金45万円、原告有限会社アメリカン,フィーチャーズに対し金15万円及びこれらに対する平成2年11月11日から支払済みまで各年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。 4 原告ザ ハースト コーポレーション及び原告有限会社アメリカン,フィーチャーズのその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用は、原告ザ ハースト コーポレーション及び原告有限会社アメリカン,フィーチャーズと被告との間では、これを4分し、その3を被告の、その余を原告ザ ハースト コーポレーション及び原告有限会社アメリカン,フィーチャーズの負担とし、原告キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッドと被告との間では、被告の負担とする。 この判決は第3項に限り、仮に執行することができる。 事実 第1 当事者の求めた裁判 一 原告 1 主文第1、2項同旨。 2 被告は、原告ザ ハースト コーポレーションに対し金750万円、原告有限会社アメリカン,フィーチャーズに対し金250万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 訴訟費用は被告の負担とする。 4 仮執行宣言。 二 被告 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 第2 請求原因 一 (当事者) 1 原告キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッド(以下、「原告キング フィーチャーズ」という。)は、新聞等に発表された文芸、美術関係の作品の著作権を所有管理することを業とするアメリカ合衆国ニューヨーク州法人であり、原告ザ ハースト コーポレーション(以下、「原告ハースト」という。)は、新聞発行業その他多種の事業を業とするアメリカ合衆国デラウェア州法人であり、原告有限会社アメリカン,フィーチャーズ(以下,「原告アメリカン,フィーチャーズ」という。)は、外国ニュース,ニュース映画、ニュース写真等の取次及び販売等を業とする会社である。 2 被告は、ネクタイの製造及び販売等を業とする会社である。 二 (原告キング フィーチャーズの著作権取得) 1(一)原告キング フィーチャーズと同名の訴外アメリカ合衆国法人キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッド(以下、「旧キング フィーチャーズ」という。)は、1929年(昭和4年)1月17日以降1943年12月31日に原告ハーストに吸収合併されるまで、その社員に命じ、又はフリーランサーに依頼して、ポパイ等の登場人物を有する1日読み切り、又は毎日の漫画が1週間かそれ以上続く体裁の連続漫画を描かせた。ポパイ漫画を実際に描いたのは次の者である。 (1)エルジー シー シーガー 1929年1月から1938年8月まで 同人は、旧キング フィーチャーズの被雇用者であった。 (2)チャールス エイチ ドク ウィンナー 1938年8月から1939年12月まで 同人も旧キング フィーチャーズの被雇用者であった。 (3)ベラ ザボリー 1939年12月から1943年12月まで 同人は被雇用者ではなく、フリーランサーである。しかし当時の米国著作権法によると、被雇用者のみでなく、フリーランサーであっても、著作を依頼されて著作したものについては、雇用者又は依頼者が著作権者になる。 (二)旧キング フィーチャーズは、このポパイ漫画を、アメリカ合衆国においてニューヨーク イブニング ジャーナル紙、アフトンブラデット、エル ユニバーサルその他の多数の新聞又は単行本に、著作権表示と共に、逐次掲載し、かつ著作権登録を経由し、アメリカ合衆国において著作権を取得した。 (三)その後、右(二)のポパイ漫画の著作権は、旧キング フィーチャーズが、1943年(昭和18年)12月31日、原告ハーストに吸収合併されたことにより、原告ハーストに承継され、右合併と同日、原告ハーストは、原告キング フィーチャーズ シンジケート インコーポレーテッドを設立し、旧キング フィーチャーズから承継した多数の著作権のうちの一つである右(二)のポパイ漫画の著作権を原告キング フィーチャーズに譲渡し、同時に同社からこれら著作権について独占的利用権の設定を受け、原告ハーストの中の一部門であるキング フィーチャーズ シンジケート ディヴィジョンがその管理をし、商品化事業等を行っている。 2(一)原告ハーストは、そのキング フィーチャーズ シンジケート ディビ〈「ビ」は「ヴィ」の誤?〉ジョンを通じて,その後も引き続いて左記のフリーランサーに依頼してポパイ等の登場する漫画を描かせ、その著作者になり、これを各種新聞又は単行本に著作権表示と共に逐次掲載した。 (1)ベラ ザボリー 1944年1月から、日刊については1959年8月まで、日曜版については同年9月まで (2)フォレスト バッド ザゲンドルフ 日刊については1959年8月から1986年2月まで、日曜版については1959年9月から現在まで (3)ボビー ロンドン 日刊について1986年2月から現在まで (二)そして右(一)のポパイ漫画の著作権も、原告キング フィーチャーズと原告ハーストの間で締結された1943年12月31日付け契約の第1条(c)の約定にしたがい、「アメリカ合衆国及び他の国の法律により著作権が取得されることあるべきすべての文芸又は美術の著作物の著作権」の一つとして、原告キング フィーチャーズに譲渡され、原告キング フィーチャーズは、前記1(二)記載の漫画について著作権更新登録を経由し、右(一)記載の漫画についてすべて著作権登録及び著作権更新登録を経由し、米国著作権法に基づいて、これらの著作権を取得している。 3 原告キング フィーチャーズは、右のように繰り返して描かれたポパイ漫画について、日本国内においても1989年3月1日以降はベルヌ条約により、それ以前は万国著作権条約により、それぞれ著作権を享有している。そして、このようにポパイの基本的な特徴が維持されたままポパイ漫画が継続的に著作、公表されたことにより、原告キング フィーチャーズは、日本国内において、遅くとも本件商標権が出願された昭和33年6月26日には、ポパイの姿態を中心とするポパイキャラクターの著作権も取得している。 三 (原告ハーストらの営業表示、商品表示の使用、右表示による周知性取得) 1 原告ハーストは、原告キング フィーチャーズから右のポパイ漫画の著作権について、再許諾の権利を含む独占的利用権の設定を受け、以後、商品化事業などを行っている。 2 ポパイ漫画は、前記二1のように1929年(昭和4年)1月17日、ニューヨーク イブニング ジャーナル紙に連載され始めるや、主人公となったポパイの正義感や痛快無比の腕力が人気の的となって同紙に連載され続け、1932年には、訴外マックス フライシャーの手によって映画化され、更に、単行本として発行されたり、テレビ化されたりした。そして水兵服を着、口にマドロスパイプをくわえ、腕には錨を描き、ほうれん草を食べると超人的な腕力を発揮する水夫ポパイのキャラクターは、世界中の人々に受け入れられ、親しまれるに至った。 3 我が国においても、右のポパイ映画の他、雑誌や単行本の形で多数のポパイ映画が紹介された結果、ポパイのキャラクターは広い人気を集めていたところ、昭和34年6月からTBS放送を通じ株式会社不二家がスポンサーとなってテレビ放映されたポパイ漫画が高い視聴率を得て人気を博した。 4 このような中、原告アメリカン,フィーチャーズは、我が国でポパイキャラクターの商品化事業、即ちポパイ漫画の著作権の独占的利用権者である原告ハーストが、我が国の企業に対しその販売する商品にポパイのキャラクターを付することを認めて許諾料を得る反面、ライセンシーたる企業が、これによって商品の顧客吸引力を高め、売上げをのばすことができるという事業、を開始した。 原告アメリカン,フィーチャーズは、右の商品化事業において、法的立場としては、原告ハーストとライセンシーとの契約の仲介者となり、対価として各ライセンシーから原告ハーストに支払われる許諾料の25パーセントを得ているが、その活動としては、我が国内における商品化事業の中心的立場に立ち、商品の品質が優れ、商品化事業を大切に育てていこうとする適切な企業を選択したうえで、許諾後も商品化事業展開上の問題について相談に乗ったり、その事業を指揮監督するなどしている。 5 原告ハーストと原告アメリカン,フィーチャーズは、商品化事業を行うにあたり、ライセンシンググループ全体の結束と発展を図るとともに、顧客に対しポパイキャラクターの持つ品質保証機能を確保維持するため、1業種について原則として1社のみに許諾し、許諾契約においては、@商品に付する絵、文章はライセンサー(原告ハースト)により承認されたものでなければならない。ライセンサーはこの商品の絵、文章及び品質について管理、監督する権利を留保する。Aライセンシーは、商品に(c)by King Features Syndicate・ Inc・などと明記する。Bライセンシーは商品の見本12個を無償でライセンサーに提供する。Cライセンシーの希望により、商品に貼付するための証紙を交付する。Dライセンシーが契約後3か月以内に商品の製造、販売を開始しないときは、ライセンサーは契約を解除し得る。Eライセンシーが契約条項を遵守したときは、ライセンシーの希望により契約期間を1年間ずつ延長し得る等の条項を設けている。 6 原告ハーストは、原告アメリカン,フィーチャーズを介し、昭和45年頃には次の企業と付記した商品についてライセンス契約を結ぶに至っていた。即ち、@株式会社不二家、チューインガム、キャラメル、A福助足袋株式会社、ソックス、ストッキング、Bアダムブラザース株式会社、Tシャツ、トレーナー、セーター、ポロシャツ、ベスト、ジャンパー、C揖斐川電工株式会社、メラミン製食器類、Dセイカノート株式会社、ノートブック、塗絵、E任天堂骨牌株式会社、トランプ、盤ゲーム類、F株式会社西川、乳母車、かや、G株式会社大黒、装飾品、H株式会社山中食品、ポテトチップス、I株式会社ペンテル、クレヨン、Jコーリン鉛筆株式会社、鉛筆、K日東あられ株式会社、もち、L株式会社ロッテ、キャンデー、チョコレート、M株式会社小出振興社、カルタ、双六。 その後昭和59年8月には、契約企業は50社ほどになっている。 7 このようにして、厳しい品質管理を通じてポパイキャラクターを付した商品の品質維持に努め、広告宣伝にも力を注いだ結果、ポパイキャラクター(以下、原告の主張において「原告表示1」という。)は原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの商品化事業を示す表示であり、これを付した商品はこれらラン〈「ン」は「イ」の誤〉センシーグループの商品であるとの認識が生じて、一定の出所識別機能、品質保証機能を有するに至り、遅くとも昭和45年頃には、原告表示1は、原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの商品化事業の商品表示及び営業表示として日本国内において周知となり、今日に至っている。 8 また昭和48年頃、平凡出版株式会社が雑誌名として「POPEYE」という名前を原告ハーストの許諾を得て使用するようになり、その際別紙標章目録4に表示したハイライト付きの特別のロゴタイプ(以下、原告の主張において「原告表示2」という。)を使用したところ、人気を博し、前記ライセンシー達もそのほとんどがこのロゴタイプを使用するようになり、右表示も遅くとも昭和56年頃には、原告ハースト及びアメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの営業表示及び商品表示として周知性を獲得した。 四 (被告標章の製造販売) 被告は、別紙標章目録1表示の標章(以下、「被告標章1」という。)を付したベルト(以下、「被告商品1」という。)と、別紙標章目録2、3表示の標章(以下、「被告標章2、「被告標章3」といい、被告標章1ないし3を総称して「被告標章」ということがある。)を付したジョギングパンツ(以下、「被告商品2」といい、被告商品1及び2を総称して「被告商品」ということがある。)を販売している。 五 (被告の無断複製) 被告が被告商品に使用している被告標章3は、ポパイ漫画の主人公ポパイの姿態を含み、原告キング フィーチャーズが著作権を有するポパイ漫画ないしポパイキャラクターの無断複製に当たる。 六 (原告表示と被告標章の類似性、混同のおそれ、営業上の利益を害されるおそれ) 1 被告標章と、原告ハースト、原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの商品出所表示であるポパイキャラクター(原告表示1)ないし「POPEYE」のロゴタイプ(原告表示2)とを対比すると、被告標章1及び3は、いずれもポパイの称呼及び観念を生じる点で類似しており、また被告標章2は、前記のロゴタイプ「POPEYE」(原告表示2)と外観、観念、称呼のいずれにおいても類似している。 2 そして被告標章に右1にみるような類似性がある以上、特段の事情の認められないかぎり、一般消費者をして被告の製造販売する被告商品が、右ライセンシーグループのいずれかの企業の商品であるかのごとく誤認させるおそれがあり、原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズに〈「に」は「の」の誤?〉営業上の利益を害する。 七 (被告の故意、過失) 被告は、右五記載のようにポパイ漫画ないしポパイキャラクターを無断複製し、右六記載のように原告表示と類似した被告標章が付された被告商品を製造販売して原告の営業上の利益を害したが、これらに際しいずれも故意又は過失があった。 八 (原告の損害) 被告は、被告標章を付した被告商品の販売により少なくとも金1000万円の利益をあげており、商標法38条1項の規定の類推適用により被告が受けた利益の額が原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズの受けた損害と推定され、原告ハーストの損害はその75パーセントに当たる金750万円、原告アメリカン,フィーチャーズの損害はその25パーセントに当たる金250万円であると推定される。 九 (結論) よって原告キング フィーチャーズは、主位的に個々のポパイ漫画の著作権に基づき、予備的にポパイのキャラクターの著作権に基づき、著作権法により被告標章3の使用差止めを、原告ハーストと原告アメリカン,フィーチャーズは平成5年法律第47号による改正前の不正競争防止法1条1項1号、1条ノ2第1項に基づき、被告標章1ないし3の使用差止めと、原告ハーストに対し金750万円、原告アメリカン,フィーチャーズに対し金250万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。 第3 請求原因に対する認否並びに被告の主張及び抗弁 一 請求原因一のうち、1は知らない。2は認める。 二 請求原因二、三は、知らない。 三 請求原因四は認める。 四 請求原因五ないし八は否認する。 五 請求原因九は争う。 六 抗弁一(ポパイ漫画の内ポパイの絵の著作権の保護期間の終了) 1 漫画は、本来美術的著作物のみであるが、付随的に言語的著作物が付加される場合もある。その場合、漫画は別種類の美術的著作物と言語的著作物の二面性を持っており、このような著作物については、複合著作物の成立するほかに、個々の美術及び言語の著作物毎に著作権が成立し、別々の3個の著作権の始期が開始すると考えるべきである。 本件についていえば、ポパイの漫画が発表されるとポパイの人物原画の美術の著作権の始期は開始し、その後に発表された漫画のポパイの絵はすべて右美術の著作物の複製ないし二次的著作物であって、複合的著作権部分による影響はないというべきである。 もしそう考えないと、小説については、いくら翻案等を施しても、発表後一定期間を経過すれば、その複製権、翻案権の保護期間が終了するのに、漫画については、発表毎に期間が延長されることになり、漫画について他の著作物よりも特別に保護する結果となる。法は、小説と漫画を別異に解釈すべき特別規定を置いていない。 2 本件についてみると、旧キング フィーチャーズは1929年に初めてポパイ漫画を著作して公表した。この時、旧キング フィーチャーズは、複合的著作物である漫画について著作権を取得すると同時に、その著作物を構成する個々の図柄(美術的著作物)及び筋立て(言語的著作物)についても著作権を主張できるようになった。本件において被告標章3の図柄部分(以下、「本件図柄」という。)は、美術的著作物であり、原告キング フィーチャーズの著作権との関係で問題になるのは、ポパイ漫画の美術的著作物の部分である。 3 漫画の美術的著作物である絵画部分は、漫画の掲載毎にその先行する当初の漫画の図柄を複製したものであるか、その図柄を変形又は翻案して二次的著作物としてできあがったものであるから、問題とすべきなのは、複製ないし翻案・変形により発生した美術的著作物としての漫画の部分である。そして原著作物に付加したものに創作性がなければ単純な複製であり、付加したものに創作性があり新たな著作権の対象であれば、二次的著作物というべきである。 4 これをポパイ漫画について見ると、繰り返し描かれたポパイ漫画において、後続のポパイ漫画はいずれも原著作物である1929年に作成された当初のポパイ漫画を推知することができるものであるから、後続のポパイ漫画については、複製として新しい著作権は発生しないとするか、変形又は翻案として二次的著作物が発生したとするかのいずれかである。 右にみたように美術的著作物としてのポパイの図柄については、これに多少の変化を加えても通常は単純な複製に過ぎず、仮に創作性が加わっても二次的著作物にすぎないから、言語的著作物を付け加えてこの部分に変化があるというだけで、後続のポパイ漫画がそれまでのポパイ漫画と別個独立の著作物として別個の著作権が発生すると解すべきではない。 5 これまでに述べたところから明らかなように、美術的著作物に着眼するとき、単なる複製に過ぎない後続のポパイ漫画については、独立に著作権は発生しない。仮に後続のポパイ漫画が原著作物の変形又は翻案にあたるとしたときでも、原著作物についての著作権が消滅した後は、二次的著作物の著作権者は、原著作物に含まれていた原著作物と二次的著作物との共有特徴を除いた部分についてのみ著作権を主張することができるというべきである。なぜなら、もし二次的著作物に基づいて当該著作物の全部について著作権を主張できるとすると、原著作物の保護期間終了後は、一般公衆が翻案権を自由に行使できるはずであるのに、保護期間中になされた翻案権の行使に基づいて、保護期間終了後の翻案ないし複製を否定することとなり、論理的に矛盾することになるからである。 また、米国著作権法は右の「共有特徴」に相当する部分については、著作権が発生しない旨を定めているから、相互主義によって日本においても保護されることはない。 しかるところ、原著作物であるポパイ漫画については、1929年に公表されており、平成2年5月には、日本国内における著作権保護期間が終了している。 6 そうしてみると、ポパイ漫画については、後続の部分が当初ポパイ漫画の複製であると解した場合は、それに基づいて著作権を主張することができず、また仮に二次的著作物に該当するとしても、原著作物の保護期間が終了している以上、原著作物に含まれていた、原著作物と二次的著作物との共有特徴を除いた部分についてのみ著作権を主張することができるだけであるところ、原告キング フィーチャーズは、後続のポパイ漫画のどの部分をもって二次的著作物が発生するのかを主張立証していない。 なお、本件においては創作性がないゆえに新たな著作権が発生していない可能性が高い。 七 抗弁二(漫画の著作権の保護期間の終了) 1 1989年3月1日に米国がベルヌ条約に加入したことによって、米国著作権法において無方式主義が採用されたが、それ以前には方式主義が取られていた。そのため、1961年(ベルヌ条約加盟時である1989年までに短期保護期間28年が終了する最後の年)までに公表された米国著作物で更新登録のなされていない著作物については、短い保護期間である米国の保護期間が終了しているため、日本において著作権の保護を受けることはない。 同時に1929年に公表された当初のポパイの漫画、及び1931年までに公表されたポパイ漫画については、仮に更新登録されていたとしても、日本国著作権法に戦時加算を加えた保護期間が終了しているので、被告標章3に対抗することはできない。 2 そうしてみると、被告標章3は、1958年頃に創作されたものであるから、1931年以降1958年までに創作されたポパイ漫画に依拠したことと、かつその依拠の対象となった漫画が更新登録されていることの立証が必要であるというべきところ、原告キング フィーチャーズは、右立証に必要な証拠を提出していない。 3 なお、1931年12月31日までに公表された著作物については、日本国内における保護期間が終了していることにより無条件に、1932年1月1日以降1958年以前に公表されたポパイ漫画については、更新登録のないかぎり、それぞれ米国内において保護期間が終了し、いずれも日本国において保護されないのであるから、巷には無数のパブリック・ドメインのポパイ漫画が存在する。それゆえ原告キング フィーチャーズは、「当該更新にかかるポパイ漫画に被告標章3が依拠したことが確実であり、保護期間が終了したポパイ漫画に依拠したはずがないこと」を立証しなければならない。 漫画の登場人物等であることが認められれば特にどの原画を利用したかまでの立証を要求することなく漫画の著作権侵害を認める考えもあるが、この理論は、原画を特定できなくても、依拠の対象となった有効な著作権のある原画が存在することが確実で、それほど依拠の立証を巖格に行わなくてもいい場合について当てはまる考えであり、本件のように、依拠した可能性のある原画の保護期間が終了している可能性の高いものについては当てはまらない。 4 更に、右3の要件を満たすポパイ漫画が存在したとしても、原告キング フィーチャーズは、右の要件を満たすポパイ漫画と、被告標章3の「実質的類似性」を主張立証しなければならない。 本件では前記六にみたように、後続のポパイ漫画について著作権が発生するとしてもせいぜい二次的著作物としてのものであるから、原告キング フィーチャーズが主張立証すべきこととしては、被告標章3と、当該更新登録にかかる著作物には共通して存在するが、すでに保護期間が終了したポパイ漫画には存在しない項目について、実質的類似性を主張立証しなければならないのである。 しかるところ、このような主張立証はなされていない。 八 抗弁三(複製権の時効取得) 1 無体財産権は、「所有権以外の財産権」(民法163条)として時効取得の対象となり、著作権もその例外ではない。そして著作権は、複製権等その一部を限って譲渡することができるから(著作権法61条1項)、複製権等著作権の一部も時効取得の対象となり得る。 2 訴外Aは、昭和33年6月26日、別紙被告商標のとおりの標章について商標登録出願をし、昭和34年6月12日にその商標登録を得る一方(以下、右商標権を「被告商標権」と、右商標を「被告商標」という。)、自らが代表取締役をつとめる訴外株式会社丸善にその複製使用を許諾し、右丸善は自らが製造販売する繊維製品に被告商標を複製使用し、この複製使用は昭和44年12月に同社が倒産するまで続いた。同社の倒産後、被告商標権は、Aから訴外大阪三恵株式会社に譲渡され、昭和46年3月4日移転登録がされた。以後、昭和59年4月17日に被告商標権を被告に譲渡するまで、右大阪三恵は製造販売する繊維製品に被告商標の複製使用を続けた。 3 自ら著作物を複製するか、もしくは自らの許諾に基づき第三者をして著作物を複製させることが複製権の準占有に該当するから、A及び大阪三恵は、被告商標に表示されたポパイキャラクターの複製権を準占有していたものであり、昭和33年6月26日以来のAの準占有を承継した大阪三恵は、20年を経過した昭和53年6月26日、被告商標のポパイ図柄の複製権を時効取得した。 被告は、大阪三恵から被告商標権を譲り受け、引き続き被告標章3を使用し、このポパイ漫画の複製権を行使しているもので、右時効の援用権者であり、右時効を援用する。 4 原告らは、「排他的支配」が時効取得のための準占有の要件であると主張する。 しかし「排他的支配」については、そのメルクマールは不明確であるばかりか、所有権その他の財産権の時効取得についてこれが殊更要件とされていないことから考えると、右は要件ではないというべきである。また侵害者はいなかったから、侵害者を排除して排他的支配を行うことは不可能であった。 5 原告らは、Aや大阪三恵には「自主占有」がないと主張する。しかし、Aは昭和33年6月26日に商標登録出願をする際、原告らに無断で図柄の複製を行っており、これは明らかに「自主占有」の開始である。その後原告主張のように訴外Bにポパイ図柄の使用許諾を求めた事実はあるが、それは被告の主張する時効取得期間の開始時点である昭和33年6月26日よりかなり後のことであり、かつその会見の内容も、AはBに被告商標の図柄以外のポパイ漫画の使用許諾を申し入れたものであって、被告商標の図柄についての使用許諾ではなく、同人は被告商標の構成の中に含まれる図柄については誰の承諾を得ることもなく、自ら自由に権利行使できると考えていたから、右Aの占有は、所有の意思のある自主占有である。 6 原告らは、Aや大阪三恵の占有は公然性がないとも主張する。しかし、被告商標の図柄は、昭和33年以降現在に至るまで、商標登録されて一般に公開され、また被告商標の付された繊維製品は、昭和33年から株式会社丸善によって、昭和44年以降は大阪三恵によって不特定多数人に販売されていたものであるし、大阪三恵は被告商標権に基づいて、昭和49年から数度にわたり、原告らのライセンシーに対して商標権侵害訴訟を提起してきている。原告キング フィーチャーズ極東代表Bらはこの事実を知っていたのに、原告側からの著作権に基づく使用差止請求訴訟を提起することなく、昭和53年6月26日を徒過している。 九 抗弁四(商標権に基づく権利行使。改正前の不正競争防止法6条による主張) 被告は、商品の区分を第36類、指定商品を被服、手巾、釦紐及び装身用「ピン」の類とし、出願日を昭和33年6月26日とする商標登録第536992号の被告商標権を有し、右商標権の行使として本件標章1ないし3を使用しているから、被告の右使用行為は、改正前の不正競争防止法6条所定の「商標ニ依ル権利行使ト認メラレル行為」に当たる。 第4 抗弁に対する認否及び原告らの反論 一 抗弁一、二に対して 1 旧キング フィーチャーズは、1929年1月17日以来ポパイ漫画を発表したが、その最初に描かれたものと、次に描かれたものを比較すると、登場人物も筋立ても異なり、ポパイ自体の姿態も異なるから、複製に当たらない。また翻案とは、「ある著作物の筋立てや構想を変えずに、他の表現形式で新しい著作物を著作すること」であるが、本件の場合、筋立てや構想も異なるのであるから、新しいポパイ漫画は旧いポパイ漫画の翻案には当たらない。 即ち新しいポパイ漫画は、新しく著作された新著作物である。 2 被告は、漫画について3個の著作権が生じるとして議論を展開している。しかし美術的著作物と言語的著作物の二面性を有するからといって、著作権が各面毎に発生するということは考えられない。 漫画の著作物は、絵画と言語が一体不可分の有機的関係を持って結合した形態において、初めて著作権者の特定の思想、感情を創作的に表現するものであり、被告のように絵画表現と言語表現を分離抽出して論じることは誤りである。漫画については、独立した一つの著作物について、一つの著作権が発生すると考えるべきである。 3 1931年12月31日以前に公表された著作物については、保護期間が終了していると被告は主張しているが、ポパイ漫画はそれ以降も連綿として創作、公表されており、これらは我が国の著作権法によって、現在も保護されている。 4 また1931年以前に公表されたポパイ漫画は、ポパイ漫画の公表が1929年1月17日であることを考えると、全体のポパイ漫画のうちごく少数であり、大部分のポパイ漫画は1932年以降公表された。したがって被告標章3も、未だに保護されるポパイ漫画に依拠していることは容易に推定できる。 二 抗弁三は否認する。被告は、ポパイ漫画の被告商標の図柄の複製権を時効取得した旨主張するが、右主張は次のとおり理由がない。 1 著作権ないし複製権を時効取得するためには、排他的独占権である著作権ないし複製権を行使したという外形が必要である。著作者はその著作物を複製する権利を専有するが(著作権法21条)、その趣旨は複製する権利を排他的に有するということであるから、この複製権を行使したという外形を備えるためには、自ら複製するか否かにかかわらず、他人による複製行為の排除行為が必要である。このことは無体財産権においては事実上誰でも実施(使用、利用)でき、単に実施することは有体物に対する占有と異なり幾重にも成立するから、有体物に対する占有に比すべきものは、実施権(使用権、利用権)を独占的に行使することと考えられることからも明らかである。したがってそのような占有が認められるためには他人の実施(使用、利用)を排除して、自らのみ実施することが必要であり、このような排他的実施(使用、利用)があって初めて、排他的権利である無体財産権を行使してきたという外観が存在する。 しかし、原告ハーストと原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループは、他人による複製行為を排除しながら20年以上にわたってポパイキャラクターを複製し続けているのであるから、被告による複製権を行使する外観があったとは認められず、被告主張の時効取得は有り得ない。 2 時効取得のためには、「自己のためにする意思」、即ち自主占有が必要である。これは当該財産権の準占有を開始させた事実が問題となるところ、Aは自己のポパイマークの使用が著作権の侵害に当たることを知って、ポパイキャラクターの著作権者側の極東代表であるBに自己の使用を認めてほしい旨の申し入れを行っている。即ちAは商標登録されたのと全く同じ図柄でなければ使用できないと思っていたものであるから、商標登録前には自分がポパイ漫画の使用を許される何らの根拠もないことを知っていたものである。そうすると同人はその使用開始時において、本来無断で使用すべきでないことを知って使用し始めたものであり、これを動産に例えていえば、一時借用のつもりで使用を開始したのにすぎない。即ち、Aには確定的に自己のものにしようとする考えはなかったのであり、正に他主占有というべきものである。 3 被告の占有は公然性を欠く。即ち、時効制度は権利の上に眠るものに対する保護を奪う制度である。しかるに本件においては、著作権者間の極東代表B氏は、外部の調査機関を使ってポパイキャラクターの侵害品が出てこないか調査を続け、常に目を光らせていた。したがって著作権者側は権利の上に眠るものではなく、ここには時効制度が働く素地がない。これを法律的にいえば、「公然」の要件を欠く。 また被告主張のようなポパイキャラクターを被告ないし株式会社丸善が使用してきた事実はない。 三 抗弁四は争う。 被告が被告商標権を有することは認め、被告商標権の行使として被告標章1、2を使用していることは否認し、その余は争う。 被告標章1及び2については、被告商標権にかかる商標と同一性を有しない。また被告商標権は、その商標登録出願日前に生じている原告キング フィーチャーズのポパイ漫画の著作権と抵触するものであって、使用することができないものであるから、被告商標権の使用をもって不正競争防止法6条所定の「商標法ニ依ル権利行使ト認メラレル行為」ということはできない。 更に本件においては、ポパイ漫画が周知著名になり、多くの人々の支持を得たのち、他人であるAによって、勝手に被告商標権の登録申請がなされたものである。このような権利の行使は、権利の濫用に当たるというべきである。 第5 証拠 証拠関係は本件記録中の証拠に関する目録記載のとおりである。 理由 一1 当事者間に成立の争いのない甲第7号証、甲第11号証、甲第12号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因一1の事実を認めることができる。 2 請求原因一2については、当事者間に争いがない。 二1 成立に争いのない甲第1号証、甲第2号証の1、2、甲第3号証、甲第4号証の1、2、乙第1号証、甲第21号証の1、2、甲第23号証ないし甲第26号証の各1ないし3、甲第29号証及び甲第30号証の各1、2、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第22号証、甲第27号証、甲第28号証、甲第32号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び真正に成立したものと認められる甲第20号証によれば、請求原因二1、2の事実を認めることができ、右によれば、原告キング フィーチャーズは、後記五4のように保護期間の終了しているものを除いたポパイ漫画について、アメリカ合衆国において著作権者であり、また我が国においても、昭和27年4月27日までは日米間著作権保護ニ関スル条約により、その後昭和31年4月27日までは平和条約第12条に基づく著作権に関する内国民待遇の相互許与に関する日米交換公文により、その後平成元年2月28日までは万国著作権条約により、同年3月1日以降はベルヌ条約により、右著作権を享有しているものである。 2 被告は、発表されたすべてのポパイ漫画について、原告による著作権登録ないし著作権更新登録がなされているとは認められないと主張するが、具体的な根拠が示されているわけではなく、前記甲第20号証、甲第21号証の1、2、甲第22号証、甲第23号証ないし甲第26号証の各1ないし3、甲第28号証、甲第29号証及び甲第30号証の各1、2並びに甲第32号証によれば、右1認定のとおり著作権登録、著作権更新登録が行われているものと認められる。 三 請求原因三について判断する。 1 前記甲第7号証、甲第12号証、当事者間に成立に争いのない甲第5号証、甲第6号証の1、2、甲第8号証の1、2、甲第9号証、甲第10号証の1ないし11、甲第16号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因三の1ないし6の事実を認めることができる。 2 右認定事実によれば、昭和45年頃までには、ポパイ漫画の主人公である、水兵服を着、水兵帽をかぶり、口にパイプをくわえ、腕には錨を描き、太い腕又は力こぶが強調された水夫の絵又は「ポパイ」若しくは「POPEYE」という主人公の名を表示したもの(以下、「原告表示1」という。)は、我が国において原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの商品化事業を示す表示であり、かつこれを付した商品はこれらライセンシーグループの商品であるとの認識が取引者、需要者の間に生じていたもので、しかもこれら商品表示及び営業表示は我が国内において周知性を取得していたものと認められる。 3 また、前記甲第10号証の5、6、甲第12号証、成立に争いのない甲第13号証によれば、昭和48年頃、原告アメリカン,フィーチャーズの仲介で原告ハーストのライセンシーとして「POPEYE」という名称の雑誌を発行した訴外株式会社マガジンハウス(当時の社名平凡出版株式会社)が、デザイナーに依頼してハイライト付きの特別のロゴタイプを制作させ、使用したところ雑誌の人気が出て、同様のロゴタイプの使用を希望する業者が多かったので、株式会社マガジンハウスと協議の上、原告ハーストのライセンシーはこのロゴタイプをポパイの絵と共に使用することができることとなり、原告ハーストのライセンシーの何社かはこのロゴタイプをも使用するようになった。これが別紙標章目録4のとおりの原告表示2である。 別紙標章目録4によれば、原告表示2は「POPEYE」の文字をデザインしたものであることは何人にも明白であるから、使用と同時に、あるいは遅くとも原告主張の昭和56年頃には、原告表示1の一つの態様として、原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズを中核とするライセンシーグループの営業表示及び商品表示として周知性を獲得していたものということができる。 四 請求原因四は、当事者間に争いがない。 五 請求原因五について判断する。 被告商標3がポパイ漫画の複製であるか否かについて判断すると、前記甲第1号証、甲第4号証の1、2、甲20号証、甲第21号証の1、2、甲第23号証ないし甲第26号証の各1ないし3、成立に争いのない甲第14号証、甲第15号証、乙第2号証の1によれば、被告標章3の絵画部分は、ポパイ漫画における主人公ポパイの特徴の一部と認められる「水兵服を着て、水兵帽をかぶり、右腕に力こぶを作った水夫」という特徴を備えており、これがポパイ漫画の主人公ポパイであることを覚知できる。そして前記甲第16号証、成立に争いのない乙第2号証の1、2、乙第4号証によれば、被告商標中の図もポパイ漫画の主人公ポパイの前記特徴を備えており、ポパイ漫画の主人公ポパイであると覚知することができること、昭和33年6月26日に被告商標について商標登録出願をしたA自身、昭和30年代頃に原告アメリカン,フィーチャーズの代表者Bと面会した際及び昭和59年6月5日に神谷巌弁護士と面会した際の、それぞれにおいて、被告商標中の図がポパイ漫画の主人公であるポパイの絵に依拠して作ったものであると自認していたことが認められ、これらの事実によれば、被告商標中の図は、昭和33年6月頃、Aによって、被告商標の登録出願前に公表されていたポパイ漫画の主人公であるポパイの絵に依拠して作製されたポパイ漫画の複製に当たる。このことと、被告標章3の絵画部分がポパイ漫画の主人公ポパイであると覚知できること、被告標章3は被告商標の使用に当たるとの被告の主張及びポパイ漫画の主人公ポパイの姿態の図が我が国において著名であることによれば、被告も被告標章3の絵画部分をポパイ漫画の主人公であるポパイに依拠して作製し使用していたもので、被告標章3の絵画部分はポパイ漫画の複製に当たる。 六 請求原因六について判断する。 1 原告表示1と被告標章とを対比すると、被告標章1ないし3は、いずれも「ポパイ」の称呼及びポパイ漫画の主人公であるポパイの観念を生じる点で原告表示1と類似している。また、原告表示2と被告標章2とを対比すると、外観において実質上同一であり、称呼、観念のいずれにおいても同一であるから両者は同一であり、原告表示2と被告標章1、3とを対比すると、称呼、観念において同一であるから両者は類似しているものと認められる。 2 被告標章1ないし3が、いずれも、前記三認定の原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズを中心とする商品化事業における商品表示として周知である原告表示1及び2と類似するものあるいは同一のものと認められる以上、一般消費者をして、被告標章を付した被告商品が、右ライセンシーグループのいずれかの企業の商品であるかのごとく誤認させるおそれがあるものと推認され、また右のような誤認により原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズは、その営業上の利益を害されるおそれがあると認められる。 七 請求原因七について判断する。 被告が、右四、六認定のとおり、原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズの商品表示と類似した被告標章、右五認定のとおりポパイ漫画の複製を含む被告標章3が付された被告商品の製造販売を始めた当時ポパイ漫画は我が国内において広く知られ、また原告商品表示は周知性を取得していたものと認められるから、被告は、右複製権侵害行為及び不正競争行為を行うについて故意があったものと認めることができる。 八 抗弁一(ポパイ漫画の内、ポパイの絵の著作権の保護期間の終了)について判断する。 漫画は絵画としての美術的な面と、筋立てとしての言語的な面の両者が複合された著作物であるが、漫画表現は、通常絵画による表現、即ち登場人物の組み合わせやその表情、姿態、背景の状況などと、言語的表現、即ち右登場人物の言葉や、擬音表現などが一体となって、かつ一コマ漫画以外は何コマかにわたって連続して表現されることによって、一定の物語を表現しているものであるから、漫画の美術的な面と言語的な面の両者は不可分なものとして一体化して一つの物語を組み立てているものというべきである。そうしてみると両者を別個独立のものとして、それぞれを個別に考察して、連載漫画の後の作品の絵画部分の主人公の姿態が当初の漫画の絵画部分の主人公の姿態の複製ないし二次的著作物にあたるという被告の主張は失当である。 また、漫画の絵画的な側面及び言語的な側面を総合して考慮するときには、後続のポパイ漫画は、1929年に当初発表されたポパイ漫画と、異なる登場人物の組み合わせによる、異った姿態、表現による絵画的表現と異なった言語表現によって別個の物語が創作された独立の著作物と認めるのが相当であり、後続のポパイ漫画が、絵画的な側面及び言語的な側面を総合的に考慮しても、当初のポパイ漫画の複製又は二次的な著作物であると認めるに足りる証拠はない。したがって、このような後続のポパイ漫画は、それぞれそれより前のポパイ漫画とは別個独立の著作権が成立する別個の著作物であって、その保護期間も独立に考えるべきである。当初のポパイ漫画についての保護期間の終了により、後続のポパイ漫画の絵画的部分の保護期間は終了した旨の被告の主張は失当である。 被告は、米国著作権法の下において、原著作物と二次的著作物の「共有特徴」部分は保護されないから相互主義により、我が国においても保護されないと主張するが、アメリカ合衆国において、後続のポパイ漫画のポパイの図柄が当初のものの二次的著作物と解されており、両者の「共有特徴」部分の著作権は当初のポパイ漫画の著作権の保護期間の終了と共に終了するものとして扱われていることを認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張も失当である。 九 抗弁二(漫画の著作権の保護期間の終了)について判断する。 ポパイ漫画は1929年1月17日から職務著作として創作され、各創作時の著作権者である旧キング フィーチャーズ又は原告キング フィーチャーズを著作権者とした適法な著作権表示と共に発表されてきたものであり、最初のポパイ漫画の公表以来、現在に至るまでのポパイ漫画は、すべて著作権登録及び最初の保護期間が終了したものについては著作権更新登録がされていることは前記二に認定したとおりである。 1978年1月1日からアメリカ合衆国で施行された1976年改正の米国著作権法第302条の規定によれば、1978年1月1日以後に創作された職務上の著作物の保護期間は、最初の発行の年から75年とされ、第304条の規定によれば、1978年1月1日に改正前の米国著作権法による最初の保護期間が残存している著作権は、その著作権が最初に確保された日から28年間存続し、更に47年間の更新及び延長を受けることができ、1976年12月31日から1977年12月31日までの間に改正前の米国著作権法による更新期間が残存している著作権又は右期間に更新の登録を受けた著作権の保護期間は、その著作権が最初に確保された日から75年間存続するよう延長されるものである。 そして1929年当時から1977年末までアメリカ合衆国において適用されていた1909年改正後の米国著作権法によれば、著作権表示が付され、著作権登録のされた著作物の保護期間は、その公表のときから28年間であり、著作権更新登録のされた著作物の保護期間は更に28年間延長されたのであるから、著作権表示が付され、著作権登録及び著作権更新登録のなされた著作物についての保護期間は、その公表のときから56年間であった。したがって、1929年1月17日に公表された最初のポパイ漫画も、前記の現在の米国著作権法の下で、2004年末までを著作権の保護期間とするものである。 我が国が万国著作権条約に加盟した昭和31年4月28日以降は同条約により、またアメリカ合衆国についてベルヌ条約加入の効力が生じた1989年3月1日からはベルヌ条約によって我が国は米国国民の著作物を保護する義務を負うものであり、旧著作権法が施行されていた昭和45年末までは条約の直接適用により、現在の著作権法が施行された昭和46年1月1日以降は、同法6条3号により米国国民の著作物は我が国の国民の著作物と同じ保護を受けているものである。我が国の旧著作権法においては、「会社其ノ他団体ニ於テ著作ノ名義ヲ以テ発行シタル著作物」の著作権の保護期間は30年と定められていた(旧著作権法6条)から、1929年1月17日に発行された最初のものをはじめ1929年中に発行されたポパイ漫画の我が国における保護期間は、1930年1月1日から起算(旧著作権法9条)して30年の1959年(昭和34年)12月31日限り終了すべきところ、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項による米国民の著作権についての3794日の保護期間の加算(戦時加算)期間中に4回にわたり保護期間の暫定延長の措置がとられ、暫定延長による保護期間の終了後の戦時加算期間中に、現在の著作権法の施行を迎えたものである。現在の著作権法53条によれば、法人その他の団体が著作の名義を有する著作物の著作権は公表後50年間が保護期間と定められているから、1929年中に発行されたポパイ漫画は、1930年1月1日から起算(著作権法57条)して50年の1979年12月31日までに3794日の戦時加算をした1990年(平成2年)5月21日限りで終了しているもので、同様に計算して本件口頭弁論終結時においては、1932年以前に公表されたポパイ漫画については我が国における保護期間が終了しているが、1933年以後に公表されたポパイ漫画は、我が国著作権法の保護期間内にある。 他方乙第4号証及び前記五認定事実によれば、Aは昭和28年頃、当時既にポパイの人気が高かったためにポパイの絵と文字を組み合わせて被告商標を作成してこれを付した商品を販売し、昭和33年(1958年)6月26日、商標登録出願をしたものであるから、右の事実によれば、同人が依拠した具体的なポパイ漫画は、被告商標作成の頃から20年以上も昔の1932年以前のポパイ漫画の絵に依拠したものとは容易に考えがたく、同人は、被告商標を作成した1953年に先立つ数年内に公表されたポパイ漫画に依拠して被告商標を作成したものと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。したがって、Aが被告商標の作成にあたって依拠したポパイ漫画は現在も保護期間内にあるポパイ漫画であり、したがって被告標章3の絵画部分も、現在もなお保護期間内にあるポパイ漫画であると認定することができる。 よって、被告の抗弁二も失当である。 一〇 被告の抗弁三(複製権の取得時効)について判断する。 1 前記乙第2号証の1、2、乙第4号証、成立に争いのない乙第3号証、乙第7号証及び弁論の全趣旨によれば、被告の抗弁三2の事実を認めることができる。 2 被告は、被告商標及び被告標章3の両者に共通して含まれるポパイの図柄(本件図柄)について、ポパイ漫画の複製権の取得時効を主張する。 著作権はその一部を譲渡することができる(著作権法16条1項)ものであるから、合意によらない著作権の移転についても、著作権の一部の移転は可能である。しかしながら、著作権の一部の譲渡、移転が可能であるとはいえ、どこまで細分化した一部であっても譲渡、移転することが認められるものではなく、その一部がどのような意味での一部なのか(時期的一部か、地域的一部か、利用形態別の一部か、1個の著作物の全体か数量的一部か。)ということや著作物の性質等を前提に、そのような一部の譲渡、移転が現に行われているなどその程度まで細分化した一部の譲渡、移転の社会的必要性と、そのような一部の譲渡、移転を認めた場合の権利関係の不明確化、複雑化等の社会的な不利益を総合して、一部の譲渡、移転を許容できる範囲を判断すべきものである。 本件についてこれをみると、被告が複製権の時効取得を主張するのは、1929年1月17日から1日読み切り又は毎日の漫画が1週間かそれ以上続く体裁の連載漫画の主人公ポパイの特定の姿態の絵画であり、それが具体的に何回目の漫画のどのコマの絵であるかの特定もされていない、1個のストーリーの最初から最後までの絵画と言語を総合した1個の著作物である漫画の量的一部であって、このような一部の譲渡、移転を認める社会的必要性は乏しいのに対し、1個のストーリーの漫画の中の当該絵画以外の部分と当該絵画部分の著作権が別人に帰属したり、被告主張のポパイの絵画に類似するポパイの絵画の使用を望むものは誰に使用許諾を得れば良いか判断に迷う等権利関係の複雑化、不明確化の社会的不利益が著しいことを考慮すれば、1個のストーリーの最初から最後までの漫画の著作物の中の特定の絵画についてのみの一部の複製権の譲渡、移転は許されないものである。本件の場合、対象となる絵画は何回目の連載のどのコマの絵であるかの特定もされていないのであるから、ましてやそのような一部の複製権の譲渡、移転は認められないものといわなければならない。 したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告主張の被告商標及び被告標章3の図柄の複製権の時効取得を認めることはできない。 一一 被告の抗弁四(商標権に基づく権利行使)について判断する。 1 被告が被告商標権を有していることは当事者間に争いがない。 前記乙第2号証の1によれば、被告商標の構成は、別紙被告商標のとおりであり、水兵帽をかぶり、水兵服を着て、右腕に錨を描き、右腕に力こぶを作った水夫のポパイの絵を中央に、その上方に「POPEYE」、下方に太字の「ポパイ」の各文字をそれぞれ横書きに配したものであり、ポパイの絵、「POPEYE」の文字、「ポパイ」の文字のいずれをも主要な要素とした結合商標である。被告標章1及び2と被告商標を対比すると、被告標章1及び2は被告商標の主要な要素の一つであるポパイの絵を欠いており、被告標章1及び2と被告商標との間に同一性があるとは認められない。したがって、被告標章1及び2の使用は被告商標権の行使ということができないから、被告標章1及び2についての被告の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 2 被告標章3の構成は、別紙標章目録3のとおり、細線の円形の枠の中に、水兵帽をかぶり、水兵服を着て、右腕に錨を描き、右腕に力こぶを作った水夫のポパイの絵を中央に配し、その上方の円周の内縁に沿って「POPEYE」の文字を、下方の円周の内縁に沿って「ポパイ」の文字をそれぞれ横書きに配し、更にその円周の外縁に沿って小さ目の「K・ K・ MATSUDERA」の文字を上方及び下方に配した構成からなるものである。被告標章3と被告商標とを対比すると、被告標章3は、被告商標の三つの主要な要素を同じ配列で含み、ただ全体が円形の枠で囲まれ、文字が円周の内縁に沿って配されている点、円周の外側に小さ目の文字が付されている点において異なるのみであるから、被告標章3は被告商標と同一性を有するものであり、被告標章3の使用は被告商標権の行使に当たると認められる。 しかしながら被告商標の中心を占めるポパイの絵が被告商標の登録出願前に公表されたポパイ漫画の複製であることは前記五に認定したとおりであり、被告商標の登録出願の日前に生じた原告キング フィーチャーズのポパイ漫画についての著作権に抵触するものであるから、商標法29条により、被告標章3のようなポパイの絵を含む態様では被告商標の使用をすることができないものである。 そうすると、被告の被告標章3の使用は、商標法による権利の正当な行使と認められないから、本件口頭弁論終結時の不正競争防止法6条の適用はないというべきである。被告の抗弁四は理由がない。 一二 原告の損害について判断する。 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第17号証によれば、被告は、被告標章1を付した被告商品1を合計8000本、1本500円ないし1000円で卸売し、1本1000円ないし2000円で小売りし、利益率は10パーセントであったことが認められるが、卸売と小売りの割合を認めるに足りる証拠はないので、全て卸売で、1本の平均価格は750円であったものと認定する。右事実に基づいて被告の得た利益を計算すると、750円×8000×0.1=60万円となる。被告が被告商品1の販売により右金額を越える利益をあげていること及び被告標章2、3を付した被告商品2の販売により得た利益を認めるに足りる証拠はない。 被告が被告標章1を付した被告商品の販売によって得た利益60万円は、商標法38条1項の類推適用により原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズが受けた損害と推定される。原告ハーストと原告アメリカン,フィーチャーズの間の契約によれば、原告ハーストがライセンシーから受け取る許諾料の25パーセントを原告アメリカン,フィーチャーズが原告ハーストから支払いを受けるものであることは前記三1に認定したとおり(請求原因三5)であるから、原告ハーストの受けた損害は右損害の75パーセントに当たる45万円、原告アメリカン,フィーチャーズの受けた損害は右損害の25パーセントに当たる15万円と認められる。 一三 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告キング フィーチャーズが著作権法113条1項2号に基づき被告標章3を付した被告商品1の販売の差止めを、原告ハーストと原告アメリカン,フィーチャーズが、口頭弁論終結当時施行されていた改正前の不正競争防止法1条1項1号、1条の2第1項に基づき被告標章1ないし3を被告商品1、2に使用することの差止めと、原告ハーストに対する金45万円、原告アメリカン,フィーチャーズに対する金15万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成2年11月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の原告ハースト及び原告アメリカン,フィーチャーズの請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法89条、92条本文、93条1項本文を、仮執行宣言について、同法196条1項を各適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 櫻林正己 裁判官 宍戸充は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 西田美昭 |
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