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【事件名】「101匹ワンチャン」事件
【年月日】平成6年7月1日
 東京地裁 平成5年(ワ)第4989号 損害賠償請求事件

判決
原告 キープ株式会社
右代表者代表取締役 X
右訴訟代理人弁護士 九鬼正光
被告 株式会社ポニー・キャニオン販売
右代表者代表取締役 Y1
被告 ブエナ・ビスタ・ジャパン株式会社
右代表者代表取締役 Y2
右両名訴訟代理人弁護士 喜田村洋一
同 林陽子
同 小野晶子
右訴訟復代理人弁護士 柳原敏夫


主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して金350万円及びこれに対する被告ブエナ・ビスタ・ジャパン株式会社(以下「被告ブエナ・ビスタ」という。)については平成5年4月3日から、被告株式会社ポニー・キャニオン販売(以下「被告ポニー・キャニオン」という。)については同年同月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が映画「101 DAL―MATIANS」(日本名「101匹ワンチャン」。以下「本件映画」という。)のビデオカセット(以下「本件ビデオカセット」という。)1000本をアメリカ合衆国から輸入し、これを日本国内において販売しようとしていたところ、被告らがアメリカ合衆国等から並行輸入された映画のビデオカセットの販売が違法である旨の別紙文書(以下「本件文書」という。)を配布したことにより、原告が本件ビデオカセットの販売活動を妨害されたとして、被告らに対し本件ビデオカセットを販売すれば得たであろう利益350万円(卸売価格3500円×1000本)の損害賠償を求めている事案である。
一 争いのない事実及び括弧内の証拠により認められる事実
1 当事者
 原告は、主としてビデオテープ等の販売業を営む株式会社である。(甲1、2、弁論の全趣旨)
 被告ブエナ・ビスタは、家庭用録画テープ及びディスクの製造販売を主たる目的とする株式会社である。
 被告ポニー・キャニオンは、録音録画ディスク、テープ、フィルム等の販売を主たる目的とする株式会社である。
2 本件映画の著作権
 本件映画は1960年に、映画「美女と野獣」は1991年にそれぞれアメリカ合衆国法人により製作され、そのころ著作権登録がされ、現在は、同国カリフォルニア州法人であるザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下「ディズニー社」という。)が、右各映画について著作権を有している(なお、本件映画の更新登録効力開始日は1988年1月1日である。)(乙8、9)。したがって、ディズニー社は、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」という。)により、本件映画及び右映画「美女と野獣」について我が国の著作権法による保護を受けることができる。
3 本件ビデオカセットの輸入
 原告は、平成4年8月末に、アメリカ合衆国においてディズニー社の許諾を得て製作販売されていた本件ビデオカセット1000本を同国のパシフィック プログレス インク社から輸入し、これを日本国内において販売しようとしていた。(甲1、2、検甲1、2、弁論の全趣旨)
4 本件文書の配布
 被告ブエナ・ビスタはディズニー社が著作権を有する映面のビデオカセットを日本国において販売するについて、同社からライセンスを得ているものであり、被告ポニー・キャニオンは、被告ブエナ・ビスタを経由して右映画のビデオカセットを日本国内において販売するものであるが、被告らは、平成4年10月ころ、アメリカ合衆国において映画「美女と野獣」のビデオカセットが発売され、その並行輸入品が日本国内市場に流通することが懸念されたことを契機として、アメリカ合衆国等から並行輸入された映画のビデオカセットの販売が違法である旨の本件文書を被告ポニー・キャニオンの販売特約店等に配付した。(甲3、乙1の1)
5 著作権者の許諾の有無
 原告は、本件ビデオカセットの日本における販売について本件映画の著作権者であるディズニー社の許諾を受けていない。
二 争点
 アメリカ合衆国から並行輸入された本件映画のビデオカセットの販売行為は、ディズニー社の本件映画の著作権(頒布権)を侵害するものであるか。
三 争点に関する当事者の主要
1 原告
(一)映画の頒布権は、映画のフィルムについては経済的な効用度が高く、1本のフィルムの上映によって多額の収益を上げることができること、及び、劇場内映画がフィルムの配給という形で社会的に取引されている実態があることから、権利として認められたものである。ところが、映画のビデオカセットについては、1本のビデオカセットによって多額の収益をあげるというものではなく、多数のビデオカセットを販売することによって税益をあげていくことが前提となっており、映画のフィルムのようにこれを映写して公衆に見せるものではないから、頒布権を認めるべき前提を欠く。すなわち、映画の著作物の頒布権は、上映権を実質的に保障する権利として認められるべきであるから、映画のビデオカセットについてまで認めるべきではない。
(二)本件ビデオカセットは、アメリカ合衆国において著作権者であるディズニー社の許諾を得て既に販売されたものであるから、ディズニー社は、既に本件ビデオカセットの販売による利益を得ている。したがって、原告がアメリカ合衆国において販売された本件ビデオカセットを日本国内において販売しても何ら著作権者であるディズニー社の利益を害することにはならず、本件ビデオカセットの日本国内における販売は、右著作権者の権利を侵害するものではない。
2 被告ら
(一)映画の著作者の国籍がベルヌ条約又は万国著作権条約の加盟国であるか、あるいは、最初に発行された場所が右各条約加盟国である場合には、右映画の著作物は、我が国の著作権法による保護を受ける。そして、我が国の著作権法は、映画の著作物について頒布権を認めているため、右条約加盟国から並行輸入された映画のビデオカセットを我が国において販売するためには、当該映画の著作権者から日本における販売についての許諾を得る必要がある。したがって、原告が本件ビデオカセットをアメリカ合衆国から輸入してこれを日本において販売する行為は、本件映画の著作者がアメリカ合衆国の法人であり、かつ、原告が本件映画の著作権者であるディズニー社から日本における販売について許諾を得ていない以上、同社の本件映画についての著作権(頒布権)を侵害するものである。
(二)映画の著作物は、商品として国際的に流通することが多いため、どの国でどの期間に頒布されるかは、経済的に重要な意味をもっており、著作権者である映画会社は、世界各国の劇場公開の時期とビデオカセットの販売時期を計画的に決定し、各国の映画興行の成功を企図している。映画産業は、極めて高い生産コストを要求され、投下資本を上回る利益を回収するために、映画を劇場、ビデオカセット、テレビ等のさまざまなメディアにおいて、複雑なタイムスケジュールに従って次々とリリースする方式を採っている。特に家庭用ビデオカセットのリリースの時期は、劇場用映画の上映が終了するころに設定されるのであるが、仮に、ビデオカセットの販売が開始された国から、まだ劇場公開も行なわれていない国に映画のビデオカセットが並行輸入されることになると、映画会社の興行計画は、根底から破壊され、映画産業全体に及ぼす影響は甚大である。また、著作権者から許諾を得て対価を支払って適法に映画のビデオカセットを製造販売している業者にとっても深刻な打撃を与えることはいうまでもない。
第3 判断
一 映画の頒布権について
 ディズニー社は、前記第2、一2のとおり、本件映画について我が国の著作権法による保護を受けることができるところ、我が国の著作権法26条は、映画の著作物の著作権者が映画の著作物又はその複製物を上映し、頒布する権利を専有することを認めているのであり、したがって、本件映画の著作権者であるディズニー社が本件映画の複製物であるビデオカセット等について我が国において頒布権を有していることは明らかである。
 原告は、前記第2、三1(一)のとおり、劇場用公開を前提としない映画のビデオカセットについて頒布権を認めるべきではない旨主張する。
 現在の著作権法が映画の著作物についてのみ著作者が頒布権を専有する旨規定した(26条1項)のは、ベルヌ条約のブラッセル規定が映画の著作物について頒布権を設けていたことと共に、映画は、劇場での上映を意図して製作され、オリジナルをもとにして複製された何本かのプリントが著作権者である映画製作会社から貸与の許諾を受けた劇場、映画館の間を転々と移転するという流通の形態がとられているのが常態であり、このような映画特有の流通を確保し、著作権者である映画製作会社を保護することも目的としていたものと解される(乙12)。
 しかし、著作権法は、2条1項20号において「頒布」について「有償であるか又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること」と定義し、26条1項では、劇場用映画の特定の形態の頒布権のみを著作者に専有させるというような限定をしていないのであって、劇場用映画の複製であるビデオカセットを公衆に販売する行為も26条1項所定の頒布権の対象となることは明白である。原告の前記主張は採用することができない。
二 並行輸入ビデオカセットの販売について
1 ディズニー社が本件映画又はその複製物について我が国内における頒布権を有していることは前記一のとおりである。したがって、原告が本件ビデオカセットを日本において販売することは、前記第2、一5のとおり原告が本件ビデオカセットの日本における販売について本件映画の著作権者であるディズニー社の許諾を得ていない以上、ディズニー社の本件映画の著作権(頒布権)を侵害するものである。
2 ところで、本件ビデオカセットは、前記第2、一3のとおり、アメリカ合衆国においてディズニー社の許諾のもとに製造、販売されたものであり、原告がこれを購入した米国法人から輸入したいわゆる並行輸入品であるところ、原告は、ディズニー社は既に本件ビデオカセットの販売による利益を得ており、したがって、原告がアメリカ合衆国において販売された本件ビデオカセットを日本国内において販売しても何ら著作権者の利益を害することにはならず、著作権(頒布権)侵害は成立しない旨主張する。
 しかし、我が国には、映画の著作物の複製物であるビデオカセットを著作権者の許諾を得ずに頒布する行為が、右のような並行輸入品であることによって、当然に、著作権(頒布権)の侵害とならないとする明文の法令も、確立した判例もない。
 そもそも著作権法が21条から28条の各種の著作権を著作者が専有するものと定めたのは、著作者が自らそれらの権利を排他的に行使することによって、又は、各権利を他人に譲渡しあるいは各権利の行使を許諾することによって、その相当な対価を得ることができるようにして著作者の権利の保護を図ろうとしたものである。
 証拠(乙1の2、2、3、7)によれば、映画の著作権者である映画会社は、現在では、世界各国における映画の劇場公開時期、自ら又は他人に許諾して行うビデオカセットの販売時期等を計画的に決め、映画製作のために費やした多額の資金の回収及び利潤の確保を図っているところ、例えば、ある国において劇場公開後に発売されたビデオカセットが劇場未公開ないし劇場公開中の国へ大量に並行輸入されると、当該国における劇場公開による映画の興行に大きな打撃を与える結果となったり、当該国において著作権者に対価を支払って映画のビデオカセットを製造販売する事業を営む者に対しても看過できない損害を与える結果となる可能性があることが認められ、映画の著作権者である映画会社が各国における劇場公開時期、ビデオカセット販売時期等を計画的に調整する一環として、ベルヌ条約により我が国が保護の義務を負う映画の著作物について我が国の著作権法26条所定の頒布権を行使することは、著作権法が目的とした著作者の権利の保護の手段として予定されたところに含まれるものである。
 本件ビデオカセットは、アメリカ合衆国で本件映画の著作権者の許諾を得て製造販売されたものであるから、同国著作権法109条(a)項あるいはファーストセールドクトリンの法理の適用により、同国の国内においてはその後の頒布、流通に制限はなかったものと解されるが、右許諾が我が国内での頒布を含んだ許諾で、我が国における頒布も予測した対価が支払われていることを認めるに足りる証拠はない以上、アメリカ合衆国における前記許諾を理由に、並行輸入された本件ビデオカセットの頒布が我が国における頒布権を侵害しないとすることはできない。
 右のように解することは、並行輸入される映画のビデオカセットの通商を制限し、同じ映画のビデオカセットの価格競争を限られたものとし、我が国内でその映画のビデオカセットに接することのできる時期が他の国よりも遅くなり、我が国内で通常接することのできる映画のビデオカセットの版が限定される等の状況を一部においてもたらすことも予想されるが、それらの状況が著作権者の権利の保護を図るあまり文化的所産の公正な利用に対する配慮を欠いたことになるとも、文化の発展に寄与しない結果を生ずるものとも解されない。
 したがって、一般に外国で著作権者の許諾を得て製造販売された映画のビデオカセットの並行輸入品であることから、右並行輸入品を我が国において販売することが右著作権者が我が国で有する頒布権を侵害しないとも、また、本件ビデオカセットを我が国で販売することが本件映画の著作権者が我が国で有する頒布権を侵害しないともいうことはできない。
三 以上によれば、被告らが、アメリカ合衆国等で製作された映画のビデオカセットを並行輸入して日本国内において販売する行為が違法である旨の本件文書を配布したことは、アメリカ合衆国法人である著作権者から許諾を得て業として日本国内において本件映画のビデオカセットを製造販売している者の行為として、何らの違法もないものであり、右行為が違法であることを前提とした原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 西田美昭
 裁判官 設楽隆一
 裁判官 櫻林正己
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