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【事件名】商標“気功術”侵害事件
【年月日】平成6年4月27日
 東京地裁 平成4年(ワ)第3845号 商標権使用差止等請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 泉弘之
右訴訟復代理人弁護士 仲澤一彰
右輔佐人弁理士 三嶋景治
被告 東洋文化学院ことY
右訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明


主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する平成四年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
 主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の商標権
 原告は次の商標権を有している(以下「本件商標権」という。また、その商標を「本件商標」という。)
(一) 登録番号 第二一八一〇一〇号
(二) 出願年月日 昭和六一年一〇月二日
(三) 出願公告年月日 平成元年二月二八日
(四) 登録年月日 平成元年一〇月三一日
(五) 商品の区分 第二六類(平成三年政令第二九九号による改正前の商標法施行令別表による商品の区分。以下、単に商品区分二六類という。)
(六) 指定商品 雑誌、新聞
 その構成は別紙第二目録記載のとおり
2 被告は、その住所地において、「東洋文化学院」との名称を用いて、少なくとも平成三年六月から平成五年一月三一日まで、「気功術実践講座」と称する通信販売を行い、右通信販売講座において、申込者に対し、別紙第一目録記載のテキスト教材を販売していた。
 被告による右テキスト教材の販売は、講座に名を借りてはいるものの、被告の責任監督に基づき独自に編集発行された商品であるテキスト教材を販売するものである(以下、右テキスト教材を「被告商品」という。)。
3(一) 被告は、被告商品の表紙、中表紙及び末尾の発行者の表示部分に、「気功術」の文字を記載している。このような「気功術」の文字使用の態様は、他の同類のテキスト教材と彼此区別するための商品識別標章としての使用であり、「気功術」を商標として使用しているものである。
(二) また、被告は、新聞、雑誌における被告商品の広告において、大きくゴシック体の文字で「気功術」と顕著に表示したうえで、小さくサブタイトルとして、「基礎知識編」、「実践編」、「応用編」と付記している。したがって、一般需要者は、右広告を見て、より大きく表示され、顕著に表現された「気功術」の文字に注視し、「気功術」としての称呼、観念を認識看取して、被告商品を入手しているものであるから、「気功術」を被告商品の商標として広告、宣伝していたものである。
 被告は、「気功術」は普通名称であると主張するが、これは「気功」と「気功術」とを混同している。被告の講座内容が中国古来の健康法であるなら、近時一種のブームとなっている「気功」を利用した健康法である。古来中国から承継された気功に「気功術」という名称はない。
4 被告商品は、テキスト教材であって、商品区分二六類の「印刷物」に当たり、本件商標権の指定商品である新聞、雑誌に類似する商品である。
 また、被告の使用する「気功術」の標章(以下「被告標章」という。)は、本件商標と、外観、称呼、観念において類似しており、被告標章は本件商標に類似している。
5 損害
 被告は、被告商品を一括払いの場合代金三万八〇〇〇円で販売していた。被告は、少なくとも平成三年六月から平成五年一月までの一年八か月間、継続反復して被告商品の販売を行った。その間毎月五〇人程度の通信講座の申込みがあったと仮定しても、期間中の被告商品購入者の合計は一〇〇〇人となる。したがって、右期間内の売上金額の合計額は三八〇〇万円を下らない。
 原告が、第三者に対し原告の商標の使用を許諾する場合においては、通常その使用によって得られる売上金額の一割相当額を使用許諾料として徴収することができるから、その使用許諾料の総額は、三八〇万円を下らない。
 なお、被告は、平成三年二月一日から平成五年一月三一日までの間に、総額一億六九四四万二〇〇〇円の売上げがあったと主張するところ、本来、被告から原告に支払われるべき使用許諾料は、この売上額を基準として定められるものであるから、右被告主張の数字を基準とすれば、その一〇パーセントとすると一六九四万四二〇〇円が、仮に三パーセントとしても五〇八万三二六〇円が使用許諾料相当額となる。
6 よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条、商標法三八条二項に基づき右損害の内金三〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2前段の事実は認める。但し、被告が「気功術」の文字の表示された通信講座の販売をしていた期間は平成三年二月一日から平成五年一月末日までである。同後段の事実は否認する。
3 請求原因3(一)、(二)の事実は否認する。
4 請求原因4の事実は否認する。
5 請求原因5のうち、被告が少なくとも平成三年六月から平成五年一月三一日まで、「気功術」の文字のある通信講座の販売により、一括払いの場合三万八〇〇〇円を受領していたことは認める。また、原告が被告主張の売上げと指摘する金額は認める。その余の事実は否認する。
6 請求原因6は争う。
三 被告の主張
1 書籍の題号
 被告の使用している「気功術実践講座」は、書籍たる被告のテキスト教材(以下「被告書籍」という。)の内容を示す題号であって、商品の品質を示すものにすぎず、出所表示的性格をなんら有しないから、商標としての使用といえない。
2 普通名称の使用
 被告は、中国古来の気功術の内容を説明した被告書籍に、普通名称である「気功術」を、その書籍の内容を表す名称として普通に用いられる方法で表示して使用しているにすぎない。
3 商標の類似について
(一) 本件商標の指定商品は新聞、雑誌であるところ、被告の気功術実践講座は書籍、テキストであって、商品は同一又は類似でない。
(二) 被告書籍の題名は「気功術実践講座」であって、「気功術」ではない。
(三) 原告の主張する「氣功術」の観念は特別、特異のものである。すなわち、原告は、「氣功術」は、救苦、救難、救世、救民のために使用されているもので、原告のみが「氣功術」を行える能力を有し、特に世の不幸な人々を救済する行為をしているとしている。これに対し、被告のテキスト教材で使用している「気功術」は、原告の概念とは全く異なり、一般公衆に認識されている「見えないエネルギーを自分自身でコントロールし、有効に活かしていく技術」であって、観念において異なる。
4 権利の濫用
 右1ないし3の事実に加え、本件商標を構成する「氣功術」の語は、一般に、中国古来の気功術を表す普通名称として用いられており、商品識別機能を有する商標としての効能を有していなかったこと、もし、原告の請求を認めるならば、「気功術」という一般名称、通称を原告が排他的に使用することを許容することになり、その結果、中国古来の「気功術」を一般大衆に教示、伝達することが不可能となってしまうことを総合考慮すると、原告の本件請求は権利の濫用である。
5 損害について
(一) 被告は、講座会費として、一括払いで金三万八〇〇〇円(分割払いでは金二八〇〇円の一四回払い)を受領しているが、その中には、書籍代のほかに、ビデオテープ一巻、講座入会者の知識確認のための添削指導料、質問回答の指導料、広告費用、案内書作成代が含まれており、講座会費はそのまま書籍代金と一致しない。
(二) 被告は、平成三年二月一日から平成五年一月三一日まで、気功術講座四四五九セットを売り上げ、その売上高の合計は一億六九四四万二〇〇〇円である。一方、経費として一億六六二六万二七二六円(その内訳は教材製作費二一○七万二八九八円、ダイレクトメール営業関係費一億四〇二八万八〇四六円、講座名義変更による費用四九〇万一七八二円)を要しており、右期間の講座売上げによる利益は三一七万九二七四円である。
第三 証拠<略>

理由
一 原告が本件商標権を有していること、被告がその住所地において。「東洋文化学院」との名称を用いて、少なくとも平成三年六月から平成五年一月三一日まで、「気功術実践講座」と称する通信販売を行い、右通信販売講座において、申込者に対し別紙第一目録記載の六冊のテキスト教材を販売していたことは当事者間に争いがない。
二 <証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
1 「気功」の語は、中国古来の健康法、治療法、鍛練法の一つを表す普通名称である。また、「術」の語は、一般に「わざ、しかた、方法」の意味を有し、剣術、算術、催眠術、隆鼻術等の例に示されるように、一定の技能、能力を表す語と結合して、その技能、能力によって行われる仕事やその方法を示すことは、当裁判所に顕著である。
 したがって、「気功術」の語は、気功のしかた、方法を指す普通名称であり、そのとおり一般に理解されている。
 実際の用例をみても、中国人民体育出版社編の「気功」と題する書籍が株式会社ベースボール・マガジン社から昭和五七年一二月三〇日に発行され、平成元年一月三一日までに六刷を重ね、赤松子著の「入門気功術」と題する書籍が同じくベースボール・マガジン社から昭和五九年二月一〇日に発行され、平成三年三月一〇日までに八刷を重ねる等、本件商標の登録出願前においても、「気功」、「気功術」の語を普通名称として使用した例があり、被告が被告商品の販売を始めた平成三年頃までには、胡斌著の「みんなの気功」と題する書籍が同じくベースボール・マガジン社から昭和六二年七月二〇日に、張恵民著、日本気功協会訳の「中国気功法」と題する書籍が株式会社徳間書店から昭和六三年九月三〇日に、呉大才、宋明清共著の「人間を超える気功」と題する書籍がベースボール・マガジン社から平成二年三月二〇日に、それぞれ発行されるなど、「気功」の語を普通名称として用いた例があり、さらに、その後、藍天編著、向東訳の「初級気功術」と題する書籍がベースボール・マガジン社から平成三年一〇月二〇日に、早島正雄著「道家の気功術」と題する書籍が株式会社日東書院から平成四年六月一日に、越智勝三著の「気功術入門」と題する書籍が株式会社主婦と生活社から平成四年九月二八日に、それぞれ発行された外、「気功術」の語が学校や講習の宣伝等に使用されている。
2 被告の主宰する「気功術実践講座」と題する通信講座は、右の気功又は気功術についての知識及び実践を、道場等に通うことなく自宅で学べるようにしたものであり、テキスト教材六冊(正確にはテキストの実質的内容をなす教材四冊と実習ガイダンス一冊及び質問カード及びチェックシートで構成された上達レベル診断(質問カード)と題する冊子によって構成されている。)とビデオテープ教材で構成されている(以下、各テキスト教材を、「基礎知識編」、「実践編」、「応用編I」、「応用編U」と、実習ガイダンスを「ガイダンス」と、上達レベル診断(質問カード)を「レベル診断」と略称する。)。
 このうち、ガイダンスには、テキスト教材の内容の解説と通信講座受講の心構え等が、基礎知識編には、気功の歴史、気功の効果、気功を行うときの心得等の説明が、実践編には、気功を行うときの基本姿勢の説明等が、応用編Iには、内功術と呼ばれる、精神に働きかけて病気を治癒させるための術と症状別のその操法の説明が、応用編Uには、症状別内功術操法の続きと美容のための内功術操法の説明が各記載され、レベル診断には、受講者が受講中疑問に思った点を記載して被告に質問するための用紙と「チェックシート」と題する受講者の覚書のための用紙が綴られている。
 受講者は、右テキスト教材を読み進み、ビデオテープ教材で実際の動きを視覚的に理解しながら、気功の実践を学ぶことができるようになっているが、受講者の側から定期的に提出して添削指導を受ける課題等はなく、必要に応じて任意に行う質問用紙による質問に対し回答を受けることと、上達度最終チェック表に指定された三つの姿勢の写真を貼付して送り、正しいか否かの判定を受けるのみである。
3 右講座の内容に対応して、通信講座の費用には、右テキスト教材の製作費のほかに、ビデオテープの製作費、講座入会者の知識確認や質問に対する回答のための指導料が含まれており、平成三年二月一日から平成五年一月三一日までの右通信講座の経費のうち指導料を含む教材製作関係費用約二一○○万円の内訳は、教材製作のための費用が約一五三〇万円、ビデオテープ製作のための費用が約三六〇万円、入会者の指導のための講師への支払費用が約二一○万円であった。
4 被告商品である六冊のテキスト教材に「気功術」の文字を使用している態様は、次のとおりである。
(一) 基礎知識編
(1)テキストの表紙の構成は別紙被告商品(基礎知識編)表紙のとおり(但し、白黒複写である。)であり、中央部に大きく、中国の武人風の服装をした人物一人が気功のポーズと思われる姿で立っている姿が切絵風に描かれ、右上部分が縦長の長方形の黒地とされ、そこに白抜きで、「気功術」、「実践講座」と縦書きで二行にわたって表示されている。これらの文字はやや右上がりの斜体の肉太であり、「気功術」の文字は、「実践講座」の文字に比べると、縦横とも約二倍の大きさである。表紙の左上部分は、右上部分より細い縦長の長方形の赤地とされ、縦に白抜きで「基礎知識編」と表示されている。
(2)とびらは、別紙被告商品(基礎知識編)とびらのとおりであり、中央に縦書きで大きく「気功術実践講座」と表示され、そのすぐ左に「―基礎知識編」と、左下に「東洋文化学院」と表示されている。
(3)奥付は、別紙被告商品(基礎知識編)奥付のとおりであり、明朝体の細い小さい文字で「気功術実践講座」と、その左隣に、それより太いゴシック体の文字で「基礎知識編」と表示されている。
(二) 実践編及び応用編I、U
(1)表紙は、背景の色、人物の図柄、左上の部分の各編の内容を表す表示内容がそれぞれ異なるものの、右上部分の「気功術」「実践講座」の表示部分は基礎知識編と同様である。
(2)とびらは、各編の表示内容の部分が異なるものの、その他は基礎知識編と同様である
(3)奥付も、明朝体の細い小さい文字で「気功術実践講座」と、その左隣に、それより太いゴシック体の文字で「実践編(基本とビデオ解説)」等と編名が表示されている点において同様である。
(三) ガイダンス
(1)表紙は茶色の図版であり、人物の図柄の大きさが、基礎知識編等のものよりやや小さいこと及び左上部分に細い長方形の地に白抜文字で編名を表示した部分がないこと等の点において基礎知識編等と異なる。
 したがって、右上部分の白抜文字の縦長の長方形地が茶色である点は異なるが「気功術」、「実践講座」の文字が縦に二列に表示されていることやその書体、文字の相対的な大きさは基礎知識編と同様である。これらの文字列のすぐ左側に「実習ガイダンス」と表示されている。
(2)とびらには、左側に表紙と同じポーズをした人物の絵が描かれ、その右側に横書きで「気功」の文字が「気」と「功」の間を空けて表示され、その二文字の間に横書きで上下三列に「KIKOU」、「気功術」、「実践講座」と記載されている。
(3)奥付には、基礎知識編と同様、明朝体の細い小さい文字で「気功術実践講座」と、その左隣に、それより太いゴシック体の文字で「実習ガイダンス」と表示されている。
(四) レベル診断
(1)他の冊子と異なり、右とじではなく、上とじとなっており、表紙の表示内容は、「実習ガイダンス」の文字が「上達レベル診断(質問カード)」の文字となっている点及び全体がグレーの版である点は異なるが、その他は実習ガイダンスと同様である。
(2)とびら及び奥付はない。
三 そこで、右のような被告商品における「気功術実践講座」の表示が本件商標権を侵害するか否かについて検討する。
1 被告の通信講座の内容は被告商品の販売のほかに、ビデオテープ教材の販売、通信指導という役務の提供も含まれているが、前記二の2及び3に認定の事実によれば、被告の主宰する気功術実践講座という通信講座は、受講者がテキスト教材、ビデオテープ教材によって学習することが中心であり、一回の上達度最終チェック表による判定以外には定期的な添削指導はなく、右通信講座の製作のための経費に占めるテキスト教材、ビデオテープ教材の製作費の割合は九〇パーセントに達し、通信指導のための費用の割合は一〇パーセントに過ぎず、被告の通信講座の実体は、被告商品及びビデオテープ教材の販売であって、その後の通信指導は、アフターサービスあるいはその販売を促進するための副次的なものに過ぎないものと認められるから、被告商品は、商標法上の商品と認めることができる。
2 被告商品は書籍であり、本件商標の指定商品である雑誌、新聞の類似商品に該当する。そして、被告商品の内容は、前記二2認定のとおり、気功についての基礎知識、基本姿勢、内功術等の説明、講座内容全体の説明、質問用紙、チェックシート等であるところ、前記二4認定のとおりの態様で、被告商品に用いられている「気功術」の語又は、「気功術実践講座」の語のうちの「気功術」のみを独立するものとみても、気功術は、前記二1認定のとおり、中国古来の健康法、治療法、鍛練法である気功のしかた、方法を表す普通名称であり、気功術の基礎知識、基本姿勢、内功術等を説明した被告商品の内容を端的に表すものとして付された書籍の題号と認められ、また、「実践講座」の語も、ものごとの実践を学ぶための講座に一般的に用いられる用語であるから、「気功術実践講座」の語を一体のものと解しても、気功術の実践を学ぶための講座という被告商品の内容を端的に表すものとして付された書籍の題号であると認められ、いずれにしても、被告商品であるテキスト教材の内容、即ち、商標法二六条一項二号所定の商品の品質を、普通に用いられる方法で表示しているに過ぎず、同条一項の規定により、本件商標権の効力は及ぶものではない。そうすると、被告商品に「気功術」又は「気功術実践講座」の表示を使用している行為は、本件商標権を侵害するものではない。
四 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所第29民事部
 裁判長裁判官 西田美昭
 裁判官 大須賀滋
 裁判官 宍戸充は差支えのため署名押印することができない。
裁判長裁判官 西田美昭


別紙 
第一目録<略>
 被告商品(基礎知識編)とびら <略>
 被告商品(基礎知識編)表紙 <略>
 被告商品(基礎知識編)奥付 <略>
第二目録 氣功術
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