判例全文 | ||
【事件名】大阪カラオケリース事件(刑) 【年月日】平成6年4月12日 大阪地裁 平成2年(わ)第1831号 著作権法違反被告事件 判決 被告人 氏名 T・K 年齢 (省略) 本籍 (省略) 住居 大阪市西区(以下省略) 職業 スナック経営 検察官 松田成 弁護人(主任)好川照一 芳邨一弘 主文 被告人を罰金10万円に処する。 罰金を全額納めることができないときは、その未納分について5000円を1日に換算した期間労役場に留置する。 訴訟費用は被告人に負担させる。 理由 (犯罪事実) 被告人は、大阪市中央区(以下省略)において飲食店「魅留来」を経営していたものであるが、社団法人日本音楽著作権協会(以下「ジャスラック」という。)の許諾を得ず、かつ、法定の除外事由がないのに、昭和63年1月14日、前記飲食店「魅留来」において、同店に備付けていた株式会社第一興商が音楽著作物を収録して製作した映画の著作物であるビデオソフト(以下、ビデオカラオケ、レーザーディスクカラオケともいう)のうちから、別紙一覧表記載のとおり、ジャスラックが著作権を有する音楽著作物である「冬のリヴィエラ」ほか48曲を、同店に設置したビデオカラオケ装置を操作してモニターテレビ画面に楽曲のイメージに合った連続影像と同時に画面に映し出される歌詞(字幕として画面に表示)及びレーザーディスクの再生に伴って再生される伴奏音楽を順次上映し、かつ、そのカラオケ伴奏によりこれらの各楽曲を同店従業員及び飲食客等にそれぞれ歌唱させてこれを店内の客に聞かせることによって、前記音楽著作物を公に上映し、かつ、演奏(歌唱)し、その結果、ジャスラックの著作権を侵害した。 (証拠) 1 被告人の (1)公判供述 (2)検察官調書(2通) 2 Aの公判供述 3 第5回ないし第8回公判調書中の証人Bの供述部分 4 第8回、第9回公判調書中の証人Cの供述部分 5 第11回公判調書中の証人Dの供述部分 6 第12回、第13回公判調書中の証人Y・Hの供述部分 7 B作成の報告書(4通、ただし、検察官請求番号37については不同意部分を除く。)、被害著作物報告書 8 E作成の捜査報告書(2通) 9 録音テープ反訳対比表(抜粋)(4通、同番号43ないし46) 10 録音テープ反訳録(4通、弁護人請求番号25ないし28) 11「魅留来」利用客について作成した売上伝票7枚 12 カラオケ早見目次集写し 13 建物賃貸借契約書 14 N・M作成のリース契約書写し(検察官請求番号63) 15 LDソフト2枚の写真 16 カラオケ長時間ディスク写し(弁護人請求番号9) 17 レーザーディスク及びその再生画面の写真集 18 F作成の報告書 19 日本音楽著作権史(下)(抜粋)写し(同番号21) 20 著作権使用料規程(2通) 21 音楽著作物使用許諾契約申込書、同許諾書(2通) 22 音楽使用状況届出書、著作物使用料支払免除通知書 23「音楽を使用する風俗営業、飲食営業の経営者の方へ」と題する書面(2通、検察官請求番号35、48) 24「魅留来」経営者宛の (1)「音楽著作物の使用許諾契約締結について」と題する書面 (2)「音楽著作物の使用許諾契約締結に関する催告」と題する書面 25「ご存じですか?お店のカラオケにも手続が必要です」と題する書面 26 ケース入りマイクロカセットテープ2巻(平成3年押第609号の一の1、2) (争点に対する判断) 一 カラオケの歌唱と演奏権 1 本件において、実質的な意味で最大の争点は、カラオケ伴奏による歌唱が演奏権の侵害になるか否かという点である。 2 前掲各証拠によれば、昭和61年5月17日、当時すでに「魅留来」の実質的な経営者であった被告人は、音響機器の貸付及び販売を主な業務とするエース株式会社との間で、客が曲目を選択するための早見目次集、音楽著作物を収録したレーザーカラオケソフト38枚、マイクを含むレーザーディスクプレーヤー等カラオケ装置一式をリースする契約を締結し、これを「魅留来」店舗内に設置したこと、同装置は客が早見目次集で自らの歌う楽曲を選曲しリクエストすると、店の者が本件装置にコイン(100円硬貨2枚)を挿入し簡単な操作をすることによって、カラオケの伴奏音楽と影像及び歌詞を同時に再生する機械装置を作動し、カラオケの即時利用が可能となること、客等カラオケ伴奏により歌おうとする者は、店内に設置されたマイクスタンドの付いたモニターテレビ画面の置いてあるところまで行き、画面に映し出される歌詞を見て、カラオケ伴奏にあわせて歌を歌うこと、前記のように、被告人とエース株式会社との間におけるリース契約は、被告人がエース株式会社に基本使用料として2万円を支払うほか、1か月の売上金を被告人とエース株式会社で折半するというものであること(ただし、その後エース株式会社からの依頼に基づいて、被告人が、1か月6万円をエース株式会社に支払い、その残金については被告人の経営する「魅留来」が取得していた。)、本件事件当日である昭和63年1月14日の午後8時40分ころから翌15日の午前12時40分までの間(これは「魅留来」における一営業時間である。)、「魅留来」におけるカラオケの使用状況を収録、調査する目的で来店したジャスラックの職員Bらを含む数名の客の選曲した楽曲について、店の従業員がカラオケ装置を操作し、右カラオケ伴奏を利用して合計49曲の歌を歌ったことが認められる。 3 ところで、被告人は、公判廷において、「魅留来」の従業員に対し客にカラオケで歌うことを勧誘するように指導しておらず、たとえ従業員が「歌を歌おう」などと言ったとしても歌うか歌わないかは客の自由であって、これを断りきれないほど従業員がBら客に対してカラオケで歌うように勧誘したことはない、カラオケは客自身が雰囲気を盛り上げるとみるべきであって、店が雰囲気を盛り上げるのではない、客はカラオケがあるから店に来るのではなく、店があり、酒があるから店に来るのである、カラオケだけで商売は成り立たないなどと供述する。しかしながら、本件事件当日、録音テープを持って「魅留来」のカラオケ利用状況を調査するために来店したジャスラック職員である前記Bは、公判廷において、当日午後8時ちょっと前に入店し、最初は店のホステス等と会話していたが、そのうち6人組の男性客が来店したこともあって、従業員の一人から「そろそろカラオケ歌わないか」「歌いなさいよ」などとしきりにカラオケを勧められ、他の客が次から次と歌うのに自分だけ歌わないというのは不自然であり、実態調査をしているとはいえ、客としての最低限度の振る舞いをしようと思って従業員の勧められるままにカラオケで歌を歌った旨述べているところ、ジャスラックからの委託に基づいて「魅留来」のカラオケ利用状況の調査に入った株式会社損害保険リサーチ職員であるDも、Bと同様録音テープを持参した上入店し、調査に同行した損害保険リサーチ職員であるGが「魅留来」に初めて来店したこともあって、従業員から「初めてのお客さんは歌ってもらわな帰られへん」とか「他の客に負けないように、こっちもジャンジャン歌って。」などと勧められ、ずっと拒否していたものの、あまり拒否し続けて、3時間も4時間もねばって1曲も歌わないのは不自然であるし、正確な実態調査ができないと考え、できるだけ断ったが、やはり勧めに応じて歌を歌った旨供述しており、これらの証言には特に不自然な点はなく、臨場感に富み信用性も高い。そして、Bらが本件当日における「魅留来」でのカラオケ利用状況に関して録音テープに収録したテープ及びその反訳文(検察官請求番号43ないし46、弁護人請求番号25ないし28)によると、若干不明瞭な部分はあるものの、店の従業員がBらに対して、「歌を歌おう。」などとカラオケで歌うように勧め、これに応じてBらや他の客が歌ったり、店の従業員とともに歌っているこが認められる。その上、店にはカラオケ早見目次集が置かれており、さらに、検察官請求番号6「魅留来」の店内見取図によると、「魅留来」店内には、モニターテレビが合計3台設置され、そのうち1台は店内の一番奥に設置されたマイクスタンドの付いたものであって、客は自分の席からこのマイクスタンドまで行きモニター画面に映し出される歌詞を見ながら歌うことになるが、その際歌う客は店全体を見渡した位置で歌うことになっていると認められる。これらの事実からすると、店側がカラオケを歌うように勧誘したことはなく、また、カラオケによって店の雰囲気を作りだしているのは客の方であるという被告人の前記公判供述は到底信用できないのみならず、被告人はその検察官調書(2通、検察官請求番号11、12)において、被告人としては、使用料を払わないといったことはなく、5坪以下の店は、払わなくてもいいという内容が納得できなかったことや調査に来たジャスラック等の者が8割から9割くらい歌ったように思うなどと被告人自身の意見を述べる一方、レーザー式のカラオケを導入した理由について、客を呼び店の雰囲気を盛り上げて売上げを伸ばそうと思ったからであって、鮮明な画面の出るレーザーカラオケが流行しだしたことから知り合いにエース株式会社を紹介してもらったこと、客やホステスがカラオケ装置を使って歌を歌ったのは間違いない旨述べているのであって、検察官調書では、被告人が自分自身の主張を思いどおりに供述していると認められ(この点弁護人及び被告人は、検察官調書は、被告人が検察官から罰金ですませたらどうかなどと説得されたことから作成されたものである旨述べ、その任意性を争うが、本件事案の内容及び検察官調書の被告人の供述の内容からして、任意性を疑わせる事情は認められず、同調書の任意性は、十分に認められる。)、「魅留来」経営者としての被告人の経営方針及び新たなレーザーカラオケ装置を導入するに至った理由について詳細かつ具体的に供述しており、その信用性は大きいと考えられる。結局、以上のようなB、Dの証言、被告人の検察官調書等によれば、被告人は、ジャスラックの管理著作物である伴奏音楽を収録した多数のレーザーカラオケディスクを常備し、客にマイクと前記早見目次集を渡して歌唱を勧め、常備してある右カラオケレーザーディスクの中から好みの楽曲の曲目を客に選択させたうえ、従業員に本件装置を操作させて、伴奏音楽を収録したレーザーディスクにより録画した映画を上映するとともに、歌詞(文字表示)を画面に表示したうえ、伴奏音楽の演奏を再生し、客にそれら伴奏音楽の旋律に併せて他の客の面前で当該楽曲を歌唱させ、また、ホステス等にも客と共に歌唱させ、これをその場に来集した不特定多数の客に聞かせて、いわゆるカラオケスナックとしての店の雰囲気作りをし、このような雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させていたと認められる。 4 以上に認定した事実に基づいて考察すると、まず、客がカラオケ伴奏に伴って歌唱する場合、客の歌唱も著作権法上の演奏に当たるというべきであるが(著作権法2条1項16号、22条参照)、客自身には営利の目的はなく、かつ、客は、聴衆(他の客等)等から料金を受けていないのであるから、それ自体は著作権法38条1項本文の自由利用行為に該当する。しかしながら、一般にいわゆるカラオケスナック等カラオケを店に設置し、それにより営業活動を行っている飲食店の実態からすると、客は、店(経営者)と無関係に歌唱しているわけではなくて、店の従業員から歌唱の勧誘を受け(前述のように本件においてもBらに対して店の従業員がカラオケで歌を歌うように勧誘している。)、店(経営者)が設置したレーザーディスクカラオケソフトの範囲内で、客が早見目次集で自分の歌う楽曲を選択するなどして店(経営者)の管理の下に歌唱していると認められる。他方、店(経営者)としては、客に歌唱させるという目的を果たす手段としてカラオケ装置を設置し、しかも客が歌唱することを店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナック店としての雰囲気作りを行っていることも明らかであり、またそうであるからこそ客は歌唱するためにカラオケスナック店に呼び寄せられるといえる。そうすると、店(経営者)は、このようなカラオケ店の雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図しているのであって、著作権法が、音楽著作物などを利用し、公に演奏する経済活動から生じる経済的利益を著作権者に還元することを目的としているという趣旨をも併せ考えると、かかるカラオケ伴奏による客の歌唱も著作権法上の規律の観点からは店の経営者による歌唱と同視し得るものであり、従って、当該音楽著作物の著作権者(本件では、著作者からの信託的譲渡を受けているジャスラックが著作権者となる。)の許諾を得ないまま、店の経営者が、客及び店の従業員等にジャスラックの管理する音楽著作物である楽曲を歌唱させることは、当該音楽著作物についての著作権の一支分権である演奏権を侵害することになり、その侵害行為の実行行為者は、店の経営者であると考えるのが相当である(最高裁昭和63年3月15日第3小法廷判決(民集42巻3号199頁)参照)。〈「判例速報」第39号掲載〉 弁護人は、カラオケの伴奏部分は適法とされているにもかかわらず、客等の歌唱の部分のみを取り上げて演奏権を侵害するというのは、犯罪構成要件明確性の原則、類推解釈禁止の原則を唱った罪刑法定主義に違反する旨主張するが、カラオケ伴奏自体はやはり歌唱に対して付随的役割を有するにすぎないとみざるを得ず、カラオケ店における客によるカラオケを伴奏とする歌唱が、店の経営者による演奏権の侵害になるという結論自体は前記の判例等から確定的であるといってよい。然るに、民事上は演奏権の侵害とされるのは仕方がないとしても、刑事上は罪刑法定主義の観点から演奏権の侵害にはならないかの如き解釈は、演奏権の概念を徒らに混乱させるものであって、到底採り得ない。演奏権の概念自体は民事上、刑事上を問わず一義的に明確であるべきものであり、また同一内容のものとしてとらえるべきものと解する。 二 ビデオカラオケと上映権 ところで、本件のようなビデオカラオケはその中にジャスラックが管理する音楽著作物の歌詞の文字表示及び伴奏音楽とともに連続した影像を収録したものであり、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定された著作物であるから、著作権法上の映画の著作物に該当する(同法2条3項)ところ、本件ビデオカラオケ装置によりレーザーディスクを再生するとき、モニター画面には収録された連続した影像と音楽著作物の歌詞の文字が映し出され、スピーカーからは収録された音楽著作物の伴奏音楽が流れ出るものである。したがって、モニターテレビに音楽著作物の歌詞の文字表示が映し出されることは、その著作物の上映に該当し、それと同時にスピーカーから流れ出る伴奏音楽も、著作権法2条1項19号、26条2項より〈「項」の次に「に」が欠落?〉、映画の上映に該当することになる(連続影像自体は、別に映画製作者の著作権に属する。)。以上よりすると、本件ビデオカラオケ装置によりジャスラックが管理する音楽著作物を収録したレーザーディスクカラオケを再生した場合、それは、音楽著作物の上映(歌詞の文字表示と伴奏音楽)に当たり、これを無断で行えば、ジャスラックの管理する音楽著作権である上映権の侵害になることは前記法条に照らし明らかであり、これと異なる見解を主張するかのような弁護人の所論は採用の限りでない。 なお、レーザーディスクカラオケ装置の場合、客の選曲に基づき、店の経営者あるいはその従業員(時には客自身が操作することがあっても、それはあくまでも店の管理の下で行っていると認めるべきである。)が、カラオケ装置を操作してレーザーディスクに固定された歌詞を組み込ませた映画をモニター画面に映写するとともに音楽を再生することによって使用しているのであるから、レーザーディスクに収録された映画の上映の主体は店であると考えるのが相当であり、店としては、カラオケ装置を客に利用させることによって営利を目的として上映していると認められる。そして、本件では「魅留来」の経営者である被告人が、本件上映権を侵害した行為の主件ということになる。 三 被告人の著作権侵害についての故意 被告人及び弁護人は、著作権法は、複雑かつ専門的な分野であって、被告人には本件におけるようなレーザーディスクカラオケを伴奏することによって客が歌唱することそれ自体が、演奏権及び上映権の侵害にあたるとは考えていなかったから、被告人には本件著作権侵害についての違法性の意識はなく、かつ、故意はなかった旨主張する。 そこで検討するに、前掲各証拠によれば、ジャスラックは、被告人宛に、昭和61年10月ころ及び昭和62年7月ころの2回にわたり、カラオケの使用許諾契約を締結するように求める文書を送付したものの、被告人からは何らの返答がなかったこと、さらに、その後昭和62年8月26日及び11月20日の2度にわたり、シャスラックの職員であるCが、被告人が経営する「魅留米」まで出向き、直接被告人と会って、カラオケを使用する場合、著作者から著作権の信託的譲渡を受けたジャスラックの許諾を受ける必要があること等カラオケ使用許諾契約締結に関する説明をし、この点に関する被告人の理解を求めようとしたが、Cの説明に対して被告人は、レーザーディスク盤のシールにはすでにジャスラックのマークが貼ってあることからして、すでにその使用料は支払っているのであるから、さらに被告人において、カラオケを使用するについての使用料を支払うというのは二重払いであること、客席面積が5坪以下の店について使用料が免除されているのは不公平であるなどと反論したこと、その後もジャスラックは、被告人に対してカラオケ使用許諾契約を締結するように求める文書を送付したが、被告人からは何らの返答もなかったことが認められる。そして、被告人は捜査段階における検察官調書において、当初は、レーザーディスク盤にジャスラックのシールを貼ってあったので、使ってもいいと思っていたが、ジャスラックの担当者から説明を受けて、実際に客などが歌を歌う場合は、作詞者や作曲者から委託を受けて著作権を管理しているジャスラックと使用に関する契約を結ばなければならないことがわかった、しかし、一言でいって、担当者の使用代金についての説明が納得できなった、殊に店の坪数に応じて料金が違い、客席面積が5坪までの店は、使用料がいらないという内容が納得できずに、契約を結ばないままそれまでどおりカラオケを使い続けていた旨供述し、公判廷においても、昭和62年8月26日と同年11月20日の2度にわたってジャスラック職員が「魅留来」を訪ねてきて、カラオケ使用料を支払うように言ったこと、その際被告人は、その職員に対して、客席面積が5坪以下の店については、当分の間使用料を免除するのは不公平であることやレーザーディスク盤にはすでにジャスラックのマークが付いているのであって、さらに使用料を支払うのは二重払いになると反論すると、同職員は、レーザーディスクに付いているジャスラックのマークは、いわゆる録音する際に料金を徴収したということを表すものにすぎないこと、5坪以下の店に関しては、被告人の店には関係ないことなどと説明し、押し問答の状態になった旨述べ、捜査段階における右検察官調書とほぼ同内容の供述をしており、上記被告人の供述するところは疑を入れる余地はない。そうだとすれば、被告人が、著作権者であるジャスラックの許諾を得ることなく、レーザーディスクカラオケ装置による音楽著作物のカラオケ伴奏により客に歌唱させる行為が、ジャスラックの有する著作権に対する侵害にあたるということに関する故意並びに違法性の意識があったことは優に認定できる。 四 実態調査の違法性について 1 弁護人は、本件公訴事実にかかるるカラオケ伴奏による歌唱のうち、16曲については、「魅留来」におけるカラオケの使用状況に関する調査(以下「実態調査」という。)を行ったジャスラック職員及びジャスラックの委託で実態調査にあたった株式会社損害保険リサーチの職員が歌唱しているのであって、これら16曲に関しては、ジャスラックの事前の承諾があったといえるから、構成要件該当性が阻却されること、さらに、そもそもジャスラックが行う実態調査は、被告人を罠に陥れるおとり捜査類似の方法であって、客を歌唱に駆り立てた点において、本件で問題となっている前記16曲を含む49曲全楽曲について、すでにジャスラックの事前の承諾があったといえるのであり、結局本件著作権侵害についての違法性が阻却される旨主張する。 2 そこで検討するに、前掲各証拠、ことにB証言、A証言によれば、前記実態調査について、ジャスラックとしては、音楽著作物管理の公平のために店の管理著作物の利用の実態を把握する必要があり、その調査をする場合、その店の侵害状況の日常性というものを調査し、証拠となる資料を収集する必要性があること、本件のように演奏権及び上映権が問題となる著作権侵害の場合には、現場でその実態をとらえないと記録が残らないため、実態調査が不可欠であるところ、他に侵害状況を正確に、かつ、客観的に把握する方法はないばかりか、実態調査に際し、調査員は客として入店しなければ、証拠収集が十分できないこと、さらに、実態調査を行う調査員に対し、その心得として、できるだけその店の音楽の使用状況を自然な状態で客観的に観察するということに努め、具体的には、普通の客として店側の勧誘を受けてから歌唱する、自分自ら進んで歌唱しない、続けて何曲も歌わないこと等を心掛けるよう指示していたことが認められる。以上のような実態調査の目的及びその手段や「魅留来」におけるカラオケの利用状況について収録した録音テープ及びその反訳文等からすると、右実態調査において、まさに、「魅留来」におけるカラオケの利用状況を調査し、証拠を収集しようとのジャスラック職員としての正当な職務が実行されているというべきであって、被告人を罠に陥れるおとり捜査に類する方法がとられているとは認められない。この点に関して、被告人は公判供述において、ジャスラックの職員らが敢えて他の客をあおり、歌唱に駆り立てたかのように述べるが、前記各証拠に照らし信用できない。 次に、A証言やB証言ならびに本件実態調査の目的等から考察すると、実態調査をすることによってカラオケの使用状況ひいては著作権の侵害の実態を把握し、著作者から信託的譲渡を受けた音楽著作物を適正かつ公平に管理しようとしているジャスラックが、その実態調査に際して著作権を放棄する(著作権使用について店に対して許諾した)と考えることは、前記のように正当と認められる調査目的からみると、本来の目的が達成できないことになりかねず、むしろ自己矛盾行為というべきであり、また、ジャスラックが、本件において店に対して著作権使用について許諾したと認めるべき事情は何ら存しない。 従って、弁護人のこれらの点に関する主張は理由がない。 五 著作権法の罰則規定と著作物使用料規程との関係について 1 弁護人は、著作物使用料規程は、著作権法の罰則規定の部分的内容となる補充規範であり罪刑法定主義に違反する旨主張する。前掲各証拠によれば、ジャスラックは、昭和61年6月2日、社交場(バー、キャバレー、スナックなど)等における演奏使用料を全面改正することを主たる目的とし、その一環としてカラオケ伴奏による歌唱についても演奏権が及ぶことを明示し、その歌唱使用料について、固有の規定を設けるための著作物使用料規程の改正の認可申請をし、著作権審議会の答申を経て、一部修正の上同年8月13日文化庁長官の許可を得、昭和62年4月1日から施行されるに至ったが、前記A証言によると、そもそも著作物使用料規程は、「著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律」(昭和14年法律第67号)に基づいて、音楽著作権の適正かつ公平な管理を行うために設立されたジャスラックが、その管理する音楽著作物に関して、その使用料を徴収するために作成されたものであり、この使用料規程も同法律に根拠を有するものであること、ジャスラックは、使用料規程の改定前の昭和55年及び昭和56年ころからすでに「音楽を使用する風俗営業、飲食営業の経営者の方方へ」と題する案内文書(検察官証拠番号35、48)を作成し、その中でカラオケやビデオカラオケの伴奏による歌唱についてもジャスラックに使用許諾手続をとることを示していること、この改正は、前記のように社交場等における演奏使用料を全面改正することを主たる目的とし、その一環としてカラオケ伴奏による歌唱についても演奏権が及ぶことを明示し、その歌唱使用料について、固有の規定を設けるためのものであることが認められる。然るに、ビデオカラオケの伴奏による歌唱が、著作権法上演奏権及び上映権を侵害するものであることは前記一及び二で述べたとおりであり、ジャスラックが管理する音楽著作物に関し、著作権者(ジャスラック)の許諾を得ずになされたカラオケ伴奏による歌唱について、その行為が、著作権法に違反する行為であるかどうかは、あくまでも著作権法に基づいて規律され判断されるのである。 弁護人は著作物使用料規程が、著作権法の罰則規定の部分的内容をなす補充規定であるかのように主張するが、両者にはそのような関係はない。当該行為が著作権を侵害しているか否かは、あくまでも著作権法の解釈によって決まるし、また決めなければならず、使用料規定〈「定」は「程」の誤〉の存否やその内容は犯罪の成否を決める際に何らの影響をも及ぼさない。従って、客席面積5坪以下の店におけるカラオケ伴奏による歌唱の場合についても、著作権法上は演奏権等を侵害する行為にあたるが、ジャスラックへの届け出を条件として、特に使用料の支払いを免除した、すなわち、使用料を支払わなくても使用することを許諾したというにすぎない。 弁護人は、さらに、5坪以下の店につき使用料の支払いを免除したことが、特に公平さと合理性を欠くかのように主張するが、客席面積の狭い業者に使用料を免除するということには、勿論それなりの合理性が認められるのみならず、全体としてみて、個々の業者に対して利益を与えこそすれ、何らの負担や制限を課するものではないから、この点からしても使用料規程の定めが罪刑法定主義の精神に反するようなことはない。 六 結論 以上弁護人及び被告人の主張はいずれも理由がないものであって、本件においては、被告人が、ジャスラックの許諾を得ずに、「魅留来」店舗内において、客や店の従業員にレーザーディスクカラオケ装置を利用してジャスラックの管理する音楽著作物を収録したレーザーディスクカラオケを再生し、かつ、そのカラオケ伴奏によりジャスラック管理著作物である楽曲を歌唱させることによって、著作権の一支分権である演奏権及び上映権を侵害したと認定できる。 (法令の適用) 罰条 包括して著作権法119条1号 刑種の選択 罰金刑 労役場留置 刑法18条 訴訟費用の負担 刑訴法181条1項本文 大阪地方裁判所第8刑事部 裁判長裁判官 河上元康 裁判官 内藤裕之 裁判官 白神文弘は転補のため署名押印できない。 裁判長裁判官 河上元康 |
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