判例全文 | ||
【事件名】カラオケリース業者共同不法行為事件 【年月日】平成6年3月17日 大阪地裁 昭和63年(ワ)第6200号 カラオケ著作権侵害差止等請求事件 判決 原告 社団法人日本音楽著作権協会 右代表者 理事 X 右訴訟代理人弁護士 井上準一郎 同 北本修二 被告(旧姓Y1a) Y1 被告 Y2 右両名訴訟代理人弁護士 好川照一 被告 エース株式会社 右代表者代表取締役 Y3 右訴訟代理人弁護士 腰岡實 主文 一 被告Y1は、原告に対し、金24万6000円及びこれに対する昭和63年7月20日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 二 被告Y1及び同Y2は、連帯して原告に対し、金33万6000円及びこれに対する昭和63年7月20日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 三 被告Y1、同Y2及び同エース株式会社は、連帯して原告に対し、金68万2000円及びこれに対する昭和63年7月20日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払え。 四 訴訟費用は被告らの負担とする。 五 この判決は仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求の趣旨 主文同旨 第2 事案の概要 一 当事者 1 原告 原告は、日本音楽著作権協会、通称JASRAC(Japanese Society for Rights of Authors・ Composers and Publishers)といい、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律(昭和14年法律第67号、以下「仲介業務法」という。)に基づく内務大臣(昭和43年法律第99号による改正後は文化庁長官)の仲介業務実施の許可を受けた我が国唯一の音楽著作権仲介団体であり、内外国の音楽の著作物(著作権法10条1項2号。著作権法については、以下原則として法律名を省略する。)につき各著作権者から著作権ないしその支分権たる演奏権(22条)、録音権(21条、2条1項13号、15号)及び上映権(26条2項、2条1項19号)等の移転(国内の著作物については、会員たる著作権者との間に締結された著作権信託契約約款に基づく信託、外国の著作物については、我が国の締結した万国著作権条約に加盟する諸外国の音楽著作権管理団体との間に締結された相互管理契約に基づく信託)を受けてそれらの信託著作権を管理し、国内のラジオ・テレビ等の放送事業者をはじめ、レコード、映画、出版、興行、社交場、有線放送等の分野における音楽使用者に対して使用許諾を与え、右使用許諾の対価として、仲介業務法3条1項に基づく文化庁長官の認可を得た「著作物使用料規程」に定める一定の使用料を全国の音楽使用者から徴収して、これを内外の著作権者に分配することを主たる目的とする社団法人である。別紙「カラオケ楽曲リスト」及び同追補に記載の各音楽著作物は、いずれも原告が信託著作権を管理する音楽著作物(以下「管理著作権」「管理著作物」という。)であり、これらはカラオケの伴奏で歌唱された使用実績を有する主要な曲目に該当し、今日、カラオケ装置を設置している一般の社交飲食店において、日常的に反復継続して利用されている楽曲である。そして、原告は、カラオケ伴奏による歌唱について年間の包括的使用許諾契約を結ぶ場合の使用料額を特に定め、昭和62年4月1日からその一斉徴収を開始している。(甲1〜4、20、24、25、弁論の全趣旨) 2 被告ら (一) 被告Y1(旧姓Y1a、以下「被告Y1」という)は、昭和58年9月19日頃、大阪市中央区において、Aとの共同経営にかかるスナック「魅留来」(客席面積17坪、客席総数49席、以下「本件店舗」という。)を開店し、これを経営していたところ、昭和61年4月頃Aとの共同経営を解消してその経営を現在の夫である被告Y2との共同経営に移し営業を継続していたが、昭和63年7月16日本件店舗を閉店し、その頃、同市中央区にスナック「パセリ」を開店した。(甲18、19、39、40、90、94の1・2、95、被告Y2本人、弁論の全趣旨) (二) 被告エース株式会社(以下「被告会社」という。)は、音響機器のリース又は販売等を業とする株式会社であり、スナック、バー、クラブ等を対象に業務用カラオケ装置をリース又は販売している。(争いがない) 二 被告らの行為 1 被告会社は、昭和61年5月11日、被告Y1及び同Y2との間に、被告会社所有の業務用レーザーディスクカラオケ装置(パイオニア株式会社製レーザービジョンプレーヤーLD―V15ヨコ型システム〔甲16、113参照。以下「本件装置」という。〕)1台について、リース契約(以下「本件リース契約」という。)を締結し(但し、契約書上の借主名義人は被告Y1)、同月17日、本件装置を本件店舗内に搬入し、営業用に稼働できる状態にして設置して同被告らに引渡した。右引渡時において、本件装置は、レーザーディスクプレーヤーV―15とアンプ各1台の他に、@これを稼働させるための、収録音楽著作物の大部分が原告の管理著作物であるレーザーディスクソフト(株式会社第一興商〔以下「第一興商」という。〕製デジタルレーザーカラオケディスク38枚)、A本件装置を設置した店の顧客がリクェストする曲目を選択できるように演奏に併せられる音楽著作物の全てのタイトルを一覧表形式で配列し編集印刷した「早見表」(甲42)とリクェストカード(甲97)、Bレーザーディスクソフトを再生し音楽の伴奏と同時に画面に映像と歌詞を映すモニターテレビ、C歌唱用のマイク、Dスピーカー等が付属し、それらを一括してレーザーディスクカラオケ装置一式が構成されており、本件装置にコイン(100円硬貨2枚)を挿入し簡単な操作をすることによって、カラオケの伴奏音楽と映像及び歌詞を同時に再生する機械装置が作動し、設置場所におけるカラオケの即時利用が可能となる装置である。右リース契約では、借主は被告会社に対し、1か月の基本使用料として2万円を支払うほか、1か月の売上金(1回200円の合計分)を借主と被告会社で折半して取得する旨約定されており、その売上金収納庫の鍵は被告会社が所持していた。そして、被告会社の従業員が月2回本件店舗を訪れ所持の鍵で売上金収納庫の施錠を外し売上金を分配していた。また、原告が被告らを債務者として本訴を本案とする仮処分の申立をした後の状況は、後記第4の一12に認定のとおりである。(甲16、29、42、97、113、丙2、3、被告Y2本人、弁論の全趣旨) 2 被告Y1及び同Y2は、本件店舗における全営業期間(但し、被告Y2は昭和61年4月頃以降)を通じて、原告の使用許諾を得ないで、日曜祭日を除いた毎営業日(月平均25日)の午後7時頃から翌日午前0時30分頃までの営業時間中、従業員(ホステス)により客に飲食を提供するかたわら、本件店舗内に、@開店当時から昭和61年5月16日(本件装置の引渡日の前日)までの間は、株式会社大音からリースを受けてオーディオカラオケ装置(テープデッキ、マイクロホン、アンプ、スピーカ等の機器を組み合わせ、伴奏音楽を収録したカラオケテープを再生すると同時に、これに合わせてマイクロホンを使って歌唱できるように構成された装置)を、A同月17日(本件装置の引渡日)から昭和63年7月16日(本件店舗の閉店日)までの間は、被告会社からリースを受けてレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)をそれぞれ設置し、右リース契約の運営規則(丙2、3〔リース契約書〕のリース契約物件欄下部の※印欄参照)及びカラオケ装置本来の用法(右各契約書2条参照)に従い、この間これらの装置を稼働させるための、原告の管理著作物である伴奏音楽を収録した多数のカラオケテープ若しくはカラオケレーザーディスクを常備し、客にマイクと原告の管理楽曲を含む楽曲の曲目の索引リストを渡して歌唱を勧め、常備してある右カラオケテープ若しくはカラオケレーザーディスクの中から好みの楽曲の曲目を客に選択させたうえ、従業員に右オーディオカラオケ装置若しくはレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を操作させて、伴奏音楽を収録したカラオケテープを再生し、或いはレーザーディスクにより録画した映画を上映するとともに、歌詞(文字表示)を画面に表示したうえ、伴奏音楽の演奏を再生し、客にそれらの伴奏音楽の旋律に合わせて他の客の面前で当該楽曲を歌唱させ、また、しばしばホステス等にも客と共に或いは単独で歌唱させ、これをその場に来集した不特定多数の客に聞かせ、もって、いわゆるカラオケスナックとしての店の雰囲気作りをし、かかる雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させていた。(甲18〜23、29、証人B・同C、被告Y2本人尋問、弁論の全趣旨) 三 原告の著作物使用料規程 原告は、仲介業務法3条1項に基づき、管理著作物の使用料について、昭和15年2月29日主務大臣の認可を受けて著作物使用料規程を定めて以来、これに従って管理著作物の利用者から使用料を徴収しているが、その内容は、次のとおりである。 1 旧規程による著作物使用料(甲7、8、93の1、証人B) 昭和46年4月1日以降施行の著作物使用料規程(甲7、「旧規程」という。)によると、生演奏のうち、軽音楽1曲1回の演奏会形式による使用料は、定員、平均入場料及び使用時間によって類型区分された料金表によって規定されており、定員500名未満(第1類)の場合、その料率は別表(1)記載のとおりであり、これをカフェー、クラブ、スナック等の社交場における演奏に適用する場合は、軽音楽1曲1回の演奏会形式による演奏についての使用料の100分の50の範囲内で使用状況等を参酌して具体的な使用料を決定することとされている。そして、原告による社交場における演奏の場合の使用状況等の参酌方法は次のとおりである。すなわち、@定員については500名未満を100名単位で段階的に区分し、客席数に応じて使用料を逓減し(著作物使用料規程取扱細則〔社交場〕6条)、A平均入場料については、入場料金を明示しない場合、1セット料金(飲食税、サービス料を含む。)又は同相当額に30%を乗じた金額に、テーブルチャージ、席料などがある場合は、更にその額を加算した額を平均入場料として使用料を算定し(同4条)、Bカラオケ伴奏による歌唱については、特別使用許諾契約(同7条)の場合と同率の5割の減額措置を講じた上、適法に録音された音楽著作物の演奏の再生についての経過措置(著作権法附則14条、旧著作権法30条1項8号、著作権法施行令附則3条参照)の趣旨を参酌してその2割を減じ、素人の客が歌唱することにより職業歌手ほどの効果があがらないことを理由に更にその2割を減じて使用料を算出する取扱いで統一している。 2 新規程による著作物使用料(甲24、25、93の1、証人B) 原告は、昭和61年6月2日、社交場(バー、キャバレー、スナックなど)等における演奏使用料を全面改正することを主たる目的とし、その一環としてカラオケ伴奏による歌唱についても演奏権が及ぶことを明示し、その歌唱使用料について、固有の規定を設けるための著作物使用料規程改正の認可申請をし、著作権審議会の答申を経て、一部修正のうえ同年8月13日文化庁長官の認可を得た。そして、右改正規程(以下「新規程」という。)は昭和62年4月1日から施行されるに至った。 (一) 本則 新規程によると、社交場における生演奏1曲1回使用時間5分までの使用料は、座席数(面積)及び標準単位料金の区分により別表(2)のとおり定められている。なお、カラオケ伴奏による歌唱の場合でも、次の(二)の特則の適用がないときは本則が適用されるが、(甲24の備考 〔10頁〕及び「本則」別表15〔28頁〕)、旧規程の場合と同様の参酌による減額措置(但し、ビデオカラオケについては減額は合計6割の限度)を講じて使用料を算出する取扱いで統一している。 (二) カラオケ伴奏による歌唱につき年間使用許諾契約を結ぶ場合の特則 新規程は、第2章著作物の使用料率に関する事項、第2節演奏等、4社交場における演奏等中の(社交場における演奏等の備考)と題する規程中において、(カラオケ伴奏による歌唱)と題して次のように定めている。すなわち、 各業種(業種8及び業種11から業種14までを除く。)においてカラオケ伴奏による歌唱(歌手などの出演者が出演報酬をうけて行う歌唱は除く。以下同じ。)が行われる場合で、かつ、年間の包括的使用許諾契約を結ぶ場合の使用料は、当分の間、次のとおりとする。 (1) オーディオカラオケによる歌唱(静止画を同時に再生する装置による場合を含む。)
2 50坪を超える場合及びカラオケ専業店の場合については生演奏の使用料を適用する。 包括使用許諾契約を結んでいない場合は、1曲1回の使用料により算出する。 四 請求の概要 @歌唱が演奏に該当することは著作権法の明示するところであり(2条1項16号)、客の歌唱はカラオケ装置を設置している店により誘引されており、店は客の歌唱を通じて店の利益を図っているのであるから、音楽の利用主体は店であると解するきべきであって、本件において、オーディオカラオケ装置又はレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を使用したカラオケ伴奏による、従業員の歌唱は勿論、客の歌唱行為についても、その主体は本件店舗の経営者ないし共同経営者である被告Y1及び同Y2にあるから、右歌唱行為は営利を目的として音楽著作物を公衆に直接聞かせるために演奏する行為に該当し(22条)、原告の許諾を得ない右歌唱行為(1日の使用曲数40曲)は、原告の管理著作権の内容である演奏権の侵害となること、Aまた、レーザーディスクカラオケは、レーザーディスクの中に原告の管理著作物を収録したものであり、映像の連続を伴うレーザーディスクの再生は映画の著作物の上映に該当し、楽曲のイメージに合った連続映像とともに画面に映し出される歌詞(文字表示)及びレーザーディスクの再生に伴って再生される伴奏音楽(26条2項、2条1項19号)の双方が上映に該当すること、したがって、原告の許諾を受けない、被告Y1及び同Y2の本件店舗における本件装置によるレーザーディスクの再生行為は、原告の管理著作権の一支分権である上映権の侵害となること、B被告会社は、右著作権(演奏権・上映権)侵害の原因行為を組成する業務用レーザーディスクカラオケ装置を提供するリース契約締結業務を日常的に反復継続する者として、右各著作権侵害の結果の発生を認識・認容しながら故意に本件装置を被告Y1及び同Y2に対しリースしこれを継続したものであり、仮にそうでないとしても、被告Y1及び同Y2による右@Aの各著作権侵害行為の結果を当然に予見し得たのであるから、右結果発生を回避すべき注意業務があるのにこれを怠り、漫然と同被告らとの間に本件リース契約を締結し、これを継続した点において過失があり、被告会社は被告Y1及び同Y2の右@Aの著作権侵害行為に加担したこと(民法719条)を理由に、各被告に対し、以下の金員の支払を請求。 1 被告Y1に対し、昭和60年7月9日(不法行為の時効完成日の翌日。本訴の提起日は昭和63年7月8日)から昭和61年5月16日(オーディオカラオケ使用の最終日)までの間の、オーディオカラオケを使用しての無断歌唱(1日の使用曲数40曲)について、前記三1の旧規程の著作物使用料率(別表(1))に基づき、前記三1記載の諸要素を参酌して、別表(3)記載の計算表の算定方法により算定した、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する金員(著作権法114条2項、以下「使用料相当損害金」という。)24万6000円の支払 2 被告Y1及び同Y2に対し、昭和61年5月17日(本件装置の引渡日)から昭和62年3月31日(新規程の施行日の前日)までの間の、レーザーディスクカラオケを使用しての無断上映及び歌唱(1日の使用曲数40曲)について、1と同様に旧規程の著作物使用料率(別表(1))に基づき、前記三1記載の諸要素を参酌して、別表(4)記載の計算表の算定方法により算定した使用料相当損害金33万6000円の連帯支払 3 被告Y1、同Y2及び被告会社に対し、昭和62年4月1日(新規程の施行日)から昭和63年7月16日(本件店舗の閉店日)までの間のレーザーディスクカラオケを使用しての無断上映及び歌唱(1日の使用曲数40曲)について、前記三2(一)の新規程の生演奏による著作物使用料(別表(2))に基づき、前記三1記載の諸要素を参酌して、別表(5)記載の計算表の算定方法により算定した使用料相当損害金68万2000円の連帯支払 五 主な争点 1 被告Y1及び同Y2の損害賠償責任の有無。すなわち、カラオケ伴奏による客の歌唱につきカラオケ装置設置のスナック店経営者が著作権侵害の不法行為責任を負うか。 2 被告会社の損害賠償責任の有無。すなわち、前項が肯定される場合、右カラオケ装置のリース業者が著作権侵害の不法行為責任を負うか。 3 被告らが損害賠償責任を負担する場合、被告らが賠償すべき使用料相当損害金額。 第3 争点に関する当事者の主張 一 争点1(被告Y1及び同Y2の損害賠償責任の有無) 【原告の主張】 1 被告Y1及び同Y2の責任原因 スナック等の経営者が、カラオケ装置と音楽著作物たる楽曲の録音されたカラオケソフトとを備え置き、客に歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオケソフトの再生による伴奏により他の客の面前で歌唱させるなどして、もって店の雰囲気作りをし、客の来集を図って利益をあげることを意図しているときは、右経営者は、当該音楽著作物の著作権者の許諾を得ない限り、客による歌唱につき、その歌唱の主体として演奏権侵害による不法行為責任を免れない(最高裁第3小法廷昭和63年3月15日判決民集42巻3号199頁)。〈「判例速報」第39号掲載〉したがって、被告Y1及び同Y2の前記第2の二2@の昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの間のオーディオカラオケ装置の無許諾での利用行為は原告の演奏権の侵害となる。 また、著作権法2条1項19号は、「上映」について「著作物を映写幕その他の物に映写することをいい、これに伴って映画の著作物において固定されている音を再生することを含むものとする。」と定義しており、同法26条2項は、「著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を公に上映し、又は当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。」と規定している。したがって、レーザーディスクカラオケ装置については、原告の許諾を得ないで、録画した映画の上映とともに管理著作物の歌詞を画面に表示し、同時に収録された管理著作物の伴奏音楽を再生することは、原告の管理著作権の一支分権である上映権の侵害となるとともに、この伴奏音楽の旋律に合わせた客の歌唱は、オーディオカラオケ装置の場合と同様に原告の管理著作権の一支分権である演奏権の侵害となる。したがって、被告Y1及び同Y2の前記第2の二2Aの昭和61年5月17日から昭和63年7月16日までの間のレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を使用しての無許諾での上映及び歌唱行為は原告の上映権及び演奏権の侵害となる。 2 被告Y1及び同Y2の主張について (一)カラオケ伴奏による客の歌唱は著作権法上の演奏とはいえないとの主張について 被告Y1及び同Y2は、カラオケ伴奏による客の歌唱を営業主であるカラオケスナック店の経営者の歌唱と同視することはできず、それは、公衆に直接聞かせるものではなく、営利の目的も有していないから、著作権法上の演奏とはいえず、著作権法22条、63条に基づく著作者又は著作権者の権利を侵害するものではない旨主張するが、右主張は失当である。 すなわち、カラオケ伴奏による客の歌唱という音楽著作物の利用形態が出現する以前には、クラブやスナック等における飲食客は、通常単なる音楽演奏の受け手(聴衆)にすぎず、店の経営者は、その送り手として音楽演奏を客に提供し、客は専らこれを受けて楽しむエンドユーザーとしての立場にあった。その場合、当然のことながら、著作権法の規律(演奏権)は音楽著作物の利用主体である店の経営者を対象として及び、客はその埓外にあったのである。しかし、昭和50年代以降、社交飲食店業界において、店の経営者は、営業政策上、営業に必要な音楽提供の方法として、店に生演奏の演奏者を常置する以外に、又はそれに代えてカラオケ装置とカラオケテープ、ビデオディスク、レーザーディスク等のカラオケソフトを備え、それらを再生したカラオケの伴奏音楽の旋律に合わせて、店に来集した飲食客に歌唱させ、その音楽効果を自己の店の雰囲気作りに利用して営業する方式を取り入れ、これが業界で広く一般化し普及するに至ったのである。その結果、従来音楽演奏の受け手(聴衆)にすぎなかった客は、現在では、@店に飲食代金を支払って、カラオケ伴奏で各自楽しむというエンドユーザーの立場と、A店の経営方針の下で、カラオケ伴奏により音楽著作物を歌唱するという積極的な実演行為者(カラオケ歌手)の立場の二面性を有するに至っている。著作権法がカラオケスナック店における客の歌唱までをその対象とはしていないとする、被告Y1及び同Y2の主張は、客の@の立場のみを一方的に強調し、Aの立場を全く無視しており、現実のカラオケスナック店の経営実態と乖離した主張というべきである。これを本件店舗に即して見れば、昭和58年9月の本件店舗の開店以来、他のカラオケスナック店と同様に、むしろ客のAの立場を積極的に利用し、客に勧めて店内で原告の管理著作物を歌唱させ、店の雰囲気作りをするとともに、営業上の利益の増大を図ってきたのであるから、本件店舗におけるカラオケ伴奏による客の歌唱の主体性が同被告ら自身にあることは明らかである。同被告らの主張は、要するに観賞に耐えるプロの演奏家の演奏にのみ著作権が及び、素人のそれには及ばないという主張に帰着するものであるが、判例は、素人の客の歌唱も著作権法上の著作物の実演であり、これに対してその利用主体である店の経営者に演奏権が及ぶことを認めている(前掲最高裁判決参照)、著作権法は、著作隣接権による保護の対象となるべき実演(2条1項3号)の定義について実演を行う者が素人(アマチュア)か玄人(プロフェッショナル)かを区別していない(加戸守行著作権法逐条講義新版22頁〜23頁)のであるから、同被告らの主張は理由がない。 また、被告Y1及び同Y2は、カラオケ伴奏による客の歌唱については店の経営者が音楽著作物の利用主体となるとする前掲最高裁判決の法理に敢えて異論を唱え、店の経営者が歌唱の主体であるとするのは、余りにも擬制的に過ぎ、社会常識に合致しない旨主張する。しかしながら、右主張は、右判決の趣旨を誤解するものであり理由がない。すなわち、店の経営者は、客の歌唱を利用し、音楽提供の方法として来集した客に対し、自ら歌唱したのと同様の効果を期待し、自己の管理下で客が歌唱することを許容しているのであるから、カラオケスナック店で客が歌唱するのは店のホステス等の従業員が歌うのと同じく営利目的をもった、店自身が演奏権を行使しているのと同視できる行為であり、この点について、右最高裁判決も、「客による歌唱も著作権法上の規律の観点からは、経営者による歌唱と同視しうる」旨説示しており、右説示は、著作権法22条(演奏権)の規定の法意に照らし、極めて正当な解釈というべきである。 (二)レーザーディスクカラオケソフトの映像の部分及び音の部分の著作権はカラオケソフトの制作者に帰属するとの主張について 被告Y1及び同Y2は、レーザーディスクカラオケソフトの映像の部分及び音の部分の著作権は、カラオケソフトの制作者、すなわち本件装置で使用されたそれについていえば、第一興商に帰属しているとし、付随的に音楽の再生も画面の再生と一体のものとして、その上映権は同社に帰属し、音の再生は映画の再生に付従するものであるから、音の再生のみを取り出して上映ということはできず、これをオーディオカラオケと区別する理由はない旨主張する。しかしながら、原告は、レーザーディスクカラオケの再生の中で音の再生だけを取り出して上映として主張しているわけではない。本件装置で使用されたレーザーカラオケディスク(甲79)は、カラオケソフトの性質上音楽が主導で、それに画面を伴ったものであり、カラオケ歌唱の伴奏を唯一の目的とし製作されているのであって、実際の使用に際しても、画面(映像・歌詞)と音(伴奏音楽)とを同時に、かつ、それらを有機的に連繋して感知せしめ得るように、それらを結合して一体不可分のものとして再生されるのであり、音の部分だけを分離して再生使用するものではない。また、レーザーカラオケディスクと劇場映画において、伴奏音楽と映像がそれぞれ占める位置付けの差異について付言すると、劇場映画における伴奏音楽は、既に製作された映画の各場面に合わせて作曲されるのが一般的であり、そのため伴奏音楽の作曲に当たって、作曲家は、映画制作者や監督等の制作意図を聞き入れなければならないし、各場面毎に演奏時間の制約も受けることになる。したがって、劇場映画における伴奏音楽は、映像が主導的に進行する一方で、音楽はあくまでも従属的、付随的な位置付けをされるに止まる。これに対して、レーザーディスクカラオケにおける映像と伴奏音楽との関係は、劇場映画におけるそれとは全く正反対の関係にある。すなわち、レーザーディスクカラオケは、あくまでも歌唱を目的として製作されているから、その再生においては、伴奏音楽と歌詞の画面表示が最も重要かつ主導的な位置を占め、映像は当該楽曲の歌詞、旋律、題名等から映像製作者がその内容をイメージして選択決定するものであり、楽曲の演奏時間の制約を受けるだけでなく、音楽監督等の意向を聞き入れて製作されることになる。したがって、この場合、映像は楽曲に従属し、付随的な役割を担うに止まるのである。被告Y1及び同Y2の主張は、このようなレーザーディスクカラオケの伴奏用音楽としての本質的意味を無視し、映画の映像の部分こそがその主体であるとの誤った前提のもとに、音の部分(楽曲)をその従属部分として捉らえており、しかも、原告の許諾の下に映画の中に複製されて組み入れられた伴奏音楽に対しては、原告が著作権を保有しているとしても、映画の著作権の中の一部として付随的に保有しているだけであり、それはオーディオカラオケに対する演奏権の内容と同じく、伴奏音楽の演奏の再生は、著作権法附則14条の適用を受ける、という全く独自の理論構成に基づく主張であって、現行の著作権法の解釈としては到底これを容認することはできない。したがって、本件装置で使用されたレーザーディスク(甲29、42等)の再生について、第一興商に著作権が帰属するのは、著作権法26条1項の映画の著作物の著作者の上映権のみである。同社がレーザーディスクの製作において原告の許諾を受けて、その映画の著作物に収録複製した原告の管理著作物である歌詞及び伴奏音楽(楽曲)については、その著作権は原告に帰属しており、原告は、その管理する音楽著作権の一内容として、著作権法26条2項に基づく右音楽の上映権を有しているのである。本件店舗に設置されたカラオケ装置による伴奏音楽の再生については、映画の著作物の上映に伴う音楽の再生すなわち公の上映に当たるので、その場合、オーディオカラオケ装置による伴奏音楽の再生の場合と異なり、同法附則14条の適用は除外される。したがって、被告Y1及び同Y2が第一興商製作のレーザーディスクを被告会社からリース契約により提供を受け、これを本件店舗における営業に使用し再生する行為は、原告の有する前記上映権を侵害することは明らかである。 (三)著作物使用料の二重取りの主張について 被告Y1及び同Y2は、カラオケソフトメーカーが原告の許諾を受けて製作したカラオケソフトの再生について、原告がカラオケスナック店からさらに著作物使用料を徴収することは二重取りであり、許されるべきではない旨主張する。しかしながら、カラオケソフトメーカーに対して原告が与える許諾は複製権の内容であるビデオグラム録音権の行使によるものであり、そこで徴収した使用料はあくまでも複製許諾に対する使用料であり、原告が本訴で被告Y1及び同Y2に対し上映権及び演奏権の侵害による不法行為を理由に損害賠償請求しているのとは別個の権利行使であるから、使用料の二重取りとはいえず、同被告らがこの点に関する主張は理由がない。 【被告Y1及び同Y2の主張】 被告Y1及び同Y2に原告主張の著作権侵害行為はなく、同被告らはカラオケ伴奏による客の歌唱につき不法行為責任を負わない。その詳細は次のとおりである。 1 客の歌唱は著作権法上の演奏とはいえない。 客の歌唱が著作権法上の演奏と認められるためには、@歌唱が存在すること、A当該歌唱が公衆に直接聞かせるものであること、B当該歌唱が営利の目的を有していることの三つの要件を全部満たす必要がある。しかし、カラオケスナックにおける客の歌唱は、これらの要件をいずれも満たしてはいない。 すなわち、まず、@の要件について考えるに、原告は、カラオケスナック店における客の歌唱が著作権法2条1項3号の実演に該当し、客は同項4号の実演家に該当する旨主張するのであるが、同号にいう「実演家」とは、そこに例示されている「俳優、舞踊家、演奏家、歌手」等と同視し得る者を意味するものと解すべきであり、カラオケスナック店で歌う酔客を実演家として捉らえ、その歌唱をもって著作権法上の実演というのは、余りにも非常識な法解釈というべきである。著作権法は、歌唱を音楽著作物の演奏の一態様として予定しているということはいえるとしても、カラオケスナック店における客の歌唱までをその規律の対象とし、或いは原告の許諾を得ない客の歌唱を演奏権の侵害とする趣旨で立法されているものとは解されない。かような見地からすれば、カラオケスナック店は、単に店舗内にカラオケ装置を設置し、客に対して歌おうと思えば歌える場所を提供しているにすぎず、歌う歌わないは客の全くの自由であるから、客の歌唱を営業主であるカラオケスナック店の経営者による歌唱と同視するは擬制的にすぎて、社会常識に合致しない。 次に、Aの要件について考えるに、カラオケスナックの店内で客が歌唱している場合、その目的は、自己満足、ストレス解消、ただ好きだから等々と多様なものがあり、また、歌の内容自体、該当客の属するグループの者は聴いているが、その場に居合わせた他の客はこれを全く無視して聴いていないか、せいぜい歌が終われば、お愛相〈「相」は「想」の誤〉程度に拍手をする。或いは当該客の属するグループの者ですら全然聴いていないというのが、そのような場所に来集する酔客の実態であり、かようなカラオケスナック店における実態に鑑みれば、そこでの客の歌唱は、公衆に直接聞かせることを目的とする演奏行為とは到底言い難いものである。また、仮に原告の主張するようにカラオケスナック店における客の歌唱が著作権法22条の演奏に該当するというのであれば、同条は、そこでいう「公衆」の立場からみれば、音楽の観賞について規定したものと解されるから、カラオケスナック店の客は、夜な夜な他の酔客の演奏する音楽を観賞するために店に足を運ぶということになり、そのような解釈が無理なこじつけ以外の何物でもないことは多言を要しないであろう。 更に、Bの要件について考えるに、カラオケスナック店が営業によって利益をあげ得ているのは、客にその場で飲食をしてもらい、同時にそこで接客サービスを提供し、その対価として客から代金を受領しているからであって、そこにカラオケ装置が設置されているからではない。実際の経営面でも、店の立場からすると、毎月支払うべきカラオケ装置のリース料金やカラオケソフトの購入代金等の支出から損得計算をすると、カラオケ装置を設置することによって得る利益は現実には殆ど存在せず、昭和55年、56年頃のカラオケ全盛期に比較し、最近ではその集客能力は相当に落ち込んでおり、むしろ、カラオケ装置が店の中で場所塞ぎとなり、設置のメリットも少ないため、これを撤廃する店舗が増加しているのが実状である。カラオケが人間の歌いたいという文化的本能ともいうべき欲求を充足するのに適切な場を提供し、我が国のカラオケ文化が今日の隆盛を誇るまでに急激に発展した背景には、カラオケ装置やカラオケソフトの製造メーカーのみならず、それらソフト・ハードのリース業者等幾多の分野のカラオケ業界人の日々の努力があったことは万人の認めるところであろう。これに対し、原告は、自らはこうしたカラオケ文化の発展に何ら寄与してはいないにもかかわらず、労せずして、一方ではカラオケソフトメーカーとの間の録音・頒布許諾契約の締結により多大の著作権使用料収益をあげながら、他方ではさらにエンドユーザーであるカラオケスナック店、ひいてはその顧客からもカラオケ伴奏による歌唱から著作物使用料を徴収して利益を再度あげんと目論んでいるのであって、もしそのような目論見が許されるならば、それは余りにも原告の利益にのみ偏した不公平な結果を招来することになろう。音楽著作物は、作詞家及び作曲家の生み出した個人財産であると同時に、それは一旦この世に生まれ落ちた後は人類全体の共同財産であって、巷間で広く親しまれ愛唱されてこそ、それらを生み出した作詞家及び作曲家の存在価値も世人から高く評価されることを忘れてはならない。 2 レーザーディスクカラオケソフトの映像の部分及び音の部分の著作権はカラオケソフトの制作者に帰属する。 旧著作権法(明治32年法律第39号)の時代には、その30条1項8号及び2項が、適法な録音物(レコード)を用いて著作物を興業し又は放送することは、その出所を明示することを条件として自由にできる(偽作ト看做サス)としていたところ、昭和45年の著作権法の改正により、適法録音物の再生にも演奏権が及ぶことになったわけであるが(2条7項)、著作権法附則14条(昭和61年法律第64号による改正前のもの)は、適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生については、放送又は有線放送に該当するもの及び営利を目的として音楽の著作物を使用する事業で政令で定めるものにおいて行われるものを除き、当分の間、右旧法30条1項8号及び2項並びに同項にかかる39条の規程はなおその効力を有すると規定して、旧法下の制度を維持することとしている(加戸守行・3訂著作権法逐条講義546頁、547頁)。そして、著作権法施行令附則3条は、旧法の規定が適用されない営利を目的として音楽の著作物を使用する事業で政令で定めるものとして、@喫茶店その他客に飲食させる営業で、客に音楽を観賞させることを営業の内容とする旨を広告し、又は客に音楽を観賞させるための特別の設備を設けているもの(いわゆる音楽喫茶、名曲喫茶等)、Aキャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールその他フロアにおいて客にダンスをさせる営業、B音楽を伴って行われる演劇、演芸、舞踊その他の芸能を観客に見せる事業の3種を定めている。このうち、オーディオカラオケソフトの再生は、右のいずれにも該当せず、営業目的であっても適法に自由使用できるのである(著作権法附則14条、旧法30条1項8号)。また、レーザーディスクカラオケソフトの映像の部分及び音の部分の著作権は、カラオケソフトの制作者、すなわち本件装置で使用されたカラオケソフト(レーザーディスク)でいえば、第一興商に帰属している。原告は、歌詞と音楽のメロディーの再生を著作権法上の上映として捉えているのであるが、それは社会常識に反する。すなわち、著作権法2条19号及び26条の映画の著作物の上映とは、いわゆる映画館で上映するような映画もしくは映画をビデオテープに録画したものをその対象としており、かつ、その映画につき著作権を有する者の権利を定め、付随的に音楽の再生も画面と一体として上映権として把握すべきことを定めているのである。したがって、仮にレーザーディスクの再生が同法の上映に当たるとしても、著作権法26条の規律対象は、あくまでも映画の著作物であって、音の再生は単に当該映画の著作物の再生に付従するものであり、そのうち、音の再生だけを取り出して上映というのは、こじつけも甚だしい。更に、レーザーディスクの音の部分を再生した、その音は、スピーカーを通じて人間の耳に感知されるものであって、その点では、オーディオカラオケテープと全く同じ伝達方式を採用しており、これを区別して禁止の対象とすることは著作権法附則14条(旧著作権法30条1項8号)の適用を否定することに通じるから、レーザーディスクカラオケの音楽の部分は、仮にそれが映画の著作物に該当するとしても、その著作権はカラオケソフトの制作者すなわち本件装置で使用されたカラオケソフト(レーザーディスク)でいえば、第一興商に帰属している。更に、原告は、画面への歌詞の表示を上映に当たる旨主張するが、それは、本件の場合、第一興商が原告の許諾の下に映画の一部として制作したものであるから、歌詞及び音も含め、映画全体としてその著作権はカラオケソフトの制作者である同社に帰属していると考えるべきである。 3 カラオケソフトメーカーが原告の許諾を受けて製作したカラオケソフトの再生について、原告がカラオケスナック店からさらに著作物使用料を徴収することは二重取りであり許されない。 第一興商は、本件装置で使用されたカラオケソフト(レーザーディスク)の製作に当たり、原告から録画許諾及び頒布許諾を受けたうえ、自社で演奏者を調達し、オリジナルの楽曲に手を加えて編曲し、素人が歌える音階に作り直してテープやレーザーディスクを製作しているのである。したがって、原告がカラオケスナック店から使用料を徴収することは、いわば使用料の二重取りに当たり、許されるべきではない。 二 争点2(被告会社の損害賠償責任の有無) 【原告の主張】 1 被告会社の責任原因 (一)被告会社の著作権侵害行為 被告会社は、被告Y1及び同Y2との間に本件リース契約を締結して、本件装置を同被告らに引渡し、同被告らをして本件店舗内において本件リース契約上の運営規則ないし用法遵守義務に従って本件装置を稼働させ、また、随時本件装置を保守、点検、修理し、或いは本件装置に使用する新曲や新譜の入ったカラオケソフト(レーザーディスク)を追加して同被告らに順次供給するとともに、本件リース契約における売上金配分条項(丙2の「売上金配分」欄参照)に従って、同被告らと売上金を折半して取得し、更には、本件に関して原告から大阪地方裁判所に仮処分の申立がされ(同裁判所昭和63年(ヨ)第11167号演奏禁止等仮処分申立事件)、その審尋中、被告Y1及び同Y2に原告との和解の意思がないことを確認するや、昭和63年5月11日付で、被告Y2との間に本件装置についてリース契約書(丙3)を取り交わして再度契約を締結したが、右契約書によれば、@売上折半方式が月極め定額方式になり、Aリース料金が1万円減額されて月額6万円になり、Bモニターテレビが増設されて3台から4台になるというように、いずれも同被告らに有利な契約内容に変更されている。しかして、スナック等において、原告の許諾を得ずに、カラオケ装置を設置して営業時間中にこれを利用して管理著作物の収納されたカラオケソフトを再生し、その伴奏音楽に合せてホステス等の従業員や客による歌唱が行われた場合、その著作権(演奏権・上映権)侵害行為の主体は、必ずしも事実行為としてカラオケ装置を操作して当該音楽著作物を利用するカラオケスナック店の経営者だけに限られるものではなく、自らはカラオケ装置を表接操作しなくとも、被告会社のように、リース先のカラオケスナック店にカラオケ装置を設置し、当該店舗との間に締結したリース契約の契約条項(運営規則・用法遵守義務・売上金配分条項)を通じて店の経営者の行為に対する支配力を及ぼし、これを自己の利益を得る目的で用いる者も著作権侵害行為の主体たり得るものというべきである。したがって、以上の観点からすれば、本件店舗におけるホステス等の従業員や客のカラオケ伴奏による歌唱は、これを実質的にみれば、本件店舗の経営者である被告Y1及び同Y2のみならず、本件装置のリース業者である被告会社の主体的な関与・管理のもとに公衆の面前で行われ、かつ、客の来集を図り営利の目的をもって行われたのであるから、法的評価においては、被告らの行為を一括して、たとえホステス等の従業員や客の「歌唱」であっても、それは被告らの「歌唱」と同視することができ、その意味で、被告らの「歌唱」は、「演奏権・上映権」の侵害を構成するものというべきである。 (二)被告会社の故意・過失 著作権侵害行為は、著作権法119条により3年以下の懲役又は100万円以下の罰金という、重い刑事罰を課される違法性の高い行為であり、民事上も同法112条1項に基づき著作権者による停止・予防請求の対象となり、侵害行為を組成した物の撤去義務も法律上明示されている行為である(同条2項)。そして、スナック等におけるカラオケ伴奏によるホステス等の従業員や客の歌唱がこの著作権(演奏権)侵害行為に該当することは、昭和39年7月5日の福岡高裁判決によって明らかにされており、そのことは当時既にカラオケリース業者一般にも十分知悉されていたものである(甲37の1〜5、甲57の1・2)。したがって、被告会社は、原告の著作権(演奏権・上映権)侵害という重大な結果をもたらす原因行為を組成する機器となる虞の極めて強い、業務用カラオケ装置をユーザーに提供することを内容とする、リース業務を日常的に反復継続する者として、その知識及び経験に基づいて、本件装置を被告Y1及び同Y2に提供すれば、それが原告の許諾を得ないまま利用され、著作権侵害の結果が発生する蓋然性が極めて高いことを当然認識していたものというべく、それにもかかわらず、被告会社は、右著作権侵害の結果の発生を認容しつつ、前記したとおり、被告Y1及び同Y2の本件著作権侵害行為に加担したのであるから、被告会社には、右加担行為につき故意があったことは明らかである。仮に、そうでないとしても、被告会社は、自らの業務上の知識及び経験に基づき、原告の使用許諾がない場合、本件装置の利用に伴い、当然に右著作権侵害の結果が発生することを容易に予見し得るのであるから、右結果の発生を回避するために、@本件リース契約書の契約条項中に、本件装置のユーザーである被告Y1及び同Y2は、本件装置の使用に際して、原告との間に著作物使用許諾契約を締結すべき義務のあることを明記し、Aかつ、実際にも右契約締結手続をとるよう同被告らを指導監督すべき注意義務があることは明らかである。ところが、被告会社は、これらの注意義務をいずれも怠り、何らの適切な著作権侵害防止措置も講じないまま前記加担行為に及んだのであるから、その点において被告会社に過失のあることは明らかであり、被告会社は、被告Y1及び同Y2の著作権侵害行為の加担者として、民法719条に基づく共同不法行為責任を免れない。 2 被告会社の主張に対する反論 被告会社は、自らの損害賠償責任の有無を論ずる前提として、原告のカラオケ管理の観点からする区分と称して、原告の演奏権管理業務の対象店舗を、A類型(大規模店舗型)、B類型(客席面積5坪超の小規模店舗型)及びC類型(客席面積5坪以下の零細店舗型)の3類型に分類したうえで綿綿とその主張を繰り広げている。右主張の狙いは、結局、新規程の施行日である昭和62年4月1日以前に原告がその管理著作権を行使して管理著作物の使用料を徴収したのは、全てキャバレーなどの右A類型に属する大規模店舗型の店舗における生演奏をその対象としており、昭和59年7月5日の福岡高裁判決も、1審では当該店舗における生演奏に関して著作権侵害の有無が審理・判決されていたのが、控訴審に至り、原告の附帯控訴によって、新たにカラオケ伴奏による客の歌唱に関する著作権侵害の有無が争点として急浮上し、その結果、その点についての判断が示されたにすぎないから、同判決のその点についての判断はいわゆる傍論にすぎず、同判決はあくまでもA類型に属する店舗に準ずる店舗における生演奏に関する事例判決であって、同判決の射程距離はそれ以外の店舗の経営者の責任の有無が問題となっている本件には及ばない、ということを言わんとする点にあるものと推察される。しかし、被告会社の右主張は、要するに、原告の著作権管理の対象となる店舗における音楽著作物の利用形態を、それらがいずれも著作権法22条の「公の演奏」に該当し、両者を区別すべき理由のないことについて行く異論をみない、「楽器等による生演奏」と「カラオケ伴奏による客の歌唱」とを、同条の規定から全く離れた独自の観点から、執拗なまでに自己に都合よく区別し分類せんとする観念的操作の域を出ず、主張自体失当というべきであるとともに、被告会社がその立論の前提として鏤々主張する具体的事実も、いずれもこれまでの原告の著作権管理の沿革等に関する客観的な事実経過とは明らかに齟齬し、これを歪曲するものである。そこで、以下、被告会社主張の前提事実と責任原因に関する法律論について順次反駁することとする(なお、この項において、A類型、B類型、C類型の各用語は、被告会社主張の意味において用いる。)。 (前提事実に対する反論) (一)原告による著作権管理の実績について 被告会社は、原告が新規程の施行日である昭和62年4月1日以前にその管理著作権を行使して管理著作物の使用料を徴収したのは、全てキャバレーなどのA類型に属する大規模店舗型の店舗における生演奏をその対象としていた旨主張するが、それは事実ではない。その詳細は次のとおりである。 (1)原告による生演奏の管理の沿革 原告の社交飲食店における管理著作物の生演奏に対する権利行使は、戦後間もない昭和20年代から始り、それ以来、原告は、旧著作権法1条2項の規程に基づき、社交飲食店業界の各店舗を対象にして音楽著作物の生演奏による使用に対して許諾を与え、演奏権の管理を実施していた。原告がこのような社交飲食店における生演奏の管理の実施に際して使用料額の算定根拠とした、著作物使用料規程は、昭和23年8月20日及び昭和27年2月22日にそれぞれ当時の所管行政庁であった文部大臣の変更認可を受けたものであったが、右各使用料規程では現行のそれにおけるような業種別の使用料率方式は採用されておらず、演奏権行使の対象となる社交場における生演奏の使用料も、演奏会やコンサート等の場合と同じく同規定の「演奏」に関する規定により、1曲1回の使用料を算定することとされていた。そのことは、乙第16号証(原告の50年史)144頁1959年(昭和34年)12月12日の項に掲載されている中部観光事件に関する名古屋地裁の決定において認められた損害賠償金額1日7万円の算定根拠に関する同裁判所の認定説示の内容を見ても明らかである。その後、原告は、昭和35年5月31日に変更認可を受けた著作物使用料規程(甲107)において、従来の「演奏」に関する規定とは別に、同規程第2章著作物の使用料率に関する事項第2節実演4の項(同号証4項)に、新たに「社交場」に関する独立規定を確認的に設け、社交飲食店業界における生演奏全般にわたる管理の充実強化を図った。その際、原告は、同時に新たに著作物使用料規程取扱細則(社交場)(甲8)を制定し、前記「社交場」に関する規定の運用上必要な各社交場に共通の細目事項を定め、これにより著作物使用料の算定に当たって社交場営業者に対して公平な取扱を期することとし(甲8の1項1条〔目的〕参照)、客席数500席の大型店舗から同100席未満の小規模店舗に至るまでの多様な店舗類型にも適応し得る使用料の店舗規模別の算定方式を採用するなどの措置を講じた。したがって、以上から明らかなように、原告の社交場における生演奏の管理は、被告会社の主張する時期よりもはるか以前の時期、すなわち、A類型のナイトクラブやキャバレーなどの場合は昭和20年代初期から、B類型及びC類型の小規模店舗以下の場合は昭和30年代から、それぞれ既に実施されてきたのであり、これらの管理対象店舗における生演奏について、原告による使用許諾及び使用料徴収の管理業務が実施されてきたのである。 (2)原告によるレコード演奏の管理の沿革 昭和46年1月1日に現行の著作権法が施行され、旧著作権法下で自由利用(無償利用)の許されていた適法録音物の演奏の再生すなわちレコード演奏についても、同法附則14条に基づく同法施行令附則3条1号ないし3号に定める各事業に対しては、原告の演奏権の保護が及ぶこととなった。そこで、原告は、右法律改正に対応して、昭和46年4月1日に変更の認可を受けた著作物使用料規程(旧規程、甲7)の第2章著作物の使用料率に関する事項第2節演奏の4の項(4頁)の「社交場における演奏」に関する規定中に、レコード演奏使用料の規定として備考D、E及びFを新設し(甲7の5頁〜6頁)、前記施行令附則3条1号ないし3号所定の各事業に適用するレコード演奏の使用料の各料率を定め、生演奏使用料よりも一定の割合で減じた低率の使用料を徴収することとした。 ところで、この施行令附則3条1号ないし3号所定の各事業のうち、1号の事業「喫茶店その他客に飲食〈「を」が欠落〉させる営業で、客に音楽を観〈「観」は「鑑」の誤〉賞させる旨を広告し〈「旨」の前に「ことを営業の内容とする」が欠落〉、又は客に音楽を観〈「観」は「鑑」の誤〉賞させるための特別の設備を設けているもの」とは、一般に音楽喫茶、ジャズ喫茶等と称される社交場の店舗を指すのであって、これら音楽喫茶、ジャズ喫茶等での音楽著作物の利用形態は、これを具体的に説明すると、音楽(殊にジャズ等の軽音楽)の愛好家が、照明を落とした小さな店内の片隅で煙草を薫らせながら、時に眼を閉じ、腕組みをしたり音楽雑誌に目をやったりしつつ、1杯のコーヒーを啜りながら、店内に流れるレコード音楽(時にピアノやギター等の生演奏が行なわれる店も少なくない。)に長時間じっと聴き入る、といった態様の利用形態であり、これら音楽喫茶、ジャズ喫茶等が音楽を演奏する社交場の事業の中でも比較的収容規模の小さな営業形態であることは世間一般に周知の事実となっている。しかし、原告は、このような小規模店舗又は零細店舗類型の音楽喫茶、ジャズ喫茶等における音楽利用についても、生演奏の場合は旧著作権法施行下の昭和30年代から、またレコード演奏の場合は現行著作権法の施行された昭和46年から、原告の演奏権を行使してその管理を行なってきたのである。これら音楽喫茶、ジャズ喫茶等は、被告会社の分類に従えば、いずれも小規模店舗型のB類型又は零細店舗型のC類型に属する店舗である。 なお、被告会社は、A類型の大規模店舗が第1次オイルショック以後経営困難となったことを機に社交飲食店の小規模化が進み、この現象とカラオケの普及が歩を一にしているかのように主張するのであるが、キャバレー等の大規模店舗が衰退してクラブ、ラウンジ、スナック、音楽喫茶等の小規模店舗へと移行していく過程の中で、そうした現象と並行して進行し普及していったのは単にカラオケのみではない。すなわち、小規模店舗においては、このキャバレー等の大規模店舗と同様、ピアノやギター等の演奏者による楽器演奏や、それらを伴奏とするプロの歌手の歌唱等の小規模な演奏形態が業界全体に広く浸透しており、原告の演奏管理も、当時は、当然ながらそれらの小規模店舗を対象にして行なわれていたのである。その具体例を示すなら、現在のようにカラオケを使用するようになる以前に、生演奏(ピアノソロ)形式で営業していた「クラブジョイ」(カラオケの使用後は5坪以下の免除店、甲108)の例を挙げることができる。すなわち、同店は、既に昭和46年11月12日当時から原告との間に音楽著作物の使用許諾契約を締結していたのである(甲109)。 (3)原告によるカラオケ伴奏による歌唱の管理の沿革 被告会社は、原告がカラオケ伴奏による客の歌唱に関して著作権侵害訴訟を提起したのは、A類型の大規模店舗についてのみであり、B類型の小規模店舗に対する著作権侵害訴訟は未だかって1件も存在しない旨主張する。しかし、右主張は明らかに事実に反する。すなわち、原告は、昭和54年8月、大阪市内の「キャバレー・ユニバース」との間に相手方が楽団演奏のほかにカラオケ歌唱について使用料の支払義務を認める旨の和解条項を含む裁判上の和解を成立させている(甲34)。カラオケは、当初小規模店舗から出発して次第に普及していったのであるが、既にこの昭和54年頃には「キャバレー・ユニバース」のような大規模店舗においても利用されるようになっていたのである。そこで、原告は、この「キャバレー・ユニバース」との裁判上の和解を機に、カラオケ伴奏による客の歌唱を行っている他の小規模店舗についても、「カラオケ装置を利用して歌唱する場合の著作権管理業務の実施基準(社交場)」(甲32の2)を定め、これに基づいて著作権使用料の徴収を開始した。そして、旅館におけるカラオケ伴奏による歌唱については、当分の間、宴会場の設備として150平方メートル以上の広さを有するもののみを管理対象としたが(甲34の6項)、クラブ、スナック等の小規模社交飲食店におけるカラオケ伴奏による客の歌唱については、特に例外規定を設けず、客席面積5坪以下の小規模店舗もその管理対象とした(甲34の6項「なお社交場の実施基準は、……」以下参照)。その結果、これまでにカラオケ伴奏による客の歌唱についてカラオケスナック店の経営者の演奏権侵害の責任の有無が問題とされた裁判例に現れた事案においては、例えば、福岡高裁昭和59年7月5日判決の対象店舗である「ミニクラブ水晶」「クラブキャッツアイ」「スナックギャル」(判例時報1122号153頁、甲11)〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉、昭和59年12月7日東京地裁において成立した裁判上の和解の対象店舗である「ブーメラン」(甲46、47)、広島地裁福山支部昭和61年8月27日判決の対象店舗である「くらぶ明日香」(判例時報1221号120頁、甲14)〈「判例速報」第12号掲載〉、昭和63年1月18日同支部において成立した裁判上の和解の対象店舗である「ざくろ」「むらさき乃」(甲15)等はいずれも被告会社の分類に従えばB類型又はC類型の店舗である。このように、原告がカラオケ伴奏による客の歌唱について著作権侵害訴訟を提起した対象店舗は、前記「キャバレー・ユニバース」の場合が大規模店舗であるのを唯一の例外として、他は全て小規模店舗又は零細店舗であり、被告会社のこの点に関する主張は、故意に事実を歪曲するものというべきである。 なお、被告会社は、裁判上の権利行使が原告の著作権管理には該当しないかのように主張するが、原告は、内外の多数の作詞者、作曲者の音楽著作権を集中管理し、権利者に代って著作権を行使する管理団体であるから、原告にとって、信託財産として著作権の移転を受けた管理著作物について、著作権法上の支分権が及ぶ、音楽の新たな使用媒体を含む、あらゆる態様における利用行為について、管理の必要から裁判上の権利行使をするのも、当然原告の著作権管理行為にほかならないのであって(甲2〔著作権信託契約約款〕10条参照)、被告会社の右主張は理由がない。 (二)カラオケ著作権の使用料に対するカラオケリース業者の認識について 被告会社は、第一興商の回答書(乙27の2、31の2、32の2)に依拠して、昭和62年4月1日の新規程施行日以前の段階では、カラオケ著作権使用料は無料であるとするのがカラオケリース業者一般の認識であった旨主張する。しかし、右回答書のこの点に関する記載は、第一興商がそのディーラーである被告会社を擁護するあまり、事実を正確に記載したものとは到底言い難い。その詳細は次のとおりである。 (1)昭和59年7月5日の福岡高裁判決当時のカラオケリース業者のカラオケ著作権の使用料に対する認識 スナック等におけるカラオケ伴奏による客の歌唱の主体が店の経営者にあるとして、その著作権侵害による不法行為責任を肯定した昭和59年7月5日の福岡高裁判決の司法判断がカラオケリース業界を含め関係業界にもたらした波及効果は極めて大きなものがあったのであり、現に、カラオケリース業界の最大手企業である第一興商の代表取締役Dは、同判決後、雑誌「月刊カラオケファン」(甲57の2)のインタビューに対し、「判決そのものについては、十分予想されていたことで、それほど不満はない。自社としては、協会に何かお手伝いできる事があればむしろ積極的に協力しても良いと考えている。」と答えている。また、Dのこの発言に続いて、「商品の所有権はリース業者にあり、利益の大部分は業者が享受しており、音楽の商業利用者は店よりもむしろリース業者にある、店がカラオケを通じ営業効果を上げているというのであれば、業者もカラオケを通じて営業効果を出している」との記事が掲載されている。雑誌「月刊カラオケファン」は、昭和57年9月に創刊された、当時数少ないカラオケ情報専門誌であり、多数の優良企業の広告等が掲載され、カラオケリース業界でも信頼の高い雑誌として受け止められているものと推察される。そして、同誌の取材申入れに対して、第一興商側で、実務上の担当者ではなくてD自身がこの取材に応じていることは注目に値する。すなわち、業界最大手の同社の社長が雑誌の取材に応じるということは、常識的に考えると、事前に取材内容を十二分に確認把握し、その内容を社内でも担当者も含めて慎重に検討したうえで取材に臨んだとみるのが自然であろう。したがって、前掲の各記事は、以上のような第一興商の社内で慎重に検討された結果に基づく、業界を代表する者の意見表明であり、それによれば、福岡高裁判決の出された昭和59年7月5日当時、既にカラオケリース業界の内部においても、リース業者が、リース先店舗におけるカラオケ使用について、自らを音楽著作物の共同使用者として位置づけ、著作権侵害の問題についても共同責任の一翼を担うことを明確に認識していたことが窺えるのである。この点について、Dは、乙第32号証の2の回答書の中で、自らの右発言の趣旨について、カラオケリース業者による著作権の使用料の「回収代行」を言わんとしたものである旨弁明しているが、仮に第一興商が福岡高裁判決当時カラオケ使用料が無料であるとの認識を有していたのであれば、Dのいう「回収代行」などという発想の生まれるはずはなく、右の弁明は、むしろ、当時第一興商が既にカラオケ使用料は無料でないとの認識を有していたことを露呈しているものといえよう。 (2)福岡高裁判決後のカラオケリース業者の対応 福岡高裁判決後、原告と第一興商のディーラーのカラオケリース業者である有限会社トキワエンタープライゼスとの間には、同社に原告主張の著作権侵害に基づく共同不法行為責任があることを全面的に認める内容での裁判上の和解が成立し、しかも、同社は、将来の著作権侵害を予防するために著作権使用許諾契約の締結手続についてリース先の店舗を指導監督する義務があることを認めた(甲15の和解条項第1項、第7項参照)。そして、この和解条項第7項のリース契約書の著作権使用手続の説明指導条項は、右和解成立後第一興商本社がそのリース業務に使用する標準リース契約書に採用された(甲72)。すなわち、右和解条項第7項には、「債務者有限会社トキワエンタープライゼスは、今後飲食店等との間にカラオケ装置についてリース契約を締結したときは、リース契約条項として債権者(原告、裁判所注記)との間に著作権使用許諾契約を締結する義務がある旨明記し、且つ、その手続きをとるよう指導監督する。」と記載されており、また、右標準リース契約書21条(特約)@には「乙(借主、裁判所注記)は、この本物件を営業目的の為使用する場合、社団法人日本音楽著作権協会との間で著作物使用許諾契約を結ぶよう留意することとします。」と記載されている。更に、この説明指導条項は、その後同旨の記載が全国各地の第一興商の子会社、関連会社、ディーラーの使用するリース契約書(甲102の1〜47)はもとよりのこと、それ以外の大手リース業者であるミニジュークジャパン、タイカン、クラリオン等のリース契約書にも遍く採用され現在に至っているのである(甲100の1の4項)。これは、カラオケリース業界において、後記の原告と全国環境衛生同業組合中央会(以下「環衛中央会」という。なお、各業種別又は都道府県別の環境衛生同業組合をも含めて「環衛組合」ということがある。)との間の協力関係の有無にかかわらず、右説明指導条項の挿入が、同業界固有の問題として受け止められ、リース先店舗における著作権侵害の予防対策上必要不可欠なものとして認識されていたことを示しているものといえる。ところが、第一興商の前掲回答書(乙27の2別紙回答4(1)〜(3)には、甲第72号証の同社の標準リース契約書は平成元年1月から1年間に限定して使用した旨の記載がある。しかし、右記載には、次のような点で疑義がある。すなわち、@甲第72号証は昭和63年当時既に現実に使用されていた契約書であるから、右回答書の記載はそれ自体不正確である。A有限会社トキワエンタープライゼスが昭和63年1月18日の和解成立直後に作成した契約書(契約日昭和63年7月13日)の契約条項(甲73の追加条約第15条(特約))にも同趣旨の記載がある。B第一興商が説明指導条項の使用を中止した理由が不明である。C第一興商の本社のみが平成2年2月以降右標準リース契約書を使用していないものとすれば、同社が指導してきた子会社や関連会社が従来と同様に説明指導条項の入ったリース契約書を使用している(前掲甲102の1〜47)のは、業界最大手のリース業者の措置としてはおよそ信じ難い変則的事態である。 (3)旧規程の改正過程における原告と関係使用者団体との協議 原告は、全国的規模でのカラオケ一斉管理の開始に伴う昭和62年4月1日施行予定の著作物使用料規程(旧規程)の改正に際し、関係使用者団体と1年以上にわたる十分な協議を重ねて、それらの団体及び加盟事業者の意見を改正内容に反映させるとともに、原告の改正案についても右団体及び傘下の事業者に周知徹底させたうえで、関係業者と合意に至り(甲63添付の「著作物使用料規程一部変更理由書」10頁〜11頁「(10)関係使用者団体との協議」の項参照)、新規程について文化庁長官の認可を得ているのであるが、右協議団体の中には、主なカラオケソフトメーカーが加盟する日本レコード協会や日本ビデオ協会も含まれており、カラオケソフトメーカーでありカラオケリース業者も兼ねる第一興商も後者の団体に加盟しているのである(甲110)。したがって、以上のことからすれば、著作物使用料規程(旧規程)の改正過程において、原告はカラオケリース業者の意見も改正内容に十分反映させ、申請の改正案についても日本ビデオ協会の加盟事業者である第一興商は勿論、それ以外の同社の関連会社、子会社等、被告会社を含む多数のディーラー等にも情報を伝達していたのである。 (4)新規程認可前後の原告と第一興商との協議の経過 第1興商の回答書(乙27の2別紙回答3(1)(2))において、同社は、「当社が社団法人日本音楽著作権協会から著作物使用料の徴収の実施に関する指導、警告を受けたことは一切なく、また、現在に至るまで特段の指導を受けたこともない。ただ、昭和63年6月から夏にかけて、社団法人日本音楽著作権協会のいくつかの支部から当該管轄地区の当社の支店に対して、『カラオケ歌唱の著作権管理について』と題する書簡が送付されてきたことはあった。それは、カラオケ歌唱の著作権管理の開始の報告と抽象的に著作物使用料の徴収に協力を求める旨の記載がなされたものであった。」「……当社は、リース業者が共同責任を負うとの警告を受けたことは一切ない。リース業者の共同責任が論議され始めたのは、有限会社トキワエンタープライゼスと社団法人日本音楽著作権協会との間の裁判においてである。当社としては、それ以前には、そのような見解が存することは聞いたことはない。なお、上記の社団法人日本音楽著作権協会の支部からの書簡の中においても、リース業者が共同責任を負うことになるとの警告の記載は全くなかった。」として、原告からの指導警告等のあったことを全面的に否定しているが、これは全く事実に反する。すなわち、原告は、福岡高裁判決が出されてから以降、カラオケ著作権の使用料の徴収について、カラオケスナック店と共にリース業者も使用料の支払義務者であるとの認識のもとに、業界最大手の第一興商と同社が乙第32号証の2の回答書3(1)でいうところの「回収代行」に関する協議を重ね、新規程認可前後の昭和61年6月10日、同年7月9日、同年8月31日の合計3回にわたり、第一興商の本社を訪問し、原告I常務、J業務局次長等の役職員がD社長らと面談するなどして、新規程の趣旨及びその概要を説明し、今後のリース業務におけるリース先店舗に対する著作権使用許諾契約手続に関する説明指導等についての協力を要請した。しかし、結局、原告は、第一興商との協議を打ち切り、環衛組合と協力関係を結ぶに至った。その理由は次のとおりである。すなわち、第1に、第一興商のいう「回収代行」とは、リース業者としての自らの立場を、使用料支払義務者として位置づけるのではなく、原告の徴収権限を代行してリース先のカラオケスナック店から使用料を徴収しようとするものであり、その一方で右店舗の使用料を代払いする立場を兼ね合せるもので、民法上禁止されている双方代理に該当するからである。そもそも、第一興商がカラオケ装置の共同利用者としての固有の使用料支払義務を認めないのに、同社に「回収代行」をさせることは、原告が使用料徴収権限を同社に委任したことになり、仲介業務法に反することになるからである。第2に、交渉開始以来、第一興商は、使用料について、カラオケ装置1台毎の一律同額の料金を主張していたが、原告は、著作物使用料規程の内容に沿った、店の規模毎に料金格差を設ける面積比例料金を主張しており、新たに認可を受ける予定の包括使用料に関する新規程の趣旨に反しこれを認め難かったからである。第3に、第一興商の「回収代行」の考え方では、リース契約上の売上金の配分比率等に絡んで使用料額が一定しなくなることが懸念され、同時に同社に対して使用料額の変更裁量を許すことになり、その結果、新規程の料金体系が維持できなくなって、公平適正を旨とする著作物使用料規程の趣旨にも反することになり、ひいては認可権を有する文化庁の意向にもそぐわないことになるからである。第4に、原告が業界最大手の第一興商に対してのみ「回収代行」を認めれば、カラオケリース業界の寡占化を原告自身が促進したことになり、後発企業を市場から排除することにもなるからである。結局、第一興商側が、あくまでもリース業者にはカラオケ装置の共同使用責任及び著作物使用料支払義務は認められないとして、第三者的立場を固執したため、この交渉は決裂する〈「に」が欠落〉至ったのである。 (5)まとめ 以上によれば、遅くとも新規程の施行日である昭和62年4月1日の時点において、カラオケリース業者一般がカラオケ使用料が有料であるとの認識を有していたことは明らかである。 (三)原告と環衛組合との協力関係について (1)原告が環衛組合と協力関係を結んだことは政治的決着ではない。 被告会社は、丙第10号証(全国飲食業環境衛生同業組合連合会問題研究委員会作成の平成2年2月付「音楽著作権にかかるカラオケ使用料及び契約更新について 答申書」と題する書面)の29頁の「カラオケ管理業務の実施状況 1カラオケ管理業務開始の準備(「カラオケ業務の日程について」)(2)環衛加盟外の利用者(アウトサイダー)に対する管理業務の方法」の項に「Dカラオケ装置の使用禁止の仮処分等の法的措置の実施」が挙げられていること及び丙第12号証(原告編「日本音楽著作権史」下巻の座談会記事)における元文化庁担当官(加戸)の「……そういう点では、関係した人にも恵まれたんじゃないですか。私もこんなにスーッといくとは思わなかったんです。相当、紆余曲折があるだろうと思いました。逆にいえば、そういうような状況であったがゆえに、あまり法律問題とか理屈の問題が出なくて、そこがすっとんじゃったんです。要するに政治家が間に入ってやると、理論的に、該当するのかどうかとか、議論の話じゃなくなってきちゃうから。……」という発言があることなどを捉えて、昭和59年7月5日の福岡高裁判決後、カラオケ管理に関して、原告が環衛組合と協力関係に入ったのは、同判決の内容とは全く別の観点からする政治的判断によるものであって、環衛中央会は、当時、原告からカラオケ管理の申入れには法律上の疑義があるとして、その政治的解決の仲介を環衛議員連盟に依頼し、原告も右議員連盟に仲介を依頼して政治的決着を図った旨主張する。 しかし、右主張は、福岡高裁判決の司法判断が関係業界にもたらした波及効果(甲57の1〜3、月間カラオケファンの掲載記事参照)を殊更過小評価しようとするものであり、明らかに事実に反する。しかも、丙第10号証は、元々全国飲食業環境衛生同業組合連合会(全飲連)が、平成2年2月に原告との業務協定の更新に際して部内資料として作成配布した資料であり、大阪地方裁判所第8刑事部に係属中の被告Y2を被告人とする平成2年わ第1831号著作権法違反被告事件において、弁護人の請求により刑事訴訟法に基づく公務署照会手続により提出された文書であるが、そのうち被告会社引用部分の記載内容は甚だしく事実と相違し、原告は、同文書の作成者である全国飲食業環境衛生同業組合連合会(全飲連)に対し記載の訂正を求め、全飲連も記載に誤りのあったことを認めている(甲101の6、9枚目裏参照)。また、福岡高裁判決が出される以前の昭和59年2月の時点で、原告と環衛組合との交渉に環衛組合議員連盟所属の政治家が関与したのは事実であるが、その後、カラオケ伴奏による客の歌唱が著作権侵害となることを肯定した右高裁判決が出されるに及び、その政治家も判決内容の妥当性及び重要性に注目し、同年8月両者の交渉に再び立ち会い、右判決の指し示す方向へ協議を進めることに賛同したのである(E証人調書、甲101の5の29丁裏〜33丁裏)。そもそも、世にいう政治的決着とは第三者である権力を有する者(=政治家)が介入することで、交渉当事者を本来あるべき解決の筋道を無視した別の方向へ導き、物事の決まりをつけることをいうのが普通であろう。その意味からすると、原告と環衛組合は、原告の主張を全面的に認めた福岡高裁判決の趣旨に則った正当な方向での協力関係を築き上げたのであり、その過程で、政治家の介入は、両者の協力関係をむしろ促進し、著作権者の正当な権利の実現にも貢献したのであるから、これをもって俗にいう政治的決着と同視するのは、原告と環衛組合との協議の本質についての誤解に由来する粗雑な事実認識というしかない。なお、丙第12号証にある元文化庁担当官の発言は、右の原告と環衛組合との協議が福岡高裁判決の司法判断の内容にのみ即して行われ、当時文化庁内部で進んでいた政令改正論を問題としなかった点を捉らえて、「そこがすっとんじゃった」との個人的感想を俗な表現を交えて述べたものにすぎず、被告会社の主張の根拠とはなり得ない。すなわち、福岡高裁判決の司法判断が旧規程の改正論議に影響を及ぼし、文化庁内部に一時存在したいわゆる政令改正論が同判決によって覆され、その見解が改められたことは、原告と環衛組合の協議がととのった上で、原告が福岡高裁判決の趣旨に合致した著作物使用料規程の改正の認可を申請したのに対し、同判決の事件が未だ上告中であったにもかかわらず、昭和61年8月13日文化庁長官がこれを認可したことに照らしても明らかである。被告会社は、文化庁の新しい見解の内容が外部に対して明らかにされた「時の法令」(甲111の1)の発行時期を殊更取り上げて云々しているが、そのことにさしたる意味はない。当時の著作権審議会の会長であったF氏も、「時の法令」(甲111の2)に掲載された判例紹介記事「スナックなどでのカラオケ歌唱は客の行うものも著作権の対象になる」の中で、文化庁が原告の著作物使用料規程の改正申請について著作権審議会の議を経て認可したのも、この福岡高裁判決が出たことが最大の理由になっている旨述べており、これは右司法判断の波及効果がいかに大きかったかを端的に示している。 (2)原告と環衛組合との間の協内関係の有無はリース業者の責任の有無とは無関係である。 被告会社は、原告がカラオケ管理の実施に際して環衛組合と協力関係を結んだことを捉えて、原告がリース業者を殊更排除し、蚊帳の外に置いたかのように主張するが、これは事実を意図的に歪曲するものである。すなわち、カラオケリース業界には、原告が環衛組合と業務協定を結んだ昭和61年当時から現在に至るまで環衛組合に匹敵する全国規模の業者団体は存在しないというのであるから(乙27の2別紙回答2(1)参照)、原告は、リース業界と協力関係を結びたくとも結べるはずもないのである。したがって、原告が全国の社交飲食店のカラオケ管理について事業者団体に協力を要請する場合、全国規模で組織され、かつ、社会的にも認知された団体(環衛組合)を相手にするのは当然至極の選択というべきである。 被告会社は、原告が環衛組合と締結したカラオケ管理業務の協力に関する業務協定は、カラオケリース業者を排除するものであり、これは原告がカラオケリース業者に対して注意義務を要求せず、共同不法行為責任を追及しないことを認めたものであり、そこには権利者(被害者)の承諾が認められる旨主張する。しかし、原告と環衛組合との業務協定による協力関係の有無とカラオケリース業者の共同不法行為責任の有無とは次元の全く異なる別個の問題であり、右協力関係の存在は、カラオケリース業者に固有の、店との共同不法行為責任の有無には何らの影響を及ぼすものではない。ましてや、「被害者の承諾」理論をもってする被告会社の反論は本末転倒というほかはない。むしろ、原告と環衛組合との協力関係は、被告会社をはじめとするカラオケリース業者に対し、相当の経済的利益をもたらし、被告会社もその利益享受に与っているのである。すなわち、原告と環衛組合との協力関係の具体的内容は、環衛組合がカラオケを使用する同組合加盟店の著作権使用許諾手続について説明指導して使用許諾契約を成立させることであり、これは、本来カラオケリース業者がリース先店舗と共に原告に対して履行すべき業務内容を環衛組合とその加盟店舗が代わって行っていることになり、原告と環衛組合との協力関係が促進されることにより、かえって被告会社をはじめとするカラオケリース業者の共同責任が事実上不問に付されることになり、しかも、カラオケリース業者は、原告に対する使用料支払義務の負担を免れることによって利得を得るという経済的恩恵に浴しているわけである。また、環衛組合に加盟していないカラオケ使用店に対する原告の管理業務も右業務協定の内容に含まれているので、環衛組合加盟店舗の場合と全く同様にリース業者はリース先店舗の契約成立によって恩恵を受け、正に労せずして長年にわたり利益享受に与っているのである。 以上のとおり、原告と環衛組合との協力関係は、カラオケリース業者の法的地位には何らの影響を及ぼすものではない。すなわち、リース先店舗におけるカラオケ使用について、原告からの徴収権限の委任がなければ、共同不法行為の成立に必要な作為義務は認められず、不法行為は成立しないという被告会社の考え方自体が根本的に誤っているというべきである。これを逆に言えば、今日まで原告からリース業者に対して使用料の徴収権限が委任された事例は皆無なのであるから、本件においてリース業者固有の共同不法行為責任が顕在化してくるのは当然の事理である。したがって、被告会社はいうに及ばずカラオケリース業界全体として、リース業者が著作権法上の規制を受けるカラオケ装置の利用主体として、自らその利用対価の支払義務を負う者であることを真摯に受け止めることが強く迫られているのである。 (四)その余の被告会社の主張に対する反論 被告会社は、原告が本訴を提起した真の狙いは、新規程の変更認可を得る条件として文化庁との間に合意した使用料徴収目標を達成できない焦りから、カラオケリース業者の共同不法行為責任を追求し、これを挺にカラオケ管理率を向上させようとする点にあるなど、本訴の背景事情についても鏤々主張するが、いずれも主観的な思い込みに基づく主張にすぎず、取り上げるに足りない。 (責任原因に関する法律論に対する反論) (一)被告会社の作為義務の内容に関する主張について 被告会社は、原告の本訴における「被告会社の不作為による不法行為の成立の前提となる作為義務」に関する主張内容は特定が不十分であるから、原告のこの点に関する主張は、主張自体失当である旨主張する。しかしながら、本件訴状の請求の原因四項には、被告会社が故意又は過失により原告の著作権(演奏権・上映権)を侵害した旨明記されており、右記載は、いわゆる主要事実の記載としていささかも欠けるところはなく、原告は、その後も右主張を補充し、度々法律上の見解を説明してきたのであるから、被告会社の主張は理由がない。また、被告会社は、原告が本訴口頭弁論の終結間近になって被告会社の過失内容に関する主張を突如変更したとし、それが民訴法139条1項の時機に後れた攻撃防御方法の提出となる旨主張するが、右主張は、原告主張の一部のみを故意に抜き出して自らに都合よく主張するものであり、被告会社の独断というしかない。すなわち、被告会社の指摘にかかる原告の平成元年6月28日付準備書面(2)には、これを正確に引用すれば、被告会社の過失内容に関して「少なくともその業務用カラオケ装置に関して著作権を侵害することのないよう、該リース契約条項中に、被告ら店の経営者が原告との間に著作権使用許諾契約を締結する義務のあることを明記し、およびその手続をとるよう指導監督するなどの注意義務がある」と記載されており、右記載が被告会社の注意義務を単に例示したものにすぎず、そこに記載された注意義務に限定する趣旨でないことは、「少なくとも……など」という修飾句からも明らかである。 (二)本訴請求の一部減縮に関する主張について 被告会社は、原告が被告会社に対する本訴請求の一部(昭和62年4月1日以前の損害賠償請求部分)を減縮したことは、従来原告が主張していた昭和61年5月17日の本件リース契約締結行為及び同日から昭和62年3月31日までの間の本件リース契約の継続行為について、いずれも不法行為が成立しないことを自認するものに他ならない旨主張する。しかし、右請求の減縮と原告主張の不法行為の成否との間には何らの関係がない。すなわち、前記したとおり、被告会社には、リース業者として、原告との間の著作権使用許諾契約手続について説明指導するなど、契約店舗の経営者の著作権侵害行為の予防措置を講ずべき注意義務があるところ、被告会社代表者Gは、昭和61年10月20日、原告の担当者と面談し、同旨の説明を受けたにもかかわらず、その後も何ら適切な措置を講じなかったのであるから、本来少なくともその時点以降は被告会社に故意に基づく不法行為責任が成立する。しかし、被告会社としては、当時本件店舗を含めて多数のリース先店舗を抱えており、通常であればその対応のため、従業員の指導教育に加え、契約対象店舗の客席面積の把握及び当該店舗と原告との間の使用許諾契約の締結の有無の確認等に相当の準備期間を要するものと予測される。そこで、原告は、それらの事情と他のリース業者との取扱の公平性をも考慮して、本訴における被告会社に対する損害賠償請求の算定期間の始期を昭和62年4月1日としたにすぎない(同業他社の対応については、日光堂の例〔第24回C証人調書5丁表〜6丁裏〕及びミニジューク大阪の例〔甲100の1の12頁〕参照)。したがって、被告会社のこの点に関する主張も失当である。 (三)本件リース契約の締結に関する不法行為不成立の主張について 被告会社は、昭和61年5月17日の本件リース契約締結当時、被告Y1及び同Y2は本件店舗の営業に本件装置を使用することによって原告の著作権を侵害することを予見できなかったから、本件装置の提供者である被告会社にも著作権侵害の認識はなく、被告会社には故意は勿論過失もなかった旨主張し、その根拠として、本件リース契約の締結当時出されていたカラオケ伴奏による歌唱に関する判決は、いずれも大規模店舗に関するものであって、本件店舗のような小規模店舗に関する裁判例は一つもなく、現実にも小規模店舗のカラオケ使用料の支払が不要とされていたことを挙げている。しかし、右主張は、前提の事実認識自体が誤っている。すなわち、昭和59年7月5日の福岡高裁判決では、本件店舗よりも小規模の「ミニクラブ水晶」及び「スナックギャル」という零細店舗のカラオケ使用料の支払義務の存否が問題とされたのであり、結論としてそれらの店舗の経営者について著作権侵害による不法行為責任の成立が肯定されたのであって、その判旨が本件店舗にもそのまま類推できることは何人の目にも明らかなことである。右判決は、カラオケ歌唱に関する我が国初の判決として新聞やテレビ等の全国ニュースでも大々的に報道され、当時国民一般の強い関心を集めたものであり、リース業界でも、第一興商をはじめとして同社のディーラーである被告会社もこれに当然注目したであろうことは〈「は」が重複〉は疑いを容れない。したがって、被告会社としては、本件リース契約の締結に際し、被告Y1及び同Y2が本件装置を原告の許諾を得ないで使用し、その著作権を侵害する蓋然性の高いことを十分認識し得たことは明らかであり、仮にこれを認識していなかったというのであれば、被告会社にはその点について過失がある。 (四)本件リース契約の継続行為に関する不法行為不成立の主張について 被告会社は、本件リース契約の継続行為は、適法に成立した契約の履行行為であり、契約により拘束を受ける者の義務として本件装置の提供を継続するのは適法行為であり、仮にそれが不法行為を構成するというのであれば、不作為による不法行為の成立の前提となる作為義務として、結果発生防止義務(被告Y1及び同Y2による本件装置の利用を排除すべき義務)の存在を必要とするが、被告会社にはそのような利用排除義務はない旨主張する。しかし、本件リース契約の締結行為は、前記したとおり、原告の著作権を侵害する不法行為を構成するから、被告会社の主張は、その前提の主張において既に誤っており、作為義務の点についても、被告会社がその主張の論拠とする、原告と有限会社トキワエンタープライゼスとの間の仮処分申立事件において成立した裁判上の和解の内容(甲15)に対する事実認識も誤っている。すなわち、右和解条項第1項で、有限会社トキワエンタープライゼスは、リース契約先店舗「ざくろ」に設置したカラオケ装置の提供者として、同店における和解成立前の無許諾のカラオケ使用に対し著作権侵害を排除する義務を怠り、「ざくろ」の経営者との共同による著作権侵害によって原告に与えた損害について、同店の経営者有限会社ジュネスと有限会社トキワエンタープライゼスが共同債務者(連帯債務者)として原告に対し5万4000円の支払義務を認めている。したがって、この点を看過し、原告が、右和解において有限会社トキワエンタープライゼスから右利用排除義務を認める和解内容を取り付けることができなかったことを前提とする被告会社の主張はミスリーディングそのものというべきである。 (五)因果関係中断の主張について 被告会社は、被告Y1及び同Y2は、当初から一貫して原告との間に使用許諾契約を締結するつもりはなく、同被告らのその点に関する意思が極めて強固である以上、たとえ被告会社以外のリース業者がリース契約を締結したとしても、同被告らが原告との間に著作物使用許諾契約を締結しなかったであろうことは確実であるから、本件において被告会社の行為と原告の被った損害との間には因果関係がない旨主張する。しかし、被告会社は、前記したとおり、本件に関する仮処分申立事件の審理中の昭和63年5月11日付で被告Y1及び同Y2との間に新たにリース契約を締結し(丙3)、本件リース契約(丙2)により既に提供していたモニターテレビ3台を4台に増設するとともに、リース料を1万円減額して月決め定額方式に変更する(第17回Y3本件調書18丁〜19丁)などして、右のように被告会社自身確信犯と主張する被告Y1及び同Y2の黒幕的存在として、同被告らを物質的にも資金的にも援助し、その著作権侵害行為に深く加担し、それを公然と助長したのであるから、もはや被告会社が因果関係の中断を理由に不法行為責任の成立を免れる余地はない。 【被告会社の主張】 被告会社には、本件に関する一切の不法行為責任は存在しない。以下では、まず、@被告会社の不法行為責任の有無を論じる前提事実として、原告のカラオケ管理の対象となる店舗を類型区分し、その各店舗類型ごとに原告のこれまでのカラオケ管理の取り組み方の推移について振り返り、A更に、原告の本件訴訟提起の真の狙い等本件訴訟の背景事情についても触れた後、Bそれらを踏まえて、被告会社に不法行為責任の存在しないことを改めて論証することとする。 (前提事実) 1 原告のカラオケ管理の対象となる店舗の類型化 (一)従来の裁判例における対象店舗の類型化の観点の欠落 原告がカラオケ管理の実施に際して如何なる範囲をその対象店舗として選択するかは、カラオケの普及程度や原告によるカラオケ管理の実現性の見込等の要因だけでなく、各社交飲食店の経営規模やその負担能力とも密接に関連する問題である。そのため、原告も、後に詳述するように、過去において、右の観点から各社交飲食店における音楽著作物の使用実態を見極め、これを適宜分類区分したうえで、各々の店舗類型の経営形態について、その取り扱いに差異を設けてきたのである。したがって、カラオケスナック店における著作権の侵害の有無を判断するに当たっては、そうした対象店舗の類型化の観点を看過することは許されない。従来のカラオケ伴奏による客の歌唱をめぐる著作権侵害訴訟の裁判例では、事案の解決上必ずしも絶対的に必要ではなかったことも手伝って、そうした対象店舗の類型化の観点を欠落して判断されてきた。しかし、本件は、小規模店舗類型に属する店の経営者の著作権侵害による損害賠償責任の有無が正面から問われる初めてのケースであり、しかも、そこで問題とされる侵害行為のなされた期間が原告による新規程に基づく新たな方式によるカラオケ管理の開始時期の前後に跨がるという特殊な事案であるから、この観点からする考察を避けて通るわけにはいかない。 (二)カラオケ管理の対象店舗の類型区分 (1)類型区分 原告によるカラオケ管理となる対象店舗は、次の三つの類型に区分することができる。 A 大規模店舗型(旧生演奏店舗型)類型 原告によってカラオケ管理の開始された昭和62年4月1日よりはるか以前から、ピアノやギターなどの楽器演奏、或いはプロの歌手による歌唱等の生演奏が行われ、これについて原告が著作物使用料規程により著作物使用料を徴収していた、キャバレーやクラブ等の客席数の多い大規模店舗類型である(なお、この類型には、旅館やホテルなどの大規模宴会場を含む。)。 B 客席面積5坪超の小規模店舗型類型 昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理の開始に当たり、初めて著作物使用料の徴収が開始された、スナックやパブなどのA類型の店舗と比較して客席面積や営業規模等において小規模な飲食店舗類型である。 C 客席面積5坪以下の零細店舗型類型 現在も原告によって著作物使用料の徴収が実施されていない零細店舗類型である。 (2)各店舗類型の特徴点 (イ)A類型 A類型の大規模店舗型(旧生演奏店舗型)類型の店舗は、昭和30年代から40年代まで全盛であった、ナイトクラブやキャバレーなどの店舗面積が広く多人数の客を収容可能で、生バンドによる演奏とそれを伴奏としたプロの歌手による歌唱を行う店である。原告は、カラオケ管理が開始された昭和62年4月1日以前には、その当時実施されていた旧規程に基づき、この生演奏について著作物使用料を徴収していたのであり、これが同規程の「社交場における演奏」の範疇に入る唯一の管理対象であった。第1次オイルショック後、これらナイトクラブやキャバレー等の大規模店舗は経営の維持が困難となって次第に衰退し、夜の社交場がスナックやパブなどの小規模店舗へと次第に移行していった。原告は、本来ナイトクラブやキャバレー等の典型的な大規模店舗には含まれない大規模旅館の宴会場についても、@ステージ又はそれに応じた一定の区画が設けられていること、A店の従業員が歌唱し、或いは歌唱の司会・進行等に関与すること、B宴会場の設備として150平方メートル以上の広さをもつこと、の三つの基準(以下「3基準」という。)を満たすものについては、昭和62年4月1日のカラオケ管理の開始前から、既にカラオケ管理を実施していた旨主張するが、この3基準を満たす店舗の実体は大規模店舗のそれと等しく、それは正しくA類型に属する。 (ロ)B類型 B類型の客席面積5坪超の小規模店舗型類型の店舗は、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理の開始によって、初めて著作物使用料の徴収対象とされるようになった店舗類型であり、それ以前にこの類型の店舗について原告によって実際に著作物使用料が徴収された例は1件もなく、原告の内部においてもその徴収体制は全く整っていなかった。 2 カラオケの普及と各店舗類型毎の原告によるカラオケ管理に関する取り組みの推移 以上のようにA類型の店舗とB類型の店舗とでは社交場営業として隆盛を極めた時期が異なり、またその経営規模も異なるうえ、生演奏を行っているか否かの点において、音楽著作物の使用実態にも大きな違いがあった。そして、昭和62年4月1日のカラオケ管理の開始まで、原告がカラオケ伴奏による客の歌唱について著作権侵害を問題視したのは、A類型に属する店舗についてのみであった。以下では、この点について、時系列的に更に敷衍して説明する。 (一)カラオケの普及 (1)カラオケの普及の急速性 カラオケは、昭和47年に初めて生まれたものといわれ、その後昭和50年代に入って急速な発展を遂げ、オーディオ業界が不振に喘ぐ中でも堅実な伸びを続け、カラオケ専門の業者も多数輩出し、現在では一大娯楽産業を形成している。カラオケは、日本が生んだ新しいタイプの娯楽であり、老若男女を問わず広く愛好され、夜のスナックやパブ等の社交場は勿論のこと、家庭や各種パーティーの席などでも参加者共通の娯楽として盛んに楽しまれ、国民生活の中に深く浸透するに至っている。 (2)原告の管理対象の狭さ 原告は、仲介業務法に基づく許可を受けた我が国唯一の音楽著作権の仲介団体であり、文化庁長官から認可を受けた著作物使用料規程に基づき使用料を徴収すべき法律上の義務があるため、右規程の変更及びその運用面での機動性には限界があり、右のように急速な発展を遂げたカラオケブームに的確に対応することができなかった。その上、我が国においては、著作権法上適法録音物の再生は自由利用が許されており(著作権法附則14条、旧著作権法30条1項、著作権法施行令附則3条)、カラオケの伴奏音楽は録音物の再生であり、著作権の侵害とはならないとする考え方が一般的であったことも原告によるカラオケ管理の障害となった。そのため、原告としては、旧来の大規模店舗の社交場からの生演奏の使用料の徴収にのみ目を奪われている間に、いつの間にかカラオケ産業の巨大化という現実に直面したというのがその実情といえるであろう。 (3)原告の後追い的対応 原告が何時の時点でこのような現実を目の当たりにして、カラオケ管理を企図するに至ったのかは、想像の域を出ないが、原告がカラオケの将来性とその市場規模の大きさに着目し、これを自らの財源の柱とする方策を模索し始めたことは想像に難くない。しかし、現実には原告の思惑に反して、巷には既にカラオケが広く普及し、その使用者の間に原告の許諾なくして自由に歌唱できるとの風潮が蔓延し、一種の放任状態にあった。したがって、原告がカラオケ管理を開始しようにも、その実現は容易ではなく、殊に対象がスナックやパブという全国に何十万軒と存在する改廃の激しい個々の店舗であったから、実際に各店舗から著作物使用料を徴収するには気の遠くなるような作業の必要が予想され、実現が困難視される中で、原告は具体的方策をあれこれ模索していたのである。 このような背景事情の下で、原告が、実際におそるおそる使用料徴収の試みに着手したのは昭和50年代の後半に入ってからのことである。当時カラオケ市場は家庭用の機器も普及して既に定着期を迎えていたから、原告の対応は後手に回ったものと評さざるを得ない。ところが、この時偶々、原告が生演奏の著作物使用料を支払わなかった大規模店舗に対して提起していた著作権侵害訴訟において、当該店舗が生演奏からオーディオカラオケに移行するという事態が発生した。原告としては、そのような状況の中で、請求棄却を免れるためには、たとえオーディオカラオケに切り換えたとしても、生演奏と同様著作権侵害となるとの裁判所の判断を得る必要に迫られたのである。そこで、原告によって、カラオケ伴奏による客の歌唱は録音物の再生とは異なり、店舗が主体となった演奏であり、原告の演奏権の侵害となるとの論理が構築され、認容判決を得る動きが展開されることになったのである。そして、当時未だ原告によるカラオケ管理は開始されておらず、原告自身も五里霧中の状態にあり、カラオケ著作権について突っ込んだ法律的論議も深められていなかったにもかかわらず、カラオケ伴奏による客の歌唱イコール著作権侵害という皮相な結論が次々と出されて一人歩きするようになる。殊に、この問題を扱った福岡高裁の昭和59年7月5日判決(クラブ・キャッツアイ事件判決)が出されたのが突破口となって、原告は政治的手法により全国環境衛生同業組合中央会(環衛組合)を巻き込み、原告の著作物使用料徴収の実務やカラオケ管理の実態と遊離した抽象理論が闊歩するようになったのである。 しかし、この時期は、未だ同判決によって示された一般的抽象的議論を実践し、これを小規模店舗にまで及ぼしていく方法を原告が模索していた段階であり、当初はカラオケリース料金の徴収の分野でノウハウを蓄積していたカラオケ機器のリース業者に対し使用料の徴収業務の代行を依頼することも原告によって検討されており、全国的なカラオケ管理を開始するには程遠い状況にあった。 (二)原告によるカラオケ管理の開始 (1)カラオケ管理の黎明期・模索期 (イ)原告は、昭和54年8月に大阪の社交場で楽団演奏と共にカラオケ伴奏を行っていた店について裁判上の和解が成立し、これを契機として、従前楽器演奏者や歌手等の出演実績があって、カラオケの使用に移行した社交場を対象としてカラオケに関する著作物使用料の徴収を開始した旨主張する(甲34)。しかし、この事案は、楽団の演奏が行われていた大規模店舗に関する事案であり、しかも楽団演奏と共にカラオケ演奏を行っていたという特殊な事案であるから、原告主張の先例としての価値は乏しい。 (ロ)原告は、昭和55年7月29日、福岡地方裁判所小倉支部に対し、後にカラオケ伴奏による客の歌唱に関する著作権侵害事件として知られるようになる「クラブ・キャッツアイ事件」の訴訟を提起している。原告は、当時、原告と著作物使用許諾契約を締結せず、生演奏の著作物使用料を支払わない店舗に対し次次と訴訟を提起して支払を求めるという手法をとっていたのであり、クラブ・キャッツアイも元々は生演奏をしていた店舗であるから、これも特段異例な訴訟ではなかった。 (ハ)原告は、昭和55年頃、150平方メートル以上の宴会場を有する態本県内の旅館について、カラオケ使用に関して著作物使用料の徴収を試みたことがあった(甲32、34)。しかし、旅館経営者側は支払を拒絶し、文化庁著作権課は、旅館経営者側の代理人からの支払の必要性の有無についての弁護士法に基づく照会に対し、支払の必要性ありとするためには著作権法施行令の改正が必要である旨の見解を示し、原告も、前記3基準を満たす大規模店舗類型に属する店舗についての徴収が可能であるとの見解のもとに暫定的に徴収を実施しようと試みたにすぎない。 (ニ)原告は、昭和56年と57年に、カラオケ管理に関するチラシ(甲5、7)を作成し、カラオケについての著作物使用料徴収の希望を表明したことがあるが、各方面のコンセンサスを得られず、原告の一人相撲の様相を呈していた。すなわち、昭和58年当時の原告の担当者の見解としても、「旅館、社交場でこれが採用された当初は、比較的小規模と見られたゆえに当協会(原告・裁判所注記)では、現実の対象としなかった時期がある」ことを素直に認め、「従前楽器演奏者、歌手等の出演実績があってカラオケに移行したキャバレー、クラブ、スナック等の社交場を当面の使用料徴収の対象とした」旨明記しており(甲34の5頁)、当時原告が生演奏からカラオケの使用に移行したA類型の店舗のみをカラオケ管理の対象としていたことを認めている。そして、原告が現実に印刷したこのチラシの枚数は僅か1万枚程度にすぎず(甲5の欄外の記載参照)、しかも、それは大規模店舗型の店舗のみを配付対象として想定したものであった。したがって、当時原告がチラシの配布先として予定していた対象店舗が、既に店内で生演奏をしていて原告が使用料の徴収実績を有していた大規模店舗のみであったことは明らかである。したがって、これはカラオケ固有の著作物使用料の徴収を意図したものとはいえず、それによって現実に徴収の実績もあげられなかったであろうことが容易に推察される。 (ホ)原告は、昭和56年7月29日に広島地裁福山支部に対し、後にカラオケ伴奏による客の歌唱に関する著作権侵害訴訟として知られることになる「くらぶ明日香事件」の訴訟を提起している(甲14)。しかし、この事件の対象店舗である「くらぶ明日香」も、原告がそれまで著作権侵害訴訟の対象としてきた店舗と同様に生演奏をしている店舗であった。 (ヘ)昭和56年9月25日発行の電波新聞紙上でカラオケ産業の特集記事が組まれているが(乙14、15)、そこで問題とされているのは専らカラオケ騒音の問題であり、カラオケ著作権のことは全く取り上げられていないことに留意されるべきである。原告は、この頃から、社交飲食店からのリース料の回収についてノウハウを蓄積しているとみられる業界最大手のカラオケリース業者である第一興商とカラオケの著作物使用料の徴収方法などについて交渉を重ねており(乙27の2の4頁)、既にこの時点で将来のカラオケ管理の実施を目論み、その下準備を開始していたことが窺える。 (ト) 昭和57年8月31日 福岡地裁小倉支部において、クラブキャッツアイ事件の第1審判決が下された。〈「判例速報」第39号参考資料@に掲載〉そして、右判決について被告側から控訴された際、偶々当該店舗が生演奏からカラオケ演奏に移行していたため、原告側が附帯控訴をして、カラオケ伴奏による客の歌唱についても著作権侵害が成立する旨の主張を展開するに至った。これが我が国においてカラオケ伴奏による客の歌唱について著作権侵害の法的主張がなされた嚆矢とみられる。 (チ)昭和58年1月ないし7月頃に至っても、原告と熊本県内の旅館との間では、カラオケの利用主体に関する論争が継続しており(甲33、34)、したがって、この時点でも社交飲食店業界において未だ原告のカラオケ著作権が一般的に認知されていなかったことが窺われる。 (リ)クラリオン株式会社は、昭和58年3月、「昭和57年度・カラオケ白書」と題して初めてカラオケに関する白書を刊行した(甲35)。しかし、その中でも、カラオケ著作権については一切触れられてはいない。また、大阪府は、同年4月深夜カラオケ禁止条例を施行している(甲33)。したがって、これらのことからも明らかなように、当時カラオケに関する中心的課題は未だその騒音問題にとどまっていたのである。 (ス)原告は、昭和58年6月24日付で全国社交業環境衛生同業組合連合会(以下「社交環衛」という。)に対しカラオケ管理を実施したい旨の申入れをしたとして、その申入書(甲32の1・2)を証拠として提出している。しかし、右申入書が真実社交環衛宛てに交付されたものか否かは疑問であるとともに、仮に交付されたとしても、それは原告側の一方的希望を表明しているにすぎず、当時、環衛中央会としては、カラオケ管理に反対の立場をとっており、顧問弁護士を通じて表明した見解でもカラオケ伴奏による客の歌唱は著作権侵害にはならないとの立場で一貫しており(丙10の22頁)、その下部組織である社交環衛も同様の見解であったとみられるから、社交環衛がこの原告の申入れをそのまま受け入れたものとは俄かに考え難い。なお、右申入書でも大規模店舗についてしかカラオケ管理の対象とはされていない。 (2)クラブ・キャッツアイ事件控訴審判決以降の展開 (イ)福岡高裁は、昭和59年7月5日、クラブ・キャッツアイ事件に関する控訴審判決を下した(甲11)。しかし、同判決は、社交飲食店業界において、大規模店舗(旧生演奏)型類型の店舗に特有の問題を扱った判決として受け止められ、さしたる反響を呼ばなかった。しかも、同判決は上告され、その時点では最終的な司法判断は未だ存在しなかった。 (ロ)しかし、右判決を機に環衛中央会が原告側に歩み寄りを示したため、一般の国民や社交飲食店の経営者及びリース業者等の知らない水面下で、原告と環衛中央会との間でカラオケ著作権の問題が急速に浮上し、新たな展開を見せ始めていた。すなわち、環衛中央会は、この段階で原告によるカラオケ管理を基本的に認めたうえで、原告と業務協定を結ぶのが得策であるとの政治的判断から、原告がカラオケ伴奏による客の歌唱につき著作物使用料を徴収することに賛成の方向に方針を転換したのである(丙10の22頁)。 (ハ)その結果、原告と環衛中央会は、昭和60年12月17日、環衛組合加盟店に対する優遇措置を設けることを条件に、原告によるカラオケ著作物の使用料徴収を認める旨の一般的合意をしている(乙16の154頁)。 (3)本件リース契約の締結 以上の状況のもとで、被告会社は、昭和61年5月11日、被告Y2との間に本件リース契約を締結した。しかし、当時、前記したとおり、水面下では原告と環衛中央会との間の交渉が進んでいたとはいえ、一般の国民や各店舗経営者及びリース業者等にはそうした情報は一切伝えられず、それらの人々は蚊帳の外に置かれていたのである。 (4)本件リース契約締結後の原告の動き 本件リース契約締結後の原告の動きを時系列的に説明すると、次のとおりである。 (イ)原告は、昭和61年春頃から、文化庁に対し、カラオケ管理の実施に関して打診していたが、なかなか了承が得られないままで推移していた(乙27の2の別紙回答3頁)。すなわち、当時、文化庁としては、原告によるカラオケ管理の実施に関して慎重姿勢をとっていたのであり、そのため、原告は、この状況を打開するために、新規程の認可後1年以内に11万件、その後さらに2年以内に11万件の使用許諾契約を取り付ける旨記載した念書を文化庁に差し入れ、ようやく変更認可に漕ぎ着けたという経緯がある(同回答3頁)。 (ロ)原告は、昭和61年6月2日、文化庁に対し、カラオケ管理の実施を盛り込んだ著作物使用料規程(新規程)の変更認可を申請し(甲63)、同年7月1日、その一部変更要領が官報に掲載され(甲64)、文化庁長官は、同年8月13日変更認可した(甲24)。 (ハ)広島地裁福山支部は、同月〈「月」は「年」の誤〉8月27日、前記くらぶ明日香事件について、著作権侵害を肯定する1審判決を下した(甲14)。しかし、同判決も、社交飲食店業界では大規程店舗(旧生演奏)型類型の店舗の問題を扱った判決として受け止められ、格別の反響を呼ばなかった。 (ニ)原告が全国の飲食店へカラオケ管理に関するダイレクトメールを発送したのは、同年10月18日になってからのことである(甲26の1)。また、原告主張の被告会社の前社長Gと原告の担当者との会談時期は同月20日とされている(甲38)。しかし、その一方で、同年12月頃、大阪で日本商事株式会社社長Hの主催により日本映像音響産業協会という名称のリース業者の会合がもたれたが、その席にオブザーバーとして参加した原告の職員は、原告は、社交飲食店の指導監督及び回収業務については、環衛組合に対して一任しているので、リース業者は口出しをしないでほしい旨の説明をしている(乙28)。 (ホ)昭和62年1月頃、都内の一部のリース業者が原告の使用許諾契約の代行業務をする旨のチラシを配布し(乙20)、福山地区においても類似の動きがあったが、このような一部リース業者の動きは、環衛組合としては、その業務を横取りされることになるため、徹底的にこれを排除する必要があり、それは原告の意向を反映したものでもあった。 (ヘ)環衛組合内部でも、昭和62年に入ってからも、原告のカラオケ管理に対する協力体制を確立することで一枚岩となっていたのではなく、社交環衛組合をはじめとして、環衛組合の下部組織や環衛組合傘下の関係諸団体では未だ原告のカラオケ管理に対して根強い反対論のあったことが各種業界新聞記事の報道等によっても窺われる(乙7、17)。 (ト)原告は、昭和62年4月1日に至ってようやく新規程に基づいてカラオケに関する著作物使用料の徴収を開始したが(甲24、25)、その点に関して、日刊新聞紙上での広告等による一般的啓蒙・広報活動は一切なされず、原告によるカラオケ管理の実施は、社交飲食店業界及びカラオケリース業界の内部でも十分に周知徹底されてはいなかった。 (チ)原告は、昭和62年11月9日と同月24日の2回にわたって、被告Y2に対し、「音楽著作物の使用許諾契約締結について」或いは「音楽著作物の使用許諾契約締結に関する催告」と題する各書簡を送付しているが(甲27、28)、被告会社としては、そうした事実は一切知らされておらず、また知る由もなかった。被告会社が被告Y2及び同Y1が原告と音楽著作物の包括使用許諾契約を締結していないとの事実を初めて知ったのは、本件訴訟の保全処分の仮処分命令申請書の送達を受け、被告会社の代表者Y3が初めて被告Y2と会った時点においてである。 (リ)原告は、昭和62年12月末頃、第一興商との接触を持っており、その際、原告の担当者が、変更認可の条件とされた契約件数を達成できずに困っているため、見せしめ的にリース業者数社を裁判の相手方とする予定である旨発言している(乙27の2)。 (ス)昭和63年3月15日になって、クラブ・キャッツアイ事件の上告審判決があった(甲12)。〈「判例速報」第39号掲載〉 (5)本件に関する仮処分申請後の展開 原告が本件に関し仮処分申請をしたのは昭和63年3月29日のことであるが、その後も現在に至るまで、原告のカラオケ管理の実績は不十分であるとともに、右仮処分申請当時においても、既に制度の不公平性及び原告による管理業務の[槌]撰さなどが批判を浴びていたのである(乙1)。 (三)まとめ 以上によれば、原告によるカラオケ管理に関して、これまで次のように各店舗類型毎に違った取扱がなされてきたことが明白である。すなわち、 (1)大規模店舗(旧生演奏店舗)類型 (イ)原告は、昭和58年11月頃の時点においてすら、「従前楽器演奏者、歌手等の出演実績があって、カラオケに移行したキャバレー、クラブ、スナック等の社交場を当面の使用料徴収の対象とした」旨明言しており(甲34)、当時、原告が大規模店舗のみをカラオケ管理の対象として想定していたことは明白である。 (ロ)著作物使用料規程の想定している店舗規模 原告の主張によれば、旧規程(甲7)では、カラオケ伴奏による客の歌唱は、同規程の「社交場における演奏」の規定に該当するというのであるが、そこに列挙されている店舗形態は、「キャバレー、カフェ、ナイトクラブ、ダンスホール、喫茶店、ホテル」(甲7の4頁)であり、同規程が大規模店舗(旧生演奏店舗)型の店舗のみをその対象店舗として予定していたことは明らかである。また、そこでの使用料金額も、大規模店舗(旧生演奏店舗)型類型を予定しているため、小規模店舗には対応が不可能なほど極めて高額であり、肝心の大規模店舗においてすら、原告の内規によりカラオケ伴奏による客の歌唱については著作物使用料の調整(特別使用許諾契約に準じてテープ再生部分の控除及び素人による歌唱であることを考慮した排除として2分の1を減ずるなどの措置、(甲11)をせざるを得ない状況にあったのである。 (ハ)旧規程の実施当時、福岡高裁昭和59年7月5日判決・判例時報1122号153頁(クラブ・キャッツアイ事件控訴審判決、甲11)〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉、広島地裁福山支部昭和61年8月27日判決・判例時報1221号120頁(くらぶ明日香事件第1審判決、甲14)〈「判例速報」第12号掲載〉の2件の判決において、カラオケ伴奏による客の歌唱が著作権侵害となるか否かが問題となり、いずれの判決もそれを肯定している。しかし、これらの判決は、原告がカラオケ発展の現実に直面して、生演奏に関する大規模店舗との間の訴訟において、偶々対象期間中にカラオケを導入した店舗があったため、事のついでにカラオケ伴奏による客の歌唱に基づく著作権侵害の主張に切り換えて主張をした事案に関するものであり、これら訴訟の提起をもって原告によるカラオケ管理ということはできない。 (ニ)原告は、大規模店舗に対するカラオケ伴奏による客の歌唱に関する著作物使用料徴収の例として、熊本県内の大規模旅館の宴会場等について前記3基準を満たすものについて著作物使用料の徴収を試みた例があったこと(甲33の62頁)及び大規模店舗に対しカラオケ管理の開始を希望する旨を記載した書簡及びチラシの類を作成配布したことを挙げている。しかし、これらの原告の要望に対して相手方がどの程度応えたのか、また、実際にどの程度の徴収実績をあげ得たのかといった点については全く資料がなく、原告によって系統だった正式な使用料徴収体制は実現されていないといわざるを得ない。 (2)小規模店舗類型(客席面積5坪超) 原告が昭和62年4月1日のカラオケ管理の開始前に使用料を徴収した例は1件もなく、それ以前の時点においてカラオケ著作権の問題に関する最終的な司法判断はなされておらず、業界内部においても、生演奏でなければカラオケの使用料は無料であるとの認識が一般的であった。したがって、福岡高裁昭和59年7月5日判決・判例時報1122号153頁(クラブ・キャッツアイ事件の控訴審判決、甲11)〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉及び広島地裁福山支部昭和61年8月27日判決・判例時報1221号120頁(くらぶ明日香事件第1審判決、甲14)〈「判例速報」第12号掲載〉の、たった2件の判決があったことをもって、小規模店舗についても、その営業主体に著作物使用料支払義務が発生しているとの認識があったと推定することは許されない。また、仮に小規模店舗の営業主体が原告に対し著作物使用料を支払おうとしても、原告側ではその受領窓口すら存在しなかったのであるから、それは現実には不可能なことである。 (3)零細店舗類型(客席面積5坪以下) 原告は、客席面積5坪以下の店舗については、環衛組合からの強い要請により、その経営基盤が脆弱であるとの理由をつけて、著作物使用料の徴収を見合せている。なお、原告は、環衛組合所属の店舗については実際には客席面積が5坪超であっても、そのことを知りつつ著作物使用料を徴収しないまま放任している。 (本件訴訟の背景事情) 1 原告が本件訴訟を提起した真の狙い 原告は、カラオケ管理の開始後も著作物使用許諾契約の締結率がいっこうに上がらず、新規程の認可に際して文化庁との間で合意した目標数値を達成できない焦りから、カラオケリース業者に著作権侵害による損害賠償責任がある旨の判決を得て、それを挺にして契約締結率を上げるべく本件訴訟を提起したのである。 2 環衛中央会の思惑 原告は、著作物使用料の徴収能力がないため、社交飲食店を組合員とする下部組織を抱える環衛中央会との間で政治的解決を図り、組合加盟率の増加に対応する組合費収入の増加の点で原告とも利害関係を共通にする環衛中央会に対し、著作物使用料の徴収代行の権限を与え、業務委託料ないし協力謝礼金名目の収入を得させることを動機付けにして利益誘導をし、環衛組合加盟店には著作物使用料の極端なディスカウントをし、かつ、客席面積5坪以下の店舗の除外規定を利用して脱法の道を残し、非組合員のみを著作権侵害による民事裁判や刑事告訴の対象とすることにより、間接的に環衛組合への加入を促すという措置に出た。以上のとおり、原告の著作物使用料規程の運用は誠に恣意的であり、現行の制度には今なお根強い反対があって、使用料の徴収率がなかなか上がらないというのが実態である。これには、合理的根拠のない客席面積5坪以下の店舗の著作物使用料免除措置の不公平さ、経営実態を踏まえず一方的に決定された使用料金額の不適切さ等の新規程に内在する諸要因にも原因があることは否めない。 3 原告の二律背反的立場 原告は、環衛中央会との間でカラオケ著作物使用料の徴収代行業務に関する基本協定書を締結し、環衛組合に対し諸々の利益を供与して徴収代行業務を独占的に委ねた。その際、環衛組合が最大のライバルとみなしていたのがカラオケリース業者であり、環衛組合は、原告や各社交飲食店がカラオケリース業者と直接接触することに最も警戒感を示し、基本協定書の中でもカラオケリース業者との接触を禁じている。また、原告は、交渉窓口を環衛組合のみとすることをしばしば確認し(乙4)、例えば原告と東京都社交環衛組合との間の業務協定書に付属する「カラオケ管理業務の運用についての合意事項」においても、「カラオケ著作権の管理に関し、契約締結業務の指導、代行等は環衛組合のみに委託し、カラオケリース業者、その他の団体等に契約代行は委任しない」旨明記されているところである(乙6)。さらに、カラオケ管理の開始直前の昭和62年2月頃に都内の一部業者の間に出回ったチラシ(乙20)の中でも「環衛非加盟者対策並びに交渉窓口について」の項目の下に、「カラオケ著作権の管理に関し、契約締結業務の指導、代行等は環衛組合のみに委託し、カラオケリース業者、その他の団体等に契約代行は委任しない」旨再度確認されている。 原告は、当初カラオケ管理の方法を模索していた時期には、リース料回収についてノウハウを蓄積しているカラオケリース業者を利用しようと画策していたが(乙27の2)、自民党有力議員の協力を得て前記したような政治的決着をみるや、手のひらを返したようにカラオケリース業者に対して著作物使用料徴収業務の代行委任は一切しないという方向に方針転換し、社交飲食店に対する指導監督業務も環衛組合の専権事項とされ、環衛組合との間の業務協定書の付属合意書上もリース業者との接触を禁じるという事態になったのであり(乙3、4、6、17、18、20)、その結果、新規程の改正過程において、カラオケリース業者に対しては、カラオケ管理に関する正式な説明や協力要請も一切なされなかった。そのため、カラオケリース業者は、完全に蚊帳の外に置かれ、原告のカラオケ管理の開始に関して、情報を得ることも、実態に即した使用料徴収を実現するために自らの意見を新規程の内容に反映させることも全く出来なかったのである。したがって、現実には原告が組織的にカラオケリース業者に対して著作物使用料徴収業務に関する協力を求めることは不可能な状況にあった。 ところが、実際に原告によるカラオケ管理が始ると、原告は、文化庁との間に合意した前記成約率に関する数値目標すら達成できないという緊急事態に直面するに至った。そこで、原告は、再度カラオケスナック店からの料金徴収業務に精通しているカラオケリース業者に働きかけるのが右成約率を上げる最も有効な方法と考えるに至った。しかし、それは、本件訴訟が正にそうであるように、訴訟によるリース業者の著作権侵害行為の共同不法行為責任の追及という形をとって現れたのである。以上の経緯からすれば、カラオケリース業者に対する原告からの事前の協力要請や警告がなされる余地は全くなかったものというべきである。 (被告会社の不法行為責任の不存在) 1 本件事案の特殊性 本件事案は、@そこで問題とされている被告らの行為が、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理開始時期の前後に跨がっている点、A従来から使用料が無料扱いとされていた小規模店舗におけるカラオケ伴奏による客の歌唱に関する事案である点、B原告と直接契約関係の生じる予定のない第三者である被告会社の責任が追及されている点において、従来の裁判例の事案とは異なり、特殊性のある事案であるから、これらの点に十分配慮して被告会社の損害賠償責任の成否が判断されねばならない。 2 我が国における音楽著作権に関する規制の特色 (一)唯一の音楽著作権管理団体としての原告の存在 原告は、我が国の音楽著作権の殆どについて、著作権者から信託を受けてこれを管理する唯一の音楽著作権管理団体である。したがって、音楽の利用者は、仮にその意思があったとしても、現実には原告という窓口を通さなければ、すなわち原告から請求を受けなければ、音楽著作物の使用料を支払うことは不可能である。その意味からすると、原告がカラオケに関し具体的にどのような管理体制と徴収体制の下で著作権管理制度を運用するかが、著作権侵害の成否を画する上でも決定的に重要な意味を持つのであり、現実社会の法の実践としては、たとえカラオケ伴奏による客の歌唱が原告の著作権の侵害になるとする判決を裁判所がしたとしても、突如社会一般においてそのことが遍く認識されるに至るというものではなく、その判決内容を踏まえて、原告によって実際に音楽の利用者から著作物使用料の徴収が開始されて初めて、音楽著作権は実質的かつ具体的にその機能を果たすようになるのである。殊に、被告会社のようなカラオケリース業者の場合、著作権者や著作権者から信託を受けた原告と契約関係に入る余地は全くないのであるから、その著作権侵害による損害賠償責任の有無を判断するに際しては、以上の点が十分考慮されねばならない。 (二)著作物使用料規程の機能 著作権法上、何が著作権の客体となるかは極めて不明確であり、多様な解釈の余地があり、著作権の権利内容は、裁判所の判断によってようやく明らかになる部分が大きいという特色がある(林良平編「注解判例民法3債権法 契約(2)・事務管理・不当利得・不法行為」1064頁)。そのため、音楽著作権については、その権利内容を確定するうえで著作権法及びその付属法令と共に、原告が文化庁長官の認可を受けて制定する著作物使用料規程が重要な意義を有する。すなわち、著作物使用料規程それ自体の法的性質は単なる約款にすぎないのであるが(大阪高裁昭和45年4月30日判決・無体集2巻1号252頁、判例時報606号40頁)、著作物の利用者との関係では、それによって音楽著作権の権利の内容を具体化し、原告が、著作権者からの信託により著作物使用料の支払が必要となったことを音楽利用者である国民に対し知らしめるという機能を果たしているのである(なお、仲介業務法3条2項では、認可申請の要領については官報に公告するものとされている。)。これを換言するならば、著作物使用料規程において予定されていない著作物使用料については、原告からこれを徴収されることはないとの認識を国民一般に与えているものといえる。また、仲介業務団体としての原告の権限という観点からみれば、それは、著作権者から信託され委託された範囲、すなわち、原告の徴収権限を示す著作物使用料規程に規定された範囲に限られるため、著作物使用料規程は、原告が管理する音楽著作物について、実質上その外延を画しているものということができるのである。 (三)我が国における録音物の再生に関する特例の存在 我が国においては、もともと著作権法附則14条(録音物に関する経過措置)により、なおその効力の存続が認められた旧著作権法30条1項8号において、著作権法施行令附則3条(録音物による演奏についての経過規定を適用しない事業)で除外されたものを除き「音ヲ機械的ニ複製スルノ用ニ供スル機器ニ著作物ノ適法ニ写調セラレタルモノヲ興行又ハ放送ノ用ニ供スルコト」が適法とされているため、録音物の再生は著作権侵害とはならないものとされている。そのため、カラオケ伴奏による客の歌唱は著作権侵害を構成しないとの認識が国民一般に定着していた(なお、右歌唱は著作権法施行令附則3条所定の各除外事例のいずれにも該当しないと解されていた。甲33の61頁)。このことは、熊本県における旅館経営者と原告との間にこの点を巡る論争のあった際に、文化庁著作権課が、旅館経営者側の代理人弁護士の弁護士法に基づく照会に対して、カラオケ歌唱のすべての場合に原告が権利行使をするためには、著作権法施行令附則3条の改正が必要である旨回答していたこと(甲33)や、環衛中央会の顧問弁護士からの弁護士法に基づく照会に対しても同旨の回答をしていること(丙10の10頁)に如実に現れているものといえる。このように、カラオケ伴奏による客の歌唱について著作物使用料を支払う必要があるか否かの問題については、著作権法には何らの定めがなく、かえって、録音物の再生は自由である旨の法令が存在していたため、適法録音物の再生であるカラオケ伴奏による客の歌唱について著作物使用料を支払わねばならないとする認識は国民一般に存在せず、むしろ、それは無料であり、その点が生演奏とカラオケ伴奏による客の歌唱の相違点として認識されていたものといえる。そうした事情から、原告も従来はカラオケ伴奏による客の歌唱について何らの規制もしていなかったのである。 (四)昭和62年4月1日からの原告によるカラオケ管理の開始 昭和62年4月1日以前の時点において、実際に原告に対し著作物使用料を支払う小規模社交飲食店は皆無であり、カラオケリース業者の中にも、原告との間に著作物使用許諾契約を締結する義務のある旨をユーザーとの間のカラオケリース契約書に記載したり、現実に右契約を締結するようユーザーを指導監督したりする者は一切いなかったのである。 3 被告会社の不法行為責任の不存在(一) (不法行為の不成立) (一)本件リース契約の締結行為による被告会社の不法行為責任の不存在 原告は、本訴において昭和62年4月1日以前の被告会社の不法行為責任については、これを問題にしてはいないが、まず、ここで本件リース契約の締結行為自体が全くの適法行為であることを改めて確認しておきたい。すなわち、原告は、本件リース契約の締結当時、本件店舗のような小規模店舗についてはカラオケ管理を全く実施しておらず、そのことは社交飲食店業界のみならずカラオケリース業界においても常識となっていたのである。したがって、被告会社としても、本件リース契約の締結行為によって原告の著作権を侵害するとの認識は一切なかったし、本件リース契約の締結当時において、現実に原告によって小規模店舗におけるカラオケ伴奏による客の歌唱について著作物使用料の徴収はなされていなかったのみならず、原告内部においても、かような小規模店舗との関係では、著作物使用許諾契約の締結体制及び使用料徴収体制も全く整備されていなかったのであるから、カラオケリース業者に対し、原告との間に著作物使用許諾契約を締結する義務のあることをカラオケリース契約書に記載したり、右契約を締結するようユーザーを指導監督したりする注意義務を課することは事実上不可能な状態にあった。したがって、仮に本件装置を利用したカラオケ伴奏による客の歌唱が原告の管理著作権を侵害するものとしても、被告会社には、そのことについては故意責任は勿論、過失責任も発生する余地がない。したがって、本件リース契約の締結行為は全くの適法行為であり、原告も、被告会社に対する本訴請求の一部(昭和62年4月1日以前の損害賠償請求部分)を減縮し、従来原告が主張していた昭和61年5月17日時点における本件リース契約の締結行為及び同日から昭和62年3月31日までの間の本件リース契約の継続行為について不法行為が成立しないことを自認している。 (二)本件リース契約の継続による不法行為責任の不存在 (1)適法に締結された契約の履行行為は適法である。 本件リース契約は、昭和61年5月11日既に適法に締結済みであり、その効果として契約当事者間には契約上の権利義務が生じており、それらの権利義務を履行することも、もとより適法行為といわざるを得ない。これを換言すれば、被告会社としては、本件リース契約上の拘束を受けており、本件リース契約上の義務として、被告Y1及び同Y2に対し、本件装置のリースを継続せざるを得ないのであり、いたずらにユーザーである同被告らの契約上の権利を制限したり、新たに契約上の義務を加重することは許されない。したがって、被告会社は、同被告らに対し、その同意のない限り、本件リース契約の契約条項を変更したり、これを追加したりして、新たな行為を要求することはできない。また、被告会社としては、一方的に本件リース契約を解除したり、本件カラオケ装置を引き揚げたりすることもできない。 (2)被告会社の本件リース契約の継続の適法性 被告会社の本件リース契約の継続は、原告によってカラオケ管理が開始された昭和62年4月1日の前後を通じて間断なく続いている一連の行為であり、その一部分を切り離して損害賠償責任の有無を論議することは不可能であって、被告会社の昭和62年4月1日以降の本件リース契約継続行為も適法であり、原告によるカラオケ管理の開始前にリース契約が締結された場合、リース業者としては適法に締結されたリース契約上の拘束から自由に離脱することは許されず、もはや如何ともし難いのである。 (3)不作為による不法行為の不存在 不作為による不法行為が成立するためには、その前提として作為義務が存在することが必要であるが、その作為義務については、講学上「必ずしも法令上の義務に限らないが、個人の自由を基礎とする今日では、あまり広げて考えることはできない」(加藤一郎「不法行為〔増補版〕」133頁)、「作為義務は、法令または特殊の関係がなければ、一般的には存在しないから、不作為による不法行為が成立する場合は多くはない。」(加藤一郎編「注釈民法(19)・債権(10)不法行為」36頁)、「私的自治の原則から考えて、あまりに安易に作為義務を認めることは望ましくない」(前田達明「民法 (不法行為)」108頁)などと説明されており、作為義務を認めるべきか否かの判断には、かなり実質的な考慮が必要であり、作為義務を認めるためには、作為をなすべき社会的期待が、その違反を作為による法益侵害と同価値であると判断するに足りる程度の一定の強さを持つものであることが要求される。このことは判例も認めており、「権利侵害の結果を発生させた作為に差し向けられた同一の違法評価が当該不作為について成立しなければならない。このためには、@不法行為者と名指しされた者が結果の発生を防止することを法律上義務づけられていたことを要求するが、当該義務(作為義務)は、法令の規定又は契約によって定められたもののみならず、私法秩序の一部をなすものとして法による強制を要請される慣習もしくは条理に基づく義務をも含むと解すべきである。A更に不作為が違法であるためには、右のような義務を負うものが結果の発生を防止しうる事態のもとにおいて、その防止のためには適当な行為をしないことを要すると解するのが相当である。」(拓大リンチ死亡事件に関する東京地裁昭和48年8月29日判決・判例時報717号29頁、乙30)としている。したがって、不作為による不法行為における作為義務は、結果発生防止義務であり、しかも、それはかなり強度かつ具体的な結果発生防止義務であるべきであって、その程度に至らない作為義務は、不作為による不法行為における作為義務とはなり得ない。 (4)本件における作為義務の内容 (イ)原告による作為義務主張の欠如 原告は、本訴において被告会社の作為義務について一切主張していないから、被告会社に不作為による不法行為が成立するとの主張は主張自体失当である。すなわち、被告会社は、本訴の冒頭から一貫して原告に対し、訴状請求原因の4項にいう被告会社の故意・過失の具体的内容を明らかにするように執拗に釈明を求めたが、これに対して、原告が明らかにした過失の前提となる注意義務の内容は、結局、「該リース契約条項の中に、被告ら店の経営者が原告との間に著作権使用許諾契約を締結する義務のあることを明記し、及びその手続をとるよう指導監督するなどの注意義務」(平成元年6月28日付原告準備書面(二)の二(三)項)というにとどまっていた。ところが、原告は、本訴口頭弁論終結の間近になって、平成5年2月4日の第26回口頭弁論期日に陳述の準備書面(三)において、「以後昭和63年7月16日まで「魅留来」の店が営業をしていた期間中、右機械設置の保守、点検をしてリース契約物件としてその提供を続け、その間原告の管理著作物を映画の録画と同時に収録した多数のビデオディスク(レーザーディスク)をも継続的に供給し、これを店側が客に歌唱させる際の伴奏の用に供し、もって原告の管理著作物を公に演奏及び上演させた行為により、被告Y1a、同Y2の前記演奏権及び上映権侵害行為に加担した。」(第2(請求の原因第二項6について))、或いは「……被告Y1a、同Y2の前記著作権侵害の行為に直接供されたビデオカラオケの提供者として、当然に右装置が店内で利用されることによって侵害の発生することを予見していながら、又は過失によりこれを知らないで侵害防止のため何らの手段も講じなかった」(第2(請求の原因第四項について)四1項)と、新たな内容の被告会社の過失行為を主張するに至った。しかし、右主張は、時機に後れた攻撃防御方法であるから、民訴法139条により却下されるべきである。また、原告は、「過失」それ自体が主要事実である旨主張するが、近時の有力な見解によれば、「過失」を構成する具体的事実が主要事実とされているから、右主張も失当である。 (ロ)本件で考えられる作為義務の内容 前記したとおり、被告会社により本件リース契約の継続は適法であるが、仮にこれが不法行為として違反になるというのであれば、本件リース契約の締結における作為義務とは別に、右継続行為自体について新たな作為義務が発生する場合でなければならず、その作為義務の内容も、それが具体的な結果発生防止義務である以上、違法状態すなわち著作物使用料が支払われないまま本件カラオケ装置が利用されている状態が発生することを防止する義務、すなわち被告Y1及び同Y2による本件カラオケ装置の利用を積極的に排除する義務ということになり、これを具体的に言えば、@本件リース契約自体を解消する(本件リース契約の解除又は本件カラオケ装置の引き揚げ)という作為をなす義務か、A同被告らに原告との間に著作物使用許諾契約を締結させる義務のいずれかであるといわざるを得ない。しかし、被告会社には右のいずれの義務もない。すなわち、被告会社にこれらの義務を負わせる法令上の規定はなく、そのような契約上の義務もない。それが発生するように法によって強制されるような慣習若しくは条理も一切ない。まず、@の義務であるが、被告会社には本件リース契約上の拘束が存在するため、契約の相手方である被告Y1及び同Y2の同意がない限り、本件リース契約を解除したり、本件カラオケ装置を引き揚げることは不可能であり、被告会社に対してそのような過度の作為を求めるべき慣習若しくは条理が認められないことは明らかである。また、Aの義務についても、それは既に適法に締結された本件リース契約上の義務を更に加重するものであり、契約関係において相手方にその同意もないのに一方的にこれを強制できる筋合のものではないし、そもそも、原告が自己の管理支配下にない第三者の被告会社に対し、そうした過度の作為を求め得べき慣習又は条理が認められないことも明らかである。また、昭和62年4月1日に至るまで原告によるカラオケ管理は実施されていなかったのであり、原告との間に著作物使用許諾契約を締結する店舗は全国に1軒も存在しなかった。昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理の開始時点においても、全国のカラオケリース業者は、無数のリース契約を締結していたのであるが、その後、右カラオケ管理の開始を理由に当該リース契約を解消したり、或いはユーザーに対して原告との間に著作物使用許諾契約を締結するように働きかけた業者は寡聞にして聞かない。そのような働きかけをする地位と権限を有するのは、前記新規程の改正経緯から考えても、原告から社交飲食店に対し排他的、独占的に指導監督する地位と権限を与えられている環衛組合のみである。原告は、環衛組合との間で締結した業務協定により、カラオケリース業者が著作物使用許諾契約の締結に関与するのを排除しているのであり、そのような立場にあるカラオケリース業者に対し、本来原告自身及び環衛組合がすべき社交飲食店に対する指導監督を要求することは筋違いというべきである。したがって、ここに至って突如としてカラオケリース業者に対し、社交飲食店に対する指導監督の作為義務を要求することは、原告がカラオケ管理の開始時期の前後を通じてリース業者に対してとってきた姿勢とも明らかに矛盾し、カラオケリース業者に対する過度の要求であり、原告及び環衛組合の不十分なカラオケ管理の普及活動の結果に起因する責任をカラオケリース業者に転嫁するものにほかならない。 原告は、有限会社トキワエンタープライゼスに対する仮処分申立事件において右利用排除義務を主張したが、同社との和解条項中にこれを盛り込むことができず、それまでに至らないごく軽微な義務の存在についてのみ合意したにすぎない。 (ハ)結果回避可能性の不存在 昭和62年4月1日に至るまで原告によるカラオケ管理が開始されていなかった状況のもとで、被告Y1及び同Y2が原告との間に著作物使用許諾契約を締結し、原告に対し著作物使用料を支払うという事態は考えられないことであるから、被告会社が著作権侵害の結果発生を防止し得ないことは明らかであり、作為義務発生の前提となる結果回避可能性が存在しないものというべきである。また、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理の開始後も、著作物使用許諾契約を締結するか否かは契約当事者である原告と同被告らのみが決定し得る事柄であり、被告会社は契約当事者である同被告らの意思を左右できる立場にはない。また、前記@、Aの義務は既に適法に締結された本件リース契約上の義務を更に加重するものであり、本件リース契約の相手方である被告会社は、これを求められる立場にはない。しかも、カラオケリース業界では、中小の無数の業者が乱立する極端な過当競争状態にあり、力関係においてカラオケリース業者の方が社交飲食店に対して著しく劣っており、カラオケリース業者が社交飲食店を説得して原告との間に著作物使用許諾契約を締結させられるような状況にはない。さらに、被告Y1及び同Y2は、いわば確信犯であって、原告の度重なる使用許諾契約締結の督促にも一貫して応じなかったのであるから、被告会社がこれを説得したところで応ずるはずもない。したがって、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理開始後においても、被告会社が原告主張の著作権侵害の結果発生を防止することができないことは明らかであり、作為義務発生の前提となる結果回避可能性が存在しないというべきである。 以上によれば、本件において被告会社が著作権侵害の結果発生防止を法律上義務づけられていないことは明らかであり、如何なる観点からしても、被告会社の不作為について、権利侵害の結果を発生させた作為に差し向けられるのと同程度の違法評価が成立するものとは到底考えられず、被告会社には作為義務が認められず、不法行為は成立しない。 (5)原告主張の注意義務(作為義務)について 原告は、被告会社の注意義務として、該リース契約条項の中に社交飲食店の経営者が原告との間に著作物使用許諾契約を締結する義務のあることを明記し、かつその手続をとるよう指導監督する注意義務を主張するのであるが、被告会社がリース契約条項の中に被告Y1及び同Y2ら社交飲食店の経営者が原告との間に著作物使用許諾契約を締結する義務のあることを明記しようと、或いはその手続をとるよう指導監督しようと、当時、右契約の締結に対する他の社交飲食店の抵抗も強く、しかも、契約を締結するか否かは最終的には各店舗の経営者の意思にかかるものである以上、原告主張の注意義務は、各社交飲食店に対する著作権思想の啓蒙活動の点で意義があるのは別として、具体的な結果発生の防止に直結する義務とはいえない。そのことは、@本件に先立つ大阪地方裁判所昭和63年(ヨ)第1167号仮処分命令申請事件において、原告は、本訴と同様被告会社の不法行為責任を主張していたが、その疎明が不可能であることが明白となり、昭和63年7月8日右申請を取り下げたこと、A原告の告訴にかかる被告訴人を被告会社とする著作権法違反被疑事件でも、被告会社は逸早く検察官によって不起訴処分とされていること(乙26)からも明らかである。 4 被告会社の不法行為責任の不存在(二) (因果関係の不存在) 被告Y1及び同Y2は、いわば確信犯であって、原告の度重なる契約締結の督促にも一貫して応じなかったのであるから、被告会社がこれを説得したところでこれに応ずるはずもなく、原告と同被告らとの間に著作物使用許諾契約が締結されていないことには、同被告らの自由意思による行為が介在しており、本件はいわゆる因果関係の中断が認められるべき場合である。また、同被告らの意思が強固である以上、被告会社以外のカラオケリース業者がリース契約を締結したとしても、同被告らが原告との間に著作物使用許諾契約を締結しなかったであろうことは確実である。したがって、本件において被告会社の行為と原告の損害との間には因果関係がない。 (原告の主張は正義に反する) 1 原告は、大上段からの抽象的な次元での注意義務論を主張しているが、もしその議論が認められるとするならば、わが国の今日のカラオケを隆盛に導いた最大の功労者であるカラオケ・リース業者〈「・」を入れた表記は以下6か所だけである〉がすべて一貫して共同不法行為を行ってきたという到底是認されない結論を帰結してしまうこととなる。一方で、原告は何もせずただ寝て待っていただけで今日の原告の収入の極めて大きな割合を占めるカラオケ演奏料収入を得ることができるようになったにもかかわらず、他方で、このカラオケを文化としてわが国に定着させたカラオケ・リース業者がすべて違法行為をしてきたということになってしまうのである。 これは、どう考えても明らかに正義に反する。 すなわち、本件の問題は現実の原告によるカラオケに関する著作物使用料徴収の実態、カラオケ・リース業界の実態、殊にカラオケ・リース業者が実際に置かれた立場等を精査してこれらを踏まえて、カラオケ・リース業者の注意義務、不法行為責任を論じなければならないのである。そして、その結果としては、当時、原告がカラオケを管理(著作物使用料の全国的徴収態勢の整備、その実施)しておらず、唯一人として原告に著作物使用料を支払っていなかったという背景の下で、かつ、カラオケ著作権問題から原告により徹底的に排除され、しかも、対顧客との関係でできることの限られた立場に置かれていたカラオケ・リース業者に、店舗と同等の不法行為責任を負わせるような過大な注意義務を認めること自体に誤りがあるのである。 2 分かりやすい例との比較・・素朴な法感情からの不当性・・ 本件における原告の主張の不当性を認識するためには、例えば、次のような例を思い浮べることが便宜である。生演奏の場合において、楽器業者が店舗経営者に対しピアノをリースした場合、その生演奏店が原告と著作物使用許諾契約を締結しなかったとしたら、ピアノをリースした楽器業者は共同不法行為をしたことになるというのであろうか。また、楽器業者が店舗経営者に対し、ピアノを販売した場合、その生演奏店が原告と著作物使用許諾契約を締結しなかったとしたら、ピアノを販売した楽器業者は共同不法行為をしたことになるというのであろうか。 このような場合に、楽器業者に店舗経営者と同等の共同不法行為責任を認めることは、誰しも躊躇を感ずるであろう。しかも、生演奏の場合は、実際に、原告が著作物使用料を徴収し、演奏権を管理していたという経緯もあるのである。 今度は、ピアノをカラオケに置き換えた場合、例えば、ある者がスナック店舗に対しカラオケ装置を販売した場合、その店舗がたまたま原告と著作物使用許諾契約を締結しなかった場合、カラオケ装置を販売した者は、共同不法行為をしたということになるというのであろうか。では、リースの場合はどうであろうか。販売の場合と明確に区別して論ずることができるというのであろうか(定額リースの場合など、ほとんど売買の割賦払いと変らない。)。殊に昭和62年4月1日以前の時期においては、カラオケ装置の場合は、原告はスナックから著作物使用料を徴収していた実績は皆無であり、ピアノの例よりさらに販売者、リース業者の責任は微弱であるはずである。 これらの例においても、通常、カラオケ装置の販売者、リース業者は、たまたま販売先又はリース先がどのような態度、考えを持った者であるかも認識することができず、これらの者に、客先と全く同等の不法行為責任を取らせることはあまりにも酷であろう。しかも、昭和62年4月1日以前は、カラオケについて原告が著作物使用料を一切徴収しておらず、誰一人としてカラオケに関する著作物使用料を支払っていた者がいなかったという点がさらに加味されるのである。 このように、まず素朴な法感情としても、装置の販売者やリース業者が店舗と全く同じ不法行為責任を負わせられるという結論は何人も納得できないであろう。 三 争点3(被告らが賠償すべき使用料相当損害金額) 【原告の主張】 1 被告らが賠償すべき使用料相当損害金額 @昭和62年11月17日午後8時から翌18日午前1時頃までの間、原告の大阪支部長から依頼を受けた調査会社株式会社損害保険リサーチの社員4名が、A昭和63年1月14日午後7時40分から翌15日午前1時頃までの間、同支部長の命を受けた原告の職員2名と同調査会社の社員2名が、それぞれ原告の調査員であることを秘して、客として本件店舗へ赴き、本件店舗における演奏曲目を調査したところ、右各調査期日における原告の管理著作物の使用状況は、別紙調査結果一覧表1及び2に記載のとおりであり、各調査期日における管理著作物の使用曲数は、@昭和62年11月17日の調査期日が合計39曲、A昭和63年1月14日の調査期日が合計50曲であった。以上の調査結果によれば、本件店舗における1日の平均使用曲数については40曲と推定される(推定方法については甲93の1の5項)。そうすると、被告らが原告に対し賠償すべき使用料相当損害金額は次のとおりである。 (一)被告Y1が原告に対し賠償すべき、昭和60年7月9日(時効完成日の翌日)から昭和61年5月16日(本件装置の引渡日の前日)までの間の本件店舗におけるオーディオカラオケ装置を使用しての無断歌唱による使用料相当損害金24万6000円 昭和46年4月1日に変更認可された旧規程によると、前記(第2の三1)のとおり、軽音楽1曲1回の演奏会形式による使用料は、当該店舗の定員、平均入場料及び使用時間によって類型区分された料金表によって規定されており、定員500名未満の場合(第1類)、その利率は別表(1)記載のとおりであり、これをカフェー、クラブ、スナック等の社交場における演奏に適用する場合は、軽音楽1曲1回の演奏会形式による演奏の使用料の100分の50の範囲内で使用状況等を参酌して具体的な使用料額を決定することとされている。そして、原告は、社交場における演奏の場合の使用状況等の参酌方法として、@定員については、500名未満を100名単位で段階的に区分し、客席数に応じて使用料を逓減ないし逓増し(著作物使用料規程取扱細則〔社交場〕6条)、A平均入場料については、入場料金を明示しない場合、1セット料金(飲食税、サービス料を含む。)又は同相当額に30%を乗じた金額に、テーブルチャージ、席料などがある場合は、更にその額を加算した額を平均入場料として使用料を算定し(同4条)、Bカラオケ伴奏による客の歌唱については、(イ)特別使用許諾契約(同7条)の場合と同率の5割の減額措置を講じた上、(ロ)オーディオカラオケの伴奏による歌唱の場合は、適法録音物の再生による演奏についての経過措置(著作権法附則14条、旧著作権法30条1項8号、著作権法施行令附則3条参照)を参酌してその2割を減じ(ビデオカラオケの場合は経過措置の適用がないのでこの減額率の適用はない。)、(ハ)素人の客が歌唱することにより職業歌手ほどの効果があがらないことを理由に更にその2割を減じて、使用料を算出している。本件についてこれをみると、対象期間(10.25か月)中の本件店舗の定員は500名未満、客席数は100名未満、平均入場料は2000円以上2500円未満の各区分に該当し、管理著作物の1日平均の使用曲数は40曲、1か月平均の営業日数は25日である。そこで、以上の算定基準の基礎数値を前提に、旧規程の演奏(カラオケ伴奏による歌唱を除く)による別表(1)記載の著作物使用料率に基づき、前記の諸要素を参酌して計算すると、別表(3)記載の計算表のとおり、この間の被告Y1が原告に対し支払うべき使用料相当損害金は24万6000円となる。 (二)被告Y1及び同Y2が連帯して原告に対し支払うべき、昭和61年5月17日(本件装置の引渡日)から昭和62年3月31日(新規程の施行日の前日)までの間の、レーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を使用しての無断上映及び歌唱による使用料相当損害金33万6000円。 (一)と同様に旧規程の演奏による別表(1)記載の著作物使用料率に基づき、前記諸要素を参酌して計算すると、別表(4)記載の計算表のとおり、右対象期間(10.5か月)中の、被告Y1及び同Y2が連帯して原告に対し支払うべき使用料相当損害金は33万6000円となる。 (三)被告Y1、同Y2及び被告会社が連帯して原告に対し支払うべき、昭和62年4月1日(新規程の施行日)から昭和63年7月16日(本件店舗の閉店日)までの間のレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を使用しての無断上映及び歌唱による使用料相当損害金68万2000円 新規程によると、前記(第2の三3)のとおり、社交場における演奏の1曲1回使用時間5分までの使用料は、座席数(面積)及び標準単位料金の区分により別表(2)のとおり定められている。本件についてこれをみると、右対象期間(15.5か月)中の使用料の算定基準となる本件店舗の座席数は40席まで、標準単位料金は1万円までの区分に該当し、管理著作物の1日平均の使用曲数は40曲、1か月平均の営業日数は25日である。そこで、以上の基礎数値を前提に、新規程の演奏による別表(2)記載の著作物使用料率に基づき、前記諸要素を参酌して計算すると、別表(5)記載の計算表のとおり、この間の被告Y1、同Y2及び被告会社が原告に対し連帯して支払うべき使用料相当損害金は68万2000円となる。 2 被告Y1及び同Y2の主張について (一)著作物使用料規程の効力に関する主張に対する反論 被告Y1及び同Y2は、原告の著作物使用料規程(新規程)が公序良俗に反し無効であるから、本件においてこれを損害額の算定基準としてはならない旨主張するが、右主張は失当である。その詳細は次のとおりである。 (1)昭和40年代後半に開発されたカラオケは、その後、軽音楽歌唱用の機器として、余暇に音楽を楽しむ機会の多い現代人の生活の中に広く受け入れられ、家庭環境や職場環境の中で急速に普及しただけでなく、各種の飲食店舗や遊興・娯楽施設、或いは旅館等の営業用設備などとしても幅広く活用されるようになり、老若男女を問わずカラオケ愛好家が増加するにつれて、各種社交飲食店でも不可欠の営業手段となった。その一方で、カラオケは、我が国における音楽著作物の普及を促進し、今日では一つの大衆文化現象として既に国民の間に完全に定着し、国民の文化生活の中で娯楽の供給源として非常に重要な地位を占めるに至っている。 そして、原告は、当初からこのようなカラオケスナック店におけるカラオケ伴奏による客の歌唱を原告の演奏権が及ぶ音楽著作物の新しい利用形態であると判断し、右歌唱が、カラオケテープやビデオディスク・レーザーディスク等に録音された音楽の部分の再生と生の歌唱とが一体化している点にその特徴があり、このうち、歌唱部分は生演奏であるから、原告の著作物使用料規程(旧規程)の「社交場における演奏」の使用料率を適用して部分的に管理してきた。すなわち、原告は、昭和55年から昭和58年までの間に発行された原告の業務案内用リーフレット(甲5、6、105の1・2)に「カラオケやカラオケビデオの伴奏による歌唱の場合も正規に許諾を受けて音楽をご使用ください」と明記し、これを主として社交飲食店業者、旅館業者を中心とする使用者一般に対して配布し広報活動を行い、カラオケ使用店へその旨周知徹底を図った。また、昭和58年6月、これらの業種の同業者団体に対し、「カラオケ管理業務の実施基準」と題する書面を配布し、傘下加盟店への啓蒙指導等の協力を要請した。 (2)しかし、旅館経営者(熊本県等の一部の業者を除く。)との契約締結交渉は比較的順調に進んだのであるが、社交飲食店の経営者との交渉の場合、演奏者を常置する生演奏の場合に比べて、カラオケ使用の際の使用許諾契約の必要性に対する経営者側の理解を得るのが困難な状況が続いたため、カラオケが使用許諾契約未締結のまま大量に無断使用されることが多くなるのに伴い、著作権者の権利が事実上無視される事態を招来することになった。そこで、原告は、内外の音楽著作権を集中的に管理し、その合法的利用の促進を図る自らの責務の観点から、そのような違法行為をそのまま座視することはできず、昭和58年に入ってからはカラオケを無断使用している社交飲食店の経営者を相手に演奏権侵害の成否について裁判所の判断を求め、その結果、昭和59年7月5日、福岡高裁において、スナック等におけるカラオケ伴奏による客の歌唱について、店の経営者に演奏権侵害による損害賠償責任を認める初めての司法判断を得た。〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉 同判決後、社交飲食店等のカラオケ使用者団体の著作権に対する認識も次第に深まり、原告は、カラオケ管理を全国的な規模にまで拡大するため、管理対象店舗が極めて多数であることに鑑み、契約手続の簡便化や包括的著作物使用料規程の新設等の合理的かつ大量の契約処理方式を盛り込んだ新たな方策を検討するとともに、支部の増設や情報処理のためのコンピューターの導入など内部の管理体制の強化も図った。 しかし、原告の許諾を受けないカラオケの使用が管理著作権の侵害行為であることがいかに明白であろうとも、そのことだけで社交飲食店の経営者が自主的に原告との間において使用許諾契約の締結手続に応じることにはならない。これは、ひとり日本だけの特殊事情ではなく、音楽をはじめとして文化一般を手厚く保護し、長い歴史の中で著作権思想も十分に培われてきた西欧諸国においても事情は大同小異であり、音楽使用者に案内文書を送付するといった程度では、使用許諾契約の締結は殆ど期待できず、著作権管理団体だけでの個別交渉には限界があるため、警察の協力を得るなど各種方策を講じて、新規契約の締結と管理率の維持向上に苦慮しているというのが実情であって(甲106の1の7頁〜8頁)、音楽著作権の管理、殊に社交場におけるそれは、洋の東西を問わず遍く困難が伴うものである。 翻って国内に眼を向ければ、著作権思想は文化の進歩に伴って徐徐に国民の間に浸透しつつはあるものの、社交飲食店の経営者の著作権に対する理解や認識はなお西欧のそれに及ぶべくもなく、また警察等の行政機構の援助ないし協力は必ずしも期待できず、原告のカラオケ管理は、その当時ぶ厚い障壁に囲まれたままの状態であった。そこで、原告は、日々新たな音楽著作物が創作される一方で、その著作権侵害の違法状態が頻発している異常事態を早期に解消し、音楽著作物の使用者に対し適正な音楽使用方式を普及させ、正常な音楽著作物の利用状態を形成するため、社交飲食店業界で最大手の使用者団体である環衛組合と協力関係を結ぶに至ったのである。これは前述したような当時の日本の著作権事情の下では誠に適切な判断であったというべきである。 こうした背景事情のもとで、昭和58年から3年間に及ぶ環衛組合との協議を経て、昭和61年8月13日、カラオケ伴奏による客の歌唱の著作物使用料について、旧規程の曲別使用料の規定のほかに包括使用料の規定を新設し、両者を併置した内容の改正著作物使用料規程(新規程)について文化庁長官の認可を受け、昭和62年4月1日からこれを実施した。 (3)新規程(甲24)では、カラオケ伴奏による客の歌唱は本来生演奏であるから、その使用料は、改正前と同様1曲1回の曲別使用料の制度を維持踏襲する(備考 〔10頁〕及び「本則」別表15〔28頁〕が、前記の包括使用料として年間の包括使用許諾契約を締結する場合の月額使用料(備考 〔8頁〜10頁〕を定め、両者を併置しているのである。また、この曲別使用料と包括使用料の適用区分については、著作物使用料規程取扱細則(社交場)(甲25)の4条1項において、任意に原告と使用許諾契約を締結する営業者に対して包括使用料の制度を適用することを原則とする旨定めている。このような包括使用料は、カラオケ使用者との間の包括使用許諾契約関係を早期に確立するための特例として定められたものであり、したがって、新規程においても、これは「本則」ではなく「備考欄」で、しかも当分の間の暫定的な使用料制度として規定されているのであって、この点が旧規程を一部変更した最大の理由でもある。そして、新規程は、著作権審議会の審議を経て、文化庁長官が慎重な手続によって認可されたのであるから、もとより適法かつ有効である。過去において、大阪高裁昭和45年4月30日判決は、原告の著作物使用料規程の内容の合理性について、規程認可の申請に対し、文化庁長官において、その内容を官報に公告し利害関係人等に意見具申の機会を与えた後、著作権制度審議会に諮問するという慎重な手続を経て認可されており、特に不当とするような事情がない限り、公正かつ妥当な内容を有するものと推定すべきである旨判示しているが、これは今回の改正についても同様に言うことができる。 (4)被告Y1及び同Y2は、原告の新規程における包括使用許諾契約方式の採用自体が旧規程の演奏使用料をカラオケに適用することの不当性を認めたものであり、原告は新規程の実施前にはカラオケ伴奏による客の歌唱については使用料を徴収せずに無料扱いにしていた旨主張するが、右主張は失当である。原告は、前述したとおり、カラオケ伴奏による歌唱を演奏として管理する立場を従来から一貫して採っており、旧規程の施行当時から基本となる曲別使用料率が存在したのであるから、それらのことを無視し、旧規程時代にカラオケの使用が無料扱いであったとする被告Y1及び同Y2の事実認識は明らかに誤っている。また、同被告らは、包括使用許諾契約方式を採用したことによって、曲別使用料と包括使用料との間に大差が生じ、均衡を失している旨主張するが、右主張は、前述した包括使用料の料金システムの採用理由を正解しないことに由来する主張であって理由がない。 本件において、原告が著作権侵害による使用料相当損害金額を、新規程の包括使用許諾契約方式の導入後の分に関しても、曲別使用料率により算定しているのは、曲別使用料率による損害金額の算定方式は、旧規程の施行当時から社交飲食店業界で定着しており、しかも、被告Y1及び同Y2は、原告による新規程に基づく包括使用許諾契約の締結要請を一貫して拒み続けていたため、本件では包括使用許諾契約方式の適用条件を欠いているからである。 なお、旧規程のもとにおいて、カラオケ伴奏による客の歌唱に関する演奏権侵害の事案について、曲別使用料による損害額算定の相当性が、福岡高裁昭和59年7月5日判決(判例時報1122号153頁・甲11)〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉及び最高裁昭和63年3月15日判決(甲12)〈「判例速報」第39号掲載〉等の判例によって認められており、これらの判例は、本件における損害額算定についても先例の意義があることはいうまでもない。 (5)被告Y1及び同Y2は、新規程が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)19条の不公正な取引方法の禁止の規定に違反し、ひいては公序良俗に違反し無効である旨主張する。しかし、同被告らは、同条適用の要件となる具体的な違反事実を主張せず、また、同被告らは、現実には原告との間に新規程に基づく包括使用許諾契約を締結してはいないのであるから、抽象的に新規程の無効のみを主張することは許されず、右主張は主張自体失当というべきである。 (6)被告Y1及び同Y2は、原告が新規程において客席面積5坪以下の店舗に対してのみカラオケ使用料の支払義務を免除したのは不公平であり、新規程は、公序良俗に違反し無効である旨主張する。しかしながら、店舗の規模の大小にかかわらず、カラオケ伴奏による歌唱は著作権法上の公の演奏に、ビデオカラオケの使用は上映に当たるから、客席面積5坪未満の店舗に対しても等しく著作権が及んでいるということはできるが、原告は、旧規程の改正に当たりカラオケ使用者団体の要望を受けて、当分の間右の小規模店舗に関し使用料免除措置を講じたものであり、これは著作物使用料規程の改正によって小規模店舗の経営に急激な悪影響を与えないように配慮し、かつ、今日国民的支持を得るまでに成長したカラオケ文化の隆盛をその根底において支える一方で、使用料を飲食代金に転嫁されて最終的に負担する消費者(利用客)の不利益を最小限にとどめ、ひいてはカラオケ関連産業の持続的発展を企図した文化保護政策的配慮に基づく措置である。 なお、原告は、客席面積5坪以下の店舗の経営者に対してもこれを放任しているわけではなく、免除店の届出を義務づけ、右届出をした経営者に免除通知書と免除店であることを示す届出証(ステッカー)を交付しているが、これは原告が経営上の収支を度外視して著作権思想の普及と啓蒙に日々邁進していることの証左でもある。 原告の右免除措置は、音楽著作物に関する著作者と利用者の双方の利益を比較衡量したうえで、カラオケ文化の発展に寄与すべく講じられた措置であり、「……これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」という著作権法1条所定の目的にも副うものであって、当分の間の措置としてみる限り極めて妥当なものである。なお、この措置は右にも述べたとおり、あくまでも当分の間の暫定的措置であり、将来とも固定化されるべきものではなく、使用料徴収の対象店舗における原告自身の契約管理業務の達成状況、社交飲食店舗の小規模化現象のもとにおける音楽利用状況の変化等の諸要因に応じて、将来的には漸次その内容が変更され、更に公平かつ妥当な規定に従って運営されるべきものであることを付言しておく。したがって、右免除措置によって原告のカラオケ管理が公平性を欠き、新規程が公序良俗に違反し無効であるとの被告Y1及び同Y2の主張は、著作権法の文化法的側面を無視した主張といわざるを得ない。 (二)著作物使用料規程自体に内在する実施の困難性についての主張に対する反論 被告Y1及び同Y2は、原告が環衛組合員と非組合員との間で差別的取扱をしている旨主張するが、右主張は理由がない。その詳細は次のとおりである。 原告は、昭和23年4月、キャバレー、ダンスホール等で使用される音楽著作物の生演奏を管理すべく、環衛組合傘下の東京都社交業組合の前身である東京社交事業協会加盟の社交場と使用許諾契約を締結して以来、生演奏及びレコード演奏の分野において、主に社交環衛組合との間に協力関係を築いてきた。しかし、これはあくまでも各地域単位での限定的な協力関係であり、その具体的な管理内容も地域によりまちまちであった。そのため、原告は、新規程の認可を受けて社交場営業以外にもカラオケ管理の範囲を拡大するに当たり、カラオケを使用している店舗は、従来のクラブ、キャバレー等の大型店や本件店舗のようなカラオケスナック等に限られず、その範囲は旅館、喫茶店、寿司屋、中華料理店、ソバ屋、料理店等の広範な業種に及んでおり、これらのあらゆる業種のユーザーの意見を反映させる必要があると考えた。ところで、環衛組合は、環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律(昭和32年法律第164号)に基づいて設立された環境衛生同業組合であり、従来から存在した各地の同種組合を全国規模で組織化し、現在では、生演奏やレコード演奏はもとより、カラオケ伴奏による客の歌唱の方法で原告の管理著作物を利用する殆どの業種の事業者を糾合し、都道府県単位で組織する全国最大規模の利用者団体であり、その組合員数は全国で合計26万5000名といわれ、これに匹敵する音楽著作物の利用者団体は我が国には他に存在しない。原告は、昭和58年6月以来、環衛中央会及び環境衛生同業組合関係8業種組合(社交業、飲食業、旅館業、喫茶業、料理業、麺類業、中華料理、すし商の8組合)と約3年間にわたり、カラオケの包括使用料規程の新設を主内容とする旧規程の「社交場における演奏等」の内容改訂に関する協議を重ねた。これは過去のクラブ、キャバレー等の生演奏の管理を中心とした時代に、前記したように主に社交環衛組合と各地域単位での協力関係を積み重ねていったのとは全く異なり、環衛組合をカラオケを使用する殆どの業界の事業者を全国的に組織する団体として捉らえ、その意見を新規程に反映させることを意図した協議であり、原告としては、被告Y1及び同Y2が主張するように単に「過去に付き合いがあったから」といった理由だけで、環衛組合を音楽著作物のユーザーの代表として選択したのではない。環衛組合は、業界の健全化とその社会的地位の向上を目指して日々努力しており、既に30年以上の実績をもつ団体であるとともに、警察・保健所・税務署等の行政機関とも密接な協力関係にあり、暴力団の排除、未成年者の非行防止、納税協力等にも取り組み、法的にも社会的にも認知された団体であり、そのことは周知の事実となっている。 音楽著作物の利用者の音楽著作権に対する理解と認識は年々高まってきてはいるものの、社交場営業の分野においては、未だ原告の管理著作物の無許諾使用が跡を絶たないというのが実情であり、昭和62年4月1日の新規程施行当時、カラオケ使用者が自主的に原告との間の使用許諾契約の締結に応じることは、現実問題として必ずしも期待できる状況にはなかった。そのような状況の中で、環衛組合は業界での自らの指導的立場を認識し、傘下の組合員に対し、@原告の管理著作物の使用許諾契約手続について説明して契約を締結するよう指導するとともに、使用許諾契約締結のための事務取りまとめを行うこと、A使用許諾契約に基づく使用料等の支払義務の履行について指導し、債務不履行のある場合は、その履行を督促すること、B使用許諾契約により組合員が使用した著作物の内容の明細の報告等について指導することを約束した。これに対し、原告は、環衛組合の組合員に対し、年間の包括使用許諾契約を結ぶ場合の使用料を、@カラオケ伴奏による客の歌唱の場合は、それに適用される規定使用料の100分の70の金額とする。A生演奏、レコード演奏及びビデオグラムの上映の場合は、それに適用される規定使用料の100分の80の金額とすることを、また、環衛組合傘下の都道府県組合に対し、B環衛組合の組合員が支払う月額使用料総額の100分の3の金額を協力謝礼金として支払う、但し、新たに管理を行うカラオケ伴奏による客の歌唱に関しては、昭和62年4月1日から3か年に限り、その率を100分の5とする措置を講じることとした。原告と環衛組合は、以上の内容で合意に達し、昭和61年9月から同年12月にかけて原告の本部と環衛組合全国連合会との間で、「基本協定書」に調印した後、昭和61年10月から昭和62年3月にかけて、原告と環衛組合の各都道府県組合との間で「業務協定書」が順次調印された。原告が環衛組合の組合員に対して行う月額使用料の割引は、環衛組合の組合員である数多くの利用者との間の使用許諾契約の締結が早期に実現されるからであり、環衛組合の各都道府県組合に対し支払われる協力謝礼金は、環衛組合が傘下組合員の契約履行を指導・監督するだけでなく、広く業界における音楽著作権についての理解と認識が深まるように努めるなど、原告の業務に対する継続的な協力活動をするのに要する費用に相当するものである。また、協定の内容は使用許諾契約締結の事務取りまとめを約束するものであり、環衛組合に対し、使用許諾契約の締結権限を与えるものではないし、対象店舗の客席面積が5坪超か否かを確定する権限を与えたものでもない。原告としては、各店舗から提出された契約申込書の内容に事実と相違する点があれば、許諾を与えないことは言うまでもなく、また、後日虚偽申請の事実が明るみに出れば、使用開始時期に遡って修正を求めている。したがって、環衛組合員と非組合員の差別的取扱であるとして、新規程に基づく使用料徴収業務の運用を論難する被告Y1及び同Y2の主張は、それに名を藉りて新規程の実施に異論を唱えるものにすぎず、原告の同被告らに対する権利行使を不当視する理由とはなり得ない。 (三)使用料規程の運用上の不公平性の主張に対する反論 被告Y1及び同Y2は、原告が全国一斉のカラオケ管理を実施するに当たり、離島、沖縄及び北海道の特定地域の店舗に対して著作物使用料の割引をしている点を取り上げ、それが割引を受けられない地域の店舗に対する差別的取扱である旨主張するとともに、原告が環衛組合に対し、組合員の店舗の音楽の使用状況を確認、把握する権限及び原告と組合員との間の使用許諾契約を締結する権限を授与している旨主張する。しかし、右主張はいずれも失当である。すなわち、原告は、全国一斉のカラオケ管理を実施するに当たり、カラオケを使用し、かつ、使用料徴収の対象となるすべての店舗との間に使用許諾契約を締結して同等の水準で使用料を徴収するとの立場であったが、使用者団体と協議した結果、@離島については本土と隔絶した地域にあって、日常生活に社会的経済的不利益がもたらされていること、A沖縄については、先の太平洋戦争において国内唯一の戦場となったうえ、戦後半世紀以上もの間アメリカの占領下に置かれ、昭和47年の本土復帰後20年以上が経過する今日においてもなお不利な立場にあること、B北海道(但し市部を除く郡部のみ)地区においては、石炭、林業、農業、漁業、鉄鋼業等をはじめとする基幹産業が低迷し広域的かつ長期的な不況状態が続き、さらに年間の半分以上が降雪期にあることから、他の地域と比較して地域社会が正常に機能し難いことなど、それぞれの地域の実際上の理由に配慮することにした。つまり、原告は、本州の地域と比較して地理的、気候的、歴史的要因その他の特殊事情を抱える、右の各地域の使用者に対して、いわば社会政策的観点から使用料の割引を行っているのである。右の特殊事情を抱える各地域の使用者に対して然るべき配慮を加えることが、むしろ社会正義にかなうものであって、原告がこれらの地域に特段の理由がないのに無条件で使用料の割引を行い、不公平な取扱をしている旨の被告Y1及び同Y2の主張は理由がない。 同被告らは、原告が環衛組合の加盟店に対し無条件で使用料の割引をしている旨主張するが、前述したとおり、原告は環衛組合の加盟店に対し諸々の条件を付したうえで使用料の割引をしているのであるから、同被告らの主張は、事実を表面的に捉らえたものにすぎず、事態の本質に対する認識を欠いている。また、原告は、環衛組合に対してはあくまでも原告の管理著作物の使用許諾契約申込書の取りまとめの事務を委託しているにとどまり、これは原告の著作権仲介業務を法的に規制する仲介業務法に何ら抵触するものではない。原告の各支部では、都道府県の環衛組合から提出された使用許諾契約の申込書の音楽使用状況等の記載内容を確認審査し、記載内容に疑義がない場合に限り、許諾条件を明確に定めた許諾書と共に契約店であることを示す許諾証(ステッカー)を申込人に対し交付することにより初めて原告との間に使用許諾契約が成立するのである(甲24〔著作物使用料規程(抜粋)社交場における演奏等ビデオグラムの上映〕の1頁、著作物の利用に関する契約約款1条)。万一申込書の記載内容に疑義があれば、原告は、申込人に対し連絡をとって確認し、場合によっては申込人の店舗に出向いて調査確認している。これは、申込人が環衛組合に加盟しているか否かを問わず、原告の各支部において日常的に行っている基本的業務である。したがって、原告は、同被告ら主張のように環衛組合に対し使用許諾契約の締結権限や店舗の調査決定権限を授与しているわけではなく、環衛組合から提出された申込書類に異議を述べられないなどということはあり得ない。 同被告らは、原告が環衛組合に加盟していない、いわるアウトサイダー店に対してのみ、訴訟や告訴等の法的措置を講じている旨主張する。しかしながら、現在全国のカラオケ使用店舗の数は約38万店にも達し、そのうち客席面積が5坪を超える使用許諾契約の対象店舗だけでもその数は12万6000店あり、更にその中で環衛組合加盟店の割合は約40%を占め、そのおよそ90%が原告と使用許諾契約を締結しており、逆に言えば、原告の管理著作物の無断使用を継続している店の殆どは環衛組合に加盟していないアウトサイダー店である。したがって、原告が著作権侵害に対し法的措置を講じなければならない対象店舗の殆どは、必然的にそれらのアウトサイダー店に偏らざるを得ず、その点を無視した同被告らの主張は失当である。 同被告らは、カラオケの包括使用料と有線放送等の使用料との間に格差がある旨主張する。しかしながら、仲介業務法3条は、著作権仲介業務を行う者に著作物使用料規程を定めて文化庁長官の認可を受けることを義務づけており、また、同法施行規則4条は、著作物使用料規程においては著作物の使用料率を著作物の種類及びその利用方法の異なる毎にこれを定めて表にして作成すべき旨規定している。原告の著作物使用料規程は、右各法令や規則の該当条文に基づき適正な手続を経て作成されたものである。同被告らは、有線放送の使用料率とカラオケ伴奏による歌唱の使用料率が均衡を失し、それぞれの著作物の使用者間に不公平をもたらしているかのように主張するが、前記したように原告の著作物使用料規程が関係法令や規則に基づき著作物の利用態様を勘案し、使用者団体等の意見も聴取して作成されたことに照らし、同被告らの主張は理由がない。また、同被告らは、有線放送がカラオケ伴奏による客の歌唱に比べ、より大量に原告の管理著作物を使用していることからすれば、カラオケ伴奏による客の歌唱の使用料が高額にすぎる旨主張する。しかしながら、有線放送は、旧法下で自由利用が許されていた適法録音物の再生を二次的に利用して行われる音楽著作物の利用形態であり、これに対する原告の権利行使は昭和46年施行の現行著作権法23条1項において有線放送権が初めて支分権として創設されて以降実施されている。これに対し、社交場における生演奏に対する権利行使は旧著作権法1条2項に根拠を有するものであり、戦後間もない昭和23年頃から原告による演奏権の管理が開始されて今日に至っている。以上のとおり、有線放送のみならず、ラジオ、テレビ等の放送使用料と社交場における演奏等の使用料とでは、法律上の権利保護の沿革、原告のこれまでの管理の実績等の諸点で明らかに異なり、著作権法上の支分権として分野の異なる利用態様の使用料を単純に比較することはできない。 同被告らは、昭和62年4月1日の新規程の施行前は、カラオケの使用は無料で許されており、それは仮に他人の権利を侵害することがあっても、違法ではないと認識されていたから、原告の同被告らに対する右規程施行前に遡及する損害賠償請求は他店と比べて不公平かつ不合理で許されない旨主張する。しかしながら、新規程の施行前においてカラオケの使用が無料で許されていたとの同被告らの事実認識自体が誤っており、また、包括使用料の規定を新設した新規程の施行により初めて原告のカラオケ使用料の徴収権が認められ、それ以前のカラオケ使用が違法でないとするのは、他人の著作物の無許諾利用を禁止している著作権法の存在を無視した同被告ら独自の見解にすぎず、理由がない。スナック等におけるカラオケ伴奏による客の歌唱が著作権法上原告の演奏権の侵害に該当することは、既に昭和59年7月5日の福岡高裁判決によって明らかにされていたのであるから、仮に自店のカラオケ使用について著作権侵害の認識がなかったとしても、同被告らを含むカラオケスナック店の経営者は過失による不法行為責任を免れない。原告は、昭和61年10月頃、本件店舗におけるカラオケの使用について、同被告らに対し本件装置を使用するには原告との間に使用許諾契約を締結する必要があること及びその場合の使用料について説明するとともに、使用許諾契約の締結を求める「飲食店経営者の皆さまへ」と題する案内状等を郵送し、その後も数回にわたって督促したが、同被告らは契約締結に応ぜず(甲77の弁4号証、甲26の1〜3、27、28)、著作権侵害行為を継続した。その間、昭和62年8月及び11月の2回にわたり原告の大阪支部職員が被告Y2と面接し、同被告らに対し、原告と使用許諾契約を締結しないまま本件装置を用いて客や従業員に歌唱させる行為が原告の著作権の侵害行為に該当することを重ねて説明し、同時に使用許諾契約の締結方を再々督促したが、同被告らは、カラオケで使用するレーザーディスクについてはソフトメーカーが製造時に原告から許可を得ており、原告がカラオケスナック店から使用料を再度徴収するのは二重取りになるなどと主張して原告職員の説得を全く聞き入れず、契約の締結を拒否し、さらに著作権侵害行為を継続した。したがって、同被告らは、その時点以降昭和63年7月16日までの間の著作権侵害行為について故意による不法行為責任を免れない。 本件店舗の全営業期間にわたる著作権侵害の事実は、昭和58年9月の開店直後から昭和61年5月16日までの間は株式会社大音と被告Y1との間に、昭和61年5月17日から昭和63年7月16日までの間は被告会社と被告Y1及び同Y2との間に、それぞれ業務用カラオケ装置のリース関係が存続していたこと(甲94の1、95)、そして、現実に右各社から当該カラオケ装置と同時にこれに使用するカラオケソフトが継続的に提供され、それらが本件店舗に備え付けられていた事実から容易に推定することができる。右各装置を利用したカラオケ伴奏による客及びホステス等の従業員の歌唱は、同被告らの経営するカラオケスナック店の営業の性格上必要不可欠な要素であり、同被告らの本件著作権侵害行為は同形反復継続型の侵害行為である。したがって、原告の調査員による2回の実態調査の調査報告書(甲21、22)を基本として、それらの結果を過去に遡及し、本件店舗における1日平均使用曲数を40曲と推定することには十分に合理的な理由があり、何ら不当なものとはいえない。また、原告の調査依頼に基づいて社団法人輿論科学協会(甲103の2)が同種のカラオケ使用店を対象として調査した結果を分析した「カラオケ店における1時間当たり平均歌唱回数についての分析」と題する報告書(甲103の1)によれば、調査対象店舗の1営業日4時間当たりの平均歌唱回数は、昭和63年1月から同年6月までの間において、48回ないし49回と推定されている。そして、この数値は平均的カラオケ使用店の通常のカラオケ歌唱の状況を測る合理的基準といえるものであり、しかも、原告の実態調査の結果である昭和63年1月14日の本件店舗における使用曲数50曲とほぼ合致し、右報告書は原告の調査結果の数値に客観性を付与するものといえる。そこで、原告は、これらの一般的資料の内容をも併せ勘案して、本件店舗の1日平均使用曲数を40曲相当と見積もったもので、それにより同被告らの本件著作権侵害行為の全体像を把握することには十分な合理性があり、この点に関する同被告らの主張は理由がない。 同被告らは、本件店舗におけるカラオケ使用の実態調査に際し、原告の調査員が自らも歌唱し、作為的に本件装置を使用させたとして、原告の調査資料の取得方法を論難する。しかしながら、一般に、本件店舗のようなカラオケスナック店の経営者は、カラオケ装置を設置して、カラオケテープやレーザーディスク等のカラオケソフトを常備し、カラオケ装置を操作し、客に歌唱を勧めて好みの楽曲の曲目を選曲させ、右カラオケソフトの再生による演奏又は上映を伴奏として客に歌唱させる方法により、カラオケスナック店としての店の雰囲気を盛り上げ、そのような雰囲気を好む客の来集を図ることを営業方針としている。そして、このような同被告らによる著作権侵害行為の具体的状況を知り得るのは、同被告ら自身を別にすれば、店の従業員と利用客のみであるから、原告としては、調査員に客を装って当該調査対象店舗に潜伏させ、飲食代を支払い営業時間中職務として在店させ、そこで使用曲目及び曲数等を調査させる以外には当該店舗の音楽著作物の使用状況を明らかにする有効かつ適切な方法は全くない。したがって、原告が行う実態調査は、隠密裡に無断使用曲数を捕捉調査するためには必要不可欠な手段であり、最小限度必要な範囲で調査員がホステス等の従業員らの勧誘に応じて歌う場合もあるのであって、当該調査員が右曲数等の調査の手段として行う歌唱は、当該店舗における通常の1日の営業時間中に歌唱される楽曲の平均使用曲数の認定にさほど影響を与えるものではなく、単に日常的に反復継続される侵害行為の曲数を再現するものでしかない。仮に、そこで調査員が従業員らの勧誘を全く拒否したり、逆に他の客の歌唱の申し入れを全て妨げるほどに、殊更通常の当該店舗の客のカラオケ利用のリズムないしペースを狂わせるような調子で歌唱したとすれば、それは直ちに店側に不自然な行動として感づかれ、原告の意図する同被告らの日常的な無断使用曲数の捕捉調査を不能にしてしまうことになろう。したがって、原告の調査は、作為的にカラオケを利用させる意図を持つものではなく、調査員の歌唱分も使用曲目数から除外して計算すべきものではない。そして、調査員の歌唱は、他の一般客の歌唱と同様に著作権法38条による自由利用の範囲内の行為であり、同被告らは営業上店の雰囲気作りのために調査員にも歌唱させて、原告の管理著作物を利用しているのであるから、同被告らに著作権像害の責任が生ずることはいうまでもない。以上のとおり、原告の右実態調査は、管理著作物の無断使用による損害額を推計するための適法な資料収集方法であるから、そこで得た数値を基礎に有効な推計モデルとなる平均使用曲数を認定すべきである。 同被告らは、原告の被告Y1に対する昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの間のオーディオカラオケの伴奏による客の歌唱の演奏権侵害行為について、C証人の伝聞証言だけでその損害額を認定するのは証拠が不十分であり不合理である旨主張する。しかし、本件訴訟において、被告Y1の本人尋問の実施に終始反対したのは同被告ら自身であり、その結果、原告はやむなく右本人尋問に代えて同証人の尋問を求め、更に追加の証拠資料も提出したのであるから、これらの証拠資料により右損害額を認定することは可能であり、同被告らの主張は理由がない。 なお、同被告らは、本件店舗を閉店した年月日が昭和63年7月8日である旨主張するが、正しくは同月16日である。 (四)仮定的損害論の主張に対する反論 (1)被告Y1及び同Y2は、昭和46年4月1日に変更認可を受けた原告の著作物使用料規程(旧規程、甲7)は、当該対象店舗の定員及び平均入場料を使用料算定の要素としているが、本件店舗の入場料につき1万円を基準とする根拠や客である素人の歌唱をプロの歌手のそれと比較して2割減ずる根拠はいずれも不明であり、同規程とは別に定められた著作物使用料規程取扱細則(社交場)(甲8)は原告の内部規程にすぎず、本件における損害額の算定に際し、これらの規程及び細則に拘束される理由はない旨主張する。しかし、原告の著作物使用料規程は、仲介業務法に基づき、文化庁長官の認可を受けて規定されたものであり、右規程に定める1曲1回の使用料をもって原告が著作権を行使するにつき通常受けるべき金銭の額に相当する損害賠償額(著作権法114条2項)として算定することが正当であることは、従来の判例によっても認められている。すなわち、@生演奏の使用料につき、名古屋高裁昭和35年4月27日決定、大阪高裁昭和44年3月14日決定、大阪高裁昭和45年4月30日決定、福岡高裁昭和57年1月27日判決、広島地裁福山支部昭和61年8月27日判決〈「判例速報」第12号掲載〉、東京地裁昭和62年10月26日判決〈「判例速報」第32号掲載〉等の裁判例が、Aカラオケ歌唱の使用料につき、福岡高裁昭和59年7月5日判決〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉、高松地裁平成3年1月29日判決〈「判例速報」第80号掲載〉、福井地裁平成4年5月1日判決〈「判例速報」第110号掲載〉等の裁判例があり、それらの裁判例はいずれも著作物使用料規程の「社交場における演奏」の1曲1回の使用料の規定を適用し、かつ、昭和35年以来その算出方法の取扱要領を定めた著作物使用料規程取扱細則(社交場)(甲8)と共にその合理性を認めたうえで、これらの著作物使用料規程及び取扱細則に従って算出した使用料相当損害金額の算定を相当として認めている。そして、本件における原告の損害額算定に関する主張もこれらの算定方法と何ら異なるものではない。すなわち、本件店舗の場合、旧著作物使用料規程(甲7)を適用すると、同規程の「社交場における演奏」の使用料率と著作物使用料規程取扱細則(社交場)(甲8)に従い、定員は客席数100席未満、平均入場料2000円以上2500円未満の場合の各区分に該当するので、1曲1回5分未満の演奏使用料は80円となる。また、改正著作物使用料規程(新規程、甲24)を適用すると、新規程の「社交場における演奏等」のうち業種別に設定された「別表15の1」の料金表の座席数は40席まで、標準単位料金は5000円を超え10000円までの場合に該当し、1曲1回5分までの演奏使用料は110円となる。旧規程における平均入場料を新規程において標準単位料金に変更した理由は、社交場における営業をその多様性に対応して営業目的別に14種に分けて料金表を作成し、これを従来の平均入場料を座標軸としていた「演奏会形式による演奏」の使用料率表から切り離して独立させ、「社交場における演奏等」の使用料として定めたことによるものである。平均入場料と標準単位料金(甲24の6頁参照)は、元来使用料を決定し算出する収入比例原則に従い営業収入を把握するために観念される同趣旨の概念である。さらに、カラオケ使用料の算定は、素人の客の歌唱に演奏権が及ぶ事情を考慮して、これに適用する旧規程及び新規程のそれぞれの生演奏使用料の額に一定の割合による減額をした上、その使用料を算定するものである。2割の減額率の根拠は、客の歌唱は、曲目の選択、ムードを盛り上げるタイミング、歌唱力の巧拙等の点で、店側の営業に寄与する貢献度がプロの歌手よりも劣ることが主な理由であり、前記福岡高裁判決以来この2割減額控除が判例として定着しており、最近でも、高松地裁平成3年1月29日判決(甲69)〈「判例速報」第80号掲載〉や福井地裁平成4年5月1日判決(甲86)〈「判例速報」第110号掲載〉等も同じ減額率で使用料相当損害金を算定している。 (2)同被告らは、原告の原則的な使用料徴収権限の根拠は、各店舗との間において締結される包括使用許諾契約以外には存在し得ないから(甲25〔昭和62年4月1日施行「著作物使用料規程取扱細則(社交場)」〕4条1項)、本件において著作権者が通常受けるべき金銭の額に相当する額(使用料相当損害金)は包括使用許諾契約を締結した場合に当該店舗の経営者が支払うべき使用料額と同額となるべきであり、これを旧規程の1曲1回の使用料を基礎に算出した原告の請求は不当である旨主張する。しかし、新規程は、社交場における演奏について、包括使用許諾契約を結ばない場合は、1曲1回の使用料による旨規定しており、「別表15の1」の料金表でその使用料を定めている(甲24の28頁)。なお、新設の包括使用料(月額)と1曲1回の曲別使用料との適用区分において包括使用料を原則とする旨前記取扱細則(甲25)4条1項に定めているが、それはあくまでも任意に年間の包括使用許諾契約を締結する営業者に対してのみ適用されるべき規定であって、本件において原告がこの包括使用料額を基準に損害額を算定しないのは、本件では、同被告らは右契約の締結を一貫して拒否しており、右包括使用料の規定を適用するための前提条件を欠いているからである。 (3)同被告らは、本件において昭和62年11月17日及び昭和63年1月14日の2回にわたる実態調査の結果の際の使用曲数のみをもって昭和60年7月まで遡及して本件店舗における使用曲数を推定するのは経験則に反する旨主張する。しかし、前記したとおり、1日40曲の平均使用曲数の認定には十分合理性があり、同被告らの主張は理由がない。 (4)同被告らは、原告が昭和62年4月1日以前の時点においてはカラオケスナック店におけるカラオケ管理は実施しておらず、その使用料は当時全国一律に無料とされていた、同日から使用料を徴収する旨の案内文書が同被告らに送付されているが、そのことは、反面で、右期日以前の分についてはカラオケ使用料を徴収しない旨の原告の意思表示があったものといえる旨主張する。しかし、本来、カラオケスナック店も、同日以前からカラオケ伴奏による演奏(歌唱)を行なうためには、原告の許諾を得なければならなかったのであり、現に原告は昭和55年以来その趣旨を関係業界に知らしめるべく広報活動をしているのであって、音楽著作権の分野のように新たな媒体や機器を用いた利用が急速に普及する事業分野の場合、当然のことながら、原告がそれらに対し全面的な管理を達成するまでには相当な時間的ずれ(タイムラグ)が生じることになる。しかし、そのこととは無関係に無許諾のカラオケ伴奏による演奏(歌唱)は本来的に違法であり、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ一斉管理の開始以前においても著作権法上それが自由利用(無償使用)として許されていたわけではないから、無料の取扱が認められていたとする同被告らの主張は根拠を全く欠いている。原告が同被告らに送付した使用料徴収に関する各案内文書(甲77の弁4号証、甲26、27)は、単に同被告らに対しカラオケの合法的利用を促す使用許諾契約締結のための申込の誘引にすぎず、過去の使用料又は損害金の放棄ないし免除を通告する趣旨を包含する文書ではない。 (5)同被告らは、原告の著作物使用料規程上カラオケ使用料の根拠となる徴収規定が存在するとしても、原告は、昭和62年4月1日以前の段階では、これを現実に執行ないし実行して使用料を徴収することはなかったのであるから、原告の使用料徴収額は失効している旨主張する。しかし、原告は、現に前記福岡高裁判決の事案においてもカラオケ伴奏による客の歌唱に関して店の経営者に対し損害賠償請求権を行使しており、原告の有する不法行為による損害賠償請求権は時効による以外には消滅することはない。 (6)同被告らは、原告が本訴請求のうち被告会社に対する昭和62年3月31日以前の使用料相当損害金の請求部分に関する訴えを取り下げたことを捉らえ、同被告らに対する当該請求部分の訴えも取り下げられるべきであり、仮に取り下げられないとすれば、それを棄却すべき旨主張する。しかし、訴えの一部取下げは、請求原因事実の存否自体とは無関係な事柄であることはいうまでもないから、同被告らの主張は理由がない。 (7)同被告らは、昭和62年4月1日以後、本件店舗と同種のカラオケスナック店で包括使用許諾契約以外の使用許諾契約を締結した実例は存在しない旨主張する。しかし、原告は、これまでにもカラオケの無許諾使用者に対し、過去の使用分については1曲1回の使用料に基づいて算出した金額の支払を求めており、契約締結以降の使用については包括使用許諾契約によって処理している(甲25の4条2項参照)。 (8)同被告らは、本件において仮に同被告らに損害賠償責任があるとしても、著作権侵害行為と相当因果関係のある損害は、算定期間の始期を調査期日とし、算定基準については包括使用許諾契約の場合に適用される使用料を基準として算定すべき旨主張する。しかしながら、前記したとおり、同被告らは、昭和58年9月の本件店舗の開店当時から継続的に同形反復型の著作権侵害行為を繰り返していたのであるから、原告の損害賠償請求権は、それが時効により消滅していない限り、侵害事実の調査発見日以前から株式会社大音及び被告会社がカラオケ機器等を本件店舗に提供していた事実等から合理的に推定し得る継続的侵害行為及び期間に対して損害賠償請求権を行使できることは言うまでもない。同被告らは、原告から新規程の包括使用料に基づく年間包括使用許諾契約締結の申し入れを受けたにもかかわらず、徹頭徹尾これを拒否し、故意に著作権侵害行為を継続していたのであるから、原告が同被告らに対し、1日40曲の平均使用曲数と1曲1回の使用料を基本として算定した損害額を基礎に、損害賠償請求権を行使するについて、これを妨げる事由は何ら存しないものというべきである。 (9)同被告らは、原告が全国的規模でカラオケの使用店から著作物使用料を徴収していない状況のもとでは、原告には損害が発生し得ず、或いは原告には得べかりし利益が存在しない旨主張するが、右主張は失当である。すなわち、原告の管理する音楽著作物が無許諾で使用されれば、そのことだけで当然に著作権侵害行為に当たり、右侵害行為により原告に損害が発生することは多言を要せず、原告の右損害の有無及びその数額は、過去において原告がそれに対し権利行使をしたか否か及びその範囲・実績等の事情によって影響を受けるものではない。 【被告Y1及び同Y2の主張】 仮に被告Y1及び同Y2に原告主張の著作権(演奏権・上映権)侵害行為があり、同被告らが不法行為に基づく損害賠償責任を負担するとしても、原告の著作物使用料規程は公序良俗に違反し無効であるから、本件において損害額の算定基準とはなり得ない。その詳細は次のとおりである。 (一)原告による音楽著作物に関する包括的使用許諾契約方式の採用 (1)原告による右方式採用の意図 原告は、昭和50年代後半のカラオケスナック店の普及状況を目の当たりにして、それまで原則としてカラオケスナック店からは使用料を徴収せずに無料扱いにしていたのを改め、新たに使用料を徴収せんとして種々の方法論を模索する中で、所管行政庁である文化庁の意向も受けて、従来の個別使用許諾契約方式による使用料徴収方式に限界のあることを悟り、徴収の容易性と便宜性とを狙って、昭和61年8月13日に文化庁長官の認可を得て、昭和62年4月1日から包括的使用許諾契約方式を原則的に採用した。この包括的使用許諾契約方式は、従前の生演奏中心の時代の1曲1回を基本とする使用料算定方式ではなく、各店舗の客席面積を基準として一律に使用料を算定する方式であり、そもそも音楽著作物の基本概念から逸脱しているのみならず、巷に多数散在するカラオケスナック店からの使用料徴収の便宜のみを主眼とし、原告自身の収入拡大と利益追及に偏った不公平な契約方式である。 (2)従前の演奏会契約方式との不均衡 原告は、従前から著作物使用料規程(甲7の4頁4「社交場における演奏」)に演奏会方式による使用料計算式を定めており、これによりカラオケスナック店から使用料を徴収することが可能であった旨主張する。しかしながら、この著作物使用料規程が認可された昭和46年4月1日当時、未だカラオケスナックという営業種目自体が世の中には存在せず、また、カラオケも飲食店で使用されてはいなかったのである。したがって、原告主張の旧規程はカラオケ又はスナック店を対象としたものではなく、1曲1回を基本に入場料を徴収して行う上演や演奏会形態を主たる対象とし、これに加えてキャバレー、ナイトクラブ、ダンスホールなどにおいて楽器を使用する演奏又はプロの歌手による歌唱演奏(生演奏)を想定した規程であったのであり、カラオケスナック店はその射程距離に入ってはいなかったのである。因みに、本件店舗(客席面積約19坪)を例に使用料額を計算すると、昭和46年4月1日から昭和62年3月31日までの間は、従前の演奏会方式により計算すると1か月3万2000円となり、昭和62年4月1日以降は、包括的使用許諾契約方式の場合1か月7800円、従前の演奏会方式の場合1か月4万4000円となり、その差は歴然としている。何故にこのような大差を生じる方式による使用料の徴収が許されるのであろうか。このことは、はからずも、音楽著作権の価格には原告の恣意的基準によるそれはあっても、客観的なそれは存在し得ないことを露呈したものといえる。このような非合理な料金設定(新規程)が文化庁長官によって認可された理由は同被告らには理解できない。 (3)著作権の価格は原告の自由裁量で決定される。 原告は、著作物使用料規程は、使用料の最高額を定めたもので、その範囲内で具体的に何割引にするかは原告の専権に属する旨主張する。しかし、それでは著作物使用料規程は契約約款としての公平性を有しないことになり、そのような契約約款は音楽著作物の利用者に対し契約締結の強制力を有しないものというべきである。また、そのような恣意的運用を可とする著作物使用料規程に強制力を認めることは、原告が我が国における唯一の音楽著作物の著作権に関する仲介団体であり、かつ使用許諾権者であること、さらに原告があくまでも私的団体であることを併せ考えると、不公平な結果を招来することが明らかである。更に、原告が音楽著作物のユーザーの利益代表として選定した環衛組合は、全国のカラオケスナック店に限ってみると、その組織率は僅か10〜15%程度にすぎず、ユーザーの利益を正当に代表し、その意思を正確に反映する使用者団体とはいえず、したがって、その意見を参考にして認可された原告の著作物使用料規程(新規程)は、ユーザーの合理的意思を推定して作成された契約約款とはいえず、合理的根拠を欠いている。なお、著作物使用料規程取扱細則(甲8、25)は、原告の単なる内部規定であり、文化庁長官の認可を受けたものではない。 (4)新規程が認可された理由 新規程は、認可申請日からごく短期間のうちに認可されたものであり(認可申請日昭和61年6月2日、審議会開催日同年8月4日、答申日同月7日、認可日同月13日)、文化庁の審査手続そのものにも疑問点が多い。したがって、そのような杜撰な方法で制定された新規程に著作権侵害による損害賠償請求訴訟における損害額の算定基準としての一般的基準性を認めることはできない。 (二)客席面積5坪以下のカラオケスナック店のカラオケ使用料を無料としたことの不公平性 新規程は、客席面積5坪以下のカラオケスナック店のカラオケ使用料支払義務を免除し無料扱いとしているが、その趣旨は不明であるとともに、公平性を欠いている。すなわち、カラオケ歌唱に要する時間は通常約4分程度であり、カラオケスナック店における営業収益全体に占めるカラオケの寄与度は、客席面積が広くても狭くても大同小異であり、また、客席面積が10坪以上の広い店の場合、従業員の女性(ホステス)を多数雇用する必要があり、その結果、営業面ではカラオケに頼るよりも、従業員の接客サービスが店の営業収入の基本となるから、それにつれて人件費も高くつくことになる。これに対し、客席面積5坪以下の店の場合、女性従業員の数も少なくて済み人件費も安いため、いきおいカラオケに頼る営業に傾きやすく、営業利益全体に占めるカラオケの寄与度は相対的に高いものとなる。また、この客席面積5坪による線引きについては環衛組合の強硬な申し入れに対し、原告が文化庁の認可を得る必要上、カラオケスナック店の営業実態を正確に調査することもなく安易に受け入れたという経緯があり、そこに何らの合理的根拠も見い出し難い。更に、カラオケスナック店は、客席面積が10坪未満の店が圧倒的に多いのであるが、それらの店における経費を差し引いた純利益は10坪の店も5坪の店も似たりよったりであって、客席面積5坪以下の店のカラオケ使用料を無料とすることを許せば、業界全体に、「一方で使用料を支払わない人がいるのだから、自分も支払わなくてよい。」という風潮を生むのは必定であり、かかる観点からすれば、原告の著作物使用料規程は公序良俗に違反し、民法90条により無効である。 (三)新規程に内在する実施困難性 (1)全国のカラオケスナック店の実数把握の困難性 客席面積10坪前後のカラオケスナック店は改廃が非常に激しく、大阪府下だけでも1か月に300ないし400店の改廃があるといわれ、この3年間だけで全店舗数の約6割が改廃しているというのが実状である。このように改廃の激しいカラオケスナック店を対象に著作物使用料規程による使用料の徴収を実施しているにもかかわらず、原告からは、自らが把握している全国のカラオケスナック店の店舗軒数、そのうち客席面積5坪以下の店舗軒数、環衛組合加盟店舗の割合、使用許諾契約の成約件数等の具体的数字が全く公表されてはいない。このことは、原告が実際にそれらの数字を把握していないか、それとも極めて恣意的に著作物使用料規程を運用しているかの、いずれかであると解釈されても致し方がないであろう。 (2)環衛組合員と非組合員の差別的取り扱い 環衛組合が組織する料理店や飲食店はクラブ、キャバレー等、従前から店舗内で生演奏をし、かつ、ホステスを配した大規模店舗が多く、小さなカラオケスナック店などは大半が同組合には加盟しておらず、民主商工会に所属している組合も多い。本件店舗のようなカラオケスナック店で環衛組合に所属している店は少なく、大阪府下でみれば、同組合の組織率は1割にも満たないのが実状である。また、原告は、環衛組合員以外の非組合員の店に対しては著作物使用料規程をそのまま適用しているが、環衛組合の組合員の店に対しては一律に使用料を30%割引し、かつ、保証金の支払義務も免除している。更に、原告は、環衛組合に対し、契約出来高の5%を手数料として支払うだけでなく、使用許諾契約の締結権限も与え、当該店舗の客席面積が5坪超か否かを確定する権限も排他的に授与している。そして、これらのことは、環衛組合加盟店の客席面積把握の正確性に疑念を生じさせ、ひいては各店舗間に使用料負担についての不公平感を生む原因となっている。また、原告と環衛組合との間の基本協定及び業務協定は、新規程の施行日前である昭和61年11月頃までの間に既に締結されており、そのような状況のもとで、原告が昭和62年4月1日の新規程施行日以降、包括的使用許諾契約の締結をカラオケスナック店の経営者らに勧誘したとしても、同人らが原告の勧誘に素直に従うはずもなく、ましてや、それまでカラオケスナック店における使用料は事実上無料扱いにされていたのであるから、原告が、カラオケスナック店の経営者らに対し、ある日突然これを有料であると説明し、或いは包括的使用許諾契約の締結方を要請したとしても、右経営者らは、原告がその一方で環衛組合員に対してのみ偏頗な取り扱いをしていることを知っているのであるから、契約締結に応じない者が大半となるのは当然のことであり、仮に応じた者がいるとしても、半信半疑ながら原告の権力的強制に不本意ながら従っているというにすぎない。 (3)客席面積5坪での線引の問題点 客席面積5坪超の店の経営者は、全員がこの線引の合理性に疑問を抱いていると思われるが、原告は、かような疑問について十分説得的な解答を持ち合せてはいない。 (四)著作物使用料規程運用上の不公平性 (1)差別化した不公平な使用料徴収 原告は、使用料をいずれも無条件で、離島及び北海道については10%割引し、沖縄県については20%割引するとともに、環衛組合加盟のカラオケスナック店に対しては30%の割引をしている。 (2)原告は、環衛組合に対し、使用料徴収に関し、客席面積5坪以下の店の届出権と客席面積5坪超の店の使用許諾契約の締結権限を与え、かつ、当該店舗の客席面積が5坪超か否かの判断(使用料が有料か無料かの判断)についても調査決定の権限を与え、原告はその決定に対し異議を述べられない仕組になっており、さらには、環衛組合と原告との間の業務協定によると、原告は、環衛組合以外の団体に使用許諾契約の締結権限を委任できないことになっている。そして、これらのことは、原告が適切なパートナーを取り違えたため、結局は成約率が伸びず、著作物使用料規程が不公平に運用される大きな原因ともなっている。 (3)原告による偏頗な法的手段の行使 原告は、昭和62年4月1日のカラオケ管理開始以降、環衛組合加盟のカラオケスナック店に対しては訴訟、仮処分、告訴等の法的手段は行使せず、非組合員(全国のカラオケスナック店の約90%を占めている。)に対してのみ右法的手段に訴えている。これは、原告と環衛組合加盟〈「加盟」は不要?〉との間の業務協定に基づく同組合からの突き上げによるものであり、原告は、マスコミを利用した一般的効果を狙い、見せしめとして、これらの法的手段によって使用許諾契約の締結促進を図っているのである。これは、原告の公益社団法人としての性格上許されない偏頗な権利行使態様というべきである。 (4)有線放送の使用料との比較 カラオケスナック店の包括的使用許諾契約方式による著作物使用料と有線放送のそれとを比較すると、1曲当たりの価格には大差がある。すなわち、有線放送会社の年間の著作物使用料は純利益の約1%程度に当たるが、有線放送はマルチチャンネルで24時間数十本の放送をしているのであるから、その総放送曲数たるやカラオケスナック店の比ではない。したがって、1曲当たりの価格に引き直してみても、カラオケスナック店の支払っている使用料の方が、有線放送の支払っている使用料の何十倍もの価格になるはずである。しかし、カラオケは単なる歌唱のための伴奏であり、レーザーカラオケについては原告に上映権があるとはいっても、原告は映画本体(バックの風景、人物等)については著作権を有せず、歌詞には独立した著作権を認めるべきものではなく、また、メロディーは演奏の再生にすぎないのであるから、そこにおいて上映権として保護さるべき法的利益は誠に僅少なものであり、例えばカラオケスナック店の妥当な年間使用料を金額的に表示すれば、それはせいぜい1200円ないし1500円程度のものであって、更にカラオケでは客の歌唱が主体である以上、原告がその主張にかかる高額の使用料を徴収する合理的な基盤は存在しないものというべきである。 (五)本件の具体的事情 (1)原告との交渉経過 被告Y2は、昭和62年8月下旬頃、開店間際の忙しい時間帯に本件店舗を来訪した原告の職員に対し、ディスク盤に貼っているレーベルの原告のマークを示して、「このディスクは原告が使用を許可したものであって、同被告から使用料を再度徴収することは二重払いにならないか。客席面積が5坪以下の店の使用料を無料にした理由について納得がいかないので、説明してほしい。納得できたら支払う。」などと言って説明を求めたが、原告の職員は、最初から意図的に同被告を怒らせる態度を示すのみで十分な説明をしなかった。さらに、その後、同年11月に原告の職員が再び本件店舗を来訪した際も、夕方6時頃の忙しい時間帯であり、十分な説明もしないで、原告の職員は、「裁判する。」との捨て台詞を残したまま立ち去っている。 (2)原告の調査資料の不当性 原告は、本件店舗の調査を、@昭和62年11月17日、A昭和63年1月12日、B同月14日、C同年6月29日の4回実施したと主張している。そして、@の使用曲数は39曲、Bの使用曲数は50曲であったとして、それらを根拠に本件店舗における1日の平均使用曲数を40曲と推定し、これを全侵害期間にわたる損害計算の基礎としている。しかし、右のいずれの調査日においても原告の調査員が全使用曲数のうち10曲以上を歌っており、特にBの調査期日には16曲も歌っているのであるから、これは余りにも粗雑な推定方法というべきであり、本件店舗ではカラオケが1曲も歌われない日があったという現実を無視している。しかも、Cの調査期日の分はすべて原告の調査員が歌った分である。したがって、被告Y1及び同Y2としてはこのような原告の無謀な損害計算には憤りすら覚えるのである。原告は、客の多い日だけをことさら狙って本件店舗を調査し、しかも実際には他の期日にも調査をしておきながら、そのうちから自らに最も都合のよい調査結果の出た日の調査結果のみを本訴で提出援用しているものと推測される。更に、原告の調査員は、調査当日も作為的に本件店舗の従業員に本件装置を使用させるように持ちかけており、如何に調査のためとはいえ、本来音楽著作物を管理すべき立場の原告の職員が自らも率先して歌い、その場の雰囲気を盛り上げた行為は、単に使用料相当損害金の賠償請求権の放棄に当たるのみならず、刑事上の囮操作にも匹敵する不法な行為である。のみならず、2回の調査結果だけで過去に遡及して全期間の損害額を算定するというのはいかにも不公平であるとの感を拭えない。 (3)原告主張の推定の不当性 カラオケスナック店の客足は毎日一様ではなく、天候、曜日、給料日の前後か否か、休日の多少などの諸要因によってもそれはまちまちであり、景気にも大きく左右されることは言うまでもない。したがって、本件店舗の過去の来客数や売上に関する資料もなしに、原告の調査結果のみをそのまま遡及させて損害額を推定するのは誠に不合理である。また、原告は、昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの間、本件店舗が被告Y1とAの共同経営であったことを前提として損害賠償請求をしているのであるが、当時の本件店舗の営業実態については何も知らず、然るべき調査すらしていない。しかし、昭和59年、60年当時はカラオケも動画(VHDレーザー等)が主流で、オーディオカラオケは既に下火の傾向にあり、歌唱する客も少なく、集客効果も乏しかったので、被告Y1とAは店を閉め、借金の肩代わりを被告Y2に依頼したというのが実状である。 (4)他店の取扱との不公平性 被告Y1及び同Y2の入居していたビルの契約状況についてみると、入居店数合計35店のうち、原告が届出を受け、或いは使用許諾契約を締結している店の総数は12店であり、更にそのうち使用料を実際に支払っているのは僅か3店にすぎず、大半は契約を締結していないか、客席面積が実際には5坪超であっても、原告に対しては5坪以下の届出をして使用料を支払ってはいない。同ビルは、現在では転廃業する店が多く、被告Y2も既に本件店舗を閉店し、昭和63年7月8日に本件装置を被告会社に返還している。 (六)被告Y1及び同Y2に損害賠償責任があると仮定した場合の損害論 (1)原告の著作物使用料規程は契約約款であり(大阪高裁昭和45年4月30日判決)、同規程の取扱細則は単なる原告の内部規程にすぎない。同規程(昭和46年4月1日変更認可の旧規程)は、元々生演奏や演奏会形式を予定した規程であったため、原告は、別途取扱細則を定め原告内部の意思統一を図ったのであるが、その中でスナックには入場料なるものは存在しないにもかかわらず、ボトルキープ代及びテーブルチャージ代などから入場料を算定し、演奏会場ではない飲食店の入場料を定めており、そのこと自体に無理があるというべきであるから、本件店舗の入場料を原告主張のように1万円と算定する合理的理由はない。また、素人の客の歌唱をプロの歌手の歌唱と比較して2割減としているが、その根拠は全く不明であり、原告の独断というしかない。したがって、本件において被告Y1及び同Y2の賠償すべき使用料相当損害金の算定に際して、これら著作物使用料規程及び同取扱細則の内容に拘束されるべきではなく、独自の損害判断がされるべきである。 (2)相当因果関係のある損害 著作権法は、損害額の認定について特別規定を設けている。加害者の利益を損害額と推定する規定(同法114条1項)、著作者が通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己の受けた損害の額として請求できるとする規定(同条2項)及び同項を超える損害の賠償に関する規定(同条3項)がこれであり、原告もそれらの規定に基づいて、本件における著作物使用料相当額を自己の受けた損害額として請求しているものと考えられる。しかしながら、本件では、仮に原告の著作物使用料規程の内容を参酌する立場に立つとしても、本件に当てはまる原告の原則的な使用料徴収規定は、新規程の包括使用許諾契約方式による場合のそれしか存在しないのであるから、これを基準に使用料相当損害金を算定すべきである。 また、不法行為においても民法416条は類推適用されるが、本件では以下の特別事情があることが十分考慮されねばならない。 (イ)原告は、本件店舗の調査結果のうち、昭和62年11月17日及び昭和63年1月14日の2回の調査結果による曲数をもって、昭和60年7月まで遡及させて損害額を推定しているが、そのような損害額算定の手法は経験則に反する。 (ロ)被告Y2が本件店舗の経営者になったのは昭和61年4月であり、レーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を設置したのは同年5月17日である。 (ハ)原告は、昭和62年4月1日以前にはカラオケスナック店におけるカラオケ管理を実施しておらず、全国一律に無料であった。原告からは、同日以降の使用料徴収に関する文書が本件店舗宛て及び被告Y2宛てに送付されている。これは同日以前の使用料は徴収しない旨の原告の意思表示にほかならない。 (ニ)昭和62年4月1日以前に、本件店舗と同様のカラオケスナック店において、原告との間に使用許諾契約を締結した店は存在せず、原告の著作物使用料規程上もカラオケスナック店の使用料徴収について定めた規定は存在しなかった。仮に同日前に右規程上カラオケスナック店の使用料徴収について定めた規定が存在していたとしても、原告はこれを現実に実施せず、だからこそ同日包括的使用許諾契約方式に依拠した新規程について文化庁長官の認可を受けて、その時点以降カラオケ管理及びカラオケ使用料の徴収を開始したのである。したがって、同日以前の原告の使用料徴収権は失効したものというべきである。 (ホ)原告は、被告会社に対する請求のうち、昭和62年4月1日以前の損害賠償請求部分の訴えを取下げた。これは、原告が同日以前には被告会社の不法行為が成立し得ないことを自認したものにほかならない。したがって、本来被告Y1及び同Y2に対する右部分の訴えも取下げられるべきであり、原告がこれを取下げないときはその部分については請求が棄却されるべきである。 (ヘ)本件店舗と同種のスナック店において、昭和62年4月1日以後原告との間に包括的使用許諾契約方式以外の許諾契約を締結した店は1軒も存在しない。 (ト)よって、仮に被告Y1及び同Y2に損害賠償責任があるとしても、同被告らの行為と相当因果関係のある損害は、単に原告の著作物使用料規程によって定めるべきではなく、右に述べた諸事情を考慮し具体的に考察すべきであり、少なくとも期間については調査日以後、額については包括的使用許諾契約方式による使用料相当額をもって原告の被った損害として算定すべきである。 第4 争点に対する判断 一 争点1(被告Y1及び同Y2の損害賠償責任の有無) (判断) 前記第2の一2及び同二に認定のとおり、本件店舗において、@昭和58年9月19日の開店から昭和61年5月16日までの間は被告Y1(Aと共同経営)が株式会社大音からリースを受けたオーディオカラオケ装置を、A同月17日から昭和63年7月16日までの間は被告Y1及び同Y2が被告会社からリースを受けたレーザーディスクカラオケ装置である本件装置をそれぞれ設置し、原告が著作権者から著作権ないしはその支分権たる演奏権等の信託的譲渡を受けて管理する管理著作物が録音されたカラオケソフトである、多数のカラオケテープ又はカラオケレーザーディスクを備え置き、原告の許諾を得ないで、日曜祭日を除いた毎営業日(月平均25日)の午後7時頃から翌日午前0時30分頃までの営業時間中、ホステス等従業員において客に飲食を提供するかたわら、右オーディオカラオケ装置又はレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)を操作し、客に曲目の索引リストとマイクを渡して歌唱を勧め、客の選択した曲目のカラオソフトの再生による演奏(レーザーディスクカラオケ装置〔本件装置〕については、伴奏音楽と同時に、録画した映画の上映とともに画面に歌詞の文字表示が映し出される。)を伴奏として他の客の面前で歌唱させ、また、しばしばホステス等従業員にも客とともにあるいは単独で歌唱させ、もって店の雰囲気作りをし、客の来集を図って利益をあげていた。 そこで、以上の事実関係のもとにおいて、まず、被告Y1の昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの間の、映像の連続再生を伴わない、いわゆるオーディオカラオケ装置の無許諾での利用行為に関する損害賠償責任の有無について考えるに、ホステス等が歌唱する場合はもちろん、客が歌唱する場合を含めて、演奏(歌唱)という形態による当該音楽著作物の利用主体は経営者である被告Y1であり、かつ、その演奏(歌唱)は営利を目的として公にされたものであるというべきである。客やホステス等の歌唱が公衆たる他の客に直接聞かせることを目的とするものであること(著作権法22条参照)は明らかであり、客のみが歌唱する場合でも、客は、同被告と無関係に歌唱しているわけではなく、同被告の従業員による歌唱の勧誘、同被告の備え置いたカラオケテープの範囲内での選曲、同被告の設置したカラオケ装置の従業員による操作を通じて、同被告の管理のもとに歌唱しているものと解され、他方、同被告は、客の歌唱をも店の営業政策の一環として取り入れ、これを利用していわゆるカラオケスナックとしての雰囲気を醸成し、かかる雰囲気を好む客の来集を図って営業上の利益を増大させることを意図していたというべきであって、前記のような客による歌唱も、著作権法上の規律の観点からは同被告による歌唱と同視しうるものであるからである。したがって、同被告が、原告の許諾を得ないで、ホステス等従業員や客にカラオケ伴奏により原告の管理にかかる音楽著作物たる楽曲を歌唱させることは、当該音楽著作物についての著作権の一支分権たる演奏権を侵害するものというべきであり、当該演奏の主体として原告の演奏権を侵害するものというべきである。カラオケテープの製作に当たり、著作権者に対して使用料が支払われているとしても、それは、音楽著作物の複製(録音)の許諾のための使用料であり、それゆえ、カラオケテープの再生自体は、適法に録音された音楽著作物の演奏の再生として自由になしうるからといって(著作権法附則14条、著作権法施行令附則3条参照)、右カラオケテープの再生とは別の音楽の利用形態であるカラオケ伴奏による客等の歌唱についてまで、本来歌唱に対して付随的役割を有するにすぎないカラオケ伴奏とともにするという理由のみによって、著作権者の許諾なく自由になしうるものと解することはできない(昭和63年3月15日最高裁第3小法廷判決民集42巻3号199頁参照)。〈〔判例速報」第39号掲載〉 次に、前記事実関係のもとにおいて、被告Y1及び同Y2の昭和61年5月17日から昭和63年7月16日までの間の映像の連続再生を伴うレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)の無許諾での利用行為に関する損害賠償責任の有無について考えるに、同装置で使用されるレーザーディスクはその中に原告の管理する音楽著作物(管理著作物)の歌詞の文字表示及び伴奏音楽とともに連続した映像を収録したものであり、映画の効果に類似する視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固定されている著作物であるから、著作権法上は、映画の著作物に該当する(2条3項)。そして、本件装置により右レーザーディスクを再生するとき、モニターテレビ画面には収録された連続した映像と音楽著作物の歌詞の文字表示が映し出され、スピーカーからは収録された管理著作物の伴奏音楽が流れ出るのであるから、これが映画の著作物の上映に該当することは明らかである。したがって、モニターテレビに管理著作物の歌詞の文字表示が映し出されることはその管理著作物の上映に該当するし、スピーカーから流れ出る管理著作物の伴奏音楽も、著作権法2条1項19号が、「上映」について「著作物を映写幕その他の物に映写することをいい、これに伴って映画の著作物において固定されている音を再生することを含むものとする。」と定義し、同法26条2項が、「著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を公に上映し、又は当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。」と規定しているから、映画の著作物の上映に該当するため、附則14条にいう「適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生」に該当せず、同条の特例措置は適用されないことになる。また、著作権法38条1項は非営利かつ無料の著作物の上映、演奏などを原則自由としているが、スナックなどの社交場等における利用は、営利目的のものと認められるから、これらの規定の適用もない。したがって、同被告らが本件店舗において本件装置により管理著作物を収録したレーザーディスクを再生しこれに合わせてホステス等従業員や客に歌唱させるときは、それは、管理著作物の上映(歌詞の文字表示と伴奏音楽部分)と演奏(歌唱部分)に当たり、これらの行為をすることは、原告の管理著作権の上映権及び演奏権の侵害となるといわざるを得ない。また、前掲最高裁判決の理由説示と同一の理由で、右レーザーディスクの製作に当たり原告に対し使用料が支払われているとしても、それは原告の管理著作物をレーザーディスクに収録することの許諾のための使用料であり、レーザーディスクに収録された管理著作物を営利を目的として公に再生することの許諾までを含むものではないと認められるから、営利を目的として公にされる上映についてまで、著作権者の許諾なく自由になしうるものと解することはできない。同被告らが、原告の許諾を得ないで、本件店舗において、ホステス等従業員や客にレーザーディスク装置(本件装置)を使用して管理著作物を収録したレーザーディスクカラオケを再生し、そのカラオケ伴奏により管理著作物たる楽曲を歌唱させることは、原告の管理著作物についての著作権の一支分権たる演奏権を侵害すると同時に、その一支分権たる上映権をも侵害するものというべきであり、同被告らは当該演奏及び上映の主体として右演奏権及び上映権侵害に対する損害賠償責任を負担するものというべきである。 福岡高等裁判所民事第2部が同裁判所昭和57年(ネ)第595号、同58年(ネ)第329号音楽著作権侵害差止等請求控訴事件について、昭和59年7月5日、スナック店内において原告の許諾を得ずに原告の管理著作物を収録したオーディオカラオケの伴奏で客が管理著作物の楽曲を歌唱する行為が原告の管理著作権の演奏権の侵害を構成し、その演奏の主体は店の経営者であり原告に対し損害賠償責任があると判示し、スナック店の経営者に対し損害賠償金の支払を命じる判決〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉を言渡し、右判決は後記二5認定のとおり当時各新聞マスコミ等により大々的に報道されたから、同被告らはスナック経営という職業環境に照して、原告の許諾を得ることなくオーディオカラオケ装置又はレーザーディスクカラオケ装置(本件装置)による管理著作物のカラオケ伴奏により客に歌唱させる行為が、原告の管理著作物に対する侵害にあたることを知っていたか、仮に知っていなかったとしても、知らなかったことについて過失があったと認めざるを得ない(なお、同被告らは、遅くとも昭和61年10月頃以降原告から音楽著作権侵害に関する警告を口頭及び書面により受けていたが、全くこれを無視し侵害行為を継続していた〔甲26の1〜3、27、28、証人B〕)。 したがって、被告Y1は昭和60年7月9日以降の、被告Y2は昭和61年5月17日以降の前記各著作権侵害行為について、不法行為による損害賠償責任に基づき、右各著作権侵害行為により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。 二 争点2(被告会社の損害賠償責任の有無) (事実関係) 原告のカラオケ管理の沿革及びそれに対する被告会社を含むカラオケリース業者の対応並びに両者の交渉過程は、ほぼ次のとおりと認められる。 1 従来、キャバレー、スナック、バー、クラブ等の社交場において、それらの店の経営者と契約をした楽団やピアニスト等のプロの演奏家が著作権者の許諾を得ないで音楽著作物の生演奏をした場合、当該音楽著作物の著作権者の専有する演奏権の侵害となることについては、右経営者らの間でもいわば当然の常識とされており、その場合、当該店舗の経営者を演奏の主体と認めることについても格別異論はみられなかった。また、それらの店では、店と契約をしたプロの歌手やホステス等の従業員が楽団やピアニスト等の生演奏を伴奏にして歌唱することもあったが、一般に、それらは生演奏と一体のものとして評価され、独自に演奏権を侵害するものとして問題視されることはなかったし、時にそうした生演奏を伴奏に店の客が歌唱することがあっても、生演奏により既に演奏権侵害が成立している以上、それが独立して演奏権侵害になるかどうかという問題も特に改めて意識して取り上げられることはなかった。(弁論の全趣旨) 2 ところが、昭和47年頃、近畿地方(神戸市内と言われる。)のスナックで、プロの歌手用の伴奏用テープ(歌唱部分が「{カラ}の伴奏の{オ}ー{ケ}ストラのみ」を省略した言葉として、歌謡界では既に「カラオケ」という言葉が用いられていた。)を使って客に歌唱させる店が出現したのを皮切りに、同種の営業形態を採用する店が全国的に増加し、昭和51年には業務用のカラオケ装置も売り出され、周知のように、従来の楽団やピアニスト等による生演奏の代りに、こうしたカラオケ装置を設置して、カラオケ伴奏により客に歌唱させる店が急増し、カラオケ装置は社交飲食店業界を中心に急速に普及した。また、装置の種類も、当初は、テープ方式が主であったが、最近では、コンパクト・ディスクや映像の連続再生も同時に行うビデオ・ディスク方式が急速に普及している。昭和58年3月にカラオケ装置の製造販売業者クラリオン株式会社が発行した「昭和57年度カラオケ白書」(甲35)によれば、同年度において、業務用カラオケ装置の普及率は80%以上に達し、その設置方法はリースが中心であるとされている。そして、このようなカラオケの広範な普及に伴い、次第にカラオケと演奏権侵害の問題がクローズアップされるようになってきた。(甲35、弁論の全趣旨) 3 原告は、昭和54年8月、大阪市内の「キャバレー・ユニバース」の経営者を被告として提起していた音楽著作権侵害訴訟において、右経営者との間に、相手方が楽団演奏の他にカラオケ伴奏による歌唱についても使用料の支払義務があることを認める内容の和解条項を含む裁判上の和解を成立させたのを機に、カラオケ伴奏による歌唱についても使用料の徴収体制を整備するため、昭和55年以降、原告の業務案内用リーフレット(甲5、6、105の1・2)に、新たに「カラオケやカラオケビデオの伴奏による歌唱の場合も正規に許諾を受けて音楽をご使用ください」という記載を付加し、また、主として社交飲食店業者及び旅館業者を中心としてこれを配付して、音楽使用者一般に対するカラオケ伴奏による歌唱についても著作権思想の普及とその成熟を目指した広報活動に努めた。しかし、@昭和45年の著作権法の改正により、適法録音物の再生にも演奏権が及ぶことになったものの(2条7項)、政策的配慮により、当分の間の暫定措置として、著作権法附則14条(昭和61年法律第64号による改正前のもの)は、適法に録音された音楽の著作物の演奏の再生については、放送又は有線放送に該当するもの及び営利を目的として音楽の著作物を使用する事業で政令で定めるものにおいて行われるものを除き、旧著作権法30条1項8号及び2項並びに同項にかかる旧39条の規定はなおその効力を有すると規定して、旧法下の制度を維持することとされたこと、A当時の原告の著作物使用料規程(旧規程)は生演奏を想定して作られた規定であり、カラオケ伴奏による歌唱(法律上は演奏に該当)についての固有の規定もなく、また、使用料の計算方法が複雑で利用者にとって理解しにくいものとなっていたことなども手伝って、生演奏の場合に比べ、関係業者の間に、カラオケ伴奏による歌唱の場合の著作権使用料の支払義務の存在、或いはその場合における原告との使用許諾契約締結の必要性等について、必ずしも十分な理解や納得が得られず、実務的に原告内部でも未だ統一的なカラオケの管理体制が整備されたとはいえない状況にあった。また、その時点では、一部で特に客のカラオケ伴奏による歌唱行為について店に使用料の支払責任があるかどうかなどの法的問題が提起されてはいたが、法学界におけるこの問題を巡る議論も不活発で、これを論じた論文等の文献も皆無に近い状態であり、原告とその所管行政庁である文化庁との間においても、カラオケ伴奏による客等の歌唱について、演奏の主体を誰と認めるかの点に関する見解も対立したままの状態であった。(甲5、6、33、34、105の1・2、証人B、弁論の全趣旨) 4 以上のような状況のもとで、原告は、昭和58年5月、福岡高裁判決の対象となった、いわゆる「ミニクラブ水晶、クラブキャッツアイ事件」について附帯控訴して請求を拡張し、管理著作物が収録されたカラオケ伴奏による客やホステスの歌唱が音楽著作権の侵害を構成することを理由に、その差止と侵害による損害金の支払請求を追加し、翌6月には、カラオケ伴奏による客の歌唱を行っている社交飲食店についても、「カラオケ装置を利用して歌唱する場合の著作権管理業務の実施基準(社交場)」(甲32の2)を定め、これを社交飲食業者及び旅館業者等の各種音楽著作物の使用者団体に配付し、加盟店舗への指導等に当たるように協力を要請するとともに、バー、キャバレー、スナックなどの社交場における演奏使用料を全面改正することを主たる目的とし、その一環としてカラオケ伴奏による歌唱についても演奏権が及ぶことを明示し、その歌唱使用料について固有の規定を設けるための著作物使用料規程の改正作業に着手し、その頃から業界団体との協議に入った。右業界団体の中には、主なカラオケソフトメーカーが加盟する社団法人日本レコード協会や社団法人日本ビデオ協会も含まれており、カラオケソフトメーカーであり、カラオケリース業者も兼ねる第一興商も社団法人日本ビデオ協会に加盟している。(甲32の2、63、110、丙10、証人B、弁論の全趣旨) 5 スナック等の店においてカラオケ伴奏で客に歌唱させるとき、店の経営者が歌唱の主体であり、営利を目的として公に行なっていると認められるとして、店の経営者に著作権(演奏権)侵害による不法行為責任を肯定した、いわゆる「ミニクラブ水晶、クラブキャッツアイ事件」に関する昭和59年7月5日の福岡高裁の控訴審判決(判例時報1122号153頁、判例タイムズ528号308頁〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉、同事件の上告審判決が前掲最高裁判決である。以下この項においては「福岡高裁判決」という。)は、直ちに「カラオケにも著作権 協会勝訴『客の歌、営利目的』」「カラオケは生演奏と同じ“スナックは権料払え”」「カラオケの店 著作権料払え」「カラオケも著作権料 福岡高裁が支払い命令」等の見出しで朝日、毎日、サンケイ等の各新聞紙上で全国的に報道され(甲37の1〜5)、当時、社会的にも広く一般国民の耳目を集めたのみならず、その後、右司法判断が単に社交飲食店業界のみならずカラオケリース業界を含め関係業界にもたらした波及効果は誠に大きなものがあったのであり、その一例を挙げると、同月15日発行のカラオケ関係の専門雑誌である「月刊カラオケファン」(カラオケスナック店の経営者やカラオケリース業者も購読者層に入り、カラオケ装置の宣伝広告等も多数掲載されている。)7月号(甲67の1・2)には、「スナックでのカラオケ演奏歌唱行為は、著作権法上違反・・日本音楽著作権協会(ジャスラック)では、このような見解から、今後カラオケスナックにも法の網をかぶせようとしている。時期についてはまだ未定との事であるが、将来的には、そのような時代を迎える可能性が強い。音楽著作権とは如何なるものなのか集中取材を試みた。」とのタイトルを掲げた音楽著作権法の特集記事が組まれており、その中で福岡高裁判決も紹介されている。また、同年8月15日発行の同誌8月号(甲57の1〜3)には、「追跡レポート・『カラオケ著作権判決』のその後を関係者に聞く」という表題の記事が掲載されており、その中で、カラオケリース業界の最大手企業第一興商の代表取締役Dは、同誌記者のインタビューに答え、「判決そのものについては、十分予想されていたことで、それほど不満はない。自社としては、協会に何かお手伝いできる事があればむしろ積極的に協力しても良いと考えている。……」と発言している(甲57の2、10頁3段)。また、右事中には、「〔判決への疑問〕」と題して、「……先にD氏が指摘した様に、全国のカラオケ設置店の約半数はリース契約店である。リースの場合は、その商品の所有権者は、リース業者にあることは言うまでもなく、利益の大部分は業者が享受しており、{音楽の商業利用者}は、店よりもむしろリース業者にあると言わざるを得ない。店がカラオケを通じ、営業効果を上げているというのであれば、業者もカラオケを通じて営業効果を出していると考えられるからである。……」とする同誌記者のコメント記事(同11頁2段)が掲載されている。また、同誌昭和61年5月号(甲68の1・2)には、「カラオケ店必須知識『カラオケ著作権Q&A』」と題する記事が掲載されており、その中で原告がカラオケ著作権一般について同誌編集部の質問に対し回答している。(甲37の1〜5、57の1〜3、67の1・2、68の1・2、証人B、弁論の全趣旨) 6 福岡高裁判決〈「判例速報」第39号参考資料A掲載〉については、理論構成の相違はともあれ、法学界でもスナック等の店においてカラオケ伴奏で客に歌唱させるとき、店の経営者について著作権(演奏権)侵害が成立するとする、その結論自体に対しては全く異論がみられず(阿部浩二・ジュリスト821号70頁、半田正夫・別冊ジュリスト91号〔著作権判例百選〕28頁、斉藤博・法学教室51号88頁、松尾和子・ジュリスト927号99頁等)、そして、それまで捗々しい進展をみせなかった原告と関係使用者団体との協議も、この福岡高裁判決を契機に急遽進捗し合意に至った(甲63添付の「著作物使用料規程一部変更理由書」10頁〜11頁「(10)関係使用者団体との協議」)。その結果、原告は、右合意を基礎に、昭和61年6月2日、文化庁長官に対し、カラオケ伴奏による歌唱の使用料に関する明文規定の制定等を主眼とする、旧規程の一部変更の認可申請(甲63)をし、その変更要領に関する仲介業務法3条2項の規定による公告が同年7月1日発行の官報(甲64)に掲載された。福岡高裁判決は、著作権審議会の右旧規程の一部変更の認可申請の審議にも大きな影響を与え(当時の著作権審議会の会長であったF氏も、「時の法令」昭和63年7月15日号〔甲111の2〕に掲載された判例紹介記事「スナックなどでのカラオケ歌唱は客の行うものも著作権の対象になる」の中で、「一昨年、文化庁が音楽著作権協会側からの前掲使用料規程の改正申請について、著作権審議会の議を経た上で認可を与えることにしたのも、この福岡高裁判決が出たことが大きな理由になったものとされている。」と述べている。)、同判決については未だ上告中であったにもかかわらず、ごく短時日のうちに同年8月13日新規程が文化庁長官によって認可され、昭和62年4月1日から施行されることになった。(甲63〜65、111の2、証人B、弁論の全趣旨) 7 原告は、新規程認可の前後に跨がる昭和61年6月10日、同年7月9日、同年8月31日の合計3回にわたり、カラオケ使用料の徴収について、第一興商と協議を重ね、原告I常務、J業務局次長等の役職員が、第一興商の本社を訪問し、D社長らと面談するなどして、新規程の趣旨及びその概要を説明し、今後のリース業務において、リース先店舗に対する著作権使用許諾契約手続に関する説明指導等に協力されたい旨要請した。しかし、@リース業者の立場を使用料支払義務者として位置づけるか否か、A使用料について、カラオケ装置1台毎の一律同額の料金とするか、それとも店の規模毎に料金格差を設ける面積比例料金とするか、Bリース契約上の売上金の配分比率等に絡んで使用料額が一定しなくなることへの概念、Cカラオケリース業界の寡占化を原告自身が促進する虞などの点についての見解の対立に妥協点を見出せず、結局協議は決裂し、原告は、全国飲食業環境衛生同業組合連合会及びその傘下にあたる各都道府県の環境衛生同業組合との間の基本協定書及び業務協定書に調印し協力関係を結ぶに至った。(証人B、弁論の全趣旨) 8 原告は、新規程の施行が確定した、昭和61年10月、全国の社交飲食店等約26万全店に対し、直接に、原告のカラオケ全面管理の実行開始を伝え、使用許諾契約の締結を求める、「飲食店経営者の皆さまへ」と題する案内文書(甲26の1)を一斉に送付した。また、原告は、同年11月から昭和62年2月にかけて近畿地方の各地(35箇所、全国では約700箇所)で度々カラオケ管理説明会(甲49参照)を開催した。(甲26の1、49、証人B、弁論の全趣旨) 9 Cら原告の大阪支部の担当職員は、前記社交飲食店に対する案内文書の送付に際し、昭和61年10月頃、日頃からリース先のカラオケスナック店と接触し、使用許諾契約についての相談を受ける機会も多い同支部の管轄区域内の大手カラオケリース業者を訪問して、原告とカラオケスナック店との間の著作物使用許諾契約の締結について協力を要請せよとの原告本部の命令に基づく上司の指示を受け、その頃、カラオケスナック店に対する前記案内文書及びカラオケ管理説明会の開催予定表等の書類を持参して十数社の大手カラオケリース業者を訪問し、原告のカラオケ管理への協力を要請した。その結果、同支部管内のカラオケリース業者のうち、株式会社ミニジューク大阪や株式会社日光堂など相当数の業者は、原告の職員の説明を真摯に聞き協力も約束した。しかし、Cは、右リース業者訪問の一環として、昭和61年10月20日、被告会社に赴き代表者Gと面接し同旨の説明をしたのであるが、Gは原告側の要請を拒絶した。(甲93の1〜3、100の1、119の1・2、証人C) 10 その後、昭和63年1月18日、広島地裁福山支部において、原告と第一興商の得意先のカラオケリース業者である有限会社トキワエンタープライゼスとの間における仮処分申請事件について、同社が原告の管理著作物の無断使用による損害金の損害義務を認める内容の裁判上の和解が成立したが(甲15の1項)、右和解条項中には、「債務者有限会社トキワエンタープライゼスは、今後飲食店等との間にカラオケ装置についてリース契約を締結したときは、リース契約条項として債権者との間に著作権使用許諾契約を締結する義務ある旨明記し、且つ、その手続きをとるよう指導監督する。」との条項もあった(同7項)。そして、この和解条項7項のリース契約書の著作権使用手続の説明指導条項は、右和解成立後第一興商本社がそのリース業務に使用する標準リース契約書中の契約条項として採用された(甲72の21条(特約))。すなわち、右標準リース契約書21条(特約)@には、「乙(借主、裁判所注記)は、この本物件を営業目的の為使用する場合、社団法人日本音楽著作権協会との間で著作物使用許諾契約を結ぶよう留意することとします。」と記載されている。更に、この説明指導条項は、その後同旨の記載が全部各地の第一興商の子会社、関連会社、ディーラーの使用するリース契約書(甲102の1〜47)はもとよりのこと、それ以外の大手リース業者であるミニジュークジャパン、タイカン、クラリオン等のリース契約書にも採用され現在に至っている。(甲15、72、100の1、102の1〜47、120の1・2、証人B、弁論の全趣旨) 11 昭和63年3月15日、福岡高裁の結論を全面的に支持する前掲最高裁第3小法廷判決〈「判例速報」第39号掲載〉が言渡され、同判決は、朝日、読売、毎日、サンケイ、日経等の全国紙(甲80の1〜5)でも大々的に報道された。右最高裁判決についても、福岡高裁判決の場合と同様に、理論構成の相違はともあれ、法学界でもスナック等の店においてカラオケ伴奏で客に歌唱させるとき、店の経営者に著作権(演奏権)侵害が成立するとする、その結論自体に対して異を唱える学説はない。(甲80の1〜5、弁論の全趣旨) 12 被告会社は昭和63年5月11日付で、被告Y2との間に本件装置についてリース契約書(丙3)を取り交わして再度契約を締結したが、右契約書によれば、売上折半方式が月極め定額方式(月額6万円)になり、モニターテレビが増設されて3台から4台になった。 昭和63年8月15日発行の月刊カラオケファン同年9月号(甲89)には、本件訴訟に関して、「カラオケ著作権問題、業者も巻き込み裁判へ発展!『“共同責任”撤回を求め徹底的に闘う!』」と題する、被告会社代表取締役Y3の対談記事が掲載された。 被告会社は、昭和63年9月6日、リース先の大津市内のスナック店の経営者に対し、「カラオケ著作権料心得」と題する文書(甲71の1)及び旭川民主商工会作成の「不況においうちかけるカラオケ著作料〈「著作料」は「著作権料」の誤?〉の契約押し付けは反対」と題するチラシをファックス送信した。右「カラオケ著作権料心得」と題する文書には、「@事前連絡もなく店に来た時は、『急に来ても困る、営業中なので、帰ってほしい』と断わりましょう。A身分証明書、もしくは名刺で、名前を確認しておきましょう。B『契約しなさい』と言われたら、なぜ契約しなければならないのか良く聞き、なっとくしない時は『音楽著作権協会の言っている事は、なっとくできないので考えておく』と言って帰ってもらいましょう。C『罰則もある、裁判になる』等の言動は、おどかしであり、協会本部でも、『そういう言動は、していないはず。していたら報告して下さい。あらためさせます。』と言明しています。『そういう態度では、契約など、とてもできない』とハッキリ答えましょう。D『5坪以下の店は、当分無料なので、届出してください』と言われた〜届出は『有料になった時はお金を払います』という事を認めたことになります。E印かんは命、押す時は、ひと晩考えてからにしましょう。」と記載されており、また、右チラシには、「最高裁判決の例は、もともと生演奏で争っていたものが、途中からこのお店が一部カラオケにきりかえたため、カラオケ歌唱でも争うことになった特殊なもの。著作権協会がこうした個別事例の判断を一般に広げるのは問題です。」などと記載されていた。(甲71の1・2、100の1) (判 断) 以上認定の諸事実を総合して考えれば、カラオケリース業界では、福岡高裁判決が出るまでは、カラオケ伴奏による客の歌唱行為の主体を店の経営者と認めるについて、共通の認識が形成されていたとは必ずしも言い難い状況にあったと認められるけれども、同判決後は、同判決判示の趣旨に副って事態は進展し、右歌唱行為の主体を店の経営者とし、原告の許諾を得ない場合、右経営者に著作権侵害による損害賠償責任が生ずるとの認識が聞係業者の間に急速に浸透し、遅くとも新規程の施行日である昭和62年4月1日の時点においては、スナック等におけるカラオケ伴奏による客の歌唱についても著作物使用料を支払わねばならない義務が生じることは、カラオケリース業者の間でも広く知れわたっていたものと認められる。 また、本件リース契約の内容についてみると、被告会社は本件装置の所有権を留保しているのは勿論、契約条項中には、「2 契約物件の設置定期点検、修理、サービス業務は甲(被告会社)の負担にて行い、乙(借主)はこの物件を善良な管理者の注意をもって保管し、本来の用法に従って使用する。」「3 使用中に故障及び破損が生じた時は乙は直ちに甲に連絡する。」「4 本物件の鍵は甲が保管し、甲乙立会のもとに1ケ月1回以上売上金集計を行い、左記売上金配分に基き精算する。」「8 乙は事由の如何を問わず、本契約物件の設置場所店内に、甲リース本物件以外の同種物件を一切設置出来ないものとする。尚乙が本契約に違反又は、一方的都合により解除する時は基本使用料月額の倍額(但し、定額払いのときは定額金)に契約期間内の残月分を掛けた額を違約金として甲に支払うものとする。」「13 甲は、乙の本物件使用による売上が不振と認めたときは、何時にでも本契約の解除をすることが出来る。」との各規定があり(丙2、3)、これらの規定の内容に照して考えれば、本件契約は、いわゆる変型リースのうちパーセンテージ・リース(賃借料の支払方法として、賃借人がその販売及びサービスの提供によって得た総売上高〔あるいは総収入〕等に対し、あらかじめ約定された一定歩合のリース料を支払う旨定めたリース)と称される部類に属するものであって、その実質は、リース料の算定方法につき特約に付いた賃貸借契約ということができる。したがって、被告会社は利用者である被告Y1及び同Y2による本件装置の稼働について賃貸引渡後も支配力を及ぼしており、本件装置に対する管理制御の実を留保していたのであり、また、本件装置の使用頻度に応じて賃料(リース料)を徴収していたのであるから、被告会社は、本件装置の稼働そのものにより利得していたということができる。 そして、前記認定の新規程の認可に至る経緯、福岡高裁判決の業界内部における反響、及び原告の大阪支部職員から被告会社に対する原告のカラオケ全面管理開始に先立つ事前の協力要請などからみて、被告会社としては、同規程が施行され原告のカラオケ全面管理が開始されたとしても、それだけではリース先の社交飲食店の経営者が直ちに原告との間の使用許諾契約の締結手続にはたやすく応じないであろうこと、したがって、事態をただ漫然と放置すれば、早晩右経営者らと原告との間にリース物件であるカラオケ装置の使用に伴って、原告の管理著作権の侵害に関して紛争を生じる蓋然性が極めて高いことを十分認識していたものと認めざるを得ず、新規程の施行時期が具体的に明らかになった右新規程認可の段階及び原告がカラオケ全面管理実行開始を表現したダイレクトメール送付の段階において、この点についてより切迫した明確な認識をもったはずである。 以上の諸事情を総合考慮すると、被告会社の業務用カラオケ装置のリース行為は、それ自体を切り離して抽象的に見れば原告の管理著作権を侵害するものではないとしても、カラオケ装置により再生されるレーザーディスクに収録されている音楽著作物の大部分は原告の管理著作物であり、原告の許諾を得ずに同装置を使用することが即管理著作権の侵害となるというリース物件たる業務用カラオケ装置の現実の稼働状況を含めて全体として考察すれば、管理著作権侵害発生の危険を創出し、その危険を継続させ、またはその危険の支配・管理に従事する行為であると同時に、それによって被告会社は対価としての利得を得ているのであるから、右行為に伴い、当該危険の防止措置を講じる義務、危険の存在を指示警告する義務を生じさせると解するのが条理に適う見方である。これをより具体的に言えば、著作権侵害行為は、著作権法119条により3年以下の懲役又は100万円以下の罰金という、重い刑事罰を課される違法性の高い行為であり、民事上も同法112条1項に基づき著作権者による停止・予防請求の対象となり、侵害行為を組成した物の撤去義務も法律上明示されている行為である(同条2項)から、多数の業務用カラオケ装置をリースする立場にある被告会社としては、遅くとも新規程の施行時期(昭和62年4月1日)以降の新規契約の締結に際しては、契約書の契約条項に記載するなどの方法により、リース物件のカラオケ装置等を営業目的のために使用する場合、原告との間に著作物使用許諾契約を結ぶよう留意すべき旨をリース先のカラオケスナック店の経営者に対し周知徹底させて契約締結を促すのはもとよりのこと、当時既にリース契約中の者についても、原告との使用許諾契約の締結の有無を調査確認し、未だ許諾契約締結に至っていない場合は、右経営者に対し、速やかに、かつ、円満に原告との間の契約締結交渉に応じるよう指示、指導すべき注意義務があり、もしその指示指導に右経営者が従わないときは、リース物件(カラオケ装置等)を使用して現に犯罪行為(著作権侵害)をしているのであるから、条理上当然にリース契約を解除することができると解されるので、直ちにリース契約を解除してリース物件(カラオケ装置等)を引き上げるべき注意義務があったといわねばならず、その時点では、被告会社はもはや自らの利益追及に汲々としたり、あるいは自らの新規程の合理性等に関する一企業としての見解や疑念に固執することは許されなかったものというべきである。 しかるに、被告会社は、以上の注意義務を怠り、リース先の本件店舗の経営者である被告Y1及び同Y2に対し、以上の指摘の如き措置を何ら講じなかったばかりか、原告職員の事前の協力要請にも真摯に耳を傾けず、むしろ原告によるカラオケ管理の妨害行為の疑いすら招きかねない行為(前記認定事実12)に及んだものであり、その点でカラオケリース業者として用いるべき相当の注意を欠いたものであることは明らかである。これを要するに、被告会社は、被告Y1及び同Y2が原告の管理著作権を侵害するのを幇助し、これに加功したものであり、その幇助・加工〈「工」は「功」の誤?〉について過失があるから、同被告らとともに共同不法行為者たる地位に立つものといわざるを得ない(民法719条2項)。 (被告会社の主張について) 1 被告会社は、@原告の本訴における「被告会社の不作為による不正行為の成立の前提となる作為義務」に関する主張内容は特定が不十分であるから、原告のこの点に関する主張は主張自体失当である、また、A原告は、本訴口頭弁論の終結間近になって被告会社の過失内容に関する主張を突如変更したが、これは民訴法139条1項の時機に後れた攻撃防御方法の提出となる旨主張する。 しかしながら、原告は訴提起時の訴状において既に、「被告エース株式会社は、被告Y1a、同Y2との間に締結したリース契約の約定により、昭和60年4月以来継続して、前記「魅留来」の店内に被告エースの所有にかかるカラオケ装置一式を専属的に設置したうえ、これを稼働させ、同店の客に歌唱させることにより得た売上金を店側と折半して取得し、これにより右カラオケ装置を運営し、営業上の利益をあげている。従って、被告エースは、右店内にカラオケ装置を設置しその運営に協力することにより、被告Y2、同Y1aの前記5記載の著作権侵害行為に加担し、店側と共に、著作権侵害の演奏(歌唱)、上映から生ずる利益を得ているので、被告エースは被告Y1a、同Y2と共同して原告の著作権(演奏権、上映権)を侵害しているものである。」と主張していたのであり、その後の訴訟の推移に照らすとき、被告会社の右主張の如き違法があると認めることは到底できない。なお、前記認定の過失による幇助行為の主張は、本件訴訟を本案とする仮処分申請事件において原告(申請人)が提出した仮処分命令申請書(甲70の3)及び昭和63年5月18日付準備書面(甲70の11)にも記載されているところである。 2 また、被告会社は、原告が被告会社に対する本訴請求の一部(昭和62年4月1日以前の損害賠償請求部分)を減縮したことは、従来原告が主張していた昭和61年5月17日の本件リース契約締結行為及び同日から昭和62年3月31日までの間の本件リース契約の継続行為について、いずれも不法行為が成立しないことを自認するものに他ならない旨主張する。しかし、請求の減縮(訴の一部取下)は被告の同意がその効力発生に必要であるとしても、それ自体は裁判所に対する一方的意思表示を内容とする訴訟行為であり、その理由如何は問わないのであって、私法上の実体関係に直接影響を与えるものではないから、これを本件における不法行為の成否と関連付けて論じる被告会社の主張は独自の見解であり、到底採用できない。 3 また、被告会社は、@昭和62年4月1日に至るまで原告によるカラオケ管理が開始されていなかった状況のもとで、被告Y1及び同Y2が原告との間に著作物使用許諾契約を締結し、原告に対し著作物使用料を支払うという事態は考えられないことであるから、被告会社が同被告らによる著作権侵害の結果発生を防止し得ないことは明らかであり、作為義務発生の前提となる結果回避可能性が存在しないものというべきである、また、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理の開始後も、著作物使用許諾契約を締結するか否かは契約当事者である原告と同被告らのみが決定し得る事柄であり、被告会社は契約当事者である同被告らの意思を左右できる立場にはない、更に、既に適法に締結された本件リース契約上の義務を更に加重するような事項は、本件リース契約の相手方である被告会社は、これを同被告らに求め得る立場にはない、しかも、カラオケリース業界では、中小の無数の業者が参入して乱立する極端な過当競争状態にあり、力関係においてカラオケリース業者の方が社交飲食店に対して著しく劣っており、カラオケリース業者が社交飲食店を説得して原告との間に著作物使用許諾契約を締結させられるような状況にはないし、被告Y1及び同Y2は、いわば確信犯であって、原告の度重なる使用許諾契約締結の督促にも一貫して応じなかったのであるから、被告会社がこれを説得したところで応ずるはずもない、したがって、昭和62年4月1日の原告によるカラオケ管理開始後においても、被告会社が原告主張の著作権侵害の結果発生を防止することができないことは明らかであり、作為義務発生の前提となる結果回避可能性が存在しないというべきである、A被告Y1及び同Y2は、右のとおりいわば確信犯であって、原告の度重なる契約締結の督促にも一貫して応じなかったのであるから、被告会社がこれを説得したところでこれに応ずるはずもなく、原告と同被告らとの間に著作物使用許諾契約が締結されていないことには、同被告らの自由意思による行為が介在しており、本件はいわゆる因果関係の中断が認められるべき場合である、また、同被告らの意思が強固である以上、被告会社以外のカラオケリース業者がリース契約を締結したとしても、同被告らが原告との間に著作物使用許諾契約を締結しなかったであろうことは確実である。したがって、本件において被告会社の行為と原告の損害との間には因果関係がない旨主張する。 しかしながら、被告会社が尽くすべき注意義務、作為義務は前例示のとおりであるから、これと見解を異にする被告会社の主張は採用できない。 4 また、被告会社はピアノをリースした場合を例に引いて原告の本訴主張を論難するが、ピアノの場合は原告の管理著作物を必ず演奏するとは限らないのに対し、本件装置の場合はレーザーディスクに収録されている音楽著作物の大部分が原告の管理著作物であるから、同装置をカラオケ伴奏による客の歌唱に使用することが即原告の管理著作物の上映及び演奏になるという関係にあるから、この点の差異を考慮に容れない被告会社の主張は採用できない。 5 その余の被告会社の主張は、先に説示した当裁判所の判断と相容れない見地に立つか、上来認定した事実に添わない事実に立脚するものであって、到底採用することはできない。 三 争点3(被告らが賠償すべき損害金額) 証拠(甲21〜23、39、40、41の1〜5、証人B)によれば、@昭和26年11月17日午後8時から翌18日午前1時頃までの間、原告の大阪支部長から依頼を受けた調査会社株式会社損害保険リサーチの社員4名が、A昭和63年1月14日午後7時40分から翌15日午前1時頃までの間、同支部長の命を受けた原告の職員2名と同調査会社の社員2名が、それぞれ原告の調査員であることを秘して、客として本件店舗へ赴き、本件店舗における演奏曲目を調査したところ、右各調査期日における原告の管理著作物の使用状況は、別紙調査結果一覧表1及び2に記載のとおりであり、右調査期日における管理著作物の使用曲数は、@昭和62年11月17日の調査期日が合計39曲、A昭和63年1月14日の調査期日が合計50曲であったことが認められ、他方、社団法人輿論科学協会(甲103の2)が同種のカラオケ使用店を対象として調査した結果を分析した「カラオケ店における1時間当たり平均歌唱回数についての分析」と題する調査報告書(甲103の1)によれば、調査対象店舗(全国各地の原告の契約店から200店を無作為抽出)の1営業日午後8時から12時までの4時間当たりの平均歌唱回数は、昭和63年1月から同年6月までの間において、48回ないし49回と推定されていることが認められる。 また、被告Y1は、前記第2の一2(一)に認定のとおり、昭和58年9月19日頃、大阪市中央区において、Aとの共同経営にかかる本件店舗を開店し、これを経営していたところ、昭和61年4月頃からその経営を現在の夫である被告Y2との共同経営に移し営業を継続し、昭和63年7月16日本件店舗を閉店したものであるが、被告Y2本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、本件店舗において使用された音楽の種類、傾向及び演奏時間は、本件店舗の営業期間の全期間を通じ、前記調査がされた昭和62年11月ないし昭和63年1月頃と比べ、特段の変動のないことが認められる。 以上の事実を総合すれば、侵害行為のあった昭和60年7月9日から昭和63年7月16日までの全期間を通じて、本件店舗では少くとも1日40曲の原告の管理著作物たる楽曲が使用(演奏・上映)されていたものと推認することができる(甲93の1の5項)。 この点について、被告Y2本人は、丙第4号証の1ないし5、第5号証の1ないし5、第6号証の1ないし7、第7号証の1ないし4、第8号証の2ないし70(いずれも本件店舗で使用された会計伝票の一部)に基づき、本件店舗における平均使用曲数は40より少数である旨供述する。しかしながら、右供述は的確な裏付を欠くし、甲第83号証及び100号証の1・2に照らすと、右被告挙示の各証拠を斟酌しても前記認定を変更することはできない。 そして、前記侵害期間の原告の著作物使用料規程及び事情参酌による減額措置の取扱いについては前記第2の三1・2において認定したとおりであり、これと証拠(甲93の1、100の1、証人C)を併せ考えると、被告らが前記侵害行為により原告に賠償すべき損害金額は原告の主張(第3の三1)のとおり、別表(3)ないし(5)の記載のとおりと認めるのが相当である。即ち、本件店舗における原告の管理著作物の使用料は、@昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの間のオーディオカラオケ装置の使用分につき別表(3)記載のとおり、A昭和61年5月17日から昭和62年3月31日までの間のビデオカラオケ装置の使用分につき別表(4)記載のとおり、B昭和62年4月1日から昭和63年7月16日までの間のビデオカラオケ装置の使用分につき別表(5)記載のとおりの各金額となるところ、その算定は、仲介業務法3条に基づき文化庁長官により認可された原告の著作物使用料規程に基づくものであるから、右金額をもって管理著作物の使用により原告が通常受けるべき金銭の額に相当する損害額(著作権法114条2項)に当たるものと認めるのが相当である。 (被告Y1及び同Y2の主張について) 1 被告Y1及び同Y2は、原告の定める著作物使用料規程それ自体について、その拘束力の根拠及び内容の合理性を一般的かつ抽象的に問題とし、同規程は、公序良俗に違反し無効であるから、本件において損害額算定の基準とはなり得ない旨主張するが、同被告ら主張の前記各諸点を考慮しても原告の著作物使用料規程が公序良俗に反し無効と認めることはできない。 なお、念のため同被告らの主張に鑑み付言するに、著作物使用料規程の拘束力の根拠及び内容の合理性に関しては次の見解(大阪高裁昭和45年4月30日判決・無体集2巻1号252頁)があり、当裁判所も右見解をもって相当と考える。すなわち、「原告の営む著作権仲介業は、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律に基き主務大臣(昭和43年法律第99号による改正後は文化庁長官、以下同じ)の許可を受けなければ営むことができないものである(同法第2条)ばかりでなく、主務大臣に対する業務報告書及び会計報告書の提出を義務づけられ、主務大臣は業務報告、帳簿書類の提出及び業務執行方法の変更等を必要に応じて仲介業者に命ずることができ、事務所等の臨検検査権を有し、更に事情によっては前記許可の取消や業務執行停止の措置すら採り得る(同法第6ないし第9条)のであって、仲介業者は国の強力な監督下に置かれているのである。そして、同法第3条は、著作物使用料について、仲介業者に著作物使用料規程を定めて主務大臣の認可を受けることを義務づけ、主務大臣は、認可申請のあった規程の要領を公告して利害関係人等に意見具申の機会を与えた後、著作権制度審議会の諮問を経た上でなければ右認可を与えることができないこととしているのであって、右規定の趣旨は、これにより著作物使用料規程の内容が合理的且つ公正であることを保障するとともに、著作物の利用を簡易且つ円滑化し、以て著作物利用者を保護することにあると考えられる。そうだとすれば、かかる慎重な手続を経て認可された著作物使用料規程は、特に不当とするような事情の認められない限り、公正且つ妥当な内容を有するものと推定すべきである。」。そして、本件全証拠によるも著作物使用料規程を特に不当とするような特段の事情は認められない。 2 また、被告Y1及び同Y2は、@原告の調査員は、調査当日も作為的に本件店舗の従業員に本件装置を使用させるように持ちかけており、如何に調査のためとはいえ、本来音楽著作物を管理すべき立場の原告の職員が自らも率先して歌い、その場の雰囲気を盛り上げた行為は、単に使用料相当損害金の賠償請求権の放棄に当たるのみならず、刑事上の囮操作にも匹敵する不法な行為であるとして、原告の調査資料の取得方法の不法性を論難するとともに、Aカラオケスナック店の客足は毎日一様ではなく、天候、曜日、給料日の前後か否か、休日の多少などの諸要因によってもそれはまちまちであり、景気にも大きく左右されることは言うまでもなく、したがって、本件店舗の過去の来客数や売上に関する資料もなしに、原告の調査結果のみをそのまま過去に遡及させて損害額を推定するのは誠に不合理であるとして、右調査資料に基づく推定の不合理性についても主張する。 しかしながら、原告も主張するように、被告Y1及び同Y2による著作権侵害行為の具体的状況を知り得るのは、同被告ら自身を別にすれば、店の従業員と利用客のみであるから、原告としては、調査員に客を装って当該調査対象店舗に潜伏させ、飲食代を支払い営業時間中職務として在店させ、そこで使用曲目及び曲数等を調査させる以外には当該店舗の音楽著作物の使用状況を明らかにする有効かつ適切な方法があるとは俄かに考え難く、本件全証拠によるも、原告の調査員において調査内容を不当に歪める行為があったとは認められないから、右@の主張は採用できない。また、著作権法114条1項が推定規定であるのに対比して、同条2項は法定規定であり、通常の使用料相当額が最低限の損害賠償額として保障されるのであり、著作権者としてはこれを請求する限り、実際にどれだけ損害があるかは問題とされずに、無条件で侵害者は支払義務を負うことになるのであり、前示のとおり、原告の採用した使用曲数の推定結果は社団法人輿論科学協会の調査結果に照して合理性を有するものと認められるから、右のA主張も採用できない。なお、同被告らの侵害曲目数の実数値を現実に把握している者は同被告らの外にはいないが、同被告らがこれを明確に証明することができる証拠を示して明示しない以上推定するほかないのである(なお、同被告らは、原告が昭和60年10月下旬以降同被告らに対し再三にわたり著作権侵害を明確に主張していたのであるから、本件店舗における使用曲目数を明確に記録しておきこれを証拠として提出することができたにもかかわらず、それを提出することなく原告の推定をあれこれ論難するのみである。)。 3 また、被告Y1及び同Y2は、本件において著作物使用料規程を損害額の算定基準とするとしても、同被告らの行為と相当因果関係のある損害額は、その主張にかかる諸事情を考慮し具体的に考察すべきであり、少なくとも期間については調査日以降、額については著作物使用料規程に定められた包括的使用許諾契約の場合の使用料の額をもって原告の被った損害として算定すべきである旨主張する。 しかしながら、包括的使用許諾契約の場合の使用料は、事前に原告の許諾を受けた誠実な利用者のみに対する特別の優遇措置であり、同被告らのような無許諾の侵害者に対して適用されないことは同規程に明定されているところであるし、損害額算定期間の始期を原告による調査日とすべき合理的理由は、本件全証拠によるも全く発見し難いから、同被告らの右主張も採用し難い。 4 その余の被告Y1及び同Y2の主張は、先に説示した当裁判所の判断と相容れない見地に立つか、上来認定した事実に添わない事実に立脚するものであって、到底採用することはできない。 第5 結語 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がある。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 小澤一郎 裁判官 阿多麻子 別表(一)
別表(二)
別表(三) 計算表 (対象期間:昭和60年7月9日から昭和61年5月16日までの分) 算定方式(オーディオカラオケ)
別表(四) 計算表 (対象期間:昭和61年5月17日から昭和62年3月31日までの分) 算定方法(ビデオカラオケ)
別表(五) 計算表 (対象期間:昭和62年4月1日から昭和63年7月16日までの分) 算定方法(ビデオカラオケ)
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