判例全文 | ||
【事件名】「三国志V」差止請求事件(2) 【年月日】平成5年12月7日 東京高裁 平成5年(ラ)第989号 (原審・東京地裁平成5年(ワ)第13071号) 判決 抗告人 株式会社光栄 右代表取締役 X 右代理人弁護士 森本紘章 同 遠藤秀幸 主文 原命令を取り消す。 理由 一 本件抗告の理由は別紙のとおりである。 二 本件記録によれば、@本件訴訟は、コンピュータ用ゲームソフトの製作販売を業とする株式会社である原告(抗告人)が「三国志V」と題するコンピュータ用シミュレーションゲームプログラム(以下「本件著作物」という)を創作したが、これは、原告が中国の古書「三国志演義」より得た思想・感情に基づき、登場人物の能力を知力、武力等六つの要素に分け、その各能力値を一から一〇〇の範囲で数値化し、ユーザーがその範囲で各登場人物の能力値を本件著作物に含まれるデータ登録用プログラム(チェックルーティンプログラム)を用いて設定してゲームをすることができるようにしたものであるところ、被告は、オリジナルキャラクターエディタと称するプログラム(以下「被告プログラム」という。)を製造して記憶媒体に記憶させ、これを書籍に添付して販売しているが、被告プログラムは、本件著作物に含まれる前記データ登録用プログラムに代わる別個のデータ登録用プログラムで、これを用いれば、一〇〇を超える能力値の設定が自由に行えることになり、原告が維持しようとした思想・感情を無意味にするものであり、本件著作物の同一性を侵害するとして、著作権法二〇条の同一性保持権に基づき、被告プログラムを記憶させた記憶媒体の製造、頒布の差止めを請求したものであること、A原審裁判所裁判長は、本件訴訟の訴訟物の価額を四八〇万円(製造、頒布の差止めの対象である被告プログラムの記憶媒体の一年間の製造、販売により被告が得ると認める利益額)と認定し、平成五年九月二七日、手数料として収入印紙二万三、四〇〇円の納付を命ずる補正命令を出し、所定の期間に補正に応じなかったとして本件訴状を却下したものであることを認めることができる。 三 訴えを提起するに要する手数料の額の算出の基礎となる訴訟の目的の価額は、訴えをもって主張する利益によるものとされ(民事訴訟費用等に関する法律四条一項、民事訴訟法二二条一項)、財産権上の請求でない請求(非財産権上の請求)に係る訴えについては、訴訟の目的の価額は九五万円とみなされる(民事訴訟費用等に関する法律四条二項)。ここに、財産権上の請求とは、その請求が認容され、その内容が実現されることにより、原告が直接経済的利益を受けることを目的とするものをいう、と解するのが相当である。 著作権法二〇条の同一性保持権は、著作者人格権といわれるが、そもそも、「著作者人格権」というのは、著作権法が一八条の公表権、一九条の氏名表示権と二〇条の同一性保持権の三権を指称する単なる定義用語にすぎないものであり(同法一七条)、その用語から直ちに、同一性保持権が生命権、名誉権等と同じく講学上いわれる人格権であるとして、それに基づく差止請求権を非財産権上の請求であると結論づけることはできないが、同一性保持権は、著作者がその思想又は感情を創作的に表現した著作物をその意に反して改変を受けない権利であるから、その権利は、名誉権あるいは思想・表現の自由権等に類する人格権であるということができる。 そして、人格権は人格的属性をその対象とし、第三者の侵害からこれを保護することを内容とするものであって、経済的利益を受けることを直接の内容とする権利ではない。したがって、人格権に基づく差止請求によって原告が直接得る利益は、第三者による侵害から人格を保護し得た利益であり、特別の事情の認められない限り、これによって直接経済的利益を受けるということはできない。 これを本件について見ると、原告は本件著作物の同一性保持権に基づいて被告プログラムの記憶媒体の製造、頒布の差止を請求することにより、本件著作物の改変を防いでその同一性を保持し、ユーザーをして原告がその思想・感情に基づき設定した登場人物の能力値の範囲内でゲームをさせるという利益を得るにすぎず、それを超えて直接経済的利益を得るという特別の事情は認められない。もっとも、前記の@によれば、原告の本訴請求が理由ありとされるときは、被告プログラムの記憶媒体の製造、頒布は、本件著作物の同一性保持権を侵害すると同時に原告の有する著作財産権の侵害を生ずる可能性があるといえるが、著作財産権と著作者人格権とは、それぞれ保護法益を異にし、かつ、法的保護の態様を異にするものであって、訴訟物を異にするから、著作財産権をも侵害することを理由に、著作者人格権に基づく本訴差止請求をもって原告が直接経済的利益を得ることを目的とする請求ということはできない。 したがって、同一性保持権に基づく本件差止請求は、財産権上の請求ということを得ず、本件訴えは、非財産上の請求に係るものとして、その目的の価額は九五万円であり(民事訴訟費用等に関する法律四条二項)、その提起の手数料は八、二〇〇円となるものである(同法別表第一・一)。 四 よって、補正命令に係る訴え提起の手数料二万三、四〇〇円の納付のないことを理由に本件訴状を却下した原命令は違法であるから、これを取り消すこととする。 東京高等裁判所 裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市 別紙 抗告の理由 一 抗告人は、著作者人格権に基づき侵害物の製造及び頒布の差止を求める訴えを提起すべく平成五年七月一五日東京地方裁判所に訴状を提出し、その際訴訟物の価額を九五万円と算定し(民訴費四条二項)、八、二〇〇円の印紙を貼した。 これに対し、東京地方裁判所は、同年九月二七日、訴訟物の価格を四八〇万円と認定した上で手数料として収入印紙二三、四〇〇円を納付せよ、との補正命令をなし、本訴状却下命令をなすに至った。 二 ところで、訴額は訴えをもって主張する利益によって算定し(民訴二二条一項、民訴費四条一項)、ここにいう訴えをもって主張する利益とは、その訴訟物について訴えの提起をした原告が全部勝訴の判決を受け、その内容が実現された場合に間接的利益や反射的利益ではなく、原告に直接もたらされる経済的利益をいう。 そして、著作者人格権に基づく差止請求が認められることにより原告が受ける利益は、人格権的な利益であって経済的利益とはいえないから、この請求は非財産権上の請求である。非財産権上の請求に係る訴えについては訴訟物の価額は、九五万円とみなされている(民訴費四条二項)から、訴え提起の手数料は八、二〇〇円(民訴費別表一、第一項)となる。 三 この点、東京地方裁判所は、著作者人格権に基づく差止請求が通常の場合は非財産権上の請求であるとしつつ、出版後は被告が出版行為で利益を上げその分原告も損害を被ることになるので著作権に基づく差止請求と同様の算定をすべきであるとする(添付書類三)。しかし、この見解には以下のような理由から法解釈に誤りがあることは明白である。 1 まず、東京地方裁判所は、著作者人格権に基づく差止請求の訴額の算定において「出版前」と「出版後」とで区別する立場をとっているが、このように区別する理由は何ら存在しない。 著作者人格権はあくまで非財産権である「人格権」であり、それが「出版前」であるか「出版後」であるかという偶然の事実によって、権利の性質が非財産権から財産権へ変容することはなく、万一、東京地方裁判所がこの考え方に立つとするならば、その考えは、判例・学説のいずれにおいてもなく東京地方裁判所の独自の見解であり、原命令はこれだけで取消しを免れない。東京地方裁判所が「出版前」と「出版後」を区別するのは「出版前は(不法行為に基づく)損害賠償請求ができないが、出版後は損害賠償請求ができることになるので、その差止請求の法的性質についても非財産権上のものから財産権上のものへ変わる」との考えによると思われる。確かに不法行為に基づく損害賠償請求は権利侵害行為が具体的になされてはじめてできるものではあるが、しかし「損害賠償請求」と 「差止請求」は要件も異なり(損害賠償請求権が発生するためには故意・過失の存在が必要である。)、差止請求があれば直ちに損害賠償請求できるものではなく、ましてや「差止」が損害賠償請求権発生のための要件ともいえないのであるから、「出版前」と「出版後」とでその差止請求の法的性質が変容することもありえない。 したがって、「出版前」と「出版後」で、訴額算定において異なった取扱いをする合理的理由は何ら存在しない。 2 また、東京地方裁判所の「(著作者人格権自体は非財産権であることを認めつつ、その差止請求をする場合には)被告の損害額が訴額となる」との見解は、「著作者人格権の侵害に対しては金銭による損害賠償請求ができ、その侵害行為の差止によって侵害行為を防ぐことができるのであるから、結局損害賠償請求できる金銭分の利益を取得することになる」と考えてはじめて成り立つものである。もっともこの考え方をとった場合東京地方裁判所が「出版前」と「出版後」を区別することは理解に苦しむところであるが、それはさておいても右の考え方によれば、財産権に基づくものであれ非財産権に基づくものであれ、およそ差止請求の場合には、すべて財産権上の請求となり民事訴訟費用等に関する法律第四条二項の適用はありえないことになる。しかし、人格権侵害に基づく損害賠償請求における「損害額」というのは、過去の人格権侵害を慰謝するに相当な額という意味であってそれ以上のものでもそれ以下のものでもありえない。すなわち人格権の侵害行為の差止が認められたとしても、それによって得られる利益は人格権的利益であって決して右「損害額」分の財産的利益を取得することはないのである。 3 さらに、東京地方裁判所は「出版後は被告が出版行為で利益を上げその分原告も損害を被ることになる」としているが、そもそもこの命題自体極めて不当である。 東京地方裁判所の右命題は、著作権法一一四条第一項の「著作権」に「著作者人格権」も含める解釈を前提としているのであろうか。しかし、著作権法上、「人格権」としての「著作者人格権」と「財産権」としての「著作権」は明確に区別されており(著作権法第一七条)、また「被告の利益が原告の損害と推定される」というのは出版権や貸与権のような「財産権」としての「著作権」に限って合理性を有するものである。すなわち、著作者「人格権」は、その侵害行為によってたとえ被告が利益を得たとしてもそれ自体としては原告の損害とは無関係であり、ましてや右利益と同額の損害を受けているとは到底いえない。従って著作権法一一四条一項の「著作権」に「著作者人格権」も含める解釈はとりえない。 4 結局、東京地方裁判所の見解は、著作者人格権を「非財産権」であると解する以上、およそ採用しえない見解である。 四 以上より、東京地方裁判所の前記訴状却下命令は、民事訴訟法二二条一項及び民事訴訟費用等に関する法律四条二項の解釈を誤ったものであって、失当であるから、その取消を求めるため本抗告に及んだものである。 |
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