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【事件名】モリサワタイプフェイス事件 【年月日】平成5年6月25日 東京地裁 平成2年(ヨ)第2600号 決定 主文 一 債権者の申請を却下する。 二 申請費用は債権者の負担とする。 事実及び理由 第一 申立 一 債権者 債務者は、別紙債務者書体目録(一)ないし(四)記載の各書体(以下、順に[債務者書体(一)」(書体名 ミンチョウ1)、「債務者書体(二)」(書体名 ミンチョウ2)、「債務者書体(三)」(書体名 ゴシック1)、「債務者書体(四)」(書体名 ゴシック2)といい、債務者書体(一)ないし(四)を「債務者書体」と総称することがある。)を入力したフロッピーディスク、光ディスクその他の記憶媒体を製造及び販売してはならない。 二 債務者 主文一項と同旨 第二 事案の概要 本件は、別紙債権者書体目録(一)ないし(四)記載の各書体(以下、順に「債権者書体(一)(書体名 リュウミンL-KL)、「債権者書体(二)」(書体名 太明朝体A101)、「債権者書体(三)」(書体名 中ゴシック体BBB1)、「債権者書体(四)」(書体名太ゴシック体B101)といい、債権者書体(一)ないし(四)を「債権者書体」と総称すことがある。)が、それぞれ債権者の商品たることを示す表示として広く認識されているところ、債務者は、デジタルフォント化した債務者書体(一)ないし(四)をフロッピーディスクに入力し、これを販売しており、債務者書体(一)が債権者書体(一)に、債務者書体(二)が債権者書体(二)に、債務者書体(三)が債権者書体(三)に、債務者書体(四)が債権者書体(四)にそれぞれ類似しているので、債権者書体と誤認混同を生じ、債権者の営業上の利益を侵害するおそれがあるから、不正競争防止法一条一項一号の規定に基づき、債務者書体(一)ないし(四)を入力したフロッピーディスク、光ディスクその他の記憶媒体の製造、販売の差止めを求めるというものである。 一 基礎となる事実 1 債権者は、手動写植機や電算写植機の製造販売、電算写植機及び周辺機器の開発等を事業内容とする会社であり、債務者は、コンピュータ、ワードプロセッサ等のソフトウェアの開発、販売を業とする者である。(争いがない) 2 債権者は、子会社であるモリサワ文研株式会社に委託して、昭和五七年六月頃までに債権者書体(一)を、昭和三九年一一月頃までに債権者書体(二)を、同年三月頃までに債権者書体(三)を、昭和三七年一一月頃までに債権者書体(四)を製作した。債権者書体(一)及び(二)は、明朝体のバリエーションの一つの文字書体であり、債権者書体(三)及び(四)は、ゴシック体のバリエーションの一つの文字書体である。 なお、債権者書体(一)ないし(四)の文字数は、いずれも約三〇〇〇字である。(別紙書体目録(一)ないし(四)) 3 債権者は、債権者書体を焼き付けた文字盤を搭載した手動写植機や右文字盤を販売しており、また、昭和六一年頃からは、デジタルフォント化した債権者書体を入力したフロッピーディスク等を搭載した電算写植機や右フロッピーディスク等を販売しており、その他、新聞社、プリンターメーカー等の顧客との間で、顧客が債権者の文字書体をフォント化して使用することを許諾する契約を締結し、債権者書体を焼き付けた文字盤、印画紙又はフィルムや債権者書体を入力したフロッピーディスク等を提供し、有償で債権者書体を利用させている。なお、手動写植機の文字盤のガラスには、債権者書体の約三〇〇〇字の漢字の他、平仮名、片仮名等が所定の配列により、黒字に白抜き文字でぎっしりと焼き付けられている。 4 債務者は、平成元年九月ないし平成二年三月頃から、デジタルフォント化した債務者書体をフロッピーに入力し、これを搭載したレーザープリンタ(商品名「JACシステム」)を販売している。(争いがない) 二 争点 1 債権者書体は不正競争防止法一条一項一号の規定にいう「商品」に当たるか。 2 債権者書体は同規定にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に当たるか。 3 債権者書体は債権者の商品表示として周知性を有するか。 4 債務者書体は債権者書体と同一又は類似しているか。 5 債務者書体は債権者書体と混同を生じさせるおそれがあるか。 6 債権者が営業上の利益を害されるおそれがあるか 7 保全の必要性があるか。 第三 争点に対する判断 一 債権者書体が不正競争防止法一条一項一号の規定にいう「商品」に当たるとの主張について判断する。 不正競争防止法一条一項一号の規定にいう「商品」とは、有体物をいい、無体物はこれに含まれないと解するのが相当であるところ、債権者は、債権者書体が無体物であることを自認しているのであるから、債権者書体が同規定にいう「商品」に当たらないことは明らかである。 債権者は、債権者書体は無体物であるがそれ自体に商品価値があり、かつ、フィルム、印画紙やフロッビーディスク等の有体物の媒体に固定されて取引の対象となっているから「商品」に当たる旨主張する。 しかし、前記第二の一(基礎となる事実)の3の事実のとおり、現実に取引の対象として一般取引市場で流通に置かれているのは、債権者書体を文字盤に焼き付けてこれを搭載した手動写植機、債権者書体を焼き付けた文字盤、フィルム又は印画紙、デジタルフォント化した債権者書体を入力したフロッピーディスク等を搭載した電算写植機、デジタルフォント化した債権者書体を入力したフロッピーディスク等であって債権者書体自体ではないものというべきであって、債権者の右主張は採用することができない。 二 次に、債権者書体が不正競争防止法一条一項一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に当たるとの主張について検討する。 1 <証拠略>によれば、明朝体は、我が国で最も普及している書体であり、線幅の変化によって、特太明朝体、太明朝体、中太明朝体、中明朝体、細明朝体等のバリエーションがあり、また、使用目的によって、新聞明朝体、テレビ明朝体、見出明朝体等のバリエーションがあり、これらの各書体のそれぞれについて、デザインの微妙な差異により更に細分化されたバリエーションがあること、ゴシック体は、我が国で、明朝体の次に広く普及している文字書体であり、線幅の変化によって、特太ゴシック体、太ゴシック体、中太ゴシック体、中ゴシック体、細ゴシック体等のバリエーションがあり、また、使用目的によって、新聞ゴシック体、テレビゴシック体、見出ゴシック体等のバリエーションがあり、これらの書体のそれぞれについて、デザインの微妙な差異により更に細分化されたバリエーションがあることが認められ、右認定の事実及び前記第二の一(基礎となる事実)の2の事実によれば、債権者書体(一)及び(二)は既存の明朝体の、債権者書体(三)及び(四)は既存のゴシック体のそれぞれ無数にあるバリエーションのうちの一つにすぎず、文字書体が、万人の共有財産であり本来的に情報伝達機能を果たす文字の字体をデザインしたものであることをも合わせ考えると、債権者書体(一)ない(四)のような実用的文字書体は、本来、文字それ自体の形態だけで自他識別力や出所表示機能を備えにくいものであると認められる。 2(一)前記第二の一(基礎となる事実)の3の事実によれば、取引者又は需要者は、債権者が販売する手動写植機の文字盤から一応債権者書体を確認することができるが、その細部にわたる点について認識することはできず、債権者が販売する電算写植機用のフロッピーディスク、ハードディスク、光ディスク等からは債権者書体を認識することはできず、また、債権者書体の使用許諾契約に伴って債権者書体を焼き付けた印画紙又はフィルムを提供された場合には、これを債権者書体であると十分認識した上確認するものと認められる。 (二)また、<証拠略>によれば、債権者は、自社製作にかかる債権者書体(一)ないし(四)を含む多数の文字書体を宣伝広告等するために、写植字見本帳、写植書体一覧表等を頒布しているところ、右写植字見本帳は、表題を「モリサワ写真植字統一見本帳」とする冊子であり、中には、漢字、平仮名、片仮名まじりの短文を、明朝体及びそのバリエーション約四六書体、ゴシック体及びそのバリエーション約二七書体を中心に一八〇種類の文字書体で印刷したものが並記され、その中に債権者書体(一)ないし(四)による短文も含まれてぃるが、全ての文字書体の短文の近傍に当該書体の書体名を明記しており、写植書体一覧表等は、見出しを「モリサワ電算写植書体(和文)一覧」とする一覧表であり、見出しの下には、漢字、平仮名、片仮名まじりの短文を、明朝体及びそのバリエーション、ゴシック体及びそのバリエーションを中心に六九種類の文字書体で印刷したものが並記され、その中に債権者書体(一)ないし(四)の短文も含まれているが、全ての文字書体の短文の近傍に当該書体の書体名を明記しており、その他の宣伝用出版物も全ての文字書体の文章等の近傍に当該書体の書体名を明記していること、文字書体関係の書籍、プリンターのカタログ等の中には、債権者書体(一)ないし(四)の文字ないし短文が掲載されているものがあるところ、いずれも当該書体の文字ないし短文の近傍に当該書体の書体名が明記されていることが認められる。 (三)右(一)及び(二)認定の事実によれば、債権者書体(一)ないし(四)は、それ自体債権者の書体であることを表示する機能を有しているとは認められない。 3 更に、<証拠略>によれば、債権者が債務者書体や他社数社の書体との対比のために探り上げた債権者書体(一)ないし(四)中の「斡、扱、宛、姐、虻、飴、絢、綾、鮎、或、粟、袷、安、庵、按」の一五文字の書体について、(一)債権者書体(一)のうち「絢」の形態は、既存の同種書体中に同一のものがあり、四二o×四二oの大きさに拡大した状態で比較してもほとんど差がなく、債権者書体(一)の「宛」、「虻」、「或」、「安」の形態は、既存の同種書体中にほぼ同一のものがあり、右同様に拡大して比較しても、骨格の形(文字の骨組みの線画の位置・長さ・間隔の取り方、重心の位置、ふところの深さ等)、エレメントの形(縦・横画の太さ、筆の入れ方、筆の止め方、点の打込みの角度・長さ、ハライ、ハネなどの太さ・長さ・曲がり方等)にわずかのズレがある程度であること、(二)債権者書体(二)の「扱」、「庵」の形態は、既存の同種書体中にほぼ同一のものがあり、右同様に拡大して比較しても、骨格の形、エレメントの形にわずかのズレがある程度であること、(三)債権者書体(三)の「宛」、「鮎」、「安」、「庵」の形態は、既存の同種書体中にほぼ同一のものがあり、右同様に拡大して比較しても、骨格の形、エレメントの形にわずかのズレがある程度であること、(四)債権者書体(四)の「宛」、「姐」、「虻」、「絢」、「鮎」、「或」、「安」、「庵」の形態は、既存の同種書体中にほぼ同一のものがあり、右同様に拡大して比較しても、骨格の形、エレメントの形にわずかのズレがある程度であること、(五)右(一)ないし(四)を除く文字書体の形態についても、既存の同種書体中に類似するものがあり、右同様に拡大して比較しても、いずれも骨格、エレメントの形に若干のズレがある程度であること、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、債権者書体(一)ないし(四)中の「斡、扱、宛、姐、虻、飴、絢、綾、鮎、或、粟、袷、安、庵、按」の一五文字の書体について、当該書体に独自の形態的特徴を認めることができない。 また、債権者書体(一)ないし(四)のそれぞれ約三〇〇〇字の文字書体について、これらの書体に自他識別機能をもちうるような独自の形態的特徴を認めるに足りる疎明資料はない。 債権者は、既存の数種の同種書体と比較して、別表1-(1)ないし(15)、2-(1)ないし(15)、3-(1)ないし(15)、4-(1)ないし(15)の該当項記載のような独自の形態的特徴がある旨主張するが、前記1認定のとおり、明朝体、ゴシック体には無数のバリエーションが存在するのであるから、数種の同種書体との対比によって、直ちに、債権者書体に独自の形態的特徴があると認めることはできない。また、仮に債権者書体に債権者が指摘するような事実があったとしても、いずれも骨格、エレメントの形についてのありふれた特徴であって、債権者書体に独白の形態的特徴とは認められない。 したがって、債権者の右主張は採用できない。 4 右1ないし3認定の事実によれば、債権者書体のような実用的文字書体は、本来、それ自体の形態だけで自他識別力や出所表示機能を備えにくいものであり、取引でそれ自体債権者の書体であることを表示する機能を有しておらず、また、債権者書体に自他識別機能をもちうるような独自の形態的特徴がなく、したがって、債権者書体(一)ないし(四)は、不正競争防止法一条一項一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」には当たらない。 三 以上によれば、本件申請は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 東京地方裁判所 |
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