判例全文 | ||
【事件名】暖簾「山の民家」事件 【年月日】平成4年11月25日 東京地裁 平成2年(ワ)第15000号 損害賠償等請求事件 判決 原告 X 右訴訟代理人弁護士 伊藤真 被告 有限会社愛和工芸 右代表者代表取締役 Y1 被告 小関株式会社 右代表者代表取締役 Y2 右被告両名訴訟代理人弁護士 石川憲彦 主文 1 被告有限会社愛和工芸は、別紙商品目録(1)ないし(4)記載の各商品を製造、販売してはならない。 2 被告らは連帯して、原告に対し、金136万4300円及びこれに対する平成2年12月29日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を、被告小関株式会社は、原告に対し、金186円を、それぞれ支払え。 3 原告のその余の請求を棄却する。 4 訴訟費用は、これを3分し、その2を被告らの、その1を原告の負担とする。 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。 事実 第1 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 被告らは、連帯して、原告に対し、金500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 2 主文1項と同旨 3 被告らは、別紙商品目録(1)ないし(4)記載の各商品を製造販売するために用いられる原画及び染色原版を廃棄せよ。 4 被告らは、株式会社朝日新聞社名古屋本社版(朝刊)社会面に、2段抜き左右10センチメートルのスペースをもって、見出し20級ゴシック、本文16級明朝体、被告名及び宛名18級明朝体の写真植字を使用して、別紙謝罪広告目録記載の広告を1回掲載せよ。 5 訴訟費用は被告らの負担とする。 6 右1ないし3項について仮執行宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第2 当事者の主張 一 請求の原因 1(一)訴外亡A(以下「A」という。)は、主に民家を素描画として描き続けてきた画家であって、昭和43年7月に「明善寺(飛騨白川郷萩町にて)」と題する別紙著作物目録(1)記載の素描画(以下「本件著作物(1)」という。)を、昭和45年7月に「合掌造りの集落(越中富山五箇山相倉部落にて)」と題する別紙著作物目録(2)記載の素描画(以下「本件著作物(2)」という。)をそれぞれ著作し、各著作物につき著作権及び著作者人格権を取得した。本件著作物(1)及び(2)は、いずれも茅葺き屋根の民家を描いた素描画であり、昭和48年9月10日発行のAの画集である「山の民家」に掲載されている。 (二)Aは、昭和60年1月22日死亡し、同人の長男である原告が、相続により本件著作物(1)及び(2)の著作権を承継取得した。 2 被告有限会社愛和工芸は、土産物用布製暖簾の製造を被告小関株式会社に発注し、被告Y2は、訴外Bをして、別紙被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作、納入させ、被告絵画(1)の下絵に基づき図柄が同じである「白川郷」との題号様のものが染め付けられた別紙商品目録(1)記載の暖簾(以下「被告商品(1)」という。)、同じく「飛騨高山」と染め付けられた別紙商品目録(3)記載の暖簾(以下「被告商品(3)」という。)、同じく「下呂温泉」と染め付けられた別紙商品目録(4)記載の暖簾(以下「被告商品(4)」という。)を製造し、また、被告絵画(2)の下絵に基づき「飛騨路」との題号様のものが染め付けられた別紙商品目録(2)記載の暖簾(以下「被告商品(2)」という。)を製造し、これらを被告愛和工芸に納入し、被告愛和工芸は、被告商品(1)ないし(4)を高山市周辺の土産物業者に卸販売した。 3 被告絵画(1)は、以下のとおり、本件著作物(1)に依拠し、これを複製したものである。 絵画において、どのような位置から、どのような視点で描くかは、創作上、極めて重要な意味をもつものであるところ、本件著作物(1)と被告絵画(1)とは、それぞれの建物の見える角度、2棟の建物の位置関係及び2棟の建物の大きさのバランスが全く同じである。 本件著作物(1)と被告絵画(1)とは、建物の細部においても同じ描き方をしている。例えば、被告絵画(1)は、右手前の大きく描かれている建物の窓の開き方や手前左側に置かれている民具らしいものの位置関係、左後方の建物の左側にある木の茂り方や高さが本件著作物(1)と全く同じである。 以上のように、被告絵画(1)は、構図においても細部においても本件著作物(1)と同じであるから、本件著作物(1)に依拠せずに製作されたとは到底考えられない。 4 被告絵画(2)は、以下のとおり、本件著作物(2)に依拠し、これを複製したものである。 本件著作物(2)と被告絵画(2)とは、それぞれの建物の見える角度、手前左の大きな民家と後方の2棟の民家との大きさのバランスや位置関係等が本件著作物(2)と全く同じであり、民家の細部においても同じ描き方をしている。例えば、被告絵画(2)は、手前の大きく描かれている民家の窓と後方の2棟の民家の窓の開き方、手前の民家の2階部分の右側にある竿状のものの出方が本件著作物(2)と全く同じである。 以上のように、被告絵画(2)は、構図においても細部においても本件著作物(2)と同じであるから、本件著作物(2)に依拠せずに製作されたとは到底考えられない。 5 被告らは、共同して、本件著作物(1)及び(2)について原告が有する著作権を侵害したものであるところ、被告愛和工芸の代表者Y1は、被告Y2から被告商品(1)ないし(4)の納入を受けた際に著作権の侵害がないかどうか調査すべき義務があったのに、右調査を怠ったものであり、また、被告Y2の担当者である従業員Cは、Bから被告絵画(1)及び(2)の下絵の納入を受けた際に著作権の侵害がないかどうか調査すべき義務があったのに、右調査を怠ったものである。 6 被告らは、本件著作物(1)及び(2)を複製した被告絵画(1)及び(2)の描かれた被告商品(1)ないし(4)を製造する際、本件著作物(1)及び(2)の背景などを一部変更したり、素描画のタッチを無視して太い線を用いるなどし、更に、茶系統の彩色をほどこして本件著作物(1)及び(2)に改変を加えた。また、本件著作物(1)の「明善寺(飛騨白川郷萩町にて)」の題号を「白川郷」、「飛騨高山」又は「下呂温泉」と、本件著作物(2)の「合掌造りの集落(越中富山五箇山相倉部落にて)」の題号を「飛騨路」と変更した。 更に、被告らは、本件著作物(1)及び(2)に表示されていたAの署名を切除した上で、これと全く別個の落款のようなものを施し、著作者名を隠匿した。 7 原告は、Aの長男として、素描画家として高名であった父を尊敬するとともに、その作品を誇りに思い、Aの死後は、本件著作物(1)及び(2)を含む同人の著作物の著作権を相続し、これを管理しているが、複製の許諾に当たっては、素描画の持つ美しい表現が損われることのないようとりわけ注意をしていた。 ところが、被告らの請求の原因2ないし4の行為は、その複製態様、改変の内容、頒布の方法のいずれの点においても、本件著作物(1)及び(2)の持つ美しさを破壊するものであり、原告は、被告らの右行為によって、Aに対する尊敬敬愛の念とその作品に対する名誉感情を著しく・毀損され、多大の精神的苦痛を被った。 8(一)被告らは、被告商品(1)、(3)及び(4)を少なくとも合計3万枚、被告商品(2)を少なくとも5000枚製造販売した。被告商品(1)ないし(4)の1枚当たりの定価は1000円(別途消費税30円)であるところ、原告が仮に本件著作物(1)及び(2)の複製使用を許諾するならば、著作権使用料として定価の1割を請求するところであるから、原告が本件著作物(1)及び(2)の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、350万円(1000円×3万5000×0.1)である。 したがって、原告は、被告らに対し、本件著作物(1)及び(2)についての著作権侵害による損害賠償金350万円の請求権を有する。 (二)原告の右7の精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、100万円を下らない。 (三)原告は、本件事件に関する被告らとの訴訟前の交渉、本訴提起及びその遂行を原告代理人に依頼し、第2東京弁護士会の報酬会規に従って弁護士報酬を支払うことを約した。これに要する弁護士報酬中の50万円は、被告らの不法行為により原告の被った損害である。 9 よって (一)被告らの2ないし4の行為は、本件著作物(1)及び(2)の著作権を侵害するものであるから、原告は、被告愛和工芸に対し、右著作権に基づき、被告商品(1)ないし(4)の製造、販売差止めを、被告らに対し右製造に使用する原画、染色原板の廃棄を、 (二)また、被告らは、右5のとおりの過失による6の行為によって、本件著作権(1)及び(2)について、Aが存しているとしたらその著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害となるべき行為をしたものであるから、原告は、Aの遺族として、著作権法116条1項、60条、115条に基づき被告らに対し、請求の趣旨4記載の謝罪広告を、 (三)更に、原告は、被告愛和工芸に対し民法44条、719条により、被告Y2に対し民法715条、719条により、連帯して右8の(一)ないし(三)の損害金合計500万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。 二 請求の原因に対する認否及び被告らの主張 1 請求の原因1の(一)及び(二)は知らない。 2 同2のうち、被告Y2が被告愛和工芸から暖簾の注文を受けBをして被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作、納入させ、被告絵画(1)及び(2)の下絵に基づき被告商品(1)及び(2)を製造した上、これらを被告愛和工芸に納入し、被告愛和工芸が被告商品(1)及び(2)を卸販売していたことは認める。 3 同3及び4は否認する。 (一)本件著作物(1)及び(2)も被告絵画(1)及び(2)も共に現存する合掌造りの建物を描いたものであって、類似点があるのは当然である。本件著作物(1)及び(2)が、実物を前提とした著作者であるAの精神的創造性、労作の結果であるのと同様、被告商品(1)ないし(4)も、暖簾という商品を前提として、訴外Bの精神的労作に基づく独自の著作物である。被告らは、当初から暖簾という商品を前提にデザイン画を作成し、それに基づき織物製品として作成したものであって、独自の著作物としての創作性が認められ、著作権侵害には当たらない。 (二)被告商品(1)及び(2)の製造経過は、次のとおりであって、被告ら独自の著作物である。 被告Y2は、被告愛和工芸から、暖簾の注文を受け、織物製品のデザインを業としているBにその下図の作成を依頼した。Bは、右依頼に応じ、一度現地を見た記憶と、パンフレット、ガイドブックに記載されている合掌造りの建物をイメージし、被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作し、被告Y2は、これに基づいて被告商品(1)ないし(4)を製造した。その際、Bも被告Y2も、本件著作物(1)及び(2)の存在を知らず、見たこともなかった。Bが合掌造りの建物をイメージするために参考にしたのは、乙第10号証及び第11号証であった。 4 同5ないし7は否認する。 5 同8は否認する。但し、8(一)のうち、被告Y2が被告愛和工芸に対し被告商品(1)を1357枚、被告商品(2)を1009枚納入したことは認める。 6 同9は争う。 第3 証拠関係 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。 理由 一 成立に争いのない甲第1号証、第13号証、第14号証及び第15号証の各1、2、第16号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第9号証の1、2並びに同尋問の結果によれば、Aは、主に民家を素描画として描き続けてきた画家であって、昭和43年7月に本件著作物(1)を、昭和45年7月に本件著作物(2)をそれぞれ著作し、著作権及び著作者人格権を取得したこと、本件著作物(1)は、一対の茅葺き屋根の合掌造りの寺と民家を描いた素描画、本件著作物(2)は、茅葺き屋根の合掌造りの民家の集落を描いた素描画であり、いずれも昭和48年9月10日株式会社矢来書院発行のAの画集である「山の民家」に収載された外、原告が「飛騨路スケッチ画集」、「五箇山の民家スケッチ」、「飛騨の民家スケッチ」等の組絵葉書の中の絵葉書やケースに複製して販売していること、本件著作物(2)は、昭和58年10月14日株式会社リヨン社発行のAの著書「日本の民家素描お手本集」にも収載され、カバーにも使われていることが認められる。また、成立に争いのない甲第12号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求の原因1(二)の事実が認められる。 二 請求の原因2のうち、被告Y2が被告愛和工芸から暖簾の注文を受け、Bをして被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作、納入させ、被告絵画(1)及び(2)の下絵に基づき被告商品(1)及び(2)を製造した上、これらを被告愛和工芸に納入し、被告愛和工芸が被告商品(1)及び(2)を卸販売したことは当事者間に争いがない。 成立に争いのない甲第2号証の1、2、乙第1号証ないし第3号証、証人Cの証言により真正に成立したと認められる乙第号13証、第14号証の1ないし5、第15号証の1ないし6、第16号証の1ないし8及び第17号証の1ないし8、証人Cの証言並びに被告愛和工芸代表者尋問の結果によれば、被告Y2は、被告絵画(1)の下絵に基づき被告商品(1)と同じ図柄で題号のみ異なる被告商品(3)及び(4)を製造した上、これらを被告愛和工芸に納入していたこと、被告愛和工芸は、被告商品(1)ないし(4)を卸販売していたことが認められる。 三 被告絵画(1)が本件著作物(1)を、被告絵画(2)が本件著作物(2)を各複製したものであるかどうかについて検討する。 1 本件著作物(1)(別紙原告絵画(1))と被告絵画(1)を対比すると両者は極めて類似しているものと認められるが、これを具体的に検討すると次のとおりである。 (一)本件著作物(1)も被告絵画(1)も、同じ、実在の茅葺き屋根の合掌造りの寺と民家を描いたものである。 (二)本件著作物(1)も被告絵画(1)も、前景に畝又は丈の低い作物の列が手前から奥方向へ連なる畑を配した上、画面中央に左右に並べて大きく2棟の合掌造りの建物を置き、右側の合掌造りの民家は、画面中央のやや右寄りの位置に、正面全体及びわずかに左側面が見える角度の構図とし、左側の合掌造りの寺は、前記民家の左側奥に正面のみが見える角度で、寺の右端が右側の民家によってわずかに隠れるような位置関係の構図とし、かつ、周辺の構図として、これらの合掌造りの建物の手前の畑の中を画面の中央付近から左端へ横切るようにほぼ真直ぐな1本の畦道を配し、右側の民家の右に木立を、左側の寺の左前方に2本の樹木を配し、2棟の建物の背後には多数の木立を、背景として山並を配している。 (三)本件著作物(1)も被告絵画(1)も、右側の民家の2階、3階、4階の窓の個数、位置、開閉状況、家屋の正面及び左端に置かれている道具類の大きさ、形状、位置、右側の家屋の右側にある広葉樹の枝ぶりや葉の茂り方、左側の寺の左側にある針葉樹の木立の葉の茂り方が同じである。 (四)本件著作物(1)と被告絵画(1)との相違する部分としては、被告絵画(1)では前景の右端に大きな葉を有する植物の茂みの一部が描かれているのに対し、本件著作物(1)ではこれがなく、被告絵画(1)では右側の家屋の右側に1本の広葉樹のみ描かれているのに対し、本件著作物(1)では2本の広葉樹が描かれており、被告絵画(1)では背景の山として近くの低い山とはるか遠方にそびえる高い山並が描かれているのに対し、本件著作物(1)では背景の山として近くのなだらかな低い山のみが描かれており、被告絵画では絵の右上隅に多数の紅葉の葉が描かれているのに対し、本件著作物(1)ではこれがない。また、本件著作物(1)は、画面全体が繊細なやわらかい黒色の線によって緻密にかつ写実的に描かれた素描画であるのに対し、被告絵画(1)は、画面自体が大きく、画面全体が太目の枯葉色と黒色の濃淡のある線で写実的な木版画風に描かれた絵画である。 (五)右(一)ないし(四)の対比によれば、本件著作物(1)中に描かれているもののほとんど全て、即ち合掌造りの民家と寺、畑、右建物の左右及び背後の木立等が、同じ構図、同じ位置関係、同じ大きさのバランスで、被告絵画(1)中にも描かれており、しかも、細部の描写についても共通しているのであって、被告絵画(1)は、その表現形式、表現内容が本件著作物(1)と極めて類似していると認められる。 本件著作物(1)と被告絵画(1)との間には右(四)に認定した表現内容の相違部分があるが、これらは、前景、背景等の細部に過ぎず、また、画面の大きさ、線の太い細い、色等の相違も類似性に影響を与えるようなものではない。 2 本件著作物(2)(別紙原告絵画(2))と被告絵画(2)を対比すると両者は極めて類似しているものと認められるが、これを具体的に検討すると次のとおりである。 (一)本件著作物(2)も被告絵画(2)も、同じ、実在の茅葺き屋根の合掌造りの民家の集落を描いたものである。 (二)本件著作物(2)も被告絵画(2)も、画面の右下から奥へ向う小道を配し、小道の左側に、画面の左側3分の2位いっぱいに、低い石垣の上に建っている1棟の合掌造りの民家を大きく配し、同民家は、正面と右側面が見える角度の構図とし、同民家の後に合掌造りでない小屋のような2階建の建物を配し、前記小道の奥右側には、同小道に沿って並んでいる2棟の合掌造りの民家を小さ目に配し、右小さ目の民家はいずれも正面とわずかに左側面が見える角度の構図とし、その背後に多数の木立を、更に背景として右方へ高くなる小高い山を配している。 (三)本件著作物(2)も被告絵画(2)も、画面の右下に描かれた小道は、奥に向ってゆるい登り坂であり、小道の右側には背の低い草が生い茂った草むら様のものが描かれている。また、両者共に、左手前に大きく描かれた民家は、正面の1階の戸は全部、2階の両側の窓、3階の窓の全部が閉められていて、2階の中央の窓のみが右側を半開きにして開けられている。同民家の正面の2階の右側の窓の前には2本の竿状のものが、1本は窓に沿った左方へ、1本は外に向かって描かれている。 (四)本件著作物(2)と被告絵画(2)との相違する部分としては、被告絵画(2)では画面左端に左側の大きな民家の前方に当たる位置に1本の立木が、同民家の左後方に山が、右奥の2棟の民家の右側に数本の木立が、民家の集落のはるか遠方に高くそびえる山並が描かれているのに対し、本件著作物(2)ではこれらがない。また、本件著作物(2)は、画面全体が繊細なやわらかい黒色の線によって・0705密にかつ写実的に描かれた素描画であるのに対し、被告絵画(2)は、画面自体が大きく、画面全体が太目の濃淡のある黒い線で写実的な木版画風に描かれた絵画である。 (五)右(一)ないし(四)の対比によれば、本件著作物(2)中に描かれているもののほとんど全て、即ち4棟の建物、小道、石垣、背後の木立、右木立の背後の低い山等が、同じ構図、同じ位置関係、同じ大きさのバランスで、被告絵画(2)中にも描かれており、しかも、細部の描写についても共通しているのであって、被告絵画(2)は、その表現形式、表現内容が本件著作物(2)と極めて類似していると認められる。 本件著作物(2)と被告絵画(2)との間には右(四)に認定した表現内容の相違部分があるが、これらは、前景、背景等の細部に過ぎず、画面の大きさ、線の太い細い、画風の相違も類似性を左右する程のものではない。 3 前掲甲第1号証、第9号証の1、2、第14号証及び第15号証の各1、2、第16号証、証人Y1の証言、原告本人尋問の結果によれば、前記一に認定した本件著作物(1)の複製物を含む絵葉書セット「飛騨の民家スケッチ」及び本件著作物(2)の複製物を含む絵葉書セット「五箇山の民家スケッチ」は、昭和45年頃から高山市、白川村周辺の土産屋等で年間2000組から3000組販売され、本件著作物(2)の複製物を含み、本件著作物(1)の複製物をケースに表示した大型絵葉書セット「飛騨路スケッチ画集」は、昭和45年頃から、同地域の土産物店で年間約1500組販売されて来たこと、本件著作物(1)及び(2)の複製物が収載された画集「山の民家」は昭和48年頃に、本件著作物(2)の複製物を収載した「日本の民家素描お手本集」は、昭和58年頃から、それぞれ、一般の書店で販売されていたことが認められる。 4 前掲乙第13号証、第14号証の1ないし5、第15号証の1ないし6、第16号証の1ないし8及び第17号証の1ないし8、証人B、同Cの各証言、被告愛和工芸代表者尋問の結果を総合すれば、被告らの被告商品(1)ないし(4)の製造・販売の経過は、次のとおりであることが認められ、証人Bの証言中、右認定に反する部分は信用することができない。 (一)被告愛和工芸代表者Y1は、昭和62年6月頃、被告Y2に対し、合掌造りの建物をあしらった暖簾の製造を依頼し、その際、被告Y2に、合掌造りの建物の図等が表示されているパンフレットやメダル等の資料を渡した。 被告Y2の常務取締役であるCは、右資料をデザイナーのBに渡して、右資料を参考にして合掌造りの建物の図柄の暖簾の下絵を製作するよう注文した。 Bは、現地調査は行わず、右資料や自ら図書館等で調べた資料を参考にして、2週間程で被告絵画(1)の下絵を製作して、被告Y2に納品した。Bのデザイン料は約2万円であった。 (二)Cは、納品された下絵について被告愛和工芸と打ち合せて若干の手直しをさせてから、型屋に依頼して、右下絵に合わせて「白川郷」、「飛騨高山」、「下呂温泉」との題号と落款様のものを入れた3種類の染色用型を作り、これらの型を使用して、被告愛和工芸からの具体的発注に従って順次被告商品(1)、(3)及び(4)を製造し、被告商品(1)については昭和62年7月7日から平成2年6月11日までの間に合計1143枚、被告商品(3)については昭和62年7月7日から平成2年10月8日までの間に合計2353枚、被告商品(4)については昭和62年6月29日から平成2年8月22日までの間に合計1138枚をそれぞれ被告愛和工芸に売り渡した。 (三)被告Y2は、その後、被告愛和工芸から、もう1種類被告絵画(1)とは別の合掌造りの図柄の暖簾の製造の依頼を受け、再度Bに下絵の製作を依頼した。 Bは、この時も現地調査は行わず資料を参考にして、前回同様に、被告絵画(2)の下絵を製作して被告Y2に納品した。 (四)Cは、納品された下絵について被告愛和工芸と打ち合わせて若干の手直しをさせてから、前同様型屋に依頼して、右下絵に合わせて「飛騨路」との題号と落款様のものを入れた染色用型を作り、この型を使用して被告愛和工芸からの具体的発注に従って順次被告商品(2)を製造し、これを平成元年4月18日から同年5月22日までの間に合計1009枚、被告愛和工芸に売り渡した(被告が被告愛和工芸に被告商品(2)を1009枚納入したことは争いがない。)。 5 以上1ないし4認定の事実によれば、本件著作物(1)と被告絵画(1)、本件著作物(2)と被告絵画(2)は、それぞれ、線の太い細いや画風の差があり、対象物についても背景等の重要でない部分において若干の相違があるとはいえ、それぞれ、同一の対象物を用じ角度から同じ構図で写実的に描いたもので、表現内容の中心ともいうべき建物やその近傍の樹木、畑の状況は、窓の開閉状況や道具類の位置等写生の時期が違えば変化しているはずの細部に至るまで一致しているところ、本件著作物(1)及び(2)の複製を掲載した絵葉書セット、スケッチ画集は相当多数販売されており、同じく「山の民家」、「日本の民家素描お手本集」等の書籍も一般に販売されていたものであり、Bは写生等の現地調査を行わず、被告Y2から提供された資料や自ら調査した資料を参考に、各2週間程度で被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作したというのであるから、これらの事実を総合すれば、Bが被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作するのに参考にした資料中には本件著作物(1)及び(2)の複製が含まれており、Bは、本件著作物(1)及び(2)の複製の主要や部分をほとんどそのまま自己の筆法で写すようにし、周辺部を変更して被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作したものと推認することができ、被告絵画(1)及び(2)は、本件著作物(1)及び(2)に依拠して作出されたものといわざるをえない。 被告らは、本件著作物(1)及び(2)も被告絵画(1)及び(2)も共に現存する合掌造りの建物を描いたものであって、類似点があるのは当然であり、また、被告Y2はBが製作した下絵に基づいて被告商品(1)ないし(4)を製造したが、本件著作物(1)及び(2)の存在を知らず見たこともなく、Bが合掌造りの建物をイメージするために参考にしたものは乙第10号証及び第11号証である旨主張する。 しかし、本件著作物(1)及び(2)と被告絵画(1)及び(2)との対象物を見る角度、構図から、写生の時期が違えば変化しているはずの細部に至るまでの類似は、別人がたまたま同一の風景を描く場合に一般に予想される類似性をはるかに超えるものであると認められ、また、Bが合掌造りの建物をイメージするために参考にしたと主張する乙第10号証及び第11号証の写真は、構図、建物の位置関係、背景等が被告絵画(1)及び(2)と全く異なっており、右写真を参考にして被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作したとは認め難く、被告らの右主張は採用することができない。 6(一)以上によれば、Bは、被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作するに当たり、本件著作物(1)及び(2)を複製した上、一部改変を加えたものと推認することができるから、右下絵に基づく被告らによる被告商品(1)ないし(4)の製造、販売は、本件著作物(1)及び(2)について原告が有する複製権を侵害するものというべきである。 なお、被告商品(1)ないし(4)を直接製造したのは被告Y2であるが、被告商品(1)ないし(4)は被告愛和工芸の注文に基づいて下絵が製作され、同被告の意見を聞いて修正の上染色用型が作られ、同被告からの具体的注文によって製造の上同被告に売り渡されたものであるから、同被告もまた被告商品を製造したものと認めることができる。 そうすると、原告の、被告愛和工芸に対する被告商品(1)ないし(4)の製造及び販売差止めを求める請求は理由がある。 (二)次に、各被告商品を製造するために使用された原画(下絵)及び染色原画(染色用型)の廃棄請求について検討する。 前記4記載の事実によれば、もっぱら本件各著作物の著作権侵害の行為に供された各被告商品の原画(下絵)、染色原画(染色用型)は被告Y2の所有するものと認められ、被告愛和工芸の所有物とは認められないから、被告愛和工芸に対するそれらのものの棄廃請求は理由がない。 また、著作権法112条2項によれば、同項所定の必要な措置の請求は、同条1項の規定による請求をするに際し請求することができるものであるところ、本件においては被告Y2に対し、同条1項の請求、即ち、侵害の停止又は予防の請求はなされていない。したがって、被告Y2に対する廃棄請求も理由がない。 四1 前記三5に判断したとおり、Bは、被告絵画(1)及び(2)の下絵を製作するのに本件著作物(1)及び(2)の複製物に依拠したものと推認されるこ〈「こ」の前に「と」が脱落?〉ろ、その本件著作物(1)及び(2)の複製物は、CがY1から受け取ってBに渡した参考資料中に含まれていたか、Bが自ら調べた資料中に含まれていたかのどちらかであるとは言えるけれども、そのどちらであるかは明らかでない。 しかし、本件著作物(1)及び(2)の複製物が、CがY1から受け取ってBに渡した参考資料中に含まれていたとすれば、本件著作物(1)及び(2)について著作権を有する者がいないか調査することなく、これを暖簾の図柄として複製させたC及びY1には著作権侵害について過失があったことは明らかである。 また、本件著作物(1)及び(2)の複製物が、Bが自ら調べた資料中に含まれていたとしても、前記三1、2、4記載のとおり、デザイン料約2万円で、2週間程度で納品されたという現地調査などは期待できない製作状況であったのに、納品された下絵はいずれも写実的で細部まで表現されていたのであるから、C及びY1としては、Bが写実的な他人の著作物を丸写しにするなどした可能性を考慮し、Bに参考とした資料を問い合わせ、これと納品された下絵と対比する等の調査をして、他人の著作権を侵害しないようにすべき義務があるのにこれを怠った過失があるものと認められる。更に、被告愛和工芸代表者尋問の結果によれば、Y1は、被告Y2に本件に係る暖簾の製造を依頼した当時、Aの作品の複製物を掲載したスケッチ集、絵葉書等を見たことがあったものの、被告Y2から被告商品(1)、(3)及び(4)の納品を受けた際には、これらに問題があるとは思わず、被告Y2から被告商品(2)の納品を受けた際には、被告絵画(2)をどこかで見たことがあると思ったのみで気に留めず、被告商品(1)ないし(4)を販売したことが認められるから、Y1の過失は一層明らかである。 2 Y1は、被告愛和工芸の代表者であり、その職務を行うについて被告商品(1)ないし(4)を製造販売して原告の有する本件著作物(1)及び(2)の著作権を侵害し、かつ後記4のとおり原告に精神的苦痛を負わせて原告に損害を与えたものであるから、民法44条の規定により、被告愛和工芸は、原告の受けた損害を賠償すべきものである。 また、Cは、被告Y2の取締役であり、その事業の執行につき被告商品(1)ないし(4)を製造販売して原告の有する本件著作物(1)及び(2)の著作権を侵害し、かつ後記4のとおり原告に精神的苦痛を負わせて原告に損害を与えたものであるから、民法715条の規定により、被告Y2は、原告の受けた損害を賠償すべきものである。 そして右被告らの行為は共同不法行為に当たるものというべきである。 3 前記三4の(二)及び(四)認定のとおり被告Y2が、被告商品(1)を昭和62年7月7日から平成2年6月11日までの間に合計1143枚、被告商品(2)を平成元年4月18日から同年5月22日までの間に合計1009枚、被告商品(3)を昭和62年7月7日から平成2年10月8日までの間に合計2353枚、被告商品(4)を昭和62年6月29日から平成2年8月22日までの間に合計1138枚、の総合計5643枚を製造し、被告愛和工芸に納入したものであるところ、三6(一)に判断したとおり被告愛和工芸もまたそれらの被告商品(1)ないし(4)を製造したものと認められる。 原告本人尋問の結果による真正に成立したものと認められる甲第3号証、第4号証、原告本人尋問の結果及び被告愛和工芸代表者尋問の結果によれば、被告愛和工芸は、被告商品(1)ないし(4)をいずれも単価600円で高山市及び白川村周辺の土産物店に販売し、土産物店は、これをいずれも1枚1000円(別途消費税30円)で販売していたことが認められる。 ところで、弁論の全趣旨によれば、本件著作物(1)及び(2)の複製許諾料は、小売価格の1割とするのが相当と認められるから、原告が被告らの被告商品(1)ないし(4)の合計5643枚の製造について、本件著作物(1)及び(2)の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、56万4300円(1000円×5643×0.1)である。 よって被告らの本件著作物(1)及び(2)の著作権の侵害による損害額は56万4300円と認められる。 4 本件著作物(1)は題号を「明善寺(飛騨白川郷萩町にて)」とするもの、本件著作物(2)は題号を「合掌造りの集落(越中富山五箇山相倉部落にて)」とするものであり、いずれもローマ字でAの署名がなされているものであるところ、前掲甲第2号証の1、2、乙第1号証ないし3号証並びに検甲第1号証及び第2号証によれば、被告商品(1)には「白川郷」、被告商品(2)には「飛騨路」、被告商品(3)には「飛騨高山」、被告商品(4)には「下呂温泉」という題号が付され、また、いずれにもAの署名はなく、意味不明の落款のようなものが施されていることが認められる。また、前記三1及び2に認定したとおり本件著作物(1)及び(2)は画面全体が繊細なやわらかい線によって緻密にかつ写実的に描かれた素描画であるのに対し、被告絵画(1)及び(2)は本件著作物(1)及び(2)の背景等の細部を変更しているものである。 また、原告本人尋問の結果によれば、原告は父Aの生前、同人と同行して絵を描く対象となる場所を探したり、写生旅行に同行して世話をしていたもので、昭和40年頃から、ほとんどの場所へ同行するとともに、父A自身が従前行っていた同人の作品を絵葉書、カレンダー、画集、色紙等に複製して販売する営業を行っていたこと、Aの生前、同人の作品を暖簾として商品化したいという業者の申し出があり試作品を作ったことがあったが、素描画のいいところが表現できず中止したことがあったこと、原告は、被告商品(1)ないし(4)を見て、本件著作物(1)及び(2)の素描画の美しさが全然表現されていないので大変ショックを受けたことが認められる。 右のとおり、原告が単に本件著作物(1)及び(2)の著作権の相続人であるというだけでなく、Aの作品の創作、頒布に深くかかわって同人の作品にひとしおの愛着を有していることを考えると、被告らの前記のような態様での被告商品(1)ないし(4)の製造販売によって原告が受けた精神的苦痛は大きく、これを償うに足りる慰謝料は30万円が相当と認められる。 5 原告が本訴の提起及び遂行のために弁護士である原告代理人を選任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理の経緯、訴訟の結果その他諸般の事情を考慮すると、原告に生じた弁護士費用のうち50万円は被告らの著作権侵害の不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべきものと認めるのが相当である。 五 右四4認定のような被告商品(1)ないし(4)を製造販売することは、本件著作物(1)及び(2)について、著作者であるAが生存しているとしたらその著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害となるべき行為であると認められる。 しかしながら、成立に争いのない乙第18号証によれば、製造された被告商品(1)ないし(4)の内734枚は被告愛和工芸に在庫として残っていることが認められるから、同被告から土産物店等へ卸売りされたものは4909枚にとどまったこと、被告商品(1)ないし(4)が販売されたのは高山市、白川村等飛騨地区の比較的狭い範囲の土産物店であったことを考慮すると、原告に対する金銭賠償のほかにAの名誉毀損を回復するために原告が請求するような新聞での謝罪が必要であるとは認められないから、原告が著作権法116条2項の規定により同条1項の請求をすることができる順位の遺族であるか否かを検討するまでもなく、本件謝罪広告を求める請求は理由がない。 六 以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告愛和工芸に対し、被告商品(1)ないし(4)の製造、販売差止めを求める部分、被告らに対する金銭請求中損害賠償金136万4300円及びこれに対する被告Y2に対する訴状送達の日の翌日以降であり被告愛和工芸に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成2年12月29日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分、並びに被告Y2に対し、右損害賠償金に対する被告Y2に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成2年12月28日分の民法所定の年5分の割合による遅延損害金186円の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条、92条本文、93条1項本文、仮執行宣言について同法196条1項を各適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 宍戸充 裁判官 櫻林正己 |
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