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【事件名】タクシー・タリフ事件 【年月日】平成4年10月30日 東京地裁 昭和63年(ワ)第5437号 著作権侵害差止等請求事件 判決 原告 X 右訴訟代理人弁護士 谷正之 同 小島滋雄 西村ハイタク旅行全国手ハイセンターこと被告 Y 右訴訟代理人弁護士 内田雅敏 同 山崎恵 同 芳永克彦 同 内藤隆 主文 1 被告は、別紙目録(1)記載の書籍を出版、販売、頒布してはならない。 2 被告は、その住所地、営業所に存する被告所有の前項の書籍を廃棄せよ。 3 被告は、原告に対し、金100万円及び内金50万円に対する昭和63年5月20日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求を棄却する。 5 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。 6 この判決は、第3項に限り、仮に執行することができる。 事実 第1 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 主文1、2項と同旨 2 被告は、原告に対し、金1150万円及び内金1000万円に対する昭和63年5月20日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は、原告に対し、株式会社旅行新聞新社発行の「旬刊旅行新聞」、株式会社都市交通研究会発行の「月刊ザ・タクシー」に、別紙目録(2)記載の謝罪広告を同(3)記載の掲載条件で1回掲載せよ。 4 訴訟費用は被告の負担とする。 5 右2につき仮執行の宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 第2 当事者の主張 一 請求の原因 1(一)原告は、「第6号観光ハイヤー」との表題の著作物を著作し、昭和60年7月1日、訴外株式会社クローバル(以下「クローバル」という。)から、B5版〈ママ〉292頁の体裁で1万7000部発行した(以下「原告書籍」という。)。 (二)原告書籍は、日本全国の観光地における観光タクシーを手配、予約するための資料とする目的で、観光コース、時間、料金等を記載した「タリフ」と呼ばれるものであるが、その中でも、モデルコースを紹介した部分(以下「原告コース表」という。)及び予約客が貸切りタクシーの運転手の出迎えを受ける場所の案内図である「お迎え場所」の略図(以下「原告案内図」という。)は、原告書籍の主要な部分であり、かつ、独創部分である。 即ち、原告は、原告書籍中の各原告コース表について、貸切りタクシーにより周遊するためのモデルコース、その所要時間、料金等を表形式で列記することにし、それぞれの観光地毎に、限られた時間と費用の中でいかなる場所を観光対象として取り上げるかの取捨選択をし、選択された観光対象をどのような順序で効率的に周遊するかの配列についての工夫をし、かつ、表の所定のスペースにバランスよく活字を配列し、見た目に美しくするための観光対象の表記等の工夫をし、創作的に表現した。 また、原告は、原告書籍中の各原告案内図について、定められた長方形のスペースの中に的確かつ簡潔に表現するという基本的思想に基づき、統一的に、いずれも直線を主体とし、主要な目標物のみを選択して、創作的に表現した。 このようにして、原告は、日本全国の観光地について、原告コース表及び原告案内図を主要な内容とする原告書籍を創作的に表現して著作した。 (三)以上のとおり、原告は、原告書籍を著作したものであるから、原告書籍につき著作権及び著作者人格権を有する。 2 原告は、日本全国の主要な観光地における観光タクシー業者と契約して、貸切りタクシーで観光する観光客をタクシー利用客として右観光タクシーに送客し、他方、日本全国の主要な旅行業者と契約して、右のように貸切りタクシーを利用する観光客について旅行業者から観光タクシーの手配を引き受ける業務を行うとともに、契約した各観光タクシー業者から送付されたコース案内をバインダーで綴じたものをタリフとして旅行業者に配布していた。 原告は、その後本格的なタリフを発行しようと計画し、自ら実地調査を行いつつ、契約した観光タクシー業者の協力を得て、昭和51年には「第2号観光ハイヤー」と題する書籍を著作、発行し、昭和52年にはこれに改訂を加えて「第3号観光ハイヤー」と題する書籍を著作、発行し、これらを順次旅行業者や契約した観光タクシー業者に営業用に頒布していたが、昭和54年10月1日に前記クローバルを設立し、以後同社において右観光タクシーの手配の引受、送客等の業務を行うようになった。同社は、その後原告が著作した「第4号観光ハイヤー」、「第5号観光ハイヤー」と題する書籍を発行し、タリフとして順次前同様に頒布していたが、「第6号観光ハイヤー」(原告書籍)についても、発行直後の昭和60年7月頃、旅行業者や被告が代表者を務める訴外有限会社伊勢西村ハイヤー(以下「伊勢西村ハイヤー」という。)を含む契約観光タクシー業者に営業用に頒布した。 3 被告は、伊勢西村ハイヤーの代表者であるが、同社は原告やクローバルと前記のような契約を締結し原告書籍をも含め各号の「観光ハイヤー」と題する書籍の配布を受けていたところ、被告は、昭和60年12月13日クローバルに対し同社と伊勢西村ハイヤーとの契約の破棄を申し入れたうえ、昭和62年10月8日、「西村ハイタク旅行全国手ハイセンター」との名称でクローバルと同一内容の営業を開始し、また、同日頃別紙目録(1)記載の書籍(以下「被告書籍」という。)を作成し、その頃これを旅行業者らに頒布した。 4 被告書籍には、その主な内容として、日本全国の観光地で貸切りタクシーを利用して周遊するモデルコースを紹介した部分(以下「被告コース表」という。)及び予約客が貸切りタクシーの運転手の出迎えを受ける場所の案内図である「お迎え場所」の略図(以下「被告案内図」という。)の記述がある。 被告は、クローバルから伊勢西村ハイヤー宛に配布された原告書籍に依拠して被告書籍を作成したものであり、また被告書籍中の被告コース表の表現は対応する原告書籍中の原告コース表の表現、被告書籍中の被告案内図の表現は対応する原告案内図の表現と同一であるか、又は極めて類似しているものである。 例えば、原告書籍の74頁と被告書籍の90頁とを対比すると、原被告のコース表及び案内図が一致していることは明らかであるし、原告書籍の91頁と被告書籍の106頁とを対比すると被告コース表は原告コース表の「大鍵乳洞」との誤植(「鍵」は「鍾」が正しい。)まで同じであり、また原告書籍の93頁と被告書籍の109頁とを対比すると、被告コース表は原告コース表の「富士城」「福岡」等との誤植(「富山城」「神岡」が正しい。)まで同じであって、これらは原告コース表をそのまま複写したともいえるものであり、被告書籍全体で196頁のうち表現が原告書籍と同一又は類似する部分は142頁に及んでいる。 このように、被告は、クローバルから配布された原告書籍に依拠して、コース表や案内図の表現が原告のものと同一又は類似する被告書籍を出版頒布し、原告が原告書籍について有する著作権を侵害した。 5 被告は、被告書籍において、原告書籍の目次部分、北海道の観光地についての原告コース表の一部、原告案内図の記載について改変、切除を行い、また、原告書籍の「第6号観光ハイヤー」という題号を、「ハイタク旅行1号」という題号に改変し、原告が原告書籍について有する同一性保持権を侵害し、また被告書籍において、「西村ハイタク旅行全国手ハイセンター」と表示し、原告が原告書籍について有する氏名表示権を侵害した。 6 被告は、原告書籍について原告が有する著作権、著作者人格権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで右4及び5のとおりの行為を行ったものである。 7(一) 原告は、被告の右著作権侵害行為によって精神的損害を被ったところ、これを慰謝するに足りる金額は、200万円を下らない。また、原告は、被告の右著作者人格権侵害行為によっても精神的損害を被ったところ、これを慰謝するに足りる金額は、金銭に換算すれば優に1000万円を超えるものであるが、本訴においては、その一部である800万円の損害賠償を求める。更に、原告の著作者としての名誉は右金銭支払いで償えるものではないので、これを回復するためには、請求の趣旨記載の謝罪広告が必要である。 (二) 原告は、被告が全く誠意ある対応をしないために、やむなく本件訴えの提起を余儀なくされた。原告は、原告代理人に訴訟追行を委任して弁護士会所定の規程に準拠して手数料及び報酬として150万円を支払う約束をした。右金額は、被告の右行為と相当因果関係のある損害である。 8 よって、原告は、被告に対し、著作権法112条1項に基づき被告書籍の出版、販売、頒布の差止めを、同条2項に基づき被告書籍の廃棄を、損害賠償として金1150万円及び弁護士費用分を除く内金1000万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和63年5月20日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い、著作権法115条に基づき謝罪広告を求める。 二 請求の原因に対する認否 1 請求の原因1のうち、原告書籍が昭和60年7月1日クローバルから発行されたことは認め、その余は否認する。 2 同2のうち、原告が原告書籍を含む「観光ハイヤー」と題する書籍を著作したことは否認し、その余は知らない。 3 同3のうち、被告が昭和62年10月8日「西村ハイタク旅行全国手ハイセンター」との名称で営業を開始したこと、被告がその頃被告書籍を作成し旅行業者らに頒布したことは認め、その余は知らない。 4 同4ないし7は否認する。 三 被告の主張 1 原告書籍の著作物性について 原告書籍は、全国各地の契約観光タクシー業者から送付された公知の観光モデルコースのタリフを、各地域別に分類して1冊のバインダーに綴ったものをもとに、その後更に契約観光タクシー業者から送られた資料等により内容を増やしてできあがったものであって、著作権法によって保護される程度の創意工夫を認めることができない。 原告コース表については、そのモデルコース、時間等は、各観光地において公知のものであって、格別の創意工夫はなく、誰が作成してもほぼ同様なものができるのである。 原告案内図については、最寄りの駅又は空港の構内のタクシー待ち合わせ場所が「お迎え場所」となるのであって、誰が作成してもほぼ同様なものができるのである。 2 原告書籍の著作権の帰属について 原告が代表取締役に就任しているクローバルは、被告が代表取締役に就任している伊勢西村ハイヤー等の観光タクシー業者との間で、クローバルが伊勢西村ハイヤー等に代って集客業務を行い、伊勢西村ハイヤー等がクローバルに一定の手数料を支払う旨の業務委託契約を締結しているところ、集客業務を行うに当たっては、宣伝広告等の付随的な業務を伴うが、業務委託契約書中には、「伊勢西村ハイヤーはクローバルが委託業務を処理するに必要な諸経費(宣伝費、タリフ作成費、クーポン券作成費、前記業務に係る通信費等)を負担して、クローバルの請求によりこれをクローバルに支払う。」旨の条項が含まれており、同契約に基づき、原告は、伊勢西村ハイヤー等からの委託により資料及び費用の提供を受けて、クローバルの右集客業務に付随する業務として、原告書籍を作成したのであるから、原告は、原告書籍の発行権限を有するものでなく、原告書籍について何の独占的権利(専属的な出版権)も有していない。 3 原告書籍は、右のように伊勢西村ハイヤー等契約観光タクシー業者が作成の委託料を支払った外、旅館、土産物店等から広告をとって広告料をクローバルに納入して作成費用としたもので、仮に被告書籍が原告の権利を侵害するものとしても、原告には損害はない。 第3 証拠関係 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。 理由 一1 請求の原因1のうち、原告書箸が昭和60年7月1日クローバルから発行されたことは、当事者間に争いがない。 2 成立に争いのない甲第1、第5ないし第9号証、乙第14号証の1、同号証の2ないし18の各1、2、同号証の20、21の各1、2、第26号証並びに原告及び被告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。 (一)原告は、全国各地の観光タクシー業者と業務委託契約を締結のうえ、右契約を締結した全国各地の観光タクシー業者に代って旅行客や旅行斡旋業者との間で旅行客の運送及び観光案内に関する契約を締結するなどして報酬を得る業務を営もうと企画し、昭和50年9月頃から、原告の企画に賛同した被告が代表者である伊勢西村ハイヤーを含む全国各地の観光タクシー業者との間で、業務委託契約を締結した。 (二)原告は、その頃から、旅行客や旅行斡旋業者が、観光旅行に貸切りタクシーを利用する計画を立てる便宜をはかる目的で、右契約を締結した観光タクシー業者に対し、各社が営業している地域の観光モデルコース、そのコースのタクシー料金、所要時間等を記載した書面であるタリフの作成を依頼し、これに対し、伊勢西村ハイヤーなど観光タクシー業者の多数の者は、それぞれ独自に、自分の営業する地域の観光モデルコース、そのコースのタクシー料金、所要時間あるいはタクシー待ち合わせ場所等を記載したタリフを作成して原告に送付し、原告は、右タリフを1冊のバインダーに綴って(右のとおりバインダーに綴ったものを以下「1号タリフ」という。)、全国の多数の旅行斡旋業者及び契約した観光タクシー業者に無料で配布した。 (三)原告は、昭和51年頃、1号タリフに、その後観光タクシー業者から送付されてきた観光モデルコース等に関する資料を加え、またモデルコース及び出迎え場所略図等について表現形式を統一するなどし、バインダーに綴られた形式の1号タリフに代えて1冊の書籍の形式にした「第2号観光ハイヤー」を著作し、その後、形式を改めたり、記載内容を追加訂正するなどして「第3号観光ハイヤー」を著作し、これを出版して旅行斡旋業者等に配布した。原告は、昭和54年10月頃、クローバルを設立し、それまで原告個人が行ってきた営業を同社に行わせるようにしたが、書籍「観光ハイヤー」改訂の作業は引続き個人として続け、順次、「第4号観光ハイヤー」、「第5号観光ハイヤー」を出版し、前同様にして、昭和60年7月に、「第6号観光ハイヤー」(原告書籍)を著作し、これを出版して、全国の旅行斡旋業者や伊勢西村ハイヤー等の観光タクシー業者に頒布した。 (四)原告書籍は、主として、(1)全国の観光地を宿泊付きで貸切りタクシーを利用して周遊するためのモデルコースを紹介した部分、(2)全国の観光地で宿泊なしに貸切りタクシーを利用して周遊するためのモデルコースを紹介した原告コース表の部分、(3)予約した旅行客が貸切りタクシーの運転手の出迎えを受ける場所の略図である原告案内図の部分、(4)各観光地の食堂、土産店等の宣伝広告の部分、(5)ジャンボタクシー(9名乗)やバスを保有する業者毎のモデルコースやサービス紹介の部分、から構成されている。右(2)の原告コース表の部分は、全国を、北海道、東北、関東、信州、房総、中部、北陸、近畿、山陰、山陽、四国、九州、・291D美・沖縄の10のブロックに分割し、各ブロックごとに7ないし21の主要な観光拠点を選び出し、右各観光拠点について、それぞれ、貸切りタクシーによる周遊のモデルコース、所要時間、料金等が一覧表形式で記載されており、合計160の一覧表からなっている。右(3)の原告案内図の部分は、各原告コース表の頁に余裕がある場合はその頁に、余裕がない場合は原告コース表全体の末尾に一括して、横長の長方形の枠を設け、右枠内に、主要な駅、港又は空港の構内やその周辺の主要な目標物と出迎え場所を表示した略図が記載されており、合計156の略図からなっている。 (五)原告書籍の原告コース表について更に詳細に検討すると、全体が横書きされ、大きくは「コース」「予約av「所要時間」「モデルコース」「料金」の5欄に分かれ、「料金」欄は更に「小型」「中型」(又は「備考」)の2欄に分かれ、これらが左から順次記載されていること、「コース」欄はモデルコースの出発地と終着地、場合によっては途中に経由する主要観光地が記載され、モデルコースを出発地・終着地の別にまとめていること、「モデルコース」欄では出発地が同欄の左端に、終着地が同欄の右端に記載され、これは経由する観光地名の表示に要する字数の多少にかかわらないこと、類似するモデルコースについては、同じ観光地を経由する場合は欄の中の同じ位置にその観光地名を表示し、その観光地を経由しない場合はその省略された観光地に相当する箇所が「……」で表示されて、省略された観光地が一目でわかるように、観光地名の配置場所が考慮されていること、既に記載したモデルコースに観光地を追加したり、終着地を変更・延長する場合には、例えば「延長した場合の……追加場金は」等として、「追加料金は」等の語をコース内容記載欄の右端に記載し、「料金」欄が「モデルコース」欄の右にあることとあいまって、分かりやすいものになっていることなどの特徴がみられる。 また、原告案内図について更に詳細に検討すると、横長の長方形の枠内に全ての記載が収められていること、その枠内左には更に縦長の枠が設けられ、そこには太字で「○○駅お迎え場所」等と縦書きされていること、その右側には、駅、港又は空港の構内、線路、道路、駅前広場等の主要な目標物の略図が主に直線で記載され、そしてその目標物の名称等は主に横書きされ、駅や空港ターミナルビルの名称は太字で表示されるとともに「〈」括弧でくくられていること、案内図の中心となる出迎え場所は、「・」で地点が示されたうえ、「お迎え場所」等と太字で表示されていること等の特徴がみられる。 3 右認定の事実によれば、原告書籍中の各原告コース表及び原告案内図については、それぞれ限られたスペースで周遊すべき観光地や料金、「お迎え場所」の地点が理解できるように表現方法に種々の工夫をこらし、また全体的にも統一された形式を保って美観を損わないように工夫がなされているのであって、その表現形式及び表現内容について著作物性があるというべきである。 4 被告は、原告書籍中の原告コース表は、契約観光タクシー業者から提出された公知の観光モデルコースを綴ったものをもとにでき上がったものであり、案内図は、最寄りの駅又は空港の構内のタクシー待ち合わせ場所が「お迎え場所」となるのであって、いずれも、誰が作成してもほぼ同様なものができるから、著作物性がない旨主張するが、前認定のとおり、原告コース表及び原告案内図とも、原告自ら工夫を加えて採られた表現形式であり、また、表現の対象をみても、特定の観光の拠点を発着する観光タクシー利用のモデルコースに取り入れる観光地、観光施設の多い場所では、それらをどのように組み合わせて一つのコースにするか、一つのコースの中で観光地を周遊する順序をどうするかは決して一様ではないから、その中で、個々のコースに取り入れる観光地、観光施設を選択し、一つのコースの中の順序を決めて、それらを所要時間、料金等の面からの多様性を考慮して組み合わせ、一つのコース表にまとめたものである原告コース表、駅、港、空港構内、その周辺の適切な目標物を取捨選択したものである原告案内図の表現内容にもかなりの工夫が認められ、誰が作成したとしてもその表現形式及び表現内容が同じものとなるということはできないのであって、被告の右主張は、採用することができない。 また、被告は、クローバルは、伊勢西村ハイヤー等の観光タクシー業者との間で、クローバルが伊勢西村ハイヤー等に代って集客業務を行い、伊勢西村ハイヤー等はクローバルに一定の手数料を支払う旨の業務委託契約を締結し、同契約に基づき、原告は、伊勢西村ハイヤー等から資料及び費用の提供を受け、クローバルの右集客業務に付随する業務として、原告書籍を作成したのであるから、原告は、原告書籍についての何の独占的権利(専属的な出版権)も有していない旨主張するが、前記認定のとおり、原告において原告書籍を著作したものであるから、その著作権は原告に帰属するものであって、被告主張のとおり、仮に原告が伊勢西村ハイヤー等から資料及び費用の提供を受け、クローバルの右集客業務に付随する業務として、原告書籍を著作したものであったとしても、そのことから直ちに著作権が原告に帰属しないということはできず、被告の右主張は失当である。 二1 被告が昭和62年10月8日頃、被告書籍を作成し、旅行業者(旅行斡旋業者)らに頒布したことは、当事者間に争いがない。 2 また、被告本人尋問の結果によれば、被告は被告書籍を約6000部出版したことが認められる。 3 成立に争いのない甲第2号証によれば、被告書籍について、次の事実が認められる。 (一)被告書籍は、その表題を「ハイタク旅行1号」とし、その構成は、(1)観光道路地図の部分、(2)イラストマップの部分、(3)北海道、九州等のブロックの観光地を宿泊付きで貸切りタクシーを利用して周遊するモデルコースを紹介した部分、(4)全国の観光地で宿泊なしに貸切りタクシーを利用して周遊するモデルコースを紹介した被告コース表の部分、(5)予約した旅行客が貸切りタクシーの運転手の出迎えを受ける場所の略図である被告案内図の部分、からなっている。 (二)被告書籍の被告コース表は、全国を、北海道、東北、関東、信州、房総、中部、北陸、関西、中国、四国、九州、沖縄の10のブロックに分割し、各ブロック毎に3ないし23の主要な観光拠点を選び、各観光拠点についてそれぞれ貸切りタクシーを利用する周遊のモデルコース、所要時間、料金等が一覧表形式で記載されている。その構成を更に詳細にみると、全体が横書きされ、大きくは「予約av「時間(約)」「料金(概算)」「コース内容」の4欄に分かれ、「料金(概算)」欄は、更に欄名の記載がない欄、「中型」及び「小型」と記載された三つに分かれ、これらが左から順次記載されている。「コース内容」欄は、出発地が同欄の左端に、終着地が同欄の右端にそれぞれ太字で記載され、これは経由する観光地名の表示に要する字数の多少にかかわらないものであり、類似するモデルコースについては、同じ観光地を経由する場合は欄の中の同じ位置にその観光地名を表示し、その観光地を経由しない場合は欄の中の同じ位置にその観光地名を表示し、その観光地を経由しない〈「欄の中の同じ位置にその観光地名を表示し、その観光地を経由しない」は重複のため削除?〉省略された観光地に相当する箇所が「……」で表示され、また、既に記載したモデルコースに観光地を追加したり、終着地を変更・延長する場合には、例えば「延長した場合の……追加料金は」等として、「追加料金は」等の語が「コース内容」欄の右端に記載されている。「料金(概算)」欄のうちの、左端の欄名の記載がない欄はいずれも何らの記載がない。 (三)また、被告書籍の被告案内図は、各被告コース表の頁に余裕がある場合はその頁に、余裕がない場合には各ブロック毎にその末尾に一括して横長の長方形を設け、その枠内に全ての記載が収められ、その枠内左には更に縦長の枠が設けられ、そこには太字で「○○駅お迎え場所」等と縦書きされ、また、その右側には、駅、港又は空港の構内、線路、道路、駅前広場等の主要な目標物の略図が主に直線で記載され、そしてその目標物の名称等は主に横書きされ、駅や空港ターミナルビルの名称は太字で表示されるとともに「〈」括弧でくくられ、案内図の中心となる出迎え場所は、「・」で地点が示されたうえ、「お迎え場所」等と太字で表示されている。そして、被告書籍には被告案内図が合計131図記載されている。 三 原告書籍と被告書籍との表現形式及び表現内容をそれぞれ対比する。 原告コース表の「モデルコース」欄とこれに対応する被告コース表の「コース内容」欄とを対比すると、被告コース表の「コース内容」欄は、前記一2(五)で認定した原告コース表の「モデルコース」欄の特徴、即ち、(1)経由する観光地名の表示に要する字数の多少にかかわらず終着地が同欄の右端に記載されていること、(2)類似するモデルコースについては、省略された観光地が一目でわかるように省略された観光地に相当する箇所が「……」で表示され、観光地名の配置場所が考慮されていること、(3)既に記載したモデルコースに観光地を追加したり、終着地を変更・延長した場合には、例えば「延長した場合の……追加料金は」等として、「追加料金は」等の語をコース内容記載欄の右端になるように配置していること、などの特徴を全部具備し、また記載内容に当たるコースの出発地、経由観光地及び終着地、各コースの記載順序はほぼ同一であって、原告コース表の「モデルコース」欄とこれに対応する被告コース表の「コース内容」欄との表現形式及び表現内容は同一又は極めて類似しているものというべきである。その同一又は類似する頁の対応関係は、別紙対応表(1)のとおりであって、合計128頁である。 原告案内図とこれに対応する被告案内図とを対比すると、被告案内図は、前記一2(五)で認定した原告案内図の特徴、すなわち、(1)横長の長方形の枠内に全ての記載が収められていること、(2)その枠内左には更に縦長の枠が設けられ、そこには太字で「○○駅お迎え場所」等と縦書きされていること、(3)その右側には、駅、港又は空港の構内、線路、道路、駅前広場等の主要な目標物の略図が主に直線で記載され、そしてその目標物の名称等は主に横書きされていること、(4)駅や空港ターミナルビルの名称は太字で表示されるとともに「〈」括弧でくくられていること、(5)案内図の中心となる出迎え場所は、「・」で地点が示されたうえ、「お迎え場所」等と太字で表示されていること等の特徴を全て具備し、また記載内容に当たる目標物の取捨選択等もほぼ同一であって、原告案内図とこれに対応する被告案内図との表現形式及び表現内容はほぼ同一であるというべきである。その同一である図の対応関係は、別紙対応表(2)のとおりであって、合計127図である。 四 被告本人尋問の結果によれば、被告は、原告書籍の一部を書き写すなどして被告書籍の原稿を作成したこと、被告は、被告案内図について、事務員に原告書籍を見て記載することを指示し、事務員は、その指示に従って原告書籍中の原告案内図に基づいて被告案内図の原稿を作成したことが認められる。 また、原告書籍と被告書籍とを対比しても、被告書籍には、その「コース内容」欄が原告書籍の「モデルコース」欄をそのまま転記したことを推認できる部分が存在する。 例えば、原告書籍の91頁の予約No・5ないし7欄には、本来「大鍾乳洞」と記載されなければならないのを「大鍵乳洞」と記載した誤植があるのに、対応する被告書籍の106頁の予約No・5ないし7欄にも同じ誤植があり、原告書籍の93頁の予約bPないし3、23欄には、本来「富山城」「神岡」と記載されなければならないのを「富士城」「福岡」と記載した誤植があるのに、対応する被告書籍の109頁の予約No・1ないし3、23欄にも同じ誤植があり、原告書籍の79頁の予約No・22、23欄には、本来「鳴沢氷穴」と記載されなければならないのを「鳴沢永穴」と記載した誤植があるのに、対応する被告書籍の95頁の予約No・22、23欄にも同じ誤植があり、原告書籍の96頁の務約No・1ないし6欄には、本来「成巽閣」、「忍者寺」と記載されなければならないのを「成選閣」、「忍者村」と記載した誤植があるのに、対応する被告書籍の112頁の予約No・1ないし6欄にも同じ誤植がある。 また、被告書籍の52、80、87、137、155頁等においては「予約No・」欄の番号を原告書籍とは異なったものに変更しているから、「コース内容」欄においてそのコースを引用する場合には、変更された「予約No・」欄の番号が記載されなければならないのに、「コース内容」欄には原告書籍の「モデルコース」欄と同じ番号が引用されるという誤りがある。 更に、被告書籍の119・120頁、125・126頁、133・134頁、159・160頁、167・168頁、170・171頁は、連続して記載されるべきものであり、しかもその119、125、133、159、167、170頁の下部は未だ数行記載可能であるのに、原告書籍と同様に次の頁に移っており、被告書籍の30・31頁に対応すると、不自然な体裁となっている。 五 右のとおりであるから、被告は、被告書籍のうちの別紙対応表(1)記載の頁の被告コース表及び同(2)記載の被告案内図について対応する原告書籍の原告コース表及び原告案内図に依拠してこれらと表現が同一又は極めて類似したものを作成したものと認められ、被告による被告書籍の出版行為は、原告が原告書籍について有する複製権を侵害するものというべきである。 また、前記認定の事実によれば、被告は、原告書籍の記載内容を一部改変し、原告書籍の表題を「ハイタク旅行1号」とするなどして、原告書籍の同一性を害する被告書籍を出版頒布し、更に、被告書籍に原告の氏名を表示しなかったものと認められるから、被告による被告書籍の出版行為は、原告が原告書籍について有する同一性保持権及び氏名表示権を侵害するものである。 よって、原告の被告書籍の出版、販売、頒布の差止めの請求及び被告の住所地、営業所に存する被告所有の被告書籍の廃棄請求は理由がある。 六 前記認定事実によれば、被告は、原告が著作者として原告書籍について著作権、同一性保持権及び氏名表示権を有することを知り、又は過失によりこれを知らないで、原告が原告書籍の著作者として有する著作権、同一性保持権及び氏名表示権を侵害したことが明らかであって、原告は、被告の右侵害行為によって精神的苦痛を被ったものと認められる。そして、前記認定の原告書籍の著作の目的、経緯、記載内容、頒布先並びに被告書籍の記載内容及び頒布先等諸般の事情を考慮すると、被告の著作権侵害による原告の精神的損害に対する慰謝料の額は40万円、被告の著作者人格権侵害による原告の精神的損害に対する慰謝料の額は10万円が相当であるというべきである。 また、右のような事情に照せば、金銭賠償のほかに著作者であることを確保し、又は原告の名誉声望を回復するための措置が必要であるとは認められないから、本訴請求のうち謝罪広告を求める点は理由がない。 七 本件訴えの提起、追行のために原告が弁護士である原告代理人を選任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、審理の経緯、訴訟の結果その他諸般の事情を考慮すれば、原告に生じた弁護士費用のうち被告の不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべき金額は、50万円が相当である。 八 以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告書籍の出版、販売、頒布の差止めを求める請求、被告書籍の廃棄を求める請求及び損害賠償請求中金100万円及び内金50万円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和63年5月20日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条、92条本文、仮執行宣言について同法196条1項を各適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 一宮和夫 裁判官 宍戸充 |
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