判例全文 line
line
【事件名】長崎・町勢要覧事件
【年月日】平成4年7月22日
 長崎地裁 平成3年(ワ)第11号 損害賠償請求事件

判決
原告 X
訴訟代理人弁護士 森永正
被告 長崎県
代表者 県知事Y1
指定代理人 江口正昭
同 小林哲男
同 泉昭則
同 清田俊二
同 藤原敬一
同 中野嘉仁
被告 財団法人長崎県市町村振興協会
代表者 理事Y2
被告両名訴訟代理人弁護士 芳田勝巳


主文
1 被告らは連帯して原告に対し金104万円及び内金94万円に対する平成元年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の、その余を被告らの各負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。

事実
第1 請求
 被告らは連帯して原告に対し517万円及び内470万円に対する平成元年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 主張
一 請求原因
1 一式フォト企画有限会社(以下「訴外会社」という)は、長崎県下の南串山町、大島村、富江町、玉之浦町、上対馬町、深江町、上県町(以下「本件7町村」という)から、別紙一覧表記載の町勢要覧、村勢要覧、観光パンフレット(以下「本件町勢要覧等」という)の製作を受注し、訴外会社の代表取締役である原告は、本件町勢要覧等に掲載するため、別紙一覧表番号1ないし16のカラー写真合計16枚(以下「本件各写真」という)を撮影した。そして、本件各写真の複製は別紙一覧表のとおり本件町勢要覧等に掲載された。
2 被告らは、長崎県下の市町村のプロフィールを紹介するため、被告長崎県の企画編集、被告振興協会の発行による書籍「活き活き長崎」(以下「本件書籍」という)を出版することを計画し、原告の許諾を受けることなく、本件各写真の複製を本件書籍に掲載した上、平成元年3月31日、右掲載にかかる本件書籍約8000冊を発行し、長崎県内外に無料又は有料で頒布した。右掲載に当たって、被告らは、原告の氏名を表示しなかった上、別紙一覧表番号10の写真(井持浦ルルドの写真・・聖母マリア像の左斜め下に大きく十字架を配置したもの)の十字架の下半分をカットした。
3 被告らは原告の著作権(著作財産権及び著作者人格権)を侵害することを知り、又は過失によりこれを知らないで、右行為をしたものであるから、被告らには原告の被った後記損害を賠償する義務がある。
4@ 著作財産権(複製権)侵害 320万円
 原告の定める写真使用基準料金表では、本件のようなパンフレットの場合写真1枚当たり4万円であるが、無断使用者に対する使用料は5倍とされているので、無断使用者から通常受けるべき使用料は写真1枚当たり20万円となり、16枚の合計額320万円が原告の被った損害額である。
A 著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)侵害 150万円
 前記のとおり、被告らは本件各写真について氏名表示権を侵害し、また、別紙一覧表番号10の写真について同一性保持権を侵害したが、侵害行為の態様、複製の枚数、被告らが他の模範となるべき公の団体であること、原告が写真誌、パンフレット等のクリエーターとして35年以上活躍してきたこと、原告は別紙一覧表番号10の写真を撮影するに当たってキリシタン信者の信仰を表現するため前面に十字架を大きく採り入れたのに、被告らは十字架を切断して何を表現しているのか分からないようにカットしたことなどを考慮すると、原告の精神的苦痛を慰藉する金額は150万円を下らない。
B 弁護士費用 47万円
5 よって、原告は被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、右損害額合計517万円及び右金額の内弁護士費用控除後の470万円に対する侵害行為の後である平成元年4月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告らの主張
1 請求原因1、2は認める。同3、4は否認する。
2 本件各写真の撮影は原告が訴外会社の業務として職務上行ったものであるから、著作権法15条1項により、本件各写真の著作者は訴外会社であって、原告ではない。
3 仮に原告が著作者であるとしても、原告と本件7町村との間には本件各写真について特段の約定がないこと、原告は本件町勢要覧等に撮影者を原告と表示しないことを許容していること、原告には本件7町村の責任を問う意思がないことからすると、原告は本件7町村に本件各写真の著作権を譲渡したか、又は右著作権を放棄したといえるので、原告に著作権はない。
4 仮に原告が著作権者であるとしても、本件町勢要覧等は本件7町村がそれぞれの地勢や観光資源等を一般に周知させることを目的として本件7町村の著作名義で公表した広報資料であって、しかも、原告は右広報資料の一部である本件各写真を本件7町村の紹介のため説明の材料として本件書籍に転載したのであるから、著作権法32条2項により、被告らは本件各写真の自由利用ができるのであって、原告の著作権を侵害したとはいえない。
5 また、本件町勢要覧等には本件各写真の撮影者が表示されていない上、本件7町村は被告長崎県から使用目的を明示されて資料の提出を求められ、何らの制約も付けずに本件町勢要覧等を提出したのであるから、被告らに故意、過失はない。
三 被告らの右主張に対する原告の認否
 右主張2ないし5は否認する。
第3 証拠
 本記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
一 本件各写真の著作権
1 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右事実と証拠(甲1の1ないし3、2の1ないし4、3の1ないし5、4の1ないし7、8の1、2、4、9の1ないし4、10、13、14、乙の2ないし8、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
@ 訴外会社は、本件7町村から、請負代金を1部約1000円前後とする約定で、それぞれ本件町勢要覧等の作成を請け負った。
A 訴外会社の代表取締役である原告は、本件7町村から提出された統計資料等や、発注後(上対馬町の町勢要覧)又は発注前(その余の町村の町勢要覧等)に原告が撮影した本件各写真(別紙一覧表のとおり本件7町村の名所、旧跡、風景、風物を撮影した写真である)を、原告が考案したキャッチフレーズや説明文を添えて配列し、本件町勢要覧等を編集した。
B 訴外会社は、本件7町村の審査を受けた後、本件7町村を編集者と表示して本件町勢要覧等を印刷し、本件7町村にそれぞれ約1000ないし2700部を納入した。なお、本件町勢要覧等には本件各写真の撮影者は表示されていなかった。
2 右事実によると、本件各写真が著作物であることは明らかであり、しかも、編集物である本件町勢要覧等の著作者は格別、少なくとも、右編集物の部分を構成する本件各写真の著作者は原告と認めるのが相当である。
 被告らは本件各写真の著作者は訴外会社と主張するが、前認定のとおり本件町勢要覧等は訴外会社の著作名義の下に公表されたものではないから、著作権法15条1項の適用の余地はなく、右主張は失当である。
 被告らは原告が本件各写真の著作権を譲渡又は放棄したと主張するが、被告ら主張の事実から譲渡又は放棄の事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
 被告らは著作権法32条2項により本件各写真を自由利用できると主張するが、同条項の趣旨、文言からすると、同条項は国又は地方公共団体に著作権がある著作物に適用されるものと解するのが相当であるところ、前認定のとおり本件各写真の著作権は本件7町村にはないので、右主張は失当である。
二 被告らの責任
1 請求原因2の事実は当事者間に争いがなく、右事実と証拠(甲5の1ないし7、11の1、2、4ないし6、乙1ないし8、証人A)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
@ 被告らは、長崎県下の市町村のプロフィールを紹介するため、被告長崎県の企画編集、被告振興協会の発行による本件書籍を出版することを計画し、昭和63年12月7日ころ、被告長崎県は、本件7町村を含む長崎県下の市町村に対し、本件書籍作成のための原稿、資料、写真等の提出を依頼した。
A 本件7町村は右依頼に応じて本件町勢要覧等を被告長崎県に提出したところ、被告らは、原告の許諾を受けることなく、本件町勢要覧に掲載された本件各写真の複製を本件書籍に転載し、平成元年3月31日、本件書籍約8000冊を発行して長崎県内外に無料又は有料で頒布した。
B 本件書籍に掲載されている本件各写真の複製には撮影者の表示はなく、また、別紙一覧表番号10の写真(井持浦ルルドの写真・・聖母マリア像の左斜め下に大きく十字架を配置したもの)の複製は十字架の下半分をカットし掲載された。
2 右事実によると、被告らは共同して原告の著作財産権たる複製権と著作者人格権たる同一性保持権を侵害したことが認められる。これに対し、著作者人格権たる氏名表示権については、本件町勢要覧等に撮影者の表示はなかったのであるから(なお、上対馬町の町勢要覧には印刷者の表示の下に「著作人X」と表示されているが、その趣旨は明確でなく、別紙一覧表番号11、12の写真の撮影者を表示するものと解することはできない)、原告は本件各写真に氏名を表示しないこととする権利を行使したものと考えられ、著作権法19条2項、48条2項の趣旨に照らし、本件書籍に撮影者を表示しなかったことをもって氏名表示権を侵害したとはいえない。
 そこで、前記一1、二1の事実に基づいて被告らの故意又は過失の有無につき検討するに、本件町勢要覧等には撮影者の表示はなかったものの、本件町勢要覧等に掲載された写真の枚数、被写体、構図、カメラアングル等をみると、右写真のすべてを本件7町村の職員が撮影したものとは到底考えられないところであるから、被告らとしてはこの点を本件7町村に確認すべき義務があったというべきであり、これを怠った被告らには過失が認められる。
 したがって、被告らには、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 著作財産権(複製権)侵害 64万円
 証拠(甲7、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、自ら定めた写真使用基準料金表に基づき、パンフレットに掲載する場合の使用料として、カラー写真1枚につき4万円を徴してきたことが認められ、右金額が著作権法114条2項所定の「著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額」と認められるので、原告は本件各写真16枚の使用料合計64万円に相当する金額の損害を受けたというべきである。
 原告は無断使用者に対する使用料は5倍と定めているから損害額は320万円であると主張するが、右にいう「通常受けるべき金銭の額」とは通常徴する著作権使用料を指称するものであるから、右主張は失当であり、また、右認定額を超える損害の発生を認めるに足る証拠はない。
2 著作者人格権(同一性保持権)侵害 30万円
 証拠(甲6、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、35年以上にわたって、写真誌やパンフレットの企画編集の仕事をしてきたこと、原告は、別紙一覧表番号10の写真を撮影するに当たって、キリシタン信者の信仰を表現するため苦心して前面に十字架を配置したことが認められ、右事実と本件著作権侵害行為の態様等を勘案すると、原告の精神的苦痛を慰藉するには30万円が相当と認められる。
3 弁護士費用 10万円
 本件著作権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は10万円(著作財産権侵害につき7万円、著作者人格権侵害につき3万円)をもって相当と認める。
四 以上によると、原告の被告らに対する本訴請求は主文第1項掲記の限度で理由があるが、その余はいずれも理由がない。

長崎地方裁判所民事部
 裁判官 川久保政徳
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/