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【事件名】ポパイネクタイ事件(2) 【年月日】平成4年5月14日 東京高裁 平成2年(ネ)第734号 著作権侵害差止等請求控訴事件、同年(ネ)第2007号 付帯控訴請求事件 (原審・東京地裁昭和59年(ワ)第10103号) 判決 控訴人・附帯被控訴人(被告) 株式会社松寺 被控訴人・附帯控訴人(原告) キング フィーチァーズ シンジケート インコーポレーテッド 外2名 主文 本件控訴を棄却する。 原判決中、附帯控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。 控訴人は、附帯控訴人に対し金152万6571円及びこれに対する昭和59年10月2日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。 附帯控訴人の控訴人に対するその余の請求を棄却する。 訴訟費用は第1、2審を通じてこれを4分し、その1を附帯控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。 事実 第1 当事者の求めた裁判 一 控訴人(第1審被告) 1 第734号事件について 「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人らの負担とする。」との判決 2 第2007号事件について 「本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第1、2審を通じて附帯控訴人の負担とする。」との判決 二 被控訴人(第1審原告)ら 第734号事件について 「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決 三 附帯控訴人 第2007号事件について 「原判決中、附帯控訴人のその余の請求を棄却するとの部分を取り消す。控訴人は附帯控訴人に対し、金446万8038円及びこれに対する昭和59年10月2日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第1、2審を通じて控訴人の負担とする。」との判決 第2 当事者の主張 (附帯控訴人の著作権に基づく請求について) 次に付加、訂正する以外は、原判決5丁表1行目(編注、22巻1号38頁14行目)から27丁表4行目(同上、52頁末行)までの事実摘示中の附帯控訴人及び控訴人に関する記載部分のとおりであるから、これを引用する。 一 控訴人 1 本件著作権の保護期間満了による消滅の抗弁 (一)漫画ポパイは、附帯控訴人の法人著作であるから、同漫画の主人公であるポパイのキャラクターの著作権の保護期間は公表後50年である。そして、本件著作権の発生日は1929年(昭和4年)1月17日であるから、右公表日の翌年である昭和5年1月1日を起算日として、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律に基づく戦時加算3794日を加えて保護期間を算定すると、本件著作権の保護期間の終期は平成2年5月21日となり、右著作権は同日の経過をもって保護期間の満了により消滅した。したがって、本件著作権は既に消滅しているから、附帯控訴人のポパイのキャラクターについての本件著作権に基づく請求は理由がないことは明らかである。 (二)被控訴人らは、ポパイ漫画は現在まで継続的に刊行されているから、その保護期間は各連載漫画毎に計算されるべきであると主張し、原判決も同様の立場を採るが、かかる見解は以下に述べるとおり、失当である。 そもそも、漫画は、言語的著作物と絵画的著作物の両方の性質を兼ね備えるものである。「ポパイ」や「サザエさん」等の漫面のキャラクターの著作権の発生根拠を考えるときは、言語的著作物を分離して、右絵画的著作物の具体的絵画に著作権の発生根拠は求められ、言語的著作物に根拠が求められるものではない。なるほど、継続的刊行物において、漫画における言語的著作物の部分については、発表毎に文章が異なるので別個の著作権が発生することが考えられよう。しかし、絵画的著作物の部分については、既に第1回の漫画において表示された絵画的著作物において、キャラクターとしての特徴(以下「共有特徴」という。)を備えた絵画(原画)が表示されている場合、第2回以降の刊行物において、その絵画の基本的な容貌、姿態、性格の特徴、すなわち共有特徴には変更がなく、単に手足の動かし方などに多少の変更を加えた絵画が描かれたとしても、それは、既に発表済みのキャラクターの単なるヴァリエイション(変形)にすぎず、そこには何ら「創作性」(著作権法2条1項1号)が認められない。したがって、これらは、発表済みのキャラクターの単なる複製権の行使にすぎないものとして、新たに著作権が発生するものではないことは明白である。 もし、後続の刊行物においてもキャラクターとしての特徴を共有した同一性のある絵画が描かれるたびに、そのキャラクターの著作権が発生するというのであれば、キャラクターについては永遠に保護期間が満了しないことになり、保護期間を法律で定めた趣旨を没却してしまい不当であることは明らかである。 これを本件についてみると、ポパイのキャラクターとしての共有特徴は、@水兵帽をかぶり、A水兵服を着、B口にマドロスパイプをくわえ、C腕に錨の入墨を有すること、であり、かかるポパイの共有特徴は、既に1929年1月17日の第1回掲載漫画(甲第1号証)の3コマ目ないし5コマ目の公表されたポパイの絵画に全て表示されている。したがって、この日をもってポパイのキャラクターの著作物としての公表日とすべきである。 そうすると、ポパイ漫画のうち右共有特徴に係る部分は、前記のように、既に保護期間が満了しているから、パブリックドメインとなっているのである。したがって、附帯控訴人のポパイのキャラクターの著作権侵害の主張は失当である。 仮に、附帯控訴人が1929年1月27日以降のポパイ漫画の著作権を侵害されたと主張するものであるとしても、前記共有特徴を除いた部分のうち、創作性が認められる部分についてしか著作権を主張することはできないところ、図柄(六)は前記共有特徴以外の部分に創作性を有する部分があるとはいえない。そして、著作権侵害においては、原著作物へのアクセスを著作権者において主張立証することを要するところ、創作性の高い著作物の場合におけるアクセスは容易に推認されるとしても、創作性の程度の低い著作物においてはかかる推認は不可能であるから、前記のポパイの共有特徴を除いた部分につき、附帯控訴人においてアクセルを立証することは不可能というべきであり、したがって、この場合においても、著作権を侵害するものとはいえない。 2 著作権の時効取得の抗弁 (一)無体財産権は、「所有権以外ノ財産権」(民法163条)としての時効取得の対象となる点において、著作権、商標権も例外ではない。そして、著作権は複製権等その部分を限って譲渡することができるから、著作権等の一部に限って時効取得の対象となることも可能であることを意味する。 (二)訴外H(以下「H」という。)は、昭和33年6月26日、図柄(六)を商標として複製して登録出願し、同34年6月12日、登録第536992号として商標登録を受けた(以下「本件商標権」といい、これに係る標章を「本件商標」という。)。そして、Hは、株式会社丸善商店に図柄(六)の複製を許諾し、株式会社丸善商店は同社が倒産する昭和44年までその製造販売に係る繊維製品に図柄(六)を複製して使用したが、昭和44年12月、右複製権を第1審被告大阪三恵株式会社(以下「大阪三恵」という。)に譲渡した。そして、昭和46年3月4日、松本から大阪三恵に本件商標権の移転登録がされ、大阪三恵はその製造販売する繊維製品に図柄(六)を複製して使用するとともに、同57年からは控訴人に複製を許諾し、控訴人がその製造販売するマフラーその他の製品に図柄(六)を複製使用し、同59年4月17日、大阪三恵は、図柄(六)を含む本件商標権を控訴人に譲渡した。 以上のように、H及び大阪三恵は、本件商標権の行使と共にポパイのキャラクターの図柄(六)についての複製権を合算して20年以上行使してきたから、大阪三恵は、昭和53年6月26日、図柄(六)についての複製権を時効取得した。 (三)控訴人は、大阪三恵から前記のように本件商標権の譲渡を受けるとともに、これと不可分のものとして時効取得された図柄(六)についての右複製権を行使しているものであるから、右時効取得の援用権者である。そこで、控訴人は、当審における平成2年10月30日の第2回口頭弁論期日において、右取得時効を援用する。 なお、著作権の移転は登録がなければ第三者に対抗できないが、被控訴人らはいずれも時効完成時である昭和53年6月26日以前に本件著作権に関する権利を取得しているものであるから、控訴人はこれらのものに対しては登録なくして図柄(六)についての前記時効取得を主張することができるものである。 (四)附帯控訴人は、控訴人の複製権の時効取得の主張は、自主占有の要件を欠くと主張する。しかし、控訴人が複製権の準占有を開始したと主張する昭和33年6月26日の時点において、Hが附帯控訴人に無断で図柄(六)の複製を行っているのであるから、これが自主占有に該当することは明らかであり、その後において自主占有が他主占有に変更した事実もないから、前記主張は失当である。また、附帯控訴人は、著作権の時効取得には排除行為が必要であると主張するが、所有権その他の財産権の時効取得において排除行為が要件とされていないことは明らかであるから、右主張も失当である。 3 損害賠償請求について 附帯控訴人の後記損害の主張は争う。 二 附帯控訴人 1 保護期間満了による本件著作権消滅の抗弁について 控訴人は、漫画の著作権について、言語的著作物と絵画的著作物とを分けて論じているが、両者は不可分一体であり、これを分離することは許されない。 また、ポパイ漫画は、原則として1日読切りの体裁又は場合により毎日の漫画が1週間かそれ以上続くテーマに基づいて描かれているものである。この場合、1日読切りの場合はその読切り毎に、それ以上続く場合はその読切り毎に著作権が発生する。このように読切り毎の各回、又は各テーマが終了する毎に著作権が発生するのであるから、ポパイ漫画は著作権法56条1項前段の継続的刊行物である。よって、本件著作権が現在も存続していることは、明らかである。 2 複製権の時効取得の抗弁について 控訴人の図柄(六)についての複製権の時効取得の主張は、以下に述べるように、時効取得の要件を欠くものであるから、失当である。 すなわち、まず、控訴人の時効取得は、公然性の要件を欠く。著作権者側の極東代表のX4は外部の調査機関を使い、ポパイキャラクターの侵害品の有無を常に調査していたが、控訴人らがポパイキャラクターを使用していた事実は不明であったのであるから、控訴人主張の準占有は公然性の要件を欠くものである。次に、複製権の時効取得のためには、複製権行使の外形を必要とするところ、複製権者が複製権を専有するとは、複製する権利を排他的に有することを意味するから、複製権を行使したという外形があるというためには、他人による複製行為の排除行為が必要である。しかるに、本件においては、被控訴人ハースト、同有限会社アメリカン、フィーチャーズを中核とするライセンシーグループは、他人による複製行為を排除しながら、20年以上にわたってポパイキャラクターを複製し続けているのであるから、控訴人による複製権の時効取得はあり得ない。さらに、財産権の時効取得には所有の意思が必要であるところ、所有の意思の有無は占有の性質によって決定されるものである。これを本件についてみると、本件商標権に基づき図柄(六)を使用したHは、右使用が著作権の侵害に当たることを知っていたのであり、前記X4に使用を認めて欲しい旨申し入れていたのであるから、Hの使用開始は、正当な理由に基づく使用開始でないことは明らかである。したがって、Hの使用は、他主占有であるから、本件時効取得の主張は、自主占有の要件も欠くものである。 3 損害賠償請求について 控訴人の前記本件著作権侵害行為によって附帯控訴人の被った損害は以下のとおりである。すなわち、控訴人の平成元年6月21日から同2年6月20日までの1年間のポパイ関係の商品に係る売上高を基礎に、利益率を売上高の20パーセントとして、控訴人の昭和57年5月31日から2年間の利益額を算出すると、446万8038円となるから、附帯控訴人は、控訴人の本件著作権侵害によって、右2年分と同額の損害を被ったものと推定される。よって、附帯控訴人は、控訴人に対して右金員及びこれに対する不法行為後の日である昭和59年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (附帯控訴人以外の被控訴人らの不正競争防止法に基づく請求について) 次に付加する以外は、原判決30丁表2行目(同上、54頁17行目)から52丁裏2行目(同上、69頁15行目)までの事実摘示中の前記被控訴人ら及び控訴人に関する記載部分のとおりであるから、これを引用する。但し、原判決41丁表7行目(同上、62頁5行目)「営業上の利益」とあるを「営業上ノ利益」と、同44丁裏4行目(同上、64頁7行目)「商標」とあるを「標章」と、それぞれ訂正する。 一 控訴人 原判決は、図柄(五)、(六)が被控訴人らの周知の商品表示であるポパイのキャラクターに類似しているとし、控訴人の本件商標権の行使は商標法29条により排斥されるとして、不正競争防止法に基づく販売差止等の請求を認容している。しかし、右判断は、以下に述べるように誤っている。 1 商標法29条の適用の誤り 図柄(五)は、本件商標と類似性の範囲内であり、控訴人による商標権の行使が可能である。そして、ポパイの各称は著作物ということはできないから、附帯控訴人の本件著作権は図柄(五)には及ばず、このことは原判決もその理由の第1、3で明確に判示しているところであるから、本件著作権は控訴人による図柄(五)についての本件商標権の行使を妨げるものではない。そうすると、控訴人による図柄(五)についての本件商標権の行使については、商標法29条の適用外であり、控訴人による図柄(五)についての商標権行使を妨げるものはなく、右図柄の使用については、不正競争防止法6条により、同法1条1項等の適用はないから、これを無視した原判決が失当であることは明らかである。 2 本件著作権の保護期間満了による消滅 (附帯控訴人の著作権に基づく請求について)における控訴人主張1に述べたとおり、本件漫画の著作権は平成2年5月21日をもって保護期間の満了により消滅している。したがって、図柄(五)のみならず同(六)についても、控訴人の本件商標権の行使を妨げる商標法29条の適用はない。 3 著作権の時効取得 (附帯控訴人の著作権に基づく請求について)における控訴人主張2に述べたとおり、控訴人はポパイのキャラクターの複製権を時効取得した。したがって、本件商標権の行使が不正競争防止法に違反するものではないことは明らかである。 二 被控訴人ら 控訴人の前記2及び3の主張が失当である点については、(附帯控訴人の著作権に基づく請求について)における附帯控訴人の主張のとおりであるからこれを援用し、また、控訴人は、ポパイの名称は著作物ということはできないとし、控訴人による図柄(五)についての商標権の行使については、商標法29条の適用はなく、控訴人による図柄(五)についての商標権行使を妨げるものはないと主張するが、以下に述べるとおり、商標法29条を適用した原判決は正当であり、右主張は誤っている。すなわち、 ポパイの名称はポパイの著作者によって創作されたものであり、ポパイの姿態と一体的に著作権法によって保護されるとみるべきであるし、また、図柄(五)は鑑賞の対象としてそれまでなかった書体を用いて描かれたものであって、それ自体著作物であるから、商標法29条の適用がある。仮にそうでないとしても、本件商標法は漫画ポパイが有名になってから、その周知性に只乗りする意図で出願、登録されたものであるから、不正競争防止法6条により、その権利行使は権利の濫用として許されないというべきである。 第3 証拠(省略) 理由 第1(附帯控訴人の著作権に基づく請求について) 一 原判決54丁裏5行目冒頭(同上、70頁末行)「ること」及び55丁表5行目(同上、71頁6行目)「販売していた」の次に「(控訴人が図柄(五)を付したマフラー及び図柄(五)又は同(六)を付したネクタイを販売していた事実は当事者間に争いがない。)」をそれぞれ付加して、53丁表3行目(同上、70頁1行目)から55丁表6行目(同上、71頁7行目)「認められる。」までのうち、附帯控訴人及び控訴人に関する部分(以下、第1項において同様とする。)を引用する。 二 原判決5丁表6行目(同上、72頁1行目)から同丁末行(同上、同頁3行目)「審案する」までを引用し、右「審案する」の次に「。」を付加し、次いで、改行して、同丁末行(同上、同頁3行目から4行目にかけて)「(1)著作権法」から60丁表2行目(同上、74頁9行目)までを次のとおり訂正する。 1 まず、附帯控訴人主張に係るポパイのキャラクターの著作権に基づく請求について検討するに、附帯控訴人が主張する右ポパイのキャラクターとは、「水兵帽をかぶり、水兵服を着、口にマドロスパイプをくわえ、腕には錨を描き、ほうれん草を食べると超人的な強さを発揮する船乗りであって、ポパイ又はPOPEYEの各称を有するもの」というものであって、このキャラクターは、本件漫画が長期間連載される間に描かれた多数の絵を通じて一貫性をもって描かれているポパイの姿態、容貌、性格等をいうものであるというのであるから、個々の具体的な漫画それ自体とは異なる別個のものであることは、その主張自体に照らして明らかである。 そこで、右主張について判断するに、附帯控訴人主張に係るポパイのキャラクターに著作権が発生するというためには、当然のことながら、右主張に係るキャラクターが著作権法2条1項1号の要件を充足し、著作物に該当することが必要であるから、まず、この点について検討してみる。 右法条は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」としているところ、附帯控訴人主張に係るポパイのキャラクターは、本件漫画の主人公であるポパイに作者が一貫して付与し、また、作者の創作意図が個々の具体的な漫画を通して読者に与えるところのポパイの個々具体的な漫画を超えたいわばポパイ像とでもいうべきものをいうものと解される。したがって、かかる意味でのポパイ像それ自体が、一定の「思想又は感情」を内容とするものであることは、前記の主張自体に照らして肯認することができるものというべきである。しかしながら、著作物というためには、「思想又は感情」が単なる内心に止まるものでは足りず、外面的な表現形式をとっていることが必要であるから、更にこの点について検討するに、前述したように、附帯控訴人主張に係るポパイのキャラクターなるものは、個々の具体的なポパイ漫画それ自体ではなく、これらの個々の漫画を通じて主人公ポパイに著作者が付与しようとした特定の観念それ自体であるというべきであるから、これが個々具体的な漫画とは別個の外面的な表現形式を取っているものということはできない。 この点につき、前掲甲第4号証の1、2及び同第23号証によれば、Aは1919年からニューヨーク・イブニング・ジャーナル紙上に漫画シンブル・シアターの連載を開始したが、その1929年1月17日掲載の漫画にポパイを協役的存在として初めて登場させたが、1932年になって初めて、ポパイを、基本的に正直で、忠実で善悪の区別を絶対的に信じ、人間に対する真の愛情を有するという特質を備えた人物として明確に描き、以来、かかる特質を有する人物としてのポパイがシンブル・シアターの主人公として登場することとなり、かくして、ここにポパイ像が確立されたとの事実が認められるところ、かかるポパイの人物像成立の経緯をみても、附帯控訴人指摘のポパイの人物像は、個々の具体的な漫画を通して次第に確立されたものであって、これが個々の具体的な漫画を離れ、これとは別個の創作性を有する表現形式として存在するものではないことは明らかである。 したがって、附帯控訴人主張に係るポパイのキャラクターなるものは、ポパイの個々具体的な漫画を離れて、これとは別個の創作性を有する外部的表現形式として存在するということはできないから、著作権法2条1項1号の要件を充足していないといわざるを得ないものというべきであり、この点に関する附帯控訴人の主張は採用できない。また、ポパイの名称も前記キャラクターの一態様として著作権法上保護されるべきであるとする附帯控訴人の主張は、その前提において既に失当であるから、これが採用できないことは明らかである。 2 次に、図柄(六)はポパイ漫画の複製権の侵害であるとする附帯控訴人の主張について検討する。 ところで、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうものと解すべきである(最高裁昭和53年9月7日第3小法廷判決、民集32巻6号1145頁参照)ところ、右図柄と前掲甲第23号証並びに同検甲第1号証の1、2及び同検甲第2号証を対比すれば、同図柄が原著作物である本件漫画における主人公のポパイの有する容貌ないし姿態の極めて個性的な特徴点をすべて具備しており、ポパイの漫画を知っている者であるならば誰でも、右図柄を一見すれば、これが本件漫画の主人公であるポパイを表現したものであることを、直ちに覚知することができるものであることは明らかである。したがって、図柄(六)が本件漫画の主人公ポパイの絵を覚知させるものであることについては疑問の余地がなく、かつ、図柄(六)が本件漫画の主人公であるポパイの絵に依拠するものであることは、同図柄がポパイの有する容貌ないし姿態の極めて個性的な特徴点をすべて具備していることから優に推認することができ、また、控訴人においてもこれを明らかに争わないところである。そうすると、図柄(六)は、本件漫画の主人公ポパイの絵の複製に当たるというべきである。 この点について、控訴人は、本件漫画の複製であるというためには、本件漫画中の具体的な画面を特定する必要があると主張するが、著作権法にいう複製の要件は、前述したとおり、原著作物に依拠し、原著作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製したこと、すなわち原著作物と同一性のある著作物を再製したことを主張、立証すれば足りるのであって、原著作物の特定の画面を特定することまで必要とするものではない(かかる事柄は、右複製における同一性の要件の主張立証上における単なる間接事実の問題にすぎないものというべきである。)から、控訴人の右主張は独自の主張であって、採用できない。 また、控訴人は、図柄(六)は、附帯控訴人らが本件訴訟において証拠として提出した本件漫画におけるポパイの絵と異なると主張するが、前述したように、著作権法における複製の要件は、原著作物に依拠し、これと同一性を有するものを作成すれば足りるものであって、完全に同一であることまで要するものではないところ、図柄(六)が原著作物である本件漫画におけるポパイの絵と同一性を有することは前述したとおりであるから、控訴人の右主張も採用できない。 三 原判決60丁表3行目(同上、同頁10行目)の冒頭に「3」を付加し、同3行目から同丁裏4行目(同上、同頁16行目)までを引用する。 四 原判決69丁裏4行目(同上、80頁14行目)「また、」から70丁表2行目(同上、81頁1行目)「えない。」までを削除して、60丁裏5行目(同上、74頁17行目)から70丁表6行目(同上、81頁2行目)までを引用する。 五 原判決70丁表7行目(同上、同頁3行目)から70丁裏6行目(同上、同頁6行目)までを以下のとおり訂正する。 六 保護期間満了による著作権消滅の抗弁について、以下検討する。 控訴人は、言語的著作物と絵画的著作物の両方の性質を兼ね備える漫画におけるキャラクターの著作権の発生根拠は絵画的著作物の具体的絵画に求められるべきであるとの観点から、既に第1回の漫画で表示された絵画的著作物にキャラクターとしての共有特徴を備えた絵画(原画)が表示されている以上、第2回以降の刊行物において、単に手足の動かし方などに多少の変更を加えた絵画が描かれたとしても、単なる変形にすぎず、新たに著作権が発生するものではない、とし、本件においても@水兵帽をかぶり、A水兵服を着、B口にマドロスパイプをくわえ、C腕に錨の入墨を有するというポパイの共有特徴は、既に1929年1月17日の第1回掲載漫画(甲第1号証)の3コマ目ないし5コマ目の公表されたポパイの絵画に表示されているから、この日をポパイのキャラクターの著作物としての公表日とすべきであり、そうすると、本件漫画のポパイのキャラクターの著作権は既に保護期間が満了していると主張する。 そこで、右主張について検討するに、絵画と言語の組合せからなる漫画は、両者が不可分一体な有機的関係をもって結合した形態において、初めて著作者の特定の思想、感情を創作的に表現するところの一表現形式であり、このことは、本件漫画においても、前掲甲第1号証、同第23号証並びに同検甲第1号証の1、2及び同検甲第2号証をみれば一見して明らかなところである。したがって、かかる絵画表現と言語表現が不可分の有機的結合関係にある漫画における著作権保護の対象は、両者の結合した有機的一体をなした表現形式としての個々具体的な漫画に求められるべきであり、控訴人主張のように、絵画と言語とが有機的結合関係にある漫画から、それぞれの表現手段を分離抽出して、著作権法における保護の対象を各表現手段毎に別々に論ずることはできないものというべきである。 確かに、控訴人主張に係るポパイの容貌、姿態における共有特徴なるものは、前掲甲第1号証によれば、既に控訴人指摘の漫画に現れているものということができるが、だからといって、かかる共有特徴を有する主人公ポパイが登場する右以外の漫画における言語と絵画との有機的結合に著作物性がないとすることはできない。 以上の見地からすると、本件漫画については、少なくとも、一連の完結形態を有するものとして発表された漫画毎に著作権が発生するものと解すべきであるから、その保護期間の起算日は、右一連の完結形態を有する漫画が発表された時が著作権法56条1項の「公表の時」に当たるものと解し、右発表の時から起算すべきものとするのが相当であるところ、本件漫画が少なくとも1989年4月28日の時点においても継続して著作、出版されていることは既に認定したとおりであるから、いまだ主人公ポパイの登場する本件漫画の著作権の保護期間が満了していないことは明らかというべきである。 控訴人は、控訴人主張のように解さないと、ポパイのキャラクターについては永遠に保護期間が満了しないという不都合が生ずると主張するが、ポパイのキャラクターを表現する漫画が永遠に継続して発表されるものでないことは明らかであるし、創作性を有する漫画が継続して発表されている以上、その保護期間が満了しないのは当然のことであって、これをもって不都合とすることはできない。したがって、控訴人の前記保護期間満了を理由とする本件漫画の著作権の消滅の主張は、その前提において独自の見解に立脚するものであって、到底採用できるものではない。 七 著作権の時効取得の抗弁について、以下、検討する。 控訴人は、H及び大阪三恵は、本件商標の登録出願をした昭和33年6月26日以降、本件商標権の行使と共に図柄(六)についての複製権を合算して20年以上行使してきたから、大阪三恵は、昭和53年6月26日、図柄(六)についての複製権を時効取得した。控訴人は、大阪三恵から本件商標権の譲渡を受けるとともに、これと不可分のものとして右時効取得された図柄(六)についての複製権を行使しているものであるから、右時効取得の援用権者であるとし、当審における平成2年10月30日の第2回口頭弁論期日において、右取得時効を援用する旨主張する。 民法163条にいう「所有権以外ノ財産権」に著作権法21条の複製権が含まれることは控訴人の主張するとおりであるが、前記認定の本件商標権に基づく図柄の使用が、同条所定のいわゆる準占有に該当するといえるか否かについては、著作権法が定める複製権の法的性格に鑑みると、なお検討すべき点があるが、この点は一応置くこととして、進んで、「自己ノ為ニスル意思」の有無について検討することとする。 前記法条にいう「自己ノ為ニスル意思」の有無は、占有取得の原因たる事実によって客観的に定められるべきものである(最高裁昭和45年10月29日第1小法廷判決、判例時報612号52頁等参照)から、これを本件についてみると、Hは昭和33年6月26日、図柄(六)と構成を同じくする本件商標の登録出願をし、昭和34年6月12日その登録を得たものであること、図柄(六)が本件漫画の主人公ポパイの絵の複製に当たることは既に認定したとおりであるところ、控訴人が取得時効の起算日として主張する本件商標の登録出願日である昭和33年6月26日の時点において、附帯控訴人から図柄(六)の複製について許諾を得ていないものであることは控訴人も争っていない。このようにHについて、本件漫画の主人公ポパイの絵の複製権の取得を根拠付ける事由が認められない以上、Hによる複製は「自己ノ為ニスル意思」を欠くものというほかなく、控訴人の複製権の時効取得の主張は、その余の点について判断するまでもなく採用できない。控訴人は、この点について、Hが附帯控訴人に無断で図柄(六)の複製を行っているのであるから、これが自主占有に該当する旨主張するが、かかる独自の見解が理由がないことは明らかである。 八 以上の事実によれば、附帯控訴人の控訴人に対する本件漫画の著作権に基づく、図柄(六)を付したネクタイの販売の差止及び右ネクタイからの右図柄の抹消を求める請求は理由があり、その余の図柄(五)に関する請求は理由がないというべきである。 六 原判決70丁裏7行目(同上、81頁7行目)の「七」を「九」と訂正して、同7行目から71丁裏6行目(同上、同頁17行目)までを引用し、その次に改行して、72丁裏4行目(同上、82頁10行目)から76丁裏10行目(同上、85頁5行目)までを以下のとおり訂正する。 一〇 控訴人の賠償すべき損害額について、以下検討する。 成立に争いのない甲第65号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の平成元年6月21日から翌2年6月20日までのポパイの図柄を付したネクタイ製品と推定される品名欄に「ポパイ」又は「POPEYE」と記載のある商品の売上高は1090万4080円と認められ(但し、ポパイロイヤルテー及び証紙代とあるものは、右売上高に該当するものとは認められないので、これは含まれていない。)、他にこれを左右する証拠はない。そして、特段の反証がない本件においては、附帯控訴人が損害の賠償を求める昭和57年5月31日から同59年5月31日までの2年間においても右と同程度の売上げがあったものと推認するのが相当というべきであるから、これによれば、右期間中の売上高は2180万8160円となる。附帯控訴人は、右売上高の20パーセントが利益であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、前掲甲第11号証によれば、附帯控訴人が本件漫画の使用許諾を与える際の使用料は、通常、ライセンシーの卸値の7パーセントと認められるから、これによれば、控訴人による本件漫画の著作権の行使により通常受けるべき使用料の額に相当する金額は、前記売上高に7パーセントを乗じた152万6571円となるから、これと同額の損害を被ったものと認めるのが相当である。 一一 以上によれば、附帯控訴人の控訴人に対する本件著作権侵害に基づく損害賠償請求は、152万6571円及びこれに対する不法行為後の日であり、訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和59年10月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。 第2(附帯控訴人以外の被控訴人らの不正競争防止法に基づく請求について) 一 原判決79丁表2行目(同上、86頁6行目)から91丁表9行目(同上、93頁17行目)までの附帯控訴人以外の被控訴人ら及び控訴人に関する部分(以下、第2項において同様とする。)を次のとおり、削除、訂正、付加して、引用する。 1 原判決79丁表2行目(同上、86頁6行目)「1」を削除する。 2 原判決79丁裏6行目(同上、同頁14行目)「(一)」を「1」と、80丁表1行目(同上、同頁17行目)「(二) (1)」を「2 (一)」と、同丁表9行目(同上、87頁3行目)「(2)」を「(二)」と、81丁裏4行目(同上、同頁17行目)「(3)」を「(三)」と、82丁表6行目(同上、88頁6行目)「(三)」、「(一)」、「(二)」をそれぞれ「3」、「1」、「2」と、同丁裏2行目(同上、同頁10行目)「(四)」を「4」と、86丁裏4、5行目(同上、91頁1行目)の「ラパン・トレーデイング株式会社」を「ラパントレーデイング株式会社」と、それぞれ訂正する。 3 原判決82丁裏1行目(同上、88頁9行目)「相当である。」の次に、以下のとおり付加する。 ところで、不正競争防止法1条1項1号のいわゆる周知性の要件は、差止請求の関係においては、事実審の口頭弁論終結時においてこれを具備することを要するものである(最高裁昭和63年7月19日第3小法廷判決、民集42巻6号489頁参照)ところ、前記認定の事実によれば、ポパイのキャラクター(図柄及び名称を含むポパイの人物像)の使用許諾を受けているライセンシーグループは、昭和45年には15社であったものが、同60年2月ころには33社と倍増するなどして、ポパイのキャラクターは被控訴人ハースト及び同有限会社アメリカン、フィーチャーズを中核とする、同被控訴人らとそのライセンシーグループを示す商品表示として周知性を確立、発展させてきたものということができるのであるから、特段の事情の認められない本件においては、当審における口頭弁論終結時においても、右周知性が確立された状態にあったものというべきである。 4 原判決90丁表5行目(同上、93頁4行目)「商標法29条は、」から91丁表7行目(同上、同頁16行目)「いうべきである。」までを次のとおり訂正する。 ポパイのキャラクターを使用する被控訴人らのライセンシーグループは、本件著作権者から独占的利用権の設定を受けている被控訴人ハーストとの許諾契約に基づいてポパイのキャラクターを使用しているものであり、そして、かかる許諾契約の締結企業の拡大につれてポパイのキャラクターの商品表示としての周知性が確立していったものであることは、既に説示したとおりであるから、このようにして獲得された周知性が不正競争防止法の保護を受け得ないとの理由は見出し難い。なお、本件商標権の行使が、本件著作権に抵触してその使用を許されないものであることは、後述するとおりである。 二 原判決93丁表2行目(同上、95頁1行目)から97丁裏5行目(同上、97頁末行)までを引用する。 三 原判決97丁裏6行目(同上、98頁1行目)から98丁表6行目(同上、同頁7行目)までを以下のとおり、訂正、付加して、引用する。 1 同97丁裏6行目(同上、同頁1行目)「抗弁1」から98丁表1行目(同上、同頁4行目)「できない。」までを以下のとおり訂正する。 1 控訴人は、図柄(五)及び(六)の使用はいずれも本件商標権の行使に基づくものであるから、不正競争防止法6条により、不正競争防止法1条1項1号の適用はないと主張するので、以下この点について検討する。 まず、右各図柄の使用が本件商標権の行使に当たるか否かについて検討するに、前掲乙第1号証の1によれば、本件商標の構成は、右腕に力瘤を作って足を伸ばし、顔を左に向けた誇らしげないわゆるポパイの絵を中央に、その上方に「POPEYE」、下方に太字の「ポパイ」の各文字をそれぞれ横書きに配した構成からなるものであるから、この構成と図柄(六)を対比すれば、右図柄は本件商標の右構成を円周で囲み、その円周の外縁に沿って「OSAKASANKE K・K・」の文字を上方及び下方に配した構成からなるものであるから、これが本件商標権の行使に当たることは明らかである。次に図柄(五)についてみると、同図柄は「POPEYE」の文字をロゴタイプで横書きに表したものであるところ、右図柄は本件商標の構成の中核をなすところの前記ポパイの絵を欠いているばかりか、「POPEYE」の文字も前記の本件商標における文字とは全く異なる字体からなるものであることは、両者の構成を対比すれば、一見して明らかなところである。してみると、図柄(五)は、その外形表示において、本件商標の構成とは全く別異の構成というべきであるから、右図柄の使用をもって、本件商標権の行使ということはできない。 この点について、控訴人は、図柄(五)は本件商標と類似の範囲に入るからその使用は本件商標権の行使に該当すると主張するが、仮に右図柄が本件商標の類似範囲にあり、控訴人がこれについて他人の使用を排除する権利を有するとしても、本件商標と同様に当然にこれを使用し得る権利を有するものとはいえないから、かかる類似標章の使用は不正競争防止法6条にいうところの商標法による権利の行使には該当しないものというべきである(最高裁昭和56年10月13日第3小法廷判決、民集35巻7号1129頁参照)。 したがって、図柄(五)の使用は、本件商標権の行使とはいえないから、同図柄の使用が本件商標権の行使に当たることを前提とする控訴人の不正競争防止法6条の抗弁は前提を欠き、失当である。 2 同98丁表1行目(同上、98頁4行目)「被告らは、」を改行し、その上に2を付加し、同丁表6行目(同上、同頁7行目)「採用しえない。」の次に、行を改めて、以下のとおり付加する。 進んで、図柄(六)に関する本件商標権の行使は本件著作権に抵触するから許されないとの商標法29条に基づく被控訴人らの主張について検討するに、右図柄が本件漫画の主人公ポパイの絵の複製に該当することは、既に第1に説示したとおりであり、本件著作権が本件商標の登録出願前に発生したものであることは明らかであるから、被控訴人らの右主張は理由があるものというべきである。 四 原判決98丁表8行目(同上、98頁8行目)「理由により、」の次に、「また、控訴人の本件著作権の保護期間満了による消滅及び複製権の時効取得の各抗弁が失当であることは、既に第1に述べたとおりであり、いずれも」と付加して、98丁表7行目(同上、同頁同行)から同丁裏7行目(同上、同頁14行目)までを引用する。 第3 よって、本件控訴は理由がないからこれを失当として棄却することとし、附帯控訴は金152万6571円及びこれに対する昭和59年10月2日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから民事訴訟法386条により右の限度で原判決の一部を変更することとし、訴訟費用の負担について同法96条、92条を適用して主文のとおり判決する。 東京高等裁判所 裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹 |
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