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【事件名】「IBFファイル」事件(2) 【年月日】平成4年3月31日 東京高裁 平成3年(ラ)第142号 仮処分決定抗告事件 (原審・東京地裁平成元年(ヨ)第2577号) 決定 抗告人(債権者) 株式会社アイシーエム外1名 相手方(債務者) 株式会社メッツ外1名 主文 本件抗告を棄却する。 抗告費用は抗告人らの負担とする。 事実 第一 当事者の求めた裁判 一 抗告人ら 1 原決定を取り消す。 2 相手方らは、原決定別紙目録(二)及び(三)記載の各プログラムを製造販売し、又は第三者に複製を許諾してはならない。 3 相手方らの原決定別紙目録(二)及び(三)記載の各プログラム及びこれを格納したNEC九八〇一パーソナルコンピューター用ハードディスクに対する占有を解いて東京地方裁判所執行官にその保管を命ずる。 二 相手方ら 主文と同旨の決定 第二 当事者の主張 当事者の主張は、当審における主張として次のとおり付加するほか、原決定の「第二 当事者の主張」と同一であるから、これをここに引用する。 一 抗告人ら 1 IBFファイルは著作権法第一〇条第一項第九号に規定するプログラムの著作物である。 原決定は、IBFファイルの構成は、書式であって、プログラムを表現する手段としての文字その他の記号及びその体系(著作権法第一〇条第三項第一号)に属する文法であるから、IBFファイルの構成自体には著作権法による保護は及ばないとする。 しかし、IBFファイルの個々のコマンドを著作権法第一〇条第三項第一号の「プログラム言語」というべきとしても、その言語で構成された「各IBFファイルのプログラム」は、プログラム言語自体とは独立した創作的表現であって、著作権により保護すべきプログラムの客体となりうるのである。 抗告人らがプログラムに該当するとしてその保護を求めているのは、IBFファイルの各行を記述している語句や一定のルールではなく、その語句ないしルールを使って新たに創作された八ステップないし二〇ステップに及ぶ表現全体であるところの各IBFファイルなのである。 また、著作権法第二条第一項第一〇号の二でプログラムの定義における「電子計算機を機能させて一定の結果を得ることができる」というのは、機械語に表されて直ちに電子計算機を作動させうる状態にある段階まで要求されるのではなく、それを翻訳過程等を経て機械語に変換しさえすれば、電子計算機を作動させ得るよう表現されていればよいのである。IBFファイルはいくつかのルーチンを経由して最終的には機械語に変換されてコンピュータ指令を行うものであるから、右プログラムの定義にあてはまるものである。 2 IBFファイルには創作性がある。 (一)原決定は、IBFファイルの書式の選択は、MENU・EXEファイルによって規定されていることが認められ、選択の余地がないから、書式の選択によってIBFファイルの表現に創作性が生ずることもおよそ考えられないとする。 しかし、EOシステムにおける各プログラムの開発の目的、開発の経緯からすると、IBFファイルが主のプログラム、MENU・EXEファイルが従たるプログラムというべきであり、IBFファイルの書式の選択は、MENU・EXEファイルによって規定されているとして、その創作性を否定することは誤りである。 プログラムの著作権侵害問題を考えるに当たっては、当該プログラムの開発者の利益と当該プログラムを参考にして、将来新規のプログラムを開発する開発者との利益衡量がされる。したがって、プログラム表現の創作性もプログラムの開発の目的や背景を前提として検討することを要するものである。 EOシステムにおけるプログラムの開発の経緯からいうと、初心者にも分かりやすく、どのようなプログラムでもインストールできるプログラムを作るという目的からIBFファイルを中核としたプログラムの開発を行うこととしたものであり、最初にIBFファイルがあり、その指令を受けて全体としてのプログラムの流れ、インターフェイスをどうするか、インストールするアプリケーションプログラムをどうするか等が次第に決められていったのである。 したがって、MENU・EXEファイルがまず最初にあってそれがIBFファイルを規定しているものと考えることは、一ユーザーがEOシステムを使用する際に感ずる使い勝手の素人的感想とはなりうるとしても、プログラムの著作権侵害問題を考えるに当たって何がプログラムを構成するかを考慮する際に考えるものではない。 また、原決定が、IBFファイルの書式の選択を規定しているというMENU・EXEファイルは、IBFファイルの開発者自身が作成したプログラムなのであって、コンピュータの機械本体ではなく、開発者が自由に創作できるプログラム(MENU・EXEファイル)によって規定されているからとして、同一アプリケーションプログラム内の問題となるプログラム(IBFファイル)に創作性がないというのは非常識である。 プログラムの作成過程の中で、プログラムの効率を良くするなどの理由から各モジュール等を作成することは当然のこととして考えられているところ、この場合も、各モジュールは相互に規定しあっているのである。 したがって、原決定のように、「IBFファイルの書式の選択は、MENU・EXEファイルによって規定されているから選択の余地がない」とすると、およそモジュールの構成をとるプログラムの創作性はありえないという極端な結論を導くことになって、不当である。 (二)また、原決定は、IBFファイルの創作性を否定する根拠として、ID行の表現、区切りマークの表現、ID行等の先頭に「*」を記述する等の表現はいずれもMENU・EXEファイルによって規定されており、その表現に選択の余地がないことをあげる。 しかし、IBFファイルとMENU・EXEファイルとの関係は前述のとおりであり、IBFファイルがMENU・EXEファイルに規定されているという考えがそもそも誤りである。 また、タイトル行、コマンド行及びデバイス行は、組込み対象のアプリケーションプログラムによって規定され、その表現に選択の余地はないとするが、EOシステムのようにハードディスクにアプリケーションプログラムをインストールするプログラムは各種存在し、同じアプリケーションプログラムをインストールするにも各種の方法があるものであり、前述の原決定の考えは誤りである。 また、原決定は、IBFファイルの組込み手順行についての表現方法は、MS―DOSのバッチファイルで用いられている表現とほぼ同一であるとして、その表現の創作性を否定する。 しかし、これは、MS―DOSが採用している各個別のコマンドや記号とIBFファイルのそれとをプログラム全体の構成を無視して個別に比較対象したことによるものである。仮に、MSーDOSと全く同じコマンドで、しかもMS―DOSと全く同じルールでIBFファイルと同様の機能を持つプログラムを作成しても、それは別個独立の創作性を持つプログラムとなるものであり、右判断はこの当然のことを忘れた見解である。 そして、以上を通じていえることは、原決定は、IBFファイルの一ステップずつ個々に検討を加えて、表現の選択の余地、その程度を判断していくという誤りを犯している。プログラムは一ステップずつ独立して存在するものではなく、複数のステップの組合せ、結合によって初めて意味をなすものであり、右の創作性の判断方法からして誤っているものである。 二 相手方ら (一)相手方メッツ 1 抗告人らは、原決定が、IBFファイルの構成は、書式であって、プログラムを表現する手段としての文字その他の記号及びその体系に属する文法であるとした判断の誤りを主張する。 原決定が右判断において、「IBFファイルの構成」と述べているのは、個別的なIBFファイルの内容を離れた記述の枠組み(順序)のことを指しているのであり、抗告人ら主張のように個別的なIBFファイルについて述べているのではない。原決定がIBFファイルの構成自体についての判断を示したのは、抗告人らが保護の可能性のないアイデア・文法・規約・解法について著作物性を主張したためであり、その判断に誤りはない。 2 抗告人らは、原決定が、IBFファイルの書式の選択はMENU・EXEファイルによって規定され、選択の余地がないことを理由にIBFファイルの創作性を否定した判断の誤りを主張する。 しかし、原決定がここで取り上げているのは、IBFファイルの構成についてであって、これを決めた以上、MENU・EXEファイルによって固定されるのであり、個別的なIBFファイルを作成する際に書式自体の選択をなし得るようなものでないことを述べているにとどまる。 抗告人らの主張する「個々のIBFファイルにおける記述を全体からみた構成」の具体的内容は明らかでないが、個々のIBFファイルを「ID行、タイトル行、デバイス行」という順序で記述して行く構成と、個々のIBFファイルにおいて右の順序で記述していく構成は同じであって、前者の構成を定めこれをMENU・EXEファイルによって固定化しているのであるから、個々のIBFファイルがこの構成に従っていない限り読み取られない。原決定は、このことを当然の前提として判示しているのであるから、その判断に誤りはない。 (二)相手方シティソフト 1 著作権法上のプログラムとなるためには、電子計算機を機能させるための、電子計算機に対する指令が存在することが必要である(同法第二条第一項第一〇号の二)。 IBFファイルは、インストール対象たるアプリケーションソフトのファイル情報を記載したデータファイルである。すなわち、MENU・EXEファイルという電子計算機に働きかける実行ファイル(これはプログラムである。)がデータファイルたるIBFファイルをオープンし、そこに記載されている情報をコンピュータのメモリ上に取り入れ、その内容を知覚した上でインストールを実行する。データファイルは、MENU・EXEファイルによって使用されるだけでその任務を終えるものである。 IBFファイルには、電子計算機に対する指令は何ら存在せず、MENU・EXEファイルによって読まれる文字情報が存在するのみである。IBFファイルに「COPY・・・」と記載されてあっても、それは「COPY」という文字情報であり、これがコンピュータのハードに働きかけるものではなく、MENU・EXEファイルにおいてその文字情報を読み取り、所要の動作を行うものである。 2 IBFファイルには創作性がないこと、原決定のとおりである。 そもそも、IBFファイルの構成は、IBFファイル自体によって創作性をもつものではない。 それは、MENU・EXEファイルによって読まれるように、その求める順序どおりに書かれていなければならないところの「読まれる対象」としての構成である。もし創作性をいうとすれば、それはMENU・EXEファイルの方である。IBFファイルの構成はMENU・EXEファイルによって規定し尽くされているものである。 抗告人らが、本件ファイルたるMENU・EXEファイルを含めてIBFファイルの創作性を主張し、相手方らのMFD・EXEファイル及びHCAファイルを攻撃するならともかく、IBFファイルのみを切り離してその創作性をいうところに問題があるのである。 理由 一 抗告人らの設立及び業務内容、抗告人らのEOシステムの開発及びその販売、EOシステムの構成及びIBFファイルの内容(その記述の順序、各行の機能及び各行の記述内容)等については原決定第二二丁表第二行ないし第二九丁表第六行までのとおりである(ただし、IBFファイル自体はコンピュータを機能させるものでないことは後記二のとおりである。)から、これをここに引用する。 二 そこで、まず、IBFファイルが著作権法上のプログラムであるかどうか(抗告人らはIBFファイル自体が単独でプログラムの著作物であると主張している。)について判断する。 著作権法第二条第一項第一〇号の二は、プログラムを「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」と定義している。 すなわち、著作権法上、プログラムとは、電子計算機に対する指令の組合せであり、それにより電子計算機を作動させ一定の処理をさせるものでなければならない。そして、そのようなプログラムで創作性を有するものが、同法第一〇条第一項第九号の「プログラムの著作物」として、同法の保護を受けるものである。 したがって、電子ファイルとして記録媒体に電磁的に記録され、電子計算機がそれを読み取ることができるようなものであっても、右の機能を有しないものはプログラムとはならないものである。 電子計算機によるプログラム処理に当たり、あるシステムにおけるプログラムを稼動させ一定の処理をさせるためには、そのプログラムの他、それに処理情報を与えるデータが必要であるが、システムの効率上、データを本体プログラムとは別個のファイルに記録させることがよく行われる。その場合、該ファイルは、プログラムに読み取られその結果電子計算機によって処理されるものではあるが、電子計算機に対する指令の組合せを含むものではないので、著作権法上のプログラムではない。もっとも、用いられるファイルが異なれば電子計算機の処理結果が異なることになるが、それはファイルに記述されたデータの内容の違いによるものであって、それをもって、データが電子計算機に指令を与えているということができないことは当然である。それと同様、データを記述するに当たり、プログラム自身が規定した一定の記号又は文字(以下「記号等」という。)が記述されていれば、プログラムがそれを読み取ってその記号等に意味付けられた処理を行うとしても、それは、プログラムがその記号等をデータとして読み取り所定の処理を行うものにすぎず、その記号等をもって電子計算機に対する指令であるということはできない。したがって、また、そのような記号等が付されたデータをもって、著作権法上のプログラムであるということはできない。 そして、IBFファイルの構成、機能は前認定のとおりであり、また、疎甲第八号証によれば、各アプリケーションソフトをハードディスクへ組み込むための環境設定や転送操作のための本体プログラムであるMENU・EXEプログラムが、IBFファイルに記載された組み込み手順を読み取り、新しくAZSTEMP・BATなるバッチファイルを作成し(新しくバッチファイルが作成されるのであって、IBFファイル自体がバッチファイルではない。)、そのバッチファイルの実行によりアプリケーションソフトをハードディスクに組み込むことが認められる。疎甲第七号証には、「IBFは(中略)バッチファイルです。MS―DOSのバッチファイルなどに近い独自の書式をとります」と記載されていることが認められるが、バッチファイル(バッチ処理、すなわちある一連のコマンドを自動的に実行させる処理のためのファイル)を表示する周知の拡張子は「.BAT」であるのに対し、IBFファイルの拡張子は「.IBA」及び「.IBF」であること、前記AZSTEMP・BATは「.BAT」の拡張子を有していることに照らしても、IBFファイルがバッチファイルでないことが明らかである。 以上の認定事実からすると、IBFファイルは、EOシステムが各アプリケーションソフトをハードディスクに組み込み処理をするに当たり、MENU・EXEプログラムに読み込まれる組込み情報(アプリケーションソフトの名称、デバイスドライバ情報等)を記載したものにすぎず、電子計算機に対する指令の組合せはなく、IBFファイル自体がプログラムとして電子計算機を機能させてアプリケーションソフトを組み込むものではない。すなわち、IBFファイルの記述内容は当該EOシステムにデータとして読み込まれるもので、単なるデータファイルにすぎないというべきである。 IBFファイルに使われている「COPY」は、MS―DOSの「COPY」コマンドと同一の文字であるが、これは、単にMENU・EXEプログラムが規定した文字であり、MENU・EXEプログラムによって読み取られる文字情報であって、電子計算機を作動させるコマンドではない。その他、「!」、「?」等の記号も同様であり、単にMENU・EXEプログラムが規定し、そのプログラム限りで意味を持たせた記号にすぎない。 抗告人らは、IBFファイルは、いくつかのルーチンを経由して最終的には機械語に変換されて電子計算機に指令を行うものであるとして、著作権法上のプログラムの要件である電子計算機に対する指令がある旨主張するが、前認定のところからすると、IBFファイルは、MENU・EXEプログラムに読み込まれればその役割を終え、それが機械語に変換されるものでないことは明らかであり、抗告人らのこの主張は理由がない。 また、抗告人らは、IBFファイルは、EOシステムにおいてのみ有効に機能するコマンドを設定してこれを組み合わせたものであるとして、そのプログラム性を主張(原決定第一七丁表第五行ないし第一八丁裏第九行)する。 しかし、あるプログラムがデータを処理するに当たり記号等の内容によってプログラムの処理が異なるとしても、それはそのプログラム自身が決めていることであって、その記号等ないし組合せがコマンドとして機能しているものではなく、単に、プログラムが規定するところのデータの記述の仕方の問題にすぎない。抗告人らがEOシステムにおいてのみ有効に機能するコマンドというものも、単にMENU・EXEプログラムが規定したところに従って記述され、それに読み取られるべきデータたる記号等にすぎない。すなわち、記述された指令の組合せにより電子計算機を機能させて一の結果を得る記述表現がプログラムに該当するのであって、MS―DOSの起動コマンドや「DEVICE=」の設定記述や「COPY」コマンドの記述書式に類似しているIBFファイルの記述内容は、EOシステムに対する単なるデータにすぎず、電子計算機を機能させるものでないから、プログラム性を有しないものである(このことは、ある集団における年令構成等の統計処理プログラムにおいて、各人の年令等のデータの記述の冒頭に「*」なる記号を付しているときは当該人の職業をも読み込んでその統計処理をするシステムになっている場合、「*」の記号がある人については年令等の他職業も読み込んで統計処理することになるが、これは当該プログラムのみに有効なコマンドであるとして、当該データの記述が著作権法上のプログラムとなるということはできないのと同様である。)。 したがって、抗告人らの右主張も理由がない。 三 以上のとおり、IBFファイルは著作権上のプログラムとは認定できず、他にこれを認めることができる疎明資料はないので、その余について判断するまでもなく、抗告人らの主張する被保全権利の疎明はないというべきであるから、抗告人らの本件申請を却下した原決定は正当であり、抗告人らの本件抗告は理由がないので却下することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条本文、第八九条、第九三条第一項本文の規定を各適用して、主文のとおり決定する。 東京高等裁判所 裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市 |
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