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【事件名】チューリップ事件(3)
【年月日】平成4年1月16日
 最高裁(一小) 平成3年(オ)第526号 著作権確認請求事件
 (一審・千葉地裁昭和55年(ワ)第558号、第1102号、二審・東京高裁平成元年(ネ)第607号)

判決
上告人 X2
上告人 X3
上告人 X5
上告人 X6
上告人 X7
右5名訴訟代理人弁護士 大村武雄
同 西山宏
被上告人 Y2
被上告人 Y3
被上告人 Y4
被上告人 Y5
被上告人 Y6
右5名訴訟代理人弁護士 小坂嘉幸

 右当事者間の東京高等裁判所平成元年(ネ)第607号著作権確認請求事件について、同裁判所が平成2年12月18日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。


主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。

理由
 上告代理人大村武雄、同西山宏の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
 よって、民訴法401条、95条、89条、93条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第1小法廷
 裁判長裁判官 味村治
 裁判官 大内恒夫
 裁判官 四ッ谷巖
 裁判官 大堀誠一
 裁判官 橋元四郎平

上告代理人大村武雄、同西山宏の上告理由
 原判決には、理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、右は民事訴訟法第395条第1項6号に当たる。
一1 原判決は、控訴人らの請求は失当であって棄却されるべきものとし、その理由として、基本的には第1審判決の理由説示のとおりであるとする(理由―冒頭)
2 そこで、まず第1審判決の理由を検討する。
 第1審判決が、「チューリップ」曲、詞についてX1の作ではないと認定した理由は、
(1)曲については、第1に、甲第1号証及び第18号証の楽譜が、その形態、記載態様等からみて、大正11年当時のものとは認められない点、第2に、X1が、作曲者が自己であることを明らかにするような確固たる措置を講じた形跡がない点の2点に集約される。
(2)詞については、第1に、1の理由から、X1が作曲していない点、第2に、X1が「エホンシヤウカ」編集に関与していなかった可能性が高い点、第3に、訴外Aが作詞した可能性がある点の3点に集約される。
3 右の計4点につき(詞についての第1点は、曲についての認定理由と重なる)、上告人は、原審において、第1審判決の事実誤認を指摘し、主張を追加し、これらについて新たな立証を行ってきた。
 しかしながら、原審は、第1審判決の下した結論に適合しない証拠の検討を怠り、上告人が新たに追加した主張についての立証を制限した結果、理由不備、理由齟齬を来し、及び審理不尽の違法を犯しており、破棄は免れないといわなければならない。
 以下、順次、原判決の問題点を指摘していく。
二1 曲についての第1点に関して
(1)五線下の歌詞の記載方法について、第1審判決は、甲第1号証及び第18号証の楽譜では、第1番から第3番まで全部平仮名で書かれていることを、「戦後相当期間を経過した後に記載されたものとすれば、通常の方式であるが、大正11年当時のものとすれば、異例のものといわざるを得ない。」と、右楽譜が、戦後相当期間を経過した後に作成された即ち偽作であるとの認定資料としている。原判決は、右認定に対し上告人が提出した甲第23号証の1ないし4によって、1、2番平仮名、或は1、3番平仮名、2番片仮名という記載方法が、昭和4年刊行の同一書籍に併存する事実を認定しながら、なお、右第1審の事実認定を維持している。その中で、1、3番片仮名、2番平仮名との記載方法が通例であるとの認定資料として挙げている7点の証拠のうち乙第73、76、69、80号証の4点は、文部省教科書又は検定教科書であり、これら各記載方法が、それぞれどのような出版物の中でとられているかの検討を欠いており、甲第23号「児童唱歌集」が、作者によって異なった記載方法をとっていることをどう評価するのかという点を示さないまま性急に、第1審判決と同一の結論を導き出している。
 これでは、右記載方法が、どうして「通例」といえるのかという理由は全く示されていないのと同じである。
(2)右楽譜に記載された略字等についても、原判決は、第1審判決の認定を取り消しながら、これについて何らの判断もなさずに、第1審判決と同じ結論をとっている。
 即ち、原判決理由一、3において、第1審判決第30丁裏第11行の「「小学校」」から同第31丁表第3行の「とりわけ、」までを削除するとしている趣旨は、手書きのものは当時も略字を使用しているものがあり、また、「々」という文字も明治以降公式文書に使われている例があり、この点で、第1審判決の安易な事実認定を排しているところにあると考えられる。しかるに、原判決理由一、6では、原審の右認定を削除しただけでこの点についての判断を全くせずに、直ちにプログラムが活版印刷であったか謄写版印刷であったかの判断に移っている。
 しかも、そこでの事実認定は、原に〈「原」は「現」の誤?〉存在し、大正11年当時作成されたことに争いのない2種類のプログラム(活版と謄写版)と、判決全体の趣旨からは、戦後相当時間を経過した後の偽作と断じているとしか読み取れない右楽譜について、大正11年11月の赤坂小50周年記念日の数か月前に刷り上げられたとする前提の下に比較対照するという奇妙な論理の下になされている。
 右の認定についても、例えば、原審において提出された甲第22号証の2などとの比較検討を怠り、第1審判決理由から導かれる結論先にありきという原審判断の牽強付会の強引さを指弾せざるを得ない。
(3)さらに重大なのは、第1審判決、原審判決を通じ、その結論、即ち、右楽譜が、戦後相当時間を経過した後の偽作であるとする見解にとって、最大の弱点ともいえる甲第1号証の書き込み「記念の思出 C」が、その筆跡から訴外故Cによって書かれたものであるとする第1審における鑑定人Pの鑑定結果について一言も言及していないことである。右楽譜が戦後の偽作であるとするなら、Cがその偽作に加担したということになる筈であり、この点について合理的な理由を示していない判断は、自ら先に設けた結論にとって不利な証拠については一切触れないというもので不完全な、その意味で理由を欠くとの謗りを免れないといわざるを得ず、理由不備のものである。
2 曲についての第2点に関して
 この点に関しては、原審は、上告人の主張について、全く審理をせず、それに関する立証を許さないまま、第1審の判断をそのまま踏襲する。
 第1審判決は、まず、X1が、Y1による「チューリップ」曲の実名登録について、その経歴等からみて、充分に了知していたことは容易に推認できるとの前提を立て、それに基づいて、充分了知できたのに、これに対して確固たる措置を講じた形跡がないと認定する。しかしながら、右認定の前提たる事実が成り立つか否かについて、上告人は、Vを証人とするよう人証申請した。右Vは、戦前、童謡「たきび」を作曲した経験を有し、かつ、戦後は文部省にあって、Y1が実名登録したとされる昭和25年前後の音楽著作権の届出等の情況について詳しいものだからであった。
 たしかに、X1は、一般的には自ら著作者であるという自己主張が薄く、又、これに経験則上反するかの如き行動をとったこともないわけではなかった。この点に関して上告人は、X1がかような行動をとった理由、背景事情について主張し、これを裏付ける書証として甲第28号証の1ないし5を提出し、併せWを証人とするよう申請した。
 しかるに、原審は、右2名の証人申請を却下し、甲第28号証についても一顧だにしないまま、第1審判決の理由を引用している。
 明らかに審理不尽といわなければならない。
3 詞についての第2点に関して
 原判決は、その理由中で、乙第4号証を挙げて、右証拠から「エホンシヤウカ」については、編纂委員と歌詞等の審査委員が別であったと認めることはできないと認定する。(第11丁表3行目乃至6行目)。
 右乙第4号証「本会記事」欄には尋常小学校唱歌研究部委員会が開かれた(X1は出席していない)こと、右唱歌研究部委員中の数氏に新作唱歌歌曲の審査を委嘱したことが記載されている。
 ここでの上告人の主張は、各唱歌研究部と、各編纂委員会、審査委員会とは別個のセクションであり、「本会記事」欄には各唱歌研究部委員会開催の記事は掲載されるが、右乙第4号証にもあるとおり、毎週1回開かれる審査委員の会合については、いちいち掲載されないのであるから、右唱歌研究部委員会の出席者にX1の名前がなかったからといって、ただちに編集、審査についてX1が何らの関与もしなかったということはできないという点にあったのである。
 従って、唱歌研究部と編纂委員会及び審査委員会との関連に全く触れないまま、編纂委員会と審査委員会とが別個であったかどうかについて認定してみても意味がないのである。
 しかも、次の段で、X1は唱歌研究部委員会や唱歌編纂委員会に出席した形跡がないことが認められるとの認定の際掲げる乙第3号証の「本会記事」欄は唱歌研究部委員会の開催記事であり、乙第13号証には、Fの講演録、「本会記事」欄が含まれるが、いずれにも、編纂委員や、審査委員について、個人名は一切挙げられていない。
 かえって、右乙第13号証のF講演録からは、唱歌研究部と編纂委員会、審査委員会が別個のセクションであったことが読み取れるが、この点に関する上告人の主張の当否についての認定も何故か欠落している。
 従って、原判決が理由中で要約する上告人の主張とこれを、否定する事実認定は明らかにくい違っており、齟齬がある。それにとどまらず、乙第13号証のように、誰の名前も掲載されていない証拠から、X1の出席の形跡がないと認定するなど、原判決理由は、事実認定の体を全くなしていないとさえいわなければならない。
4 詞についての第3点に関して
(1)原判決は、証人Aの一連の供述について、これらが相互に矛盾し、不自然なものであると認めることはできないと認定する。
 この点に関しては、原審において、上告人が重ねて指摘してきたところである。すなわち、Aは、別事件の審理において、昭和60年9月19日、原告本人として供述している(乙第106号)。この中で、Aは、「チューリップ」詞について、「何か歌の作詞について下敷にしたものがございますでしようか。」との問いに対して、
  はい、当時小学校の1年生の最初の読本の1番冒頭がサイタ サイタ サクラガサイタという詩でございました。そして、それが頭にあったものですから幼稚園のほうはサイタ サイタ チューリップが〈「が」は「ガ」の誤?〉サイタでいいんじゃないかそういうような気がいたしましてね。
 と答え、さらに「そうしますと、小学校の国語の読本に出ていた歌を下敷きにしているということですね。」との重ねての問いに対し
  はい、1番最初がサイタ サイタ サクラが〈「が」は「ガ」の誤?〉サイタでございました。
 と答えている(乙第105号証第13丁表9行目乃至同裏9行目)。
 これを、本人尋問の約4か月後である昭和61年1月29日付、東京地方裁判所宛報告書と題する書面において、書類資料等が、父の書斎にあって、これに目を触れてとの趣旨に訂正している(乙第106号証)。
 右供述の訂正は、「サクラ読本」は昭和8年4月より実施されたもので、Aが、「チューリップ」詞を作詞したと主張する昭和6年9月ころには、まだ、出版されていなかったことに、証言の後で気づいたからであると思われる。しかし、本人尋問の核心部分における右の誤りは、A供述全体の信用性を判断するうえで致命的ともいえる誤りである。作詞の下敷としたとする詩が、当時、公刊されていなかったということになるからである。この明白な誤りを訂正するのに、Aは、国定教科書である「サクラ読本」の資料が、公刊前に父の書斎にあったとの説明をするが、この説明は不自然であるばかりではなく、誤っているといわなければならない。
 少なくとも、原判決のようにAの右供述の変遷が自然なものといえると認定するためには、@昭和6年9月ころ、「サクラ読本」の冒頭部分が、人の眼に見える形で成立していた。A未公刊の国定教科書の資料が、Aの父の書斎にあった。との2点についての合理的な事実認定がなければならない。右@について、上告人は、甲第30号証「小学国語読本、尋常科用、編纂趣意書」、甲第31号証U著作を挙げて、そのような事実はないこと〈「を」が脱落?〉主張立証しているが、原判決は、この点について全く触れていない。しかも、右Aについて秘密であるべき公刊前の国定教科書の内容を知り得る「書類資料等」が、Aの父の書斎にあったかどうかについても、全く検討を加えていない。
(2)そもそも、証拠調べにおける法廷の供述を、後に書面で訂正するということが許されるとすれば、それは、証拠調べにおける口頭主義、直接主義の要請に反するものであり、証人尋問という形の証拠調べをする意味がほとんど失われてしまうといえよう。Aが報告書によって訂正しようとする供述の部分が、「チューリップ」詞の作詞をした事情という要件事実に直接関わる事項であることを考えれば、右は重大なものといわなければならず、これに関して何ら判断を示していない原判決は理由不備の違法を犯しているものである。
三 原判決が、第1審判決の結論を導き出すために、その結論と矛盾する事実について、合理的な検討を加えず或は一方的にこれを無視して、性急な判断をしたために理由齟齬、理由不備の違法を犯してしまっていることは、二で具体的に指摘して批判してきたところである。
 原判決は、第1に「エホンシヤウカ」編纂の主体が訴外日本教育音楽協会であったという点や、右協会が、「エホンシヤウカ」を編纂するに至った当時の時代背景及び、戦後に至る音楽教育の流れに対する考察を欠いており、第2に、音楽に携わり、音楽教育に従事する者にとっては常識であるところの楽典上の規範や記譜、記符上の約束を無視した結果(例えば、原判決理由一、5)、楽理的にも誤った独善に陥り、第3に、甲第1号証や甲第21号証の作成された当時の学校事情を見落としている。その結果、本を見て森を見ないという甚だしく微視的な判断に終始し、理由齟齬、理由不備の違法を招来しているのである。
 よって、原判決は破棄を免れない。
以上
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