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【事件名】建築の著作物の複製事件
【年月日】平成3年4月9日
 福島地裁 平成2年(ヨ)第105号 仮処分申請事件

決定
債権者 X
債務者 Y 外一名


主文
 本件仮処分申請を却下する。
 申請費用は申請人の負担とする。

理由
第1 当事者の求めた裁判
一 債権者
 債務者らは別紙第1目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)上に建築中の別紙第1目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)について建築工事を中止し、これを続行してはならない。
二 債務者ら
 主文と同旨の裁判
第2 事案の概要
一 当事者間に争いのない事実
1 債権者は、一級建築士の資格を有し、「シノブ設計」なる名称にて、建築物の設計、工事管理等の業務を行なっている者である。
2 債権者は、昭和62年1月頃債務者有限会社野間建築事務所(以下「債務者会社」という。)の代表取締役A野間俊男の紹介にて、債務者Y木幡善三(以下「債務者Y木幡」という。)から、鉄筋コンクリート造の住宅建築について設計を依頼された。
3 債権者は、昭和62年3月以降、基本計画の立案、基本設計の作業を行ない、現地調査、関係者との何回もの打合せ等を経て、実施設計をし、設計図書(設計図及び仕様書、疎甲第4号証、乙第2号証、第4号証の1、2――以下「本件設計図」という。)を完成した。
 その結果、昭和63年4月19日関係者同意のもとに確認申請書を所轄官庁に提出した。
4 その後、設計の変更等があったが、債務者Y木幡は、平成元年3月19日債権者に対し、建築は取り止める旨の通知をなした。
5 債務者Y木幡は債権者の幾度かの催促にかかわらず設計料を支払わなかったが、平成2年8月、従来からの経緯を熟知している債務者会社に住宅建築を依頼し、債務者会社に設計図(乙第3号証、同第5号証の1、2、以下「債務者会社の設計図」という。)を作成してもらい、それに沿って本件建物を建築中である。
二 債権者の主張
 別紙第2のとおり
三 債務者らの主張
 別紙第3のとおり
第3 当裁判所の判断
一 建築設計図は、一般に、学術的性質を有する図面にあたり、そして建築家がその知識と技術を駆使して作成したものでそこに創作性が認められる限り、著作権法10条1項6号の著作物性を肯定し得ると解され、かかる観点から本件設計図も前記6号の著作物に該当するものと考えられる。
二 ところで著作権法10条1項6号の著作物の複製は、同項5号の「建築の著作物」の場合となり2条1項15号の本文の有形的な再製に限られ、したがって建築設計図に従って建物を建築した場合でも、その建築行為は建築設計図の「複製」とはならない。
 それで本件建物が本件設計図に従って建築された場合であっても、右6号の関係では複製とはいえない。
三 しかして、設計図に従って建物を建築することが「複製」となるのは、「建築の著作物」(同法10条1項5号)についてである。
 すなわち「建築の著作物」とは(現に存在する建築物又は)設計図に表現されている観念的な建物自体をいうのであり、そしてそれは単に建築物であるばかりでなく、いわゆる建築芸術と見られるものでなければならない。
四 債権者は、本件設計図が図面の著作物(6号)に該当することから、直ちに本件建物の建築行為が、「複製」権の侵害となるとするものであるが、上述来説示のように、本件設計図に表現されている観念的な建物が「建築の著作物」に該当しないかぎり本件建物の建築行為は「複製」権の侵害とはならない。
 そこで、本件設計図に表現されている観念的な建物は「建築の著作物」に該当するか否か検討するにここで「建築芸術」と言えるか否かを判断するにあたっては、使い勝手のよさ等の実用性、機能性などではなく、もっぱら、その文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべきところ、前顕疎乙第2号証、同第4号証の1、2、甲第4号証によれば、右観念的な建物は一般人をして、設計者の文化的精神性を感得せしめるような芸術性を備えたものとは認められず、いまだ一般住宅の域を出ず、建築芸術に高められているものとは評価できない。
 そうすると、本件設計図に表現されている観念的な建物が「建築の著作物」に該当しないので、本件債務者らの建築行為は「複製」権の侵害とはならない。
五 のみならず、疎乙第2号証、同第4号証の1、2、同第3号証、同第5号証の1、2によれば、本件設計図と債務者会社の設計図との間には、その外観、内部の間取り等において、債務者ら主張(別紙第3の第3)のような相違点が見られるので、両設計図間には類似性をも認めることができない。
六 以上によれば、債権者の本件仮処分申請は、理由がないので却下することとし、申請費用についてはこれを債権者の負担とすることとし、主文のとおり決定する。

福島地方裁判所
 裁判官 本田恭一
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