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【事件名】ポパイ ワンポイントマーク事件(3)
【年月日】平成2年7月20日
 最高裁(二小) 昭和60年(オ)第1576号 商標権侵害排除等請求参加事件
 (一審・大阪地裁昭和58年(ワ)第27号、二審・大阪高裁昭和59年(ネ)第1803号)

判決
上告人 旧商号河村商事株式会社 株式会社アルプス・カワムラ
右代表者代表取締役 Y
右訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同 神谷巖
同 村林隆一
同 今中利昭
同 吉村洋
同 釜田佳孝
同 浦田和栄
同 谷口達吉
同 松本司
同 村上和史
右輔佐人弁理士 西村輝男
被上告人 株式会社松寺
右代表者代表取締役 X2
右訴訟代理人弁護士 三山峻司
原審脱退被控訴人 大阪三恵株式会社
右代表者代表取締役 X1


主文
 原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
 右部分につき被上告人の請求を棄却する。
 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由
 上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同輔佐人西村輝男の上告理由第3点及び上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同釜田佳孝、同浦田和栄、同谷口達吉、同松本司、同村上和史の上告理由六について
一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 原審脱退被控訴人(第1審原告)は、繊維製品の製造、卸販売を業とし、昭和33年6月26日商標登録出願、同34年6月12日設定登録、同54年11月29日存続期間の更新登録、指定商品を第36類「被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類」とする登録番号536992号の商標権(以下「本件商標権」といい、その商標を「本件商標」という。)を同44年12月ころ、商標登録を受けたAから譲り受けていたが、被上告人は同59年4月17日、原審脱退被控訴人から本件商標権を譲り受け、同年7月30日その移転登録がされた。被上告人は、右移転登録に伴い、本件が原審に係属中の同59年9月4日、原審脱退被控訴人の上告人に対する一切の損害賠償請求権を譲り受けた。
2 上告人は、第1審判決別紙目録(2)記載の乙標章及び同目録第(3)記載の丙標章を付した、本件商標の指定商品に当たるマフラー(以下「被告商品」という。)を、昭和57年暮までの間販売していた。
3 本件商標は、「POPEYE」の文字を上部に、「ポパイ」の文字を下部にそれぞれ横書きし、その中間に、水兵帽をかぶって水兵服を着用し顔をやや左向きにした人物がマドロスパイプをくわえ、錨を描いた左腕を胸に、手を上に掲げた右腕に力こぶを作り、両足を開き伸ばして立った状態に表された、文字と図形の結合から成る。
 被告商品の乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を横書にして成り、丙標章は、マフラーにつけられた吊り札に、帽子をかぶって水兵服を着用し、顔をやや左向きにして口を閉じた人物が、口にマドロスパイプをくわえ、手を上げた右腕に力こぶを作って得意顔で描かれ、その下部に右上り斜めに「POPEYE」の文字が横書きされた、図形と文字とから成る。
4 漫画「ポパイ」は、1929年(昭和4年)1月17日、エルジー・クライスラー・シーガーが新聞「ニューヨーク・ジャーナル」に掲載した漫画「THE・THIMBLE・THEATER」に登場して連載され出すや、たちまち読者の支持を得て、連載のタイトルも「ポパイのシンブル・シアター」となり、作者もこの主人公に実在人物のような愛着を持つようになった。1932年(昭和7年)、マックス・フライシャーの手により映画化されることなどによって、常にマドロスパイプをくわえ、ほうれん草を食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水夫「ポパイ」は、一個性をもった人物像として、日本国内を含む世界中の人々に親しまれ出した。そして、1938年(昭和13年)にシーガーが死亡した後も、「ポパイ」を主人公とする漫画作家がこれを承継した。1976年(昭和51年)当時の「ポパイ」の漫画作家バット・サゲンドルフは3代目である。その間、映画、テレビなどを通じて、「ポパイ」の人物像は日本国内を含め、全世界に定着している。
5 アメリカ合衆国の法人であるキング・フィーチャーズ・シンジケート・インコーポレーテッドは、漫画「THE THIMBLE THEATER」の著作権者であるが、1981年(昭和56年)4月6日、親会社のザ・ハースト・コーポレーションに対して右著作権の独占的利用権を許諾し、同社の一部門であるキング・フィーチャーズ・シンジケート・ディヴィジョンは、株式会社コンセプトに対し、マフラーを含むスポーツ用品に「ポパイ漫画のキャラクター」を複製することを許諾した。上告人は昭和56年夏ころから同57年12月までの間、株式会社コンセプトが右許諾に基づいて製造した被告商品を仕入れて小売店に販売した。
二 第1審において、原審脱退被控訴人が本件商標権に基づいて、上告人に対し被告商品の販売の差止と損害賠償を求めたところ、本件商標権等を譲り受けた被上告人が原審で当事者参加し、本件商標権に基づく被告商品の販売差止と損害賠償を上告人に求めた(原審脱退被控訴人は訴訟から脱退した。)のに対し、原審は右事実関係の下において次のとおり認定判断した上、被告商品の販売の差止と損害賠償の請求を一部認容した第1審判決を変更し、被上告人の請求のうち、108万5100円とその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余を棄却した。
1 丙標章が吊り札に使用されていて、専ら商標として使用されていることは明らかであるし、乙標章も、いわゆるワンポイントマークとして用いられていて、商品出所表示機能、品質保証機能を有するので、商標としての機能を備えて使用されていることは明らかである。
2 乙標章及び丙標章は、「ポパイ」という称呼を生じさせる点で本件商標と一致し、また、「ポパイ」なる人物を想起させるから、観念でも本件商標と一致する。したがって、乙標章及び丙標章は本件商標に類似する。
3 商標法29条は、商標権がその商標登録出願日前に成立した著作権と抵触する場合、商標権者はその限りで商標としての使用ができないのみならず、当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもその差止等を求めることができない旨を規定していると解すべきである。丙標章は、「ポパイ」の人物像を視覚的に表出した図形と、これに付随し一体となって説明的に結合した名称から成るので、原著作物である「THE THIMBLE THEATER」の漫画における想像上の人物である「ポパイ」の複製に当たる。したがって、丙標章は全体として、本件商標権に対する侵害とはならない。
 他方、乙標章は「POPEYE」の文字だけから成るが、このような著作物の題名や登場人物の名前は、たとえそれが直ちにキャラクターの姿態を思い浮かべるようなものであっても、著作物から独立した著作物性を持ち得ず、乙標章は著作物の複製とはいえない。したがって、乙標章に関しては、商標法29条によって本件商標権に基づく損害賠償請求を排除することはできない。
4 本件商標登録を無効とする審決が確定していない以上、本件商標登録が公序良俗に反し無効ということはできない。被上告人が、「ポパイ漫画のキャラクター」の顧客吸引力にただ乗りする目的で本件商標権を譲り受けたとする上告人主張の事実は認められないのみならず、上告人主張の「ただ乗り」なる概念を「対価を払わずに他人の業績を巧みに利用する」との趣旨だとすれば、それは常に必ずしも違法行為となるとは限らないし、ポパイ漫画のライセンサーであるザ・ハースト・コーポレーションが日本で「ポパイ漫画のキャラクター」の商品化事業に乗り出したのは昭和35年ころ以降であって、本件商標の連合商標で「ポパイ」の人物図形と文字とから成る登録商標(登録番号第326206号)の出願がされた昭和14年4月21日当時には、「ポパイ漫画のキャラクター」を登録商標とすることから保護すべき法的利益の対象となるものは存しなかったことなどからすると、被上告人の本件商標権に基づく権利行使が権利の濫用に当たるとすることはできず、ほかに、本件において権利の濫用に該当する事実はない。
5 したがって、被上告人の上告人に対する本件商標権侵害に基づく損害賠償請求は、丙標章に関する部分については商標法29条により理由がなく、乙標章に関する部分は、上告人が昭和56年夏ころから同57年暮までに上告人が乙標章を付した被告商品を販売したことにより原審脱退被控訴人の被った108万5100円の限度で理由がある。なお、乙標章に関しても、上告人が将来にわたって被告商品を販売する蓋然性の立証はないので、その差止請求は理由がない。
三 しかしながら、右判断中、被上告人の本件商標権に基づく乙標章に対する権利行使が権利の濫用に当たらないものとした部分は首肯することができない。その理由は次のとおりである。
 被上告人は、乙標章は、商標としての機能を備えて使用されていて、かつ本件商標に類似しており、しかも、単に「ポパイ」の漫画の主人公の名称を英文で表したものであるから、「ポパイ」の漫画から独立した著作物性がなく、著作物の複製とはいえないことを理由に、乙標章につき本件商標権に基づいてその侵害を理由に損害賠償を求めることが、本件商標権の行使に当たるとして、本訴請求をしている。しかしながら、前記事実関係からすると、本件商標登録出願当時既に、連載漫画の主人公「ポパイ」は、一貫した性格を持つ架空の人物像として、広く大衆の人気を得て世界に知られており、「ポパイ」の人物像は、日本国内を含む全世界に定着していたものということができる。そして、漫画の主人公「ポパイ」が想像上の人物であって、「POPEYE」ないし「ポパイ」なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると、「ポパイ」の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。したがって、乙標章がそれのみで成り立っている「POPEYE」の文字からは、「ポパイ」の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時においても一般の理解であったのであり、本件商標も、「ポパイ」の漫画の主人公の人物像の観念、称呼を生じさせる以外の何ものでもないといわなければならない。以上によれば、本件商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものに外ならないというべきであり、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の一つとなっていることに照らすと、被上告人が、「ポパイ」の漫画の著作権者の許諾を得て乙標章を付した商品を販売している者に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、正に権利の濫用というほかない。
 これと異なり上告人の権利の濫用の主張を排斥した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上によれば、乙標章に関する被上告人の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、被上告人の本訴請求のうち原判決認容部分は棄却されるべきである。
 よって、民訴法408条、396条、96条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第2小法廷
 裁判長裁判官 藤島 昭
 裁判官 香川保一
 裁判官 奥野久之
 裁判官 中島敏次郎


 上告代理人吉武賢次、同神谷巖、同輔佐人西村輝男の昭和60年12月3日付上告理由書記載の上告理由
第1点 原判決は、商標法第4条第1項第7号、第36条、第37条第1号の解釈、適用を誤っており、これは判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背であるから、破棄されるべきである。
 本件商標は、ポパイの全身像及び「ポパイ」、「POPEYE」の語から成るものであるが、これは本件商標出願当時概に原作地であるアメリカ合衆国は勿論、我国を含む世界各国で周知著名となっていたポパイ漫画のキャラクターを、著作権者らには無断で使用すべく登録出願されたものであった。従って本件商標を使用することは、ポパイ漫画の著作権を侵害することになり、その使用は禁止される(著作権法第112条)ばかりでなく、アメリカ合衆国で創作され世界的に著名になったポパイ漫画の著名性に只乗りすることにより日米間の国際信義に反する形で登録出願されたものと言わざるを得ない。その様な商標は正に、商標法第4条第1項第7号に関する特許庁商標第1、2課の編集になる審査基準に言う「他の法律によって、その使用等が禁止されている商標、……一般に国際信義に反する商標」に該当するものである。かつては他人の著作物につき無断で登録出願したとしても、それのみでは無効事由に該らない、とする審決例もあったが、近時では、その逆の趣旨の実務例が多い〈証拠省略〉。思うにこれは、かつて我国が経済的に貧しい後進国であり、必ずしも法が要求する正義が万全に守られなくとも生き延びんが為の努力を認めざるを得なかったのであるが、近時我国は世界の指導層をなす一国であり、法秩序の維持と国際正義の実現に努力することがより一層求められるようになり、又単に経済的に考えてもその方が我国の利益になることが理解されたからであろう。以上、本件商標の登録は商標法第4条第1項第7号、第46条第1項第1号により無効原因を有するものであり、そうでなくとも本件商標についての昭和54年11月29日付存続期間更新登録は、同法第19条第2項但書第1号、第48条第1項第1号により無効事由を有するものである。
 そして、この様に無効原因を有するときは、その権利範囲は極めて狭く解するべきである。即ち、特許や商標登録等の行政処分が無効原因を有する場合に、端的にその様な権利に基く差止や損害賠償の請求を権利の濫用であるとして排斥する判例が存し、又は単に禁止権の行使を否定する判例もあるが、判例の大勢は、右各行政処分の有効無効を決するのは特許庁の専権事項であり、特許庁において無効審決がでない以上、その間は有効であるとして扱わざるを得ない、とする。しかしながら、このままでは、侵害者とされた者は一たんは差止を命ぜられ、又は損害賠償を支払い、後に特許庁で無効審決を得てから再審(民事訴訟法第420条第1項第8号参照)を求め、又無効な権利の行使により蒙った損害の賠償を求める、ということになるがこれでは、余りに侵害者とされた者に酷であり、社会全体としてみても妥当性が薄い。
 そこで近時の判例は、一応特許庁の審査、審判を経て特許又は実用新案登録された以上これは有効として扱わねばならないが、その権利範囲は最も狭く解し、明細書特に実施例として記載されたものと字義通り同一のものに限ると判示し、具体的妥当性を図るに至っており、同旨の判決が多数繰り返されて安定した考え方になっている。この考え方の基礎になっているのは、特許法の制定趣旨は新規有用な発明の公開に対してその代償として独占権を与えるものであるところ、出願前公知であった技術の公開に対しては、この様な独占権を与えるに相応しくない、という考慮であると思われる。
 さて、偶々商標関係の事件ではこの様な判断がなされていず、むしろ権利濫用の理論を採用したものが多いが、行政処分の構造と具体的妥当性を図るべき必要性が存することは、特許、実用新案の場合と全く変りがない。従って、無効原因を有する商標登録に基く侵害訴訟においても、右と同様の議論が採用されて然るべきである。そして商標法の制定趣旨が、商標の使用に伴う業務上の信用維持及び需要者の利益保護にあることを考えると、この様に使用できない商標の採択に対して独占権を付与すべきではない、と言える。しかるときは、前述した様に重大な登録無効原因を有する本件商標にあっては、その権利範囲、即ち禁止権の及ぶ領域は一般の有効な商標権についての類似範囲よりも格段に狭く、出題した通りの構成〈証拠省略〉と一字一画ちがわない完全に同一の構成を有する標章にのみ及ぶと考えるべきである。そして乙、丙各標章は、右出願した通りの構成と一字一画まで同一でないことは一見して明らかであり、従って本件商標の禁止権の範囲外にあるという外はない。
第2点 原判決は商標法第29条、第36条、第37条第1号、民法第709条の解釈、適用を誤っており、これは判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背であるから、破棄されるべきである。
 我法制上商標権は独占排他権であるとされるが、何も商標権のみが独占排他権ではなく、著作権も又然りであり、先に成立した著作権の権利者はこれに抵触する行為を排除することができる(著作権法第112条)。よって後に同一の著作物についてこれが商標登録されたとしても、該商標権者は著作権者の許諾なしにはこれを使用することができないことは法理上当然であると言わねばならない。商標法第29条はこの当然のことを定めたものであって、商標権者には本来なら認められるべき専用権(商標法第25条)が認められない事になる。この専用権とは、指定商品について登録された標章(及びこれと同一性の存する範囲内の標章)を使用しうる権利である。さて商標法はこの商標権の本来的効力である専用権を実効あらしめるため、登録商標の同一性の範囲内(同法第36条)のみならず類似範囲に属するような商標の使用を禁止し排除する権利を認めており(同法第37条)、これは禁止権と呼ばれる。以上の様にこの禁止権は商標権のうち専用権という本来的、積極的な効力を補完するための消極的な効力であるから、明文をもって規定されてはいないが、法理上、専用権が否定される場合にはこの禁止権も存在意義を失い、これも又否定されると考えるべきである。従ってこの場合、商標権者は、著作権者はもとより第三者の商標的使用についても、これを差止めることができないものである。いいかえれば、商標法は登録商標が使用されそこにグッドウィルが蓄積されていくことを予定し、従って他の工業所有権と異って存続期間の更新の制度(同法第19条第2項)、商標権者の使用義務(同法第50条)等の制度が定められているのである。そしてこの様な積極的に保護すべき利益があるからこそ、第三者に対する禁止権を定めて、第三者の行為の自由を一定の範囲内において狭めていることが正当化されるのである。
 この様に専用権も禁止権も否定される場合には、他人による該商標、又はその類似商標の使用は法により放任された合法行為であって何らの権利侵害もなく、ここには不法行為が成立する余地がない。要するに、この様に単に商標登録が存在し、商標権の外形があったとしても、専用権や禁止権といった本来的効力は有しないものという他はない。この点は、基本発明の特許権者の承諾を得なければ実施できないとされている利用発明(特許法第72条)の場合とは似て非なるものである。即ち、利用発明の場合は、新規有用な発明がなされ、かつそれが公開されたことにより、技術の進歩をもたらし、産業の発達に寄与したという争い得ない事実が存する。利用発明に対する特許権は、この事実に対して与えられ、保護される資格を有する。一方商標の場合は、単に特定の商標を採択したという事実自体には、何らの保護をも生ぜしむるべき根拠を有しない。使用しうるべき商標が採択され、現実に使用されていくことが予定されていることに対して、先行して独占権が与えられているのである。従って使用することができない商標には、何らの実体的保護を与えるべきではない。
 そして既に述べた様に本件商標はポパイのキャラクターを著作権者らに無断で登録出願したものであって、商標法第29条により専有権が否定され、よって差止請求権も損害賠償請求権も否定されるべきである。
第3点 原判決は民法第1条第3項の解釈適用を誤っており、これは判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背であるから、破棄されるべきである。
 右法条は、権利は権利者個人の利益保護のために認められるものであると共に、同時に社会全体の向上発展のために認められるものであるので、権利の行使は権利者個人の利益と社会全体の利益との調和において行われるべきである、とするものである。一方本件の場合には、次の如き事情があり、この諸事情の下における本訴請求は右法条の趣旨から考えて、正に権利の濫用と目すべきものである。
(1)本件商標又は本件商標とかつて連合関係にあった登録第326206号商標は、ポパイ漫画が我国を含めて世界的に周知著名になった後に、その広告的機能に只乗りする目的で登録出願されたものである〈証拠省略〉。のみならず、本訴請求は、そのポパイ漫画を周知著名にした著作権者のグループに対して提起された。
(2)本件商標には前述第1点に述べた登録無効原因がある。そこで本件上告人と同じくポパイキャラクターを付した商品を(訴外ハーストの許諾に基いて)扱っている訴外ファーストインターナショナル株式会社は、本件訴訟が始った後本件商標について登録無効審判(特許庁昭和58年審判第19123号)を請求したが、周知の通り特許庁は過剰な出願に追われて無効審判の審理に極めて長期間を要する状態である為、未だ審決が得られる状態にはない。しかし、本訴においては、無効原因が存するとを考慮に入れることは差支えない筈である。
(3)被上告人、本件商標の前主であった第1審原告らは、ポパイ漫画の著作権を侵害する形で本件商標を使用している。即ち被上告人らは、著作権者グループの著作権を侵害しながら著作権グループを訴えている。しかもこの場合は、偶々侵害したのではなく、本件商標を使用するときは必然的に著作権を侵害することになる(これに対し、著作権者グループの者がポパイキャラクターを複製する際には、必ずしも本件商標の禁止権により禁じられた使用をすることはなく、むしろ、殆んどの場合は本件商標権とは関係のない形で使用されてきた)。著作権者グループは、右行為を承認したこともなく、又黙認したこともない。なお第1審原告は本件商標取得前、ミッキーマウスの著作権をも侵害していた〈証拠省略〉。
(4)右被上告人らは、訴外株式会社マガジンハウス(昭和58年10月1日変更前の商号は、平凡出版株式会社)が有する「POPEYE」のロゴタイプ〈証拠省略〉についての著作権をも侵害している〈証拠省略〉。マガジンハウスは、この様な著作権侵害行為を承認したことはない。なお、書体であっても創作性が有れば、著作権法による保護が及ぶことは判例(東京地方裁判所昭和60年10月31日判決、〈証拠省略〉)も認めるところである。
(5)被上告人及び第1審原告が本件商標を各々その前主から取得した当時、ポパイキャクターを付した商品化事業は盛大に行われており、ポパイキャラクターは著作権者グループの営業又は商品出所表示として周知であった。被上告人らはその様な事情を知り、又は当然知るべき状況下で本件商標を譲り受けて使用したものであるが、その様な使用行為は刑罰をもって禁じられた(不正競争防止法第5条第2号)違法行為である。この様な違法行為を目的とする取得行為に基く商標権の行使は法の認容しないところである。
(6)著作物の名称については著作権が及ばないとする見解が我国では有力であり、原判決はこの立場に立つものであるが、近時反対の考え方も有力に主張されており、又諸外国では反対の趣旨の判決例もある。著作権の保護が世界的なものである(万国著作権条約、ベルヌ条約を見よ)ことを考えるとき、我国が旧来の考え方を遵守することが妥当とは思われない。特にポパイの漫画と名称の場合は、同一の著作者により同時に創作され、同時に周知著名になったものであって、表裏一体の関係にある。この様な事情の下で、名称に著作権が及ばないとして、その使用を差止請求及び損害賠償請求の対象とすることは妥当でない。
(7)被上告人の本件における様な請求を認めるならば、他人が創作し著名にした著作物につき、商標権を取得し、かつこれを該他人に対して行使しうることを是認することになる。かくては、現今盛大に行われているキャラクターの商品化事業に重大な支障を与えるのみならず、著作者らの商品化事業を妨害し、又は不当に利益を得る為の商標登録出願を誘発し、一方著作権者としてはその様な事態を避ける為、行使の必要性が生じないうちに商標登録出願をせねばならなくなる。これは又、ただでさえ過剰な出願件数に悩んでいる特許庁に更に過重な重荷を与える結果ともなる。〈添付書類省略〉
 
 上告代理人村林隆一、同今中利昭、同吉村洋、同釜田佳孝、同浦田和栄、同谷口達吉、同松本司、同村上和史の昭和60年12月7日付上告理由書記載の上告理由
一 前提事実
(一)原判決は、本件漫画のポパイについて、次ぎの事実を認定している。
 『漫画の「ポパイ」は、エルジィー・クライスラー・シーガーが1919年から「ニューヨーク・ジャーナル」に連載した漫画「THE THIMBLE THEATER」に昭和4年(1929年)1月17日初めて登録(原判決添付目録(4)記載のもの、その後ニューヨーク・イヴニング・スタンダードに移され)して連載されだすやたちまち読者の支持を得、連載のタイトルも「ポパイのシンブルシアター」と呼ばれ、作者もこの主人公に実在人物のような愛着を持つようになり、1932年、マックス・フライシャーの手により映画化(パラマウント映画)にされるなどによって、常にマドロスパイプをくわえ、ほうれん草を食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水夫「ポパイ」が一個性を持った人物像として、我が国内を含む世界中の人々に親しまれ出した。そして、1938年に前記シーガーが死亡した後も、右「ポパイ」を主人公とする漫画作家がこれを承継し、1976年当時の「ポパイ」作家バット・サゲンドルフは3代目である。その間映画、テレビなどを通じて右「ポパイ」の人物像(キャラクター)は我国を含め世界に定着している。
 キング・フィーチャーズは、右「THE THIMBLE THEATER」の著作権者であるところ、同社は、1934年(昭和18年)12月31日親会社である訴外ザ・ハースト・コーポレーションに対して右著作権の独占的利用権を許諾し、ザ・ハースト・コーポレーション(ライセンサー)の一部門であるキング・フィーチャーズ・シンジケート・ディヴィジョンは、昭和56年(1981年)4月6日、訴外コンセプト社に対し、マフラーを含むスポーツ用品についてポパイ漫画のキャラクターを複製することを許諾し、被服及び身回り品雑貨の卸販売業を営む控訴人は、同夏ころから昭和57年12月中旬までの間コンセプト社(ライセンシー)が右許諾に基づいて製造した本件マフラーを仕入れて各小売店へ販売した。』(第1審判決19枚目表6行目乃至20枚目表4行目、原判決10枚目表5行目乃至10行目)
(二)本件商標は、「我が国はもとより世界中に知れわたっている漫画の主人公たるポパイなる人物を外観・称呼、観念のいずれにおいても表示しているとみることができる。」(第1審判決17枚目裏3〜5行目)
(三)本件商標は昭和33年6月26日出願、同34年6月12日登録である。
二 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある・・商標法第2条および第37条の誤り、
(一)原判決は、本件乙標章の使用は、いわゆる「ワンポイントマーク」として用いられている。と認定し、そして、「ワンポイントマーク」としての使用は、「単に装飾的、意匠的な使用のみに止まらず、商品出所表示機能・品質保証機能を持たせた商標としての機能をも兼ね備えた形で使用されていると認めるのが相当である」(原判決8枚目裏、第1審判決16枚目裏)と認定判断している。
(二)然しながら、原判決の右の判断は、前項の前提事実を全く無視するものである。即ち、漫画「ポパイ」は、シーガーが創作したものであり、そして、シーガーは、右の漫画の創作と同時に漫画の主人公である(マドロスパイプをくわえ、ほうれん草を食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水夫を「ポパイ」と銘名したのである。従って、このように創作された漫画「ポパイ」は、その主人公の顔や姿を一目で彷彿させる名前も一緒に創作したのである。換言すれば、漫画「ポパイ」が創作物であると同じように、右の主人公の名前も創作物であり、漫画の主人公の名前と漫画とは一体に結合しているのである。このことは、例えば「フクチャン」「サザエサン」、「ミッキーマウス」等々と同じである。
(三)右のように考えるならば、本件商品における標章「POPEYE」は、所謂「ワンポイントマーク」と呼ばれている例えば「ペンギン」、「ワニ」、「傘」とは全く異なることが明らかである。蓋し、後者にあっては、我々の日常に存在する動物又は品物の名前を特定の商品の標章として選択し、それを特定の商品の特定の場所(例えば左胸の部分)に使用して、当該商品の出所表示機能、品質保証機能を営ましておるわけである。それは、所謂、「ペンギン」印又は「ワニ」印と呼ばれて、他の営業者の商品との間に区別し得る能力を有しているが、それ自体、創作物標章ではなく、従って、そこには何等の意匠的、装飾的機能を化体していないのである。
(四)然るに、前者の場合には、(二)に述べた通り「POPEYE」=「ポパイ」は、特定の水夫の名前であり、従って、また漫画「ポパイ」そのものである。従って、これを使用するものは、「ポパイ」の標章によって、自他商品を区別したり、その品質保証を目的としているものではないのである。また、之を購入する一般消費者も、所謂「ポパイ」印の商品がよいからと思うのではなく、「ポパイ」に化体された漫画ポパイの意匠的、装飾的機能、前記特定の水夫というキャラクターに対する親近感・愛着に基づいて之を購入するのである。右のことは、本件の場合、上告人が乙標章のみを使用しているのではなく、同時に丙標章をも使用していた事実によっても明らかである。
三 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある・・商標法第29条の誤り、(1)
(一)原判決は商標法第29条の解釈について、「右規定は、商標権がその出願日前に成立した著作権と抵触する場合には商標権者が、その限りにおいて、商標としての使用ができないのみならず、右商標権の禁止権が制限される旨すなわち、当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標と抵触してもこれが差止めを求め得ない趣旨の規定と解するのが相当である。」(原判決、9枚目裏、第1審判決18枚目表、裏)と判断した。
(二)然しながら、同条は「商標権者は、……。他人の著作権と抵触するときは、指定商品のうち抵触する部分についてその態様により登録商標を使用することができない」と規定しているのである。
(三)ところで、第一項(二)によって明らかなように本件商標は、「我が国はもとより世界中に知られている漫画の主人公たるポパイなる人物を外観・称呼・観念のいずれにおいても表示しているとみることができる。」のである。果してそうであるならば、被上告人(およびその前者)の本件商標の使用は全面的に本件著作権者の有する著作権に抵触していることが明らかであり、本件商標を使用出来ないこと明らかである。そして、本件商標を使用することが出来ないものは、その禁止権を有しないことも明らかである。
(四)然るに、原判決は、右(一)のように「当該著作権の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもこれを差止めを求め得ない趣旨である」と解釈した。然しながら、右のような解釈は商標法第29条のどこにも規定していないところである。
(五)元来本件商標権者は、商標法第29条によって全面的にその商標の使用を為すことが出来ないのである。そうすると、当該商標権に基づく禁止権も行使することが出来ないとするのが自然な解釈であって、之を著作物の複製物に限定すべき理由は全くない。全面的に使用出来ない商標権者は、全面的にその禁止権がないと解すべきである。
四 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある・・商標法第29条の誤り、(2)
(一)原判決は本件乙標章について、商標法第29条の適用を否定した。その理由は、乙標章には著作物性がないということである(原判決10枚目裏、第1審判決21枚目裏)。
(二)然しながら、本件乙標章における「POPEYO」は、前項において主張した通り漫画の「ポパイ」と相即不離であり、「POPEYE」、「ポパイ」の標章を見ることによって、漫画の「ポパイ」を連想し、想思することは我々国民一般の抱く感情である。
(三)果して、そうであるならば、乙標章は単なる文字と見るべきではなく商標法第29条の適用にあっては、漫画「ポパイ」と一体なものとしてその保護を受けるべきである。そうでなければ、本件のように、創作した者がその侵害者(本件被上告人)から侵害よばわりされることになり、之に対する防禦方法がないという全く不可解な問題が発生することになるのである。
(四)仮りに、右が理由がないとしても、本件の場合には、乙標章と同時に丙商標も同時に表示してあるとの事実を見なければならない。そして、原判決も、丙標章の「POPEYE」の文字部分については、その姿態と一体をなしているのであるから商標権侵害を構成していないと判断しているのである(原判決10枚目裏〜11枚目裏)。果して、そうであるならば、当該商品の上に丙標章と乙標章とが併列して使用されている本件にあっては、乙標章は丙標章と一体のものとなっているのであるから乙標章の「POPEYE」を単独のものと見るべきではなく、丙標章の姿態と一体のものと見、商標権侵害を構成しないものと見るべきである。
五 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある・・商標法第36条、第37条の誤り、
(一)原判決は「商標登録を無効とする審判が確定する前に無効原因の存在理由としての禁止権の及ぶ範囲を格段に狭く完全同一の場合に限定すべきものではないと解すべきである」とし、その理由として、「けだし、商標の登録手続に関し審査主義を採用して権利の法的安定を図っている以上、無効審判手続によることなく審査の内容について適否を判定し、結果としていったん付与された権利の範囲を制限的に解するのでは、制度の趣旨を没却することになるからである」(原判決9枚目裏)、と判断している。
(二)然しながら、右の原判決は、商標の無効と登録商標の類似範囲の解釈とを混同するものであり、司法裁判所としての職責を放棄するものである。即ち、当該商標を無効とすることは特許庁の無効審判を得なければならないことは当然のことである(商標法第46条)。従って、上告人は、本件商標が無効であることを主張しているのではない。然しながら、当該商標権について無効理由その他の理由を主張して、当該商標の類似範囲を狭く解釈することは理論的に妥当であるばかりか、元来類似範囲をどのように解釈するかどうかは裁判所の職責であって、之と無効審判とを混同するが如きは、その職責を充分果していないと言わなければならない。
(三)因みに、新規性、進歩性を要件とする特許・実用新案について、最高裁判所は公知、公用の部分を除外して新規の発明・考案の趣旨を明らかにすべきであると判断しており(昭和37年12月7日判決、民集16巻12号2、321頁、同39年8月4日判決、民集18巻7号、1、319頁)。そして、当該発明又は考案が全部公知のときは実施例通りに限定すべきであるとせられているのである(東京地裁昭和47年9月24日判決、無体集4巻2号517頁、大阪高裁昭和51年2月10日判決、無体集8巻1号85頁)。
(四)然るに、本件は特許・実用新案のような新規性、進歩性という技術的問題を審理するのではなく、商標の選択に関する事案である。換言すれば、本件は右(三)の場合よりもより一層強い意味で裁判所は、その商標の類似範囲について関与し、審理すべき権限があるのである。而も、本件商標権は、世界的に有名であった、漫画「ポパイ」とその名前「ポパイ」をその侭の形で商標として選択して(実は模倣して)その商標権を取得し、且つ、当該「ポパイ」の著作権者から正当に複製権を取得したものが製作した商品を取扱っている上告人にその損害賠償を求めている事案である。
 果して、右のような場合は、当該商標権について無効理由があるかどうか、当該商標権について、類似範囲を限定すべき理由があるかどうかを審理して判断すべきであった。然るに原審はこの点について全く審理判断しないで、形式的に商標権があるとしてその判断を誤まっているのである(この点において、原審には商標権の類似簡囲について審理不盡があると言わなければならない)。
(五)上告人は本件の場合には、本件商標権者は当該商標の使用範囲にしかその差止請求権および損害賠償請求権がないとして主張するものである。
(六)因みに、本件商標は、商標法第46条第1項第1号、同法第4条第1項第15号によって無効原因を有するものである。即ち、本件漫画「ポパイ」および、その名前「ポパイ」は世界的に著名である。そして、右の著作権は第三者に複製権を与え、複製権者は製品を製造して販売しているのであるが、被上告人(およびその前者)は、右の著作権者等と何等の関係がないにもかかわらず、本件商標を使用することは、第三者から見て、被上告人等が右の著作権者と何等かの関係があると考えられることになり、所謂出所を偽り他人の業務にかかる商品と混同を生ずるおそれがあること明らかである。
六 原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある・・民法第1条第3項の誤り、
(一)原判決は、上告人の権利の濫用の抗弁を否認した。
(二)然しながら、本件漫画「ポパイ」の著作権者はキング・フィーチャーズであり、その独占的利用権者はザ・ハースト・コーポレーションであり、複製権者はコンセプト社である。上告人は右のコンセプト社の製造したマフラーを仕入れて小売店へ販売したのである。そうすると、漫画「ポパイ」および「POPEYE」を使用した上告人のマフラーは正に真正商品である。
(三)他方、被上告人は訴外松永善治が出願したものを、同大阪三恵株式会社が譲り受け、それを譲り受けたものである。
(四)そして、第一項に記載した通り原判決によると、本件漫画「ポパイ」は世界的に著名なものであり、出願人松永善治は、出願当時世界的に有名であった漫画「ポパイ」を本件商標として出願したものであり、所謂「ニセモノ」に属するものである。
(五)そうすると、被上告人(およびその前者)は所謂ニセモノであることにもかかわらず、ホンモノである上告人に対して、その損害賠償を求めるものであり、そのような商標権の行使は、たとえ商権法第29条に該当しないものであっても、法の根本目的に反し、信義誠実に反するものとしてその商標権の行使は濫用のものであるとの評価を与えられるべきである。而も、本件被上告人は、上告人と前者との本件紛争を知悉しながら本件商標権を取得したのであるから猶更である。
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