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【事件名】薬学書事件
【年月日】平成2年6月13日
 東京地裁 昭和57年(ワ)第11321号 著作権侵害差止等請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 内田剛弘
右訴訟復代理人弁護士 城戸浩正
被告 Y1
右訴訟代理人弁護士 鈴木俊光
被告 株式会社講談社
右代表者代表取締役 Y2
被告 株式会社講談社サイエンティフィク
右代表者代表取締役 Y3
右両名訴訟代理人弁護士 伊達秋雄
同 的場徹
 
 右当事者間の昭和57年(ワ)11321号著作権侵害差止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して14万6969円及びこれに対する昭和57年9月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社講談社及び被告株式会社講談社サイエンティフィクは、原告に対し、連帯して86万1382円及びこれに対する昭和57年9月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを10分し、その2を被告らの連帯負担とし、その3を被告株式会社講談社及び被告株式会社講談社サイエンティフィクの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。
5 この判決は、右1及び2について、仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、連帯して1000万円及びこれらに対する昭和57年9月22日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社講談社は、別紙目録記載の各書籍を出版してはならない。
3 被告株式会社講談社は、別紙目録記載1の書籍につき別表第1―乙の剽窃箇所欄記載部分の、同目録記載2の書籍につき別表第2―乙の剽窃箇所欄記載部分の、同目録記載3の書籍につき別表第3―乙の剽窃箇所欄記載部分の各紙型を廃棄せよ。
4 訴訟費用は、被告らの負担とする。
5 右1について仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
 原告は、昭和46年5月から同57年まで、訴外学校法人昭和大学(以下「昭和大学」という。)の薬学部助教授として、薬理学の研究、教育に携わっていたものである。
 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、昭和42年4月から同58年4月まで、同大学同学部の教授として、薬理学の研究、教育に携わっていたものである。
 被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする会社である。
 被告株式会社講談社サイエンティフィク(以下「被告サイエンティフィク」という。)は、被告講談社からの委託に基づく自然科学、学術図書の編集等を目的とする会社である。
2 原告の著作権
(一)次の各書籍(以下これを総称して「本件旧書籍」という。)は、いずれも被告サイエンティフィクが企画・編集し、被告講談社が発行したものである。
(1)書籍名「薬理学」
 発行日 昭和51年5月1日
 著者 原告、被告Y1、訴外A、同B、同C、同D、同E、同F(以下この書籍を「旧薬理学」という。)
(2)書籍名「生物試験法」
 発行日 昭和51年10月15日
 著者 原告、被告Y1、訴外D、同B、同A、同F、同C(以下この書籍を「旧生物試験法」という。)
(3)書籍名「薬理学重点講義」
 発行日 昭和52年10月20日
 著者 原告、被告Y1、訴外G、同H、同B、同A、同I、同D、同J、同C、同K、同L、同M、同N、同O(以下この書籍を「旧重点講義」という。)
(二)(1)原告は、長年にわたる日本及びアメリカ合衆国での研究・実験の積重ねによる成果に基づき「旧薬理学」のうち別表第1―甲記載の部分を執筆し、もって、薬理学の現代的水準を、学生に対する教育的効果も考えたうえで創作的に表現した。
(2)原告は、右(1)と同様の成果に基づき、「旧生物試験法」のうち別表第2―甲記載の部分を執筆し、もって、薬理学の一分野である生物試験法の現代的水準を、学生に対する教育的効果も考えたうえで創作的に表現した。
(3)原告は、右(一)(1)及び(2)の書籍等に基づき、「旧重点講義」のうち別表第3―甲記載の部分を執筆し、もって、薬理学の現代的水準を、特に学生の自習用教材として平易にかつ問題形式にまとめるべく工夫して、創作的に表現した。
(4)以上のとおり、原告は、右(1)ないし(3)の執筆部分(以上これを総称して「本件著作物」という。)を創作し、その著作権及び著作者人格権を取得した。
3 次の各書籍(以下これを総称して「本件新書籍」という。)は、いずれも被告サイエンティフィクが企画・編集し、被告講談社が発行したものである。
(一)書籍名「改訂薬理学」
 発行日 昭和56年5月1日
 著者 被告Y1、訴外A、同B、同C、同D一、同H、、同L、同Q、同R、同F(以下この書籍を「改訂薬理学」という。)
(二)書籍名「改訂生物試験法」
 発行日 昭和56年11月1日
 著者 被告Y1、訴外D、同H、同S、同A、同L、同F、同C(以下この書籍を「改訂生物試験法」という。)
(三)書籍名「薬理学重点講義 10局新版」
 発行日 昭和57年2月10日
 著者 被告Y1、訴外T、同H、同B、同A、同I、同D、同J、同C、同K、同U、同L、同M、同V(以下この書籍を「新版重点講義」という。)
4 右3の各書籍には、別表第1―乙、別表第2―乙及び別表第3―乙の各剽窃箇所欄記載の記述があるところ、これは、右各別表の各旧版との対比欄記載のとおり、本件著作物の表現と同一あるいは極めて類似するものであって、本件著作物を複製したものである。そして、本件著作物の複製物である本件新書籍の発行に関係する被告らの行為は、次のとおりである。
(一)被告サイエンティフィクは、前記1の同被告会社の事業目的に沿い、被告講談社から発行されることになる本件新書籍の発行を企図し、被告Y1に対して執筆者の選定を依頼し、各執筆者への執筆依頼から本件新書籍の印刷に至るまでの編集作業を行った。
(二)被告講談社は、右(一)の後、本件新書籍を発行し、需要者に対して販売した。
(三)被告Y1は、私立薬学系大学における実力者であった。本件旧書籍は、このような同被告の発案に基づき、同被告の主導下においてその出版計画が進められ、同被告によってその執筆者のほとんどが同被告の知己・同僚から選ばれた。本件旧書籍の改訂版である本件新書籍についても、右と同様であるが、本件新書籍については、その執筆者から原告を排除し、自らあるいは他の執筆者をして原告の本件著作物を無断利用せしめ、本件新書籍を編集発行させた。
(四)本件新書籍のうち、別表第1―乙記載(1)ないし(3)、別表第3―乙記載(2)―2の部分は、被告Y1の執筆部分であるところ、この部分は、右4冒頭のとおり、本件著作物の複製物である。
5 右4の各行為は、本件著作物について原告が有する著作権及び著作者人格権を侵害するものである。すなわち、被告Y1は、本件旧書籍の改訂版である本件新書籍の執筆担当者から原告を排除し、本件著作物について原告が有する複製権を侵害して自らあるいは他の者に本件新書籍を執筆させ、そして、被告講談社及び被告サイエンティフィクは、右の被告Y1の指示を受けて原告を本件新書籍の執筆者から排除し、本件新書籍の編集発行を敢行したものであり、かかる被告らの共同行為により、原告の著作権を侵害したものである。また、本件新書籍には原告の氏名が表示されていないほか、一部に本件著作物の表現が改変されたものがあり、これは、原告の氏名表示権及び同一性保持権を侵害するものである。
6 被告らの右5の行為は、いずれもこれによって原告の本件著作権について有する著作権及び著作者人格権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないでなされたものである。
7 被告らの行為によって原告が被った損害は、次のとおりである。
(一)財産上の損害
 本件新書籍は、いずれも改訂されないまま5年間は発行されるものである。原告は、その間の発行により原告の得べかりし次の印税相当額合計148万7847円を原告の損害と主張する。
(1)改訂薬理学
 7500円の定価の10パーセントを印税として執筆者全員で受け、そのうち原告に対する配分率は527分の45、すなわち、8.538パーセントである。そして毎年2000部以上を5年間にわたって発行すると考えられる。
 7,500×0.1×0.0853×2,000×5=639,750
 したがって、原告の得べかりし印税は、63万9750円である。
(2)改訂生物試験法
 1800円の定価の10パーセントを印税として執筆者全員で受け、そのうち原告に対する配分率は1700分の840、すなわち、49.41パーセントである。そして、5年間で6500部を発行すると考えられる。
 1,800×0.1×0.4941×6,500=578,097
 したがって、原告の得べかりし印税は、57万8097円である。
(3)新版重点講義
 2400円の定価の10パーセントを印税として執筆者全員で受け、そのうち原告に対する配分率は、7.5パーセントである。そして、5年間で1万5000部を発行すると考えられる。
 2,400×0.1×0.075×15,000=270,000
 したがって、原告の得べかりし印税は、27万円である。
(二)慰謝料
 被告らの著作権及び著作者人格権侵害の行為は、研究者・教育者たる原告の生命というべき学問研究の成果の横取りであって、その被侵害利益は重大であり、侵害の態様も悪質である。そして、被告らは、前記1のとおりの地位にあるものであって、その行為の違法性は強い。また、被告Y1は、原告の抗議・謝罪要求に対しても著作権の譲り渡しを強要したり、昭和大学内に原告を誹謗中傷する文書を頒布するなどし、更に、被告講談社及び被告サイエンティフィクは、原告を嘘つき呼ばわりした文書を配布するなど、被告らは、原告の著作権及び著作者人格権侵害の後にも不誠実な態度をとっている。以上のような事情に鑑みると、原告が著作権を侵害されたことによって被った精神的損害を慰謝するに足りる金額は500万円、原告が著作者人格権を侵害されたことによって被った精神的損害を慰謝するに足りる金額は500万円をそれぞれ下回ることはない。
(三)弁護士費用
 法律の素養のない原告にとって、本件の訴訟の追行をすることは困難である。そして、本件訴え提起に先立つ交渉において、被告らは誠意ある対応をせず、原告としては、やむなく本件訴えの提起を余儀なくされた。原告は、原告代理人に訴訟追行を委任して弁護士会所定の規程に準拠して着手金及び謝金の支払いを約した。原告は、そのうちの100万円を損害として請求する。
(四)損害合計
 原告は、右(一)ないし(三)の合計1248万7847円のうち、財産的損害148万7847円、著作権侵害に基づく慰謝料の内金350万円、著作者人格権侵害に基づく慰謝料の内金401万2153円、弁護士費用100万円の合計1000万円の損害の支払いを求める。
8 よって、原告は、被告らに対し、著作権及び著作者人格権侵害に基づく損害賠償として、連帯して1000万円及びこれに対する不法行為の後である昭和57年9月22日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを、被告講談社に対し、著作権法112条1項に基づき本件新書籍の出版の差止めを、同条2項に基づき本件新書籍のうち著作権侵害部分の印刷のための紙型の廃棄を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 被告Y1
 請求の原因1のうち、原告及び被告Y1に関する部分は認めるが、被告講談社及び被告サイエンティフィクに関する部分は知らない。同2のうち、(一)は認めるが、(二)は否認する。同3は認める。同4は、(一)のうち被告Y1が執筆者の選定を依頼されたとの部分を除いた部分及び(二)は認め、その余はすべて否認する。同5ないし7は否認する。
2 被告講談社及び被告サイエンティフィク
 請求の原因1は認める。同2は、(一)のうち、本件旧書籍を被告講談社が発行したことは認めるが、被告サイエンティフィクが企画・編集したことは否認し、(二)も否認する。同3のうち各書籍を被告講談社が発行したことは認めるが、被告サイエンティフィクが企画・編集したことは否認する。同4は、冒頭部分及び(一)は否認し、(二)は認め、(三)及び(四)は知らない。同5ないし7は否認する。
三 被告らの主張
1 被告Y1
(一)原告が本件著作物として主張する部分には、次のとおり、原告が執筆したものではない部分が含まれている。
(1)別表第1―甲記載(6)の部分は、被告Y1が昭和大学図書館の訴外W主任の助言を得て、臨床検査技師の雑誌等から引用するなどして執筆したものである。
(2)別表第3―甲記載(2)の部分は、被告Y1の執筆に係るものであり、また、同(6)の部分は、訴外N教授の執筆に係るものであり、更に、同(7)の部分は、訴外N教授が執筆したものに被告Y1が手を入れたものである。同(10)のうち、237頁は、昭和大学薬学部薬理学教室で作成したものを利用し、これを真似て書かれたものであり、原告が独自に執筆したものではない。
(3)その余の部分についても、原告の執筆していない部分が多く含まれている。
(二)原告が執筆を担当した部分が特定されたとしても、その部分について、原告が単独の著作権を取得することはない。すなわち、本件旧書籍は、執筆者全員の合意に基づき、各執筆担当者の執筆した原稿を他の執筆者全員で回覧し、それぞれ内容を添削しあい、その結果を完成原稿として書籍化したものである。したがって、本件旧書籍は、いずれも執筆者全員の共同著作物であって、各執筆者は、寄与度に応じた持分を有しているにすぎない。
(三)本件新書籍の中に原告が本件著作物として主張する部分に類似する表現があったとしても、そのことから直ちに本件新書籍が本件著作物を複製したものであるとはいえない。すなわち、本件旧書籍及び本件新書籍は、いずれも大学の講義で使用されることを目的とした学生向けの教科書又は薬剤師国家試験受験を目的とした学生のための参考書である。したがって、本件旧書籍及び本件新書籍の内容は、薬学生が理解しやすい平準的なレベルで、基本的なこと、一般的なこと、つまり定説のみが記載されているのである。そして、記載すべき薬物の範囲、記載レベルは日本薬局方に準拠しているのである。また、自然科学上の事実は多彩な言回しが用いにくく、ほぼ一定の言回ししかできないものである。原告が本件新書籍のうち本件著作物の表現と類似していると主張している部分の多くは、公知、定説となっている自然科学的事実の記載部分であり、本件著作物に基づくことなく記述することができるものであり、そこに本件著作物と類似した言回しがあるからといって、本件著作物が複製したものとなるわけではない。
(四)被告Y1は、本件旧書籍の発行に当たって、原告が主張するような積極的な役割を担っていたものではない。本件旧書籍は、薬学系大学において、教科書として使用する目的で発行されたものであり、執筆者は、原則としてそれぞれの大学で担当する講義において、これを教科書として使用する予定のある者が選ばれたのであり、このことは、執筆者の間で申し合わされていた。原告は、当時、設立予定の新潟薬科大学に赴任する予定があり、同大学において担当する講義において教科書として使用することになるという含みもあって執筆者に加わった者である。
(五)本件新書籍は、昭和55年6月に日本薬局方が改訂され、新しい薬が記載されたり、削除された薬が生じたことから、本件旧書籍の改訂が必要になったために発行されたものである。原告は、当時既に講義を担当しない立場にあったため、本件旧書籍の際の申合せどおり、本件新書籍の執筆者にはならないものとし、被告Y1は、原告に対し、その旨を伝えていたものである。本件新書籍においては、原告のほかにも執筆担当者にならなかった者もいるが、いずれも講義を担当しなくなった者であり、また、逆に本件旧書籍の執筆者ではなかったが、これを新たに教科書として使用して講義を担当することになったため、本件新書籍の執筆者に加わった者もいる。このように、講義担当者の変更による執筆者の変更は、その者の所属する大学側で決められたことであり、被告Y1は、執筆者の変更には全く関与していない。更に、本件旧書籍において原告が執筆した部分に該当する部分を本件新書籍において担当した者がいかなる経緯でいかなる内容を執筆したのかは、被告Y1の預かり知らぬことである。
2 被告講談社及び被告サイエンティフィク
(一)原告が本件著作物として主張する部分のすべてが原告の執筆に係るものではない。原告のかかる主張は、いずれも原告の記憶に基づくというものであって、客観的な根拠のあるものではない。
(二)原告の著作権の有無、複製の有無については、右被告Y1の主張(二)及び(三)と同じ。なお、被告サイエンティフィクは、本件旧書籍及び本件新書籍の発行を計画しただけである。
(三)本件新書籍は、既に販売・頒布されておらず、将来これがなされるおそれもない。すなわち、昭和57年9月7日に本件訴えが提起された段階で本件新書籍の出版を停止し、取次店への出庫を停止した。また、本件新書籍は、薬剤師国家試験を目指す学生を対象として、日本薬局方に準拠して書かれており、5年ごとに改訂される日本薬局方に合わせて、5年間に限り商品としての価値を有するものである。本件新書籍自体が、本件旧書籍の改訂版であり、昭和56年4月の日本薬局方の改訂を機に必要に迫られて企画されたものであるが、本件新書籍が準拠した日本薬局方も、昭和61年4月に既に改訂されており、この改訂によって、本件新書籍は、その商品価値を喪失した。したがって、被告講談社は、本件新書籍を販売していないし、今後も販売する意思は全くない。よって、原告の本件請求のうち、本件新書籍の出版の差止め及びこれを前提とする紙型の廃棄を求める請求は理由がない。
(四)被告講談社及び被告サイエンティフィクは、原告が請求の原因5で主張する原告を排除するような行為をしていない。また、仮に本件新書籍が本件著作物の複製物であったとしても、原告の著作権及び著作者人格権を侵害したことについて、故意はもちろん過失も存在しない。すなわち、本件紛争は、被告Y1と原告の間の不和、あつれきが背景にあるものと思われるが、かかる事情について、被告両社とも全く知らなかった。被告サイエンティフィクの担当者は、本件新書籍の発行を計画するに際して、被告Y1から、原告が昭和大学を退職し、講義を担当しないことになるから、原告には本件新書籍の執筆者から降りてもらうので、声をかけなくてよい旨及び被告Y1から原告に対しその旨了解を得ている旨聞かされていた。そして、被告サイエンティフィクは、かかる被告Y1の発言を信じて本件新書籍の発行計画を進めたのであり、また、被告講談社は、これを前提として本件新書籍を発行したのである。通常、薬学系大学の教室の内部事情は、外からは分かりにくく、教室内部では原則として教授に全責任と全権限が与えられていると解されており、出版社としては、教授の指示に従うべきであり、教授の発言を疑うことは礼を失することになるという慣行があった。本件新書籍の執筆者選定に関しては、原告及び被告Y1以外にも、教授を通じてその教室の所属員を執筆者とし、本件旧書籍の執筆者とは違う人に変更する例があり、その場合には右の慣行に従って何らのトラブルも生じていない。したがって、被告Y1の発言を信じて本件新書籍の発行を進めたことは、やむを得ない行為というべきである。
第3 証拠関係
 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
一 請求の原因1の事実は、原告と被告講談社及び被告サイエンティフィク(以下両被告を「被告両社」ということがある。)との間においては争いがない。原告と被告Y1の間においては、同1のうち原告及び被告Y1に関する部分は争いがなく、被告両社に関する部分は本件記録中の被告両社の商業登記簿謄本の記載によりこれを認めることができる。
二 同2のうち(一)の事実は、原告と被告Y1との間において争いがなく、(一)のうち本件旧書籍を被告講談社が発行した事実は、原告と被告両社との間において争いがない。
 被告両社は、本件旧書籍について、被告サイエンティフィクはその発行を計画しただけである旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第1ないし第3号証によれば、本件旧書籍のいずれにも「編集 講談社サイエンティフィク」と記載されていることが認められ、また、書込部分を除いて成立に争いのない甲第19号証、成立に争いのない乙第13号証の1ないし3、証人a、同b(第1回)の各証言によれば、被告サイエンティフィクの社員である訴外a(以下「a」という。)は、旧薬理学の発行を計画した後、執筆予定者の参加すべき編集会議を企画し、部下である訴外b(以下「b」という。)と共にこれに参加し、原稿の執筆要領を執筆予定者に配布したり、発行の目的・方針等を説明するなどして右会議の内容に参画したこと、その後、bは、執筆済み原稿の整理、校正のほか、各執筆者に対する印税の支払い分配案の作成等の作業に関与したこと、その後、旧生物試験法、旧重点講義の発行に関してもおおむね同様の行為が行われたこと、被告サイエンティフィクの通常の業務は、被告講談社の了承の下に自然科学分野の専門書の発行を企画することからその校正済み原稿を揃えて印刷所に引き渡すまでであり、その後の印刷、製本、販売、宣伝等の業務は、被告講談社が担当することになっていたことが認められ、右認定の事実によれば、被告サイエンティフィクは、本件旧書籍を企画・編集したものと認めることができる。
三 次に、原告の著作権取得に関する請求の原因2(二)について判断する。
1 旧薬理学における原告の執筆部分について
 原告は、その本人尋問の結果中、旧薬理学における原告の執筆部分は別表第1―甲記載の部分である旨供述している。そのうち同表記載(4)及び(5)の部分を原告が執筆したとの供述部分については、証人b(第1回)の証言中、これと符合する供述部分があり、これを裏付けるものであって、右供述部分のとおり認定することができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 また、前掲甲第1号証、成立に争いのない甲第28号証、証人b(第1回)の証言、被告Y1本人尋問の結果によれば、旧薬理学の33頁ないし82頁は、「3自律神経系に作用する薬物」という標題の部分であり、この部分は、総論的な内容の「3.1自律神経系」(33頁ないし45頁)と、各論的な内容の「3.2副交感神経に作用する薬物」(46頁ないし60頁)及び「3.3交感神経に作用する薬物」(61頁ないし81頁)等とから構成されていること、右のうち「3.2副交感神経に作用する薬物」(46頁ないし60頁)は原告が、「3.3交感神経に作用する薬物」(61頁ないし81頁)は被告Y1がそれぞれ執筆を担当したこと、右の総論的な内容の「3.1自律神経系」(33頁ないし45頁)の部分は被告Y1の担当となったが、これには、右の二つの各論的な内容と同系統の内容が含まれているので、そのうち副交感神経に作用する薬物に関する内容を中心とした別表第1―甲記載(1)(35頁ないし39頁)及び(2)(41頁ないし42頁)の部分を原告が、交感神経に作用する薬物に関する内容を中心とした部分を被告Y1が執筆することになったこと、以上の事実が認められる。そうすると、同表記載(1)及び(2)の部分についても、原告が執筆したものであると認められる。
 更に、前掲甲第1号証によれば、同表記載(3)(45頁)の部分は、「シナプス伝達に作用する薬物の分類」という標題が付された一覧表であって、右の総論的な内容の「3.1自律神経系」の最終頁のまとめに当たる部分であり、内容的には右の二つの各論的な内容の部分に係わるものであるが、記載自体は一つの完結した表形式にまとめられたものであることが認められる。そうすると、内容的には原告の被告Y1の両者が分担した部分から成るが、記載自体の形式からは各別に執筆されたものを合わせたものとは考え難い。そして被告Y1本人尋問の結果によれば、この部分と同様の内容を持つ一覧表が昭和大学に既に存在し、被告Y1によって使用されていたことが認められ、右認定の事実と「3.1自律神経系」の部分は一応は被告Y1の担当すべき部分であったとの前認定の事実とを併せ考慮すると、右(3)の部分は、被告Y1の執筆に係る部分であった可能性が極めて高く、かかる事情を覆して原告の執筆部分であることを認めるに足りる証拠はない。原告は、この(3)の部分と同様のものを旧重点講義においても執筆した旨供述するが、後記のとおり、旧重点講義中のかかる部分(別表第3―甲(4))は原告が執筆したものではないことが明らかであるから、右供述は、採用することができない。
 更にまた、前掲甲第1号証によれば、旧薬理学の529頁ないし531頁には、「医学用語解説」として60項目の医学用語の解説が記載されていることが認められるところ、証人b(第1回)の証言によれば、この部分の執筆は原告と被告Y1とが担当したことが認められる。そして、原告本人尋問の結果によれば、右の60項目のうち9項目である別表第1―甲記載(6)の部分は、原告が執筆したものであることが認められる。この点に関して、被告Y1は、前記被告らの主張1(一)(1)のように主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はなく、また、他に右認定を覆すに足りる証拠もない。
2 旧生物試験法における原告の執筆部分について
 原告は、その本人尋問の結果中、旧生物試験法における原告の執筆部分は別表第2―甲記載の部分である旨供述している。そのうち同表記載(2)、(4)及び(5)の部分を原告が執筆したとの供述部分については、前掲甲第2号証の中表紙裏の「執筆者一覧」の記載中、これと符合する記載部分及び証人b(第1回)の証言中、これと符号する供述部分があり、これを裏付けるものであって、右供述部分のとおり認定することができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 また、同表記載(1)の部分を原告が執筆したという原告の供述についても、他にこれを疑わせるような証拠もないばかりか、原告の執筆部分が、旧生物試験法の本文中、右の(2)、(4)及び(5)の部分のみであったとしても、前掲甲第2号証によると、原告が最も多く執筆していることになることが認められ、したがって、原告がいわば執筆の中心であったともいいうるから、原告が同表記載(1)の部分、すなわち、「まえがき」を執筆することに不自然な点はないと考えられる。結局、原告の右供述のとおり認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 更に、前掲甲第2号証によれば、別表第2―甲記載(3)の部分は、旧生物試験法の93頁ないし95頁に記載されていること、また、その頁部分は、「執筆者一覧」の記載上訴外Bの執筆担当とされている部分に含まれていることが認められる。しかしながら、同号証によれば、右(3)の部分は、「局方に収載されている生物学的定量法」という標題のもとに、表形式にまとめられたそれ自体として完結した部分であって、その前後の記述部分とは、文章がつながっているなど格別の結び付きはなく、単に記述部分に出てくる用語を説明するものとして挿入された箇所であることが認められるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、かねて昭和大学において、学生の薬剤師国家試験の受験準備用に、日本薬局方に収載されている生物学的定量法を表形式にまとめたものを使用してきたが、これが学生に対する指導教育に役立ったこともあって、これを基にして右(3)の部分を独自に書き著し、これを右訴外Bの執筆担当部分に差し入れるように申し入れたものであることが認められ、証人b(第1回)の証言中にも、右(3)の部分の表は原告が提供したものである可能性がある旨の供述部分がある。以上によれば、右の(3)の部分は、原告が執筆したものであると認めることができる。
 次いで、前掲甲第2号証によれば、別表第2―甲記載(6)の部分は、旧生物試験法の索引であることが認められるところ、右索引の記述に照らし、これについて著作物性が認められるか否かが問題のあるところであるが、仮にこれが著作物性を肯定することができるとしても、証人b(第1回)の証言によれば、これは、被告サイエンティフィクにおいて原案を作成し、これを原告ら主な執筆者に回覧のうえ確認を取って出来上がったものであることが認められる。そして、原告が、その確認作業において、原案とは違った独自の索引として右(6)の部分を作成したものと認めるに足りる証拠はない。
3 旧重点講義における原告の執筆部分について
 原告は、その本人尋問の結果中、旧重点講義における原告の執筆部分は別表第3―甲記載の部分である旨供述している。しかしながら、以下に判断するとおり、原告の右供述は、同表記載(10)の部分を原告が執筆したとの部分を除いては、これを採用することができない。
 旧重点講義の執筆担当部分に関する原告の供述は、旧薬理学と旧生物試験法の編集会議において、旧重点講義は旧薬理学と旧生物試験法のいわばダイジェスト版であるから、旧薬理学と旧生物試験法において執筆した者が、そのまま横滑りして同じ担当分野を重点講義においても担当するということに決ったのであるから、別表第1―甲及び別表第2―甲各記載の部分に対応する別表第3―甲記載の部分は原告が執筆したものであるというのである。しかしながら、前掲甲第1号証ないし第3号によれば、旧重点講義は20の章、旧薬理学は19の章からそれぞれなる書籍であり、旧重点講義の1から19までの章は、おおむね旧薬理学の1から19に対応しており、旧重点講義の20の章は、生物試験法の解説部分であることが認められるところ、前記二で認定した(一部争いのない部分を含む。)請求の原因2(一)の事実に明らかなとおり、旧薬理学の執筆者の全員が旧重点講義の執筆を担当しているわけではないこと、旧薬理学の執筆者は8名であるのに対し、旧重点講義の執筆者は15名にも及んでいることが認められる。若しも、原告の右供述のとおりであるとすると、重点講義の執筆者15名のうち旧薬理学の執筆に参加していない9名の執筆者は、名義だけ連ねるだけで何も執筆していないことになってしまうなど、前記二の認定事実と整合しないことになる。
 そして、前掲甲第3号証、成立に争いのない乙第16号証、証人b(第2回)の証言、同証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第18号証の1ないし3、第19ないし第21号証、第22号証の1ないし4、第23、第24号証、第27ないし第29号証を総合すれば、(1)被告サイエンティフィクにおいて旧重点講義の編集担当者であったbは、昭和52年5月ころ、旧重点講義の執筆者として予定していた者に対し、打合せ会の期日の都合、執筆希望項目その他についてのアンケート用紙を送付し、その記入と返送を求めた、(2)これに対して、原告は、末梢神経のうち筋弛緩に関する部分及び生物試験法に関する部分の執筆を希望する旨記入してアンケート用紙を返送してきた、(3)その後、同月18日に編集会議(企画会議)が開かれ、執筆予定者のうち、原告、被告Y1、訴外A、同M、同J、同Nが出席し、この会議では、返送された右アンケートの結果に基づき、各執筆者の執筆分担項目、執筆要領等が決定され、その結果は、書面によって、右会議に欠席した執筆予定者にも送付された、(4)そして、原告は、生物試験法の部分の執筆を担当することになった、以上の事実が認められる。なお、前掲乙第13号証の3によれば、旧重点講義について原告が受けた印税は、全執筆者の印税の220分の15(約6.8パーセント)であることが認められるところ、前掲甲第3号証によれば、旧重点講義は本文254頁からなる書籍であること、別表第3―甲記載の部分は、合計40頁を超え、これを40頁としてその全頁数に対する割合をみると、約15.7パーセントにも及ぶこと、同表記載(10)の生物試験法の部分のみであれば、それは、16頁であって、その全頁数に対する割合は、約6.3パーセントとなって右印税の配分率と極めて近い数字であることが認められ、右認定の事実は、原告の執筆部分に関する前認定を裏付けるものである。以上によれば、原告は、同表記載(10)の部分のみを執筆したものと認めるのが相当である。
4 前掲甲第1ないし第3号証によれば、右1ないし3で認定した原告の執筆部分は、請求の原因2(二)のとおり(ただし、その範囲は、右認定の部分にとどまる。)、原告が創作的に表現した学術の著作物であることが認められる。
5 被告らは、本件旧書籍は、いずれも各執筆者全員の共同著作物であって、各執筆者は、寄与度に応じた持分を有しているにすぎない旨主張するので、この点について判断する。
 証人高a、同b(第1回)及び同Aの各証言並びに被告Y1本人尋問の結果を総合すれば、本件旧書籍の各執筆者及び被告サイエンティフィクの担当者であるa、bらの出席による(いずれも全員が出席したわけではない。)編集会議において、本件旧書籍は、薬学系大学における薬理学の講義に使用するための教科書、あるいは薬剤師国家試験受験のための参考書であるから、かかる目的に適した内容になるように、各執筆者の執筆した原稿を他の執筆者に回覧し、回覧を受けた者において、誤字脱字の訂正、内容の誤り、表現の適切さ等をチェックすることにする旨の合意がなされたこと、右の回覧の過程において、原稿の中には、誤字、脱字、化学構造式などの内容の誤りが指摘されて、加除訂正がなされたり、表現が不適切である旨の指摘がなされたりしたものであったこと、回覧後の右原稿は、必ず元の執筆者に戻されて確認させたり、更に修正されるなどし、これが校正前の確定原稿となったこと、以上の事実が認められる。右認定の事実によれば、各執筆担当者が執筆した原稿は、他の執筆者から加除訂正されたりした部分があるとしても、その程度は、部分的な誤り等の指摘の類にとどまり、いずれも元の執筆者に戻され、その者の判断に基づいて、確定原稿が作成されたものであるといわなければならない。もっとも、被告Y1本人尋問の結果によれば、原稿の中には、右認定の程度の加除訂正にとどまらず、内容や表現が大幅に書き換えられたものも存在することが認められるが、他方、このような場合は、訂正者と元の執筆者との間で、個別的に話合いがなされ、執筆者の了解を得たうえで訂正されたものであることが認められる。このような個別的な話合いもないまま、内容や表現を実質的に訂正することができる旨の申合せがなされ、これに基づいて訂正が行われたとの事実をうかがわせるような証拠はない。証人b(第1回)の証言によれば、右の申合せは、本件旧書籍の3書籍について、いずれも同様の内容でなされたことが認められる。そして、前記認定の請求の原因2(一)の事実によれば、旧重点講義の執筆者には、旧薬理学及び旧生物試験法の執筆には参加していない者が9人いることが認められ、また、前掲乙第19ないし第21号証、第22号証の1、第23、第24号証及び証人b(第2回)の証言によれば、そのうち旧重点講義の編集会議に出席していない者が7名おり、この者に対しては、申合せの内容は、会議後、議事録、執筆例等の書面の送付によって伝えられたが、この書面には原稿の回覧をすること、相互に訂正することができることなどは記載されておらず、むしろ、会議の議事録には、「とかくこうしたテキストはだれが書いたか不明で、いいかげんな解説や不適切な設問、誤答が多いので、執筆者を明確にして、責任の所在を明らかにする。」と、執筆者は個別に執筆部分の責任を負うべきことを明らかにするよう申合せをしたことをうかがわせる記載があること、その後、被告サイエンティフィクから送付された原稿提出を督促する書面には、「さて、ご分担のうち、『問題』の部分につきましては、重複をさけるため、そしてまた出題者の意図に反する答えが考えられるといったような場合があると読者に迷惑をかけますので、相互チェックをお願い致したいと存じます。当社に送られた分より順にコピーをお回しいたしますので、一応ご自分のものを中心にチェックの上、後にまとめて回収させて頂き(または直接先生方の間でご相談頂いても結構です)然るべく調整をお願いするつもりでおります。」との記載があること、以上の事実が認められる。右認定の事実によると、編集会議等に関し書面が作成されている旧重点講義の編集については、書籍の目的に応じた適切な内容にするため、内容や表現の誤りがないように他の執筆者の原稿をチェックすることが申合せ事項として伝えられたにとどまるのであって、旧薬理学や旧生物試験法の編集についても、ほぼ同様の申合せがなされたにとどまるものと推認される。以上要するに、本件旧書籍、少なくとも本件旧書籍中前記認定の原告が執筆した部分については、当初の原稿を執筆した原告のほかに他の者が創作に関与したと認められるほど加筆訂正がなされた形跡はなく、また、そのような程度にまで加筆訂正がなされることが申し合わされた事実も認めることができず、更に、加筆訂正の程度にかかわらず各書籍について執筆者全員の共同著作物とする旨の合意があったというような事実もうかがうことができない。以上によれば、右1ないし3で認定した原告の執筆部分については、執筆者全員の共同著作物ではなく、原告の単独著作物であると認めるのが相当であり、したがって、被告らの前記主張は、採用することができない。
四 請求の原因3のうち(一)の事実は、原告と被告Y1との間において争いがなく、また、右(一)のうち本件新書籍を被告講談社が発行した事実は、原告と被告両社との間において争いがない。
 被告両社は、本件新書籍について、被告サイテンティフィクは発行を計画しただけである旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第4ないし第6号証によれば、本件新書籍には、いずれも「編集講談社サイエンティフィク」と記載されていることが認められ、また、証人a、同b(第1回)の各証言によれば、本件新書籍においても、a及びbは、被告サイエンティフィクの担当者として、前記二認定の本件旧書籍の場合と同様の作業に関与したことが認められ、右認定の事実によれば、被告サイエンティフィクは、本件新書籍を企画・編集したものと認めることができる。
五 次に、本件新書籍のうち、別表第1ないし第3―乙の各剽窃箇所欄記載の部分が、本件著作物のうち、前記三認定の原告執筆部分を複製したものであるか否かについて判断する(前記三において原告の執筆部分であると認めることのできなかった部分に対応する部分は、複製の有無を論ずるまでもないから、前記三において原告執筆部分と認定した部分に対応する部分についてのみ判断する。)
 本件新書籍は、本件旧書籍の改訂版であるから、本件新書籍が執筆された際、旧版である本件旧書籍が参照されたであろうことは、当然に推認することができるものといわなければならない。したがって、本件新書籍が本件旧書籍のうち前記認定の原告執筆部分を複製したものであるか否かは、主として両者の表現が同一あるいは極めて類似しているか否かの認定いかんによるものと考えられる。右のような観点に立って、以下検討を加えることとする。
1 改訂薬理学(別表第1―乙)について前掲甲第1号証及び第4号証によれば、別表第1―乙記載(1)及び(2)の各剽窃箇所欄記載の部分は、同表記載(1)及び(2)の各旧版との対比欄記載の部分と同一の表現であることが認められ、右認定の事実によれば、前者は後者を複製したものというべきである。次に、右甲号各証に基づき、別表第1―乙記載(5)ないし(9)及び(13)の各剽窃箇所欄記載の部分を、同表記載(6)ないし(9)及び(13)の各旧版との対比欄記載の部分と対比してみると、(5)においては、語句が変更されたもの3か所、語句の削除されたもの5か所、ハイフンの追加1か所、1文を区切って2文にしたもの1か所が、(6)においては、「非特異的」という語を「偽性」に変えたもの3か所、(7)においては、語句が変更されたもの及び削除されたものが各1か所、文章14行分が削除されたもの1か所、(8)においては、語句が変更されたもの5か所、1文の表現を変えたもの1か所、1文が削除されたもの1か所、8行分の文章が追加されたもの1か所、(9)においては、「アンモニウム」という語を「N原子」に変えたものが3か所、一覧表部分に4項目追加されているもの1か所、(13)においては、文章の一部に〔 〕を設け、「ともいう」が削除されたもの1箇所、以上の相違点があるものの、その余の表現は、同一であり、右の相違点にしても、各表現全体の中ではいずれも極めて微細な部分にとどまり、右各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分の表現との同一性はほとんど失われていないものと認められる。したがって、前者は、後者を複製したものというべきである。
 次に、前掲甲第1、第4号証、成立に争いのない甲第29号証の1ないし3によれば、同表記載(4)、(10)、(11)及び(12)の各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分との間には、部分的に類似している表現が存在していないとは言い切れないものの、全体として表現に類似性はなく、明らかに別個の創作的表現であって、単におおむね内容的に同様の事項が記載されているにとどまるものと認められる。この点について敷えんすると、前掲甲第1及び第4号証、証人a、同b(第1回)、同A、被告Y1本人尋問の結果によれば、旧薬理学及び改訂薬理学は、いずれも、薬学系大学において薬理学を学ぶ学生に対する講義、学習のための教科書ないし参考書として、また、薬剤師国家試験受験のための参考書として企画、発行されたものであって、その記載は、右の目的に応じた薬理学の標準的な内容を解説しているものであること、各執筆担当者による原稿の執筆に先立ち、被告サイエンティフィクの担当者と執筆予定者によって行われた編集会議において、右の目的が確認され、章立てや目次の概略、各執筆者の担当部分と予定分量等が決められ、各執筆者が所属する大学において薬理学の講義を担当している経験に基づき、前記の目的に沿って執筆すること等の申合せがなされたことが認められる。そうすると、別表第1―乙記載(4)、(10)、(11)及び(12)の各剽窃箇所欄記載の部分に、同表記載(4)、(10)、(11)及び(12)の各旧版との対比欄記載の部分と同種の内容が取り上げられて解説されていたとしても、そのことから直ちに前者は後者の複製物であると即断することはできないところ、前認定のとおり、両者は、全体として表現に類似性はなく、別個の創作的な表現と認められるのであるから、前者は、後者を複製したものということはできない。
2 改訂生物試験法(別表第2―乙)について
 前掲甲第2及び第5号証によれば、別表第2―乙(1)の剽窃箇所欄記載の部分は、同表(1)の旧版との対比欄記載の部分と同一の表現であることが認められ、右認定の事実によれば、前者は、後者を複製したものというべきである。次に、右各書証に基づき、同表記載(4)ないし(7)の各剽窃箇所欄記載の部分を同表記載(4)ないし(7)の各旧版との対比欄記載の部分と対比してみると、(4)においては、語句が削除されたもの3か所、1文が削除されたもの1か所、1文の表現が変更されたもの1か所、probitという語がプロビットに変更されたもの3か所、計算式を含んだ1文を区切って箇条書きにしたもの1か所、(5)においては、途中の「計算公式」という標題に係る約1頁分の記述を削除したほか、語句が変更されたもの1か所、(6)においては、語句が変更されたもの1か所、語句が削除されたもの1か所、(7)においては、語句が挿入されたもの1か所、1文が削除されたもの5か所、繋る2文が削除されたもの1か所、ラット(シロネズミ)という語がシロネズミ(ラット)に変更されたもの4か所、以上の相違点があるものの、その余の表現は、同一であり、右の相違点にしても、各表現全体の中ではいずれも極めて微細な部分にとどまり、右各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分の表現との同一性はほとんど失われていないものと認められる。したがって、前者は、後者を複製したものというべきである。
 前掲甲第2、第5号証、成立に争いのない甲第30号証によれば、同表記載(2)、(3)、(8)、及び(9)の各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分との間には、部分的に類似している表現が存在していないとは言い切れないものの、全体として表現に類似性はなく、明らかに別個の創作的表現であって、単におおむね内容的に同様の事項が記載されているにとどまるものと認められる。そして、右1において旧薬理学及び改訂薬理学に関して認定判断したのと同様の理由で、前者は、後者を複製したものとは認められない。
3 新版重点講義(別表第3―乙)について
 前掲甲第3及び第6号証によれば、別表第3―乙記載(12)ないし(17)の各剽窃箇所欄記載の部分を同表第3―乙記載(12)ないし(17)の各旧版との対比欄記載の部分と対比してみると、(12)においては、語句が変更されたもの及び語句が挿入されたものが各2か所、(13)においては、語句が変更されたもの及び語句が削除されたものが各1か所、(14)においては、語句が変更されたもの及び語句が削除されたものが各1か所、(15)においては、語句が変更されたもの2か所、語句が削除されたもの1か所、語句が挿入されたもの5か所、1文が削除されたもの1か所、1文が挿入されたもの2か所、箇条書き部分が並べ変えられたもの1か所、(16)においては、語句が削除されたもの2か所、語句が挿入されたもの4か所、1文が挿入されたもの1か所、(17)は、練習問題であるところ、「次の記述のうち正しいものを選びなさい。」が「次の記述で誤っているものの組み合わせはどれか。」と変更され、8個の選択肢のうち1個が削除されていること、以上の相違点があるものの、その余の表現は、同一であり、右の相違点にしても、各表現全体の中ではいずれも極めて微細な部分にとどまり、右各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分の表現との同一性はほとんど失われていないものと認められる。したがって、前者は、後者を複製したものというべきである。
 前掲甲第3、第6号証によれば、同表記載(18)及び(19)の各剽窃箇所欄記載の部分と各旧版との対比欄記載の部分との間には、部分的に類似している表現が存在していないとは言い切れないものの、全体として表現に類似性はなく、明らかに別個の創作的表現であって、単におおむね内容的に同様の事項が記載されているにとどまるものと認められる。そして、右1において旧薬理学及び改訂薬理学に関して認定判断したのと同様の理由で、前者は、後者を複製したものとは認められない。
六1 被告サイエンティフィクが本件新書籍を企画・編集し、被告講談社がこれを発行した事実は、前記四で認定した(争いのない部分を含む。)請求の原因3のとおりであり、被告両社の関係は、前記一で認定した(争いのない部分を含む。)請求の原因1のとおりである。以上の事実によれば、被告両社は、共同して、右五で認定した限度において、原告がその執筆部分について有する複製権を侵害したものといわなければならない。また、右五で認定したとおり、右の複製物には改変部分があるほか、前掲甲第4ないし第6号証によれば、本件新書籍には原告の氏名を表示していないことが認められるから、被告両社は原告がその執筆部分について有する同一性保持権及び氏名表示権を侵害したものといわなければならない。
2 次に、被告Y1の行為について検討するに、証人a及び同b(第1、第2回)の各証言並びに被告Y1の本人尋問の結果によれば、(1)本件旧書籍は、薬学系大学において薬理講義の教科書、参考書として使用されることを主な目的として企画されたものであり、したがって、現実に講義を担当している者がその執筆者となることによって、少なくともその講義の受講学生数の販売が見込まれるところから、執筆者は、各大学における講義担当者を中心に選ばれ、かかる事情は、各執筆担当者においてもおおむね了解されていることであった、(2)被告Y1は、旧薬理学の執筆者選定についてaから相談を受けた際、同人に対し、原告は、被告Y1と同じ大学に所属しているが、近い将来新設される予定の新潟薬科大学に赴任する話があり、赴任後同大学において教科書として使用されることが考えられるので、被告Y1と共に執筆者として参加させたい旨の推薦をした、(3)その後、改訂薬理学の発行が計画されつつあった昭和55年ころ、原告は、新潟薬科大学へ赴任しないことになり、また、昭和大学在籍の見通しも難しくなり、被告Y1に対し、昭和大学を辞職する旨発言するなどし、更に、原告の就職先の問題等をめぐって原告と被告Y1山田との人間関係が思わしくなくなった状況のもとにおいて、被告Y1は、昭和大学、新潟薬科大学のいずれにおいても講義を担当することのなくなった原告に本件新書籍の執筆に参加してもらう必要はないと考え、原告に対し、その結論を伝えるとともに、被告サイエンティフィクに対しては、原告は、講義を担当しないことになるので、本件新書籍の執筆陣から降りてもらう旨原告の了解を得た旨連絡した、(4)被告サイエンティフィクでは、被告Y1の右連絡に基づき、原告に対しては、本件新書籍の執筆その他発行に関して何らの連絡をしないまま、編集会議等を経て他の執筆者を選定するなど編集活動を続けた、以上の事実が認められ、右認定の事実によれば、被告Y1は、本件旧書籍の執筆者に加わっていた原告を本件新書籍の執筆者には参加させないようにしたことが認められる。しかしながら、被告Y1に右のような行為があったからといって、それが著作物の複製行為でないことは明らかであり、また、前記認定の複製物は、いずれもその執筆を担当した者によって執筆されたのであるから、そのことは、被告Y1の右行為とは無関係であるといわねばならない。もっとも、右の複製部分について、前記三5で認定したような原稿の回覧、改訂の段階で被告Y1の関与があったとしても、右認定の訂正の程度をもって複製行為と認めることは困難である。そして、被告Y1が、本件旧書籍の原告の執筆部分を本件新書籍の他の執筆者に使用させたとか、本件新書籍のすべてについて編集等の実質的行為に関与したとか、全体の責任を負うべき立場であったとの事情を認めるに足りる証拠はない。この点に関して、成立に争いのない乙第1ないし第6号証によれば、本件旧書籍及び本件新書籍の各出版契約書には、被告Y1が執筆者の代表として署名押印していることが認められるが、証人a及び同Aの各証言並びに被告Y1本人尋問の結果によれば、旧薬理学の編集会議において、aから、印税の支払い等の事務手続上、執筆者の中から1名世話人を決めてもらいたい旨の要望がなされ、これに対して、執筆予定者の一人であった訴外Aから、被告Y1は、在京の執筆者の一人であり、しかも、年長者であるばかりか、aが旧薬理学の発行計画を最初に相談した相手でもあるので、被告Y1に世話役になってもらったらどうかとの発言があり、これが異議のないまま了承された結果、被告Y1が執筆者の代表となったことが認められる。右認定の事実によれば、右各契約書の記載をもって本件旧書籍及び本件新書籍のすべてについて被告Y1が実質的な責任を負うべき立場にあった者であるとすることはできない。
3 次に、本件新書籍の被告Y1の執筆した部分が前記複製部分に含まれるか否かについて判断するに、成立に争いのない乙第15号証によれば、別表第1―乙記載(1)及び(2)の各剽窃箇所欄記載の部分は、被告Y1が執筆を担当した部分であることが認められ、右認定の事実によれば、この部分については、被告Y1が原告の著作権及び著作者人格権を侵害したものというべきであるが、原告が同様に侵害を主張する別表第3―乙記載(2)―2の剽窃箇所欄記載の部分については、これに対応する同表の旧版との対比欄記載の部分(別表第3―甲記載(6)の部分に同じ)が、前記三3で認定したとおり、原告の執筆した部分であるとは認められないので、結局、この点に関する原告の主張は、理由がない。
七 証人a、同b(第1回)の各証言、前掲甲第4ないし第6号証、右bの証言により真正に成立したものと認められる乙第14号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば、本件新書籍は、本件訴提起後、昭和57年中に販売が停止され、その後販売されていないこと、本件旧書籍は、いずれも日本薬局方に準拠して記述されており、前記認定の教科書、参考書としての性格上、日本薬局方の改訂があった場合には、これに対応した内容の改訂が必要になること、本件新書籍は昭和56年4月の日本薬局方の改訂に合わせて本件旧書籍の改訂版として企画され発行されたものであること、その後、同61年4月に右の日本薬局方が更に改訂された結果、本件新書籍は教科書、参考書としての市場価値が極めて減少したこと、以上の事実が認めら〈「れ」が脱落?〉る。右認定の事実によれば、本件新書籍は既に需要者に対して販売されていないのみならず、今後販売される可能性もほとんどないものといわねばならない。そうすると、現在及び将来本件新書籍の販売によって原告の著作権及び著作者人格権が侵害されるおそれはないものといわねばならないから、原告の差止請求及び廃棄請求は理由がないものというべきである。
八 証人a、同b(第1回)の各証言によれば、本件新書籍の編集に際し、執筆担当者に対し、本件旧書籍を引用した部分がある場合には、その旨を明らかにするよう求めたこと、一般に本件新書籍のような改訂版では、改訂前の執筆者と異なる者が執筆する場合でも改訂前の書籍の表現がそのまま使用された場合が多いことをbが経験していたこと、bは、本件旧書籍及び本件新書籍が共同執筆であることから、同じ項目について執筆者が異なっている場合でも、本件旧書籍の表現が内容的に適した表現であれば、本件新書籍においてこれを無理に変更する必要はないと認識していたこと、本件新書籍の原稿の中には、本件旧書籍を複写したものを利用するなど、一見して明らかに本件旧書籍の表現を使用したと認められるものがあったこと、本件新書籍と本件旧書籍において執筆者が異なった部分の原稿について、表現の同一性の有無を確認する等の措置は取らなかったこと、右のように一見して明らかな利用が行われたものが、執筆者の変更された部分であるか否かも確認していないこと、以上の事実が認められる。
 右認定の事実に基づいて考察するに、本件新書籍は、いずれも本件旧書籍の改訂版であるが、それぞれの執筆者が必ずしも同一ではないのであるから、業務としてこれを編集、発行する者は、改訂前の表現が改訂版書籍にも使用される可能性があることを当然予測すべきであり、特に、両者の執筆担当者が異なる場合には、その執筆部分について、改訂前の表現の無断利用が行われないように、予め執筆者に対して注意を促し、更に、執筆済み原稿を照合して表現の利用の有無を確認し、これがあった場合には被利用表現の執筆者の同意の有無を確認するなど、改訂前の執筆者の有する著作権、著作者人格権を侵害することを回避すべき措置を講じるべき義務があると解するのが相当である。してみると、右認定の事実に照らし、被告サイエンティフィクは、かかる義務に違反したものといわねばならず、また、被告講談社は、前記一及び二で認定したとおりの関係を有する被告サイエンティフィクの行為をそのまま利用して本件新書籍を発行したものであるから、右の義務に違反するものといわねばならない。
 前記三1認定の事実のうち、原告による別表第1―甲記載(1)及び(2)の部分の執筆の経緯に関する点並びに前記六3認定の事実によれば、被告Y1は、別表第1―甲記載(1)及び(2)、すなわち、別表第1―乙記載(1)及び(2)の各旧版との対比欄記載の部分が原告の執筆にかかるものであることを知り、又は少なくとも過失によりこれを知らないで、同表記載(1)及び(2)の各剽窃箇所欄記載の部分を執筆したものであると認めるのが相当である。
 以上によれば、被告ら3名は、別表第1―乙記載(1)及び(2)の各剽窃箇所欄記載の部分について、被告両社は、前記五認定の複製部分から右の部分を除いた部分について、共同して、著作権及び著作者人格権侵害による損害賠償責任を負うものといわなければならない。
九1 原告は、著作財産権侵害による損害について得べかりし印税相当額の喪失を主張しているところ、前掲乙第1ないし第3号証、第13号証の1ないし3、証人b(第1回)の証言によれば、本件旧書籍においては、いずれも実売数のいかんにかかわらず、発行された部数に定価と一定の印税率を乗じ、これを執筆量に応じた割合によって各執筆者に配分した金額が印税として支払われていたことが認められ、本件新書籍においても同様であると推認される。そして、前掲甲第4ないし第6号証、乙第4ないし第6号証、第14号証の1ないし3によれば、改訂薬理学は、定価が7500円、発行部数が3523部、印税率が10パーセント、改訂生物試験法は、定価が1800円、発行部数が2021部、印税率が10パーセント、新版重点講義は、定価が2400円、発行部数が3009部、印税率が10パーセントであることが認められ、前記五認定の複製部分は、改訂薬理学が本文545頁のうち多くとも19頁分(うち、被告Y1の執筆による複製部分は3.5頁分)、改訂生物試験法が本文135頁のうち多くとも9頁分、新版重点講義は本文246頁のうち多くとも5頁分であることが認められる。
 計算式
 改訂薬理学 7500×3523×0.1×19÷545≒92,116
 7500×3523×0.1×3.5÷545≒16,969
 改訂生物試験法 1800×2021×0.1×8÷135≒21,557
 新版重点講義 2400×3009×0.1×5÷246≒14,678
 合計 92,116+21,557+14.678=128,351
 128,351−16,969=111,382
 したがって、前記六の行為のうち、被告ら3名による著作財産権侵害に基づく損害は、1万6969円、被告両社による著作財産権侵害に基づく損害は、11万1382円となる。
2 原告が、請求の原因7(二)において、慰謝料請求の根拠として主張しているところは、本件新書籍が他の執筆者名義のものとして発行されたこと、換言すれば、原告の名義を除外して発行されたこと並びに侵害行為の後の被告らの言動であり、いずれも著作財産権侵害に基づく慰謝料請求の理由となりえないものといわざるをえない。そして、他に著作財産権侵害に基づく慰謝料請求を認めうる事情は見当たらない。そこで、次に、著作者人格権による慰謝料請求について判断するに、これまでに認定した原告と被告らの地位、関係、本件新書籍と本件旧書籍の性質、内容、侵害の態様等の諸事情を総合すると、被告ら3名による著作者人格権侵害に基づく損害は、10万円、被告両社による著作者人格権侵害に基づく損害は、60万円が相当である。
3 本件訴訟の提起、追行のために原告が弁護士である原告代理人を選任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の内容、前記認容額その他諸般の事情を考慮し、原告に生じた弁護士費用のうち被告ら3名に負担させるべき金額は3万円、被告講談社及び被告サイエンティフィクに負担させるべき金額は15万円が相当である。
一〇 以上によれば、原告の請求は、被告ら3名に対し、連帯して14万6969円及びこれに対する不法行為の後である昭和57年9月22日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払い並びに被告講談社及び被告サイエンティフィクに対し、連帯して86万1382円及びこれに対する不法行為の後である昭和57年9月22日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条、92条、93条1項、仮執行宣言について同法196条1項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清永利亮
 裁判官 若林辰繁
 裁判官 房村精一は、転官のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 清永利亮
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