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【事件名】映画用シナリオ「ザ・心臓」事件
【年月日】平成2年5月23日
 東京地裁 昭和61年(ワ)第8672号 損害賠償請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 大崎康博
同 三木祥史
被告 Y
右訴訟代理人弁護士 新井宏明
右訴訟復代理人弁護士 渕上玲子

 右当事者間の昭和61年(ワ)第8672号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。


主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は、原告の負担とする。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する昭和60年6月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
 主文同旨
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、昭和58年1月26日、別紙目録(1)記載の内容をその要旨とする映画用のシナリオ「ザ・心臓」(甲第12号証のもの。以下「原告シナリオ」という。)を創作し、原告シナリオについて著作権(以下「本件著作権」という。)を有する。
2 被告は、次のような経緯で、昭和58年12月中旬までに別紙目録(2)記載の内容をその要旨とするシナリオ「ドナー」(甲第13号証のもの。以下「被告シナリオ」という。)を執筆した。
(一)原告と訴外株式会社東和プロダクション(以下「東和」という。)及び訴外株式会社キネ・ユニイク(以下「キネ・ユニイク」という。)は、昭和58年7月7日、原告シナリオを基にして映画を製作することについて、次のとおり合意した。
(1)原告は、昭和58年10月末日までに、原告シナリオを基にして映画を製作するために必要な企画書、資料、製作スケジュールを右2社に提出し、右2社は、右提出資料を検討して、右映画の製作費を出損するか否かを決定する。
(2)右2社は、原告に対し、右映画の企画準備金として、500万円を折半して提供する。
(二)キネ・ユニイクは、右合意成立前の同年6月上旬ころ、原告に対し、脚本家である被告を原告の右映画のシナリオ製作の協力者として参加させるという提案をし、原告は、被告がシナリオの製作について原告のアドバイザーとして協力するものとして、この提案を承諾した。
(三)被告は、そのころ、キネ・ユニイクから原告シナリオを入手し、また、同年7月下旬ころ、原告から原告シナリオの作成に使用した資料を受領し、その後、原告シナリオを基にして被告シナリオの執筆に着手した。
(四)原告は、同年8月16日、被告に対し、郵便により、原告シナリオを脚色ないし改変すること、又は原告シナリオからアイデアを盗用すること等を禁じる旨通知した。
(五)被告及びキネ・ユニイクは、原告に金銭を支払うことにより、この問題を解決することを考え、原告に対し、金銭の受領と、取材のために被告とともにアメリカ合衆国(以下単に「アメリカ」という。)に行くことを求めた。原告は、被告が独自にシナリオを作成することは拒否したが、アメリカに行くことは、原告シナリオを基に映画を製作するために必要と判断して、これを承諾した。
(六)原告と被告は、同年9月5日から同月18日まで、取材のためにアメリカを旅行した。
(七)原告は、帰国後、原告シナリオに多少手を加え、原告シナリオの第2稿を完成した。
(八)原告は、同年9月末ころ、被告宅で、被告に対し、原告シナリオの第2稿を渡した。
(九)原告は、同年10月初め、被告に対し、原告とのシナリオの製作作業をいつから開始するのかを問い合わせるために電話で連絡したところ、被告は、「原告との作業など知らない。シナリオは、一人で書いている。以後、原告とのコミニュケーションを断つ。」と言明した。
(一〇)被告は、同年12月中旬までに、被告シナリオの執筆を完了し、これを社団法人シナリオ作家協会発行の月刊雑誌「シナリオ」の昭和60年6月号(同年6月1日発行)に発表した。
3 被告シナリオは、次に述べるとおり、原告シナリオを翻案したものである。
(一)テーマについて
 両シナリオが取り扱うテーマは、一言でいえば、バブーンの心臓の人間への移植手術であるところ、両シナリオは、現在アメリカで行われている心臓移植手術の実態を浮彫りにしながら、原告シナリオでは息子、被告シナリオでは夫を助けたいと思う主人公(主婦)の気持と、右息子ないし夫になかなか通常の心臓移植手術を受けさせることができないとの状況の中で、息子ないし夫に世界で初めてバブーンの心臓移植手術を受けさせるに至る主人公の心の葛藤を主たるテーマとしたものである。
(二)粗筋について
 両シナリオの粗筋は、(1)テレビ放送局のクイズ番組において全問正解をした主人公が、その賞品として心臓移植手術を求め、テレビ放送局の資金提供を受けて、その家族に心臓移植手術を受けさせるためにニューヨークに行く、(2)ニューヨークの病院では、何人もの心臓病患者が、心臓移植手術を受けるために心臓提供者が現れるのを待っているが、なかなか適当な心臓提供者が現れない、(3)主人公らも、心臓の提供者を待つ空しい日々が続くが、そうした中、医師からバブーンの心臓を移植するとの提案がなされ、主人公は、悩んだ末、これを承諾し、主人公の息子ないし夫がバブーンの心臓移植手術を受ける、という点において共通する。
(三)登場人物について
 両シナリオの主人公は、いずれも家庭の主婦である。心臓移植手術を受ける者は、原告シナリオでは、主人公の息子であり、被告シナリオでは、主人公の夫であるが、いずれも主人公のごく身近な家族である。その他、日本人のテレビ・ディレクター、アメリカ人の医師が、両シナリオに共通して登場し、それぞれ主人公と交流を持つ。
(四)場面、場所について
 両シナリオの最初の場面は、いずれも日本のテレビ放送局のクイズ番組の場面であり、そこで、全問正解をした主人公の求めに応じて、心臓移植手術を受けるためにアメリカのニューヨークに飛ぶ点が共通している。また、ニューヨークでは、病院の場面が主であり、また、一時、ニューヨークから離れ、原告シナリオではヒューストン、被告シナリオではダラスに移るが、場所を一時移動する点においても、類似している。
4 被告は、故意又は過失により、被告シナリオを執筆して原告の本件著作権を侵害した。
5 原告は、被告が本件著作権侵害行為により得た利益の額を損害の額として請求しうるところ、被告は、被告シナリオの執筆料として、キネ・ユニイクから300万円を受領しているのであるから、原告が被告の本件著作権侵害行為により被った損害の額は、右金額を下らない。
6 よって、原告は、被告に対し、前記損害金300万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和60年6月1日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1(一)同1の事実は認める。
(二)同2(一)の事実は知らない。同2(二)、(三)の事実は否認する。被告は、著名な脚本家であり、原告のアドバイザーになることを承諾するはずがない。同2(四)の事実は認める。同2(五)については、被告に関する事実は否認し、キネ・ユニイクに関する事実は知らない。同2(六)の事実は認める。同2(七)の事実は知らない。同2(八)の事実は否認する。同2(九)の事実は認める。同2(一〇)の事実は認める。
(三)同3及び4の事実は否認する。
(四)同5の事実は否認する。被告がキネ・ユニイクから受領したシナリオの執筆料は、200万円にすぎない。
2 被告は、昭和58年5月ころ、キネ・ユニイクから、企画立案が原告で、キネ・ユニイクと東和が共同で製作を進めている「心臓移植についての映画」のシナリオの執筆依頼を受けた。被告は、「クイズ番組の出場者がその賞品として心臓移植の権利を得ること」という原告のアイデアを聞いたうえで、独自の取材活動を行い、原告シナリオを全く読まずに、独自の構成により被告シナリオを執筆したものである。
3 被告シナリオは、客観的に見ても、原告シナリオとは別個な脚本であり、原告シナリオの翻案ではない。
(一)テーマについて
 原告シナリオは、単なる心臓移植のドラマにすぎないが、被告シナリオでは、「人間が、生きていくことの証として、あらゆる状況にありながら、恋愛をしていくこと」が主題となっている。
(二)ストーリーについて
(1)猿の心臓を人間に移植する手術は、1970年代にアメリカのミシシッピー大学で実際に行われ、そのレポートも発表されており、また、吉村昭の著書「神々の沈黙」などによっても明らかにされている。したがって、猿の一種であるバブーンの心臓を人間に移植する手術は、原告のオリジナルな発想ではない。(2)心臓移植手術は、日本では、北海道大学の和田教授の手術以来、法的にも行いえない状況にあることは、よく知られているところであり、心臓移殖手術を受けるためには、アメリカかヨーロッパへ行く必要があることは、常識である。アメリカは、現在、心臓移植手術が合法的に行われている代表的な国であり、また、被告がアメリカに取材旅行に行っている以上、舞台がアメリカになるのは、当然である。(3)両シナリオの最初の場面が日本におけるテレビ放送局のクイズ番組の場面から始まることは、両シナリオに共通しているところであるが、この点は、キネ・ユニイク及び原告の求めに応じて、被告が原告の企画を利用したところである。(4)バブーンの心臓の移植手術を行うということは、人間の心臓の移植手術を受けるために相当の努力をしてもうまくいかなかったことが前提とならざるをえないのであり、そのためには、場所的な移動を伴うことは当然であり、アメリカにおいて場所を移動することは、原告のオリジナルな発想ではない。(5)心臓移植手術を扱うシナリオである以上、患者の家族と手術を担当する医師が登場することは当然であり、また、テレビのクイズ番組から出発するシナリオである以上、テレビ・ディレクターが登場することも当然である。また、ドラマの主人公は、被告シナリオでは、主婦であるのに対し、原告シナリオでは、手術を受ける子供であり、更に、ドラマの全体を支えるキャラクターが脚本の命であるが、両シナリオのキャラクターは、全く異なる。(6)両シナリオのエンディングは、原告シナリオにおいては、心臓移植手術が成功しているのに対し、被告シナリオにおいては、心臓移植手術は失敗しているのであり、全く異なる。
(三)両シナリオの全体の構成及びせりふは、明らかに異なる。
4 原告は、昭和58年5月ころ、被告に対し、キネ・ユニイクの副社長Aとともに、原告の前記企画について説明をしたうえで、シナリオの執筆を依頼している。また、原告は、キネ・ユニイクから企画料(原案料)50万円も取得している。したがって、仮に、原告に何らかの権利があるとしても、原告は、被告が被告シナリオを執筆すること及びこれを発表することについて許諾していたものである。
三 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張3について
 吉村昭の著書「神々の沈黙」には、チンパンジーの心臓を老人に移植した手術例が紹介されているが、原告シナリオにおいて心臓提供者として登場させた動物は、狒狒の一種であるバブーンであって、チンパンジーとは異なる。原告は、映画にした場合の映像効果の面からみて、心臓提供者として登場させる動物は、チンパンジーよりも他の種類の動物のほうがよいと考え、ケニアの国公立公園を取材中に見たバブーンを心臓提供者として採用したものであって、バブーンの心臓を移植することは、原告独自の発想である。
2 被告の主張4の事実は否認する。
 原告が、キネ・ユニイクから50万円を受領したことは認めるが、右金員は、企画料ではなく、原告が企画中であった映画の企画準備について、キネ・ユニイクのAに、発言権を認めたことに対する代償である。
第3 証拠関係(省略)

理由
一 請求の原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二1 被告シナリオ作成の経緯について判断するに、請求の原因2(四)、(六)、(九)、(一〇)の事実は、当事者間に争いがなく、右争いのない事実と原本の存在及び成立に争いのない甲第1号証、成立に争いのない甲第14号証ないし第17号証、証人Aの証言、原告、被告各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。
(一)東和、キネ・ユニイク及び原告は、昭和58年7月7日、原告の企画、すなわち、「テレビのクイズ番組の優勝者である主人公がその賞品に心臓移植手術を希望し、その家族に心臓移植手術を受けさせるためにアメリカへ行き、バブーンの心臓移植手術を受ける。」との企画に基づく映画の企画準備について、(1)原告は、昭和58年10月末日までに、東和及びキネ・ユニイクに対し、右映画のシナリオ台本、スタッフ、配役、製作費予算表及び製作スケジュールについての企画書を提出する、(2)東和及びキネ・ユニイクは、右(1)の企画書を検討したうえで、右映画の製作出資に対する参加、不参加を決定し、原告に対し、その決定を文書で通知する、(3)東和とキネ・ユニイクは、原告に対し、右映画の企画準備金として500万円を各折半して支払う、(4)東和及びキネ・ユニイクが、右映画の製作に参加しないことを決定した場合は、原告は、(3)の500万円を東和及びキネ・ユニイクに返還する旨を合意した。
(二)キネ・ユニイクは、原告シナリオをそのまま右映画のシナリオとして使用することは困難であると考え、日本シナリオ作家協会の理事であり、脚本家である被告に対し、原告の前記企画を説明したうえで、右映画のシナリオの作成を依頼した。被告は、昭和58年8月ころ、キネ・ユニイクの右申出を承諾し、キネ・ユニイクとの間で脚本料300万円で右映画のシナリオを執筆する旨合意した。
(三)原告は、昭和58年8月16日、被告に対し、郵便により、被告が被告シナリオを執筆することについて、原告シナリオを脚色し、改変すること、又は原告シナリオからアイデアを盗用すること等を禁じる旨通知し、また、キネ・ユニイクに対しても、同じころ、郵便により、右の同趣旨の内容並びに東和が前(一)の合意に従って振込んだ250万円を東和に返却すること及び前(一)の合意を解消する旨通知した。
(四)原告とキネ・ユニイクの取締役副社長であったAは、昭和58年9月1日、(1)原告の前記企画に基づく映画の製作を企画準備する権利は、原告とAの共有とする、(2)Aは、原告に対し、右映画の製作を企画準備する権利を共有とするための対価として、50万円を支払う、(3)原告とAは、右映画のシナリオ、スタッフ、配役等について、意見が一致しない限り、右映画を製作しない、(4)右映画についての原告の原作料又は脚本料は、映画製作が決定された時点において、原告とAとで決定する旨合意し、また、その際、原告と被告が、右映画のシナリオの取材のため、アメリカに旅行することも決められた。
(五)原告と被告及びキネ・ユニイクの社員のBは、同年9月5日から同月18日までの間、右映画のシナリオの取材のため、アメリカを旅行し、実際に病院に行って、心臓移植手術も見学した。被告は、帰国後、被告シナリオを執筆し、同年12月中旬までに、被告シナリオの執筆を完了した。なお、被告は、同年10月に、原告から被告単独で被告シナリオを執筆することについて抗議の電話を受けているが、プロデューサーとしての立場にある原告が被告にそのような抗議をするのはおかしい旨返答している。
(六)原告及びAが企画していた右映画は、キネ・ユニイクが倒産したこと及び原告と被告との間に本件紛争が生じたことなどもあって、現在に至るまで製作されていない。被告は、キネ・ユニイクと合意した脚本料300万円のうち、100万円を契約締結時に、100万円を被告シナリオ完成時に受領したが、残額の100万円は、まだ受領していない。被告は、その後、被告シナリオを社団法人シナリオ作家協会発行の月刊雑誌「シナリオ」の昭和60年6月号(同年6月1日発行)に発表し、掲載料として2万円を受領した。
2 次に、原告シナリオと被告シナリオの内容を比較してみるに、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第12号証、成立に争いのない甲第13号証によれば、次の事実が認められる。
(1)両シナリオは、全問正解をした人に、希望するあらゆる賞品を叶えるというテレビのクイズ番組に出場し、全問正解をした主婦(主人公)が、その賞品として心臓移植手術のための心臓を希望し、テレビの取材を条件としたテレビ放送局の資金協力によって、アメリカに行き、同国の病院において、原告シナリオにおいては主人公の息子、被告シナリオにおいてはその夫に心臓移植手術を受けさせることになること、アメリカにおいて適当な心臓提供者が現れず、右息子ないし夫が末期症状的な心臓発作に見舞われるという危機的状況の中で、医師団の説得もあって、主人公がバブーンの心臓の移植手術を息子ないし夫に受けさせることを決意するに至り、その心臓移植手術が行われることという基本的なストーリーにおいて共通している。(2)しかし、原告シナリオは、十分な資金を有しない地方のテレビ放送局が、アメリカにおいて主人公の家族に心臓移植手術を受けさせるための資金を提供するに至る経緯あるいは地方のテレビ放送局の内情についてかなり詳しく描写しており、特に、地方のテレビ放送局が、独自の企画を持つことができず、中央のテレビ放送局の放送番組をそのまま放送するだけに終っているとの現状に満足することができない若手ディレクター、あるいはそのような現状を是認していたはずの同テレビ放送局の常務が、自分の退職金を投げうってまで、アメリカでの心臓移植手術を受けさせるとの右企画を実現させようとしたことなどが、サブテーマとして、詳細に描かれているが、被告シナリオにおいては、それに相当する部分は、全く存在しない。また、被告シナリオにおいては、主人公である主婦と心臓移植手術を受けるために夫が入院していたアメリカの病院に勤務する黒人医師との恋愛、あるいは主人公の夫とアメリカに住んでいた夫の弟との再会、弟の妻と主人公の夫とが過去に親密な関係にあり、それを弟に知られていたため、弟が主人公の夫を怨んでいることなどがサブテーマとして描かれているが、このようなサブテーマは、原告シナリオにおいては、全く存在せず、僅かに、テレビ放送局の若手ディレクターが主人公の主婦に恋愛感情を持っていることが描写されている部分があるが、これもサブテーマといえるほどのものではない。したがって、被告シナリオは、これらの点で、原告シナリオと相違する。(3)また、両シナリオの登場人物は、前(1)の基本的ストーリーが共通するため、主人公とその家族、日本人のテレビ・ディレクター、アメリカ人の医師、看護婦等、基本的に類似している面はあるが、その登場人物のキャラクターについては、不自然に類似していると感じられるものはない。(4)更に、被告シナリオは、前(1)の基本的なストーリーにおいては、原告シナリオと同じであるが、右の基本的なストーリーは、両シナリオの基本的な枠組みともいうべきものであり、むしろ、被告シナリオのストーリー展開は、前(2)のとおり、サブテーマにおいて原告シナリオとかなり異なっているため、原告シナリオのストーリー展開とは、全体としてかなり異なるものとなっている。例えば、原告シナリオにおいては、前半部分に日本の地方のテレビ放送局に関する前記サブテーマについての描写が相当頁にわたって出てくるが、被告シナリオには全くこれに相当する部分がなく、また、原告シナリオでは、息子がアメリカの病院に入院中に、主人公がヒューストンに行く場面があり、被告シナリオでは、入院中の夫と主人公がダラスに行く場面があるが、原告シナリオでは、主人公が人工心臓についての話を聞く目的でヒューストンに行ったのに対し、被告シナリオでは、主人公とその夫が、前記のような関係にある夫の弟夫婦と面会に行き、その場で前記のサブテーマが描写されているのであり、両者の持つ意味合いは、全く異なるものとなっている。更に、医師団が主人公の家族を説得してバブーンの手術を受けさせるに至るまでのストーリー展開も異なっており、更にまた、原告シナリオでは心臓移植手術が成功し、かつ、バブーンの心臓が移植されたことも一般には知られずに済んだのに対し、被告シナリオでは、心臓移植手術後22時間で主人公の夫が死亡し、また、バブーンの心臓を移植したことがテレビにより放送されていたことから、大変な騒ぎとなったことなど、相異なる部分がシナリオ全体にわたって多数存在する。
3 右1及び2認定の事実によれば、原告は、昭和58年7月、原告の前記企画を基にした映画を製作するために、東和及びキネ・ユニイクと右映画の企画準備について前1(一)のとおり合意していたところ、東和及びキネ・ユニイクは、原告シナリオを右映画のシナリオに使うことは適当ではないと判断していたことから、被告に対し、原告の前記企画を前提としたうえで、原告シナリオとは別個のシナリオを執筆することを依頼し、被告は、右依頼を受けて、被告シナリオを執筆したこと、原告は、同年8月ころは、被告が右映画のシナリオを執筆することに反対していたものの、同年9月には、キネ・ユニイクの副社長のAとの間で、被告が原告の前記企画に基づいて映画のシナリオを執筆することに同意し、同月5日から同月18日までの間、被告が右映画のシナリオを執筆するための取材旅行であることを知りながら、被告とともに、アメリカへ旅行に行ったこと、また、被告シナリオ完成後に、被告シナリオを右映画のシナリオとして使用することが最終的に決定された場合には、原告には原作料が支払われる予定であったこと、以上の事実が認められる。右事実に基づいて考察するに、被告は、原告の企画、すなわち、「テレビのクイズ番組の優勝者である主人公がその賞品に心臓移植手術を希望し、その家族に心臓移植手術を受けさせるためにアメリカに行き、バブーンの心臓移植手術を受ける。」との企画を前提として映画のシナリオの執筆の依頼を受けたというのであるから、仮に前2認定の原告シナリオの基本的な枠組みに著作物性が認められ、しかも、被告シナリオが基本的な枠組みにおいて原告シナリオと共通であるとしても、それは、原告の許諾に基づくものというべきところ、被告シナリオは、前2認定のとおり、基本的な枠組みにおいて原告シナリオと類似しているけれども、サブテーマ、登場人物のキャラクター、ストーリー展開等において、原告シナリオと異なりそれ自体独自性を有するのであるから、被告シナリオ〈「被」は「原」の誤?〉と右類似している部分については、少なくとも原告の許諾の範囲内において執筆されたものであり、また、独自性を有する部分については、被告〈「被」は「原」の誤?〉シナリオとは別個独立に執筆されたものであって、その翻案には当たらないものと認めるのが相当である。結局、被告シナリオの執筆は、全体として原告が原告シナリオについて有する翻案権の侵害を構成しないものといわざるをえない。原告は、キネ・ユニイクは、原告に対し、脚本家である被告を原告の右映画のシナリオ製作の協力者として参加させるという提案をし、原告は、被告がシナリオの製作について原告のアドバイザーとして協力するものとして、この提案を承諾した旨主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に添う供述部分があるが、被告がシナリオ製作について原告のアドバイザーとして協力することになったとする主張自体、被告が日本シナリオ作家協会の理事の地位にあるとの前認定の事実に照らして考えにくいことであり、また、原告の右供述にしても、前1掲記の各証拠に照らし採用することは困難であり、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
三 以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清永利亮
 裁判官 設楽隆一及び長沢幸男は、転補のため署名捺印することができない。
裁判長裁判官 清永利亮


目録(一)
左記シナリオ
題名「ザ・心臓」
内容
 家庭の主婦が、地方のテレビ局の「クイズのチャンピオンになれば、賞品として、出場者の希望するあらゆるものを叶える。」というクイズ番組に挑戦し、全問に正解を出し、司会者の求めに応じ、賞品として、『心臓病の小学校五年の自分の息子のために移植用の心臓』を要求したことからドラマは始まる。そのためには、現在心臓移植を実践している米国へ行かなければならない。そのための費用を一地方テレビ局が負担できるはずがなく、その費用の捻出のために、これに関わるテレビ局のディレクターが必死の努力をなし、その結果、心臓病患者の少年(以下「少年」という。)と母親は、ニューヨークへ行くことになる。また、テレビディレクターも取材のため同行する。
 ニューヨークの病院では、心臓移植手術のために世界中から心臓病患者が集まり、手術の順番を待っている。その病院には、様々の状況の患者が運びこまれ、人工呼吸器などの生命維持装置が装着される。そして、彼らが脳死状態になるのを待って、心臓移植を待っている心臓病患者の中から、血液型、年齢その他、脳死状態となった者と一致するものを探し、心臓移植手術が行われていた。
 心臓移植の順番を待つ少年とヒロインの母親、テレビディレクター、そして、アメリカの主治医との交流の日が過ぎて行く。何時まで待っても少年に適合する脳死患者が現れないので、母親は、人工心臓の移植の可能性を求めてヒューストンまで行くが、徒労に終る。
 一方、人間の心臓は、そう簡単に入手できないため、世界中から集まった心臓病患者を救うため、少年の主治医は、かねてより動物の心臓利用の研究をしており、人間にもっとも近い動物バブーンの心臓の移植を実行するチャンスを待っていた。病院長は、母親に、少年にバブーンの心臓移植を提案し、それ以外に子供の心臓病を救う道はないとして、その同意を求めてきた。母親は、それしか方法がないのであれば、ドクターに委せると言って、右の提案に同意する。そして、日本から取材に来ているテレビディレクターには、人間の心臓を移植するとしたうえで、少年に対し、バブーンの心臓の移植手術が行われる。手術は成功し、そのことは日米の新聞に大きく報道される。
 ところが、手術後の汚物処理をしている者が、バブーンの死体を見てこれに気付き、日本のテレビディレクターにそのことを告げ、本人はこのことを種に医師を脅迫し、二〇〇万ドルを入手する。テレビディレクターは、母親が自分を欺いたと怒るが……。
 十数年後、バブーンの心臓移植を受けた少年は、健康を取り戻し、サッカー選手として活躍している。試合を見学する母親は、感慨を込めて、傍らの女性レポーターに、かつての少年の心臓移植のことを語る。

目録(二)
左記シナリオ
題名「ドナー」
内容
 家庭の主婦が、東京テレビの「クイズの全問に正解すれば、賞品として出場者のあらゆる希望を叶える。」というクイズ番組に挑戦し、全問に正解を出し、司会者の求めに応じ、賞品として『心臓病の夫(以下「夫」という。)のために移植用の心臓を希望する。』と要求し、その結果、心臓病の夫と右妻は、右テレビのディレクターと共に、現在心臓移植を実践しているニューヨークの病院へ行く。
 その病院では、何人もの心臓病患者が、脳死状態の心臓提供者が出現するのを待っている。
 夫には、唯一人の弟が、米国ダラスにいる。妻は、折角米国に来たのだからと言って、弟の訪問を夫に勧める。最初夫は頑としてこれに反対したが、結局これを承諾する。夫妻は、ダラスで弟に会う。そこで妻は、夫がかつて弟の妻と関係をもち、そのことを弟に知られたという過去があり、夫が弟に会いに行くことを拒否した訳を知る。
 夫妻は、ニューヨークに戻り、再び心臓提供者の出現を待つ日々が続く。妻は、次第に夫の主治医に心が傾いていく。その間、夫は、しばしば心臓発作を起こし、医師は、夫の生命がそう長くないことを知り、焦燥する。交通事故による脳死状態の負傷者が現れ、血液型もすべて夫に適合するものであったが、負傷者の家族の反対で結局手術はできなくなる。夫の生命の危機は次第に切迫する。
 医師はバブーンの心臓移植を計画する。医者は、夫にバブーンの心臓を移植する話をし、夫は、これを承諾する。東京のテレビ局のカメラが回る中、夫に対するバブーンの心臓の移植手術が行われ、手術は成功する。
 手術後、テレビディレクターは、妻に対し、妻と主治医とがキスをしている場を盗み撮ったVTRを見せ、妻に対し、夫にバブーンの心臓を移植させることを決心した妻の真意を疑い、問い詰める。妻は、「自分は間違っていない。間違っているとすれば、バブーンの心臓を奪ったことである。」と答える。
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