判例全文 line
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【事件名】ドンキーコング・ジュニア事件(刑)
【年月日】平成2年3月29日
 大阪地裁堺支部 昭和58年(わ)第76号、同第81号 著作権法違反被告事件

判決
本店の所在地 神奈川県藤沢市<以下略>
法人の名称 有限会社ドリーム
代表者の住居 横浜市<以下略>
代表者の氏名 E・H

本店の所在地 東京都杉並区<以下略>
法人の名称 株式会社ファルコン
代表者の住居 東京都<以下略>
代表者の氏名 I・H

本店の所在地 東京都杉並区<以下略>
法人の名称 株式会社キョウエイ
代表者の住居 千葉県<以下略>
代表者の氏名 A・G

 右被告人有限会社ドリーム及び同Eに対する昭和58年(わ)第76号、同株式会社ファルコン、同株式会社キョウエイ、同I及び同Aに対する同年(わ)第81号各著作権法違反被告事件につき、当裁判所は検察官伊藤裕志出席のうえ審理を遂げ、次のように判決する。


主文
 被告人有限会社ドリーム及び同株式会社ファルコンを、いずれも、罰金30万円に、同株式会社キョウエイを罰金20万円に処する。
 被告人E及び同Aを、いずれも、懲役3月に、同Iを懲役4月に処する。
 この裁判確定の日から、被告人E及び同Aについては各1年間、同Iについては2年間、右各刑の執行を猶予する。

理由
目次
(罪となるべき事実)
(証拠の標目)
(右認定の理由)
第1 被告人Eの犯意について
第2 ドンキーコング・ジュニアの基板について任天堂との間で製造許諾契約が存在した旨の被告人有限会社ドリームと同Eの主張について
第3 被告人Iと同Aとの共同正犯性について
第4 著作権について
一 本件ロムに収納された著作物
(一) 映画の著作物について
(二) プログラムの著作物及び罪刑法定主義との関係について
二 ドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
(一) ドンキーコングのソフトウェア・プログラムとドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムとの関係について
(二) ドンキーコングのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
(三) ドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
三 ドンキーコング・ジュニアの映画の著作権の帰属について
第5 本件告訴について
一 本件告訴の客観的範囲
二 本件告訴の効力
(法令の適用)
(情状)
一 被告人Eについて
二 被告人I及び同Aについて
(罪となるべき事実)
第1 被告人有限会社ドリーム(代表取締役E・H)はゲーム機械の製造販売を目的とする会社、同E・Hは同会社の代表取締役であるが、同EはW・Yと共謀の上、被告人有限会社ドリームの業務に関し、法定の除外理由がないのに、任天堂株式会社(以下任天堂という)が映像と音声とについて著作権を有するテレビゲーム機ドンキーコング・ジュニアのコンピューターシステム(基板)の記憶装置に収納された同ゲーム機のソフトウェア・プログラムを複製し、その基板を製造して販売しようと企て、昭和57年8月18日頃から同年11月27日頃までの間、神奈川県川崎市<以下略>株式会社コシズ産業所など3箇所において、右ゲーム機の複製基板6886台位を製造した上、同年8月18日頃から同年12月29日頃までの間、前後151回にわたり、大阪市北区<以下略>日精商事株式会社など19箇所において同社など19名に対し、右基板6871台を合計4億5625万8000円で販売し、
第2 被告人株式会社ファルコン(代表取締役I・H)は娯楽機器の製造販売を目的とする会社、被告人株式会社キョウエイ(代表取締役A・G)は娯楽機器の売買を目的とする会社、被告人I・Hは被告人株式会社ファルコンの代表取締役及び被告人株式会社キョウエイの取締役、被告人A・Gは被告人株式会社キョウエイの代表取締役及び被告人株式会社ファルコンの取締役であるが、被告人I及び同Aは共謀の上、それぞれ、被告人Iは被告人株式会社ファルコンの、被告人Aは被告人株式会社キョウエイの各業務に関し、法定の除外事由がないのに、任天堂が映像と音声について著作権を有するテレビゲーム機ドンキーコング・ジュニアのコンピューターシステム(基板)の記憶装置に収納された同ゲーム機のソフトウェア・プログラムを複製し、その基板を製造して販売しようと企て、同年8月25日頃から同年11月9日頃までの間、東京都東久留米市<以下略>サンケイ電子株式会社など3箇所において、右ゲーム機の複製基板5057台を製造した上、同年8月25日頃から同年12月23日頃までの間、前後325回にわたり、前記日精商事株式会社など59箇所において同社など59名に対し、右基板5051台を合計3億0682万2000円で販売し、
もって何れも任天堂の右著作権を侵害したものである。
(証拠の標目)
第1の事実について
一 第12回公判調書中の被告人Eの供述部分
一 被告人Eの司法警察職員(8通)及び検察官(2通)に対する各供述調書
一 鑑定人g作成の鑑定書
一 W・Yの司法警察職員(6通)及び検察官(2通)に対する各供述調書
一 M・T、M・H、T・Y(2通)の司法警察職員に対する各供述調書
一 司法警察職員作成の各捜査報告書(昭和58年2月14日付け3通検察官請求証拠目録14号、15号、37号謄本、同月10日付け、3月16日付け謄本、同月17日付け3通同38号ないし同40号)
一 a作成の供述書と題する書面
一 bの検察官に対する供述調書(謄本3通)
一 検察事務官作成の各報告書(同年9月9日付け、同月14日付け謄本(同75号))
一 池上通信機株式会社作成の訴状などの写し(同93号)、答弁書の写し(同96号)及び準備書面の写し(同97号)
一 任天堂株式会社作成の答弁書などの写し(同94号)、訴状などの写し(同95号)
一 池上通信機株式会社及び任天堂株式会社の各作成にかかる準備書面の写し(同98号)
一 c他1名作成の鑑定書
一 併合前の第4回公判調書中の証人bの供述部分
一 併合前の第5回公判調書中の証人N・Hの供述部分
一 併合前の第6回公判調書中の証人Y・Sの供述部分
一 第7回公判調書中の証人d及び同eの各供述部分
一 第9回公判調書中の証人aの供述部分
第2の事実について
一 被告人I及び同Aの当公判廷における各供述
一 被告人I及び同Aの司法警察職員(6通)及び検察官(2通)に対する各供述調書(但しいずれも各被告人の事実について)
一 鑑定人g作成の鑑定書
一 司法警察職員作成の各捜査報告書(昭和58年2月12日付け、同年3月17日付け検察官請求証拠目録59号、同年2月14日付け2通同26号、同27号)
一 a作成の供述書と題する書面
一 bの検察官に対する供述調書(謄本3通)
一 検察事務官作成の各報告書(同年9月9日付、同月22日付謄本)
一 eの司法警察職員に対する供述調書
一 M・Mの司法警察職員及び検察官に対する各供述調書
一 併合前の第3回公判調書中の証人bの供述部分
一 併合前の第4回公判調書中の証人N・K及び同Y・Kの各供述部分
一 池上通信機株式会社作成の訴状などの写し(同93号)、答弁書の写し(同96号)及び準備書面の写し(同97号)
一 任天堂株式会社作成の答弁書などの写し(同94号)、訴状などの写し(同95号)
一 池上通信機株式会社及び任天堂株式会社の各作成にかかる準備書面の写し(同98号)
一 c他1名作成の鑑定書

(右認定の理由)
第1 被告人Eの犯意について
 被告人Eは本件犯意を否認し、ドンキーコング・ジュニアの複製については、昭和57年8月以降、死亡した相被告人W・Yが任天堂から許諾を得たと述べていたので、許諾があるものと思っていた旨弁解しているから検討するに、W・Yの司法警察職員に対する供述調書(6通)及び同人の検察官に対する供述調書によると、Wは、昭和55年以降、「共同」の商号で他社制作にかかるテレビゲームの基板の製造販売をなし、昭和56年8月以降は株式会社共同と組織変更し、昭和57年7月には有限会社ドリームを設立し、被告人Eを代表者となし、自らは役員に就職しなかったが外部から指示を与えて統御する方式によって、他社の流行したテレビゲームのコピー基板を製造して販売するのを主たる業務としてきたものであること、この製造販売については権利者の許諾を得たものもあったが、許諾を得ないままに無断で複製して販売したものもあったこと、Wは同Eを自己の事業の後継者と考えて、業務全般に参画させていたが、同Eは右同月頃には既にWを補助してコピー基板の製造に必要な材料の仕入れなどを担当していたこと、同月28日頃、任天堂はドンキーコング・ジュニアの販売の為の発表会を行ったが、その頃Wは任天堂がこのテレビゲームについては基板の製造許諾をしない方針であることを聞知していたところから、それでも止むなくこの基板をコピーして販売することを同Eらと予め相談して取り決めていたこと、Wは、同年8月5日頃、東京都新宿区の株式会社ユニオンからこのテレビゲーム機1台を入手し、これによって同Eらの協力を得て、ドンキーコング・ジュニアの基板を製造販売するに及んだことを認めることができる。そして同Eの司法警察職員(8通)及び検察官(2通)に対する各供述調書によると、同EはWが許諾を得ない偽物のコピー基板を製造販売していることはこれを予め知っていたものであるが、同人から、絶対に迷惑をかけないからと協力を求められたところから、有限会社ドリームの代表者に就任することを承諾し、同年8月、Wからドンキーコング・ジュニアの基板が持ち込まれたときにも、その偽物のコピー基板を製造販売するものであることはこれを知った上で、その製造のための部品調達リストを作成し、基板の発注先を決定し、遊び方説明書の印刷注文を出し、Wとともに試作品の検査をなし、販売のため主要な取り引き先を回るなどしたことを認めることができる。以上の点から、被告人EがWと共同してドンキーコング・ジュニアのコピー基板を製造販売したものであること、右製造販売については任天堂の製造許諾を得ていないことを認識していたものであることは明らかといわなければならない。
第2 ドンキーコング・ジュニアの基板について任天堂との間で製造許諾契約が存在した旨の被告人有限会社ドリームと同Eの主張について
 右被告人らは、昭和57年11月17日、ドンキーコング・ジュニアの基板の製造について任天堂との間で製造許諾契約が締結されたので、これによって右被告人らの本件行為は違法性がない旨主張している。即ち、テレビゲーム機製造の業界においてはドンキーコング・ジュニアが登場する数年前にスペースインベーダーというテレビゲームが爆発的にヒットして以来活況を呈してきたが、その間、他社のヒット商品をコピーして販売することが半ば公然と行われ、許容されてきた。そしてオリジナル商品を開発した業者は、事前あるいは事後に、これをコピーした他の業者から許諾料をとって製造の許諾を与える慣行があった。ドンキーコング・ジュニアについても右被告人らは、製造開始直後の同年9月初め頃から取り引き先である株式会社ユニオンのY・I社長を通じて任天堂に対しその製造許諾の申し入れをしており、同年11月15日と同月17日には、当時被告人有限会社ドリームの代表取締役であったWが右Yと共に任天堂を訪れ、右17日、任天堂営業本部長fとの間で、任天堂は被告人有限会社ドリームがそれまでに製造したコピー基板及び既に製造中の物について同被告人の製造を承認する、同被告人はこれに対して110万円を支払うとの製造許諾契約が成立し、同月18日、同被告人は右金員を支払ったと述べている。
 Wの司法警察職員に対する供述調書(昭和58年2月2日付け、同月3日付け、同月5日付け)及び検察官に対する供述調書(同月9日付け)、併合前の第5回公判調書中の証人N・Hの供述部分及び検察事務官作成の報告書謄本(同年9月14日付け同75号)によると、Wは同有限会社ドリームのために、昭和57年8月5日、ドンキーコング・ジュニアのコピー基板を作成するために同テレビゲーム機を入手し、任天堂の承諾を得ることなく直ちにクラウン電機などに依頼してそのコピー機の製造に着手し、同月中旬にはこれを完成させて右Yなどに販売を開始したこと、テレビゲーム機の業界ではオリジナルメーカーに対し対価を支払ってコピー機を製造することの承諾を得る取り扱いが一部で行われていて、任天堂自身Wの経営にかかる前記「共同」との間でドンキーコングについて製造許諾契約を締結していたが、Wに違約があったためこれを解約していた経緯があること、しかし乍ら、任天堂はドンキーコング・ジュニアについては他社に対しかかる製造許諾は与えない旨予め社内で決定し、業界誌にもその旨公表していたこと、ドンキーコング・ジュニアの発売後ほどなく、任天堂はそのコピー機が出回っているとして、これを販売していた右Yに会い、被告人有限会社ドリームがそのコピー機を製造していることを確かめてその製造の中止と謝罪をさせるように求めたこと、その際右Yは任天堂に対して同被告人のためにコピー機製造の許諾を求めたが、任天堂はこれを拒否し、更に同年9月20日頃にも右両者の間で右同様の交渉がもたれたこと、Wは同年10月頃には右Yよりこの事情を聞いて、任天堂との和解交渉を依頼していたが、同年11月15日、右Yと共に任天堂のドンキーコング・ジュニア関係の業務を担当している任天堂レジャーシステム株式会社東京支店を訪れ、同社営業本部長fなどとの間で、右コピー機を無断で製造販売してきたことを陳謝する、爾後はかかるコピー機の製造販売をしないことと謝罪広告を出すこと及び謝罪広告費を含めて110万円を任天堂側に支払うことを約し、同月17日、その旨を記載した書面を作成して署名し、100万円を支払い、後に10万円を支払ったことを認めることができる。
 右認定の事実によると、ドンキーコングにかかるものは格別として、ドンキーコング・ジュニアについては、任天堂と被告人有限会社ドリームとの間には、事前にも事後にも、同被告人と被告人Eの主張にかかる製造の認可ないし追認的な承諾の約定は存しなかったものといわなければならない。
第3 被告人Iと同Aとの共同正犯性について
 被告人Iと同Aとは、共に、本件は相手方である同Aないし同Iが正犯であり、同人らはその基板の製造販売行為に対して助言と手助けをしたに止まるので、いずれも幇助犯に当たる旨主張しているので、以下検討を加える。
 先ず被告人Iは第13回公判調書中の同被告人の供述部分及び同人作成の陳述書と題する書面において、「昭和57年4月頃、それまで同被告人が代表取締役として経営しており、被告人Aが営業担当としてときにテレビゲームの偽物基板などの製造販売もしていた株式会社ファルコンから株式会社キョウエイを分離独立させ、被告人Aも一部出資し、被告人Aがその代表取締役となった。被告人Aは、昭和57年6月頃、同Iに対しテレビゲーム・ギャラガーなどの偽物基板を作って売らせるように求め、同Iも株式会社キョウエイの営業成績などを考慮し、更に同Aから同Iだけが利益をあげていると常々非難されているものと考えて苦慮していたこともあって、この求めに応じたことがある。同年8月18日頃、同Aはドンキーコング・ジュニアのコピー基板を入手してそのコピー作成にとりかかった。同Iは同Aの依頼を受けて、ソフトの変更、生板の設計、版下、部品の調達などに協力し、コピー基板製造の下請け業者の手配などをしたが、その後のコピー基板製造行為は全て同Aが株式会社キョウエイにおいて行ったものである。コピー基板の販売先は殆ど株式会社キョウエイの得意先であって、同Iも株式会社ファルコンの得意先を紹介したことはあるが、その利益は株式会社ファルコンに帰属し、株式会社キョウエイのものとはなっていない」旨を述べており、一方被告人Aは第14回公判調書中の同被告人の供述部分、当公判廷における供述及び同人作成の陳述書と題する書面において、「株式会社キョウエイは株式会社ファルコンから分れて別会社とはなったものの、実際には株式会社ファルコンの販売部門であるに過ぎず、その経理は株式会社ファルコンに支配され、その利益は全て強制的に吸収された。これはドンキーコング・ジュニアのコピー基板の販売についても同様であり、その売り上げ伝票も株式会社ファルコンが切って、株式会社キョウエイはただこれを記帳するだけであり、利益は全て吸収された。株式会社キョウエイはドンキーコング・ジュニアのコピー基板を販売するだけであって、その製造に関与したことはない。ドンキーコング・ジュニアのコピー基板を製造していることを知ったのはそれが出来上がってからであって、自分が被告人Iに対してこれを製造するようにすすめたことはない。このコピー基板の販売についても、注文をとったり、注文を株式会社ファルコンに伝えたりしただけであって、自分には価格の決定権もなく、実際の販売は株式会社ファルコンが行っていたものである」などと述べている。
 これについて併合前の第4回公判調書中の証人N・Kの供述部分によると、同証人は日精商事株式会社の代表取締役であって、ドンキーコング・ジュニアのコピー基板を購入していたものであるが、右コピー基板については、被告人Iから株式会社キョウエイが販売するので同社から買ってくれと言われたこと、右コピー基板の購入については殆ど同Aを通じて電話で申し込んだが、同Iに対して申し込んだこともあること、右コピー基板が品薄になったときには、両被告人に対して催促したことがあり、その代金は株式会社キョウエイの銀行口座に振り込んで支払ったが、同Iの求めにより、株式会社ファルコンに予め送金をしたこともあること、ドンキーコング・ジュニアの値段は後になるほど下落したが、その価格の交渉は両被告人と行ったが、同Aが同Iの決めた価格を同証人に伝えるときや、同証人の意見に従って同Aが値決めしたこともあることを認めることができ、右公判調書中の証人Y・Kの供述部分によると、同証人はドンキーコング・ジュニアのコピー基板の製造を行ったサンケイ電子工業株式会社の代表取締役であるが、右コピー基板の製造については株式会社ファルコンの事務所で同社の従業員S・Yから注文を受け、ロムの提供を受けたこと、同証人は右の注文は株式会社キョウエイから受けたものと理解しているが、右Sの指示によって完成したコピー基板は株式会社キョウエイと株式会社ファルコンの双方に納品し、前社の営業時間が終わったときなどには後社の事務所に品物を置いてきたこともあること、代金の請求は全て株式会社キョウエイに対して行い、同社から支払を受けたことを認めることができる。
 右の各事実によると、被告人I及び同Aの前掲各供述とは異なり、ドンキーコング・ジュニアのコピー基板については両被告人ともに共同してその販売に努めたには止まらず、価格決定権を有していたものであり、その前提となる製造や納入についても両被告人はともに等しく共同して製造業者に指示を与えたものと解しなければならず、更に同Iがソフトの変更、生板の設計、部品の調達行為などを行ったことは、前述のように、同被告人の自認するところであって、これらによると、被告人Iと同Aとは、これぞれ株式会社ファルコンと株式会社キョウエイとの為に、共謀のうえ、ドンキーコング・ジュニアのコピー基板の製造を行ったと解すべきである。
第4 著作権について
 本件公訴事実は、被告人有限会社ドリーム及び同Eについては、同Eは同被告人会社の代表取締役として同被告人会社の業務のためW・Yと共謀し、昭和57年8月18日頃から同年11月27日頃の間、同株式会社ファルコン、同株式会社キョウエイについてはそれぞれの代表取締役である同I及び同Aが各々の右被告人会社の業務のため共謀の上、同年8月25日頃から同年11月頃の間、任天堂が著作権を有するテレビゲーム・ドンキーコング・ジュニアのロムに収納されたソフトウェア・プログラムを無断複製し、もって任天堂の著作権を侵害したというものであるから、初めに、右ロムの内容の無断複製によって侵害される著作権とは何かを検討しなければならない。
 これについて被告人株式会社ファルコン及び同Iは、本件公訴事実はソフトウェア・プログラムの無断複製のみにかかるものであると主張するが、各公訴事実にソフトウェア・プログラムの無断複製というのは、被告人らの行為の態様を特定した表現であって、これによって侵害された著作権をソフトウェア・プログラムに限定する趣旨でないこと、及び右侵害の対象として主張されているものはテレビゲーム・ドンキーコング・ジュニアのロムに収納されている著作権であって、具体的には、ディスプレー上の映像を中心とする映画の著作物と右ソフトウェア・プログラムという著作物に対応する各著作権であるとすることは、第20回公判期日における釈明によって更に明らかとされたところである。
一 本件ロムに収納された著作物
 本件テレビゲーム機ドンキーコング・ジュニアのアトラクトモード、遊技者によるコインの投入からゲームの終了に至る間の視覚部分の内容を記載した昭和58年3月16日付け司法警察職員作成の捜査報告書謄本並びに鑑定人g作成の鑑定書によれば、右ロムに収納された著作物は、これを二つに分かつのが相当であって、その一は、ディスプレーにおける映像を中心とした連続的動画面の視覚的部分とこれに付随した効果音その他の聴覚的部分とで構成され、且つロムの中に電気信号として取り出せる形で収納されることによって固定されている視聴覚の著作物(映画の著作物)であり、その二は右ディスプレー表示を制御する解法に関する論理的思考についてのソフトウェア・プログラムの著作物である。
(一)映画の著作物について
 即ち、先ず前者(映画の著作物)に関していえば、テレビゲーム・ドンキーコング・ジュニアは、大要、別紙(1)のごとき視覚的部分がテレビゲーム機のブラウン管上に表示せられ、客待ちの間、同一のシーケンスをもって繰り返され、遊技者のコイン投入によって中断されるデモンストレーションの部分と、遊技者のレバー操作により、予めソフトウェア・プログラムによって設定されたところに応じて限定的に変化する映像並びにこれも右ソフトウェア・プログラムから抽出されるデータに従って、右映像の変化に付随して適時に変化する効果音とから構成されるものであって、仮にこの聴覚的部分を除外して考察しても、それは思想又は感情を映像の連続によって表現した著作物と解することができる。
(二)プログラムの著作物及び罪刑法定主義との関係について
 被告人らは、ロムに収納されたプログラムは、本件について適用のあるべき昭和60年法律第62号による改正前の著作権法に規定する著作物に該当しないと主張するものであるが、ソフトウェア・プログラムは、例えば、それが制作上の種々の段階において製作者の個性ないし形態形成上のいわゆる自由度の存在を全くないしは殆ど許容しないが如きものであって、問題の解析から論理設計手法の選択、プログラム言語の選択その他の制作の各過程において、個性の介在を認めしめないようなものを例外として除外すれば、その余のものは、これを原則として、右改正前の著作権法(昭和45年法律第48号)2条1項1号にいう「思想を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するもの」として著作物に該当すると解すべきである。
 被告人株式会社ファルコン及び同Iは、右改正前の著作権法において、プログラムの著作物性は制定法的にみて明らかではなく、本件が行われた昭和57年当時は、学説法、判例法及び実務法上も、その著作物性は確定したものではなかった。かかるものにつき、その著作物性を前提としてなされた本件公訴の提起は、罪刑法定主義に反する旨主張する。
 確かにソフトウェア・プログラムの著作物性は、右改正後の著作権法においてプログラムが初めて著作物と例示規定に明記され、これに関連してプログラムの定義規定が設けられるまでは、制定法的にみて必ずしも明らかであったとはいえず、制定法の周辺に存する不文法的要素についてみても、例えば、行政庁による予備的検討は比較的早期からなされてきたものの、本件当時、その法的処遇について統一した見解を得ていたものとはいえず、又プログラムの著作物性を肯定する民事上の裁判例が存在するに至ったのも本件以後であり、学説上もプログラムの著作物性については論議が存したところであって、これらの点からすれば、右被告人らのいうように、その当時、プログラムが著作権法上の権利侵害罪の対象とされるものかどうかには、必ずしも明確でなかったところが存する。
 しかしかかる不明確性は、ソフトウェア・プログラムという形態の財産的価値が遅れて社会的に形成されたことによってもたらされた状態であって、本件についていえば、他人の開発したプログラムを無断で複製することが社会倫理に反して許されないものであることは、疑われたことがないといわなければならない。又右改正前の著作権法についてみても、プログラムをもって「いくつかの命令の組み合わせ方にプログラムの作成者の学術的思想が表現され、かつ、その組み合わせ方及び組み合わせの表現はプログラムの作成者にとって個性的な相違があるので、プログラムは法第2条第1項第1号にいう『思想を創作的に表現したものであって、学術の範囲に属するもの』として著作物でありうる」(著作権審議会第2小委員会作成の昭和48年6月報告書11頁)と解することには合理性が存し、かかる解釈に従うことを求められることは、通常の知性の一般人にとって予想可能であったといわなければならない。
 尚右改正前の著作権法10条1項は、著作物に関する定義規定である右2条1項1号の例示規定であって、「著作物を例示すると、おおむね次のとおりである」と規定するものであるところ、鑑定人h他1名作成の鑑定書には、右規定によるとその適用範囲が曖昧であり、何が著作物に該当するか明確であるとはいえず、犯罪の構成要件としては不明確であるが、プログラムのように同項に例示されていないものであっても、例示されているものと仮に同質なものであれば、その侵害について刑事罰を科することは罪刑法定主義に反するものではない旨の指摘が存する。これによるも、そこに例示されている従来からの著作物とプログラムという新たに形成されたものとの間の性質上の差異は、右被告人らも指摘するように、例示物相互間の差異よりも大きいものがあると解せられるから、右鑑定書にいう同質性は、通常の判断能力を有する国民にとって、むしろ理解困難なものがあるといわなければならないであろう。即ち、機械語、アセンブリ言語ないしコンバイラ言語などの表現手段の別を問わず、プログラム言語をもって構成されるプログラムを、右例示規定のなかでこれに最も近似する小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物と対比したときに、これらとの間に同質性が存することを、右の法文のみから、類推解釈の危険を冒すことなく、読み取るには困難が存するところである。しかし、右の例示規定が著作物を限定的に列挙したものでないことは明らかであるところ、前述した著作物の定義規定には、これがプログラム表現を包含すると解してもなお、それを悉〈「悉」は「恣」の誤?〉意的、差別的な法執行をもたらすものと非難することができない程の具体性が存したものと解することができる。
 そうすると、前記法的状態の不明確性をもって恰も刑罰法規の不明確と同様に解することが正当でないことは明らかであって、少なくとも他人の開発にかかるプログラムを無断で複製する行為に関しては、プログラムをもって右改正前の著作権法の権利侵害罪の対象である著作物と解しても、これによって法的安定を危険に陥れ、罪刑法定主義を否定するものと解することはできない。
 右のように、プログラムが著作物であるためには創作性を有するものでなければならないので、検察官はオブジェクトプログラムからそれを構成するモジュール或はルーティン、サブルーティンの如き最小単位的なプログラムに至るまで、創作性を立証する責任を負うものである。
 そうすると本件オブジェクトプログラムたるドンキーコング・ジュニアのプログラムの著作権の帰属については、後述のように、任天堂と池上通信機株式会社(以下池上という)との間で争いが存するが、これにおいても、右オブジェクトプログラムないしルーティンその他のプログラムが、製作者が誰であろうとも、そもそも製作者の個性とは相いれない特殊例外の存在であるとしているのではなく、却って、互いにこれを自己の創作性の表現であると主張して争っているものであり、一件記録によっても、右争訟の目的が正当であることはこれを認めることができる。かかる事情の下においては、本件において、いわゆるプログラム構造の設計過程を明らかにすることなく、或はルーティンの如きものについて、更にそれ以下のステートメントなどにわたって構造や製作過程を一々明らかにしなくても、右オブジェクトプログラムはもとより、ルーティンその他のプログラムについても、それが前述の意味における著作物に該当するものであること自体は、既にその証明が存するものと解するのが相当である。
 なお前掲鑑定人gの鑑定書には、一般に、テレビゲーム・ドンキーコング・ジュニアの如き視聴覚コンピュータゲームのプログラムを製作するプロセスは、凡そ昭和55年以降、技術的にほぼ完成し、公知の知識となっており、大抵の映像の動画は、映像の全体的な動きをいくつかの要素画に分解し、これらの要素画を適当に組み合わせて映像の動きを表現するという方式がとられ、従ってこのためのプログラミングの工程は既に大方ルーティンワーク化してしまっていたことの指摘が存する。しかし乍ら、如何にテレビゲーム用のプログラミングの過程がルーティンワーク化したとはいっても、ルーティンやサブルーティンなど別に編成されている一連の命令集合あるいは複数の操作からなる命令の処理過程そのものには、製作者の個性によって選択できるプロセスが存することはいうまでもなく、また例えば元の色指定を適宜変更したり、キャラクターの倍率をサブルーティンの中で画面のパターン毎に調整して個性化するなど、いわゆるルーティンワークの中で製作者の個性を表現する手段が存するのである。それ故、右の指摘も本件オブジェクトプログラムの製作が製作者の創造性を認める余地のないほどの定型的なプログラム作成手順であるとの疑いを抱かしめるものとはいえない。
二 ドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
(一)ドンキーコングのソフトウェア・プログラムとドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムとの関係
 被告人らはドンキーコング・ジュニアの著作権は告訴人である任天堂ではなく、池上に帰属する旨主張するので、以下検討を加える。
 被告人らがドンキーコング・ジュニアの著作権が池上に帰属する旨主張する根拠は、ドンキーコング・ジュニアのプログラムは、ドンキーコングを原型とし、その続編として制作されたものであるが、ドンキーコングのソフトウェア・プログラムは池上が開発したものであって、その著作権は池上に帰属する。そして任天堂はドンキーコングのプログラムに対し無断改変を加え、その複製としてドンキーコング・ジュニアを制作したが、仮にこれが翻案に当たるとしても、二次的著作物の程度には至らないものであるから、ドンキーコング・ジュニアの著作権は池上に帰属するというのである。
(二)ドンキーコングのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
 而してドンキーコングのプログラムの著作権が、任天堂と池上のいずれに帰属するかは、現在民事訴訟手続において審判中のところであるが(東京地方裁判所昭和58年(ワ)第6605号・同第7530号事件)、これを本件についてみるに、次の事実を認めることができる。即ち右民事訴訟手続における各当事者の提出にかかる準備書面写し(検察官請求書証目録97号及び同98号)によると、先ず池上が右民事訴訟手続きにおいて自己に著作権が帰属する旨特定して主張しているドンキーコングのプログラムは、ドンキーコングのソフトウェア・プログラムの全体ではなく、受像面画に出るキャラクターの動きを制御しつつゲームの展開を処理するCPU制御プログラムであって、いわゆるワークグラフエリア、パラメーターエリア、オブジェクトエリア及びI/C制御エリアに関するものであり、その余のキャラクター・ロム内のデータ部分はこれを含まないというのである。そしてこれは右のうち前者はプログラムの著作物として権利性が確立されてきたものであるが、後者はデータの著作物として編集著作物に当たり、著作物性を異にするので、これを請求の対象から除外するというのである。いわゆるデータベースについては昭和61年改正にかかる現行著作権法2条10号の3により、編集著作物としてではなく、別個に著作物として保護されることが確認されているが、その法律的性格付けの点は別としても、一般にソフトウェアのなかでキャラクター・データにプログラムとは異なった物的ないし観念的存在性を付与すべきとすることは正当である。しかし、テレビゲームにあっては、ゲーム部分も記憶装置に固定されて、プログラムがその処理に用いる特定有限の資源であり、テレビゲームという映像を目的とした存在にあって、これを捨象して、制御用プログラムのみでは特定の映像を形成することができないと考えられるものであるところから、特に当該データ部分の著作権の帰属につき争いがある場合は格別としても、そうでない場合においては、テレビゲームのソフトウェア・プログラムの帰属を論じるについて殊更にデータ部分とプログラムとの区別にとらわれる必要性はないといわなければならない。池上も右のうちのデータ部分の著作権が例えば任天堂にあって、自己に帰属しないといっているのではないのであるから、民事訴訟における弁論主義の適用のない本件においては、ドンキーコングのプログラムの著作権の帰属について、その範囲に関する池上の右主張にはとらわれることなく検討するのが相当である。
 そこで第7回公判調書中の証人dの供述部分及び第9回公判調書中の証人aの供述部分並びにa作成の供述書と題する書面並びに前掲各準備書面写しによると、ドンキーコングの開発は、池上が作成し、任天堂が買い付けたもののヒット商品とならなかったテレビゲーム・レーダースコープの在庫基板一掃の一つの手段として計画されたものであって、昭和56年4月1日、池上と任天堂との間に開発委託契約が締結され、右契約に関連して金1000万円が任天堂から池上に支払われたこと、その後の開発の経過について、池上と任天堂とは、共に、キャラクター、ストーリー並びに背景の概念から運動の詳細に至るまで、自己特有のアイディアを出して映像の内容を自ら具体化した旨互いに主張しているものであること、ドンキーコングのプログラムの制作に関しては原画が作成されたこと、この原画に関して、池上はその写しであるというものを池上作成の第4準備書面に添付しているが、これによると、キャラクターデザインなどはドットに構成されておらず、一見して恰もジェネラルフローチャートの域にあるものと思われるのに対し、任天堂は同社従業員dが同人独自の考案にかかる方眼紙上にドット形成の原画を描いて池上に手渡したと主張し、移動物体の静止形態については16×16ドット、但しこれで表示できないものについては複数ユニットの組み合わせによって表示し、移動しない個体物体の静止形態は8×8ドットで構成した、色についてはdが色パターン表と色指定表とを池上に交付したが、原画はそのままディテールフローチャートに当たるものであって、右原画類によってドンキーコングの画面が構成されている旨主張しているものであること、原画の作成以後のプログラミングについて、池上は同月15日から30日にかけてジェネラルフローチャートを作成し、同年5月1日から22日にかけてディテールフローチャートを作成し、同月25日から同年6月5日にかけてこれをコーディングし、フロッピーに打ち込んだ旨主張しているのに対して、任天堂は右原画が正確にコーディングされているかについて絶えず観察して、意見を述べたと主張していることを認めることができる。
 ところで本件ロムに収納された著作物が映画の著作物とプログラムの著作物の二つに分かたれることは既に論じたところであるが、一つのテレビゲームに関するこれらの著作物の著作過程において、更にこれらとは独立した絵画の著作物が原画について存在し得るといわなければならない。原画はテレビゲームの著作行為にあって、その究極的目的物ではないが、著作物を創作する行為は法律行為ではないから、著作物性の判断に当たってこのような主観的目的に配慮しなければならないものではなく、他の著作過程で生じたものであっても、それに知的創作たるの個性的特徴が認められるものについてはこれを別個の著作物とすることができる。しかし原画の著作権がプログラミングを担当した者に帰属することが認められる場合であれば格別、本件のように、その点に争いが存する場合においては、原画の著作権の帰属自体は、直ちにプログラムの著作権の所在を決定する事情となるものではなく、これについては更に検討を加えなければならない。
 池上は任天堂がドンキーコングについて原画の作成以後のプログラム製作過程に係わらなかった旨主張し、任天堂もこれを争っておらず、dの右調書によってもこの事実を認めることができるので、次に右の原画とプログラムとの関係について考察を進めるが、この際の問題点は、右の原画(任天堂が自己の作成にかかるものと主張している原画)が既にソースコードと1対1に対応するディテールフローチャートにまで達する存在であって、プログラム製作の過程に別になんらかの創作的作業の介入が認められないものであったかどうかにある。これについて任天堂が、同社の作成にかかる原画はそのまま機械的にプログラムに変換することができるディテールフローチャートであった旨主張していることは既に述べたところであるが、前掲各準備書面写しのうち、任天堂作成の第3準備書面によると、任天堂自身、右の原画とドンキーコングの映像との間には凡そ38箇所におよぶ不一致が存することを指摘していることを認めることができる。そして右の不一致箇所をみるに、その多くはキャラクターのポーズや動き、背景の配置や色であって、これによると、右の原画は、仮に任天堂のいうようにディテールフローチャートの観を呈するものであったとしても、実際にはディテールフローチャートとして使用されなかったといわざるをえない。而して右の不一致を指摘した任天堂の意図は、かかる不一致箇所が全て任天堂のイニシアティブによって改良されたという事実をいわんとするにあるが、右の原画の存在とともに、池上の争うところであり、これらの点は本件について、そのいずれとも認定することができない。即ち前掲dの供述部分並びに同人bの検察官に対する各供述調書謄本(bは3通)には概ね任天堂の右主張に沿う供述が存するが、第9回公判調書中の証人a(池上の従業員)の供述部分には、ディテールフローチャートが全て池上において作成された旨の供述があり、その他、本件ディテールフローチャートの作成の経過を確定するに足る証拠はなく、これによると、任天堂の作成したという原画がそのまま機械的にプログラムに変換されたという事実については、尚疑問を払拭し得ないものがあると解すべきである。結局、任天堂が本件プログラムの著作権をその制作によって原始的に取得したと解するには、十分の疑問が存する。鑑定人g作成の鑑定書によると、テレビゲーム作成の過程は前認定のように、ドンキーコング作成当時既にルーティンワーク化していたことが認められるが、これによってテレビゲームの作成が定型的手順によって、より簡易化したとはいっても、尚プログラム製作者の創作性を排除するものでないことは、先に述べたところである。
 次に任天堂が本件プログラムの著作権を池上との間の前記開発委託契約によって取得したかどうかが問われなければならず、前掲各準備書面写しによると、右民事訴訟において、任天堂はこの契約に基づき、その履行として金1000万円を池上に支払ったことによって、右著作権を取得した旨の主張をしていることが認められるけれども、右契約の性質についてはこれを確定しうる証拠がない。bの昭和58年9月14日付け検察官に対する供述調書謄本によると、右委託契約は同調書謄本添付の「テレビゲームに関する開発委託契約書」記載の契約によるものであること、池上と任天堂との間にはこれに先行していくつかのテレビゲームの開発委託契約が締結され、履行されていることが認められるが、先ず右契約書記載の契約は直接本件プログラムの著作権の帰属について約定したものではないと解せられ、次に一件記録によるも、先行契約のうちに当該プログラムの各著作権の帰属を明らかとなし得るものは存在せず、各々プログラムの著作権の帰属の点はとくに明らかにすることがないまま取り引きがなされてきたものと解する余地が存する。又任天堂から池上に対し交付された前記の金1000万円も、本件においてその性質を明らかにすることはできない。c他1名作成の鑑定書によると、ドンキーコング開発当時におけるテレビゲームの開発委託手数料としてはこの金額が相当額であることが認められるが、それ以上にこれを、例えば池上と任天堂との間の製造物供給契約上の対価やプログラムの著作権の譲渡の対価などとして、任天堂への著作権の移転の原因として性格付けるに足る証拠はなく、結局、任天堂が本件プログラムの著作権を池上から契約上取得したとする点については、尚これに疑いを入れる余地が十分にあるといわなければならない。又前掲各証拠によると、ドンキーコングのプログラムには「CNINTENDO ・・・・」という文字パターンと「CONGRATURATION! IF YOU ANALYSE DIFFICULT THIS PROGRAM WE WOULD TEACH YOU・***TEL・TOKYO-JAPAN ・・・(・・・)・・・・ EXTENTION ・・・ SYSTEM DESIGN IKEGAMI CO・ LIM」という隠し文字が挿入されていて、いずれも池上によって作成されたものであるが、任天堂は前者を、池上は後者を、各々自己に右プログラムの著作権が帰属することの徴表である旨主張していることが認められるが、これらによって右著作権の帰属を決定することはできないと解する。仮に任天堂のいうように、前者がアメリカ合衆国における著作権行使のための表示であるとしても同様である。因に、証人bの前掲供述によると、池上は任天堂に対し、ドンキーコングのプログラムに関してマスターロムはこれを引き渡したが、ソースコードやフローチャートなどの引き渡しをしていないことが認められる。一般にプログラムのヴァージョンアップや保守作業のためにはソースコードを必要とするものであって、任天堂がその引き渡しを受けていないことは、如何にテレビゲームの市場における寿命が短いものとしても、池上との契約が基板の制作供給を主たる目的とするものであったとの印象を与えるであろう。後述のように、ドンキーコング・ジュニアの開発に当たり、任天堂はドンキーコングのプログラムを逆アセンブルせざるをえなかったのであるが、これは右推定を裏付ける事実と解せられる。しかしこれによっては未だ著作権の帰属を決定する要件とすることはできない。
 以上を要するに、ドンキーコングのソフトウェア・プログラムの著作権が任天堂にあるとすることについては、本件において、その証明がなく、これが池上にあると疑うに足る合理的な理由が存するといわなければならない。
(三) ドンキーコング・ジュニアのソフトウェア・プログラムの著作権の帰属について
 前掲bの各供述調書謄本、第4回公判調書中のbの供述部分、第7回公判調書中の証人e及び同dの供述部分並びに第9回公判調書中の証人同〈「同」は不要?〉aの供述部分によると、テレビゲーム・ドンキーコング・ジュニアはテレビゲーム・ドンキーコングが市場で高い売れ行きを示したところから、任天堂においてその続編に当たるテレビゲームを開発販売せんとして、専ら任天堂において、池上の承諾を得ることなく、岩崎技研工業株式会社に依頼してドンキーコングのソフトウェア・プログラムに改変を加えて作成したものであって、先ずドンキーコングのロムからそのオブジェクト・コードをコンピュータによって読み出し、このオブジェクト・コードを逆アセンブルしてソースコードの形となし、ドンキーコングに用いたハードウェアの回路を解析したうえで、それに沿って原画を作成し、プログラミングしたが、メインルーティンはドンキーコングのものをそのまま流用したものであることを認めることができる。前掲準備書面写し、殊に池上作成にかかる第14準備書面写しによると、前記民事訴訟において、池上は任天堂がドンキーコングのプログラムを逆アセンブルし、これによってドンキーコング・ジュニアのプログラムを制作したとき、任天堂はドンキーコングの制作プログラムの全体的構成と必要ルーティンをそのまま残し、部分的にパッチを行い、これによってプログラムの全体的な構成をそのままとして一部修正を加えたに止まるのであって、流用率はバイト数にして66.3パーセントに及ぶ旨主張しているが、右主張のように任天堂が元のプログラムを66.3パーセントにもわたって複製したのであるか、全体として翻案に及ぶというべきであるのか、或は元のプログラムのアイディアを借用したのであるのかは、各ソースコードについて検按することができない本件において、これを確定することができないものである。それでも右認定の事実によれば、尚ドンキーコング・ジュニアのプログラムは任天堂においてドンキーコングのプログラムの創作性を侵害したものであるとの疑いを拭い得ないものと解するのが相当である。
 そうすると、ドンキーコング・ジュニアのプログラムの著作権が、池上に存するかどうかは別として、公訴事実にいう通り任天堂に帰属するとの事実については証明がないといわざるをえない。
三 ドンキーコング・ジュニアの映画の著作権の帰属について
 これは具体的には、ドンキーコング・ジュニアが映画の著作物として、ドンキーコングのそれに対し、二次的著作物としての保護を受け得るものであるかどうかを検討することとなる。先ず検察事務官作成の報告書謄本(昭和58年9月9日付け)、司法警察職員作成の捜査報告書謄本(同年3月16日付け)及び前掲鑑定書によると、ドンキーコングは、大要、別紙(2)のような視覚的部分とこれに付随する効果音を伴う聴覚的部分とにより構成されたものであって、これも又既に認定したドンキーコング・ジュニアと同様に、視聴覚の著作物(映画の著作物)と解すべきものである。
 そこで、更に両ゲームについて、各ゲームに登場するキャラクターの概念の同一性、その概念を視覚的に表現した映像の類似性、両ゲームが展開される場面の映像及び各場面に登場するキャラクターの映像とその運動の仕方などを中心に、両ゲームの思想的、感情的表現性等が検討されなければならない。そうするとドンキーコング・ジュニアは前述のように、それ以前に作成されたドンキーコングの続編として作成されたものであって、この連続性はキャラクター名において既に表示されているところである。即ちドンキーコング・ジュニアのドンキーコングという名称は、ドンキーコングの子供であることを明示するため、ドンキーコングという同一の言語表現を一部で用いており、そのため両者の間の言語的な類似性は否定できないものがあるうえ、内容的にみても、ドンキーコングにおいて「ドンキーコング」という名のゴリラに捕えられているレディを奪い返しに行く一人の男性と、「ドンキーコング・ジュニア」において、逆に囚われの身となっているゴリラを奪い返そうとするその子供のゴリラ「ドンキーコング・ジュニア」との間には概念上の同一性が存すると考えられる。
 而して、右のうち先ず題号の点は、前認定のように、ドンキーコング・ジュニアは任天堂において池上の承認を得ることなく、ドンキーコングに改変を加えて作成したものであるから、ドンキーコングの著作権の帰属如何によっては、本件訴因を別として、これについての池上の著作者人格権を侵害したとの謗りを免れないところであろう。そうではあるが、ドンキーコングという名称が有名なドンキホーテとキングコングをすぐに想起させ、これらを連結したドンキーコングの語が「頓馬なゴリラ」とでもいうべき概念を言語的に巧みに表現して、テレビゲーム・ドンキーコングのイメージを極めて象徴的に表現することができたものであるとはいっても、なおこれ自体に著作物性を認めることはできないものである。そして、ドンキーコングにおける前述した一人の男性とドンキーコング・ジュニアにおける子ゴリラとの間の概念上の同一性の点も、これは両ゲームの間の右のような筋書の関連性がもたらす自然の成り行きというべきものであって、このこと自体が、必ずしも、後発のゲームであるドンキーコング・ジュニアの創造性を直ちに害するものということはできず、ドンキーコング・ジュニアの語が指し示す子ゴリラという概念を視覚的に表現した子ゴリラの映像を含む総体的な視覚表現の創造性が更に問われなければならない。
 そうすると、先ずこのような子ゴリラという概念を視覚的に表現した子ゴリラの映像はドンキーコング・ジュニアのゲームの中にのみ現れる独特のものであるから、これにより創造的な視覚表現と解することができるものである。更に両テレビゲームが展開される場面についていうと、ドンキーコングが建物の建設工事現場を主たる場面としているのに対して、ドンキーコング・ジュニアの方は、主としてジャングルまたは密林のような場面で展開されているので、両者は観念的にも映像的にも全くこれを別個のものということができる。但し両ゲームに登場する「ドンキーコング」と称する親ゴリラと一人の男性に関して概念の同一性とその概念を視覚的に表現した映像の類似性が認められるといわなければならないが、それにも拘らず、両ゲームが展開される場面の映像、そこに登場するキャラクターの映像とその運動の仕方などは、なお観念的にも映像的にも互いに異なっているので、両ゲームの間には全体として同一性が認められず、これを要するに、ドンキーコングとドンキーコング・ジュニアとは、映画の著作物としては、別個独立のものであり、後者は前者に比して個性的な創作性を有すると解すべきである。
 これについては更に補充的な考察を必要とする。即ち右鑑定人の鑑定書には、テレビゲームの如き視聴覚コンピューターゲームの著作物について、或るものに対する他のものの創作性を論じる場合には、その映像はいずれもプログラムによってもたらされるものであるから、絶えずプログラムの同一性について配慮しなければならないという視点が示されている。しかし乍ら、テレビゲームのような視聴覚コンピューターゲームにおいて映像とその基となるプログラムとは種類の異なる著作物であって、映像を比較するのにプログラムにも配慮することは一見合理性がないと考えられる。それでも、テレビゲーム用プログラムにおいては、汎用コンピュータ用プログラムの場合とは異なり、プログラムは絵画の著作物としての取り扱いに服するところの原画によって規制されるところが極めて大きく、映像はまたプログラムによってのみもたらされるものであるため、映像の比較においてもこれら三つの著作物の関係が考慮さるべきものとなろう。ここから、或る映像を他の映像と比較してこれに創作性を認めることができる場合であっても、プログラムを介して、その原画との比較においてみると、これを否定しなければならない場合があり得ることはこれを認めなければならない。しかし乍ら、テレビゲームのような視聴覚コンピューターゲームであっても、比較さるべき二つの映像が明らかに共通の原画に依拠しないものである場合には、右のような関係において、原画との関連性を考慮することなく、ただそのアウトプットのみによって、両者の関係を把握することが許される。この場合考慮さるべきものが共通の原画であって、右の鑑定人の指摘するところのプログラムでない理由は、やはりアウトプットとプログラムとの間に著作物としての表現形態の類似性が認められない点に存するのであって、仮にプログラム制作の技術上、コーディングないし変換の際になんらの創作的な行為が介在することがないものであっても同様に解すべきである。但しここに共通の原画というものは、単に二つの映像を比較検討するために用いられる機能概念であるにすぎず、そのもの自体の著作物性が問題とされているものではないから、必ずしも具体的な表現には至らないアイディアの如きものまでを包含すると解すべきであろう。即ち、或る映像が他の映像の依拠した原画そのものではなく、例えばその原画が他人の占有するところであって直接これを検按することができないとして、その原画の内容ないしはアイディアに依拠することによって作成された他の原画に従ってコーディングされたものである場合には、これをなお共通の原画によって制作されたものということができる。本件についてみると、ドンキーコング及びドンキーコング・ジュニアの原画はいずれも証拠として取り調べられていないが、前者については、前認定のように、池上作成の第4準備書面に、後者については任天堂作成の第8準備書面に、いずれもその各写しであるというものが添付されているからこれによって検討すると、その各キャラクターやそれらの背景となる場所や動きのパターンなどが、イメージを含めて、相互に明白に異なると解せられるところであるから、これによると、この両ゲームには右にいう共通の原画と目すべきものは存在しないと解するのが相当であり、結局、その映画の著作物としての創作性を両ゲームの映像のみによって判断することは、本件につき何ら差し支えないところである。
 結局、ドンキーコング・ジュニアの映画の著作権は、任天堂がその創作によって原始的に取得したものとして、任天堂帰属することが認められる。
第5 本件告訴について
一 本件告訴の客観的範囲
 任天堂の本件告訴はテレビゲーム機ドンキーコング・ジュニアのロムに収納されている著作権の侵害を対象とするものであり、侵害行為の態様は被告人らがそのソフトウェア・プログラムを無断複製(デッド・コピー)したというにある。前述のように、右ロムに収納されている著作権はこれを二つに分かって、プログラムの著作権と映画の著作権とすべきものであるところ、侵害行為は単一であるから、右は1個の行為にして二つの罪名に触れる場合に当たると解せられる。その場合であっても、任天堂の本件告訴の効力は、告訴不可分の原則の例外として、任天堂をもってその被害者であると特定することのできない右プログラムの著作権の侵害の事実には及ばないと解すべきである。
二 本件告訴の効力
 被告人有限会社ドリーム及び同Eは、昭和57年11月17日、任天堂は被告人有限会社ドリームとの間でドンキーコング・ジュニアの製造許諾契約を締結したとき、同被告人らに対し、同被告人らがドンキーコング・ジュニアのコピー基板を無断で複製して販売したことについて告訴をしないことを約した。右契約時、任天堂は既にドンキーコング・ジュニアのコピー物を販売していた日精商事株式会社などを不正競争防止法違反、商標法違反の事実で告訴していたが、右告訴に基づいて日精商事株式会社に対する捜査が行われ、帳簿などが押収されたものであるところ、これによって被告人有限会社ドリームがドンキーコング・ジュニアのコピー物を製造していることが判明し、昭和58年1月26日、被告人Eが右両法違反の容疑で逮捕された。捜査の結果、検察官は右両被告人を任天堂の告訴事実でも右逮捕の容疑事実でもない著作権法違反の事実で起訴することを考え、任天堂に対し、著作権法違反の事実について告訴するように要請した。任天堂は被告人有限会社ドリームから右の契約についてその履行として110万円を受け取っていたが、これをドンキーコング・ジュニアのコピー基板の製造許諾料ではなく、単なる謝罪料であると解釈することも可能であると考えて、同被告人に対する前言を翻し、同被告人との約束に違反して、本件告訴に及んだものである、と主張している。
 先ず同被告人らのいう製造許諾契約なるものが、その性質上同被告人らに対して任天堂がドンキーコング・ジュニアのコピー基板の製造を許諾するものでなかったことは前認定のとおりである。右契約の事情は既に認定したが、前掲各証拠によると、更に次の事実を認めることができる。即ち、右契約に当たり、任天堂は前認定の金員以上のものを被告人有限会社ドリームに対して請求する意思がなく、前認定の金員のうち10万円は謝罪広告料であるが、その余の金員については必ずしもその性格を明らかならしめていないこと、任天堂は同被告人によるドンキーコング・ジュニアのコピーの無断複製の規模、数量その他、これによる自己の損害の具体的内容を知らず、それについて比較的無関心であったこと、その際における任天堂の主たる意図は任天堂を通じてドンキーコング・ジュニアのテレビゲーム機を正規に購入した者からの抗議に対応して、自己の側でも対策を講じている態度を示すため、被告人有限会社ドリームの陳謝の意思を明らかならしめることにあって、同被告人らを相手として刑事的な処罰を求める意思はこれを全く有しなかったものである。
 親告罪における刑事的な処罰は、発生した社会的緊張が刑事法領域外の手段によって除去されることが予見される場合には、かかる非刑事的手段に比して二次的な機能を有するに過ぎない。損失補償が得られた場合やそれが被害者の意に介するところでない場合において、告訴が、例えば、他人に損害を加えることのみを目的とする権利の行使に当たる場合には、告訴権が内在的な限界に接していると考えることによってその他人の損害を回避することができる場合が存するし、専ら現在あるいは将来の民事上の紛争を自己の有利に導くためになされたものであるときには、告訴権の行使が刑事政策的な目的に適合していないと疑うべき場合である。
 右認定の事実によると、任天堂が被告人有限会社ドリームとの右契約に及んだのは、正規の顧客に対する信用を維持するのが主たる目的と解され、告訴に至るまでの間同被告人に対する損害賠償請求に熱心でなかったからといって、本件告訴が俄に同被告人に対する加害の意思によるものと解することはできない。
 而して、既に詳述したように、ドンキーコング・ジュニアは池上がその制作にかかわったドンキーコングの売行きが好調であったところから、任天堂においてそのソフトウェア・プログラムに改変を加えて作成したものであるところ、元のドンキーコングのソフトウェア・プログラムが、それについての商標権ないし不正競争防止法上の保護利益あるいはまた著作物として、池上ではなく、任天堂に帰属するものであるか否かは、必ずしも自明のものではなかったのであり、それ故ドンキーコング・ジュニア自体についてもまた当然に同様な疑問があったとしなくてはならない。本件告訴から5箇月後には池上から任天堂を相手とする前記民事訴訟がドンキーコングとドンキーコング・ジュニアのプログラムの著作権を巡って提起されたことを考えると、任天堂の本件告訴が当時予見され得た右の民事上の争いに着目し、そのための有利な地位を築くことに向けられたものであるとの疑いが存するといわなければならない。しかし乍ら、第9回公判調書中の証人aの供述部分によると、池上は任天堂よりかつてドンキーコングの原画の交付を求められた際これを拒否し、任天堂によるドンキーコング・ジュニアの製作は池上の権利侵害に当たるので法的な措置を含めて検討中と答えた事実が認められ、これが両者間に紛争が存することを示唆する最初の事実と解されるものであるところ、その時期は定かではないが、更に右供述部分には、池上は被告人株式会社ファルコンの代表者である被告人Iが任天堂の告訴に基づいて逮捕されたのを聞き、池上からみて、ドンキーコング・ジュニアにつき権利を有しないと考えていた任天堂が、被告人株式会社ファルコンまでを告訴したとの情報に接して驚いた旨の供述が存する。そして一件記録によると右逮捕の日時は昭和58年1月28日であるから、池上による原画の拒否は、それ以後の、同年2月ないしそれに接近した日時であったと解するのが相当である。そして本件告訴が同年2月14日になされていること、池上が任天堂を相手として前記民事訴訟に及んだのが同年7月20日であることを考慮すると、本件告訴当時、ドンキーコング及びドンキーコング・ジュニアの著作権を巡る任天堂と池上との争いは未だ必ずしも顕在化していなかったと解する余地がある。任天堂はその当時日精商事株式会社をも不正競争防止法違反の容疑などで告訴していたことが一件記録によって認められることも考慮すると、本件告訴のみ、任天堂が池上との民事上の紛争を予見してこれに備えるために、いわば先制的に行ったものということはできず、それ故本件告訴の目的が専ら池上との民事上の紛争の解決を自己の有利に導こうとするものとばかりは言えないものがあると解しなければならない。
 以上の事実によると、右被告人らの本件告訴の効力に関する主張は理由がなく、右告訴が権利の濫用にわたって無効であるとはいえない。
(法令の適用)
 被告人Eの判示第1の所為並びに同I及び同Aの判示第2の所為はいずれも、包括して、昭和60年法律第62号附則5項により同法による改正前の著作権法119条、刑法60条に該当し、被告人Eの右行為は同被告人が被告人有限会社ドリームの代表者としてその業務に関し犯したものであり、同Iの右所為は同被告人が被告人株式会社ファルコンの、同Aの右所為は同被告人が被告人株式会社キョウエイの各代表者としてその各業務に関し犯したものであるから、右各被告人会社については、いずれも改正前の著作権法124条1項により、同法119条所定の罰金刑を科することとし、被告人E、同I及び同Aについてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期等の範囲内で、被告人有限会社ドリーム及び同株式会社ファルコンをいずれも罰金30万円に、同株式会社キョウエイを罰金20万円に、被告人E及び同Aをいずれも懲役3月に、同Iを懲役4月に処し、情状により、刑法25条1項1号により、この裁判確定の日より、被告人E及び同Aについては各1年間、同Iについては2年間、右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑法181条1項但書により、これを被告人らに負担させない。
(情状)
一 被告人Eについて
 既に第1項で述べたごとく、同被告人はドンキーコング・ジュニアのコピー基板の複製行為に着手する以前から、死亡したW・Yが同様なテレビゲーム機のコピー物を無断作成して販売していることを知りつつ、同人の依頼を受けてこれを補佐してきたものであり、本件の犯行も計画的且つ大規模なものであるといわなければならない。ただ右犯行は、これも同項で指摘したように、Wを主犯とするものであって、被告人EはWから求められるままに、従たる役割を演じたものと解する。同被告人が被告人有限会社ドリームの代表者に就職したのもWの要請によるものであった。而して被告人有限会社ドリームは本件後程なくして倒産し、いまでは実質的に存在しないのに等しく、同Eもこの業界から離脱して平均的市民の生活に復していること、前科がないこと、本件の審判が予想以上の長期にわたることを余儀なくされたのは、被告人とは直接の係わり合いのない任天堂と池上との間の民事上の紛争の影響を受けたものであって、その間同Eの法的地位に生じた不安定には本件量刑上配慮すべきものがあること、侵害された著作権が結果的に映画の著作権のみであって、プログラムの著作権については著作権者を明らかにすることができなかったこと、その他の事情を右の刑の理由とした。
二 被告人I及び同Aについて
 右両被告人の共同関係は、刑事法的には、第3項に認定したとおりであるが、経済的ないし本件犯行に至った実質的側面では、両者の間において、被告人株式会社ファルコンを介して同Iが同Aないし同株式会社キョウエイに対してなした強力な管理支配が特徴的である。これによって、後2者は前者の1部門とその名目上の代表者の地位にあったということができる。ドンキーコング・ジュニアに先立つ幾つかのテレビゲームのコピー基板の無断製造、販売についても被告人Iと同Aとは共同してきたが、次第に同Iの経済的優越が意識されるようになり、両者の間に不協和音が生じていたものであるところ、本件は同Iがそのような状態を意に介することなく、ヒット商品のコピーと販売を強行し、同Aがこれに追随したものである。そうではあるが、両被告人とも反省の念を明らかにしており、同Iは現在でも当時と同じゲーム機業界に留まっているが、陳謝文を業界紙に掲載するなどして、改悛の情を認めることができる。その他、被告人Eについて述べたように、本件審判が長期化したこと、映画の著作権の侵害は明らかであるが、プログラムの著作権の侵害については著作権者の証明が存しないことなどが、右の各量刑の主たる事情である。
 
平成2年3月29日
大阪地方裁判所堺支部
 裁判官 橋本喜一
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