判例全文 line
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【事件名】タロットカード解説書無断翻訳事件
【年月日】平成元年10月6日
 東京地裁 昭和58年(ワ)第7597号 損害賠償請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 朝比奈新
同 酒井伸夫
被告 日本遊戯玩具株式会社
右代表者代表取締役 Y
被告 ニチユー株式会社
右代表者代表取締役 Y
右両名訴訟代理人弁護士 佐藤雅巳
同 水田耕一

 右当事者間の昭和58年(ワ)第7597号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。


主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して108万3550円及びこれに対する昭和58年8月18日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告日本遊戯玩具株式会社は、原告に対し、6万6450円及びこれに対する昭和58年8月18日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを9分し、その1を被告ら、その余を原告の各負担とする。
5 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、原告に対し、各自821万6985円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告日本遊戯玩具株式会社は、原告に対し、78万3015円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、欧米で人気が高い、いわゆる「タロット占法」に関する著名な著述家であり、別紙目録(1)及び(2)記載の英文による著作物(以下「本件著作物(1)」及び「同(2)」といい、両者を併せて「本件著作物」という。)を著作した者であって、現にその著作権者である。すなわち、本件著作物(1)は、1970年3月頃、アメリカ合衆国において、原告によって著作され、原告が代表者をしている訴外ユー・エス・ゲームズ・システムズ社(以下「システムズ社」という。)により、同国において、同年4月3日、発行されたものである(1970年4月13日付アメリカ合衆国著作権登録b`・140954)。また、本件著作物(2)は、タロット占法のカードの並べ方を説明した折畳み印刷物であって、1970年5月頃、アメリカ合衆国において、原告によって著作され、システムズ社により、同国において、同年6月8日に発行された・Tarot Fortune Telling Game・の一部である(1970年8月20日付アメリカ合衆国著作権登録aEA・・・・・・)。右著作物は、その後、折畳みシートとして本件著作物(1)とセットで、システムズ社から出版発売されている。
2 本件著作物は、アメリカ合衆国において、同国国民である原告によって1970年に著作され、発行されたものであるが、日本国及びアメリカ合衆国は、当時、いずれも万国著作権条約(昭和31年1月28日条約第1号、同年4月28日発効)に加盟していたので、同条約2条及び5条により、日本国内において保護を受け、また、改正万国著作権条約(昭和52年8月3日条約第5号、同年10月21日発効)2条及び5条により、現に日本国内において保護されるべきものである。
3 被告日本遊戯玩具株式会社(以下「被告日本遊戯」という。)及び被告ニチユー株式会社(以下「被告ニチユー」という。)は、いずれも玩具遊戯類の輸出入販売を業とする会社であり、実質的同一体としてその事業を営み、いずれも代表取締役は訴外Yである。
4(一) 本件著作物は、いずれも原告が著作権者である旨の表示がされており、また、被告日本遊戯は、右著作物を翻訳出版したい意向のもとに、昭和49年2月、原告に翻訳出版について照会状を送ったことから、両者間で交渉が進められたことがある。したがって、被告両名は、本件著作物が原告の著作になるものであることを熟知しており、本件著作物を翻訳して出版するには原告の同意を得たうえ、相当の翻訳権使用料を支払わなければならないことを認識していたものである。
(二) しかるに、被告らは、昭和49年頃から、原告に無断で、かつ、原告の氏名を表示せずに、・Tarot Fortune Telling Game・の題名で、本件著作物(1)のほぼ完全な翻訳本を、編者及び発行所を被告日本遊戯、発売元を被告ニチユーとして出版発売し、更に、昭和50年頃から、解説文は本件著作物(1)の内容の翻訳を使用し、絵は・TAROT CLASSIC・なる題名の原告の他の著作物のものを使用した書籍を、・TATOT CLASSIC・の題名で出版発売した(以下両者を併せて「翻訳版」という。)。被告らは、後記のとおり、被告らは、昭和50年2月頃、訴外Aに解説書の作成を依頼し、同訴外人の著作に係る解説書(以下「新版」という。)を作成、販売し、それ以後翻訳版の販売は行っていない旨主張するが、新版は、昭和57年以降に出版販売されたものであって、それ以前は翻訳版のみが出版販売されていたのである。
(三) また、被告らは、昭和49年頃から、原告に無断で、かつ、原告の氏名を表示せずに、本件著作物(2)を翻訳した折畳みシートを作成し、本件著作物(1)の翻訳版とセットにして出版販売してきた。
(四) 被告日本遊戯が昭和50年9月から同57年2月までの間に本件著作物(1)の翻訳版を販売した総数及びその内訳は、別紙「翻訳版販売明細」のとおりであって、その総数は6万2830冊、そのうち被告ニチユーを経由して販売した数は5万3555冊、非経由分は9275冊である。また、その小売価格は1冊500円である。
 次に、本件著作物(2)の翻訳である折畳みシートの販売数は、タロットセットの一部として販売されているので、別紙「翻訳版販売明細」のうちセット販売数の内訳と同数であり、総数は5万4730枚、そのうち被告ニチユー経由分は4万8904枚、非経由分は5826枚となる。
5 本件著作物(1)及び(2)の翻訳権使用料として原告が通常受ける額は、次のとおりであり、原告は、被告日本遊戯が原告に対してその著作物の翻訳に関して意見を求めてきたときに、右額を回答している。
 本件著作物(1)について
  第1刷分
  小売価格の10パーセントの金額
  次の500冊
  小売価格の12.5パーセントの金額
  以後
  小売価格の15パーセントの金額
 本件著作物(2)について
  1枚当り15円
6 被告らの前記行為により、著作物(1)に関して原告が被った損害は、以下のとおりである。
(一) 著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害
(1) 被告ら両名について
 被告ニチユーを経由して販売された5万3555冊分については、被告両名による損害であり、その合計は、次のとおりである。
ア 第1刷分の使用料相当額 100万円
 第1刷発行部数は2万冊であるから、2万(冊)×500(円)×0.1(10%)=100万(円)
イ 続く5000冊分の使用料相当額 31万2500円
 5000(冊)×500(円)×0.125(12.5%)=31万2500(円)
ウ 残り2万8555冊分の使用料相当額 214万1625円
 2万8555(冊)×500(円)×0.15(15%)=214万1625(円)
(2) 被告日本遊戯について
 被告ニチユーを経由しない9275冊については、被告日本遊戯単独による損害である。
 9275(冊)×500(円)×0.15(15%)=69万5625(円)
(二) 著作財産権侵害による慰謝料 200万円
 被告らは、昭和49年頃から故意に著作財産権を侵害し、原告からの度重なる警告、ロイヤルティ請求をも無視し、Aなる人物の名を借りて侵害行為を隠蔽しようと企図してきた。その行為の態様は、極めて悪質であり、右著作財産権侵害行為によって精神的損害をも被ったものであるところ、これを金銭で評価すれば、200万円を下ることはない。
(三) 著作者人格権侵害による慰謝料 150万円
 被告らは、本件著作物(1)の翻訳出版をなすに当たり、原著作者である原告の氏名を1回たりとも表示したことがなく、原告の氏名表示権を侵害した。また、被告らは、本件著作物(1)のほぼ完全な翻訳物を出版したほかに、翻訳版の題号を、原告の別の著作物である・TAROT CLASSIC・の題号に変更したものをも出版販売したが、・TAROT CLASSIC・は、本来、全く別種類のカードであって、解説内容も異なるものであり、被告らの右行為は、原告の同一性保持権を侵害するものである。被告らのかかる違法な行為は、昭和48年頃から何ら改善されないまま今日に至っており、原告の被った精神的損害は、甚大であり、これを金銭に評価すれば、150万円を下るものではない。
7 被告らの前記行為により、本件著作物(2)に関して原告が被った損害は、以下のとおりである。
(一) 著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害
(1) 被告ら両名について 73万3560円
 被告ニチユーを経由して販売された4万8904枚については、被告両名による損害である。
  4万8904(枚)×15(円)=73万3560(円)
(2) 被告日本遊戯について 8万7390円
 被告ニチユーを経由しない5826枚については、被告日本遊戯単独による損害である。
  5826(枚)×15(円)=8万7390(円)
(二) 著作財産権侵害による慰謝料 30万円
 本件著作物(1)についてと同様の理由により、現時点で精神的損害を金銭に評価すれば、30万円を下るものではない。
(三) 著作者人格権侵害による慰謝料 22万9300円
 被告らは、本件著作物(2)の翻訳出版をなすに当たり、原著作者である原告の氏名を何ら表示せずに、更に、題号も「タロット フォーチュン テリング ゲーム」に変更したものであって、原告の氏名権表示及び同一性保持権を侵害するものである。被告らのかかる違法な行為は、昭和48年頃から何ら改善されないまま今日に至っており、原告の被った精神的損害は、甚大であり、これを金銭に評価すれば、22万9300円を下るものではない。
8 被告らは、原告の許諾を得ずに何らの権限もなく、本件著作物(1)の翻訳版及び本件著作物(2)の翻訳である折畳みシートを出版し、又は販売したものであるから、それぞれ6(一)及び7(一)に記載のとおりの著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を支払うべきところ、悪意でこれを免れ、右同額の利益を受けたものである。したがって、被告らは、原告に対し、各自右同額の不当利得返還義務があり、被告ニチユーを経由して販売された範囲内においては、右被告らの返還債務は、不可分債務の性質を有する。また、著作財産権及び著作者人格権侵害による慰謝料請求については、被告らの共同不法行為によるものであるから、被告らは、連帯してその賠償の責に任ずべきである。
9 よって、原告は、被告両名に対し、各自821万6985円、被告日本遊戯に対し、78万3015円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1、2の事実は知らない。
2 同3の事実は、被告両名が実質的同一体としてその事業を営んでいるとの点を除いて認める。被告日本遊戯と被告ニチユーとは、別法人であり、被告日本遊戯は遊戯玩具を輸入し、被告ニチユーは右輸入した遊戯玩具の販売を行っている。
3 同4(一)の事実のうち、本件著作物(2)に原告が著作権者として表示されていることは認めるが、その余の事実は否認する。なお、被告日本遊戯は、昭和49年2月、原告に対し、原告のタロット占法に関する本の翻訳出版について照会状を送ったことはあるが、その照会に係る著作物は、本件著作物ではない。
 同4(二)の事実は、翻訳版の作成販売時期を除いて認める。
 被告日本遊戯は、訴外エー・ジー・ミュラー社(以下「ミュラー社」という。)の勧めにより、・Tarot Fortune Telling Game・の題名で本件著作物(1)の日本語版を作成し、昭和47年頃から被告ニチユーを通じてタロットカードとセットで販売してきた。また、被告らは、昭和47年頃以降、ミュラー社から、クラシックという種類のタロットカード(以下「クラシック」という)。のカードを輸入、販売していたが、昭和50年初め頃、右カードをその解説文とセットで販売することを思い立ち、本件著作物(1)の解説文を使用して・Tarot Classic・の表題の解説書を作成し、これを「クラシック」のカードとセットで販売を開始した。なお、本件著作物(1)は、1JJという種類のタロットカード(以下「1JJ」という。)の説明書であるが、「1JJ」と「クラシック」とは、カードの絵柄は異なるが、使用方法は同じであるから、解説は同じもので足りるのである。しかるに、被告らは、昭和50年2月頃、ミュラー社のB氏から、独自に日本語の解説書を作成して販売するほうがよいといわれたため、その頃、訴外Aに解説書の作成を依頼し、同訴外人の著作に係る解説書(新版)を作成し販売した。被告らは、同時に、翻訳版の回収をし、以後翻訳版の販売は行っていない。
 同4(三)、(四)の事実は否認する。
4 同5の事実のうち、被告日本遊戯が原告の著作物の翻訳に関して原告に意見を求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。
5 同6の事実は否認する。なお、本件著作物(1)の翻訳版の小売価格は、昭和50年当時、1冊300円である。
6 同7、8の事実は否認する。
三 被告らの主張
1 被告日本遊戯による本件著作物(1)の翻訳は、次に述べるとおり、原告の授権又は慣行に基づく適法なものである。
 ミュラー社は、遊戯用カードの印刷及び輸出会社であって、原告が代表者であるシステムズ社の発注を受けて遊戯用カードの印刷をし、本件著作物(1)及びこれとセットで販売されているタロットのカードを輸出している。右両社の関係からすると、ミュラー社は、システムズ社から発注を受けて印刷したタロットのカードの輸出に際しては、原告の著作に係るタロットカードの説明書について、カードの輸入者が輸入国の言語に翻訳してカードとセットで販売することを許諾する権限を、システムズ社を通じて原告から与えられていたものというべきである。また、被告日本遊戯は、ミュラー社からタロットカードを輸入していたところ、昭和47年2月頃、同社から、カードと本件著作物(1)がセットになった商品の見本を示され、本件著作物(1)の日本語版とカードをセットにして販売することを勧められ、これに従い、本件著作物(1)の日本語版を作成したものである。したがって、被告日本遊戯の右翻訳は、原告から授権を受けたミュラー社の許諾に基づくものであり、適法なものである。
 仮に、原告の許諾が認められないとしても、一般に、輸入遊戯玩具の使用説明書が外国語の場合、当該玩具の販売のため使用説明書を翻訳して日本語版を作成するについては、著作権者の許諾を得たり、使用料を支払ったりする必要はないというのが業界の慣行であるところ、本件著作物(1)はタロット占い法の使用説明書であって、これを翻訳した日本語版は、タロットカードの使用説明書として玩具の販売ルートを通じて販売されているのであるから、その翻訳販売は、原告の許諾がなくとも適法なものである。
2 本件著作物(1)の氏名表示権について
 本件著作物(1)は、同書とセットで販売されているタロットカードの使用説明書であって、小説等の通常の著作物とその性質を異にする一種の販売促進材の性質を有するものである。商品の使用説明書を商品に添付して頒布する場合、当該説明書の著作者名や翻訳者名を表示しないことは、世情普通に行われている。したがって、被告日本遊戯は、本件著作物(1)について、翻訳版を作成し、頒布するに際し、原告の原著作者としての氏名表示を省略することを適法に行うことができたものである。
3 本件著作物(1)の同一性保持権について
 本件著作物(1)は、ミュラー社の販売するタロットカードである「1JJ」というカードの使用説明書である。ミュラー社は、タロットカードである「クラシック」というカードも販売していた。被告日本遊戯は、その双方のカードを同社から輸入し、被告ニチユーはこれを販売していた。「1JJ」も「クラシック」も、いずれもタロットカードであって、絵柄の違いに基づき絵柄の説明部分にわずかな相違はあっても、カードの意味や並べ方は同じである。被告日本遊戯は、ミュラー社の勧めにより、本件著作物(1)の翻訳版を作成し、同社から輸入した「1JJ」のカードとセットで被告ニチユーに交付したものであるが、被告日本遊戯は、「クラシック」のカードもミュラー社から輸入していたので、題号のみを・Tarot Classic・に変えたものを作成し、これを「クラシック」のカードとセットで被告ニチユーに交付し、被告ニチユーはこれを玩具の卸や販売店に頒布したものである。したがって、題号の改変により、仮に原告に損害が生じたとしても、それは、極めて軽微である。
4 本件著作物(2)の著作物性について
 本件著作物(2)は、タロット占いにおけるカードの展開法の一つである十字占い法に用いるシートである。この十字占い法は、古代から行われており、使用カードの枚数、使用カードを置く位置、置く順序、置く位置の有する意味は定まっており、本件著作物(2)中の記載及び被告らの販売に係る折畳みシート中の記載と同一又は類似の記載例は、枚挙にいとまがない。したがって、本件著作物(2)に著作物性が認められるかは疑問であり、仮に、原告が、本件著作物(2)を著作したとしても、それにより著作権を取得するとは直ちにいえない。
5 時効の抗弁
 仮に被告らが原告の著作権を侵害したものであるとしても、原告は、右侵害の事実を遅くとも昭和53年には知っていたから、本件訴状提出3年以上前の不法行為に基づく損害賠償請求権については時効が完成しており、被告らは、右時効を援用する。
四 被告らの主張に対する原告の反論
1 被告らの主張1ないし4は否認する。
2 時効の抗弁について
 原告は、被告らに対し、昭和57年12月8日付内容証明郵便によって、著作権侵害に基づく損害賠償請求をしたところ、被告らは、同58年1月27日付内容証明郵便によって、検討中との理由で回答の猶予を求めたものであるから、民法153条に定める6ヶ月の期間は、同月28日から起算されることになる。しかるところ、本訴提起は、昭和58年2月21日であるから、同年1月28日に消滅時効は中断したものである。
五 原告の反論2に対する被告らの認否
 原告が、被告日本遊戯に対し、原告主張のとおり損害賠償請求をし、被告日本遊戯が回答の猶予を求めたことは認めるが、その余は否認する。
第3 証拠関係
 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
一 成立に争いのない甲第1号証、第6号証、第23ないし25号証、第26号証の1、2、第27、28号証、第30号証の1ないし7、乙第15号証、その方式及び趣旨により外国の官庁又は公署の作成に係るものと認められる部分は真正に成立したものと推定され、同部分によりその余の部分について真正に成立したものと認められる甲第29号証、同号証により真正に成立したものと認められる甲第2、第3、第5及び第7号証、証人Cの証言及び被告ら代表者尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。
1 原告は、欧米で人気が高い、いわゆる「タロット占法」に関する著名な著述家である。本件著作物(1)は、スイスのミュラー社により作製されている「1JJ」の使用法に関する著作であり、1970年3月、アメリカ合衆国において、原告により著作され、原告が代表者をしているシステムズ社からハードカバーの本として出版公表され、同年6月には、ソフトカバー版も出版された。また、本件著作物(2)は、タロット占法のカードの並べ方を説明した折畳みシートであり、1970年、原告により著作され、システムズ社により同年出版公表された・Tarot Fortune Telling Game・の一部として発行及び公表され、その後、折畳みシートとして本件著作物(1)とセットで、システムズ社から出版発売されている。なお、このほかに、原告には、「クラシック」に関する・TAROT CLASSIC・という題号の著作がある。
2 被告日本遊戯は、昭和25年に設立された、遊戯玩具の輸入を業とする会社であり、被告ニチユーは、被告日本遊戯が輸入した遊戯玩具の国内における販売を目的として昭和42年に設立された会社であり、両被告の代表取締役は、訴外Yが兼ねている。また、ミュラー社は、遊戯用カードの印刷及び輸出会社であり、原告が代表者であるシステムズ社は、同社自身のデザインした遊戯用カードの印刷をミュラー社に発注している。ところで、被告日本遊戯は、昭和46年頃、ミュラー社からトランプ、タロットカード、ゲーム類の輸入を開始したが、取引開始に当たり、タロットカード、本件著作物(1)のソフトカバー版及び本件著作物(2)の折畳みシートをセットでサンプルとしてミュラー社から提供された。なお、本件著作物(1)のソフトカバー版及び本件著作物(2)には、著作者として原告の氏名が表示されていた。
3 被告日本遊戯代表者は、昭和46年3月4日付で、ミュラー社に対し、タロットカードの供給及びゲームをはやらせるための小冊子の翻訳が可能か否かを問い合わせたところ、ミュラー社は、同被告の手紙の写しを原告に送付した。これにより、被告日本遊戯が原告の著作物の出版に関心を有していることを知った原告は、同年3月23日付で、同被告に対し、1冊につきいくらという決め方のロイヤルティの支払いを条件に本件著作物(1)を出版する権利を許諾するつもりがあること及びヨーロッパの市場では1冊につき25米セントのロイヤルティを受けている旨を連絡し、原告の著作物の出版に興味があるかを同被告に尋ねたが、返答はなかった。
4 被告らは、ミュラー社から輸入したタロットカードを解説書とセットにして販売することを計画し、取引開始時にサンプルとしてミュラー社から提供された原告の本件著作物(1)を訴外Cらに翻訳させ、・Tarot Fortune Telling Game・の題名で、本件著作物(1)のほぼ完全な翻訳本を、編者及び発行所を被告日本遊戯、発売元を被告ニチユーとして、本件著作物(1)の著作者である原告の氏名を表示することなしに、昭和47年頃から、その小売価格を1冊500円として出版発売し、ミュラー社から輸入した「1JJ」とセットであるいは書籍単独で販売した。右販売に当たっては、被告日本遊戯は、そのほとんどを被告ニチユーを経由して販売したが、一部は被告ニチユーを経由せずに販売している。
5 被告日本遊戯は、ミュラー社から、タロットカードとして、「1JJ」以外に、「クラシック」も輸入していたが、これら2種のカードは、図柄は異なるものの、各カードの持つ意味、遊び方等にはあまり違いがないため、被告らは、本来は、「1JJ」のカードに関する解説書である原告の本件著作物(1)の解説を、「クラシック」の解説にも利用しようと考え、前記翻訳版の図版(「1JJ」の図柄のもの)を、「クラシック」の図柄の図版に差し替え、解説文はそのままとし、題名を・TAROT CLASSIC・とする書籍を、編者及び発行所を被告日本遊戯、発売元を被告ニチユーとして、本件著作物(1)の著作者である原告の氏名を表示することなしに、昭和50年初め頃、その小売価格を1冊500円として出版発売し、タロットクラシックのカードとセットであるいは書籍単独で販売した。右販売に当たっては、被告日本遊戯は、そのほとんどを被告ニチユーを経由して販売したが、一部は被告ニチユーを経由せずに販売している(4及び5の翻訳本及び書籍は、事実摘示にいう「翻訳版」に該当する。)。
6 なお、被告日本遊戯は、昭和50年頃、前記翻訳版とは異なる、タロットカードの解説文を作成し、「1JJ」の図柄の図版と組み合わせたものを・Tarot Fortune Telling Game・の題名で、また、「クラシック」の図柄の図版と組み合わせたものを・TAROT・CLASSIC・の題名で、いずれも監修者を訴外A、編者及び発行所を被告日本遊戯、発売元を被告ニチユーとして出版発売した(これらは、事実摘示にいう「新版」に該当する。)。
7 また、被告日本遊戯は、ミュラー社からサンプルとして提供を受けた本件著作物(2)を翻訳した折畳みシート(甲第27号証)を作成し、被告ニチユーを通じ、又は通じないで「1JJ」及び「クラシック」とカードとセットにして販売した。右折畳みシートには、本件著作物(2)の著作者である原告の氏名は表示されていない。
8 原告は、昭和49年2月1日付の手紙で、被告日本遊戯代表者に対し、同被告代表者が原告の著書を日本語に翻訳したと聞いたことを伝え、原告と同被告代表者との間には契約がなされていないことを注意し、翻訳の事実の有無を尋ねた。それに対して、同被告代表者は、同年2月14日付の手紙で、翻訳の事実を否定し、逆に、原告の書物の翻訳についての原告の意見を尋ねた。原告は、この問合せに対し、同年3月7日付の手紙で、翻訳出版の使用料を次のとおり回答した。
 本件著作物(1)について
  第1刷分
  小売価格の10パーセントの金額
  次の5000冊
  小売価格の12.5パーセントの金額
  以後
  小売価格の15パーセントの金領
  リーフレット1枚について 1枚当たり15円
 右の使用料率は、原告と、本件著作物(1)についてイギリスにおける英語版の独占的出版権を与えた訴外ライゲル・プレス・リミテッド社との間のライセンス契約において認められている率である。
9 被告日本遊戯代表者は、昭和50年3月、ニューヨークのシステムズ社を訪れ、原告と面会したが、その際、原告は、同被告代表者に対し、原告の著作物を不当に使用していることを指摘し、速やかに出版を中止し、決算書を提出するように求めたが、同被告代表者は、明確な返答を避けた。その後も、原告は、数回にわたり、同被告代表者に対し、許可なく著作物を出版したことを非難し、計算書を要求したが、同被告代表者は、要求に応じようとしなかった。
 以上認定の事実によれば、本件著作物は、いずれも万国著作権条約の締約国であるアメリカ合衆国において最初に発行された著作物であるから、同条約及び著作権法6条3号の規定により同法の保護を受けるものであるところ、被告らは、本件著作物が原告の著作に係るものであり、その翻訳出版には原告の許諾が必要であることを認識しながら、これを翻訳し、かつ、本件著作物の著作者である原告の氏名を表示することなく、発行所を被告日本遊戯、発売元を被告ニチユーとして出版販売したものである。
二 翻訳の許諾等の主張について
(一) 被告らは、本件著作物(1)の翻訳出版は、原告から授権を受けたミュラー社の許諾に基づくものであると主張し、被告ら代表者は、被告ら代表者尋問において、ミュラー社のB氏から本件著作物(1)の翻訳出版の許諾を受けた旨供述している。しかしながら、前認定のとおり、ミュラー社は、原告に対し、原告の著作物について日本で出版することを問い合わせた被告日本遊戯の手紙の写しを送付し、以後、原告と被告日本遊戯との間において、翻訳についての交渉がなされていること、原告は、ミュラー社にそのような授権をしていない旨宣誓供述していること(甲第29号証)、また、前掲甲第29号証により真正に成立したものと認められる甲第13号証によれば、ミュラー社は、被告日本遊戯に対して本件著作物(1)の翻訳を許可したことはないと述べていること等の事実に照らすと、右被告ら代表者の供述は、にわかに措信し難いものというべきである。
 なお、甲第10及び第12号証(いずれも原告からミュラー社のB氏あての書簡)には、ミュラー社のB氏が被告日本遊戯に対して翻訳の許可を与えたとの記載があるが、成立に争いのない乙第12号証、前掲甲第29号証及び同号証により真正に成立したものと認められる甲第10、第12、第13号証によれば、ミュラー社が被告日本遊戯に対して日本語で発行することを許可したのは、乙第12号証の小冊子についてであって、本件著作物(1)についてではないことが認められるから、右甲第10、第12号証により、前記被告らの主張事実を認めることはできず、他に右主張事実を認めるべき証拠は存在しない。
 したがって、被告らの右主張は、採用するとができない。
(二) 次に、被告らは、一般に、輸入遊戯玩具の使用説明書が外国語の場合、当該玩具の販売のため使用説明書を翻訳して日本語版を作成するについては、著作権者の許諾を得たり、使用料を支払ったりする必要はないというのが業界の慣行であると主張し、証人C及び被告ら代表者は、これに添う供述をしている。しかしながら、前認定の事実によれば、本件著作物(1)は、当初はハードカバー版として出版されているのであって、単なるカードの使用説明書ではないうえ、被告日本遊戯は、日本語版出版についてミュラー社及び原告に対して問合せを行い、翻訳出版の交渉をしており、右交渉において、原告は、被告日本遊戯に対し、本件著作物(1)について、ロイヤルティの支払いを条件に翻訳出版を許諾する旨を明示的に通知しているのである。前記の証人C及び被告ら代表者の各供述によっても、このようにハードカバー版としても出版されている著作物について、明示的な著作権者の意思に反して使用料の支払いなしに翻訳出版することができるとの慣行の存在を認めることは到底できず、他にそのような慣行の存在を認めるに足りる証拠は存しないから、被告らの右主張も、採用の限りでない。
三 被告らの出版販売の時期及び数量
 被告らは、新版を昭和50年に発行し、その頃、翻訳版は回収したと主張し、被告ら代表者は、これに添う供述をしている。しかし、前掲甲第25号証は、・Tarot Fortune Telling Game・と題する、本件著作物(1)の翻訳本であるが、同号証によれば、その発行年月日は1978年(昭和53年)9月20日第11版であることが認められ、また、前掲甲28号証は、・TAROT CLASSIC・と題する、本件著作物(1)の解説文に「クラシック」の図版を組み合わせた書籍であるが、同号証によれば、その発行年月日は1980年(昭和55年)4月1日第8版であることが認められる。ところで、販売時点よりも相当先の日付の奥付を印刷した書籍(カードの解説書も含め)が流通に置かれることは通常考えられないから、これらの書籍の存在からしても、翻訳版を回収したとの被告ら代表者の供述は、採用することができない。この点に関して、被告ら代表者は、これらの書籍を印刷する際には、販売時点で発行日付が古くならないように、何回かに分けて、先日付を発行日付として印刷したものであって、昭和50年以降に印刷したものではないと供述し、印刷に当たった証人Dも同旨の証言をしている。しかし、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第18号証の1及び2によれば、昭和49年8月30日に翻訳版を7000部発注し、次いで、同年10月28日にやはり7000部発注していることが認められる。また、被告ら代表者は、翻訳版を最初はどのくらいの部数を印刷しているかとの問いに対し、「48年ごろは、刷りましたね。」、「2、3万ぐらいと思いますね。」と答えており、これと、証人Dの3000冊とか5000冊単位で印刷し納品したとの証言を併せ考慮すると、比較的短期間のうちに3000冊ないし5000冊単位で印刷を発注していたものと認められるところであって、このように短期間に何回も発注するのであれば、先日付にする必要性はないはずであり、したがって、右証人D及び被告ら代表者の各供述も採用することができない。したがって、翻訳版を昭和50年に回収したとの被告らの主張は、採用するに由なく、結局、翻訳版は、昭和55年4月から相当期間が経過するまでは販売されていたものと認められる。
 なお、原告は、訴外A監修の新版は、昭和57年以降に出版販売されたものであって、それ以前は翻訳版のみが出版販売されていた旨主張し、証人A´(A)の証言中には、被告日本遊戯に資料を渡したのは昭和57年頃である旨の供述部分が存在する。しかしながら、前掲甲第26号証の2は、・TAROT CLASSIC・と題する、「クラシック」の図版に新版の説明を組み合わせた書籍であるが、同号証によれば、その発行年月日は、1975年(昭和50年)8月10日改〈「改」は「出」の誤り?〉版であることが認められ、また、前掲乙第15号証及び甲第26号証の1は、・Tarot Fortune Telling Game・と題する、「1JJ」の図版に新版の解説を組み合わせた書籍であるが、同号証によれば、その発行年月日は、乙第15号証は1976年(昭和51年)10月15日第8版、甲第26号証の1は1977年(昭和52年)4月20日であることが認められる。右認定の事実によると、昭和50年以降、新版が出版販売されていたことは、間違いないものというべきである。なお、これらの書籍が、後に発行日を遡らせて印刷されたものであるとの事実を認めるべき証拠は存しない。
 してみると、昭和50年以降は、被告日本遊戯により、(1)・Tarot Fortune Telling Game・ の表題で「1JJ」の図版に翻訳の解説文、(2)・TAROT CLASSIC・の表題で「クラシック」の図版に翻訳の解説文、(3)・Tarot Fortune Telling Game・の表題で「1JJ」の図版にA監修の解説文、(4)・TAROT CLASSIC・の表題で「クラシック」の図版にA監修の解説文、の4種類の書籍が出版販売されていたものと認められる。このうち、(1)及び(2)は、本件著作物(1)の翻訳版であり、(3)及び(4)は、新版である。
 前掲甲第30号証の1ないし7によれば、被告日本遊戯は、昭和50年9月から同57年2月までの間に、・Tarot Fortune Telling Game・及び・TAROT CLASSIC・の表題の本を、本単独で又はタロットカードとセットで、別紙「翻訳版販売明細」のとおり販売したこと、その総数は6万2830冊、そのうち被告ニチユーを経由して販売した数は5万3555冊、非経由分は9275冊であることが認められる。しかし、前述のとおり、この期間には、翻訳版及び新版の両者が販売されているところ、甲第30号証の1ないし7の帳簿には、いずれの版であるかについて記載されていないので、同号証によっては販売された翻訳版の冊数を知ることができない。
 ところで、前認定の事実によると、前掲甲第25号証の翻訳本の発行年月日は1978年(昭和53年)9月20日第11版であり、前掲甲28号証の翻訳本の発行年月日は1980年(昭和55年)4月1日第8版であるというのであるから、いずれもその頃印刷されたものと認めるのが相当である。そして、右各号証によれば、甲第25号証の翻訳本の表題は・Tarot Fortune Telling Game・であり、図版は「1JJ」のものであるのに対し、甲第28号証の翻訳本の表題は・TAROT CLASSIC・であり、図版は「クラシック」のものであることが認められる。更に、甲第25号証の翻訳本の版数が11版であるのに対し、発行日付の遅い甲第28号証の翻訳本のほうが版数が8版となっていることからすると、甲第25号証の翻訳本と甲第28号証の翻訳本が同時に印刷されたものとは考えられないから、昭和50年9月以降に、被告日本遊戯は、少なくとも、甲第25号証の翻訳本及び甲第28号証の翻訳本の2回は翻訳版を印刷しているものと認められる。
 証人Dの証言によれば、印刷する時には少なくとも3000冊から5000冊を印刷したことが認められるから、被告日本遊戯は、昭和50年9月以降に、少なくとも6000冊以上の翻訳版を印刷し、販売したものと認められる。
四 本件著作物(1)の複製による損害
(一) したがって、原告は、被告日本遊戯の右複製により、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被り、被告日本遊戯は、法律上の原因なく右同額の利得を得ているものである。そこで、右の額について検討するに、原告の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する金銭の額は、前認定の翻訳出版の使用料をもって相当と認められるところ、前認定の印刷時期及び版数によれば、右6000冊は、第1刷及びその次の5000冊を印刷した後の発行部数であると認められるから、右6000冊の出版販売について被告日本遊戯が支払うべき翻訳出版の使用料の額は、小売価格の15パーセント相当額である。そして、1冊の小売価格は、前認定のとおり500円であるから、その額は、500(円)×0.15×6000(冊)=450000(円)となる。
 ところで、前認定のとおり、被告日本遊戯は、翻訳版、新版ともにその大部分を被告ニチユーを通じて販売しているところ、被告日本遊戯が昭和50年9月から同57年2月までの間に本件著作物(1)の翻訳版及び新版を販売した総数は、6万2830冊、そのうち被告ニチユーを経由して販売した数は、5万3555冊であるから、右に認定した6000冊についてもその割合で被告ニチユーを経由して販売したものと認めるのが相当であり、右割合に従って計算すると、被告ニチユーを経由して販売した冊数は、5114冊となる。したがって、右冊数について支払うべき翻訳出版の使用料の額は500(円)×0.15×5114(冊)=383550(円)となる。
 ところで、前認定のように出版物自体に、発行所を被告日本遊戯、発行元を被告ニチユーと表示し、実際にも両者が共同して出版販売している事実関係の下においては、少なくとも共同して販売している部分については、両者は、それぞれ右使用料の支払義務があるものというべきであるから、その支払いを免れたことによる不当利得の額も、それぞれが支払うべき金額の全額について不当に利得したものというべきであり、そして、この各自の不当利得返還債務は、連帯債務の関係に立つものと解するのが相当である。
 したがって、不当利得金の返還として、被告日本遊戯は、原告に対し、45万円の支払義務があり、また被告ニチユーは、38万3550円の支払義務があるところ、右38万3550円の限度において連帯債務となる。
(二) 原告は、著作財産権の侵害を理由に慰謝料の請求をしているが、財産権の侵害に基づく慰謝料を請求し得るためには、侵害された財産権が当該被害者にとって特別の精神的価値を有し、そのため、単に侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは到底償い難い程の甚大な精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情がなければならないものと解されるところ、本件において、そのような特段の事情を認めるに足る証拠は存在しないから、右請求を認めることはできない。
五 本件著作物(1)の著作者人格権侵害について
(一) 前認定のとおり、本件著作物(1)の翻訳版には本件著作物(1)の著作者である原告の氏名は表示されていないところ、被告らは、本件著作物(1)はタロットカードの使用説明書であるから、その翻訳版の作成、頒布に当たって、原告の原著作者としての氏名表示を省略することは適法である旨主張している。しかしながら、前認定のとおり、本件著作物(1)は、ハードカバーとしても出版されたものであって、単なるタロットカードの使用説明書ということはできず、また、前認定のとおり「1JJ」とセットとなっている本件著作物(1)のソフトカバー版にも原告が著作者である旨表示されており、したがって、本件著作物(1)の翻訳版の作成、頒布について氏名表示の省略は適法であるとの被告らの右主張は、採用の限りでない。
(二) 前認定のとおり、被告日本遊戯は、本件著作物(1)の図版(「1JJ」の図柄のもの)を、「クラシック」の図柄の図版に差し替え、解説文は翻訳文をそのまま使用し、題名を・TAROT CLASSIC・とする書籍を出版販売した。本件著作物(1)は、本来、「1JJ」という種類のタロットカードに関する解説書であり、タロットクラシックは、タロットカードではあるが、用いられている図柄は、「1JJ」とは異なるから、「1JJ」の解説を「クラシック」の解説に流用した場合には、図柄に関する細かい説明等について、図版の絵と解説文に食い違いが生ずる場合のあることは避け難いのであり、図版及び題号を変更することは、原告の本件著作物(1)について有する著作者人格権(同一性保持権)を侵害するものというべきである。また、前認定の事実によると、原告には、「クラシック」に関する解説書である・TAROT CLASSIC・なる著作が別にあるのであるから、「1JJ」に関する原告の解説文を「クラシック」の図柄に対する解説文とした・TAROT CLASSIC・という題号の書籍を出版されることは、原告にとって、タロット占法の著述家としての名声にも影響するものというべきであって、右同一性保持権の侵害による原告の損害は、大きなものというべきである。
(三) なお、前認定のとおり、被告らは、昭和55年4月1日第8版の・TAROT CLASSIC・を出版販売しており、右販売行為は、同年7月21日以後にも行われていることは明らかであるから、被告らによる著作物(1)についての氏名表示権及び同一性保持権の侵害行為は、原告が本訴を提起した昭和58年7月21日前3年内に行われており、したがって、同行為に基づく損害賠償請求権については、被告ら主張の消滅時効は完成していない。
(四) 以上のとおり、本件著作物(1)に関し、被告らは、共同して、原告の氏名表示権及び同一性保持権を侵害しており、その侵害の態様等を考慮すると、原告がこれにより被った損害を慰謝するには、50万円が相当である。したがって、被告らは、共同不法行為による損害賠償として、50万円の連帯支払いの義務があることになる。
六 本件著作物(2)の著作物性及び翻訳について
1 前掲甲第24号証によれば、本件著作物(2)は、タロット占いの方法を解説した折畳みシートであり、シートに大きくカード10枚の配置の仕方を表示し、各カードごとに、そのカードの表している意味を簡潔に記載し、シートの下方の囲み欄にカードの並べ方、占い方を解説したものであることが認められる。ところで、被告らは、右シートは、古代から行われているタロット占いにおける十字占法によるカードの展開法の解説であって同シートの記載と同一又は類似の記載例は枚挙にいとまがなく、仮に、原告が、本件著作物(2)を著作したとしても、それにより著作権を取得するとは直ちにいえない旨主張する。そこで、審案するに、成立に争いのない乙第3、第4号証、第5ないし第10号証の各1ないし3によれば、従前、タロット占いの著書が多数出版されていることが認められ、これらの著書と前掲甲第24号証の本件著作物(2)とを比較すると、なるほど両者のカードの配置はほとんど同一であり、また、カードの持つ意味等にもさしたる相違は見られないが、その表現は、それぞれ異なり、また、カードの並べ方、占い方、カードの解釈の仕方等についても、説明の長短、ニュアンスの差があり、内容的にも相当の違いがあることが認められる。しかも、本件著作物(2)のように、シート状にしてその全面にカードの配置を示し、各カードの脇にそのカードのもつ意味を解説し、同時に、シートにカードの並べ方、占いの仕方を記載したものは、従前のタロット占いの著書には見られず、また、両者の解説の表現についても相違するのであって、これらの点において、本件著作物(2)の表現には創作性が認められるところであるから、従前のタロット占いの著書の存在は、本件著作物(2)に著作物性を認める妨げとなるものではない。
2 次に、被告日本遊戯が作成した折畳みシート(甲第27号証)と本件著作物(2)とを比較すると、同被告作成の折畳みシートのカードbP、2、5、7ないし10の解説部分は、本件著作物(2)の解説部分の抄訳であり、カードbUの解説部分は、ほぼ直訳、カードbSの解説部分は、部分的に翻訳し、若干解説を追加しており、また、シート左下部の「大アルカナカードの並べ方」の部分は、本件著作物(2)の該当部〈「分」が脱落?〉と大意は同じであり、細かい部分において省略、言い換え等がなされており、また、シート中央下部の「カードのひらき方」の部分は、部分的に翻訳と思われる箇所もあるが、相違している部分が多いことが認められる。右認定の事実によると、両者は、部分的に相違する箇所もあるが、全体としてみると、同被告作成の折畳みシートは、本件著作物(2)に依拠して作成されたものと認めるのが相当である。
七 本件著作物(2)の著作財産権及び著作者人格権侵害に基づく請求について
1 原告は、本件著作物(2)の翻訳権使用料は、1枚当たり15円であると主張し、前掲甲第7号証によれば、原告は、被告日本遊戯に対し、リーフレット1枚について15円の翻訳権使用料を請求したことが認められる。しかしながら、右のリーフレットが本件著作物(2)を指すものかどうか必ずしも明確ではなく、また、前記認定のとおり、原告は、同被告に対し、乙第12号証の小冊子(16ページ)については無償で翻訳しカードと一緒に販売することを承諾しているところ、本件著作物(2)が折畳みシートであって、カードと一緒に販売される性質のものであること、その内容も、乙第12号証の小冊子より更に簡略なものであることを考慮すると、前記甲7号証を根拠に、本件著作物(2)の翻訳権使用料が1枚当たり15円であると認めることはできず、他に本件著作物(2)について翻訳権使用料の額を認めるに足りる証拠は存在しない。
 したがって、本件著作物(2)について、著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額の支払いを免れたことを理由とする原告の不当利得金返還請求は、肯認することができない。
2 原告は、本件著作物(2)の著作財産権侵害を理由とする慰謝料の請求をしているが、本件著作物(2)についても、侵害された財産権が当該被害者にとって特別の精神的価値を有し、そのため、単に侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは到底償い難い程の甚大な精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情を認めるに足る証拠は存在しないから、右請求は理由がない。
3 前認定の事実によると、甲第27号証の折畳みシートは、被告日本遊戯が、本件著作物(2)に依拠して作成し、被告ニチユーを通じ、又は通じないで「1JJ」及び「クラシック」のカードとセットにして販売したものであるところ、右折畳みシートには、本件著作物(2)の著作者である原告の氏名は表示されておらず、また、右折畳みシートは、本件著作物(2)を一部改変したものであるから、少なくとも被告ニチユーを通じて販売した行為については、被告らは、共同して、原告が本件著作物(2)について有する氏名表示権及び同一性保持権を侵害したものといわざるをえない。ところで、前認定のとおり、被告日本遊戯が被告ニチユーを通じて販売したタロットカードセット数は、別紙「翻訳版販売明細」のとおりであるから、本件著作物(2)の折畳みシートは右セット数と同数販売されたものであって、昭和55年以降の販売数は、1万5867枚となり、その多くは、本訴提起前3年内に販売されたものと推認されるところ、本訴提起前3年内の右侵害行為に基づく損害賠償請求権については、被告ら主張の消滅時効は完成していないものというべきであり、その侵害行為の態様その他本件に現れた諸事情を考慮すると、原告がこれによって被った損害を慰謝するには、20万円が相当である。したがって、被告らは、共同不法行為に基づく損害賠償として、20万円の連帯支払いの義務があることになる。
八 よって、原告の請求は、被告らに対し、連帯して、108万3550円及び訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和58年8月18日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを、被告日本遊戯に対し、6万6450円及び訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和58年8月18日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、その限度でこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条、92条本文及び93条1項の規定を、仮執行の宣言につき同法196条1項の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清永利亮
 裁判官 房村精一
 裁判官 若林辰繁
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