判例全文 line
line
【事件名】商品広告用写真の雑誌掲載事件
【年月日】平成元年6月30日
 東京地裁 昭和62年(ワ)第5183号 損害賠償等請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 弘中惇一郎
同 加城千波
被告 株式会社希紘
右代表者代表取締役 Y
右訴訟代理人弁護士 吉村俊信
同 濱口臣邦
同 横山省治

 右当事者間の昭和62年(ワ)第5183号損害賠償等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。


主文
1 原告の主位的請求を棄却する。
2 被告は、原告に対し、13万円及びこれに対する昭和62年5月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の予備的請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、右2について仮に執行することができる。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主位的請求
(一) 被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する昭和62年5月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(三) 右(一)について仮執行宣言
2 予備的請求
(一) 被告は、原告に対し、63万円及びこれに対する昭和62年5月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は、被告の負担とする。
(三) 右(一)について仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 主位的請求
(一) 原告は、日本広告写真家協会に所属するカメラマンであるところ、昭和61年2月10日、別紙目録(1)ないし(6)記載の写真4カット6枚(以下「本件写真(1)ないし(6)」といい、これらを総称して「本件写真」という。)を撮影した。
(二) 被告は、広告代理業を営む会社であるところ、本件写真(4)を、同年4月5日発行の雑誌「別冊FM fan」49号に掲載させた。
(三) 被告の右(二)の行為は、原告が本件写真(4)について有する複製権を侵害するものであり、しかも、まだ公表されていない同写真を初めて公衆に提示したものであるから、原告が同写真について有する公表権を侵害するものである。
(四) 被告は、故意又は過失により、右著作権侵害及び著作者人格権侵害の行為をしたものである。
(五) 原告は、被告の右著作権侵害行為により財産的損害を被ったものであるところ、その額は50万円であり、また、原告は、被告の右著作者人格権侵害の行為により精神的苦痛を被ったものであるところ、これを慰謝するに足りる金銭の額は50万円が相当である。
2 予備的請求
(一) 原告と被告は、昭和61年2月10日、次のとおり、原告は被告の注文により商品広告用写真の撮影を請負う旨約した。
(1) 被写体商品は、訴外株式会社オーデックス・ジャパン(以下「オーデックス社」という。)の販売に係るリン・ソンデック製アンプ・スピーカー等とし、原告は、前記1(一)記載のカット及び枚数の写真を撮影する。
(2) 写真の使用目的は広告とし、また、使用媒体は雑誌及びカタログとする。
(3) 撮影代金は13万円とし、その支払時期は右(1)の写真の引渡し後1か月以内とする。ただし、フィルム代及び現像代は原告の負担とする。
(二) 原告は、本件写真を撮影したうえ、同月13日、被告の事務所において、被告代表者Y(以下「Y」という。)に対し、本件写真の現像済みのフィルム及びこれを焼き付けた紙焼写真を引渡しのために提供した。(三) 被告は、本件写真(4)を同年4月5日発行の雑誌「別冊FM fan」49号に掲載させたが、本件写真(4)は、これによって初めて公衆に提示されたものであるから、原告が同写真について有する公表権を侵害するものである。
(四) 被告は、故意又は過失により、右著作者人格権侵害の行為をしたものであって、原告は、この行為により精神的苦痛を被ったものであるところ、これを慰謝するに足りる金銭の額は50万円が相当である。
3 よって、原告は、被告に対し、主位的に、著作権侵害及び著作者人格権侵害に基づく損害賠償として各50万円の計100万円並びにこれに対する不法行為の後である昭和62年5月1日から支払済みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを、予備的に、本件写真撮影代金13万円及び著作者人格権侵害に基づく損害賠償として50万円の計63万円並びにこれに対する弁済期又は不法行為の後である昭和62年5月1日から支払消みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1(主位的請求)について
(一) 請求の原因1(一)のうち、原告が日本広告写真家協会に所属していることは知らないが、その余は認める。
(二) 同(二)は認める。
(三) 同(三)のうち、まだ公表されていない本件写真(4)を同(二)の行為によって初めて公衆に提示したことは認めるが、その余は否認する。
(四) 同(四)及び(五)は否認する。
2 請求の原因2(予備的請求)について
(一) 請求の原因2(一)のうち、(3)の撮影代金の支払時期の点は否認するが、その余は認める。被告への支払条件は、15日締め翌月末払いであったところ、被告は、昭和61年2月26日に原告から右撮影代金の請求書を受領したのであるから、弁済期は、同年4月30日である。
(二) 同(二)は認める。
(三) 同(三)のうち、原告が本件写真(4)について有する公表権を侵害するとの点は否認し、その余は認める。
(四) 同(四)は否認する。
三 抗弁
1 請求の原因1(主位的請求)に対する抗弁
 原告と被告は、前記請求の原因2(一)記載のとおり(ただし、弁済期については、前記請求の原因に対する認否2(一)記載のとおり。)の契約を締結したところ、被告は、同2(二)記載のとおり、原告から本件写真の現像済みのフィルム及びこれを焼き付けた紙焼写真の引渡しを受けたのであるから、これによって本件写真の著作権を譲り受けたか、又は使用の許諾を得たものである。また、これと同時に、原告は、被告に対し、本件写真を公衆に提示することについて許諾をしたか、又は同意したものと推定される。
2 請求の原因2(予備的請求)に対する抗弁
(一)1 本件写真には、次のとおり瑕疵があった。
ア 本件写真(1)は、2台のスピーカーを撮影したモノクロの写真、本件写真(6)は、本件写真(1)と同じ被写体を同じ角度から撮影したカラー写真である。これらの写真は、いずれも右側に配置されている大きいスピーカーの右側面が右下方に、左側に配置されている小さいスピーカーの両側面が下方に、それぞれ末広がりに広がって見え、いずれも底板の横線の方が天板の横線よりも長く見える。その結果、大きいスピーカーは、その右下方が右の方へ引っ張られているように、また、小さいスピーカーは、台形のように感じられる。更に、各スピーカー前面の黒い部分はサランネットであるところ、サランネットであることが良く分からず、シャープさに欠け、質感がない。そして、天板上面は、木目を出さなければならないのに白く光っており、質感がない。
イ 本件写真(2)は、4台のスピーカーを撮影したモノクロの写真である。この写真は、スピーカーの天板上面の木目が出ないで白く光っており、また、サランネットもよく出ていないほか、スピーカーがタイルから浮かんでいる感じであり、全体に平面的でシャープさに欠け、質感がない。
ウ 本件写真(3)は、3台のアンプを撮影したモノクロの写真である。この写真は、左側の正面を向いているアンプの前面左側の縦の枠線が傾いて見え、前面下方横の枠の線の方が上方横の枠の線よりも長く見える。また、左端のアンプの上方横の枠の線が鮮明に出ておらず、3台のアンプとも前面の白い枠の筋が出ていないなど、アンプではなく、その前面のタイルに焦点が合っている感がある。
エ 本件写真(4)は、2台のアンプを撮影したモノクロの写真、本件写真(5)は、本件写真(4)と同じ被写体を同じ角度から撮影したカラー写真である。これらの写真は、左側のアンプの前面左側の縦の線が傾いて見え、前面下方横の線の方が上方横の線よりも長く見え、更に、アンプにではなく、その前面のタイルに焦点が合っている感がある。また、本件写真(4)は、右側のアンプの右上方に、アンプの下に敷いた布が白く反射しており、更に、本件写真(5)は、右側のアンプの右上方に、アンプの下に敷いた布の赤色が反射している。
(2) 被告は、本件写真を使用せざるをえなかったため、広告主であるオーデックス社に対する信用を失墜した。また、右(1)の程度の出来栄えにすぎない写真の撮影代金は、5万3000円が相当である。以上の事実によれば、右の(1)の瑕疵によって被告が被った損害額は、8万円を下らない。そこで、被告は、昭和62年2月5日被告〈「被告」は「原告」の誤?〉到達の書面をもって、原告に対し、右8万円と本件写真の撮影代金とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。
(二) 主位的請求に対する抗弁のとおりであるから、原告の著作者人格権侵害の主張は、理由がない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1について
 原告と被告が請求の原因2(一)記載のとおりの契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。同2(二)のとおり、原告は、被告に対し、本件写真の現像済みのフィルム及びこれを焼き付けた紙焼写真を引渡しのために提供したが、被告は、その受領を拒絶した。
2 抗弁2について
 すべて否認する。
五 再抗弁
1 抗弁1に対する再抗弁
 仮に、被告が原告に対し、〈「被告」と「原告」は逆?〉本件写真の使用を許諾したとしても、その使用許諾は、本件写真の撮影代金を支払うことが条件になっていたものである。
2 抗弁2に対する再抗弁
 仮に、本件写真に被告が主張するような瑕疵があったとしても、そのような写真であることについて、被告は了解していたものである。すなわち、本件写真の撮影現場には、被告の担当者である訴外A(以下「A」という。)及びオーデックス社の担当者が立ち会っていたところ、原告は、本件写真を撮影するに際し、カメラ位置などAの指示に従うとともに、カメラにポラロイドフィルムを入れて撮影し、これによって焼き付けられた写真をAに見せて了解を得、しかる後、カメラの位置等の撮影条件をそのままにしてフィルムを入れ、シャッターを押して撮影した結果が本件写真となったものである。
六 再抗弁に対する認否
 再抗弁1及び2は否認する。
第3 証拠関係
 本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
一 主位的請求について
1 原告本人尋問の結果によれば、原告は、日本広告写真家協会に所属するカメラマンであることが認められ、その余の請求の原因1(一)の事実及び同(二)の事実は、当事者間に争いがない。
2 同1(三)のうち、同1(二)の行為によって、本件写真(4)を初めて公衆に提示したものであることは、当事者間に争いがない。
3 そこで、以上の点に関する抗弁1について判断するに、原告と被告は、昭和61年2月10日、請求の原因2(一)(1)及び(2)記載のとおり、原告は被告の注文により商品広告用写真の撮影を代金13万円で請負う旨約したこと、原告は、同2(二)のとおり、本件写真を撮影したうえ、同月13日、被告の事務所において、Yに対し、本件写真の現像済みのフィルム及びこれを焼き付けた紙焼写真を引渡しのために提供したことは、当事者間に争いがなく、そして、成立に争いのない甲第1号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右契約の際、代金の支払時期については、被告会社の一般的な取決めに従うつもりであって、少なくとも本件写真の引渡しの後になると考えていたこと、原告は、本件写真を持参した際、本件写真が歪んでいるか否かをめぐってYと言争いをしたが、結局、Yに対し、本件写真を置いていくから料金は支払ってくれるようにと言ってYの許を辞したこと、原告は、被告に対し、その後何度か口頭で右撮影代金13万円を支払うよう催告した後、更に、同62年1月24日発送の内容証明郵便をもって、右撮影代金の支払いを催告したことが認められる。以上の事実によれば、カメラマンである原告は、広告代理店である被告の注文により商品広告用写真の撮影を、代金は後日支払うとの約定で請負う旨契約し、これに基づき写真を撮影したうえ、被告に対し、その現像済フィルム及びこれを焼き付けた紙焼写真を引き渡したものであって、右事実、殊に、原、被告の職業及び契約の目的に照らし、原告は、右の引渡しによって、被告に対し、本件写真を商品広告に使用し、かつ、これによって本件写真を公表することを許諾したものと認められる。したがって、抗弁1は、理由がある。そして、再抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はない。
二 予備的請求について
1 請求の原因2(一)の事実は、撮影代金の支払時期の点を除いて当事者間に争いがない。もっとも、被告は、右支払時期は昭和61年4月30日であると主張するものであって、現に支払時期が経過していることは、被告も認めるところである。
2 同2(二)の事実は、当事者間に争いがない。
3 そこで、右の点に関する抗弁2(一)及びこれに対する再抗弁2について判断する。
 前掲甲第1号証、成立に争いがない甲第2号証、第6号証、乙第1ないし第6号証、証人Aの証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、昭和61年2月10日午後1時ころから、東京都港区南麻布所在の「10BAN STUDIO」において、A及びオーデックス社の担当者であるB(以下「B」という)の立会いの下に、本件写真の撮影を始めた。その際、いずれの写真についても、正式のフィルムによる撮影の前に、即座に現像及び焼付けのできるポラロイドフィルムを使用して試撮り(以下「ポラロイドの試撮り」という。)をし、その出来栄えを確認した後に、照明やカメラの位置等をそのままにして正式のフィルムを入れ、本件写真を撮影するという手順を踏んだ。
(二) 原告は、まず、本件写真(4)を撮影したが、ポラロイドの試撮りの結果について、原告、A及びBの間において、被写体のうち、右側のアンプ前面右上が白く光っている点が問題となったが、これは、このアンプの下に敷いてある布が反射しているものであると説明してA及びBの了解を得、また、アンプの各辺の長さの歪み等の問題はないとの了解を得たうえ、フィルムを入れ替えて本件写真(4)を撮影し、更に、カラーフィルムに入れ替えて本件写真(5)を撮影した。
(三) 次に、原告は、本件写真(1)を撮影したのであるが、Bは、ポラロイドの試撮りの結果について、(1)被写体である2台のスピーカーの各両側面が末広がりに見える点、(2)各スピーカーの天板が白く光って木目が見えない点を指摘した。これに対して、原告は、天板の木目を出すようにすると、スピーカーの下に敷いてあるタイルの目地がよく出ないと説明した。Aは、カメラのピントグラス(焦点板)を覗いてスピーカーの各辺の長さを確認し、また、右ポラロイドに写ったスピーカーの各辺の長さを紙片で計測したうえ、結局、いずれの点も了解した。そこで、原告は、フィルムを入れ替えて本件写真(1)を撮影し、更に、カラーフィルムに入れ替えて本件写真(6)を撮影した。
(四) その後、Aは、所要のために同所から退出したが、その際、その余のポラロイドの試撮りの確認等をBに任せる旨言い残していった。そこで、原告は、本件写真(2)及び(3)についても、ポラロイドの試撮りの結果をBに示して、いずれも了解を得たうえ、前同様に本件写真(2)及び(3)を撮影した。(五) 前認定の原告から被告への本件写真の引渡し後間もなく、被告は、オーデックス社から、本件写真(5)について、被写体のうち、右側のアンプ前面右上に下の赤い布が反射している点を指摘された。
(六) 被告は、前記争いのない請求の原因1(二)のとおり、本件写真(4)を使用したほか、当初から使用する予定のなかった本件写真(6)を除いた本件写真(1)ないし(3)及び(5)を、雑誌に掲載する広告等に使用した。
(七) 被告は、原告から、昭和61年2月26日に本件写真の撮影代金支払いの請求書の送付を受け、更に、翌昭和62年1月24日付内容証明郵便による右撮影代金支払いの催告を受けた後、同年2月3日付書面によって原告に応答したが、原告から本件写真の引渡しを受けた後、右応答までの間、原告に対し、本件写真に関する何らの申入れ等もしていない。
 右認定の事実によれば、被告が本件写真の瑕疵として主張するものの大部分は、撮影現場において、A及びBが了知し、これを了解したうえ、原告に撮影させた結果と同様のものであるから、被告は、本件写真の右の出来栄えを了解したものと認められる。また、撮影の後にオーデックス社に指摘された点及びその余の被告主張の点は、撮影現場でA及びBが了解したのと同じ理由によって了解したものと推測することのできるものか、又は瑕疵といえるか否か疑問のあるものであるが、たとい、そうでないとしても、被告は、本件写真(1)ないし(5)を広告等に使用していながら、撮影後1年近くの間、原告に対して何らの申し入れ等もしていないとの前認定の事実によると、被告は、本件写真の出来栄えに関しては、少なくとも黙示のうちに了解したものと認められる。そうすると、被告の主張する本件写真の瑕疵の存在は、違法な債務不履行とはならない。したがって、再抗弁2は、理由があり、抗弁2(一)は、理由がないことに帰する。
4 本件写真(4)について原告が有する著作者人格権の侵害が認められないことは、主位的請求に関する前説示のとおりであるから、抗弁2(二)は、理由がある。
三 以上によれば、原告の主位的請求は、理由がないから、これを棄却し、予備的請求は、本件写真の撮影代金13万円及びこれに対する昭和62年5月1日から支払済みに至るまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の予備的請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条及び92条本文の規定を、仮執行宣言について同法196条1項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
 裁判長裁判官 清永利亮
 裁判官 若林辰繁
 裁判官 小林正は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 清永利亮
line
 
日本ユニ著作権センター
http://jucc.sakura.ne.jp/