判例全文 | ||
【事件名】システムサイエンス仮処分事件(2) 【年月日】平成元年6月20日 東京高裁 平成元年(ラ)第327号 著作権侵害差止仮処分申請却下決定に対する抗告事件 (原審・東京地裁昭和63年(ヨ)第2531号) 判決 抗告人(債権者) システムサイエンス株式会社 右代表者代表取締役 X 右訴訟代理人弁護士 平田達 同 小林和彦 同 岡本政明 相手方(債務者) 東洋測器株式会社 右代表者代表取締役 Y1 相手方(債務者) 株式会社日本テクナート 右代表者代表取締役 Y2 主文 一 原決定を次のとおり変更する。 1 相手方らは、別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載のプログラムを複製あるいは翻案してはならない。 2 相手方東洋測器株式会社は、別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載のプログラムを収納した別紙目録2(1)ないし(4)及び(9)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしてはならない。 3 相手方株式会社日本テクナートは、別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載のプログラムを収納した別紙目録2(1)ないし(4)及び(9)記載の装置を頒布してはならない。 4 抗告人のその余の申請を却下する。 二 申請費用及び抗告費用はこれを2分し、その1を抗告人の負担、その余を相手方らの負担とする。 事実 第1 抗告の趣旨 1 原決定を取り消す。 2 主文第一項1ないし3と同旨 3 相手方らは、別紙目録3(3)記載のプログラムを複製あるいは翻案してはならない。 4 相手方東洋測器株式会社は、別紙目録3(3)及び別紙目録4記載のプログラムを収納した別紙目録2(5)ないし(8)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしてはならない。 5 相手方株式会社日本テクナートは、別紙目録3(3)及び別紙目録4記載のプログラムを収納した別紙目録2(5)ないし(8)記載の装置を頒布してはならない。 6 申請費用及び抗告費用は相手方らの負担とする。 第2 当事者の主張 一 次のとおり付加するほか、原決定第4頁第4行ないし第17頁第7行の記載を引用する(ただし、「債権者」とあるのは「抗告人」と、「債務者」とあるのは「相手方」と、それぞれ読み替える。また、原決定第14頁第3行の「技術試料」を「技術資料」に改める。)。 二 抗告人の主張 CA―9プログラムがCA―7Uプログラムを翻案したものであることは、次の事実から明らかである。 1 プログラムの表現は指令の組合わせであるから、たとえ個々の制御コード、出力番地及び出力指令がハードウェアに規制されその処理の流れが同一であっても、その指令の組合わせが同一になる必然性はない。 そして、CA―9プログラムはCA―7Uプログラムの基本的機能部分を抜粋したものであるが、基本的機能のプログラムであっても創作性を有し得る。すなわち、プログラムの創作性は、指令を組み合わせたものとしての表現の自由度に規制されるが、右組合わせの自由度はそのプログラムの機能が基本的なものであるか応用的なものであるかとは無関係であるから、CA―9プログラムが基本的機能部分のプログラムであることから、直ちにCA―7Uプログラムの創作性がない部分に対応するものとすることはできない。 2「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」について プログラムにおける創作性は「単なる個性の現れ」の程度で足りると解すべきところ、「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」は多くの効率的な表現が可能であるが、CA―7Uプログラムの同ルーチンは、後に容易に変更し得るように冗長に作成されているから、個性が十分に現れており、創作性があるというべきである。 なお、原決定は、CA―7Uプログラムの「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」におけるサブルーチンは、プログラムの量を抑えるとの観点からすればだれが作成しても同一になるようなものであると認定しているが、最少のプログラム量によって最高速で結果を得ることが直ちに合理的なプログラムということにはならない。個々のプログラムの合理性は、開発時間、記憶容量の余裕、処理時間の必要性あるいは改変の容易性等、個々の開発環境に応じ効率及び経済性を考慮して定まるのであり、そのために指令の組合わせに個性が現れ得るのであるが、CA―7Uプログラムは記憶容量及び処理時間に十分余裕がありプログラム量を抑える必要はないのであるから、だれが作成しても同一になる必要然は全く存しない。 3「プリンター動作不能時の処理ルーチン」について 疎乙第42号証には3例の「プリンター動作不能時の処理ルーチン」が示されているが、これらの指令の組合わせはいずれもCA―7Uプログラムの指令の組合わせとは全く異なっている。このように、たとえアルゴリズムが同一であっても指令の組合わせは容易に同一にならないことは明らかであるから、CA―7Uプログラムは「プリンター動作不能時の処理ルーチン」においても創作性があるというべきである。 理由 一 弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る疎甲第7号証、第23号証、第26号証、第71号証(いずれも抗告人代表者の報告書)及び疎甲第55号証(Zの報告書)によれば、抗告人の業務に従事する代表取締役であるX及び取締役であるZが、抗告人の発意に基づいて、昭和56年3月ころまでに別紙目録3(4)記載のプログラム(MICプログラム)を、昭和60年9月ころまでに別紙目録3(1)記載のプログラム(ZA―FMU暫定版プログラム)及び別紙目録3(2)記載のプログラム(ZA―FXU暫定版プログラム)を、また昭和61年3月ころまでに別紙目録3(3)記載のプログラム(CA―7Uプログラム)をいずれも職務上作成したこと、並びに、抗告人はMICプログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録1(4)記載の装置を昭和56年12月ころに、ZA―FMU暫定版プログラム及びZA―FXU暫定版プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録1(1)及び(2)記載の装置を昭和61年2月ころにそれぞれ販売して、各プログラムを自己の著作の名義の下に公表したことが一応認められる。そうすると、別紙目録3(1)ないし(4)記載のプログラムの著作権は、抗告人に属することが明らかである。 この点について、相手方らは、別紙目録3(1)ないし(4)記載のプログラムは相手方東洋測器株式会社の発意に基づいて相手方東洋測器株式会社の業務に従事した抗告人の技術者らが職務上作成したものであるからその著作権は相手方東洋測器株式会社に属し、仮にこれが認められないとしても、別紙目録1(1)ないし(4)記載の装置は相手方東洋測器株式会社が費用を負担して開発したもので抗告人は相手方東洋測器株式会社の指示に基づきその製造を担当したにすぎないところ、別紙目録3(1)ないし(4)記載のプログラムは別紙目録1(1)ないし(4)記載の装置のためにのみ作成されたものであるから、相手方東洋測器株式会社は別紙目録1(1)ないし(4)記載の装置を抗告人から譲り受けたことによって別紙目録3(1)ないし(4)記載のプログラムの著作権も譲り受けたというべきであると主張する。しかしながら、疎乙第7号証(「製造検討依頼」と題する書面)、第32号証の1、2(「ゾーンアナライザーZA―FXの検討依頼時期に東洋測器株式会社からSSCに提供した開発するための資料」と題する書面及びその内容)及び第36号証(相手方東洋測器株式会社代表者の報告書)によっても、抗告人の代表取締役である菅野清及び取締役である唐沢誠が相手方東洋測器株式会社の業務として前記各プログラムを作成したこと、あるいは、抗告人と相手方東洋測器株式会社との間で別紙目録3(1)ないし(4)記載のプログラムの著作権の譲渡が黙示的にせよ合意されたことについて疎明の心証を得ることはできないから、相手方らの右主張は採用できない。 二 相手方らが過去において(相手方東洋測器株式会社の準備書面12によれば、昭和63年12月26日まで)別紙目録3記載の各プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録1記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示したことは、相手方らも認めて争わないところである。そうすると、相手方らが将来においても別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載の各プログラムを複製あるいは翻案するおそれ、及び、これを収納した別紙目録2(1)ないし(4)及び(9)記載の装置を頒布し又は頒布のための広告若しくは展示をするおそれがあることは、直ちに否定し難いというべきである。 この点について、相手方らは、別紙目録3記載のプログラムの複製は既に中止し新規なプログラムに変更する予定であると主張し、相手方ら間においてZA―FXU暫定版プログラムに代わるプログラムの開発契約を締結した旨の昭和63年12月20日付け開発委託契約書(疎乙第37号)を提出している。しかしながら、相手方らにおいて現在までに別紙目録2(1)ないし(4)及び(9)記載の装置に利用し得るプログラムを作成し、かつ、それらのプログラムがZA―FMU暫定版プログラム、ZA―FXU暫定版プログラムあるいはMICプログラムの著作権を侵害するものでないことが全く疎明されていない以上、単に相手方ら間においてプログラムの開発契約が締結されたとの一事のみをもって、相手方らが別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載の各プログラムの複製あるいは翻案をするおそれ等が消滅したと判断するのは早計というべきである。 三 相手方らが別紙目録4記載のプログラム(CA―9プログラム)を複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録2(5)ないし(8)記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないところ、抗告人は、CA―9プログラムはCA―7Uプログラムを翻案したものであると主張する。 しかしながら、あるプログラムがプログラム著作物の著作権を侵害するものと判断し得るためには、プログラム著作物の指令の組合わせに創作性を認め得る部分があり、かつ、後に作成されたプログラムの指令の組合わせがプログラム著作物の創作性を認め得る部分に類似していることが必要であるのは当然であるが、CA―7Uプログラムのうち抗告人が指摘する部分には、指令の組合わせに創作性を認め得ることは疎明されていないというべきである。 すなわち、プログラムはこれを表現する記号が極めて限定され、その体系(文法)も厳格であるから、電子計算機を機能させてより効果的に一の結果を得ることを企図すれば、指令の組み合せが必然的に類似することを免れない部分が少なくないものである。したがって、プログラム著作物についての著作権侵害の認定は慎重になされなければならないところ、弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る疎乙第39号証(相手方東洋測器株式会社代表者の報告書)及び第41号証ないし第43号証(相手方株式会社日本テクナート代表者の報告書)によれば、別紙目録2(5)ないし(8)記載の装置においては計測モード切替え、キーボード入力、計測エリア設定、計測及び共有メモリ書込みの機能はすべてハードウェアが行い、CA―7UプログラムあるいはCA―9プログラムが相当すべき作業はプリンタ部分(計測データ等が共有メモリに書き込まれるのを待ってこれを読み出し、プリンタ用コードに変換して出力する。)のみであること、「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」の指令の組合わせは、ハードウェアに規制されるので本来的に同様の組合わせにならざるを得ないこと、「プリンター動作不能時の処理ルーチン」(すなわち、プリンタ待ちの処理ルーチン)は、CA―7UプログラムもCA―9プログラムも共に極めて一般的な指令の組合わせを採用していること、及び別紙目録2(5)ないし(8)記載の装置においては4000H以降がRAMエリアであるから、サブルーチンのスタックを区切りのよい4100Hにセットすることは常識的であることが一応認められる。なお、プログラムにおける「処理の流れ」自体は、アルゴリズム、すなわち著作権法第10条第3項第3号に規定されている「解法」であって著作物としての保護を受けない部分であるから、プログラムの創作性とは無関係である。 以上のとおり、CA―7Uプログラムのうち抗告人が指摘する部分の指令の組合わせに創作性を認めることは困難であることに加え、CA―7Uプログラムが12キロバイトであるのに対しCA―9プログラムは763バイトであり、しかも抗告人が両プログラムの類似部分として挙げるのは極めてわずかなバイトにすぎないことをも併せ考えれば、CA―9プログラムがCA―7Uプログラムを翻案したものであるとの疎明の心証を得ることは到底できない。抗告人が援用する疎甲第81号証(唐沢誠の報告書)及び第82号証(抗告人代表者の報告書)は、右判断を左右するに足りない。 そして、相手方らがCA―9プログラムを複製し収納したROMを回路基盤に装着した別紙目録2(5)ないし(8)記載の各装置を頒布し、又は頒布のための広告若しくは展示をしていることは当事者間に争いがないこと前示のとおりである以上、相手方らにおいてCA―7Uプログラムを複製あるいは翻案するおそれ、及び、これを収納した別紙目録2(5)ないし(8)記載の装置を頒布し、又は頒布のための広告ないし展示をするおそれは、もはや消滅したと考えるのが相当である。 四 以上のとおりであるから、抗告人の本件申請のうち別紙目録3(1)、(2)及び(4)記載のプログラムに係る部分は理由があるが、同目録(3)記載のプログラムに係る部分は理由がない。よって、これと結論を一部異にする原決定を主文第一項のとおり変更することとし、申請費用及び抗告費用の負担について民事訴訟法第96条、第89条、第92条及び第93条を適用して、主文のとおり決定する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦 |
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