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【事件名】佐賀錦袋帯模倣事件
【年月日】平成元年6月15日
 京都地裁 昭和60年(ワ)第1737号 意匠登録商品製造販売禁止等請求事件

判決
原告 小森織物株式会社
右代表者代表取締役 X
右訴訟代理人弁護士 杉島勇
右同 杉島元
被告 桜井株式会社
右代表者代表取締役 Y
右訴訟代理人弁護士 田畑佑晃
右同 加藤明雄


主文
1 被告は、繊研新聞に、別紙3記載の謝罪広告を別紙4記載の掲載条件で1回掲載せよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙2に示す垂梅丸紋散らしの図柄を施した佐賀錦袋帯の製造販売をしてはならない。
2 被告は、京都新聞、繊研新聞、日本繊維新聞に別紙3記載の謝罪広告を掲載せよ。
3 被告は原告に対し金3,776,000円及びこれに対する昭和61年12月13日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行の宣言
二 本案前の申立
 本件のうち請求の趣旨第1項の訴えを却下する。
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は帯を主とした各種織物の製造販売業等を目的とする会社であり、被告も同様のことを目的とする会社であり、競業関係に立つものである。原告も被告も西陣織工業組合に加入している。
2 原告は、袋帯につき別紙1に示す垂梅丸紋散らしの図柄(以下「本件図柄甲」という。)を創作し、昭和59年2月22日西陣織工業組合を窓口として社団法人日本染織意匠保護協会に意匠の保全登録(受付番号587―26921号)を受けた。
3 本件図柄甲は原告の独創にかかるもので、原告はこの図柄を用いた佐賀錦袋帯(以下「本件袋帯甲」という。)を右登録の頃から製造販売した。本件袋帯甲は、原告の商品として同業者に高く評価され、一般需要者にも広く優秀なものと認められ、原告のヒット商品であり、原告の営業上の重要な地位を占めるものである。本件袋帯甲は、その図柄じたいにより、原告の商品として昭和59年中に帯の取引者間において周知となった。
4 本件図柄甲は次の点で在来の図柄と異なる原告独自の創造にかかるものである。
(一) 地に二重桧垣を背景にして枝垂れ梅をやや抽象化して配したこと。従前から枝垂れ桜の図柄はあったが枝垂れ梅の図柄はなかった。殊に、縁取りの枝垂れ梅は原告の独創であり、本件図柄の特徴の一つである。
(二) 丸紋の位置、大きさ、輪の太さ、中の模様も原告の独創である。
(三) 丸紋を釣合いよく配置したのも原告苦心のもので、他に同様のものは存在しない。
(四) 梅、丸紋、桧垣を巧に組合せたもので、原告の美的感覚に基づく独創である。
(五) 右の特徴のある部分をかたち作る個性的なモチーフを抽象的に表現し、その具体的構成と結びつけて出来上ったもので、その謂れのモチーフを総合的に釣合いよく配置構成したものである。
5 本件図柄甲は著作権法10条1項4号所定の美術の著作物であり、創作と同時に本件図柄甲について原告の著作権が発生した。
6 しかるに、被告は、本件袋帯甲が原告の商品として取引者間に周知となった以後において、そのことを知悉しながら、別紙2に示す図柄(以下「本件図柄乙」という。)を施した佐賀錦袋帯(以下「本件袋帯乙」という。)を製造販売している。
7 本件図柄乙は、描法、構図、表現等において、本件図柄甲と全く同一性のある意匠に基づくもので、明らかに本件図柄甲を模倣したものであり、被告の本件袋帯乙は原告の商品である本件袋帯甲と同一性を有する商品である。
8 このため、原告の商品である本件袋帯甲の出所に混同が生じ、原告は営業上の利益を害されている。
9 しかも、被告は、本件袋帯乙が正絹そのものではなく、クラフト加工(少量の正絹を大量の正絹を使ったように見せる工法)によるものであるにも拘らず、西陣織工業組合が制定した正絹の証紙を使用し、取引者、需要者に対しあたかも正絹であるかの如くに品質の判断を誤らせている。また、原告の本件袋帯甲の単価は130,000円であるところ、被告は本件袋帯乙をその約半額の62,000円の単価で販売している。
 この被告の行為は、(一)本件図柄甲と同一性のある本件図柄乙を使用していること、(二)正絹そのものではないのに正絹の証紙を使用していること、(三)殊更に廉価で販売していること、の3点で違法性を有する。
 そして、この被告の行為は、原告の取引業者に本件袋帯甲が高価すぎるとの誤解を与え、そのため原告に対する本件袋帯甲の注文、売れ行きは激減し、原告の信用も著しく毀損されるに至ったので、原告は遂にヒット商品であった本件袋帯甲の製造販売を断念せざるを得なくなった。
 右は被告の故意による不法行為である。
10 西陣織工業組合は、被告の本件模倣行為に対する制裁として、100,000円の過怠金を被告に賦課し、被告はこれに服して右過怠金を支払った。
11 よって、原告は、不正競争防止法1条1項1号により、被告の本件袋帯乙の製造販売の差止めを請求する。
12 仮に右請求が認められないとしても、原告は本件図柄甲につき著作権を有するところ、被告は本件袋帯乙の製造販売により原告の著作物を複製していると解されるので、原告は著作権法112条によりその差止めを請求する。
13 被告の不法行為によって毀損された原告の信用を回復するには、新聞紙上に謝罪広告をすることが不可欠である。
 よって、原告は被告に対し、別紙3記載の謝罪広告を京都新聞、繊研新聞、日本繊維新聞に掲載することを求める。
14 原告の被った有形の損害
(一) 原告は本件袋帯甲を昭和59年7月から昭和60年6月末までの1年間に182本販売し、1,092,000円の純利益を得た(1本の純利益は6,000円)。本件袋帯甲はヒット商品であるので、被告の不法行為がなければ、原告は10年間は営業として本件袋帯甲の製造販売をして毎年右と同額の利益をあげることが十分可能であったのに、被告の不法行為によってこれが得られなくなった。
 原告は被告の不法行為によって、少くとも昭和60年7月16日(本件袋帯乙の製造販売の中止等を求めた原告の内容証明郵便が被告に到達した日の翌日)から3か年間の得べかりし利益3,276,000円の損害を被った。
(二) 原告が本件図柄甲を創作するのに直接の費用として、図案代、紋代、試作、試験、考案代等で500,000円を出損し、右同額の損害を被った。
15 よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として、右合計3,776,000円及びこれに対する不法行為後で本件請求の趣旨拡張の準備書面の送達の日の翌日である昭和61年12月13日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 本案前の申立の理由
1 被告は、本件袋帯乙については、製造販売を中止して久しく、在庫品についても西陣織工業組合によって凍結されており、もはや将来にわたって本件袋帯乙の販売の可能性は全くない。
2 よって、原告の請求の趣旨第1項については、訴えの利益を欠くので、その訴えは却下されるべきである。
三 請求の原因に対する答弁
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2のうち、原告が本件図柄甲につきその主張の保全登録を受けていることは認めるが、その余の事実は知らない。
3 同3のうち、本件袋帯甲が原告の商品であることは認めるが、その余の事実は否認する。
4 同4、5の各事実はいずれも否認する。
5 同6のうち、被告が昭和60年2月中旬から同年4月までの間に本件袋帯乙を製造販売したことは認めるが、その余の事実は否認する。
6 同7、8の各事実はいずれも否認する。
7 同9のうち、被告が本件袋帯乙に西陣織工業組合制定の正絹の証紙を使用したこと、被告の本件袋帯乙の販売単価が62,000円であることは被告において明らかに争わず、その余の事実は否認する。
8 同10の事実は被告において明らかに争わない。
9 同11ないし13の請求はいずれも争う。
10 同14のうち、(一)の原告主張の内容証明郵便がその主張の日に被告に到達したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
11 同15の請求は争う。
第3 証拠
 証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録の記載と同一であるので、これを引用する。

理由
1 本案前の申立について
 請求の趣旨第1項にかかる訴えは、請求の趣旨及び原因によると、第1次的には、営業上の利益が害されるおそれがあるとして不正競争防止法1条1項1号により、第2次的には、著作権侵害として著作権法112条により、それぞれ被告の侵害行為の差止めを求める訴えであり、それは被告の不作為を求める将来の給付の訴えであると解される。
 ところで、不作為を求める訴えは、過去に権利の侵害があり将来なお侵害を繰り返すおそれがある場合には、予め請求をする必要があるものとして訴えの利益が肯定されるものであるところ、右訴えの利益の存否の判断にあたっては、将来の給付の訴えも給付の訴えである以上、過去に権利の侵害があったか否かは原告の主張によって判断すべく、被告に将来なお侵害を繰り返すおそれがあるか否かは被告が現に原告主張の被侵害権利の存在を争っているか否かによって判断すべきである。
 このような観点から請求の趣旨第1項にかかる訴えについてみれば、原告は被告による過去の権利侵害を主張しており、被告は現に原告主張の被侵害権利の存在を争っているから、右訴えに訴えの利益があることは明らかである。
 よって、被告の本案前の申立は理由がなく採用できない。
2 請求の原因1の事実、同2のうち原告が本件図柄甲について昭和59年2月22日西陣織工業組合を窓口として社団法人日本染織意匠保護協会に意匠の保全登録(受付番号587―26921号)を受けたこと、同3のうち本件袋帯甲が原告の商品であること、以上は当事者間に争いがない。
3 成立に争いのない甲第1号証、原告代表者本人尋問の結果によると、原告は昭和59年2月までに試作を重ねた末に本件図柄甲を制作し、前示保全登録を受けた頃から本件袋帯甲を発売し、好評であったので同年7月から昭和60年6月までの1年間に問屋に約182本を販売したが、同年6月末でその製造販売をとりやめ、以後一切製造販売をしていないものと認められる。
 前掲甲第1号証、原告の商品であることに争いのない検甲第5号証、証人A(第1、2回)の証言によると、帯の図柄は1年間に約100,000件出まわっており、社団法人日本染織意匠保護協会に帯の図柄として保全登録を申請されるものが年間10,000件から13,000件あること、このうち同協会が登録の要件があるものと認めて保全登録をした図柄も単に同協会内部で保全番号をつけて登録し、この旨申請者に告知し、同協会及び西陣織工業組合が制定する保全登録済みの証紙を申請者において当該商品に貼付することができるに過ぎず、当該図柄じたいを一般に公示する方策は何らとられていないこと、特に奇想天外で独創的な特徴のある図柄を除けば、商品である帯を見てその図柄じたいからその出所を識別することは困難であること、以上の事実が認められる。本件図柄甲が帯の図柄として特に奇想天外であると認めるに足りる証拠はない。また、いずれの時期であれ、原告が本件袋帯甲を原告の商品であると取引者に周知させるため特段の広告宣伝をしたとの主張・立証もない。
 以上の事実によれば、本件袋帯甲が昭和59年2月以降いずれの時期においても、その図柄じたいによって原告の商品として取引者間に周知になったものということはできない。よって、原告の不正競争防止法1条1項1号に基づく差止め請求は、その余について判断するまでもなく失当であり、棄却を免れない。
4 前掲検甲第5号証、弁論の全趣旨によって成立の認められる乙第6、7号証、同第8号証の1ないし8、証人A(第1、2回)の証言(但し、同証人の証言中後記措信できない部分を除く)によれば、本件図柄甲のうち、枝垂れ梅の部分はこれが枝垂れ梅とすればこれまでに実例を見ない新規の題材をとりあげたものといえるが、本件図柄甲の形状、色彩からみるとこれを枝垂れ桜と見受ける余地が多分にあり、枝垂れ桜の図柄は他に事例が多いので、この部分が新規独創の図柄というには疑問があること、丸紋をこの大きさで5個1組の組合せとしてこのような位置関係に配置したことは親〈「親」は「新」の誤?〉規であり、組合せ、表現、構図にすぐれ、独自性があるものの、本件図柄甲のうち二重桧垣、丸紋じたい、丸紋内の菊、椿、菖蒲もしくは杜若等の花柄は新規でないこと、全体として帯の柄としては簡単な素材でありながら、表現力、考案性が高いとはいえるけれども、帯の図柄としての独創性は主として組合せの点にあること(この点は、本件図柄甲が保全登録に無印登録、公知限定登録、類似限定登録の3種類あるうちの公知限定登録がなされていることからも窺われるところである。)、以上の事実が認められる。証人A(第2回)の証言中本件図柄甲が枝垂れ梅として独創性があるとの部分は措信できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
 ところで、現行著作権法は、その制定の経緯に照らせば、帯の図柄のような実用品の模様として利用されることを目的とする美的創造物については、原則としてその保護を意匠法等工業所有権制度に委ね、ただそれが同時に純粋美術としての性質をも有するものであるときに限り、美術の著作物として著作権法により保護すべきものとしていると解されるが、ここにいわゆる純粋美術としての性質を有するか否かの判定にあたっては、主観的に制作者の意図として専ら美の表現のみを目的として制作されたものであるか否かの観点からではなく、対象物を客観的にみてそれが実用性の面を離れ一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるものであるか否かの観点から判定すべきものと考えられるところ(けだし、さもなければ、実用性と芸術性とは必ずしも相矛盾するものとは思われないのに、実用品に応用することを目的として制作された美的創作物は、美術工芸品を除き、すべて美術の著作物ではないことになって、相当ではないからである。)、右認定事実からすれば、本件図柄甲は、帯の図柄としてはそれなりの独創性を有するものとはいえるけれども、帯の図柄としての実用性の面を離れてもなお一つの完結した美術作品として美的鑑賞の対象となりうるほどのものとは認め難い。
 よって、本件図柄甲は美術の著作物とはいえないので、原告の著作権法112条による差止め請求は、その余について検討するまでもなく失当であり、棄却を免れない。
5 次に、不法行為の主張について検討するに、成立に争いのない甲第4号証の1ないし4、原告代表者本人尋問の結果によって成立の認められる甲第3号証、同第5号証、前掲検甲第5号証、被告の商品であることに争いのない検甲第6号証、原告、被告各代表者本人尋問の結果によると、被告は本件袋帯甲を問屋の展示会で見てその図柄をスケッチし、能衣裳の図柄の本等も参考にして図案家に依頼して本件図柄乙を制作したもので、本件図柄乙は本件図柄甲の模倣であること、本件図柄乙は本件図柄甲と、二重桧垣の色及び形においてほぼ同一、枝垂れ梅もしくは枝垂れ桜の色及び形においても類似点が多く、丸紋5個1組の大きさ、配列及び丸紋の縁取りにおいて類似し、丸紋の中の花柄に相違がみられるものの、全体としては本件図柄甲に類似していること、原告は昭和59年7月頃から本件袋帯甲を1本12ないし13万円で販売していたのに、被告は昭和60年2月から同年4月末にかけて本件袋帯乙を約20本製造し、これを1本62,000円の単価で自己の商品として問屋に販売したこと(右の本件袋帯乙の単価については被告が明らかに争わない)、また本件袋帯甲は全部が正絹から成っているのに対し、分析検査によると、本件袋帯乙からはクラフト加工剤が検出されており、被告は本件袋帯乙の製造にあたり正絹を増量するためクラフト加工した絹糸を一部に使用しているにもかかわらず、本件袋帯乙に西陣織工業組合の制定した正絹の証紙を貼付し、正絹ではあるがクラフト加工糸を使用している旨の同組合制定の証紙を貼付していないこと(同組合では西陣織製品の品質を保持するため、組合員に対し、正絹のみの製品には同組合制定の正絹の証紙を貼付し、正絹にクラフト加工絹糸を使用した製品には同組合制定のクラフト加工糸使用の証紙を貼付することを義務づけているのに、被告はこれに従わなかったこと)(被告が本件袋帯乙に同組合制定の正絹の証紙を貼付したことは被告が明らかに争わない)、もっとも被告の本件袋帯乙の製造コストは1本約25,000円から30,000円であり、被告の1本62,000円の販売単価は不当な廉売とまではいえないこと。しかし、原告は、被告の本件袋帯乙の製造販売により、問屋から原告が本件袋帯甲に類似した品質の劣る袋帯を安価で別途に販売しているように誤解されて多数の苦情を受け、本件袋帯甲に関する営業活動及び原告の営業上の信用を侵害されたこと、以上の事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
 右認定事実によれば、原告が本件袋帯甲ないし本件図柄甲につき不正競争防止法に基づく差止請求権及び著作権を有しないことは前記のとおりであるけれども、それでもなお、被告の本件袋帯乙の製造販売行為は不法行為を構成するものといわなければならない。
6 そこで、謝罪広告請求について検討するに、成立に争いのない乙第2ないし4号証、被告代表者本人尋問の結果によって成立の認められる乙第1号証、原告、被告各代表者本人尋問の結果によると、原告は昭和60年4月15日西陣織工業組合に本件図柄甲が被告によって侵害されている旨の届出をなし、同組合は同月20日被告と面接して調査し、日本染織意匠保護協会の本件図柄乙は本件図柄甲に類似するとの判定を承けて、本件袋帯乙の製造販売の中止を被告に指示したこと、請求の原因10の事実は被告がこれを明らかに争わず、このほか被告は同組合の制裁に従い、本件図柄乙の紋図、紋紙と始末書を同組合に提出し、本件袋帯甲及び乙各1点を買取って同組合に提出し、本件袋帯乙を問屋から回収して同組合の封印を受けて被告が保管し、昭和60年5月以降は本件袋帯乙を製造も販売もしていないこと、これらの制裁措置は同年6月19日付の同組合の速報に登載され、組合員が知るところとなったこと、以上の事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。
 右認定事実によれば、被告は西陣織工業組合の制裁を受け、このことは同組合の速報に登載され、同組合員の知るところとなったものということができるが、右は製造業者間における措置であり、帯の取引に関与する問屋の関係で原告の被った信用毀損の無形損害がこれによって回復されたことにはならない。原告の被った信用毀損の無形損害を回復するためには、繊維製品取引の業界新聞の一つである繊研新聞に別紙3記載の謝罪広告を別紙4記載の掲載条件で1回掲載させるのが相当である。しかし、前示のとおり被告がすでに一応制裁を受けていること、本件袋帯乙の製造販売を中止してからすでに4年余を経過していることを考慮すると、それ以上に複数の業界紙や一般紙にまで謝罪広告を掲載させるのは相当ではない。よって、原告の謝罪広告の請求は、右の限度で認容することとし、その余は棄却することとする。
7 次に、損害賠償請求について検討するに、原告は、被告の本件袋帯乙の製造販売により本件袋帯甲の製造販売を断念せざるを得なくなり、昭和60年7月以降3年間得べかりし利益を喪失した旨主張し、原告代表者本人尋問の結果中には、被告の本件袋帯乙の製造販売が原因となって、原告は本件袋帯甲の製造販売を断念せざるを得なくなったとの部分があるが、前示認定の被告の本件袋帯乙の販売量、販売期間、製造販売をとりやめた時期、問屋からの製品の回収及び封印凍結、西陣織工業組合の制裁及びその速報への登載による公表等の事実に照らすと、昭和60年7月以降において原告が本件袋帯甲を製造販売しえない合理的な理由が明らかでなく、原告の本件袋帯甲の製造販売の断念が被告の前示認定の不法行為によるものと解するには根拠が乏しく、右原告代表者本人尋問の結果は措信できない。
 また、原告は、本件図柄甲を創作するに要した費用をも有形損害として主張するが、右費用は被告の侵害行為の有無にかかわらず要するものであり、前示のとおり原告は本件図柄甲を使用した本件袋帯甲を単価12、3万円で少なくとも182本は製造販売し、それ相応の利益を挙げたものと考えられるから、右費用を被告の不法行為による損害とみることはできない。
 他に原告主張の因果関係及び有形損害の発生を認めるべき証拠はない。
8 よって、被告は原告に対しその被った無形損害の回復のため繊研新聞に別紙3記載の謝罪広告を別紙4記載の掲載条件で1回掲載すべき義務があるので、原告の請求を右の限度で認容し、その余は失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条、92条本文を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでその申立を却下し、主文のとおり判決する。

京都地方裁判所第2民事部
 裁判長裁判官 露木靖郎
 裁判官 井土正明
 裁判官 飯塚圭一
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