判例全文 line
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【事件名】神奈川県公文書公開条例事件
【年月日】平成元年5月23日
 横浜地裁 昭和60年(行ウ)第5号 公文書公開拒否処分取消請求事件

判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 森田明
同 関一郎
同 林良二
同 飯田伸一
同 沼尾雅徳
同 岩橋宜隆
同 野村和造
同 千葉景子
同 秋山幹男
同 近藤卓史
同 日置雅晴
同 三宅弘
被告 神奈川県知事 Y
右訴訟代理人弁護士 福田恒二
右指定代理人事務吏員 関雄吉
同 関野文男
同技術吏員 松尾芳浩
同 前川直彦


主文
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実
第1 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 原告の被告に対する昭和58年10月24日受領第「公開―83」号公文書公開請求につき被告が同年11月7日付でなした公開拒否処分を取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
 主文第1、2項と同旨
第2 当事者の主張
一 請求の原因
1 処分の存在
 原告は被告に対し昭和58年10月24日付で「神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例」(昭和57年10月14日神奈川県条例第42号)(以下単に「条例」という。)に基づき、別紙物件目録記載の共同住宅(以下「本件マンション」という。)の各階平面図(縮尺200分の1。以下「本件平面図」という。)、立面図(縮尺100分の1)及び断面図(縮尺100分の1。以上の各図面を総称して「本件各図面」という。)の閲覧を請求した(以下「本件閲覧請求」という。)ところ、被告は原告に対し、同年11月7日付で、左記理由により本件各図面の閲覧を拒否した(以下「本件拒否処分」という。)。
 記
(一) 本件各図面を公開することは明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるので、条例5条1項2号に該当する。
(二) 本件平面図については、右(一)に加えて、入居者への引渡しが進んでいる現時点においては、特定の入居者が生活する住居の間取りを示す特定個人に関する情報であって、条例5条1項1号に該当する。
2 処分の違法性
 しかし、本件拒否処分は、条例5条1項1、2号の解釈適用を誤った違法なものである。
3 よって、原告は被告に対し本件拒否処分の取消を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2は争う。
3 同3は争う。
三 被告の主張
1 条例5条1項1号について
(一) 条例2条は、公文書の公開においては、「個人の秘密、個人の私生活その他の他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされないように最大の配慮をしなければならない。」と定め、条例5条1項1号は右の趣旨に基づき、個人のプライバシー保護の観点から、個人に関する情報の原則的非公開を定めている。すなわち、条例5条1項は「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができる。」とし、同項1号で次のとおり規定する。「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 何人でも法令の規定により閲覧することができるとされている情報
イ 公表することを目的として作成し、又は取得した情報
ウ 法令の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの」
(二) 個人の識別可能性
 条例5条1項1号にいう「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当するか否かは、事柄の性質上、当該文書のみではなく、たとえば、住民票、建物登記簿謄本、表札、郵便受け及び案内板など他の資料ないし諸般の事情を総合して判断すべきである。
 本件平面図及びこれらの事情を総合判断すると本件マンションの特定の居室の入居者を識別する可能性があるから、本件平面図は個人を識別する可能性のある情報である。
(三) 公開非公開の判断の基準時
 行政処分の適否の判断は処分時の事実関係及び法令に従って判断すべきであって、被告が殊更に決定を長期間遅延させて、事実関係の変動を作出したというような特段の事情がないかぎり、処分時の事実関係を前提にして、公開非公開の決定を行うべきである。本件処分がなされた昭和58年11月7日の時点では本件マンションは完成し、入居者への引渡しが進行していた。なお、公開請求の時点においても、本件マンションはほとんどの居室の販売が完了し、かつ、程無く、鍵の引渡し及び住民票の移動も開始された。かかる状況のもとでは本件平面図は個人に関する情報であって、それ自体、特定の居室の入居者である個人を識別することができるものである。
(四) 但書イ
 本件マンションは一般に広告して販売されるものではあるが、本件平面図自体が広告の用に供されるものではない。したがって、本件平面図は公表を目的に作成されたものではない。
(五) 但書ウ
 また、周囲の環境への影響を知るうえにおいて、本件平面図自体を必ずしも必要とするものではない。周囲の環境への影響は完成済の建物の外観自体及び周辺地域の調査によって、十分に解明される。また、原告はすでに建築確認申請書、附近見取図、配置図、日影図を入手しているうえ、別途、建築計画概要書をも入手し得ること、原告は本件マンションとは遠く離れた場所に居住し、本件マンションの建築による影響を受けるべき状況にないことを合せ考慮すると本件平面図を公開する公益上の必要性はない。
(六) したがって、本件平面図は条例5条1項1号所定の「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得る」情報に該当することは明らかである。
2 条例5条1項2号について
(一) 条例5条1項2号は、実施機関は次に該当する情報が記録されている公文書については当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができると規定している。
 「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
ア 人の生命、身体又は健康を法人等又は個人の事業活動によって生ずる危害から保護するため、公開することが必要と認められる情報
イ 法人等又は個人の違法又は不当な事業活動によって生ずる消費生活の安定に対する著しい支障から消費者を保護するため、公開することが必要と認められる情報
ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの」
(二) 2号本文
(1) 法人等の団体に関する情報及び事業を営む個人に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に「明らかに不利益を与える」と認められるものとは、その文言自体からも、また、条例の制定過程からも、当該法人等又は当該個人に不利益を与えることが明らかであることを意味するもので不利益の程度ないし内容について、「経済活動等の正当な活動を困難にするような不利益」ないし「実質的に重大な不利益」に限定されるものではない。
 また、第三者から取得した情報については、行政機関が自ら作成した行政機関内部の文書とは自ずから性質を異にするから、公文書の公開に当たっても、経済活動を営む法人又は個人等に不利益を与えることはできる限り防止すべきである。条例案の審議に当たった神奈川県議会も、附帯決議を附し、これにおいて「第三者情報の公開に当っては、その取り扱いに慎重を期すること。」と特別の指摘をした。
 法人等又は事業を営む個人等が行政機関に提出した、いわゆる第三者情報の公開、非公開の判断に当たっては、法人等の性格(私企業であるか、公法人であるか等)、当該情報の内容ないし性格、当該情報と法人等の関係(事業活動における当該情報の位置付け、当該情報の作成目的ないし経過等)、公開の内容及び程度、他の情報による代替性の有無及び程度、公益上の必要性の有無、当該情報を被告に提出した目的ないし経過、公開についての提出者の意見内容等の諸事情を総合的に比較考量して決すべきである。
 その取扱いに慎重を期するため、被告は第三者情報の取扱要領を定め、当該第三者の意見を聴取したうえで、当該第三者情報を公開するか否かを決定することとしている。
(2) 本件各図面の性格ないし内容
 本件各図面は株式会社太陽企画事務所(以下「太陽企画」という。)が自己の営業活動の用に供する目的で作成した設計図面であり、設計者が専門的知識、技能及び技術上のノウハウに基づき創作した知的生産物である。また、本件各図面は相当の報酬を支払う依頼主に対してのみ使用目的を限定して提供されるものであって、不特定多数の第三者に頒布されることを目的として作成されるものではない。
(3) 著作権の侵害
 本件各図面は前記のような内容ないし性質のものであるから、著作権により保護されるべき著作物である。
 被告は、本件閲覧請求のなされた後、太陽企画に対し、本件各図面の公開について意見を聴取したところ、太陽企画は、建築計画概要書に示される程度の書類の公開は支障がないが、他の図面の公開は営業上支障がある旨の意見を示した。
(4) したがって、太陽企画の意に反し本件各図面を公開することは太陽企画の著作権を侵害し、太陽企画に明らかに不利益を与えることとなる。
(三) 2号但書
 原告は、本件閲覧請求に先立ち、条例に基づいてなした昭和58年4月1日付の公文書公開請求手続により、本件マンションの建築確認申請書、付近見取図、配置図、日影図及び審議カード(一部を除く)の各写しを入手している。本件マンションの環境への影響については、右各図書の閲覧等によって、十分知ることができるのであって、本件各図面まで公開すべきではない(そもそも、原告は、本件マンションとは遠く離れた場所に居住しており、本件マンションの影響を受けるべき状況にない。)。
(四) 以上によれば、本件各図面は、条例5条1項2号の「公開することにより、当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められる」情報に該当する。
3 理由付記の問題
 情報公開制度においては、大量かつ多様な文書の公開請求に対し、短期間にその諾否を決すべき状況にあるうえ、公開を拒否する場合、事柄の性質上、非公開の部分を具体的に明示して、詳細な記載を行うことはできず、その理由付記には自ずから限界が存すること、条例5条1項によれば、非公開とすることができる情報はかなり具体的に類型化された形で列挙されていること、並びに、条例による情報公開制度の趣旨及び内容等に照らすと、非公開文書が条例5条1項のいずれの号に該当するのか、また、如何なる理由で、それに該当するのか、以上の2点が略記されれば足りる。
 本件処分においては、本件平面図は条例5条1項1号及び2号に該当することが明示され、1号の関係で、「入居者への引渡しがすすんでいる現時点においては、特定の入居者が生活する住居の間取りを示す特定個人に関する情報であるため」、2号の関係で、「明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるため」と記載され、また、本件立面図及び断面図は条例5条1項2号に該当することが明示され、「明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるため」と記載されている。
 右の各記載によれば、本件平面図には、特定入居者が生活する住居の間取りが示されており、特定の入居者という「特定個人が識別され得る」「個人に関する情報」であるため、条例5条1項1号によって、また、本件各図面はいずれもこれを公開することにより本件各図面の設計者の人格上及び財産上の権利を侵害し、右設計者に明らかに不利益を与えると認められるため、条例5条1項2号によって、それぞれ、その公開を拒否したことを知り得るのであるから、条例7条3項所定の理由付記として、なんら欠けるところはない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1(一)の事実のうち、条例2条、5条1項の規定が被告主張のとおりであることを認め、その余は争う。
 同1(二)の事実のうち、条例5条1項1号の規定が被告の主張のとおりであることを認め、その余は争う。
 同1(三)の事実は否認し、その主張は争う。
 同1(四)の事実のうち、本件マンションが一般に広告して販売されるものであることを認め、その余は否認する。
 同1(五)の主張は争う。
 同1(六)は争う。
2 同2(一)の事実は認める。
 同2(二)(1)の主張は争う。
(同2(二)(2)の事実につき原告は明らかに争わない。但し、細かな技術的配慮ないしノウハウは本件各図面に記載されていないと原告は主張する。)
 同2(二)(3)の事実のうち、本件閲覧請求のなされた後、被告が太陽企画に対し本件各図面の公開について意見を聴取したこと、太陽企画がこれに対し意見を述べたこと、及びその意見の内容は不知、その余は否認する。
 同2(二)(4)は争う。
 同2(三)の事実のうち、原告が本件閲覧請求に先立ち被告主張の文書の写しを入手していることを認め、その余は否認する。
 同2(四)は争う。
3 同3の事実のうち、本件処分に記載された理由が被告主張のとおりであることを認め、その余の主張は争う。
五 原告の反論
1 情報公開制度の趣旨
 情報公開制度は、人々が知る必要のある、あるいは知りたいと考える、行政の保有する情報を入手、利用できるようにする制度であり、国民の情報への接近・入手・利用(アクセス)を保障する権利、すなわち「知る権利」を実現するための制度である。
 国民主権の近代国家において国民が政治・行政に関する情報を知る権利を有することは自明の前提である。また、高度に組織化された現代の情報化社会において「知る権利」は、表現の自由の主要な内容をなすものである。そして、今日、国民の健康・財産を守り、環境破壊を防ぐために、行政の保有する企業情報を公開させる必要性は大きい。
 このように、情報公開制度の趣旨は、国民主権の原理や基本的人権の諸規定など憲法により保障される「知る権利」を具体化するところにある。
2 公文書公開の原則
 条例4条は「県内に住所を有する者、県内に勤務する者、県内に在学する者、県内に事務所又は事業所を有する法人その他の団体その他県の行政に利害関係を有するものは、公文書の閲覧及び公文書の写しの交付を請求することができる。」と定め、同5条1項本文は「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができる。」と定めている。
 これは、条例においては、適法な公開請求がなされた以上、公文書は公開されることを大原則とし、非公開とするのは極めて限られた例外であることを定めたものにほかならない。
 このことは、神奈川県情報公開準備委員会が作成した「情報公開制度に関する調査研究報告書」(以下「報告書」という。)が、「情報公開は公開を原則とするが、その例外として非公開とせざるを得ないものがある。適用除外事項は、このような情報について定めるもので、できるかぎり限定的に、かつ、明確にする必要がある。」とし、また、神奈川県情報公開推進懇話会による「神奈川県の情報公開制度に関する提言」(以下「提言」という。)が、「@非公開とすることができる情報は、必要最小限とすべきである。A非公開とすることができる情報の範囲を明らかにする適用除外事項は、具体的な例をあげるなどして、限定的な表現にすべきである。」と述べていることからも明らかである。
 さらに、条例7条3項は、「閲覧等の請求に係る公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むときは、その理由を併せて通知しなければならない。」と規定しているが、これは、公開が原則であるから、例外として非公開とする場合には実施機関の側でその理由を明らかにしなければならない、という条例の基本的構造に由来するものである。
3 条例5条1項1号について
(一) 情報公開制度と個人情報
 個人のプライバシーの権利とは、自己に関する情報についてのコントロール権をいうが、ここではその消極的側面としての「一般に知られていない私生活上の事実等をみだりに公開されない権利」をいう。個人のプライバシーは、十分に尊重されなければならず、知る権利との間の権利調整の問題はいわば「善と善の衝突」という難しい利益考量が必要となる。知る権利に基づく情報公開制度と個人のプライバシー保護との利益調整は、情報公開制度の趣旨から、公開を原則としつつ、厳密な比較考量を行い、当該個人のプライバシーの不当な侵害に当らない場合には公開すべきものである。
 個人に関する情報をすべて原則非公開としてしまうことは、情報公開制度の本旨に反する。
 ところで、条例2条は、「個人の秘密、個人の私生活その他の他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされないように最大限の配慮をしなければならない。」と規定し、一方、条例5条1項1号は、同号但書に該当する場合を除いて、個人に関する情報であって、個人が識別され又は識別され得るものを非公開とすることができると定めている。条例5条1項1号の規定は条例2条より広い範囲を個人情報としている。
 情報公開制度の趣旨からすれば、同号の個人情報のうち条例2条で指摘されている部分が原則非公開であるというべきであって、条例5条1項1号の定める個人情報の範囲すべてが原則非公開と解すべきではない。
(二) 本文への該当
 本件平面図は、5階建マンションに関するものであり、はじめから居住者が自己の希望によって設計させ、建築するのとは異なり、一般に広告して販売することを要するものである。また、こうしたいわゆる中高層建築物は周囲の環境にさまざまな影響を与えるものであるから、建築についての基本図面は公開する必要が高く、現に逗子市開発指導要綱では、説明会などの機会に公開することが予定されている。
 したがって、本件平面図のようなものはいわば公開を前提としているものであって、「他人に知られたくない個人の情報」とはいい難く、また、これを環境への影響を知るために公開することは決して「みだりに公にされる」といったことではない。
(三) 判断の基準時は請求日である。
 公開非公開の決定は特定の文書について特定の時期にその事由があるか否かを判断するものである。もし、判断の基準日を決定の日とするなら、実施機関は非公開とすることができる事由が生じる時期に決定を下すことによって、本来公開されるべきものを恣意的に非公開とすることが可能となる。
 本件公文書閲覧請求日である昭和58年10月24日には鍵の引渡しすら全くなかったのであるから、「入居者への引渡しが進んでいる」とは到底いい難く、本件平面図はそもそも「個人に関する情報」ともいえない。
(四) 他の資料・事情の考慮
 条例5条1項は、当該文書から特定個人が識別され得る個人に関する情報を公開しないことができるとしたものである。他の事情から偶然入居者名を知ることができたとしても本件平面図から特定個人を識別することができない場合には本件平面図を同条項により非公開とすることはできない。
4 条例5条1項1号但書について
 本件平面図は法令により行われた建築確認申請に際して被告が取得した情報であって、周囲の環境への影響を知るという公益のために必要と認められるものである。
 「神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例の解釈及び運用の基準」によれば、右但書ウに該当する情報の例として、「建築確認申請書のうち、但書ウに該当するもの」が挙げられている。建築確認申請書そのものは条例によらなくとも公開されているから、ここにいう建築確認申請書とは、付属書類を含めた全体をさすと解すべきであり、本件平面図はまさにこれに該当する。
5 条例5条1項2号について
(一) 昭和55年8月に神奈川県が公表した「中間報告」の中では、「法人、団体等に関する情報で、公開することにより、当該法人等に重大な不利益を与えるもの」を適用除外事項とし、その後公表された「報告書」では、単に「当該法人等に不利益を与えるおそれのあるもの」を非公開にできるとしたものの、これに対して批判が集中した結果、「提言」では、「当該法人等に著しく不利益を与えるおそれのあるもの」という限定的な表現とし、これを踏まえて、条例5条1項2号は「明らかに不利益を与えると認められるもの」という規定となった。
 また、条例の制定過程で、企業情報の非公開が従来多くの環境破壊・生命・健康の侵害を生みだし、救済を困難にしていたから、企業情報を非公開とすることのできる範囲を厳しく限定すべきである旨の意見が強く主張されていた。
 県議会における附帯決議は、「第三者情報の公開に当っては、その取り扱いに慎重を期すること。」を求めているが、上記の制定経過からすれば、「提言」では「著しく不利益を与える」という規定であったのを、条例では「明らかに不利益を与える」という規定になったことから、「不利益」を拡大解釈することのないよう求めたものである。しからずとも、法人等の経済活動に関する情報については、公開により法人等に与える不利益の程度と公開の必要性を充分に吟味せよとの趣旨に解すべきである。
 ところで、知る権利をも包含する表現の自由などの精神的活動に関する人権は、財産権や経済的活動に関する人権より原則的に優越的地位を認められるべきであるから、知る権利を制限する公文書の非公開は原則として知る権利の内在的制約として是認できる場合に限られる。
 個人又は法人の営利的活動が害されることも知る権利を制約する一つの根拠となり得るが、これらの営利的活動に対する不利益を理由に知る権利を制約する場合は、知る権利を犠牲としてもなお非公開とせざるを得ないだけの重大な不利益、すなわち、「その法人等の正当な活動を困難にするような不利益」をこれらの営利的活動に与える場合でなければならない。
 したがって、条例5条1項2号は「明らかに不利益を与えると認められるもの」という規定は現実的、具体的な不利益でなければならないし、その不利益は客観的に明白でなければならない。
(二) 本件各図面の性格
 建築確認申請書付属図面は
 @ 附近見取図、配置図、各階平面図
 A 立面図、断面図
 B 基礎伏図、各階床伏図、小屋伏図、構造詳細図、構造計算書
 C 室内仕上げ表
 D 日影図
からなり、右のうちBが構造設計図であり、その他は意匠設計図である。
 本件各図面はいずれも建築確認申請書に添付する、縮尺100分の1ないし200分の1の意匠設計図に当るが、平面図・立面図・断面図は全体の形状を示すための図面であるから細かな技術的配慮は記載されていないし、将来建物が完成すれば概ね人目に触れることとなる内容である。
 本件各図面と同様の性格の図面はさまざまな形で公表されている。原告自身、逗子市の建設部で見せて貰ったことがあるし、業者が説明会等で公開する。また、横浜市の機関は概ね弁護士法23条の2による照会請求によっても建築確認付属図面の取寄せに応じている。
 (三) 本件各図面の内容、性格は右のとおりであるから、本件各図面の公開によって太陽企画に明らかに不利益を与えることはない。
 なお、被告は本件各図面の公開は太陽企画の著作権を侵害すると主張するが、原告は本件では写しの交付を請求していない以上、複製権の侵害となることはないし、本件平面図のように、公開を予定して作成され一般に広く公開されてきた図面は公表権の対象とならない。仮にそうでなくとも建築確認申請書に添付したような場合、おそくとも確認申請時期には公表に付したと解される。
 いずれの点からしても、本件平面図の公開が著作権の侵害となることはない。
6 条例5条1項2号但書について
 本件マンションのような中高層建築物の周辺の環境に及ぼす以下の影響を知る上で、本件平面図は欠くことのできない基本図面である。
(一) 実際の日影を知るには、日影図のみでは不十分であり、隣地との高低差を示す断面図あるいは立面図と組合せる必要がある。
(二) 周辺住民の眺望及び空間が確保されるか否かを知るためには立面図が必要である。立面図に土地の高低差が示されていない場合にはそれを記載した断面図も必要である。
(三) 周辺住民のプライバシー保護及び防犯のため、それらに対する影響を知るためマンションの窓の位置・高さ・大きさ等を示す立面図、隣地との高低差を示す断面図、窓の用途を示す平面図が必要である。
(四) 通風の確保及び風害については、中高層建築物の周囲に起る収束気流(突風)の状況を知るため、位置図や配置図のみならず、高低差を見るために断面図あるいは立面図が必要であるとともに、壁面の曲率や凹凸を示す平面図及び立面図が必要である。
(五) 電波障害の発生の有無は位置図、配置図の外に断面図及び立面図が必要である。
(六) 反照(照り返し)による被害が建築物によってもたらされるか否かを知るためには、位置図、日影図のほかに、少なくとも断面図及び立面図が必要である。
(七) その他、臭気被害、建物からの廃水が周囲に与える影響、騒音被害を知るためにも平面図、立面図を必要とする。
 以上のとおり、本件各図面は、本件マンション建設によって生ずる周辺住民のプライバシー・防犯・眺望・日照、風害、電波障害及び緑地減少等に影響を与えるから、周辺住民の生活環境を保護するために公開されることが必要な情報である。
 したがって、同条同項同号但書アに準ずるべきものであり、かつ、公益上の必要性も高いから、本件各図面は各例5条1項2号但書ウに該当する。
7 理由付記
(一) 理由付記の必要性
 条例7条3項は実施機関が公文書の閲覧を拒むときはその理由を通知しなければならないと規定し、非公開決定に理由付記を義務付けている。どの程度の理由付記が必要かは、処分の性質と理由付記を命じた各法律の趣旨、目的に照してこれを決すべきである。条例の除外事由には「明らかに不利益」「協力関係を著しく害するおそれ」等の包括的な規定が存しているため、拒否処分の理由は処分の根拠を特定するために必要不可欠である。
(二) 本件における理由付記の違法性
 本件平面図の公開拒否理由は「入居者への引渡しがすすんでいる段階においては、特定の入居者が生活する住居の間取りを示す特定個人に関する情報であるため」と記載している。しかし、条例5条1項1号の要件である「特定の個人が識別されまたは識別され得る」に該当する事実の記載がない。
 また、本件各図面の公開拒否理由は「明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるため」と記載している。「設計者の人格上及び財産上の権利」の内容が不明確であるため、なぜ「明らかに不利益を与えると認められる」のか了知することができない。
 証拠関係は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由
一 請求の原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第9号証の2、原本の存在及び成立に争いのない甲第25、26号証、成立に争いのない乙第31号証の2、同第37号証の1、証人Aの証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第37号証の2、証人Bの証言(但し、後に措信しない部分は除く。)によれば、次の事実が認められる。
1 設計図は意匠設計図、構造設計図、設備設計図に3分される。意匠設計図とは附近見取図、配置図、仕上表、平面図、立面図、断面図、矩計図、天井伏図、展開図、建具表、各部詳細図、日影図等であり、構造設計図とは基礎伏図、伏図、軸組図、構造詳細図、構造計算書であり、設備設計図とは電気設備図、給排水設備図、空調換気図等である。
2 建築確認申請書付属図面は
(一) 附近見取図、配置図、各階平面図
(二) 立面図、断面図
(三) 基礎伏図、各階床伏図、小屋伏図、構造詳細図、構造計算書
(四) 室内仕上げ表
(五) 日影図
からなり、右のうち(三)が構造設計図であり、その他は意匠設計図である。本件各図面はいずれも意匠設計図に当る。
3 建築基準法施行規則1条1項の表は、平面図、立面図、断面図について明示すべき事項を次のとおり定めている。
(一) 平面図、縮尺、方位、間取、各室の用途、壁及び筋かいの位置及び種類、通し柱、開口部及び防火戸の位置並びに延焼のおそれのある部分の外壁の構造
(二) 立面図、縮尺、開口部の位置並びに延焼のおそれのある部分の外壁及び軒裏の構造
(三) 断面図、縮尺、床の高さ、各階の天井の高さ、軒及びひさしの出並びに軒の高さ及び建築物の高さ
 右の規定は建築確認申請書に添付する図面として記載すべき最低限度の事項を明示したにとどまり、実際の図面にはそれ以外の情報をも記載することがある。
4 平面図から住居の間取り、各室の用途等をおおよそ知ることができる。
5 本件各図面は太陽企画が自己の営業活動の用に供する目的で本件マンションの建築工事のために作成した設計図面であり、設計者が、専門的知識、技能に基づき創作する知的生産物である。
6 本件各図面には以下のとおり設計上の創意工夫ないしノウハウが含まれている。
(一) 本件マンションの敷地(以下「本件敷地」という。)は前面が有料道路に面していて、建物の建築が困難であると考えられていたが、太陽企画は調査により建築が可能であることを明らかにした。
(二) また、不整形地である本件敷地を有効利用し、建物の外観、採光等の諸々の事情を考慮して本件マンションを雁行形とし、かつ、部屋の配置及び間取り、道路の位置及び形状等を工夫し、雁行形の建物に生ずる極端な三角形の部屋をなくするなど地形、地勢、周囲の環境に適合したマンションを建築するための創意工夫がこらされている。
(三) 更に、本件敷地は海岸近くにあり、高潮や河川による水害を受けることを防止するため、階高等に工夫を凝らした。
(四) 塩害対策として壁の被り厚さ、配管の仕方等に設計上の工夫がほどこされている。
 以上の接道規制対策、塩害対策その他建物設計上の創意工夫が図面上にあらわれている。
 右認定に反する趣旨の証人Bの供述部分は前顕各証拠と対比すると措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
三 条例5条1項2号について
 条例5条1項は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記載されている公文書については、当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができる。」と規定し、同項2号で、「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人に明らかに不利益を与えると認められるもの。」と規定している。
 成立に争いのない甲第2号証、同第6号証によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
1 昭和55年8月に神奈川県が公表した「情報公開制度に関する調査研究中間報告」は、「法人、団体等に関する情報で、公開することにより、当該法人等に重大な不利益を与えるもの」を公文書公開の適用除外事項とし、その後昭和56年9月に公表された神奈川県情報公開準備委員会の前記「報告書」では、単に「当該法人等に不利益を与えるおそれのあるもの」を非公開とすることができるとした。
2 次いで、昭和56年9月知事の委嘱した県民代表、市町村代表及び学識経験者30名からなる神奈川県情報公開推進懇話会が昭和57年7月に公表した前記「提言」では「当該法人等に著しく不利益を与えるおそれに〈「に」は「の」か〉あるもの」を公文書公開の適用除外事項とした。
3 以上の経緯を経て、条例5条1項2号は「明らかに不利益を与えると認められるもの」という規定となった。
 なお、条例案の審議に当って神奈川県議会は「第三者情報の公開に当っては、その取り扱いに慎重を期すること。」との附帯決議を附したことは当事者間に争いがない。
 以上の経緯、規定の文言からすると、条例5条1項2号の「明らかに不利益を与えると認められるもの」という規定は単に「当該法人等に不利益を与えるおそれのあるもの」という文言も、「当該法人等に重大な不利益を与えるもの」という文言もともにこれを退けた規定であり、したがって、同項の「明らかに不利益」とは文書を公開することにより法人等が不利益を受ける単なる「おそれ」があるにすぎない場合では不十分である一方、その不利益が法人等の経営の危機を招来するような重大なものであることを要求するものではない趣旨と解される。
 したがって、条例5条1項2号にいう「明らかに不利益を与えると認められるもの」という規定は不利益を与えるおそれだけでは不十分であるという意味で、その不利益は現実的、具体的なもので、かつ、客観的に明白なものでなければならないと解すべきである。しかし、「経済活動等の正当な活動を困難にするような不利益」ないし「実質的に重大な不利益」に限定されるものではないと解するを相当とする。
 法人等の団体に関する情報及び事業を営む個人に関する情報が、公開することにより、当該法人等又は当該個人に「明らかに不利益を与える」と認められる場合の典型的なものは、生産技術上のノウハウに関する情報、販売上のノウハウに関する情報、信用上不利益を与える情報、人事等専ら法人内部の情報などであるが、閲覧等の請求にかかる情報の内容、法人の性格、規模、事業活動における当該情報の位置付け等を総合して判断すべきである。
四 ところで、建築家がその知識と技術を駆使して作成した建築物の設計図は著作権の目的として保護される著作物であると解すべきところ、前認定のとおり、本件各図面は太陽企画が専門的知識、技能に基づき創作する知的生産物で、著作権の目的として保護されるべき著作物であることが認められる。
 被告は本件各図面を公開することが太陽企画の有する本件各図面に関する複製権を侵害すると主張するが、原告は本件公開請求において本件各図面の写しを請求していると認めるに足りる証拠はないから、被告が原告に本件各図面の写しを交付することは必要でないので、写しの作成交付が本件各図面の複製権を侵害するか否かを論ずるまでもなく、被告の主張は理由がない。
 本件で問題になるのは本件各図面の公表権である。著作権法18条1項は「著作者はその著作物でまだ公表されていないものを公衆に提供し、又は提示する権利を有する。」と規定している。
 成立に争いのない乙第13号証、同第27号証の1(但し、原本の存在も争いがない。)、同第30号証の1、2、同第36号証の1、証人Aの証言及び同証言により真正に成立したと認められる乙第27号証の2、同第36号証の2によれば、
1 太陽企画が委託を受けて設計した場合、設計図書の著作権は太陽企画に属すること、太陽企画が委託者に提出する設計図書は5部以内とし、5部をこえる場合は有償とすること、委託者がこの設計図書により建物を建てることのできるのは1回かつ1棟であること、設計委託契約上の権利義務は相手方の書面による同意がなければ第三者に譲渡できないこと
2 被告は、本件閲覧請求のなされた後、昭和58年11月5日太陽企画に対し、公開について意見を聴取したところ、太陽企画は、営業上の支障があり、かつ、技術の盗用のおそれがあるので本件各図面の公開には支障がある旨の意見を示した。また、昭和60年12月3日の県知事に対する回答では更に著作権の侵害を理由に公開に異議を述べていることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 設計図面自体は一般的に公衆に提供されることを予定している著作物ではなく、設計者が設計委託者に対し部数を限って設計図書を提供するのが通例で、設計図書自体を公表することは通常の場合考えられないが、このことを理由に設計図書に関し著作権の一態様である公表権が否定されるものではないというべきである。
 ところで、設計者が設計委託者に対し設計図書を提供する場合、部数を限って設計図書を提供するのが通例であることは前記のとおりであるが、委託者がその設計図書を利用してなす建築も1回かつ1棟に限られていること、設計委託契約上の権利義務は相手方の書面による同意がなければ第三者に譲渡できないとされていることからすると委託者に設計図書を提供することは公衆に提供することに当らず、また、建築確認申請に際し設計図書を添付、提出したことも、建築確認という行政手続のために当該行政庁に提出したものであり、公衆に提供したことに当らない。
 しかしながら、著作者が公表権を有することを理由に未公表の設計図書の全てが公開禁止されると解することは相当でない。問題は公表権そのものの存否ではなく、設計図書自体の公表によって著作者に如何なる不利益を与えるかであり、その不利益が条例5条1項2号にいう「明らかに不利益を与えると認められるもの」と認められるか否かである。
 五 前認定のとおり、本件マンションの敷地は前面が有料道路に面し、通常建物の建築が困難であると考えられていたが、太陽企画の調査により建築が可能であることを明らかにしたこと、また、本件敷地は不整形地であるが、土地の有効利用、建物の外観、採光等の諸々の事情を考慮して本件マンションを雁行形とし、かつ、部屋の配置及び間取り、道路の位置及び形状等を工夫し、雁行形の建物に生ずる極端な三角形の部屋をなくするなど地形、地勢、周囲の環境に適合したマンションを建築するための創意工夫がこらされていること、更に、本件敷地は海岸近くにあり、高潮や河川による水害を受けることを防止するため、階高等に工夫をこらしたこと、塩害対策として壁の被り厚さ、配管の仕方等の創意工夫がこらされていること、これらの創意工夫は本件各図面上にあらわれていることが認められる。
 したがって、本件各図面には設計者である太陽企画の設計上の創意工夫ないしノウハウが含まれていて、これらを公開すれば太陽企画に明らかに不利益を与えると認めるを相当とする。
 なお、原告は、本件各図面と同様の性格の図面はさまざまな形で公表されていると主張し、(1)原告自身、逗子市の建設部で見せて貰ったことがあるし、業者が説明会等で公開する。(2)横浜市の機関は概ね弁護士法23条の2による照会請求によっても建築確認付属図面の取寄せに応じているという。
 しかし、仮に右の主張が正しいとしても、本件処分の適否は条例の規定に基づく公開が許されるか否かにかかる問題であるから、(1)は業者が便宜提示提供した場合であり、また、(2)は制度趣旨を異にするからこれらと同様に本件を考えることはできないものである。
六 条例5条1項2号但書について
 条例5条1項2号但書によれば以下の情報を公開除外事項から除いている。
ア 人の生命、身体又は健康を法人等又は個人の事業活動によって生ずる危害から保護するため、公開することが必要と認められる情報
イ 法人等又は個人の違法又は不当な事業活動によって生ずる消費生活の安定に対する著しい支障から消費者を保護するため、公開することが必要と認められる情報
ウ ア又はイに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの
 したがって、但書ウの情報とはア又はイらに直接該当しないが、それらと同趣旨であり、情報の内容も類似しているものをいい、生活環境、自然環境の破壊等に関する情報が含まれるものと解される。
 「原告の主張」6(一)ないし(七)において原告の主張する、日影、眺望、プライバシー、風害、電波障害等は生活環境ないし自然環境の破壊に関するものであり、中高層マンションが新たに建築された場合、程度の差はあれ、環境に影響を与えることは明らかである。
 しかし、問題は、本件各図面から日影、眺望、プライバシー、風害、電波障害等の生活環境ないし自然環境の破壊に関する情報を得ることがどの程度でき、かつ、これらの情報を得るためには本件各図面は不可欠であるかである。
 原告は、本件閲覧請求に先立ち、条例に基づいてなした昭和58年4月1日付の公文書公開請求手続により、本件マンションの建築確認申請書、付近見取図、配置図、日影図及び審議カード(一部を除く)の各写しを入手していることは当事者間に争いがない。
 原本の存在及び成立に争いのない乙第20ないし第22号証によれば建築確認申請書、配置図からは敷地の形状及びその面積、建物の構造、用途、その位置、平面上の形状、その面積、各階の高さ、その面積等建築物の概要を知ることができ、日影図からは本件マンションによって生ずる日影を知ることができることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
 原告が入手した右各図書等によって本件マンションによって生ずる日影被害の有無、程度は十分に知ることができるし、眺望及び空間に関する影響、周辺住民のプライバシーに対する影響も右の各図書から一応知ることができる。通風及び風害、電波障害の発生の有無等本件マンションのような中高層建築物の周辺の環境に及ぼす影響は原告が入手した各図書のみから知ることはできないことは明らかであるが、これらの影響は実地の調査、研究、一般的な科学的法則等によって明らかにされるものであり、本件各図面はその基礎的データとしての意味がないとはいえないにしても、本件各図面からこれらの影響を容易に知ることができる性質のものではなく、これらの影響を知るうえで、本件各図面の必要性には疑問がある。その余の原告の主張についても本件各図面の必要性を認めることはできない。
 本件各図面から知り得る生活環境等に関する情報が以上のとおりであれば、本件各図面を公開すべき公益上の必要性があるとはいえない。
 したがって、本件各図面は条例5条1項2号但書に該当しない。
七 次に、原告は被告に対し昭和58年10月24日付で本件閲覧請求をなしたところ、被告は原告に対し同年11月7日付で本件拒否処分をしたことは当事者間に争いがない。
 行政処分の適否の判断は、処分庁が殊更に決定を長期間遅延させて事実関係の変動を作出するなどの特段の事情がないかぎり、処分時の事実関係及び法令に従ってなされるべきである。
 本件請求から処分の日までの期間が右のとおりであり、被告が殊更に本件処分の決定を長期間遅延させたと認めるに足りる証拠はなく、したがって、本件処分の適否は処分時である昭和58年11月7日を基準時として判断すべきであると解するを相当とする。
八 条例5条1項1号について
 条例2条は、公文書の公開において、「個人の秘密、個人の私生活その他の他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公にされないように最大の配慮をしなければならない」と定め、条例5条1項は「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、当該公文書の閲覧又は当該公文書の写しの交付を拒むことができる。」とし、同項1号で「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。」を非公開とすることを定めている。
 条例5条1項1号は同2条の趣旨に基づき個人のプライバシー保護の観点から規定されたものであり、同5条1項1号の「個人に関する情報」は、プライバシーをその中核とするものであることは明らかであるが、その文言からすると明確にプライバシーと認められるものに限る趣旨ではなく、プライバシーであるか否かが不明確なものをも含めた個人に関する情報と解すべきである。したがって、個人に関する情報には思想、宗教、意識、趣味等に関する情報、心身の状況、体力、健康等に関する情報、資格、犯罪歴、学歴等に関する情報、職業、交際関係、生活記録等に関する情報、財産の状況、所得等に関する情報など、個人に関する全ての情報が含まれると解すべきである。
 成立に争いのない乙第24号証の1、2、同第25号証の1、2、原本の存在及び成立に争いのない乙第26号証の1、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第26号証の2、証人Aの証言によれば本件マンションは昭和58年2月に着工し、同年11月に完成したこと、本件マンションの販売用住戸は57戸、本件マンションの住戸を昭和57年12月23日から販売し、同58年3月18日完了したこと、本件マンションの鍵を買主の〈「の」は「に」の誤?〉引渡し始めたのは昭和58年10月31日からで、同年11月7日までに鍵の引渡しを行ったのは23戸であったこと、また、同日までに本件マンションに住所を定めたものは18人6世帯であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、本件平面図の内容は前記二において認定のとおりである。
 右によれば、建築確認申請のために提出する平面図から大まかなものであるが居住者の住居の間取り、用途等を知ることができ、これによりその所有者の財産状態、私生活を窺い知ることが可能であるから、右平面図は個人の財産及び私生活に関する情報であると認めるを相当とする。なお、分譲用のマンションの場合、売却、鍵の引渡しが進んでいる段階では当該マンションの平面図全体が個人の財産及び私生活に関する情報であると解すべきである。
 したがって、本件平面図は個人に関する情報であるというべきである。
 次に、条例5条1項1号にいう「特定の個人を識別し、又は識別することができる」とは、当該情報のみにより識別できる場合だけではなく、他の資料をも総合すれば容易に特定の個人を識別し、又は識別することができる場合も含まれると解すべきである。
 ところで、前顕乙第20号証によれば本件マンションは太陽企画が分譲用のマンションとして建築したものであることが認められる。弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第8号証、同第9号証の1、2の記載からも明らかなとおり、分譲用のマンションの平面図には当該マンション名を付した工事名等が記載されてはいるが、勿論、右平面図自体に分譲後の所有者等の特定個人名が記載されることはないから、右平面図自体から特定個人を識別することはできない。
 しかし、人の住居というものは人の私生活の本拠であり、その住いの状況に関する情報がみだりに公開されることは、重大なプライバシーの侵害であるというべきである。ところろ〈「ろ」は重複〉が、建物の場合、たとえば、表札、郵便受け及び案内板などにより、当該建物を住居とする個人等を特定するに足りる表示をするのが通例であり、これらの資料を用いることにより図面自体にその表示がなくても、容易に建物の所在、所有者を特定し、個人の住居の様子を知ることができる状態になる。
 このように個別性の強い情報で他の資料から容易に個人を識別することができる情報も、個人を識別することができる情報というべきである。したがって、本件平面図は個人を識別することができる情報に当ると解するを相当とする。
 したがって、本件平面図は条例5条1項1号に該当する情報であると解するを相当とする。
九 次に本件平面図が条例5条1項1号但書に該当する情報であるか否かを検討する。
 条例5条1項1号但書イは「公表することを目的として作成し、又は取得した情報」を公開の除外事項の例外としている。本件マンションはひろく一般公衆に広告し販売されるものではあるが、本件平面図自体が広告の用に供されるものではない。
 したがって、本件平面図は公表を目的に作成されたものではなく、本件平面図は条例5条1項1号但書イに該当しない。
 また、同号但書ウは「法令の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに相当する行為に際して作成し、又は取得した情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの」を非公開の例外としている。
 原告は、周囲の環境の影響を知るという公益のために必要であると主張する。本件平面図は法令により行われた建築確認申請に際して被告が取得した情報であることは争いのない事実ではあるが、前記六の説示のうち本件平面図に関する部分は右の公益上の必要性の判断に関しても妥当し、本件平面図は周囲の環境への影響を知るうえにおいて必ずしも必要とするものではないから、本件平面図の公開は公益上必要とは認め難い。
 したがって、本件平面図は条例5条1項1号所定の「個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得る」情報に該当することは明らかである。
一0 理由付記について
 本件処分においては、本件平面図は条例5条1項1号及び2号に該当することが明示され、1号の関係で、「入居者への引渡しがすすんでいる現時点においては、特定の入居者が生活する住居の間取りを示す特定個人に関する情報であるため」、2号の関係で、「明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるため」と記載され、また、本件立面図及び断面図は条例5条1項2号に該当することが明示され「明らかに設計者の人格上及び財産上の権利を侵害することになると認められるため」と記載されていることは当事者間に争いがない。
 成立に争いのない甲第31号証によれば神奈川県において昭和58年4月1日から同59年3月31日までの間に公文書の公開請求のあった事例は268件であること、その請求を求められた公文書の内容は多種、多様であることが認められる。
 このように多量かつ多様な文書の公開請求がなされている神奈川県の情報公開制度において被告は相当の期間内にその諾否を決することを要求されている。かかる状況において、非公開の部分を具体的に明示して、詳細な記載を要求することは難きを強いることであり、その理由付記には自ずから限界が存するといわなければならない。また、条例5条1項によれば、非公開とすることができる情報はかなり具体的に類型化された形で列挙されているから、非公開文書が条例5条1項のいずれの号に該当するのか、また、如何なる理由で、それに該当するのか、以上の2点を付記すれば足りると解すべきである。
 本件拒否処分の各記載によれば、本件平面図は、特定入居者が生活する住居の間取りが示されており、特定の入居者という「特定個人が識別され得る」「個人に関する情報」であるため、条例5条1項1号によって、また、本件各図面は、いずれも、これを公開することにより、本件各図面の各設計者の人格上及び財産上の権利を侵害し、右設計者に明らかに不利益を与えると認められるため、条例5条1項2号によって、それぞれ、その公開を拒否したことを知り得るのであるから、条例7条3項所定の理由付記として、なんら欠くところはないものというべきである。
二 以上のとおり解したとしても、条例1条に定める公文書公開制度の目的に反するところはなく、よって、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して主文のとおり判決する。

横浜地方裁判所第7民事部
 裁判長裁判官 渡邊昭
 裁判官 青山邦夫及び同青木晋は転補のため署名捺印することができない。
裁判長裁判官 渡邊昭
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