判例全文 | ||
【事件名】システムサイエンス仮処分事件 【年月日】平成元年3月31日 東京地裁 昭和63年(ヨ)第2531号 著作権侵害差止仮処分申請事件 判決 抗告人(債権者)システムサイエンス株式会社 右代表者代表取締役 X 右訴訟代理人弁護士 平田達 同 小林和彦 同 岡本政明 相手方(債務者)東洋測器株式会社 右代表者代表取締役 Y(ほか一名) 主文 債権者の申請をいずれも却下する。 申請費用は、債権者の負担とする。 事実 第1 当事者の求めた裁判 一 申請の趣旨 1 債務者らは、別紙目録三(一)ないし(四)記載のプログラムを、複製、翻案してはならない。 2 債務者東洋測器株式会社(以下「債務者東洋」という。)は、別紙目録 三(一)ないし(四)及び同目録四記載のプログラムを収納した別紙目録二記載の装置を頒布し、又は頒布のために広告、展示をしてはならない。 3 債務者株式会社日本テクナート(以下「債務者日本テクナート」という。)は、用紙目録三(一)ないし(四)及び同目録四記載のプログラムを収納した別紙目録二記載の装置を頒布してはならない。 4 申請費用は、債務者らの負担とする。 二 申請の趣旨に対する答弁 主文同旨 第2 当事者の主張 一 申請の理由 1 被保全権利 (一)(1)債権者代表取締役X(以下「Xという。)及び債権者取締役Z(以下「Z」という。)は、いずれも債権者の技術担当の取締役であり、債権者の開発する製品のすべての過程に関与し、仕様書、概説書及びプログラムの作成の業務に当たっている者であるところ、Xは、自ら又はZに命じ、昭和59年11月10日から昭和60年9月26日頃までの間、別紙目録三(一)及び(二)記載のプログラムの著作物(以下「ZA―FMU暫定版プログラム」及び「ZA―FXU暫定版プログラム」という。)を、昭和60年10月1日から昭和61年3月20日頃までの間、同目録三(三)記載のプログラムの著作物(以下「CA―7Uプログラム」という。)を、昭和54年11月1日から昭和55年4月20日頃までの間同目録三(四)記載のプログラムの著作物(以下「MICプログラム」という。)を、それぞれ職務上作成した(以下、これらのプログラムを総称して「本件プログラム」という。)。 (2) 債権者は、ZA―FMU暫定版プログラム及びZA―FXU暫定版プログラムを複製して、それぞれリードオンリーメモリー(以下「ROM」という。)内に収納し、このROMを債権者のゾーンアナライザーシステムZA―FMU暫定版及びZA―FXU暫定版の回路基盤にそれぞれ装着して、昭和61年2月20日頃までに販売し、公表した。仮に、ZA―FMU暫定版プログラム及びZA―FXU暫定版プログラムが公表されていないとしても、これらが公表されるとすれば、債権者名義で公表される性格のものであるから、改正前の著作権法15条に規定されている「公表」の要件を充足する。 (3) 債権者は、MICプログラムを複製してROM内に収納し、このROMを債権者の画像処理法最小発育阻止濃度測定装置(以下「債権者のMIC測定装置」という。)の回路基盤に装着して、昭和56年5月23日頃までに販売し、公表した。仮に、MICプログラムが公表されていないとしても、これが公表されるとすれば、債権者名義で公表される性格のものであるから、改正前の著作権法15条に規定されている「公表」の要件を充足する。 (4) CA―7Uプログラムは、昭和61年3月20日頃完成したプログラムであるから、改正後の著作法権15条2項により、債権者の名義で公表されることは、法人著作の要件ではない。 (二) 本件プログラムについて法人著作が認められないとしても、本件プログラムは、XZが著作したものであり、債権者は、昭和63年5月23日、X及びZから、右プログラムの著作権を、無償で譲渡された。 (三)(1)債務者東洋は、ZA―FMU暫定版プログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(一)及び(三)記載の債務者東洋のゾーンアナライザーシステムZA―FMU及びゾーンアナライザーシステムZA―FMVの回路基盤に装着して頒布し、または頒布のため広告、展示している。 (2) 債務者東洋は、ZA―FXU暫定版プログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(二)及び(四)記載の債務者東洋のゾーンアナライザーシステムZA―FXU及びゾーンアナライザーシステムZA―FXVの回路基盤に装着して頒布し、又は頒布のため広告、展示している。 (3) 債務者東洋は、CA―7Uプログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(五)ないし(八)記載の債務者東洋のコロニーアナライザーCA―9A、同CA―9M、同CA―9F及び同CA―9D(以下「CA―9」と総称する。)の回路基盤に装着して頒布し、又は頒布のため広告、展示している。 (4) 債務者東洋は、MICプログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(九)記載の債務者東洋の画像処理法最小発育阻止濃度測定装置(以下「債債務のMIC測定装置」という。)の回路基盤に装着して頒布し、又は頒布のため広告、展示している。 (5) 債務者東洋は、別紙目録四記載のプログラム(以下「CA―9プログラム」という。)を複製して、ROMに収納し、これをCA―9の回路基盤に装着して頒布し、又は頒布のため広告、展示していると主張している。 (四)(1)債務者日本テクナートは、ZA―FMU暫定版プログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(一)及び(三)記載の債務者東洋のゾーンアナライザーシステムZA―FMU及びゾーンアナライザーシステムZA―FMVの回路基盤に装着して頒布している。 (2) 債務者日本テクナートは、ZA―FXU暫定版プログラムを複製して、ROMに収納し、これを別紙目録二(二)及び(四)記載の債務者東洋のゾーンアナライザーシステムZA―FXU及びゾーンアナライザーシステムZA―FXVの回路基盤に装着して頒布している。 (3) 債務者日本テクナートは、CA―7Uプログラムを複製して、ROMに収納し、これをCA―9の回路基盤に装着して頒布している。 (4) 債務者日本テクナートは、MICプログラムを複製して、ROMに収納し、これを債債務のMIC測定装置の回路基盤に装着して頒布している。 (5) 債務者日本テクナートは、CA―9プログラムを複製して、ROMに収納し、これをCA―9の回路基盤に装着して頒布していると主張している。 (五) CA―9プログラムは、以下のとおりCA―7Uプログラムを翻案したものである。 (1) 著作権(翻案権)侵害の有無の判断基準は、模倣があったか否かによるが、現実には、著作物へのアクセス(接近)及び類似性の有無により判断される。そして、創作性をその基本要素とする著作物においては、類似性の有無の判断の前にそもそも創作性の有無(立証はアクセスの有無による。)を判断すれば著作権侵害性の有無は判断されるのであり、特に表現の自由度が狭く、またその表現を簡単に入れ替えることにより、一見表現が異なるように装うことの容易なプログラム著作物においては、類似性は、単にアクセスの有無の判断材料の一つにしかなり得ない。 (2) 債務者らは、CA―7Uプログラムを複製してROM内に収納し、これを回路基盤に装着したCA―9を販売しており、また、プログラム命令等を説明するハードウエアの構成等に関する技術資料を有していない債務者らにおいて、CA―9の機能を発現させうるプログラムを独自に創作できるはずがないから、債務者らがCA―7Uプログラムにアクセスしたことは明らかである。 (3) CA―9プログラムは、その装置本体側よりデータを入力した後の処理ルーチンプログラムの処理の流れが、CA―7Uプログラムと全く同一である。更に、例えば、本件コントロール信号2にリセットせよという命令は、CA―7Uプログラムでは、 メインプログラム アドレス 038B 命令 CDB205 サブルーチン アドレス 05B2 命令 AF、D300、C9 であり、これに対応するCA―9プログラムでは、 メインプログラム アドレス 00E0 命令CD2301 サブルーチン アドレス 0123 命令 AF、D300、C9 であって、全く同じ表現が用いられており、この処理ルーチンのその他のプログラムも同様である。また、プリンター動作不能時の処理ルーチンの処理の流れは、全く同一であり、かつ、表現も同一ないし非常に類似している。更に、サブルーチンコールに使用するスタックエリア(ラムエリア)も全く同一のアドレスを使用している。したがって、CA―9プログラムは、CA―7Uプログラムと類似している。 (4) 以上のとおり、CA―9プログラムは、CA―7Uプログラムを翻案したものである。 (六) 債務者らは、別紙目録二(一)ないし(四)および(九)の装置の回路基盤のROMに組込んだZA―FMU暫定版プログラム、ZA―FXU暫定版プログラム及びMICプログラムを、近日中に制作する新規のプログラムに変更すると主張している。しかし、債務者らが制作する新規のプログラムは、債務者らがハードウエアの構成等についての技術資料を持っていないことからして、ZA―FMU暫定版プログラム、ZA―FXU暫定版プログラム及びMICプログラムを改変したものになると推察され、債務者らが右のように新規のプログラムを制作することは、右ZA―FMU暫定版プログラム等の翻案に当たる。 2 保全の必要性 債権者は、本件プログラムを組込んだ別紙目録一記載の装置を製造販売しているところ、債務者らの前記1(三)及び(四)の行為により、債権者の装置と債務者らの製造販売する別紙目録二記載の装置とが混同され、債務者の装置を買受けたユーザーから機能の欠損があるなどの苦情が出されており、このまま債務者らの行為を放置しておけば、債権者の信用が著しく害されてしまう。 二 申請の理由に対する認否 1(一) 申請の理由1(一)の事実は否認する。本件プログラムは、債務者東洋の発意により、債務者東洋が債権者の技術者等を指揮監督し、右技術者等が債務者東洋の職務上制作したものであり、債務者東洋に帰属するものである。 (二) 同1(二)の事実は否認する。 (三) 同1(三)の事実のうち、(1)ないし(4)中の債務者東洋が過去において債権者主張の行為をしていたこと及び(5)の事実は認め、その余の事実は否認する。債務者東洋は、本件プログラムを新規なプログラムに変更する予定であり、本件プログラムを複製していないし、将来も複製するつもりはない。 (四) 同1(四)の事実のうち、(1)ないし(4)中の債務者日本テクナートが過去において債権者主張の行為をしていたこと及び(5)の事実は認め、その余の事実は否認する。債務者日本テクナートは、本件プログラムを新規なプログラムに変更する予定であり、本件プログラムを複製していないし、将来も複製するつもりはない。 (五) 同1(五)の事実は否認し、主張は争う。 (六) 同1(六)の事実は否認する。 2 同2の事実は否認する。 三 抗弁 本件プログラムは、債務者東洋の法人著作にかかるものであるが、仮にこれが認められないとしても、債務者東洋は、本件プログラムの著作権を、債権者から譲渡されたものである。すなわち、ゾーンアナライザーシステムZA―FMU等の装置は、債務者東洋が開発し、債務者東洋の指示に基づき債権者が製造したものであって、債権者は、その製造を担当したにすぎないものであるところ、本件プログラムは、これらの装置のためにのみ製作されたものであり、右装置の開発費を債務者東洋が負担していることからすると、債務者東洋は、右装置を債権者から譲り受けることにより、本件プログラムの著作権をも譲り受けたというべきである。 四 抗弁に対する認否 抗弁記載の事実は否認する。 理由 一 債務者は、被告らが申請の理由1(三)及び(四)記載の行為をしていると主張し、これに対し債務者らは、すでに右行為を行っておらず、将来も行うつもりがないと主張するので、この点について検討する。 <証拠略>によると、債務者東洋は、本件プログラムを新規のプログラムに変更し、これを複製してROMに収納し、このROMを回路基盤に装着して別紙目録二記載の各装置を製造販売することを企画し、本件プログラムのうち、CA―7Uプログラムについては、すでにCA―9プログラムに変更し、これを組込んだCA―9を製造販売していること、CA―9プログラムは、これが翻案に当たるか否かはともかくとして、CA―7Uプログラムとは異なったプログラムであること、債務者東洋は、本件プログラムのうち、ゾーンアナライザーシステムZA―FMV及びZA―FXV用のZA―FMU暫定版プログラム及びZA―FXU暫定版プログラムについて、新規のプログラムを制作するため、債務者日本テクナートとの間で、昭和63年12月20日、開発依託契約を締結したことが認められ、右認定を覆すに足りる疎明資料はない。また、債務者らがMICプログラムについても、これを新規のプログラムに変更する旨主張していることは記録上明らかである。してみると、債務者らが本件プログラムを複製する、又は複製するおそれがあるとは認めることができず、この点での債権者の主張は理由がない。 二 次にCA―9プログラムがCA―7Uプログラムを翻案したものに当たるか否かについて検討する。 あるプログラムについて翻案権侵害が成立するためには、侵害したといわれているプログラムの制作者が侵害されたプログラムに接したことが必要であるとともに、侵害したといわれているプログラムの表現が、侵害されたというプログラムの表現の創作性のある部分と類似している(内面的表現形式が同一である)ことが少なくとも必要であり、創作性のある部分が類似していない場合には、創作性のない部分についての表現が同一ないし類似であっても翻案権侵害とはならないというべきである。 <証拠略>並びにCA―7Uプログラム(オブジェクトプログラム)を記載したものであることに争いのない別紙目録三(三)の記載及びCA―9プログラム(オブジェクトプログラム)を記載したものであることに争いのない別紙目録四の記載によると、CA―7UプログラムとCA―9プログラムの「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」において、本体コントロール信号1セット、本体コントロール信号2セット、アドレスリセット及び本体コントロール信号1リセットという処理の流れ(ただし、信号名は便宜的に命名したもの)並びにメインルーチン及びこれに対応するサブルーチンの表現が同一であること、また、債権者の命名する「プリンター動作不能時の処理ルーチン」においても、その処理の流れ、時間監視に用いるレジスターが同一のBCレジスタであり、かつ、各命令の表現も同一のものが存すること、更にサブルーチンコールに使用するスタックエリアも同一であることが認められる。他方、<証拠略>によると、CA―7Uプログラムは、約12KバイトでありCA―9プログラムは763バイトであること、CA―9プログラムはCA―7Uプログラムに比較して、プログラムの量が10分の1以下になっており、債権者の技術者の主張によっても全く基本的な部分のプログラムのみからなっていること、「本体側よりデータ入力後の処理ルーチン」の処理の流れ及びメインルーチンのサブルーチン呼出命令はごく普通のものであるうえ、サブルーチンについても、そこに記載されている制御コード(40H)、出力番地(01等)のようにハードウエアにより規制されて他の表現形式を取ることができない部分や出力命令(OUT)のように他の表現の仕方がない部分が多く、更にプログラムの量を押えるため合理的に制作するという観点からすると、サブルーチンも誰が制作しても同一になるようなごく普通のプログラムであること、CA―9プログラム中の「プリンター動作不能時の処理ルーチン」は、プリンターへデータを出力する場合に、プリンターがデータを受取れる状態であるか否かを検査し、受取れる状態であればデータを送り出す処理に進み、受取れる状態でなければBCレジスタの数値を1減じたうえ最初に戻って同様の処理を繰返し、これを一定回数繰返してもプリンターがデータを受取れる状態にならない場合にはエラー処理プログラムに進むというものであるところ、このような処理において、一定回数の繰返しのためにBCレジスタの数値を減算すること及び減算処理のためBCレジスタを使用することは一般的に行われていることであり、その表現の仕方も、他に違った表現をしうる余地が全くないわけではないが、ごく普通のものであって通常のプログラマーであれば同様のプログラムを組む可能性が高いこと、また、サブルーチンコールに使用するスタックエリアのアドレスをどこに設定するかは、任意に定めることのできる余地が多い領域ではあるが、それ自体としては、表現として創作性を有する部分ではないことが認められる。また、本件全疎明資料によるも、以上に述べた部分以外にCA―9プログラムがCA―7Uプログラムに類似している部分があるとは認められない(なお、債権者は、右に述べた部分以外の類似点について主張立証しない。)。以上認定の事実によると、CA―9プログラムは、CA―7Uプログラムに類似している部分が存するけれども、CA―7Uプログラムのうちの創作性のある部分に類似していると認めるには十分でなく、これのみをもってしてはCA―9プログラムがCA―7Uプログラムの翻案に当たるとの疎明があるということはできない。 二 債権者は、債務者らが本件プログラムを翻案するおそれがあると主張するので検討するに、債務者らが本件プログラムの複製を行ったことがあることはその主張自体から明らかであるが、前記一及び二で認定のとおり、債務者らは、本件プログラムの複製をしないこととし、CA―7Uプログラムについては、実際にCA―9プログラムに変更したものをCA―9の回路基盤に組込んで製造販売していること、他のプログラムについても、新規のプログラムにするための開発に着手していることが認められ、これに加えて、前記二で認定したとおりCA―9プログラムがCA―7Uプログラムの翻案に当たるとの疎明があると認められないことを考慮すると、前記の事実から、債権者らが、将来において本件プログラムを翻案するおそれがあるとは認めることができず、他にこれを疎明するに足りる疎明資料はない。 四 よって、債権者の本件申請は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり決定する。 東京地方裁判所 裁判官 小林正 |
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